舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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整理も兼ねた休憩回です。


第117話 突き捨てられた歩は何処

『……続いて、深海棲艦対処に関する報道です。7月10日午後2時、統合幕僚監部発表。6月30日から7月6日までの期間、西太平洋において国防軍は……』

 

 衛星テレビ放送が、呑気な戦局報道を垂れ流している。

 

 国民に理解を得ることを目的として、日本は戦局報道に積極的だ。速報値とはいえ週あたりの討伐数、犠牲者の数まで隠さず報じている。

 流石に部隊の具体的な損害までは触れないが……殉職者の数が三桁を越えれば、艦艇か基地のどちらかが大損害を被ったことは分かる。四桁に迫ればそれは大規模作戦クラスの海戦が勃発していることは分かる。

 

『また、オホーツク海にて発生している深海棲艦の大量発生について、現地のロシア軍と情報共有を密にし、必要に応じて適切な対応を行う用意をしているとしています』

 

 そんな報道で、国防省が北サハリンへの介入を「正式に示唆」したのは、コトが起こってから4日後のこと。定例会見での発表と考えれば、最速の部類に入るだろう。

 

 

 

 


 

 

 

 

「うーん……」

 

 盤上にて繰り広げられる()()は、いよいよ終局へと向かっていた。

 

「いや、こりゃ無理かな。投了!」

 

 空中に匙を放りあげるようなジェスチャーで片桐がそう宣言する。彼女の目の前には、見事に瓦解した陣地が広がっている。

 

「いやー強いわね、というか最後の方、打つの早すぎ、どうなってるの?」

「詰め将棋は、昔からよくやっていたので」

 

 予想通りというか、片桐は将棋がめっぽう弱かった。とはいえこれは弱いというより、将棋を知らないが故の弱さ。

 

「片桐さんは駒得を意識しすぎですよ。いくらなんでも釣られ過ぎです」

 

 盤上で駒を戦わせるゲームといえば、チェスがもっとも有名だろう。そして将棋とチェスの違いは、駒の種類以上にそのルール……取った駒を再利用できる点にある。

 故に駒得、つまり相手より多くの駒を確保しておくことは将棋の基本といえるが……。

 

「終盤のここ、飛車を取らなければ私に歩を打たれませんでしたよね」

「いやでも、これは取るでしょ」

「その結果、片桐さんの駒が遊んでしまい(前線から離脱して)ました。その間に崩されたので、飛車取りは失敗です」

 

 得した駒は、予備戦力である。しかし予備戦力も運用されなければ意味がない。

 

 片桐のやっていることは、予備戦力を積み上げることにばかり執着して前線を突破されたようなもの。駒を再配置する時間を与えずに侵攻すれば、そのまま陥落という寸法である。

 

「ふーん。よく考えてるのね」

「相手の目標が分かれば、の話です」

「え、私が単純ってこと?」

「そうなりますね」

「急に馬鹿にするじゃん」

 

 まさか。むしろ羨ましいくらい。

 やるべきことへ向けて邁進する彼女は、やりたいことすら見えない自分自身と比べて輝いて見えるのだから。

 

「というか、ちょっと意外です。てっきりゲーム(こういうの)は強いものと」

「ああ、そういう?」

 

 陽炎の素朴な疑問に片桐は苦笑い。手は将棋の駒を並べ直しにかかっている。

 

「あんまり待機時間ないからね、空母艦娘(わたし)は。それに、将棋だと大人数で遊べないし時間もかかるから」

「暇潰しには便利だと思いますけど」

「そんな暇なら論文読むわよ」

 

 軍隊の仕事は待つことである。哨戒任務や警戒待機(アラート)任務、相手あってこその軍隊は、とにかく相手の動きを待つ時間が長い。

 

「(ああ、そうか。空母はそんなことしないのか)」

 

 陽炎のような駆逐艦は、その受動的な任務を請け負う艦種である――――――将棋に例えるなら歩だろうか?

