舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第12話 手遅れの金糸雀

「今回のテロで政府は少なからず及び腰になった」

 

 画面の向こうから政治の話が聞こえる。

 

「相手は立派に武装した組織だ。標的も大半が無人の施設で、人的被害もそこまで大きくなかったが……」

 

 少なからずのヒトが死んだというのに、規模の割には犠牲が少なかったと画面の向こうは言う。ラフなポロシャツ姿とは対称的に、その表情は真剣そのものだった。

 

「もしも襲撃対象が日本人街だったらどうだ? 仮に自衛隊の駐屯区画が襲われてより高度な武器が持ち出されたら?」

 

 もちろん、被害はより大きくなったことだろう。

 しかし思う、自衛隊はミクロネシア連邦を守るために展開している。どうして彼らは日本を目の敵にする必要があったのだろうか。

 

新自由連合盟約(ニユーコンパクト)があるとはいえ、ミクロネシア連邦は立派な国連加盟国で独立国家。テロ行為を日本主導で押さえつける訳にはいかない」

 

 かといって放置も出来ないと、彼は言う。テロは日本に海外派兵のリスクを突きつけたのだと。

 

 

 だからどうした。私は結局の所、兵隊だ。上官の命令に従って、敵を撃つことしか出来ないというのに。

 

 

「お前の()()()()はどう考えているんだ。テロに向けての対処は?」

「知りませんよ。療養中ですよ、私」

「次の国会では、海外派遣の是非が問われることになる」

 

 だから、知りませんってば。分からない私を無視して彼が続けるので、もう聞く振りだけしようかと逃避するようにベッドにもたれた私。

 

「状況によっては撤退もあり得る」

 

 そんな私は、その一言で飛び起きることになった。いきなり動いた身体に驚いた身体が悲鳴をあげる。しかし今は、それどころではない。

 

「撤退? 退いてどこに行くんですか」

「お国のためだ。分かってくれないか」

 

 まさか、本土まで下がれとでもいうつもりだろうか。統幕の一部では本気で考えられていることだと向こうは前置きしてから、私をじっと見つめて言う。

 

「だからこそ、最前線を知っている人間が欲しい。それも防衛大学出身で、なるべく階級が高い人間がいい。お前なら、護衛艦隊の連中を抑えることが出来る」

「隊内政治は嫌いです」

「もちろん政治から距離を置くことは重要だ。しかし、8護群は嫌われ者だぞ」

 

 なぜです、とは聞くまでもないだろう。

 日本を守る自衛艦隊が従えるのは全部で八つの護衛隊群。それらは本土に配備される護衛艦隊と海外派遣の哨戒艦隊に大別される。

 

 第1から第4までは護衛艦隊。主力を預かる名誉の本土配備。

 そして第5から第8が艦娘などの小型艦艇で構成される哨戒艦隊。深海棲艦を海外で受け止める日本の盾。

 

 そして第8護衛隊群は哨戒艦隊でも最大規模の海域を担当する護衛隊群。国家を護る重責を担うといえば聞こえはいいが、重要でない海域をまとめて押しつけたというのが内実だった。

 

 つまりは厄介ばらいであり、目の上のたんこぶである人材の宝庫だという事。

 

「まだ怪文書レベルだが、北マリアナ諸島での防衛プランが出回っている。大方、有志の研究会か何かがまとめたものだろうが……大迫副海幕長が乗り気だ」

 

 どうもあの人、艦隊派に取り込まれたらしいなとスピーカーが告げる。本土から数千キロ離れたチューク(ここ)では滅多に聞くことのない単語は、病床で重たい身体をさらに重たくさせた。

 

「私たちだって、哨戒『艦隊』の所属じゃないですか」

「彼らにとっての艦隊は千トン以上の護衛艦(フネ)だけだよ。艦娘なぞヒト一人と変わらん」

 

 結局、派閥争い(そこ)に落ち着くのか。

 8護群は軍艦(フネ)なし護衛隊群。艦娘がいなければ、艦娘だけが守れる海域(うみ)だというのに。

 

「ともかくそういう状況だ。向こうの思い通りにさせないためにも、はっきりモノを言える幹部艦娘が必要だ。来期、横須賀総監部あたりのポストがいくつか空くから……」

 

