舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第120話 これまでの正義の話をしよう

〈西暦2036年7月13日 ソビエト社会主義共和国連邦 サハリン共和国〉

 

 

 

 地球の湾曲と水蒸気がもたらす蜃気楼の向こう、遠目に見ても巨大と分かる建造物がそこには鎮座している。

 それは要塞。冷たい海に抱かれ、外部からの侵入を拒む。

 

 サハリンⅣ。日中露共同開発の採掘プラットフォーム。今日までの人類経済を支え、これからも担うであろう生命線。

 そして今は――――――

 

 

 

 

 

 

「なんなんですか、いまさらソ連だなんて」

「そうね。ホント狂ってる。それは同意」

 

 ただそれでも、今採りうる選択肢としては妥当だったと片桐は漏らす。

 

 防ぎたいのは「ロシアによるサハリン・ナンバーズへの核投射」――――――課題は2つ。

 

 ひとつ、ロシア連邦は他国軍の介入をよしとしない。

 ふたつ、サハリンがロシア領である限り、核の投射権利はロシアにある。

 

「『独立』しないと話が進まない問題ではあった。問題は、独立にどう根拠を持たせるか……幸い、中国を支配するのは曲がりなりにも『共産党』よ。だから社会主義国家の誕生であれば()()()()()()()()

 

 少なくとも、社会主義国家が新自由連合盟約(ニューコンパクト)加入はあり得ないからね。政治の事情を話す片桐。

 

「中国だって、別に社会主義国って訳じゃないじゃないですか」

「実態はどうでもいいのよ……新ソ連の建設を中国のメディアが報じる。これだけでロシアは核兵器をサハリンに落とせなくなる。ロシアの核に代わって国防海軍(わたしたち)の空母打撃群がオホーツク海を掃討、これで終わり」

「酷いマッチポンプです」

「ええ、完敗。よくやったよ彼は」

「でも、ロシアは許さないでしょうね」

「うん? 許さないだろうね。でもどうやってサハリンを奪還するのさ。日本海軍と中国陸軍がガッツリ展開しているこの島を」

 

 そう言いながら、片桐は採掘プラットフォーム「サハリンⅣ」の屋上から空を見上げる。本物の太陽がようやく顔を出したオホーツク海は薄暗い。

 

「上手くやったよ。手間が掛かったし敵は増えたけれど、日本が欲しいのは燃料と食糧だけ。サハリンを支配する気がないことは伝えられた……厄介なのは千島列島だけれど」

 

 まあ、ロシアの地位を引き継いだ新ソ連と和平条約を結んで、そこで北方四島だけ割譲って形が丸いかな? そう言う片桐。実際、千島列島に国防軍が駐留している今では「どうにでもなる」案件だ。

 

「でも、こんなの。正しくない」

 

 陽炎が漏らすと、ふぅん? と片桐は首を傾げた。

 

「ねぇ、陽炎(ヒタナ)ちゃん。私たちは『正義』のためにここへ来たの?」

 

 違うでしょと、片桐は言う。陽炎の考えていることを見透かしたように。

 

「これは戦争(せいじ)なんだよ陽炎ちゃん。サハリンという巨大な小島を巡る戦い。本国から逃れようとするサハリン軍閥あらため新ソ連、離脱を許さないロシア政府(クレムリン)、そして樺太千島を確保したい日本に、中国……三つ巴なんて簡単な話じゃない」

 

 そして、そんなの私たちには関係ないと、そう片桐は続ける。

 

「あなたの目的は『子供』を……ううん姉妹(しらぬい)を救うこと。政府の企みなんて放っておきなさい?」

 

 そうは言われても、現実として陽炎はその「政府の企み」とやらに荷担しているわけで。

 

「でも! 私たちはその片棒を担がされた!」

 

 なにも変わっていない。変えられていない。

 「子供」を人質に取られたような状態で軍の手先として利用された。このままでは彼らの目論み通り「子供」たちは南方の最前線で磨り潰されてしまう。

 

