舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第113話 ショウ・ザ・フラッグ(2)

 随分昔の記憶が呼び覚まされる。

 

 

『私はね、ヒナタちゃん。戦争に復讐するの――――貴女の母親(アイツ)が負けた戦争に』

 

 

 それは、幼年学校の隅でうずくまっていた陽炎を無理矢理に連れ出した片桐の言った言葉。美味しいモノを食べて笑って暮らすんだと、それが戦争への復讐なのだと宣った彼女。

 

 

「それは、私たちが決めるの」

 

 力強い言葉だった。何にも動じない芯の通った言葉だった。

 

「国防軍に意思なんてものは存在しない。だから私たちが決めるのよ」

 

 私たちはロクデナシではないのだからと、片桐はそう結んだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「や。瀬戸月1尉、調子はどうかな?」

「……」

 

 瀬戸月ヒナタこと陽炎と、目の前で片手を挙げる小河原3等空佐の関係は結論から言うと良くない。いや、悪い。

 

 その原因のひとつは彼女の旦那である小河原海将補と陽炎の関係。陽炎を処断するために動く国防軍、その手先である小河原海将補のイメージはどうやったって悪い。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとの言葉の通り、小河原3佐に恨みはなくとも……いや、急に言いがかり付けられたり床に組み伏せられたり、割と恨みはあるのだが。

 

 

 ともかく、それらは本題ではない。

 じっと眼前の人物を眺めていると、チノパンにシャツ、ユニセックスジャケットという中性的な私服の着こなしをした小河原3佐は気まずそうに手を下げた。

 

 

「……呼び出したのはそっち、だよね?」

「ええ。仮設競馬場で聞いた例の話、最後まで聞けていませんでしたから」

 

 冷静でなかったのは事実だ。なまじ自身の出自に関わることもあり、『子供』の話を聞くと心が掻き乱されてしまう。

 だからあそこで、片桐が止めに入ったことには、感謝している。

 

 それでも結局、あの後は片桐が横でずっと騒いでいたので、養父に関する話はそこですっぱりと止まってしまっていた。

 

「よし。まぁ飲もう」

「ノンアルコールでいいです?」

 

 つれないなぁと溢す小河原。カウンターに腰掛けた陽炎は不覚を取りたくないのでと一蹴。

 

「なにから聞きたい? ……一応、信頼の置ける友人が紹介してくれたお店だから、なんでも聞いてくれて構わない」

 

 思えば、競馬場に連れていかれたのも片桐の気まぐれという訳ではなかったのだろう。

 日本からやって来た陽炎たち、しかも特務神祇官となれば当然厳重な監視がついている。しかし陽炎に限っていえば、むしろ厳重な監視がつくのは日本の方。

 

 なにせ陽炎は――――紆余曲折の末とはいえ――――クーデターの主犯なのだから。

 

「じゃあ、私に養父(ちち)の話をした理由から」

 

 とはいえこれに関しては、およそ予想がついている。

 瀬戸月ミナト……瀬戸月ヒナタ(かげろう)の養父である彼のネームバリューは絶大だ。ミクロネシア戦役での活躍だけではない。艦娘という「手段」を編み出した技術者。深海棲艦という「敵」を見出だし警鐘を鳴らしていた先見性……そのいずれを取り上げても、彼の功績は誰にも否定し得ないものである。

 

 そしていくら血の繋がりのない瀬戸月ヒナタ(かげろう)といえど、その瀬戸月という「名前」だけは受け継いでいる。

 これほど担ぎやすい神輿はないだろう。

 

「理由は大きく3つ。ひとつに、瀬戸月ヒナタ(あなた)が間違いなく興味を持つ話題だったこと。あなたがどのような印象を抱くかはともかく、あなたの意識に私たちのことを認知させるにはこれが一番手っ取り早かった」

「なら、やり方を間違えたわね。そんな言い方をされて良い印象を抱くヤツがいたら、会ってみたいわ」

「目の前にいるじゃない?」

「…………」

 

