舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第125話 世界(ワタシ)はもう、くるっているの?

〈西暦2036年7月21日 日本国 北海道〉

 

 

 

 その日も、いつもどおりの手伝いの筈だった。

 学校に行く前、朝御飯前のルーティン。お祖父ちゃんの漁船を出迎えて、お魚をたくさん詰めた箱から変なものを探す作業。

 

「あれ……?」

 

 そんないつもどおりの朝に、不意に少女は気付いた。

 気付いてしまった。

 

「ねぇ、お母さん」

「なあに、よっちゃん」

 

 少女は語彙が豊富ではなかった。自分の家の住所は覚えていないし、ざっくりとこの町が北海道のどこら辺にあるのかもよく分かっていなかった。

 それでも、五感は正直であった。

 

「きこえる」

「え? 聞こえる?」

「きこえる、きこえるよ」

 

 そして、第六感と呼ぶべき本能は、確かに機能していた。

 

「こわいよ、こわい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

〈同日 ソビエト社会主義共和国連邦 サハリン共和国〉

 

 

 

「歌?」

「ええ、歌です」

 

 旧サハリン州都、現ソビエト臨時首都ユジノサハリンスク。そこに設置された南サハリン緊急展開群の司令部で、片桐アオイは一束のレポートを会議机の上に置いた。

 

第一管区(海上保安庁)旭川、北見(北海道警察)の友人たちからの情報です。巡視船乗り込みの特務神祇官からは数十件、住民からの通報もちらほら」

 

 大まかな地図だと言いながら、片桐はコピー用紙を机に詰めかける各々に配る。オホーツク海とその周辺の地図、いくつかのプロットが意味ありげに並んでいた。

 

「これが歌の聞こえた場所です」

「すまん。前提から説明してもらえるだろうか? 歌とは何を意味しているんだ?」

 

 早くも全面降伏の小河原。片桐が視線を横に流すと、脇に控えた中島3佐(やましろ)が言葉を継ぐ。

 

「船乗りの嫌い(好き)な与太話の類です、閣下。だからこそ報告も慎重になります。ご理解を」

 

 敬語の山城に陽炎は驚いたが、南サハリン緊急展開群の編成により彼女も司令部直轄特務艇群の指揮官に任じられている。

 そして組織に従う限り、組織人たる小河原はそれを無下にはしない。

 

「構わん。そのための副司令制度だ……で? 具体的な説明を期待していいんだろうな、片桐副司令」

 

 役職付きで呼ばれた片桐。彼女は当然と言いながら説明を始める。

 

海から(セイレーン)の歌声。今回の歌声は空気を震わせるんじゃなくて()()()()()を震わせている」

「……なるほど。つまり、上級の特務神祇官、霊力の扱いに長けて奴らの波長に敏感な者だけに聴こえる歌か」

 

 その会話を、陽炎は壁の染みになったつもりで聞いていた。司令部付といえば聞こえはいいが、要するに特定の仕事を持たない使い走り、良く言えば幕僚見習いである。

 そして海の叫びも聞こえない(特務神祇官の才能もナシ)となれば、本当にすることがないのである。

 

「それで? これから何が分かる」

「乙308号目標を擁すると思われる深海棲艦群は数日かけて南下、そして今朝、宗谷海峡に進路をとりました」

「避難指示がいるな」

「既に担当部署は動いているようです。それぞれの管区が自発的に、という形ではありますが」

「……なるほど、だから『理解』を求めたわけか」

 

 日本は多重行政の国だ。軍隊を国が、警察を地方公共団体が、救急消防を基礎自治体が……避難に関わる部門だけでも、指揮の統一がされていない。実務的には連携していても、書類上ではそうはいかない。

 

「越権行為は百も承知、今は人命最優先」

「……君からその言葉が出てくる辺り、どうして我が国が縦深を求めるのか分かるというものだな」

 