 それを防ぐために力を欲した。でもまだ足りない。どこまで行けば、どれほどの力をつければ願いが叶うのか、全く分からない。

 

「小河原海将補だっておかしいです。言ってることメチャクチャですよ。国際平和を守る? 道を違えた他国を正す? 日本がこれまで、どれだけの国家を見捨ててきたか……!」

「だからこそ、届く範囲の命には手を差し伸べる。そういうことじゃない?」

サハリン(ここ)には資源があるからでしょう?!」

「サハリン・ナンバーズには日本資本も入ってる。『国民の財産』を守るのだって立派な国防軍法(ルール)よ」

「ルールってなんですか? 難民を見捨てて、資源を刈り取って、稼いだ時間と食事で列島に引き籠もることがルールだっていうんですか?」

「この国は民主国家よ」

 

 悔しいけれどね、と片桐。

 

「民主国家では国民の合意がルールになる」

「だからって。そんなことが許されるとは」

「許したのよ――――――だから英雄は戦犯になった。違う?」

 

 それは、と言葉を詰まらせる陽炎。片桐は続ける。

 

「小河原の3等空佐の方から聞いたんじゃないの?」

「……守らなかった、と」

 

 守れなかった、ではなく。明確な意思をもって見捨てたと告げた小河原空佐。

 

「でもそれは、一部の権力者によるもので……」

「権力者なんて国民(だれか)のシモベでしょ。偉い奴がいないからこの国は民主国家なの」

「そんなのおかしいですよ」

「なんで?」

 

 なぜって、そんなの決まっている。

 

 

()()()()()()()を守らなければならなかった』

 

 

 小河原ノゾミは「私たちの罪」と言った。

 

 きっとその「一族」とやらはミクロネシア戦役の時も権勢を誇っていたのだろう。だからこそ瀬戸月を見捨てたことが罪だと、だからこそ罪を償わなければならないと考えている。その傲慢さで、傲慢の清算をしたいと言っているのである。

 けれど彼らに権力がないのなら、偉い奴がいないのなら、国民(だれも)が望んだことならば。それではまるで。

 

「だってそれじゃ、誰が悪いのか分からない」

「悪いヒトがいないといけないんだ?」

 

 その言葉に、陽炎は身体を強ばらせる。見せつけるかのように上空を通過(フライパス)した海軍機の翼に低認識(ロービジ)の日の丸が鈍く輝く。

 

「もう一度聞くよ陽炎(ヒナタ)ちゃん。私たちは『正義』のためにここへ来たの?」

 

 違うでしょと、片桐は言う。陽炎の考えていることを見透かしたように。

 

「今はそんな話をしている場合では」

「いんや、今しか出来ない今んだよ。ヒナタちゃん」

 

 片桐がそう言い切る。

 

「今の貴女は2つの鍵を持ってるんだ」

 

 それは選択肢だと、可能性だと彼女は言う。

 

「ひとつは組織の鍵。サハリンの(このクソッタレな)任務が終われば貴女は晴れて自由の身だ。それはつまり、この国防軍という巨大な官僚組織で生き抜いていくことを意味する」

「それなら、いつもと同じじゃないですか」

「全然違うよ。もう貴女はただの幹部艦娘じゃない、だって愛しの『子供』たち(しらぬいちやん)を救うために手段を選んでいられないでしょ?」

 

 答えたくないとばかりに黙り込んだ陽炎。それを無視して片桐は続ける。

 

「で、もうひとつは家族の鍵。意味は分かるわよね?」

 

 それは陽炎の名前。特務神祇官たる海軍軍人である瀬戸月ヒナタという名前(かぞく)

 

「小河原夫妻の接触は僥倖だった。彼らが『瀬戸月』の名前に利用価値がまだあることを教えてくれた――――――これは武器だよ。あなただけが使える」

 

 それは、そうだろう。ミクロネシア戦役の英雄、瀬戸月夫妻の子供なんて、瀬戸月ヒナタを置いては他にいない……と、言えれば良かったのだが。

 

