舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第127話 存在意義(レーゾンデートル)

〈西暦2036年7月22日 オホーツク海 北海道沖〉

 

 

 

 主砲を構えて撃鉄を落とす。

 

 信頼性が売りの携帯式主砲から放たれた砲弾。それが纏う霊力の鎧が敵の波長を中和し、甲殻へと直撃。耳障りな断末魔を残して泡沫に消えていく。

 

「うじゃうじゃ湧いてからに!」

 

 放った砲弾が敵部隊を抉ろうと、その屍を越えて深海棲艦がわんさか湧いてくる。一匹見つけたら何匹を疑えば良いのだろう。まるで害虫駆除だ*1

 

 大規模作戦――――深海棲艦の個体数制御、いわゆる間引きに失敗した時にやむを得ず行われる大規模駆除作戦――――のセオリーは単純、拘束と斬首、撹乱と浸透。群れを包囲するような物量で相手の量的主力を拘束し、斬首戦術により質的主力を撃破する。

 そこで活用されるのが撹乱と浸透。斬首戦術を実施するには群れの中枢に飛び込む必要がある。長を助けんと集まる雑魚は烏合の衆だが、数に頼まれれば斬首の前にこちらの身体がねじ切れる……故に、突入部隊は撹乱と撤退地点(LZ)を維持する後衛と斬首を実行する前衛に分かれるのだ。

 

 もっともここには、陽炎一隻。無いものを欲しがっても仕方がない――――あるもので戦う。

 死力を尽くすとは、とどのつまりそういうことである。それがいつかは戦果を生むと信じて、戦うのだ。度重なる爆音で耳が麻痺している中、声が飛んでくる。

 

『シズメ……ッ、シズメ……ウラギリモノタチ……シズンデシマエェッ!』

 

 それはヒト型の声、怨恨に全ての熱を注ぎ込む深海棲艦の姿。

 

 お返しだ、こちらも回線を開き、威勢よく叫んでやる。

 

「ええ、ええ……! いいわよ、戦争をしようじゃないのッ!」

 

 最後に立つのはこちらかあちらか。結果を見るまでは分からない。

 

「……悪いですね、片桐さん。あとしまつ、お願いしますよ」

 

 生き残らなくちゃ駄目と彼女は喚くだろうか。それならそれで、瀬戸月ハルカの義娘だったと諦めて貰うしかないけれど。

 

 右手の連装砲が乾いた金属音を立てる――――弾詰まり。

 

「ッ! こんなタイミングで……!」

 

 そもそもが暴発のリスクを無視した連続砲撃。これだけの負荷をかけてまともに出来ている方が奇跡だった――――とはいえまだ砲には在庫がある。

 敵に向かって投擲した砲塔を残らせた得物で破壊すれば、忽ちに出来上がる殺意の火球。

 周りにいた二隻を巻き込んで更なる爆炎を躍らせながら、陽炎は海を跳ねる。

 

「まだまだぁッ!」

 

 アームから切り離した主砲を両手に構え、滅多撃ちにして巡洋艦クラスを叩きのめす。格上なんのその、駆逐艦陽炎は此処にいる。

 

 そして駆逐艦陽炎を乗りこなすのがこの私――――1等海尉の瀬戸月ヒナタ。

 

 「ミクロネシアの英雄」瀬戸月ハルカの娘であり、片桐アオイの……向こうがどう思ってるかは知らないし甚だ遺憾だけれど一番弟子。

 そのどれが欠けても私ではない。それら全てが、私を海の上に立たせている。

 

 薄霧から飛び出して敵の駆逐艦を穿つ。

 不意を突かれた結果、悲鳴も挙げられなかったそれは胴体に大きな風穴を空けて沈黙。闇討ちを繰り返し、一隻でも多くの敵を屠る。

 勘のいい巡洋艦級は目を物理的に潰し、錨を以って肉弾戦で叩く。

 

警告(ワーニン)! 新たな敵集団出現、急速に接近』

 

 自動音声が読み上げる警告。対砲レーダーはとうに切った。接近警報だけでもうるさい、全方位から敵が迫っている。

 

「ッチ、これでも、あとちょっとで抜ける算段だったんだけれどなぁ!」

 

 新たな敵集団といったか。もちろん敵味方識別(トラポン)に該当無し、これで援軍なハズがない。

 

「いよいよもって万事休すね……」

「本当ですよ、どちらに抜けますか?」

 

 こんな時に限って、頼もしい幻覚が聞こえる。幻覚であってくれと、内心で祈る。

 

「そーねぇ……ま、本丸に向かって撤退一択っしょ?」

「平らな海じゃ、釣り伏せは使えませんよ?」

「であるが故に前進あるのみ! ……悪いわね、付き合わせて」

「なにを。いまさらです」

 

 作戦が変わる。私は間に合わなかった。ここからは決死ではいけない。いかに死中に活を求めるか、この僚艦(不知火)だけでも生き残れるか。

 

「それと、片桐副司令から通信を預かっています。稚内の28(フタハチ)地対艦ミサイル連隊(SSMR)から対艦誘導弾18発、有効に使えと」

「……ったく、相変わらずの大洞吹き(ウソつき)ね。あの人は」

 

 大方、事前の火力調整でそれしかもぎ取れなかったのだろう。クラスター弾頭搭載として、被撃墜を考慮すれば撤退路を確保するのが精々の弾薬量だ。

 