 はぐらかされても困るが、こんな直球に言われては怒りよりも困惑が先に立つ。

 養父の話が釣り餌なのは分かっている。しかしそれを、こうもオブラートに包まず言えるとは……面の皮が厚いにも程があるのではなかろうか。

 

「次に2つ目、これは3つ目の理由にも絡んでくるが、君の立ち位置……というか役職」

 

 役職というと、今の陽炎は国防省大臣官房監察課行動係に所属する1等海尉。所属部署はともかく、1等海尉となればさして数の少ない階級でもない筈だ。

 

「しかし特務神祇官となると話は別だ」

「……幹部艦娘である瀬戸月1尉(わたし)に用事があるってこと?」

「より正確には『瀬戸月ミナト海将補』と接触したことのある幹部艦娘」

「……ああ、そういう」

 

 要は派閥の話である。

 

 大前提として、幹部艦娘の数は少ない。これはいうまでもなく艦娘になるための適性……特務神祇官としての才能を持つ人間の絶対数が少ないということ、そして幹部になりたがる神祇官が少ないことが原因だ。

 まあ当然だろう。幹部艦娘を充てるのが適当とされるポストは護衛隊と呼ばれる戦術単位(ユニット)の司令から。そしてこの護衛隊は4隻の特務艇で構成される。

 つまり特務神祇官は単純計算で4人に1人が幹部でなければならない……もちろんそんな大量の幹部を手当てできる訳がなく、幹部になるということは司令として最前線に出ずっぱりになる。それはつまりずっと前線勤務を強いられるということ。

 

 もちろん、護衛艦隊の所属や司令部要員となればその限りではないが……ここで出てくるのが派閥の問題である。

 派閥の結束力は基本的に地位(ポスト)を与えることで高められる。故に幹部艦娘に多くの役職を与えられる哨戒艦隊司令部は艦娘派の牙城となり、護衛艦艦長など非艦娘幹部に多くの役職を与えられる護衛艦隊が艦隊派と呼ばれるようになる。

 

「その中でも、艦娘派に連なる訳でもなく艦隊派に与する訳でもない……貴女は特異な存在なんだよ。瀬戸月1尉」

「別に、私だけって訳でもないでしょう」

 

 例えば、片桐1佐とか……と、言うべきなのだろうが、陽炎にとっての片桐は急に連れ出したり雪ではしゃいだりラーメンを二人前食べたり馬券を外して憤ったりする人物である。

 いや、このように小河原3佐と言葉を交わしているのは彼女のお陰なのだから、彼女が派閥絡み(そういうこと)に関わっているのは火を見るよりも明らかなのだけれど。どうにも印象が合わない……

 

 

 ……身内意識(それ)こそが派閥の本質であるということには、陽炎はまだ気付いていない。

 

 

 

 

「貴女だけなんだよ。キレイなグンカンドリは」

「……グンカンドリ?」

 

 思わずオウム返しとなった陽炎に、小河原は頷く。

 

「そう。南洋の守護神、太平洋神話における戦の神様……瀬戸月海将補の率いた第3分遣隊の異名」

 

 知らない、訳ではない。

 ミクロネシアが陥落して、その後本土が襲われて……それでようやく、日本はこれが戦争であることを理解した。そしてその戦争を10年もの間本土に到達させなかった第8護衛隊群がいかに優秀だったのかを理解した……そうして遅ればせながら、グンカンドリは英雄になった。

 

 少なくとも、陽炎を含む多くの日本人にとっての「グンカンドリ」とは、そのような認識であった。

 

「私は、違います。私は……」

「貴女の意見はどうでも良いんだ」

 

 陽炎の言葉をピシャリと遮る小河原。

 

「貴女は瀬戸月海将補と深い関係にあり、幹部艦娘で、艦娘派にも艦隊派にも属していない」

「でも私は、養父(ちち)が軍人だなんて知らなかった」

 