 それは提督さんを否定する事。見捨てる事に他ならない。反射的に言葉が飛び出した。

 

「無理です。第3分遣隊は、まだ私抜きで回せる状況じゃありません」

「いずれ状況が改善するとでも? 深海棲艦(バケモノ)不満分子(テロリスト)に挟撃されかけている我々が?」

「提督さんのお陰で戦局は改善しています。もう少しで……」

提督さん(アレ)は諸刃の剣だよ」

 

 なにを言って。そう息を飲んだ私に向こうは告げる。

 

「キミ達は頑張りすぎた。自衛隊はミクロネシアに()()()()()()()()()()()()()。だが、()()()()()()()()()()んだよ」

 

 それは提督さんの努力を、手の届く平和を必死に守ろうとする彼の生き様を踏みにじる言葉に他ならない。思わず言葉に力が篭もる。

 

「……最前線(わたしたち)のことも、少しは考えて下さい」

「考えている。だからこそ、今だからこそ間に合うのだ。護衛艦隊(ほんとうのかんたい)まで哨戒艦隊(さいぜんせん)に引き出されることになるぞ」

 

 だからこそ、哨戒艦隊(おまえたち)には退いて貰わないといけないのだ。そんなことを彼は言う。今ならまだ、ミクロネシアを見捨てずに済むのだと。

 理解が出来なかった。撤退することでミクロネシアを見捨てずに済む?

 

 

 ――――――我々は客将だ。利害の一致なくしては団結できない。

 

 

 提督さんの、出会った日の彼の言葉が蘇る。

 ミクロネシアは抱える人民を護る為、日本は中部太平洋を突破された時に焼かれる国土を護る為――――――そのために戦うのだと言った彼は、たった一人の娘(ヒナちゃん)を守るために戦っていた。

 

 まさか。そのためなら護衛艦隊(しゅりょくぶたい)まで引きずり出すと?

 

 わかるなと、画面の向こうは続ける。

 

「このままでは共倒れだ。政府は口が裂けても撤退論を口にできない。連戦連勝じゃ国民も撤退論には傾かない。テロ(これ)は奇貨だ、今こそ我らの主導でミクロネシア撤退を進めなければならない」

 

 まさか、ありえない。

 寸での所で口には出なかった言葉は、果たして何に向けられたものだったのだろうか。

 

「私は自衛官です。自衛官は文民統制(シビリアンコントロール)に従わねばなりません」

 

 そんな私の口から飛び出すのは、建前論。

 

「政府と議会が政治的判断としてミクロネシアに居残ろうとしているのでしょう? それなら、それは仕方ありません」

 

 それは拒絶。私の意図を正しく読み取ったらしい彼は、瞑目して呟く。

 

「残念だよ。何の為にお前を副司令官まで押し上げたと思っている?」

 

 そんな駒みたいな扱いなら御免被る。

 政局に使いたいのならもっとマトモな人材がいるはずだ。

 

 こんなヒトデナシ(やくたたず)に頼むには肩が重いと、周りは何時になったら分かってくれるのか。

 

「提督、ご歓談中すみません。お時間です」

 

 画面の端に映ったのは凛とした声の主。

 日に焼けているのか、肌はやや浅黒い。弓道着は炎を嘗めるように朱色が交じり、鉢巻は彼女の闘志を体現させているようだった。

 

「おぉ悪いな飛龍」

 

 どうやら、休みというのも嘘だったらしい。

 

「すまんな瑞島(ずいかく)。これから顔合わせがあってな。着替えないといけない」

 

 わざとらしく艦名で呼ぶのは、見切りをつけたというメッセージだろうか。私は気付かないフリをして返す。

 

「今はお休みかと思ってましたが」

「そうもいかなくてな。今日は図版演習だ。()()()()()()()()を考えれば気は楽だがね」

 

 私服姿で冗談を零す彼に、私は首を振る。

 

「謙遜するな。飛龍(コイツ)もお前には、専科の時に手を焼かされていたと言っているぞ」

 

 彼女の顔を見て、私は首を傾げる。

 飛龍――――――正規空母の艦名を借る彼女は専科第1期の特務艇乗り。第2期である私より半年早く艦娘の教育を受け始めたので、殆ど顔を合わせたことはないはずだ。

 

