舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第126話 その言葉だけは、伝えてやらない

「あなたは、卑怯だ」

 

 

 卑怯だ。その言葉に口角が吊り上がる。

 そうだよ、その通り。気付いてくれて良かった。

 

「私が司令部付として『復帰』した時点で、不知火の件はいつでも捩じ込めた筈ですよね? なぜ今なんです、それも、作戦開始の直前になって」

 

 答えなんて分かりきっているだろうに、それでも問いを重ねようとする彼女。

 卑怯、なんて言葉が出てくる時点で分かっているだろうに。知らぬ振りで来るならこっちも建前で返してやる。

 

「副司令ポスト*1をやれば分かるけど、特務神祇官って奪い合いなのよ? 取れるか分からない増援でぬか喜びさせたくないじゃない」

「だとしても、今ここで不知火が出てくるのはおかしいでしょう」

「そう? 貴女を援護できる(に付いていける)駆逐艦で、使用艤装も同型。適任だと思うけど」

 

 瀬戸月ヒナタはそんな言い逃れを許してくれるような人間ではない。

 当然だ、私がそう育てたのだから。

 

 ……いや育てたか? うーん。まあ育てたってことにしとこう。よし。

 

「それで? どうして陽炎ちゃんはそんなに不満顔なのかしら。せっかく不知火ちゃんと引き合わせてあげたのに」

「あなたは、本当に……!」

 

 そうだよ、ヒナタちゃん。

 貴女は怒っていい。泣いてくれたって構いやしない。でも、誰がそうさせようとしているのかは理解してもらわないと困るのだ。

 

「……なるほど、妙だとは思っていましたが、1佐。そういう意図で私を連れてきたのですね?」

 

 押し黙った陽炎に代わり、ようやく状況が飲み込めたらしい不知火が口を開く。

 

「確かに、陽炎は私のことが大好きですが、無理心中してしまうほど感情家という訳ではない。となれば私は人質ってところですか」

「不知火ちゃんも私のやり方は卑怯だって言いたいのかな? 卑怯で結構!」

 

 それで彼女が大人になれるなら、いくらでも。

 

 

「だって陽炎ちゃん、死ぬ気でしょ」

 

 

 対話とか言っちゃってさ。それが無理なことなんて、平和活動家ですら気付いてることなのに。

 

「凄く残念だったよ。貴女が捻り出した正義がこんなにショボかったなんて。もう生きるのに疲れちゃった? でも死ねない?」

 

 瀬戸月ヒナタの「正義」とは、自分のために犠牲になった全てに報いることなのだろう。

 だから、この子は自分を棄てた両親すらも肯定しなければならない。

 

「貴女のやろうとしていることの先に待っているのは、ミクロネシアの再生産だよ?」

 

 そりゃ、旧式核兵器のバーゲンセール(オペレーション・ブルー)*2よかマシだろうけれど。

 目の前の少女はなにも言わない。

 

「幹部としてならそれでいいかもしれない。己を犠牲にして公共の福祉を守る。それが公僕たる国防軍人の存在意義だからね……でも、そうして貴女はひとりぼっちになった」

「だとしても、私だけはお義母さんを肯定しないといけない」

「本当にそうかな」

 

 今だけは、アイツを正面から否定しなければ。

 瀬戸月(瑞島)ハルカ。本土の救援(再編計画)生き残る名分(撤退命令)も、何もかも無視して玉砕した……愚かな後輩のことを、否定しなければ。

 

「間違ってたんだよ」

「間違ってない!」

「なら、なんでアナタまで命を粗末にするの!?」

 

 正面から。真正面から。

 命より大事なものがあってたまるか。金なんかのために、正義なんかのために命が粗末にされてたまるものか。

 

「司令部でアナタの提案を聞いたとき、呆れたよ、軽蔑したよ。しかも、小河原海将補の方がアンタの本質をちゃんと見抜いてたってことに気付いたらさ」

 

 きっと彼は。監察課行動係の要員に瀬戸月ヒナタを選んだときから気付いていたのだろう。でなければ、こんな綱渡りのサハリンに連れてきたりなどしないハズ。

 

「もう恨むよね、自分のこと。私、貴女のことを何も分かってあげられていなかった」

 

 いつから()()()()()のだろうか。まさか最初から?