 序盤は前進することで位置取り(前線)を押し上げ、終盤には敵陣に躍り込んで崩しにかかる。

 

「将棋は好きです。平等だから」

 

 将棋に弱い駒など存在しない。

 愚直に一歩ずつ前に進むことしか出来ない歩ですら、全ての駒を倒すことが出来る。

 

陽炎(ヒナタ)ちゃんはアレだ。成り駒が好きそうね」

「別に、好きって訳じゃないです。成った(昇格した)駒が強いのは()()()()()()()()()()()

 

 弱い駒が、強い駒を倒せる。ジャイアントキリングが起きるから好きなのだ。

 

「でも、貴女は()()たかったんじゃないの」

 

 

 

 

 ――――――お前は、父さんの子供じゃないんだ。

 

 

 

 

「納得はしています」

「そうかな」

「そうですよ」

 

 沈黙。

 

 片桐の言わんとすることは分かる。

 養父(おとうさん)の件は間違いなく陽炎の弱点。この話題が出る度に感情的にならずにはいられないのだから、もう致命的な弱点といってもよい。

 

「次は陽炎ちゃんが先手でいいよ」

 

 いつの間にやら並べ終わっていた将棋の駒たち、整然と陣形を組む彼らが総大将の指示を待っている。

 

「先手が、一番最初に打つとき。片桐さんは相手のことを考えますか」

「まさか。考えるだけ無駄じゃない?」

「考えるべきなんですよ。相手は、()()()()()()()()()()打つんですから」

 

 今回の件だってそう。海上採掘プラットフォームの「サハリン・ナンバーズ」襲撃、人類が生きていくのに欠かせないエネルギー資源に対する攻撃を、日本は見過ごした。

 

「ロシアは日本(わたしたち)の思惑を知っていたはずです。千島列島を防衛するのも、南サハリンの経済特区に資金を投下したのも、全ては北方四島返還のため」

 

 逆に言えば、北方四島を返還さえしなければ日本はいつまでも言いなりになってくれると。

 

「ナンバーズを守らなければ意趣返しにでもなるんですか?」

「必要なプロセスだったよ」

 

 パチリと、後手の片桐が歩を進める。

 

「ロシアはサハリンに国防軍が進入することをひどく嫌っていた。もし国防軍がナンバーズを守れば、内政干渉だと、日本がサハリンを不当に占領しようとしていると主張するだろうね」

「そんな滅茶苦茶な」

「でも、彼ら目線ではそれが『真実』なんだよ。事実として日本人と日系資本(わたしたち)はサハリンに入り込み、経済と資源を握ろうとしている」

 

 パチ、パチと。目まぐるしい早さで盤面が動いていく。

 将棋には定石がある。マニュアルに書かれた手順に従って打てばそう間違いはない……だから速攻を仕掛けない限り、序盤の展開はあくまで自己完結的なものとなる。

 

「もちろん。日本(こっち)だって向こうの物語(ナラティブ)に付き合うほど暇じゃない」

 

 そして、自陣(じぶん)のことにばかりかまけていれば足元を掬われる。

 

「日本人にとって、ロシアは恐ろしくも遠い国。シベリア抑留ですら日本国外の出来事、当事者以外は他人事」

 

 攻めてくるならともかく、守りになんて行きたくないでしょうと片桐。

 

「でもガスや小麦のことがあるから、仕方なく派兵を容認している……まぁ、軍部はそうは考えていないみたいだけれど」

 

 だってそうじゃなきゃ、あそこまで「ロシアの戦艦」なんかに固執しないでしょと、桂馬を進出させた片桐がそう言う。

 

「小河原海将補、本当に更迭しなくて(おろさなくて)いいの?」

 

 今なら多分できるけどと軽い調子で言うが、現役の将官を更迭するなんて相当に物騒な話である。

 

「いいんです。海将補の方は目的がハッキリしていますから」

 

 彼が目指しているのはあくまでサハリンからロシアの軍事力(プレゼンス)を排除すること。ただしロシア軍サハリン統合軍と積極的に交流しているのをみるに、決して力ずくでの排除を目指しているわけではない。

