舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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3日連続更新です。書籍にする時は思い切ってシーンを減らすのですが、WEB投稿なので自由に加筆していきます。


第114話 ショウ・ザ・フラッグ(3)

 ポロナイツクにおける中国の影響力は他の勢力を圧倒している。

 

 その理由が、陽炎の目の前にある巨大な建屋。工場と格納庫を兼ねているらしいそこから引き出されるのは、モスグリーンに着色された「サハリンの盾」。

 

「装甲列車なんて旧世紀の遺物かと思ってたのに、これはまぁなんと……」

 

 呆気に取られたようにボーッと車列を眺めているのは片桐。

 

「装甲の類いは施されていませんので、厳密には装甲列車ではありませんよ」

 

 そしてその隣でそう補足するのは……誰だろうか。見知らぬ細身の男性が立っている。

 

「細かいことはいいのよ。高西さん」

 

 しかしどうやら片桐はその男性のことを把握しているらしく、ひらひらと手を振って話を続ける。

 

「砲兵戦力の軌道化なんて、兵站破壊や対砲兵射撃なんて概念を持たない深海棲艦に対してのみ有効な方法よね。発射地点から逃げられない砲兵なんて本来なら単なる的だし……ちなみにこれ、何両あるの?」

「正確な数字は把握していませんが……発射機2両で1セット、1編成につき4セットが基本的な編成と言われています。中国からの有償援助として公表されている提供数が46編成ですから……およそ350両ほどではないでしょうか」

 

 自信なさげに予想を立てる高西なる男性。誰なのかと眼で問えば、そういえば伝えてなかったわねと片桐は手を叩いた。

 

「飯田製造の高西さん。一応、私が顧問やってる*1K&Iセキュリティーズの親会社の人ね」

「飯田……」

 

 その名前に思わずたじろぐ陽炎。しかしそんな陽炎に気付く様子もなく、高西は恭しくお辞儀をした。

 

「えっと、それで飯田製造の方がなんの用事なんでしょうか」

「なんでも新型砲を売りに来たらしいのよ。それで、こうして護衛任務をしているって訳」

「はぁ……護衛任務だったんですか、これ」

 

 つまり片桐は護衛対象と雑談していたことになるのだが、それはそれでどうなのだろうか。

 そんな陽炎の疑問はもちろん脇に放置され、片桐は話を進めていく。

 

「あぁ、そういえば高西さんには紹介してなかったね? この子は陽炎型シリーズの駆逐艦特務艇艤装の乗組員。期待のベテラン」

 

 期待、という枕詞は新人にこそ使われるべきではないだろうか。そんな考えても仕方のないことで現実逃避をしようとする陽炎。

 この手の紹介を片桐がした時、話が面倒な方向に転ばないことはないのである。

 

「例の新機軸兵器のテスターは、この子に務めてもらう予定よ」

「聞いてませんよ?!」

「言ってないからね。で、どうなの進捗は」

 

 そんなフランクに聞いても良いことなのだろうか。仮にも新機軸兵器となれば機密にも抵触しかねないというのに……しかし高西は顔色ひとつ変えず、順調ですよと短く答える。

 

「ネックであった消費電力問題は概ねパスしました。次のアジア国防技術サミット(ADAMS)にはひとまずコンセプト案として提出、可能なら同時並行で試験の方も進めたいですね」

「おっけ、とりあえず琵琶湖の方で興味持ってくれるのは見つけといたから、あとで連絡先を送っとく。頼むわよ」

 

 この流れで琵琶湖と言われれば、まず間違いなく琵琶湖教導隊のことであろう。特務艇艤装の戦術研究を行う部隊である彼らは、同時に新規艤装の開発も行っているのである。

 ……当然ながら、一介の1等海佐に過ぎない片桐にとって艤装開発は管轄外。本人は「知り合い同士を繋いだだけ」と言い訳するのだろうが、越権行為なのは明らかだった。

 

 

 まぁ、今に始まったことではないのだが。

 

 

 

 

 

 

「やられた」

 

 片桐アオイは喜哀楽をよく見せる。

 しかし喜怒哀楽の「怒」というのは、滅多に見せたことがない人物であった……少なくとも、瀬戸月ヒナタ(かげろう)にとっては。

 

「冗談じゃ済まされないわよ、こんなの……!」

 