 もしそうだとしたら、本当に救われない。

 

「ずっと死ぬに足るだけの正義を求めてたんだね。生きがいならぬ、()()()()ってヤツ? なら一般市民として生きるより、軍人、それも特務神祇官とかいう前線送り待ったなしの職業に就いた方が良いよね」

 

 私たちは分かり合えていなかったのだろう。分かった気に勝手になって、自分が想像する理想の瀬戸月ヒナタを相手にしていただけだった。

 

「私がやったことは貴女を破滅へと導くことだったわけだ。まあでも、やってしまったことは仕方ない。今からでも止められると信じているから、私は手を打った」

「そのエゴに……不知火を巻き込んだと?」

 

 陽炎の声が冷える。そこまで想える仲間がいるなら、どうして彼女を遺して逝こうとなど考えたのだろうか、彼女は。

 とはいえ真正面から「巻き込んだのはアナタの方だよ」とは言わない。私の口から、直接この子を否定するわけにはいかない。

 

 彼女は、瀬戸月ハルカは孤立していた。

 私はそれを、助けなかった。

 

「だから言ってるじゃん。私はエゴを肯定するって」

 

 そもそも。彼女に声を掛けたこと自体が私のエゴだ。

 ミクロネシアで瀬戸月ハルカを見捨ててしまった。その責任を取ろうと、独りぼっちになろうとしている瀬戸月ヒナタ(瀬戸月ハルカの忘れ形見)に声を掛けた。

 

「悪いね、陽炎(ヒナタ)ちゃん。貴女を軍人にしちゃいけなかったみたいだ。私は」

「そんな勝手なこと、今更……!」

 

 陽炎が掴み掛かってくる。

 

「なら、どうして私を軍人にしたんですか! 私は、貴女に全部教えて貰ったんだ!」

 

 ああ、そうだろうね。

 全部教えたよ。テストの山張り、謎に値段の張るバー、部下との付き合い方、勝ち抜けるための確率論、通りやすい意見具申、穴馬の見つけ方。

 でもそれは、貴女にこの世界を楽しんで欲しかったからだった。仕事で苦労せず、余暇を適切に浪費できるようになり、戦争という時代を、貴女に忘れて欲しかったからだった。

 私のように、戦争に囚われて欲しくなかったからだった。

 

 この戦争に、負けるわけにはいかないのだから。

 

「決まってるでしょ? 私の心は『戦うな』と言われて壊されたからよ」

 

 あのミクロネシアの夜。核兵器が明るく照らした南洋の海。

 そこで私は、ミクロネシアに征かずしてミクロネシア戦役に囚われた。

 

 同じように、いやそれ以上にミクロネシアに魂が縛られているであろう彼女に、どうして戦うなと言えるだろうか?

 

 だから全部教えた。どうすれば生き残れるかを。

 それが、全部間違いだったなんて知らずに。

 

「私はいつも命を大切にしてきた。無人戦闘システム研究会、誰も死なない戦場を作るための私の派閥(なかま)。艦艇の無人化、長距離攻撃の多重化、霊力防壁の強化……戦死者ゼロの、理想の戦場。それを成し遂げたら、私が巻き込んだ全員を幸せに出来るはずだった。アナタも含めてね」

 

 でも失敗した。無人艦艇は経済を殺すと言われ、ポートモレスビー事件では無人艦艇そのものが悪用された。大切な戦友たちにその砲口が向けられてしまった。

 急なシステム変更は国防に悪影響だとして無人艦艇はまだ運用されているけれど、あんなことがあった以上……無人艦艇に今後、大きくメスが入るのは避けられない。

 

「私の理想は、もう叶わない」

 

 けれどそれは、諦めることに繋がるわけではない。

 

「だから、私はせめて貴女の独り善がり(エゴ)を否定する」

 

 私は、この期に及んでも()()()()()()

 

「だから貴女の理想が本物なら、私たちの命を賭してみろ。瀬戸月ヒナタ」

 

 多分これは、腐れ縁の片桐アオイがしてやれる最後のお節介。

 