 ロシアを排除した後は……中国寄りであることを隠さない彼の奥さん(小河原ノゾミ3等空佐)をみる限り、日中の雑居地でも目指すのだろう。

 そうすればサハリンはともかく、千島列島――――――北方領土は手に入るという算段である。

 

「面倒な話よね? 北方領土は日本のモノ~って……いや名目上は侵略された土地(そうなん)だろうけどさ」

 

 時代錯誤にも程があるよと言いたげな片桐。

 

「別に、時代錯誤ならそれでいいんです。目的が分かっていれば怖くない」

 

 問題は彼の嫁、小河原ノゾミ3等空佐の方だ。

 

 

 

『別に国には拘らないんだろう?』

 

 

 

 ハッキリ「国を裏切れ」と伝えてきた彼女の声と香りが蘇る。陽炎たち『子供』を産み出した「美しき家庭計画」の資料も脳裏をよぎる。

 伝えたいことは伝えたとばかりに帰国した小河原ノゾミ、一時退役や予備役などの言い訳を使うこともなく堂々とサハリンに入域した空軍軍人。

 

 彼女がなにを考えているのか、分からない。

 

「なにやってんのかしらね……あぁ、とりあえず哨戒艦隊の人事には眼を光らせるよう言っといたから」

「……ありがとうございます」

 

 『亡命』の件に関しては、話が話だけに即決してもらえるとは思っていないだろう。しかし亡命を促すことなら、平気でやりかねない。

 何かやられるのも怖いが、陽炎は阻止する手段を持たない――――――だから、片桐に頼らざるを得ない。無人艦艇派(無人戦闘システム研究会)という、明確な派閥を持つ彼女に。

 

 いーよいーよと笑う片桐は、けれど、と真剣な顔で続ける。

 将棋を打つ手は、いつの間にか止まっていた。

 

「流石に幹部の方には手を出せないし、配置換えが多すぎて監視も無理だから。あんまり当てにはしないでね?」

 

「そうそう。小河原3佐といえば…………これはまだ、与太話(ウワサ)なんだけどさ」

 

 裏取りはしていないと前置きした上で、片桐が一言。

 

「小河原ノゾミ、本当は艦娘になりたかったらしいのよ」

「はい?」

 

 ピンと来ない話である。艦娘になりたかった?

 

「うちの若い子が彼女と同期でね。ほら、国防大って途中から陸海空に分けられるじゃない」

 

 一応希望調査はあるが、ほとんど適性に応じた「分配」となる。もちろん、艦娘としての適性があれば特務艇勤務(海軍へ配置されるの)は確定だ。

 

「小河原ノゾミ……あ、当時はまだ結婚してなくて飯田ノゾミか。ともかく彼女は特務神祇官としての適性があったにも関わらず航空要員になった。それで、一旦は退学騒動になったらしいのよ」

「……」

 

 信じられない、という表情をすれば裏取りしてないから話し半分で聞いてよねと返される。

 

「結局、飯田ノゾミ学生は最後には航空要員を受け入れたらしいんだけど、どうもここに、圧力があったんじゃないかって」

 

 将棋盤をずらし、メモ用紙と筆記具を取り出す片桐。一人の人物の名前が書き込まれる。

 

「西園マサノブ。今は第6護衛隊群(フィリピン)で参謀勤務、専門は霊力戦と無人航空機(UAV)

 

 いわゆる基地航空隊――――武装にのみ霊力の加護を付与することで使い捨て式火力投射プラットフォームとして運用される哨戒艦隊の補助兵器――――を扱う将校である。

 

「その人が圧力をかけたと?」

「説得したのが当時教官だった彼、って感じかな。でもこの話には裏がある」

 

 そして片桐は「西園マサノブ」と書かれた横にもう一人の名前を書き込む。

 

「飯田コウスケ、今は統合幕僚監部の計画部長。説明するまでもないとは思うけれど、飯田ノゾミの父親ね」

「……まぁ、圧力ってなるとそうなりますよね。でも二人は関係ないんじゃ?」

「そ。西園マサノブが2期上、だから本来なら2人は繋がらない、けれど……」

 