 養父は隠していた。自分が何者であるか、なんのためにミクロネシアに居たのかを。

 

「なにも、知らなかった」

「周りはそうは見ていない」

「でしょうね、知ってますよ。そんなことぐらい」

 

 だからこれは、派閥の話なのだ。

 

「グンカンドリ……旧第8護衛隊群にルーツを持つ幹部艦娘の数は少ない。なにせもう20年も昔の話だ。ほとんどみんな退役して、残りは出世しすぎた」

「まるで出世するのが悪いかのような言い方ですね」

「見不相応な出世は単なる神輿だよ。みんな不幸になる結末しか招かない」

「これから私を神輿にするくせに、良くそんなことが言えたものですね」

 

 せめてもの皮肉を言ってやれば、小河原3佐は首を傾げた。

 

「ちがうちがう、派閥に染まっていない(キレイな)グンカンドリを汚してどうするのさ? 私は貴女を担ぎに来たんじゃない」

「じゃあ、なにをしに……」

「そこで、3つ目の理由だよ」

 

 間を置くように、小河原3佐はカウンターの向こうへなにやらかを告げる。聞き慣れない言語は、おそらく中国語。

 バーテンダーらしき男性が手早く材料を揃えるのを眺めながら、彼女はポツリと呟いた。

 

「3つ目の理由を説明する前に、私の父親……私の生家である飯田家の話をしても良いだろうか?」

 

 陽炎は何も口にしない。それを肯定と受け取った小河原3佐は先を続けた。

 

「この間、蝦夷(ほっかいどう)の瀬戸月家を支えるのが飯田家の役割だった。という話をしたのは覚えているかな」

「まあ、一応」

 

 なぜ支援が必要だったのか、どのように支援を行っていたのかはともかく、何らかの支援を受けていたことは聞いている。

 

「それは私達にとっては必要な『投資』だった。この国の基盤をより磐石なものにする上で、北方は欠かせない。故に飯田家は瀬戸月家を支え続けた……深海棲艦が現れるまでは」

 

 つまり、深海棲艦が現れてからは様変わりしたということだろうか。そんな陽炎の疑問に答えるように、彼女は続けた。

 

飯田家(かれら)は損切りをした」

「……それは」

「ミクロネシア戦役の時、私の父である飯田コウスケは自衛艦隊司令部に勤務していた。ミクロネシア前方展開群に関われない筈がなかった。もちろん、チューク分遣隊司令(瀬戸月ミナト)の動向や、彼に迫る害意を把握することだって容易だった」

 

 何が言いたい。

 

養父(ちち)の件は事故でしょ?」

「これは驚いた。『子供』のことを知り、ポートモレスビー蜂起に関わり、主権国家たるロシアに土足で乗り込んだ(艤装を持ち込んだ)人間がアレを事故だと信じる。貴女を育てた幼年学校はさぞ素晴らしい教育機関なんだろうな? えぇ?」

 

 一瞬だけ嗤ってグラスを仰ぐと、それからすぐに険しい表情を作る小河原3佐。

 

父親(かれ)は海将補を助けようとしなかった。為すべきことをしなかった」

「……」

 

 

 それは、陽炎も同じだ。

 

 

 逃げるべきではなかった。もっとちゃんと向き合って、義父のこと、義母のことを知らなければならなかった。

 

「だからね、私は貴女に権利があると考えているんだ」

 

 小河原の眼は真剣そのもの。権利があるから使うべきと、そう言わんばかりに。

 

「…………権利があったら、どうなるっていうの」

 

 どうにもならないでしょうと、そう言いたくなるのを堪えて陽炎は目の前の女性を睨みつける。

 権利があったのならポートモレスビーの一件は許されたとでも考えているのだろうか。

 

 誰かを傷つけ――――殺めてしまう権利が、あるというのだろうか。

 

「私に刃をお向けなさい。瀬戸月の子よ」

 