 確かに卒業年次の取り扱いは同じになるから同期といえないこともないが、常に一段階先の教育を受けていた先輩に誰が居たかなんて覚える気はない。

 そうでなくても、艦娘専科の頃は姉の事で一番ささくれてた時期だった。

 

 はぁ、そうですかと一応頭を下げてみると。彼女は鼻をわざとらしく鳴らす。瞳に宿すのはまさしく敵意。よほど私の反応が気に喰わないらしい。

 

「こちらとしては、手合せがない事を願っているよ。あとは君の()()次第だ」

 

 こんな状況でまだ戦えとおっしゃいますか。

 彼なりの発破だと諦めてベッドに身を沈める。

 

 なにも考えたくなかった。通話を畳むと、私は現実から逃げるように夢の世界へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の訪問は神通さんだった。

 

 戦闘詳報と企画書を睨めっこしながらも、私が水を欲しいというと邪険にせずにペットボトルを持ってきてくれる。

 

「今、瑞鶴さんが何を考えてらっしゃるか。当てて差し上げましょうか?」

「……いや、私はただぼーっとしてただけで」

「そうですか。提督が顔を見せに来ないのが、ひどく残念というように見えたもので」

 

 図星だった。

 

 あれ以来、彼の姿を見ていない。

 怒らせてしまったのだろうかと思ったが、彼は論理的に正しいものについては折れる性質だとは知っている。

 

「提督さん。今、何をしているの?」

「このところは残業続きでして、部下の為に身を粉にして働いてらっしゃいます」

 

 なにか含んだ言い方だった。

 神通さんは失言しないように最小限に言葉を使うタイプ。だからこそ、彼女の発言は的を得ていることが多い。

 

「そりゃあ、事務処理手伝ってた部下が不自由で寝たきりですものね……」

「貴女の怪我。生きているのが不思議なぐらいだったそうですよ」

「そんなにすごかったんですか? 磯風さんも言ってましたけど」

「えぇ。容体を確認した医療スタッフが嘔吐して、使い物にならなくなったくらいには。まずは入渠施設に運び込まれて、艤装との強制接続が開始されました」

 

 どんなケロイド状態の生物だそれは。

 その時の写真を見ますかと茶化されたので、謹んで辞退。事態が急を要するのにそんな資料作成の教材にされていたのは、ひとえに霊力再生のサンプルが不足していた経緯もあったらしい。

 

「工廠の人間は問題しかないと猛反対でした。意識のない艦娘との外部的パージすら危険なのに、強制接続で後遺症のリスクすら犯すのかと」

 

 艦娘が戦闘中に失神した場合の艤装接続はそのままだ。防護機能に生かされている場合もあるから、無理な接続解除は傷病の悪化を進める要因にも足りえる。

 しかし私が運び込まれた時、私は()()()()()()()()()()()()

 

 不確定な要素を極力排除する。それがセオリーなのに、提督さんが私の救護に艤装を使ったのはいかな理由だろうか。

 

「ここで提督の喝が入ります」

 

 現在の医療でどうにかなる問題を越えていると分かっていて、なぜ次の手を打たない。これで落命するなら瑞鶴はそれまでだ。失敗した時の首は私が差し出せば十分だろう。それともウチの技術者は挑戦もせず、ただ指を咥えているのかと。

 

 彼の言葉を、神通さんは淡々と読み上げるように言う。

 

 艤装はまさしく人体の延長。

 海の上に浮かぶフネをヒトのように動かすには神経とリンクさせる以外に方法はない。

 ヒトは機械となり、フネは肉体が宿る。その二律が重なり合って艦娘は戦場に立っている。それは私たちが常に重大なリスクを背負っていることを意味していた。

 

「結局は整備長が折れた事で作業が始まります。そこから先は工廠も三日三晩が不眠不休ですよ。ああも上司に啖呵を切られては、医療や技術職の名が廃ると考えてのでしょうね。後の事を考えれば、出撃がその間になかったのだけが幸運でしょうか」

 

 平時だったから出来たと神通さんは言う。投げて寄越したのは、今回の医療レポート。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ。神通さん……この額、本当ですか!?」

「嘘を言ってもしょうがないでしょう。これを経費で落とすのが提督の仕事です」

 