 小河原は深くため息をついてから、手元の指揮端末にタッチペンを滑らせる。

 

「片桐副司令の手配を事後承認する。この案件は国防軍(われわれ)で預かる。それで、敵の目標は」

「彼女の思想的背景を見れば明らかです。閣下ならご存じでは?」

「……確認しておくが、それはロシア連邦軍を離脱したソビエッキー=ソユーズ級戦艦特務艇のことを言っているのか?」

「私よりもお詳しいのでは?」

 

 挑発ともとれる片桐の発言に、ため息を吐きながら小河原は卓上端末を操作する。どうやら事前に資料まで用意してあるらしい。

 

「彼女はトランス=ドニエプル共和国で活動するテロリストだった」

 

 その言葉と共にプロジェクターから映し出されるのはスキャンしたらしいボロボロの身分証。2010年代の混乱で滅びた国の紋章が刻まれたそこには、軍服姿の女性が映っている。

 それは間違いなく、あの記者会見場を襲ったロシアの戦艦艦娘であった。

 

「『民族自決のための実力保持』を目指した彼らは、2027年にロシア連邦の核兵器保管運用協定(ニュークリアシェアリング)に参加していた同盟国の核弾頭保管施設を急襲した」

 

 核弾頭がテロリストの手に渡れば欧州の安定は損なわれる。それは世界が許容しない。

 

オペレーション・ブルーフォレスト(青き森作戦)――――――」

 

 複数の写真が表示される。墜落した回転翼機、横転した乗用車、真っ黒焦げになった鉄製の隔壁。並んだ死体袋。

 

「――――――ドニエプル独立派の目的は核兵器の奪取、これをモスクワをはじめとするロシアの諸都市で炸裂させること」

 

 それを以て、ロシアを民族丸ごと地上から消し去ることだった。

 

「いやぁ懐かしいね。同志オガワラとの熱い夜の記憶が蘇るよ」

 

 新ソ連の連絡将校(リエゾン)としてこの場にいるタシュケントが揶揄うように言う。それを気にも留めず、小河原は続ける。

 

「ブルーフォレストは成功裏に終わった。しかしもし『彼女』が……いや、ポロナイツクで死んだ彼女の遺志を『教育』された乙308号目標がそれと同じことをやろうとしているのなら、向かう場所は一つだろう」

 

 そして表示される地図。日本海とその周辺を示した白地図には、ロシア連邦の全土を覆うようにして大きな丸が書かれている。

 

「……えっと、どこです?」

「どこかだ。実際の場所は彼女が教えてくれる」

 

 小河原の視線に誘導され、会議室の視線は新ソ連の艦娘であるタシュケントに集中する。

 

「うん。つまりこの何処かにある作戦外貯蔵中の核兵器さ。国家安全保障上の問題になるから具体的なことは言えないけれど……」

 

 まあ、だいたいこの辺にある。そう言いながら彼女が指し示したのは、アムール川流域。

 

「あともう一つは、ウラジオストクの原潜部隊……と言いたい所なんだけれど、こっちの潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)は実戦配備されてるものだからロシアには飛ばせない」

 

 この発言には会議室の大半が眉をひそめる。なにせ、深海棲艦が宗谷海峡を目指すのはウラジオストクの原潜部隊が標的にされたと考えていたからだ。電子部品を無効化し核弾頭を取り出し、爆撃機迎撃にも用いられる超巨大艦載機を用いれば擬似的な弾道ミサイルを再現することは可能だろうに。

 そしてその答えは、ため息を吐いた小河原によってもたらされる。

 

「…….部下をコケにするのはよしてくれ。太平洋艦隊は核抑止任務をもはや担っていないだろうに」

「おおっと同志、ちょっとネタばらしが早すぎやしないかい?」

「核抑止という言葉自体、殆ど死語だろう」

「あは、それもそうか!」

 

 ケラケラと嗤うタシュケント。小河原は時間がないと続ける。

 