 そしてそれを、小河原はなんの躊躇いもなく肯定する。信じられないといった表情でもしたのだろうか、そんな顔をするものじゃないと彼女は続ける。

 

「私はね、やろうと思えばいくらでも『損切り』を正当化出来る。でも貴女は違う……だから『あれは事故だった』と思い込みたいんじゃないのか?」

 

 陽炎は、答えない。

 

「全て『仕方ない』で済まされた」

 

「難民受け入れの拒否も」

新自由連合盟約(ニューコンパクト)も」

「ミクロネシア戦役も」

「そこからの撤退も」

「……貴女のような、艦娘(子供)も」

 

 

 恥の世代だ、と小河原3佐は吐き捨てる。

 

「ならば私は、一族の業を。この国の罪を清算してみせる、これはその第一歩だ」

 

 そう言って、彼女は一本のナイフを投げて寄越す。

 

「……馬鹿馬鹿しい。酔っ払いの戯れ事を誰が真に受けると?」

「あいにく、ノンアルしか口につけていなくてね。中国語の聞き取りが出来たなら気付けただろうけど」

「じゃあ、私がそれに乗らないってことは百も承知なワケだ」

 

 矛盾だらけの大言壮語。()()()とやらで殺されてしまっては元も子もないだろうに。

 

「狂言回しで挑発するのは止めて。アンタの目的は何? なんでこんな回りくどい方法で私に接触したの?」

「言った通り、罪を清算するため(責任を取るため)だ」

 

 それはつまり、瀬戸月ミナト海将補――――陽炎の義父を死なせてしまった責任、ということだろうか。

 だとしたら嗤うしかないと、陽炎は内心でひとりごちる。義父のことを知りもしない人間が責任を取ると? どうやって、どのようにして?

 

「これが3つ目の理由だよ。瀬戸月ヒナタ。私は責任を取るためにここへ来た」

 

 自己満足になるかすら怪しい宣言。

 責任と取るとはいうが、それは何年も……それこそ十何年も前の話。時計の針が巻き戻るはずもないというのに責任を取ると?

 

「納得できない。あなたに責任を取ってほしいなんて微塵も思ってないし」

 

 そもそもこれは陽炎と、その両親の問題である。それを横から「一族」だとか「恥の世代」だとか、訳の分からないお題目を持ち出される時点で不愉快だ。

 

「納得できない? いや、私は貴女に納得してほしいとは言っていない」

「なら、なにを……」

「私を利用しろ、そう言っている」

 

 それから小河原3佐は立ち上がる。カウンター席に座ったままの陽炎に近づく彼女。中途半端に暗い店内でその髪の毛は鈍い茶色の光を放ち、アルコールの刺激臭とは違う柑橘系の香りが鼻をつく。それが香水なのか、はたまたカクテルか何かのフレーバーなのかは分からない。

 

「貴女は焦っている筈だ。確かにポートモレスビー蜂起は乗り越えた。しかし『子供』が『処分』されつつある現状は変わらない」

 

 否定のしようがない。国防省で、片桐や小河原は霊力関連がどうとか言っていた。それはつまり、負傷した艦娘を救うための霊力回復が絞られつつあるということ。

 これまでなら数日の入院、数週間で復帰できたような怪我で……死んでしまうかも知れないということ。

 

「貴女は追い詰められている筈だ。『子供』を救う方法には目処が立たず、自分自身もまた、復帰任務と称して国防軍の責任転嫁先(スケープゴート)として言質を取られつつある」

 

 陽炎は振り返らなかった。

 

「『もう間に合わないんじゃないのか』」

 

 眼を合わせてはいけない、直感だった。

 

「『こんなことをしている場合ではない』……ずっと、そう考えているのだろう?」

 

 そしてそれは、恐らく正しかった。

 肩に乗せられた手を振り払って、陽炎は口を開く。

 

「……バカなこと言わないで下さい。小河原3佐こそ、ご自身が何を仰っているか分かっているんですか?」

「当然」

 