「出来ないなら、それでもいい。対艦ミサイル連隊に電話一本、連中をアウトレンジから殲滅するだけだからね」

 

 深海棲艦による精密機器への影響を無視する方法は実は簡単。機械の入っていない弾道ミサイルを投下すればいい。というか、その理屈で多くの国がレーザー水爆搭載弾道ミサイルによる沿岸防衛を成立させている。

 通常弾頭では流石に費用対効果(コストパフォーマンス)が悪いが、日本本土を守るためなら日本人は戦力を惜しまない。

 

 だから、誰かを守るため。なんて言い訳は使えない。使わせない。

 

 

「さぁ、ここが最初(さいご)の分岐点よ」

 

 

 貴女のエゴは未来のためか。

 それとも、独り善がり(ちっぽけ)な正義のためか。

 

 

 


 

 

 

 本当に、酷いヒトだ。

 

 

「……私に、人殺しになれと言うんですね。片桐さんは」

 

 彼女が私に強いたのは、究極の二択。

 

 すなわち、目の前の2人と心中するか、はたまた戦争をやめるか。

 どちらを選ぼうと瀬戸月ヒナタは殺人犯になる。対艦ミサイル連隊で殲滅する? 本当にそれが出来るんなら、小河原海将補は最初からそれを選んでいるだろうに。

 どちらを選んでもヒトが死ぬ。私が知る人間か、知らない人間かの違いしかない。

 

「違うね。ヒトが死ななくてもいい方法を模索しているんだよ。私は」

 

 教えたハズなんだけどな。軍隊の士官ってのは、究極的には兵隊を騙して()()()()()()仕事だって。

 

「……あ、いや。そこまではキツく言ってないか。甘やかしちゃった(酷いことをしちゃった)かな、私」

 

 

 その通りだ。

 

 あなたは甘やかし過ぎた。

 そして私は、甘えすぎた。

 

「ねぇ、ヒナタちゃん。私たちが幸せになるために、世界を守る必要はないんだよ」

「……それを、それをあなたが言いますか?」

 

 そう言ってやれば、自分で言ってなんだけど、確かにね。と彼女は苦笑い。

 

「私はとっくに不幸なんだもの。世界でも守らないとやってらんないの。でも、貴女は違う筈だよ。瀬戸月ヒナタ」

 

 貴女にはまだ身近な幸せがある。それを守るために努力すればいい。そんなことを彼女は嘯く。

 もちろん納得する訳のない私に、彼女は首をかしげた。

 

「……いや、待てよ。これはアレだ、一番大切なことを共有し忘れてるかな」

 

 生き残るってさ。惨めなことだよね。

 

「惨めだから、自棄(ヤケ)にもなりたくなる。分かるよ、私もずぅーっとそうだから」

「……」

「それでも、私は正気と狂気の境界線で踊り続ける――――だって決めてるから、全員ぶん殴るって」

 

 こんなクソッタレな世界を、戦争を。

 

「どんなに惨めでも構いやしない。無人艦構想は資源の無駄遣い? 経済のお荷物? バッカじゃないの?」

 

 そういう利他(愛国)的な思考回路が、世界を狂わせたんじゃないのか。世界と戦い続けた片桐アオイが叫ぶ。

 

「この世界は人類(わたしたち)のものでしょ? 特務神祇官(かんむす)だって、平和な日常を享受する権利があるでしょ? どうして私達を犠牲にして世界が成り立たなきゃいけないの?」

 

 きっと絶望することも、狂いきることも出来なかった独りの少女が言葉を紡ぐ。

 

「分かるかなヒナタちゃん。分かるよね――――私は、片桐アオイはワガママなんだよ。そのワガママが貴女には、何故か完璧で究極の偶像(理想)みたいに見えてるらしいけど」

 

 偶像、なるほど。言い得て妙かもしれない。

 確かに私は、彼女を偶像として扱ってしまったのかもしれない。

 

「艦娘を悪者にしたいのかと、貴女は言ったね」

 

 私がかつて吐いた台詞を、彼女が再生する。天に向かって吐いた唾のように、私に降り掛かる。

 

「違うんだよ。生きていれば必ず、誰かにとっての悪者にならなくちゃいけないんだよ」

 

