舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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厨二系のフレーバーテキスト、よく皆思い付くなと思います。
書き下ろしパート、このままアクセルを踏んでいきます。よろしくお願いします。


第122話 我等に平和あれ、暴君に戦乱あれ!

『両提督、将軍にお聞きします。ソ連はいつ、ロシア連邦を名乗る武装組織に宣戦布告を行うのですか?』

 

 

 沈黙。

 

 

「……はい?」

 

 漏れた声が自分の物だと気付くのに瞬きひとつ分くらいは使っただろうか。陽炎は反射的に隣の片桐を見て、それから彼女の手元の形(ハンドサイン)を視界に入れる。

 

 ――――――その場で待機(Freeze)

 

『以上で会見を終了させていただきます』

 

 最初に動いたのは司会進行役の士官であった。冷静に、しかし僅かに逸った様子で会見を締め括ると、会見場の演壇に立つ2人の将官に退場を促す素振りを取る。

 そして分かりやすく動いたのは脇に控えた警備担当の兵士たちであった。ロシア連邦軍サハリン統合軍――――――現時点ではサハリン共和国軍にしてソビエト社会主義共和国連邦軍兵士の彼らは2人の将官の前に全力で駆け出す。

 

『まだ質問は終わっていませんよ』

 

 声が聴こえる。その人物はまだ質問を続けようとしている。

 とはいえ、もはや誰も発言に耳を貸そうとはしない。そもそも質問の内容からして支離滅裂。ロシアを名乗る武装組織? 宣戦布告? 共同記者会見の内容に1グラムたりとも関係のない質問、いや戯言である。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか。厳重な身体検査と、身元確認を済ませているハズの記者の中に、何故。

 

 しかし、そんなことは二の次。既に警備兵たちは質問者を取り囲まんと椅子の合間を縫って迫っており、サハリン共和国が「反乱し独立したばかりの未承認国家」であること――――言葉を濁さずにいえば、会見場が襲撃されかねない不安定な地域であること――――を理解している記者は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

『質問は、まだ終わっていませんよ?』

 

 そして、発言者はすっと右手を()()()

 それに合わせるように、将軍と記者席の間に割ってはいった警備兵が()()()()()()()

 

 彼の首もとには、真っ赤な鮮血。

 

「陽炎ッ!」

 

 号令一声。陽炎は全ての関節を動かして全身をバネにすると、堂々と立つ「質問者(襲撃者)」へと飛びかかる。向こうは記者席に警備がいるとは思っていなかったらしく、そのまま背中への直接攻撃を許した。

 

 どたん、がちゃん。切迫した状況に見合わない間抜けな音。体当たりをもろに食らった襲撃者が倒れる音。会場に設置されたパイプ椅子の騒々しい音。

 

 そうして漸く、会場に悲鳴が錯綜する。

 

 浮かび上がった警備兵が地面に墜落、状況を飲み込んだ記者の一人が椅子ごと転倒。日本と新ソ連、2人の将官はその隙に待避。

 

「確ッ……保ォッッ!」

 

 備えあればなんとやら、押し倒した襲撃者に対して馬乗りになった陽炎はケーブルなどを拘束するのに使う事務用品で両の親指を縛る。残りの脚や首も後続の警備兵が押さえたことで、下手人は動くことすらままならなくなった。

 

「ナイス陽炎っ! 怪我は!?」

「ありません、それより他の人は」

 

 駆け寄る片桐に陽炎は先ほど()()()()()警備兵を探す。見れば咳き込んではいるものの、命に別状はなさそうである。

 にも関わらず、彼の首もとは血で真っ赤に染まっていた。

 

「……まさか、本当に存在するとはね」

 

 それを見た片桐は、驚き半分といった様子。

 

()()術。身体そのものを武器とする殺人術の中でも、特に脅威とされる変幻自在の技」

 

 残り半分は、恐怖。

 

「血は人間の生命力そのものよ。だからこそ、血を喪うことは致命的で……故に切り札として使われる」

 

 分かってると思うけれど喋らせないでよ。言霊(マジック)でも使われたら堪らないもの。そう言う片桐の言葉を聞いたのか、警備兵達は丁寧に猿ぐつわを噛ませていく。

 