 

「――――私にそんな権利はないですよ」

 

 

 片桐は一瞬、かける言葉を迷ったように見えた。

 

「権利は、大事じゃない。大事なのは『なにをするか』。違う?」

 

 それから絞り出された問いの、なんと簡単で難しいことか。

 

「なにをするかって、そんなの。正しいこと、間違ったことを正すために……」

 

 そして思い出す。それは小河原海将補の台詞と同じだと。

 正しいことをすると言って、サハリンに国防軍を持ち込んだ彼と同じだと。

 

「日本とロシア、それにサハリン(新ソ連)で正しいのはどこ?」

 

 もちろん、陽炎に答えられるはずはない。

 

「正義なんて方便よ。それそのものに価値はないの」

 

 だとしても、だからこそ陽炎は認めたくなかった。

 ポートモレスビーの時だってそう――――「子供」という、歪んだ国防装置に国が守られていると知っても無感情に受け入れていた陽炎は、戦友(しらぬい)が「子供」だと知るまで鎮圧に手を貸そうとしていた。

 

 もしも鎮圧が実行に移され、積み上がった死体袋のひとつに彼女が入っていると知ったのなら、陽炎は果たして狂わずにいられたであろうか?

 だからこそ、陽炎はもうそんな「不正義」を許したくない。気付いてからでは、失われてからでは遅いと知ったからこそ、正義を貫き通さなければいけなかった。

 

「正しくなきゃ、いけないんです。私は、もう間違えられない」

 

 私は間違えたから、私は大切な家族(モノ)を見捨ててしまったから。

 

「……もう、よそうよ。ヒナタちゃん、それは貴女を傷つける理由にはならない」

「傷つけてなんかいません」

「傷つけてるでしょ。貴女はまだ、瀬戸月ハルカ(あなたの義母)が自分のせいで死んだと思ってる」

「そんなこと……!」

 

 ない――――などとは、口が裂けても言えない。言えるわけがない。

 歯を食いしばる陽炎の肩を、となりの女性は静かに撫でる。

 

「……昔、父が妙なことを言っていたんです」

 

 詰まっていた言葉が、誰にも吐き出さなかった言葉が、もう抑えられない。

 

「俺たちは呪われた一族だって、でもお前は違う。俺たちに縛られる必要はないんだ、って……酷い話ですよ」

 

 私は、ただずっと……あの家で暮らしていたかっただけなのに。

 みんなと一緒に居たかっただけなのに。

 

「突き放された思いでした。義両親(おや)を信じ切れなかった私に嫌気も差しました……でも、なにより」

 

 

 ――――――父さんの子供じゃないんだ。

 

 

「本当の子供じゃないから。私は、要らないのかって」

「そっか」

 

 片桐は相槌だけを打った。それに聞いているという確認以上の意味はなかった。

 それを聞いて、思う。彼女はきっと知っていたのだろう。親に取り残された瀬戸月ヒナタが何を考えているか。どんな思いで我武者羅に艦娘になろうとしていたか。

 

「けど、小河原3佐の話を聞いて繋がりました。きっと両親は私を守ってくれたんです。私が本土に行ってすぐ義父が死んで、転がるように戦局が悪くなって」

 

 そして小河原の傲慢さが真実であるのなら、両親を「助けなかったヒト」がいて――――――それなら、その存在を予知して義父が義娘を引き離したのも理解はできる。

 

「私、酷い娘なんです。ミクロネシアの大敗は瀬戸月のせいだってみんな言ってた。核爆弾がチュークに落ちて、誰も住めなくなったのは瀬戸月ハルカの、義母(かあ)さんのせいだって……私も、そうなんじゃないかって。ほんとは」

 

 心の何処かで。片隅で。信じられないでいて。

 

 

「誰かのせいにしたかった」

 

 

 私がこんなに苦しくて、悲しくて。

 それは全部誰かのせいだって。

 