 彼女の手に握り潰されたのは「美しい家庭計画」と印刷されたコピー用紙。わざわざ印刷して正解だったと陽炎はため息。

 

「怪文書ですよ。こんなのは」

「それはそう、でもね。それはそうでは済まされない事だってあるのよ」

 

 そこに記されているのは、陽炎が小河原3佐に押し付けられたメモリ端末に収まっていたのと同じ内容。

 そこには「美しい家庭計画」なる政策の概略……言葉を選ばずに言えば、国ぐるみで行われる人身売買の概型(スキーム)が記されていた。

 

「途上国の破綻を防ぐために行われる家族計画に便乗する形での政策……家族計画から外れた()()()()()()を現地法人で引き取り養育、高度に教育された人材として途上国の経済発展を後押しする……ええ、マトモでしょうね。0歳児から日本への海外研修に行かされることを除けば」

 

 日本人は余所者を嫌う。少子高齢化がいかに進展しようとも、移民を全面的に受け入れることはない。

 故に編み出された、移民を日本人として教育しようという計画。

 

「採算度外視。いくら施設を使ってまとめて教育しようとしても、還元されるのは数十年先。いや、それどころかリスクばかりでリターンが一切得られない可能性だってある。だから、予備研究だけで終わる筈だった」

 

 

 しかし、全てが変わってしまった。他ならぬ深海棲艦の出現によって。

 

 

「怪文書ですよ、こんなのは。信じるに値しません」

「なら私に見せる必要はなかった筈だよ、ヒナタちゃん」

 

 片桐の目がつい、と瀬戸月ヒナタに向けられる。

 

「そう。これは怪文書なんだよ。けれど私達は『子供』の存在を知ってしまっている。そしてなにより『子供』を確保したことで何が起きたかも知っている」

 

 それに、全部繋がるんだよねと片桐は続ける。

 

「ミクロネシア戦役は深海棲艦を太平洋に封じ込める戦いでもあった。そして世界中に深海棲艦が拡散したあと、日本は続々と国外向け艤装の開発に着手した」

 

 深海棲艦に対抗する手段を欲しがった国々の要望に答える形でそれらの艤装は受注国向けにカスタマイズされ、受注国の艦名を冠して輸出される。

 

「そしてそこには、日本人の教導乗組員が必ずセットになっていた。技術支援、派遣と言えば聞こえはいいけれど……!」

 

 もう分かるでしょ? と片桐は結論まで触れずに話を締める。それは閉じた筈の地獄の釜が、実は閉じていなかったのだと知った人間の顔。

 

「くそっ、ドイツもコイツもグルかッ!」

 

 紙束が机に叩きつけられる音、まるで癇癪を起こした子供だと思う陽炎は、己が徐々に冷静になっていくのを感じていた。

 それと同時に、目の前に鎮座していた怒気がゆっくりと収まっていくのも。

 

「はぁ――…………さて、仕事の話をしましょうか」

「……急に落ち着きますね!?」

「怒りのエネルギーは5秒と続かないの、火傷しないように吐き出して、種火だけは残しておきなさい」

 

 それが仕事をするコツだと言って、彼女は握り潰したコピー用紙の束を机の上に置いた。

 

「いずれにせよ。このままでは『子供』たちの真実が暴露されてしまうわ」

「暴露、とは言いますけれど……最初から皆、知っていることでは?」

 

 特務艇艤装と特務神祇官を運用する国は、およそ50か国。それらは全てこの「美しい家庭計画」とやらの共犯者。

 スケールの大きい話なのは分かるが、それ自体は想像の範疇ではないだろうか?

 

「分からない? 小河原3佐はそんな『想像の範疇(分かりきったこと)』をわざわざ資料化したの。これは要するに『暗黙の了解』を白日の下に晒そうという試みなのよ」

「そんなことをして、誰が得をすると?」

「でも、損をする人間はいる」

「損をする人間はいるって……それじゃ」

 

 足の引っ張り合いではないか。艦娘が深海棲艦に対して有効な対処方法であることは火を見るよりも明らか。だというのにそれを妨害するだなんて。

 

「もう分かってるでしょ。艦娘を運用しない……いいえ、政治的な事情から運用できなかった国。新自由連合盟約(わたしたち)にその政策を妨害され続けた国」

「いや。言いたいことは分かりますけれど、でも」

 