「要するに、戦艦の狙いは日本とロシア連邦が歩調を合わせづらくすることだった。宗谷海峡は国際海峡、ロシア連邦は核兵器を使えないし、日本はサハリン側に兵力を配置できない。その隙をついて乙308号目標は突破を図ろうとしたわけだ」

「新ソ連が生まれてなかったら今頃会議は紛糾したろうねぇ」

 

 これが綱渡り(革命)の成果だよと言わんばかりの新ソ連艦娘。片桐はこめかみに手を当てる。内心では相当お冠だろうと陽炎は嘆息。

 

「……いずれにせよ。宗谷海峡突入前に阻止します。作戦計画をお話ししても?」

 

 そうして片桐1等海佐の口から説明される作戦は、型だけみればいつもの部隊配置に攻撃計画。小河原海将補は終始質問を挟むことなく聞き、最後に簡潔にまとめてみせた。

 

「つまり宗谷海峡へ深海棲艦が殺到する事態を想定したオホーツク海作戦要綱の3号そのまま、ということだな」

「斬首作戦が効かない前提ですがね。結果として、投入戦力が恐ろしい規模になりました」

 

 そしてその「恐ろしい規模」を投入するための布石が、確たる証拠を持たないうちの各部隊の動員、ということである。事前の避難により国防陸軍はその全力を特科兵力の展開・支援に充てることが出来る。

 

「北部サハリンの中国軍砲兵と合わせれば、平押しでも潰せるだけの火網(キルゾーン)を形成できる」

 

 そして中国軍砲兵は鉄道軌道に対応している。北部のように十全にとはいかないだろうが、それでも多くの砲兵を展開させることが出来るだろう。

 

「……そして後は、射爆理論の支配する鉄火(タマ打ち)場と化した宗谷海峡に連中を引きつける()()があれば完成って訳」

 

 要するに、いつも通りってこと。特務艇部隊(わたしたち)は体の良い囮役。別に今に始まった話じゃない。三陸沖じゃ自分の座標をそのまま統合砲爆撃システム(ウーバーボム)*1に打ち込んだことだってある。

 

 それが正解だ。

 もっとも効率的に、最小限の犠牲で。敵を殲滅する。

 

 

『あなたのご両親は英雄だったッ!』

 

 


 

 嗚呼――――――でもそれは、瀬戸月ヒナタの正義じゃない。

 


 

「ひとつ、お聞きしたいのですが」

 

 これは、きっと不正解。

 いや間違いなく落第点。代償はこの世からの落第。

 

「……乙308号目標。『教育』を受けた彼らと、交渉する余地はないのでしょうか」

 

 そんな私、瀬戸月ヒナタの言葉に部屋の空気が止まる。淀んだソレは直ぐに腐り落ち、ドロドロと淀んだ感情が漏れ出していく。

 

「瀬戸月1尉、君はいまなんと?」

 

 訂正するチャンスをやると、そう言わんばかりの小河原海将補。もはや臆する理由もない、私は勢いそのままに再放送(リピート)

 

「深海棲艦と、交渉する余地はないのかと。そう言ったのです」

 

 私たちと言葉を交わした、知性あるべき存在と。

 

「……君は学界の論文を読んだこともないのか?」

 

 南サハリン緊急展開群群司令、今や北方の守りを一手に担う海将補がこちらを昏い眼で睨む。そのあからさまな突破口と共に。

 

「深海棲艦は単なる危険生物だ。知性を示す証拠も発見されていない」

「ですが彼らは強力な個体には従う、これは十分な社会性を示しているでしょう。そしてなにより、彼らと私たちは()()()()()()()()()()()

「あれは単なるテロリストだ。赤い血を見ただろう、ヤツは人間だ」

「その人間が、深海棲艦(ヤツら)を手懐けたのだとしたら?」

 

 もしもこの戦争に、終わりがあるのだとしたら?