 だから恨んだ。嘘つきのことを、帰るって言ったくせに帰らなくて、私のことを一人にして。そんな義母のことを、恨んで。

 

「でも、ミクロネシア疑獄が全部をひっくり返しちゃったワケだ」

 

 無感動な片桐の声が聞こえる。

 

「当時の戦局報道は半分嘘、悪化する戦線に対して政府は自衛隊の増派どころか戦力の引き抜きを行っていた……それでも、瀬戸月夫妻はミクロネシアを守り続けた」

 

 彼らは間違いなく南洋の英雄だったと、あくまで片桐はそう言ってくれる。

 

瀬戸月夫妻(あなたのりようしん)は戦犯に仕立て上げられた……騙されてたのよ。みんな騙されてた」

「でも、(わたし)だけは信じてあげなきゃいけなかった!」

 

 少女の慟哭は誰にも届かない。

 

「義母さんは必死に戦ってたんです。負けないようにって、皆のためにって」

 

 それなのに自分は、義母の戦いに耳を貸そうともしなかった。本人が大丈夫、必ず帰ると言っているんだから大丈夫だとすら思っていた――――その結果どうなった。

 

 結果だけをみて嘘つきと罵る少女の、なんと身勝手で傲慢で愚かなことか。

 

「私は欠けた人間だったんです。自分のことばっかり、家族も大切にしない――――だからその報いを受けて当然なんです」

 

 なにせ私は、義父の葬式にすら顔を出さなかったんですからと嗤う陽炎。

 

「私はただ、義父が死んだときに帰ればよかった。それだけで、義母をあの地獄から連れ出すことができたのに」

「それは思い上がりだ。瀬戸月ハルカは弱みをみせない、あなたは気付けない」

「片桐さんに何が分かるっていうんですかッ!」

 

 片桐は陽炎を一瞥して、極めてフラットな口調で続ける。だから――――。

 

「分かんないよ」

 

 だから、片桐が悔しがっていることを理解できたのは陽炎だけだった。十五年前と同じ光景を知る陽炎だけが、それを理解することが出来た。

 

「分かっているのはひとつ、何にも変わっていない事だけだよ。私も、あなたも」

 

 真相は闇の中。ミクロネシア疑獄ですらそれを暴くことは出来なかった。ただただ少女に罪を自覚させ、己を欠けた人間だと定義させただけであった。

 

「自分を責めるのを止めろとは言わない。でも、自分を悪者にするのは止めなさい」

「できません、そんなことしたら」

 

 私は両親を悪者にしなければいけなくなってしまう――――それは瀬戸月ヒナタという少女にとって、両親を再び殺すことに他ならない。

 

「……できません」

 

 義母は私のカミサマなのだ。もちろん義父も私を救ってくれた存在なのだが、性質がまったく異なる。

 

「はじめてだったんです。命をかけて、守ってもらったの」

 


 

 今でも覚えている――――べとりとした、あの感覚。

 

『ヒナちゃん……大丈夫?』

 

 忘れられるはずがない。あの少しだけ酸っぱい香りを。

 

 それを包み込むような、硝煙と、炎の匂いも。

 


 

 

 

 

「テロだって聞きました。日本の支配に抵抗する現地人のパルチザン活動だって」

「ミクロネシアの同時多発テロね。覚えてるわよ、あれが両国関係を決定的に冷え込ませた……ヒナタちゃん、そんなのにまで巻き込まれてたんだ」

「死んじゃったと思ったんです。助かるなんて、少しも思ってなかったんです」

 

 怖かった。自分があそこにいなければ、義母は怪我せずに済んだんじゃないかと。

 

「よかったじゃない。瀬戸月ハルカは不死身だった。テロリスト如きじゃ殺せない」

「けど。義母を欠いた期間があったからマーシャル諸島の失陥は起きてしまった。あの数週間、チューク環礁(あのばしよ)に空母がいなかったから戦線が崩壊した」

 