 無人艦艇構想が財政の敵であるように。

 ロシアが世界の敵になってしまったように。

 乙308号目標が国防軍の敵になってしまったように。

 

「だから惨めなんだよ、生きていくのは。でも私達は、生きていくしかないんだよ」

 

 死んでしまったら、戦争に負けてしまう。負けるわけには、いかない。

 

「なら」

 

 それなら、貴女に送る言葉はひとつしかない。

 

「アンタは嘘つきだ」

「!」

 

 驚いたらいいのか、喜んだらいいのやら。そんな顔をあなたはする。

 嗚呼、そうでしょうね。あなたならそうだ。

 

「自分のことを正当化しちゃダメですよ、片桐さん」

 

 まして嘘を正当化に使うのはもっとダメだと私は言う。

 

「あなたは生きている。なら、あなたは悪者なんでしょう? この国が、世界が生きている。なら世界も全部悪者なんでしょう?」

 

 だったらどうして、世界に平和を享受する権利があるのかと彼女に問う。

 

「私は、責任を果たしたいだけなんだ」

 

 ただ、本当に。それだけ。

 ……いや、これも嘘か。でも全部が嘘じゃない。

 

「責任を果たさずのうのうと生きることなんて私には出来ない。まして、私が平和を享受したことで誰かの平和が奪われるなら、なおさら」

「じゃあ、あなたはいつ幸せになるのさ!」

 

「幸せだったんですよ」

 

 もう十分に、十二分なくらいに。

 ……見え透いた嘘。だけれど、幸せだったのは本当だから。

 

「そして今だって、幸せです」

 

 ……これはせめて、本当であって欲しい。そう願いたいながら、そっと私は恩師に抱きつく。

 

「ヒナタちゃん……」

「……」

 

 ビンゴ。指先に固いものが当たった。それを引き抜く。

 

「ほら、やっぱりあなたは嘘つきだ」

 

 さっと離れた私の手には、霊力回復のアンプル。

 

「あなたはいつもそう、結局最後は自分が生き残ることを考えてる」

「……今さら取り繕う気も起きないよ。というか、だから不知火を連れてきたんだもん」

 

 何が起ころうと、このアンプルを使って自分だけは生き残る算段を立てている。

 やはりこの人は、狡くて卑怯で、強い。

 

「ですが、今回ばかりは不知火を連れてきたのが運のつきです……不知火ッ!」

 

 その言葉で、形勢逆転。

 

「ポートモレスビー事件以後、携帯式の霊力回復アンプルは危険であるとして全部隊で禁止されています……薬事法違反の現行犯ですよ、片桐アオイ1等海佐」

「おっとと……? これは、なんというか。予想外だなぁ……」

 

 不知火に手早く拘束された恩師の姿。というか薬事法であってる? とおどける片桐に私は嗤う。

 どうせ嘘だとバレてるなら、せいぜい小物らしく振る舞ってやろうじゃないの。

 

「いい? 不知火、アンタは絶対にソイツを離すんじゃないわよ」

「陽炎。私は、あなたとなら」

「口を慎みなさい。それとも、口に鉛玉を詰め込んであげてもいいのよ」

 

 拳銃を引き抜いて、初弾装填。

 向ける先は、もちろん不知火。

 

「なっ……!?」

「悪いけど本当に撃つわよ? まぁ、殺しちゃ目覚めが悪いから足とかで手加減してあげるけど」

 

 これで不知火は絶対に動けない。足を撃たれては()()()()()()()()()()()から。

 私を助けたければ、後から来るしかないのだ。

 

「だから貴女は、ずっとそこで片桐1佐を押さえてなさい」

 

 拳銃を構えたまま、私はジリジリと壁際に寄る。そして操縦室(コックピット)に直通する受話器を手に取った。

 

「聴いてたわね? このまま予定どおり、目標海域に私を落としなさい! さもなくば、こっちから燃料系に火をつけてやるッ!」

『お言葉ですが、1尉』

「黙れッ! 私がひとりで全部やってやるつってんだッ!! アンタらだって本音じゃ、これ以上危険な橋渡りたくないんだろうがっ!」

 