 そして2人の名前の上に、誰もが知る海将(ていとく)が書き込まれる。

 

「『悲劇の海幕長』こと大迫ヨシミツ。霊質協同戦を体系化し、そして……」

「…………ミクロネシアの陥落を招いた、戦犯のひとり」

 

 ミクロネシア撤退戦時、当時の護衛艦隊司令官であった大迫海将はグアムまでしか艦隊を進出させなかった。

 その後アメリカがほとんど事前通告なしで核兵器を投入したため、結果論としてはグアムより先に進まなかったのは英断だと彼を擁護する向きもあるが……彼がもっと早く艦隊を動かせば、そもそもミクロネシアは陥落しなかった筈だ。

 

 それから、陽炎はハッとした。目の前にいるのは片桐ではないか。

 

「すみません、私、」

「いいよ。貴女には言う権利がある。私達は戦犯なんだから」

 

 グアムで足止めを食らった一人の艦娘は、茶化すこともしてくれない。

 

「何はともあれ、大迫ヨシミツが西園と飯田を結んだ。2人は彼に師事していた」

 

 話を再開した片桐が、大迫と2人を線で結ぶ。

 

「で、気になるのは。この出来事は2025年だってこと。大迫ヨシミツが戦死して、彼の派閥がバラバラになってから一年以上も経っている」

「2人が個人的な親交を保っているのでは?」

 

 陽炎の言葉に、2人だけの話ならねと片桐は応じる。

 

「そもそも、なんで艦娘に()()()()()()()飯田ノゾミが航空要員になれるのかって話なのよ、これは」

 

 普通に考えたら海軍が持っていって終わりでしょ?

 全くもってその通りである。特務神祇官は常に不足している。そうでなければ「美しき家庭計画」で『子供』を拐ってきたりなんてしない。

 

 大事な艦娘要員に横槍をいれるなんて、()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「で、ここで受け入れ先の人物。空軍の小沢空将が出てくるって訳……彼が航空幕僚長になっているのは知ってるでしょ?」

「ええ」

「あれ、なんか反応薄くない?知り合いだよね?」

「………………なぜ?」

 

 なにがどうなると幕僚長なんかと知り合いになれるというのか。

 

「小沢空将といえば『チュークの双璧』の片割れこと第83高射隊の指揮官じゃない」

「いや知りませんよ!?」

 

 本当に知らない。まず高射(ミサイル)部隊が艦娘と並んで双璧扱いされるってなんなのだ、そんなに戦力がなかったのかミクロネシアには。

 

「でも会ったことぐらいあるんじゃ」

養父(瀬戸月海将補)は私に軍人であることを隠してましたから。多分会ったことはないです」

 

 仮に会っていたとしても、その人物が小沢という名前だとは聞かされていないはずだ。

 

「そっか。まぁ私はここの全員と話したことあるけどね」

「なんの自慢ですか……?」

 

 そして、その小沢空将がどう関わってくるというのか。

 

小河原(飯田)ノゾミは、たぶん小沢空将の下で動いてる。たぶんだけどね」

 

 あくまで憶測だと念を押しつつ、片桐は紙に書き込む。飯田コウスケの下に娘の小河原(飯田)ノゾミが現れ、その斜め上に小沢空将が現れる。

 

「そして、小沢空将の同期で政界入りした人物がいる。立憲友民党(ゆーみん)の幹事長で、姓は新田」

「え、まだ増えるんですか」

「だから紙に書いてるのよ。で、その新田幹事長の傘下にいるのが……」

 

 そして片桐は、小河原(飯田)ノゾミ、飯田コウスケの上に名前を書く。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「飯田ケイスケ。飯田コウスケの父親、飯田ノゾミの祖父。元陸上自衛隊1等陸尉。バリバリの国防族議員」

「………」

「ちなみに古い方の国防族ね、今の艦隊派の源流っていえば分かりやすい?」

 

 要するに特務神祇官(霊力戦)ではなく旧来の兵器(質量戦)で深海棲艦に対抗しようとした派閥ということになる。

 

「あれ。でも飯田コウスケ海将は大迫ヨシミツに師事していたんですよね?」

 

 つまり霊力戦派閥ということになる筈だが、親と子で属する派閥が違うなんてことあるのだろうか?