「……やけに準備がいいわね」

 

 記者陣の居なくなった会見場に片桐の声が響く。そう、確かに準備がいい。

 襲撃を想定していたのは、分かる。そもそもが独立直後、端からみれば()()武装組織の記者会見である。襲撃されない方がおかしい。

 だがそれでも、下手人はとんでもない技を使ってきた。少なくとも、陽炎には理解出来ない技を。

 

 それが()()()()()()()()()()()()なんて……。

 

「――――――神は人に言われた

 

 ロシア連邦軍の正装に身を包んだタシュケントが歩み寄ってくる。

 手に持たれているのは……縄、だろうか。

 

「――――――あなたが妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。

 

 見るからに刺々しい鉄条網で編まれた縄。握るだけでも表皮を引き裂き、真皮を深く傷つけそうなそれを、タシュケントは見たこともない色の手袋で掴みながら下手人に近づいてくる。

 

「――――――大地は、あなたに対して茨とあざみを生えさせ、あなたは野の草を食べる。あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついにはその大地に帰る。

 

「え、なになに。野草を食べるって、ご飯の話してる?」

「……いやいや、こういうのは聖書からの引用ですよ*1

 

 見当違いなことを言う片桐に突っ込む陽炎。しかしタシュケントは気にも留めずに下手人の前に跪く。

 

「――――――あなたはそこから取られたのだから。あなたは土のちりだから、土のちりに帰るのだ。

 

 そして、手に持った縄をグルリと頭に被せる。

 

「これは(いばら)の冠。我等が連邦保安庁(FSB)が開発した特務神祇官(きみたち)向けの拘束具だよ」

「連邦保安庁って……あの国家保安委員会(KGB)の後継組織の?」

 

 陽炎の言葉に、今さらKGB? とタシュケントは肩を竦める。

 

「対策自体はしていたのさ。まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったけれど」

 

 彼女の見下ろす先には、茨の拘束具で動きを封じられた下手人。頭に被せられた冠は、僅かでも身動ぎすれば顔に酷い傷を負わせることだろう。

 もういいよと命じられて、警備兵がソレから離れる。既に手足を縛られたソレを見下ろしたタシュケント。ロシア語だろうか、陽炎には聞き取れない言葉で何やら声をかける。

 

「……要するに、サハリン組も一枚岩じゃないってことね」

 

 割って入ってきた日本語は〈山城〉のもの。肩で息をしているあたり、屋外の警備からすっ飛んできたらしい。ロシア語訳者としてここにいる彼女は、タシュケントの会話……というより、ほとんど一方的な罵りをひとしきり聞いてから、溜め息。

 

「あの娘、裏切りとか理解できないとか言ってるわよ。そしてさっきの騒動で見せた特務神祇官としての適性……要するに、彼女が『ロシアの戦艦』なんじゃないの?」

「まさか」

「いんや。そのまさかかもしれないよ?」

 

 片桐は下手人の頭に被せられた拘束具を指差しながら言う。

 

「さっきタシュケントの言ってた『荊の冠』って、アレでしょ。イエス・キリストが頭に載せてる奴。漫画で見たとこある」

「…………王冠の対極、貶められたキリストが磔刑に処される前に被せられたモノね。というか、宗教は外国の特務神祇官のバックグラウンドにもなるんだから押さえときなさいよ片桐1佐(そうりゅう)

 

 山城の指摘に、いやぁゴメンと頭を掻く片桐。そんなおどけた様子から一転、「けれどさ」と彼女は続ける。

 

「そんな神話的なモノ(オカルト)に頼らないと封じ込められない。まぁ確かにコイツが『ロシアの戦艦』ってこともあるかもしれない……」

 

 戦艦艤装を扱える神祇官は皆トップクラスの適性を持っている。というか、適性がなければ艤装を扱いきれない。

 そして目の前の相手は己の血を操り兵士を空中に持ち上げてみせたから、特務神祇官としての適性はあるのだろう。深海棲艦の防御を打ち破り、また攻撃を防壁で防ぐ特務神祇官の適性とは究極的には「外部に物理的に干渉する力」なのだから、当然だ。