 

 全てを殺し尽くした先ではなく、話し合いの先に、答えがあるのだとしたら?

 

深海棲艦の駆除活動(このせんそう)が始まって、もう25年ですよ。海将補」

 

 瀬戸月ヒナタ(わたし)が子供の頃から、私が大人になってしまうほどに。

 戦争は、長く続いている。終わりの見えない下り坂を、ずっと人類は突き進んでいる。

 

 本当は分かっている筈だ。もう人類は残された資源(パイ)を奪い合う段階に来ている。全員を養うことができないから、北サハリンを最終処分場とした国家ぐるみの「棄民」まで始まっている。

 

「もし上手くいけば、誰も傷つかずに済むかもしれない」

「悪いけれど、カゲロウ。それはないよ。ヤツは我が祖国(ロシア)を許さない。絶対にね」

「ソイツはもう私が殺した」

 

 私が、私自身の意思で。目の前で血の塊に変えてみせた。

 

「だからもう、残っているのは彼女の残滓だけだ」

「馬鹿げたことをいうな瀬戸月1尉。残滓と交渉するとでも?」

「少なくとも彼女は、交渉する気配は見せていたじゃないですか。そうでなければあんな風に会見場に現れる必要はなかったはずだ」

 

 だからもう、世界(だれか)の意思で流される血があって欲しくない。

 

「もしも彼らが詩を歌うなら、それは彼らが伝えたいからではないですか? 己の存在を、己の痕跡を、歴史を」

 

 その詩を、瀬戸月ヒナタは聞いたことはない。恐らくよほど近くに、それこそ銃剣を突き刺すような距離にまで近づいてようやく聞こえるのだろう。

 私には才能がないから。見るべきものから、眼を逸らしてきたから。

 

 だからもう、なにひとつ聞き逃すつもりはない。

 

交渉させて(本官を単独突撃させて)ください。もしも奴らが動きを止めれば儲けもの、決裂した瞬間に重砲でもミサイルでも叩き込めばいい」

 

 少なくとも、特務艇部隊をまるごと喪うよりは安いですよと。さも算盤弾きの上手い参謀のように澄まして言ってみせる。コレでも一応、司令部付将校だ。

 

 

「いかがですか? 小河原提督」

 

 

 

 


 

 

 

 

「例え話をしよう」

「なんです出し抜けに」

 

 そして、このタイミングで繰り出される例え話にロクなものはない。少なくとも目の前の御仁はそういう手合いであるのだから、陽炎が顔をしかめたのも無理はなかった。

 

「我が国防軍は島嶼用高速滑空弾を保有したことにより、ほぼ全ての対艦ミサイル連隊が相互に支援し合う体制を構築している。でも費用対効果を重視する官僚組織の性かな、霊力戦に殆ど寄与しない対艦ミサイル連隊は『最後の切り札』という名の税金の溶鉱炉と化している」

 

 まあ本土の安寧(それ自体)はいいことなんだけれどと言いつつ、特務神祇官の装束に身を包んだ片桐1等海佐は「そこで」と続ける。

 

「我等が無人戦闘システム研究会が彼らに利益供与をするというのはどうだろう。積み上がった在庫を一気に吐き出させ、無血で深海棲艦を追い返す」

 

 全国に配備された数百の高速滑空弾が宗谷海峡に殺到する。核兵器を搭載しない通常弾頭であったとしても、馬鹿にならない被害が出るに違いない。

 

「……そこまでして、私の出番(正義)を奪いたいって訳ですか?」

「だから言ってるじゃん『例え話』だって」

 

 ここまでちゃんと予防線張ってあげてるのになんで食い付くかなぁと片桐は呆れ顔。

 

「ま、それが陽炎(ヒナタ)ちゃんのいいところなんだろうけれどね」

「皮肉ですか」

 

 そうとしか思えなかった。半分不正解だと片桐は笑う。

 