 反論などさせるものか、言うだけ言って受話器を叩きつける。それからさっさと、ベルトで固定された艤装輸送パレットに取り付く。拳銃は片手で構えたまま、残りの手でナイフを操りベルトを切っていく。

 ふと、横目に同じサイズの「特殊弾頭在中」と書かれた箱を見て……なるほど、こんなところにヒントがあったのかと、気付くことも出来なかった自分を呪った。

 

「すみませんね、片桐さん。私はアンタの最低な教え子だ」

「まだ撤回できるよ、ヒナタちゃん」

「いいえ。ごめんなさい。私、理想とか興味ないんで」

「なら、その意味を私が教えてあげる。見てなさい、いまから不知火と貴女を半殺しにして、私が乙308号を討伐してやったっていい……だから。お願い、ヒナタちゃん」

 

 さあ帰ろうと誘う彼女の視線を振り切って、私は艤装に乗り込む。

 

 後部のランプが開く、光と暴風が吹き込んで、エンジンの音が()()()()()()()を埋め尽くす。

 今なら、誰にも聴かれない。そっと拳銃の照準(バレバレな嘘)を外す。

 

「いままで、本当にお世話になりました」

 

 パラシュート展張、艤装を載せたパレットが一瞬で引き伸ばされ、ぐんと後ろに引き出される。貨物室の壁面に張り付いた2人が口を動かしたような気がするが、知ったことではない。

 

 遠ざかる輸送機の尻。それを覆い尽くすような真っ黒な華と猛烈な破片。

 そりゃそうだ。これは強襲海上空挺。霊力防壁のスペックにモノを言わせて、敵中に特務艇を放り込む斬首戦術の境地。またの名を――――――自殺行為。

 

「ぐぅっ……!」

 

 それでも、それでも特務艇〈陽炎〉は駆逐艦なのだ。盤面の端に辿り着いた「歩」のように、大将だって討ち取れる最初で最後の切り札なのだ。

 

 いくら海面スレスレで飛び降りたとはいえ、対地速度は時速100キロを優に越える。艤装と身体(バイタルパート)を守るのが精一杯でボロボロにされたパラシュートでは。ロクな減速も望めないが……それで結構。川面を跳ねる石のように、飛びながら徐々に海との接地面を増やしていく。ホッピング中にも主砲を発砲、目の前の敵を屠っていく。

 

 さて、艦娘輸送に特化した低高度飛行向け輸送機とはいえ、高度の低い航空機が同じ空域にアプローチをかけるにはそれなりに時間がかかる。もっとも、本気で機動力を発揮すれば100秒ちょっとで戻って来られるだろう。

 そしてその自殺行為の()()()()で来るのは……不知火だけ。この密度の高い対空砲火を輸送機がくぐり抜けるためにも、霊力防壁発生装置と化した片桐1佐を降ろすわけにはいかないのだから。

 

 ……正確には、もう少し砲火の薄い場所で全員降ろすという道もあったのだろうけれど。

 その道はもう、私が潰した。

 

 

 だからこそ、絶対に不知火は殺させない。

 

 

 血路を啓け、瀬戸月ヒナタ。

 私が私の、自分勝手な責任を果たすために。

 

 自分の力で生きていけない未来なんて、無意味なのだから。

 

 

*1
特務艇を擁する部隊には必ず特務神祇官の長として副司令職が設置される。これは特務艇部隊を指揮する幹部が霊力戦に不馴れなことが多かったために行われた措置である。国防軍は幹部特務神祇官の養成も行っているが、幹部特務神祇官の幕僚課程履修率は他の幹部と比べると低く、ごく一部を除き特務神祇官が特務艇部隊を率いる形態には至っていない。護衛艦隊などに置かれる副司令官職とは異なる。

*2
2019年7月に実施されたミクロネシア連邦に対する核兵器投射作戦の作戦名。主権国家たるミクロネシア連邦に対する核兵器投下は国際問題となった。現在は日米両政府がこの作戦の責任を認め、現地住民に対する賠償を行っている。作中で何度か触れている通りこの作戦を主導したのは瀬戸月ハルカ(チューク分遣隊司令代理)、瀬戸月ヒナタの義母である。

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