 

「……でも、それなら。どうして記者会見に乱入するなんて面倒な方法を取ったんだろうね?」

「簡単な話さ」

 

 片桐の疑問に答えたのはタシュケントであった。彼女はクイと顎を動かして、会見場に放置されたソ連国旗を指し示してみせる。

 

「ロシアを滅ぼす、彼女の願望(いのり)はそれだけなんだ」

 

 本当に残念だよと、彼女は続ける。そのまま独白が始まりそうな雰囲気であったが、片桐はそれを遮った。

 

「その前に。状況を整理させてくれない? ロシアに宣戦布告ってこのヒト言ってたわよね? で、当のロシア政府はこのサハリンで反乱が起きたって言ってて貴女たちはその反乱軍。なのに貴女が使ったその拘束具は連邦保安庁が開発した? ひっちゃかめっちゃかになってて訳が分からない」

 

 ともかく勢力が入り乱れていて端から見れば訳が分からない。

 ……その入り乱れる勢力に日本も入っているのだから、なおのことタチが悪い。

 

「ふむ。なるほど、どう説明したものかな」

「とりあえず、ソイツは何者なの」

 

 推論では『戦艦』ということになっている人物。記者会見襲撃を実行し、やけにあっさりと捕まった彼女……彼女でいいのだろうか? 厚着の服を着ているからボディラインは分かりづらいし、顔立ちは中性的だ。

 

「君たちの推論通り、彼女こそ『ロシア(わたしたち)の戦艦』さ。また同時に、私たちが日本(きみたち)に頼らざるを得なくなった原因でもある」

「続けて」

「どうしてサハリンが独立なんかしなくちゃいけなくなったか、って話さ」

 

 サハリンが独立という綱渡りを選んだのは、ロシア連邦が日本軍の介入を認めず、更には足りない防衛力を核兵器で補おうとしたからである。

 

「『戦艦』があれば中央政府(クレムリン)は核を落としてこない。特務艇があれば日本も介入する理由がない」

「……ん? それなら何で独立なんて話になったの?」

 

 首を傾げる片桐。実際、今の話は全てロシア側の視点。もう少し正確に言うなら軍閥化したサハリン統合軍の視点である。

 サハリンにおける『戦艦』の価値や、小河原海将補がその『戦艦』を排除したがっていたのとは合致するが……。

 

「だから、そもそも独立なんてする予定はなかったんだよ」

「はぃい?」

 

 思わず変な声が出た片桐。そんな彼女にタシュケントは同志オガワラもヒトが悪いと嗤う。

 

「彼がなんて説明したのかは知らないけれど、まさか私たちが日本の軍門に降るのを望むとでも思ったのかい?」

 

 そんな訳はないだろうと、至極当然のことを言い放つタシュケント。誰だって自分から独立を投げ出したりはしない……まぁ、当たり前のことだ。

 

「同志オガワラは私たちの協力者さ。実際、今回ここまで上手く事が運んだのも彼の協力あってこそさ」

「……小河原海将補が、協力?」

 

 そんなことがあるものか、と片桐が怪訝な表情で漏らす。海将補の目的は『戦艦』の排除、サハリンからロシアのプレゼンスを取り除くこと……。

 

「あれ?」

 

 陽炎は気付いた。なら彼の行いは一貫している。現に、その『戦艦』らしき人物は目の前に横たわっているではないか。ロシアのプレゼンスは排除され(完全に崩壊し)つつあるではないか。

 

「彼女は裏切り者だよ。ソビエトの偉大な戦艦、ソビエッキー=ソユーズ級の二番艦の名前を借りておきながら……母なるロシアに弓を引いたわけだからね」

 

 流暢に日本語を垂れ流すタシュケントの声が会場に響く……考えてみれば、タシュケントは奇妙であった。日本語が得意なのはともかく、妙な慣用句の誤用や、変に目立つところでイントネーションを外してみたり。

 しかしそれも、日本語が下手なように見せかけたかったのだとすれば説明はつく。

 