「確かに貴女は青いかも知れない。でも今の貴女はもう、世間知らずでも担がれる神輿でもない」

 

 インドネシアや、ポートモレスビーで国防軍の限界を知った。

 東京やサハリンで世界の限界を知った。(ヒト)の醜さも。

 

「そして、貴女は止まらなかった」

「止まれないんですよ、もう」

「かもね。でも、貴女のまっすぐなワガママは武器だ」

「本気で言ってます?」

「言ってるよ。ワガママを御したなら、それは理想だから」

 

 その言葉に、陽炎は愕然とした。片桐でも誤解することがあるのかと。

 

「貴女はヒトを殺さない。目的達成のための手段にしない」

 

 違う、私は臆病なだけ。

 かつて両親を見捨ててしまったから。見殺しにしてしまったから。

 

「臆病だって才能よ。自分の身より他人を重んじる。それは人間らしさじゃないの?」

 

 違う、私は人間らしくない。私は欠けた人間なんだ。

 

 だから母の嘘を見抜けなかった。

 必ず帰るって言葉を鵜呑みにした。

 本当は分かっていたくせに、止められたハズなのに。

 

 でも止めなかった。それは私が臆病だったから。

 

 両親のことを信じられなかったから。

 

「でも、周りは貴女をそうは見ていない。貴女はもうとっくに『英雄』なんだよ。ポートモレスビーで、貴女は何人救ったと思う? それだけじゃない、三陸沖で、マラッカで、そしてオホーツク海で、貴女の活躍で救われた命がいくつあると思う?」

 

 陽炎は黙る。それは命令に従っていただけで……なんて言い訳は、もう出来ない。

 二度と見捨てないと決めた。「子供」たちは最前線に囚われたまま、けれど武装蜂起(クーデター)の駒として使い捨てられる未来は回避できた。

 

 だからこそ、今がある。

 

「……でも、違うんですよ」

 

 ずっと、未来が見えなかった。

 もちろん今も見えていない。

 

 先があるかも分からない。ただ助けたいのに助けられない現実ばかりを思い知らされてきた陽炎に、未来のことなんて考えられる筈もない。

 

「わたしは、ただ。みんなに生きていて欲しかっただけなんです」

 

 覚えている。忘れられるはずがない。

 あの日のことを、あの日の匂いと、身体にのしかかる重みと、温かな血液を。

 

 私を文字通り、命懸けで助けてくれたあの人のことを。

 

「私は、自分の周りしかみえてなくて。ずっと、みんなに側に居て欲しいだけで」

 

 棄てて欲しくなかった。置いていって欲しくなかった。

 

 こんな世界にひとりぼっちにするぐらいなら、いっそ守らないで欲しかった。

 

「なら、最後までワガママを突き通すしかないよ。陽炎(ヒナタ)ちゃん」

「無茶言いますね、片桐さんは」

「まーね。でも私は、失敗した。戦争を終わらせることが出来なかった」

 

 話が急展開、最強の艦娘を自称した彼女が、そんなことを言いだす。呆気に取られた私に、彼女は言葉を重ねていく。 

 

「言った通りよ。私の世代で戦争を終わらせることができなかった」

 

 終わらせられなかった。なんて、どうして過去形で語ろうとするのか。

 

「ごめんね」

「なに勝手に謝まってるんですか」

「戦争に勝てなかった私たちは、けれど未来へ橋を繋ぐ(せんそうにまけない)ことが出来る」

 

 私たちは時代の渡し役になるしかないの。

 

 それは絶望、もしくは希望。

 今を打開できない片桐は、未来に頼るしかないという。

 

「だから、貴女に預けるよ」

「なにを言ってるんですか」

「分からない? 言葉通りの意味だよ。戦争を終わらせるんでしょう? 話し合いで、本気で解決すると思っているんでしょう? なら私は、アンタに全部賭け(オール)だ」

「……な」

 