 

「リスクヘッジの一種じゃない?保元の乱でも源為義(父親)源義朝(息子)が別々の陣営に参加したように、どっちが勝っても血が残るようにしておくの」

「なるほど?」

 

 ともかく、結果として通常兵器を主力とする古い国防族は廃れ、飯田ケイスケは霊力戦を主軸に据える新しい国防族(新田派)の傘下についたと。

 そういう文脈で見れば、この図は全く違う意味を持ってくる。

 

 てっきり、飯田ノゾミが空軍に進んだのはいわゆる艦娘逃れ――――実際、その手の話はよくある――――だと。無意識のうちに思い込んでいたが……。

 

「これ、飯田ノゾミを空軍に配置させるよう圧力をかけたのって……」

「そ、新田派ってこと。言い方は悪いけれど、飯田ノゾミは飯田ケイスケの差し出した『手土産』ってところね」

 

 

『飯田家は損切りをした』

 

 

 

 ああ、なるほど。

 小河原ノゾミ(かのじょ)は切られた側だったのか。

 

 

 

「面倒なことになったわね」

「……そうですね、大変そうです」

 

 少し同情気味に溢す陽炎に、なに寝惚けたこと言ってるのと片桐は呆れ顔。

 

「私達の状況分かってる? 小河原ノゾミはお家騒動(飯田と新田のパワーゲーム)内憂(子供)外患(中共)ぜんぶぶちこんで滅茶苦茶にしようとしているのよ? しかもそこに! 全く関係ない私達を巻き込んで!!」

 

「私は瀬戸月なんで……」

 

「ん……? ああ! 飯田は瀬戸月の後援だったわね? そうじゃんガッツリ当事者だコレ!?」

 

 頭を抱える片桐。いや分かって言いましたよねと突っ込めば、ゴメン本当に失念してたと返ってくる。それはそれでどうかと陽炎は思うが……。

 

「だってそうじゃない。これって血の奪い合いなのよ? それに陽炎ちゃん、そっち側って感じしないし……」

「あぁそうでした、駆逐艦風情で悪うございましたね」

「いやいや、そういう話じゃなくてね陽炎ちゃん~……」

 

 こちらの気も知らないで、片桐は困ったような、それでいて茶化すような視線を投げてくる。

 特務神祇官(かんむす)の適性がどのように発現するかは未だに分かっていない。

 ただし客観的な事実として、後天的な適性の発現は確認されたことがなかった。

 

 

 だから私は贈り物(奪い合いの対象)にはなり得ない。

 私は養父の娘ではなくて……義母さん(おねえさん)のような艦娘には、なれない。

 

 

 だから養父は、私を突き放したのだろうか。

 

 

「なにか、考えている顔ね」

 

 良かったら話してよと、片桐が言う。

 とはいえ流石に、養父の(そんな)話をする気にはならない。

 

「結局、戦艦はいるんですかね」

「いなければ、今頃ナンバーズは海の底でしょうね」

 

 故に陽炎は仕事の話でお茶を濁す。片桐は握ったペンをくるりと器用に回して見せた。

 

「問題は、結局その『戦艦』とやらの詳細が分かっていないことね」

「とはいえ、十月革命(戦艦ガングート)みたいなものでしょう?」

「ん? ……あぁ、あの帝産の戦艦艤装をリバースエンジニアリングしたやつ? 重巡の最新ブロックの方がまだ強いわよ」

 

 だから恐らく、技術蓄積による最新機種だろうと片桐は言う。

 