「私たちはずっと追ってたのさ。そしてようやく掴んだ。彼女が日中露の結合点であるサハリンを破壊しようとしていること、それでロシアを、本当の意味で滅ぼそうとしていること」

 

 そしてようやく捕まえた。そう言いながらタシュケントは『戦艦』を見下ろす。

 大なり小なり首を傾げることになるのは、もちろん陽炎たち日本勢だ。

 

()()()()()()()()()?」

「政権の転覆や連邦の解体なんて生半可なものじゃない……といえば、分かるよね?」

 

 分かるか分からないかと問われれば、分かる。

 中国で王朝が途絶えようとも、日本で政権の拠り所が変わろうとも。両国が日本であり中国であり続けるのは、ひとえにその国土()民族()が変わらないからである。ヒトは地と血によって己を定める。ミクロネシアで生まれ瀬戸月の血を引かない陽炎が日本人に成りきれないように、ロシアで生まれたロシアの民は何があろうとロシア人であり続ける。

 

 ならば滅ぼす方法など、民族浄化の他には(根絶やしにするしか)ない。

 

「そんなこと、出来るわけ」

「出来るかどうかは、これから『戦艦』サマに聞けば分かるよ。少なくとも、彼女は既にロシア連邦を崩壊させることには成功している」

「……そこが分からないのよね」

 

 口を挟んだのは片桐だった。

 

「ロシア連邦が崩壊したきっかけは千島列島のラインを素通りした深海棲艦でしょう? むしろ『戦艦』はそれを防いでいたんじゃないの?」

 

 実際、日本の想定よりサハリンの防衛は長く持ちこたえた。それこそ、護衛艦隊が万全の準備を整えられる程度には耐えた。

 それは他ならぬ『戦艦』の活躍によるものではなかったのか?

 

「とんでもない! 彼女こそがオホーツク海に連中を呼び寄せた()()()だよ」

「はい……?」

 

 呼び寄せた? どうやって?

 当然のように沸くその問いに、それを今から調べるんじゃないかとタシュケント。

 

「いやぁ、同志オガワラが居てくれて助かったよ。彼が居なかった日には、こちらも本気で日本の自作自演を疑わないといけなかったからね!」

 

 なんだろう。

 なんだろう、この違和感は。

 

 戦艦を捕まえるためだけなら、独立なんてする必要はなかったハズ。やっていることが大袈裟過ぎる。

 最初から独立は既定路線だった? それともタシュケントと小河原海将補が共謀して土壇場でシナリオを変えた? いや、そもそも……彼らが共謀した理由はなんだ?

 日本国国防海軍と、ロシア連邦保安庁。繋がりが見えない。関わるべき場所が存在しない。

 

 ……いや。

 

『世界中に深海棲艦が拡散したあと、日本は続々と国外向け艤装の開発に着手した』

『そしてそこには、日本人の教導乗組員が必ずセットになっていた』

『タシュケントの艤装だって日本(ウチ)の駆逐艦艤装と遜色ないものに仕上がっているのよ?』

『想像以上に錬度が低いです』

 

 ヒントは特務艇(かんむす)の存在。日本は特務艇先進国で、ロシアは途上国。

 艤装こそ技術蓄積でなんとかできるのだろうが、その乗組員たる特務神祇官の育成にロシアは苦しんでいる――――――故に、美しき家庭計画が活きてくる。

 

 幼子を日本人として教育し、特務神祇官を()()する「美しき家庭計画」。

 彼らの繋がりは、ここか。

 

「ロシア連邦が滅びてもいいんですか」

 

 陽炎の言葉に、ロシアの神祇官(かんむす)は爽やかな笑み。

 

「滅びないさ。滅びる理由がない……けれど、罪だけは彼らが持っていってくれる」

 

 ああ、やっぱり。

 彼ら(世界)は美しき家庭計画の罪をロシアに被せる気だ。

 

「全て手筈通り。今頃モスクワでは大統領が幼児誘拐の疑いで連邦保安庁に拘束され、国防大臣や参謀総長は国民居住地への核兵器投下で祖国に対する罪が適用されていることだろうね」