 手を振り払われても、彼女は陽炎から身体を離さなかった。そうして耳元で囁く。

 

「これから『子供』たちを助ける。もちろん、一人残らず全員」

「…………全員、ね。それなら」

 

 ひとつだけ訂正しなければならないことがあると、陽炎は背後の人物を振り返る。

 

「『子供』を全員助ける方法なら、実はもう考えてある」

 

 簡単な話だ。

 

 『子供』たちは日本という場所を故郷として育ち、忠実になってから艤装を背負って戦わせられる。

 戦うのだから死んでしまう。

 ならば、戦わなければ良い。

 

「そうだろうとも。そして、私は貴女にその()()()を提供できる」

「それはご立派ですね」

 

 しかし、行き先も分からぬチケットを受け取ることが出来るだろうか? そう問えば、尤もな指摘だと返される。

 

「だが詳細について私の口から言うことは出来ない」

「……そういう言い方をするってことは。この話、ロクなものじゃないわね?」

 

 ぐるりと振り返った陽炎に、ふむと小河原3佐は思案顔。

 

 

「別に国には拘らないんだろう?」

 

 

 その言葉を聞いて、陽炎は遅ればせながら気づいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そもそも()()()()()()()とは何者だ?

 

 いや、もっと早く気付くべきだったのだと陽炎は内心で毒づいた。どうして片桐がここにいないのか、()()()()()()()()()()()()()()()

 戦友と呼べるかも怪しい知り合いの義娘というだけであそこまでお節介を焼いてきた彼女……それだけ瀬戸月ヒナタ(かげろう)に利用価値を見出だしているであろう彼女が、まさかこんな話に首を突っ込んでこない筈がないというのに。

 

「小河原3佐、まさかアンタ」

「国家の存続が最優先事項だ」

 

 グラスを握った小河原3佐が語気を強める。

 

「我が国が抱える特務神祇官は国家の領域を防衛する上で決して欠くことの出来ない財産。それをみすみす擂り潰すことを、見逃すわけにはいかないのだよ、1尉」

 

 とんでもない話であった。

 逃げ道の提示、国には拘らない、そして誰も犠牲にしない……要するに、『子供』たちに一斉亡命しろと言っているのである。

 

「国家の存続が最優先で……それでやることが日本からの亡命? それって矛盾してない?」

 

 第一、それを国防軍の幹部である小河原3佐が言い出すのもおかしな話。

 

「国民の義務は国家に服従することだけではない。国家の過ちを正し、繁栄に導くのも国民の務め」

「……口で言うのは簡単ね。だから国を裏切ってもいいわけ?」

 

 そして、その台詞は仮にも軍服に袖を通した人間が口にして良いものではなかった。

 そんな陽炎の発言は、反逆行為を働いた人間にしては殊勝な心掛けだと笑って蹴飛ばされる。

 

「いずれにせよ、貴女は理解している筈だぞ。もはや通常の手段で国防はなし得ない段に来ていることを」

 

 ポートモレスビーの反乱未遂は、まさにそういった事情が吹き出したことによるものだった。それを否定することはできない。

 

「馬鹿げてる。いくらなんでもそんなこと、アンタの旦那さんだって……」

 

 そうして海将補を引き合いに出そうとして、気付く。思い出してしまう。

 

 

『事態は明るみに出るべきだった』

『迫害されるべきなのはむしろ、道を違えた我が国だよ』

 

 

「……限界なんだよ。この国は」

 

 意外と、あまり知られていないけれどさと小河原3佐は言う。

 

「なぜ『子供』なんてシステムが生まれたと思う? まさか深海棲艦に対抗するためなんて思ってはいないだろうね?」

 

 貴女自身が証拠だぞと小河原3佐は続ける。

 

「瀬戸月ヒナタ、2006年北海道生まれ……2006年だぞ? 深海棲艦なんて影も形もなかった時代だ」

「それは」

 