 言葉が出ない。私に全部を賭ける(預ける)

 保身の鬼である筈の彼女がそんなことを言うなんて、なにか質の悪い冗談としか思えなかった。

 陽炎の顔を見た片桐が、ふふと笑う。

 

「信じられないって顔ね」

「当たり前でしょう? そもそも、私の考えとあなたの理想は別物ですよ」

「そうかな? 貴女にも『子供(あのこ)』たちにも次の時代が必要だ。次の時代があると分かれば、自棄(やけ)になんかならずに済むからね」

「今の私が自棄になっていないと、なんで言えるんですか」

「私がまだ自棄じゃないからだよ」

 

 意味が分からない。向こうもそれは百も承知のようで、言葉を繋げていく。

 

「昔の私は本気で考えてた。現場(最前線)はこんなに頑張ってるのに、上はそれをいつも()()にする」

 

 だから変えてやると思って政治屋になったと、自嘲するように彼女は言う。

 

「『幕僚長になれば全部良くなる』って、本気で考えていたんだよ。笑えるでしょ? ……でも、幕僚長になれば変えられることもある。だから私は自棄にならずにいられる」

 

 貴女も同じ筈だと、言葉を積む。

 

「流石の陽炎(ヒナタ)ちゃんも、深海棲艦と話し合って解決だなんてパッパラパーじゃないでしょ? でも、対話を諦めるのは正しくないと考えてる」

 

 対話を積み重ねた先に何かがあると……少なくとも、今みたいに鉄と血で殴り合うだけの未来が変わるかもしれないって信じてる。違う?

 片桐が少し微笑んだように見えた。

 

「そんな高尚な(ごりっぱな)考えがある訳じゃないです。私はただ、責任を取りたいだけで」

「十分だよ。それすらしないヒトが、世の中には沢山いるんだから」

「『責任を取りたい』というエゴでも?」

 

 踏み潰した命への責任。

 踏み台にした命への責任。

 

「私は肯定するよ」

 

 歩いてきた道に横たわる屍を()()()()()その業を、片桐アオイは肯定する。

 

「貴女がなにを為そうと、死んだ人たちはなにも言わない。彼らは喋るかも知れないけれど、それは彼らの口を借りた誰かの台詞なんだよ。だからね、ヒナタちゃん」

 

 もっと信じて欲しい。そう彼女は言った。

 

「貴女の存在を、貴女の価値を。少なくともここには、貴女のエゴすら肯定する人間が()()()()

「は? 2人って……」

 

「水臭いですね、陽炎」

 

 その声。スピーカーを介さずに聞いたのはいつぶりの事だろうか。弾き出された答えは2年、もうあれから2年も経っている。

 駆逐艦〈不知火〉。艦娘不足を補うために何処かから拐われてきた『子供』であり、歯車ひとつ違えば陽炎のもうひとつの道であった反逆者……その姿が、そこにあった。

 

「私がいつ、陽炎の行いを否定しましたか?」

「いや、あんた。なんで……」

「駆逐艦の行動単位は2隻編成(エレメント)です。忘れたとは言わせませんよ」

 

 いや、そういう問題じゃと陽炎。片桐が愉しげに笑いながら補足する。

 

「特務艇が足りないって話、してたじゃない。なんとか間に合って良かったわね」

「片桐さん、あなたは……」

「ん、なーに? そんなに肩を震わせちゃって。感激で涙出ちゃいそうな感じ?」

 

 そして口から溢れた言葉は。

 

「あなたは、卑怯だ」

 

 

 

 説明不要の、怒りだった。

 

*1
【作者感想】GIS ARTAはたぶん当作品世界には存在しないのだろうけれど、ウーバー砲兵って表現はセンスあって好きです。一昔前のハッカーにしか理解出来ないサイバー戦争じゃなくて、誰もの手に届く場所までITツールが浸透したって感じですよね。

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