 『子供』のことが暴露されることを政府がどれほど恐れているかは陽炎が身にしみて知っている。

 なにせ「ソレ」を利用してポートモレスビーの件を闇に葬ったのは、他ならぬ陽炎なのだから。

 

「ポートモレスビーには()()()()()()()()()。『子供』の件は隠匿が前提、だからこそ『交渉』は成立した」

 

 『子供』のことを晒されてでも『処分』を断行するか、それとも『処分』を諦めるか。諦めさせ、皆を救うことが出来たのは『子供』のことを日本政府……ひいては艦娘に関わる全ての勢力が隠そうと必死になったから。

 

「でも今回は違うのよ、瀬戸月1尉(ヒナタちゃん)

「……小河原3佐と海将補は、むしろ真実を明るみに出そうとしている」

 

 頭を抱えたくもなる。そんな告発(こと)をして、なんの得になるというのか。

 ……いや、得をすることなど考えてはいないのだ。

 

 

『この国の罪を清算してみせる』

 

 

 清算、ただそのために。

 

「とんだ狂信者ね」

 

 そう短くまとめて片桐は総括する。

 

「狂信者、ですか」

「そりゃそうでしょ? 世界を大混乱に陥れても、自己満足な精算(やりたいこと)をやるなんて……それとも、まさか本当に非艦娘運用国(権威主義国家陣営)に主導権を握らせたいのかしら?」

 

 そう呟く片桐に陽炎は内心で首を傾げる――――――確かに、艦娘運用国たちが大混乱に陥って損をしないのは中国をはじめとする非艦娘運用国。そして小河原3佐は陽炎の目の前で露骨なほどに中国語を使い、そして『子供』たちに逃げ道を用意してやるとまで囁いた。その行き先がどこの国かなんて、もう考えなくても分かるだろう。

 

 言い訳の余地のない裏切り行為――――――余地が無さすぎて、不気味だ。

 

 

「小河原アツシ。出身は神奈川県平塚、防衛大学校54期」

 

 陽炎の耳に届いたのは、突拍子もない片桐の言葉だった。

 声の方を見てみれば、どうやら問題の人物たちの経歴を閲覧しているらしい。手元に握られた端末を指でスクロールしながら彼女は続ける。

 

「深海棲艦がまだテロの一種だと思われていた頃にたまたま対テロリズムの部署に従事していて、その伝もあってか駐在武官へと。ロシアや中国との交流を持ったのは恐らくマレーシアにいた2027年あたりから……ちょうど水爆弾頭誤爆事件(マレーショック)のタイミングね。あの頃はまだ、中国もアジア連合軍を本気でやろうとしてたから」

「はぁ、そうですか」

 

 気のない返事をする陽炎に、片桐はチラリと目配せ。

 

「ちなみに防衛大学校での席次(せいせき)は上位には入ってるけど抜群って訳でもないのよねー……本当なら将官には届かない席次なのに、どうしてか49歳で海将補。ま、ここら辺は初期対応による(のせいで)人材ふっ底が酷かった(みんな死んじゃった)から、繰り上がりで将官になったんでしょうね」

「まるで他人事ですね」

 

 仮にも私たちの上官だろうにと考える陽炎。人材がふっ底するほどに追い詰められた2010年代は悲惨だろう。しかしその皺寄せをうける現在の艦娘たちも、また悲惨である。

 ところがそんな陽炎に対して、片桐はきょとんとしている。

 

「他人事だよ? 少なくとも陽炎(ヒナタ)ちゃんよりは、ずっとね」

「え?」

 

 唖然とした陽炎に、片桐は何を当たり前のことをと続ける。

 

「だってそうでしょ? 今の私は民間人扱いで、従うべきは民間軍事企業(K&Iセキュリティーズ)の方。小河原海将補(この人物)は私に直接的な被害を与えない」

「それは……」

 

 確かに、そうだ。

 そしてもっと踏み込んで言えば、仮に『子供』のことを小河原夫妻が暴露しようと、それに直接関わっていたわけではない片桐には何ら被害が及ばない。

 

「むしろヤバイのは陽炎ちゃんでしょ? 国外勢力と繋がる上司。我らが祖国に『処分』されかかっているお仲間。そして貴女自身も『子供』でありながら、その売買に関わってしまっている」