 陽炎の義母は、瀬戸月ハルカは空母使いだった。それこそ片桐と同じ、主力級の空母艤装を使いこなし、空を支配する存在だった。

 

「……()()()()()()ってなんですか。()()()()ってなんですか? 私はあの人たちの本当の子供じゃないんです、あの人たちの血を、一滴も受け継いでいないんです。それどころか、私さえ居なければみんな血を流さないで済んだはずなのに――――……!」

「ヒナタちゃん。それは違うよ。アイツらは親としての責任を果たしたんだ、ぶきっちょだけれど。あなたを守ろうとしてた」

「分かってますよ、分かって……だから。ああ、チクショウ。悔しいなぁ……!」

 

 

 

 陽炎は未だに無力であった。

 

 

 1等海佐という階級まで駆け上がった片桐ですらも無力だというのに、いったい何処までゆけば「力」が手に入るのだろう。それとも小河原空佐のような「一族」と手を組まなければ「力」は手に入らないのだろうか。

 

 でも、そんな他人任せの「力」で何が出来るだろう。

 

 国に依存した力では『子供』たちを救えない。自分の力では何も変えられない。そして「力」がなかったから、義父は、義母は……ミクロネシアは、消えてしまったのだろうか。

 

 

 

「あのね、陽炎ちゃん。私、実はもうひとつだけ鍵を持ってるんだ」

 

 重苦しい沈黙がどれほど続いたのか、片桐の柔らかい声が陽炎の耳朶を撫でる。顔を上げた彼女に、片桐は前を見据えたままに言う。

 

「私はこの戦争に復讐する。戦って(いきて)、生き続けて。己の無力さを呪うことだってある。どうしようもない壁にぶつかることだってある。それでも、己のやるべきことへ向かって。ただひたすら、まっすぐに進むしかないんだからさ」

 

 その道を切り開く鍵があると、彼女は言う。

 

「仲間の鍵――――――この任務が終わったら、あなたにも作り方を教えてあげる」

「……」

 

 仲間の鍵、だなんて。また随分と胡散臭いものが出てきたモノだ。

 

「あなたがもし正義を貫きたいなら、それでもいい。自分を悪者にしないと許せないんなら、それでもいい。けれど、戦うんならしっかりやりきりなさい」

 

 沈黙。陽炎がようやく捻り出したのは、ほんの小さな苦情だけ。

 

「片桐さんの言うことは、いつも無理難題が過ぎます」

「焦らなくていいわよ、貴女はまだ若いんだから」

 

 そう言う片桐の肌は、色褪せたように見えた。

 

 ほんの少し、そう。本当に少しだけ。

 そこにあるべき艶と張りが、なくなったように――――――そう、みえた。

 

 

「……やっぱり、あなたも」

 


 

 昔の話を思い出す。初めて片桐アオイ(このひと)と出会ったときのこと。

 随分と、本当に申し訳ないくらい甲斐甲斐しく世話を焼いて貰った。

 でもあの時の私は、そんなことにも感謝できなくて……今でもやっぱり、あれは打算ありきの行動だったんじゃないかって疑っているけれど。

 

『片桐さんも、居なくなっちゃうんですよね』

『……難しい質問だね。それは』

 

 それでも、あの時。どこまでも空に向かっていくあの場所で聞いた言葉は。

 

『ヒナタちゃん! 私はアイツじゃない。でも……でもねッ!』

 

 


 

 

 

 あなたは。言ってくれたじゃないか、あの時。

 

「いなくならないで」

 

 もう、誰も。喪いたくない。

 

「無理だよ」

 

 なのに。

 

「私はあなたより先に死ぬ。絶対に」

「なんで」

 

 口約束でいいじゃないか。いなくならないって、私はサイキョーだって。

 あの時みたいに、そう嘘を吐いてくれるだけでいいじゃないか。

 

「今のあなたに嘘はいらない。そして私はもう、その嘘に責任を持てない」

「どうして、そんなこと!」

「だって貴女は」

 

 

 もうオトナなんだから。

 

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