「連邦保安庁によるクーデター、ってわけね」

「君が始めた騒乱(物語)だろう? 陽炎」

 

 ポートモレスビーでの武装蜂起と告発がなければ、子供たちの存在に世界は気がつかずに済んだのに。

 揉み消されたのでは、なんて問いは無駄なのだろう。現に小河原3等空佐は告発用の資料を準備していた。誰かが誰かの足を引っ張るなら、美しき家庭計画は格好のネタだ。

 だから、そのネタが芽吹き世界を壊す前に、ネタそのものを無害化してしまおうと。そういうことなのか。

 

「みんなの意思だよ。悪者(ヴィラン)は実際、()()()()()()()()()だからね」

「みんなの、意思?」

 

 そんな訳がない。現に小河原空佐は、小河原(飯田)ノゾミは告発しようとしていた。一族(飯田)の責任を取るという彼女の考え方は傲慢そのものだが、それでも当事者なりに、損切りされた(犠牲になった)人間として筋を通そうとしていた。

 にも関わらず、彼女の夫であるはずの小河原海将補は(それ)をロシアに押し付けようとしている。

 

「……お笑いですね」

 

 夫婦の間ですら意思統一できないのに語られる「みんなの意思」。

 正義で片付けられるクーデター。

 身勝手な――――自分で言うのもなんだけれど、まぁ身勝手ではあった――――介入で騒乱(物語)をはじめてしまった自分自身(瀬戸月ヒナタ)

 

『ポートモレスビーには()()()()()()()()()。『子供』の件は隠匿が前提、だからこそ『交渉』は成立した』

 

 そして、この盤面にルールはない。

 

ナラ、ヤルシカナイデショウ?

 

「!?」

「マズイっ、鎮静剤を!」

 

 タシュケントの台詞はロシア語だったハズだけれど、意味は理解できた。警備兵のひとりが注射器を取り出す……が、それを防ぐかのように()()()が組み伏せられた彼女の体表から飛び出した。

 

「血闘術は封じたんじゃ!?」

 

 しかし保安庁も抜かりはない。血の鞭が迫った次の瞬間、警備兵は二の腕をあげるようにしてそれをガード。

 無茶なと思うも、血の鞭はたちまち吸い込まれるかのように勢いをなくし、消えてしまう。残されたのは真っ赤になった警備兵の服……いや、あれは服じゃない。

 

「血を吸った……って、こと?」

 

 つまり、彼は隠し持ってた脱脂綿で血ごと鞭を吸い取ってしまったのである。やはりというか、準備がよい。

 そのまま流れるように鎮静剤を打たれ、『戦艦』は再び項垂れる。

 

「いやぁ、危なかったね。猿轡を噛み砕いた? それとも血を使って切り刻むか溶かすでもしたのかな? まあなんにせよ、とっとと移送しないとね」

 

 それから移送に使う車両を手配するためだろう。無線機を手に取った彼女は、しかしそこで顔を曇らせた。

 

「?」

 

 ロシア語で警備兵になにかを指示するタシュケント。なにかの装備を確かめたらしい彼らの表情が困惑のそれに変わっていく。

 

「……どうなってるの?」

「通信機を確認するよう言ってるみたいね」

 

 小声で話す片桐と山城、それを聞いた陽炎が携帯端末を取り出すと……画面は真っ黒のまま。

 電池切れ? まさか。

 

「電磁パルス攻撃? ということは戦略核兵器部隊の掌握に失敗した……マズイ、マズイよこれは……」

 

 タシュケントが頓珍漢なことを言っている。いや、彼女の立場なら頓珍漢(そう)でもないのだろう。相手はいつも人類で、疑うべきは人類だけで良いのだから。

 

 だが、艦娘(陽炎)は違う。

 身に付けている双眼鏡を手に取る。電子制御のデジタルズーム機能付き、()()()()()()()も実装されている最新機種が……()()()()()

 

 

 ならば、答えはひとつしかないだろう。

 

 

ロシアの戦艦(かのじょ)は、深海棲艦よ」

 

*1
創世記3章17ー19節。訳語は新改訳2017準拠。旧約聖書。

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