 

 八方塞がりよ、今の貴女。

 

「…………そんなこと、分かってますよ!」

 

 口をついて出たのは、言ったところでどうにもならない叫びだった。

 ずっと抑えてきたから、一度口を突いたら、止まらない。

 

 身体の中の焔が燃え上がる。火傷しないように、それを陽炎は吐き出した。

 

「私が、不知火たちが何か悪いことをしたんですか?! 『子供』を使うことは悪いことだ? えぇそうですね悪いことですよ……! そんなこと、みんな分かってるんだ! でも!」

 

 艦娘が戦わなければ、人類はとっくの昔に滅んでいた。

 そんな当たり前のことが、どうして分からないんだ。

 

「艦娘は悪者じゃなきゃいけないんですか、棄てられる筈だった子供を助けて、何が悪いんですか!? 私たちは、私たちは……そんなに悪者ですか?!」

 

 

 

 

 

 


 

 

〈西暦2018年 ミクロネシア連邦チューク州〉

 

 

「お前に、艦娘になるだけの才能はない」

 

 何を言っているのか、最初はさっぱり分からなかった。

 

「さい、のう……?」

「そうだ。艦娘になるには、努力や頭の良さよりも大事な、才能が必要なんだ」

 

 信じられなかった。だってそうだろう、適正試験には合格しているのだ。適正試験に合格したということはつまり、才能があるってことなワケで。

 だというのに記憶の中の養父(ちち)は、殺風景なテーブルの向こうで残酷に言葉を続ける。

 

「特務神祇官……艦娘に求められる要素はただひとつ、霊力だ。それが深海棲艦を()()チカラになる」

 

 おかしいな。今ごろ、楽しい合格祝いのハズだったのに。

 ご馳走で埋まる予定のテーブル。大事な話があるからと残された私と養父(ちち)。私に「艦娘」を教えてくれた義母(おねえさん)は、買い出しに行ったきり。

 

 今だから、分かる。

 恐らく義母(おねえさん)は何も知らなかったのだ。だから養父(ちち)は、あの日ふたりきりになることを選んだ。

 ふたりで話すことを、選んだ。

 

「お前には確かに霊力がある。だがそれは、本来だれでも持ち合わせているもの。それ自体を才能とは、呼ばない」

 

 なんで?

 

「艦娘にはなれるだろう。だが、お前のなりたいものにはなれないんだよ。ヒナタ」

 

 どうして?

 

「絶対に、なれないんだ」

 

 私はただ、応援して欲しかっただけなのに。

 がんばれ、って。言って欲しかっただけなのに。

 

「なれないなんて、なんで分かるの」

「…………すまない、ヒナタ」

 

 私は、怒っていたのかもしれない。

 私は、悲しかったのかもしれない。

 

 けれど、あの日あの家にあったのは。

 

「父さんはな。お前の本当の父さんじゃないんだ」

 

 

 救いようのないほどの――――――困惑だった。

 

 

 

 

 そんなタイミングで「あの話」をした養父は、一体何を考えていたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「――――――落ち着いた?」

 

「すみません、取り乱しました」

「いいのよ。でも小河原夫妻には見せないでね? 漬け込まれるし、なにより陽炎ちゃんのレアな一面は私だけのものだから」

 

 そうですかと流す気力も起こらない。不知火なら、今の自分をどう慰めたのだろうか。

 

「しっかし、国防軍もホント諦め悪いわねー……どうせ同盟国はみんなグルなんだから、今更でしょうに」

 

 ま、民主主義国家の定めかとぼやく片桐。瀬戸月ヒナタ(かげろう)は何も言い返せず、静かに俯いた。

 

「…………じゃあ、どうすればいいんですか」

「どうしたい?」

「それが分かったら、聞いてないです」

 

 結んだ拳に力が入る。このまま全部砕けてしまえばいいのに、己の身ばかり可愛い神経細胞がそうさせてくれない。

 

「いいのよ、分からなくて。貴女はまだ、何も知らないのだから」

 

 

 だからまずは、知ることから始めましょうと。片桐はそう言う。

 

 

 

 

「見に行きましょう――――――特務神祇官(わたしたち)のいない、戦場を」

 

 

*1
名目上(第108話参照)

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