 否定することが出来ずに陽炎は口ごもる。物心ついたときには養父は養父(ちち)だった。ミクロネシアに移住したのは、あくまで深海棲艦が現れたから。

 

 そしてなにより……陽炎に、特務神祇官としての才能はない。

 

第2次ベビーブーム(1970年代前半生まれ)世代による出産ラッシュ……第3次ベビーブームが事実上発生しなかったことにより、この国の少子高齢化は確定してしまった。そこでこれを根本から解決するために、ありとあらゆる研究が行われた」

「……」

 

 

 であるならば。

 

 彼女の言う「限界」というのは、深海棲艦と戦う話ではないのか。

 

 

「そしてこれが、その成果のひとつ。当時の政策提言にあわせて『美しい家庭計画』と呼ばれていたそうだが……って、おい! 瀬戸月1尉、どこへ行く気だ」

「帰ります。興味ないんで」

「いいのか1尉、このままだと『子供』は全員殺されるんだぞ」

 

 小河原の言葉に、陽炎はぴたりと足を止める。

 

「あの、言わせてもらいますがね。なぜ()()()は私達を焚き付けようとするんですか?」

「焚き付ける? 私はただ、君には権利があると――――……」

「なら、権利を行使しない権利もありますよね? いやむしろ、そんな権利は存在しない筈なんですよ。今の法律では」

 

 にも関わらず、この2人は陽炎の行動を諌めようとすらしなかった。そう、オフィス内で上官に向けて暴力を振るうという、あからさまな違法行為を働いたというのにである。

 

『事件は表沙汰になるべきだった』

 

 それは泥を被ってまで事態を収めた陽炎への侮辱だ。

 

『だから、武装蜂起(クーデター)そのものを止めることに意味はないの。止められればその分だけ、別の事件が起きるだけ』

 

 それは喪われる命を数字としてしか見れない人間の傲慢だ。

 

「そんなに艦娘を悪者にしたいの?」

「勘違いしちゃいけない。責任は政府にある」

「でも艦娘を実行犯に仕立てあげようとしている点じゃ、その政府となんら変わりがない……アンタらが結局、私を利用しようとしているだけでしょ?」

 

 見え透いてるのよ。その魂胆が。

 そう突き付けても、小河原3佐は表情を崩さない。

 

「これは手厳しい。しかし言った筈だぞ? 私を利用しろと」

「その分だけこちらも利用する……って? 呆れた、責任を取るんじゃなかったの?」

「それだと納得しないのだろう? なら、ギブアンドテイクの方が分かりやすい」

「……ああ言えばこう言う。まるで政治家ね」

 

 困ったことに祖父が参議院議員だよと返す小河原。これ以上の水掛け論に意味はないと、陽炎は再び足を踏み出す。

 

「政治を嫌悪するのは結構。しかし政治に無防備なのはよろしくない」

 

 それから、何かが飛んでくる気配。すかさず受け止めた陽炎の掌には、メモリ端末。

 

()()()()()()()()()である『美しい家庭計画』の概略。目を通しておくことをお奨めするよ」

「…………お優しいことで」

「貴女を不快にさせてしまったことへの、せめてもの謝罪として受け取ってほしい。すまなかった」

 

 そう言って頭を下げる小河原3佐。己の企みが暴かれても、まだ白々しく頭を下げられる。

 

 その精神構造が、陽炎には理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 片桐アオイ

 

既読21:03
夜分遅くに失礼します。

オフラインで使えて処分可能なジャンク端末

をお持ちでしょうか?

 

んー21:12

 

ざっと確認したけれど手元にはないから調達かな!

スペックは?21:15

 

既読21:26
いえ、ファイルを閲覧したいだけなので低スペ

で大丈夫です。

 

え!

なんか興奮してきたわね

ヤバいファイル見る感じ?21:27

 

既読21:28
セクハラで訴えますよ。

 

 大丈夫だ

 問題ない21:28

 

 

 

 

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