 しかし彼は180億と人命を天秤にかける男だ。本当に同じ人物かと疑ってしまう。

 なぜ彼は私を助けたのだろう。そんな私に、それが提督なのですと神通さんは言う。

 

「彼からしてみれば、我々とのスキンシップは不要なのです。それでも。彼は舞台を用意し、我々は期待に応える。うちの艦隊はそういう信頼関係で成り立っているのですよ」

 

 誤解だ。助けられた本人だから、少しの差に気が付く。

 提督さんが接触してこないのは、ヒナちゃんと私達を同一視しないように。

 公私の区別をつけて、切り捨てるという判断を「自衛隊員だから覚悟が出来ている」と言い訳をする為。

 

 それは命令を出す彼自身の心を守る為。

 そして、国や部隊を困難から少しでも遠ざけたいから。

 

 情は決断を鈍らせる。だから彼は誰に対しても平等であろうとしているに違いない。これは酒の席での部下のあしらい方でも片鱗を見た。

 

 不可解なのは、私を救った事だ。

 彼曰く「救える命」なのだろう。しかし工廠の機能を割いてまで、私を生かす理由がない。

 

 それは根っからの()()()()()()()()()ことの裏付けであろうか。

 それなら彼はミスを犯している。もしその間に泊地が攻撃に曝されたら、私の治療を後回しに出来ただろうか?

 

 自惚れではないが、彼は助けてくれたように思う。

 冷凍カプセルに放り込まれるかは知らないが、何とか手段を模索しただろう。彼は図上演習で空母を見捨てた。それは勝利の為。私の治療を止めても勝つ保証がない。だから霊力再生で、私を死の淵から呼び戻した。

 

 それは理論の混同だ。ようするに彼はお節介で、優しすぎるだけなのだ。

 

 私は確かに戦力に違いないのだが、そんなに役立つものだろうか。

 そう悩み始めてふと気づく。

 

 

 そういえば、今の情勢はどうなっているのだろう。

 

 

 提督さんは顔を見せない。

 見舞いに来るのは艦娘ばかり。

 毎日ではないし、メンバーもいつも違う。

 

 

 そして、()()()()()()()()()

 

 

「神通さん……前にいらっしゃった時より、怪我が増えてませんか?」

「えぇ、出撃で少し」

 

 少しカマをかけてみる。気になっていた部分を神通さんは即答する。

 たとえ私が戦線離脱したとて、832護衛隊(すいらいせんたい)の戦力は殆ど変わらないだろう。それなのに怪我が増える……神通さんの負担が増えるのであれば強敵が現れたか、戦場が拡大していることに他ならない。

 

 そういえば、この前の磯風さんの肌が日に焼けていた。

 

 艦娘の保護膜は身体や艤装を潮風から防ぐ機能もある。

 もちろん紫外線すらも軽減するのだから、本来ではありえないのだ。

 

 つまり、防護機能を喪失するくらいの激しい戦闘があったのを意味している。私が知らないところで、皆は戦っていたのだ。奥歯が軋む音がする。

 

 追求しようとした所で、端末に着信音。

 

「申し訳ありません。次の出撃の準備に取り掛かります」

「いつもの哨戒時間と違う。皆は何と戦っているの?」

 

 神通さんはどう答えれば良いかと迷ったらしい。口止めさせられているのだろう。

 

「なら事実だけ教えて。遅かれ早かれ、私も知るんでしょうから」

「……2週間ほど前の事です。 マーシャル諸島に駐留していた849護衛隊が壊滅。基地との通信も途絶えました。我々も急行しましたが、一歩遅かったんです」

 

 その部隊番号には、聞き覚えがあった。

 

 ここから少し……そう、およそ1000マイル(2000キロ)ほど離れた海域の駐留部隊ナンバー。

 連携を取れる距離ではないために頼れる友軍として覚えていた訳ではないし、合同作戦も実施したことはない。

 

 けれど、その部隊番号は――――――

 

「そんな……嘘でしょう!」

 

 あそこには翔鶴姉ぇ(おねえちゃん)がいるのに!

 私の声にならない叫びは、神通さんには届かない。

 

「本当です。貴女のお姉さん――翔鶴さんもMIA(ロスト)。おそらく……」

 

 

 

 ぐわん、ぐわんと視界が揺らぐ。

 

 私の目の前は、ほとんど真っ暗になっていた。

 

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