「そもそも、タシュケントの艤装だって日本(ウチ)の駆逐艦艤装と遜色ないものに仕上がっているのよ? 要員の錬度はともかく、単純なカタログスペックでは十分に肩を並ぶんだから」

「じゃあ、日本の優位は崩れてきていると」

 

 ならば、向こうが欲しいのは熟練した特務神祇官のノウハウ――――――小河原ノゾミ3佐が持ちかけたのが『亡命』だったと言うのも納得だ。

 欲しいのは戦力ではなく、特務神祇官の持つ経験なのだから。

 

 そう言えば、そこが謎なのよねと片桐。

 

「そもそも、日本が技術供与をもっと進めれば良いんじゃないの?」

 

 『子供』をこっそり()()するとかそういうやり方ではなくと、言外にそう含みながら彼女は続ける。

 

「別に人間同士で戦争するって訳じゃあるまいし、他国にも戦ってもらった方がいいと思うけれど」

 

 ……まあ、確かに。

 日本は友好国に国防軍を派遣するという形で実質的な勢力圏を確立している。その結果が深刻な人材不足な訳だから、派遣をやめ、友好国に前線を張ってもらった方が負担は減るだろう。

 もちろん。それを日本政府が許すかというと、難しいだろうけれど。

 

「それはまぁ、いろいろ考えているんじゃないですか? 戦後の事とか」

「陽炎ちゃんそれ本気で言ってる? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょうに」

 

 実際、艦娘は霊力戦を行えるから強いというだけである。

 つまり深海棲艦(あいて)と同じ土俵に立てるために強いのであって、人間相手なら単なる歩兵と変わらない……いや、防壁がある分多少は有利かも知れないが。

 

「艦娘は()()()3インチ(76mm)砲で倒せてしまう。空を飛ぶわけでもなく平面移動しか出来ない艦娘は、ハッキリ言って弱いのよ」

 

 艦載機(ドローン)だって今は対抗手段がいくらでもあると片桐。

 

「なにかあるんでしょうね。技術供与が『駒損』になる理由が」

 

 そしてそれは、軍事的な理由(駒損)ではないのだろう。

 

「じゃあ、政治ですか」

「うん。つまり考えるだけ無駄ってこと」

「無駄、ですか……」

 

 それなら、ずっとこうして悩んでいる私はなんなのだ。そう考える陽炎に片桐は苦笑い。

 

「政治と将棋は違うのよ。将棋なら、駒損や駒得って、一定の基準があるでしょ?でも政治には基準(それ)がない。私達が損だと思うことが、相手にとっては得だったりする。だから、考えるだけ無駄なの」

 

 まぁ逆に、だからこそありがたかったりもするんだけれどね。首を傾げる陽炎に、だってそうでしょ? と片桐は微笑む。

 

「基準がないなら、勝ち負けだって一様じゃない。将棋は『勝つか負けるか』だけれど、政治なら『両方が勝つ道』だってある」

 

 やはり片桐(このヒト)は理想家だ――――――陽炎は改めて思う。

 両方が勝つ道があると信じて疑わない。だから派閥を作ったり、政治をしたりなんて険しい道を邁進していける。

 

 それは目映いほどの輝きを持つ、細い蝋燭のようだった。

 

「分かりません。私には、とても」

 

 将棋は得意だった。

 養父(ちち)を負かしたことだってあるし、定石も詰み手も、人並み以上に知っている。義母さん(おねえさん)にも褒めてもらった。

 

 けれどその向こう、駒損の条件(ルール)すら見えない戦いのことなんて、理解も出来そうにない。

 

「なに言ってるの。あなたがやるのよ」

 

 だってそうしないと、子供たち(あの子たち)を救えないわよ。

 そう言いながら片桐は、すっと将棋盤を二人の間に戻す。

 

「……分かってますよ。だから、教えてください。この戦いのルール(やりかた)を」

「ええ、いいわよ」

 

 

 

 それが、私が残してあげられるものだからね。

 その言葉は、聴かなかったフリをして。

 

 

 陽炎は老練の艦娘に向けてパチリと、次の手を打った。

 

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