「片桐1佐のコネを考えれば、全てのミサイル連隊を動員することも不可能ではないのでは?」

「だとしても、電話1本では呼び出せないわよ。ピザじゃないんだから」

 

 各方面への弾薬使用量を振り分ける火力調整は至難を極める。砲兵火力は戦場の女神で兵士の命綱なのだから、誰だってもそう簡単には手放さない。

 ……ここら辺の感覚は、実際に火力割当てをもぎ取ってくる立場にならないと分からないのだろう。

 

「それともうひとつ、帰ってこいと。死んだら殺してやると」

「……それ、脚色してない感じ?」

「1尉殿の理解に委ねます」

 

 皮肉で応じてくれる不知火。死んだ人間をどう殺すのかは謎だが、まぁ義母の忘れ形見かも怪しい自分を育て上げた狂人だ、地獄に空挺降下するくらいの無茶はするだろう。

 

 バカらしいことを考えた刹那、こちらを見ろとばかりに怨念の主砲弾が海を切り裂く。

 

「なんにせよ、ここを乗り越えるっきゃないわね! 不知火、煙幕展開!」

 

 その命令に従って不知火が発煙装置(スモーク)を起動、熱光学探知を阻止する高温の煙がそこら中にばらまかれる。

 通称「聖なるお香(バルサン)」、霊力をたっぷり練り込んだ特殊溶液を突沸することで発生させる、深海棲艦専用の目眩ましだ。

 

 効果時間は短いが――――なに、突貫の間だけ持てば十分。

 

「いくわよっ」

「はい」

 

 端末に発射要請を入力、目標は保留。終末誘導のレーザー照射機は水上空挺の基本装備だ、ギリギリまで目標の指定は行わず、目の前の敵に千余発のクラスター子爆弾をぶつける――――――承認。5秒間隔連続発射、着弾までの残り時間とレーザー誘導の限界時間が表示される。

 その間にも予備の主砲で敵を屠る。気合いでカバーしていた死角は今や僚艦(不知火)が埋めてくれる。

 

 大丈夫、私たちは上手くやっている。だから、だから。

 

 

 

 

 

 


 

『シズメ、シズメ……!』

 


 

 

 

「ッ――……!」

 

 爆発の衝撃から目覚めるのに何秒消費しただろう。流れ出していく血の拍動。全身を切り刻む痛み。そしてぼやけた焦点の向こうには――――。

 

「不知火っ!」

 

 私の声に彼女は動かない。

 ひっきりなしの警告音を無視して近づこうとするも、思うように動かない――――脚部の推進機は半壊。軸が曲がり退くも進むも覚束ない。

 

「このっ、動きなさいよ……!」

 

 武装はどうか。圧し折れて満足に稼働しないが反応はする。

 浮力装置は辛うじて生きているのか海に膝をついた彼女にどうにかこうにか取りついて脈を測る――――善かった、まだ生きている。

 

 幸い、こちらには先ほど片桐から奪った霊力アンプルがある。これを打ち込めば死の淵からは掬われるはずだ。

 

「ちょっとまっててね、すぐに……っ?!」

 

 そして、気づく。

 

 アンプルが既に、()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、そんな……」

 

 何秒、いや。どれだけ経ってしまったんだ? 慌てて端末を見る、経過時間は十数秒。じゃあアンプルを不知火が私に打ち込んで、私が生き返るまでに彼女がこうなってしまったのか。

 ならこれは生きている、じゃない。彼女は死に向かって真っ逆さま。

 私のせいで――――――。

 

「――――……大丈夫。わたしが、まもるから」

 

 でも、私はまだ謝らない。

 身勝手だろう。なんて無様だろう。結局みんな巻き込んだ。全員を不幸にしてしまった。私は生きているだけで不幸を撒き散らす、息を吸うだけで罪を犯している。

 だからせめて、最期くらいは正義でありたかったのに。

 

 彼女の艤装から剥ぎ取った魚雷発射管を右背部に装着。息を吐く暇すら惜しい。

 

「わたしは、やるんだ」

 

 たった一人でも血路を啓かねばならない。

 

 小さな抵抗だ。

 太平洋を取り囲む長大な戦線の、その切れ端にも満たない小さな戦場での抵抗――――それが私の全力。

 

 敵の注意が向かぬように()になる。頭数が減れば優位になるが、()()とは撃破ではない。

 

「聴こえていますか。片桐1佐」

 

 端末を操作する。セミアクティブ誘導をキャンセル。座標入力、瀕死の特務神祇官に霊力通信式の非常ビーコンを立てる。

 

「方位120から60に向けて航路啓開を行います。ビーコンの回収を願います……本艦は現在補給作業(ニコイチ整備)実施中、まもなく再突入」

『ふざけんなッ、瀬戸月ヒナタ! アンタも帰るのよ!』

 

 そりゃあないでしょう、1佐。

 切り札の対艦ミサイルも投入した。宗谷海峡の通過を許せば北海道に被害が出る。不知火の弾薬を剥ぎ取り装填、こっちはまだ戦える。

 

「それに陽動役がいないと、流石に離脱はキツイでしょう?」

『それを決めるのは副司令たる私よ。アンタは所詮は司令部付なんだから、指示に従っていればいいのよ』

「小河原海将補に告げ口していいですよ。私、命令違反は得意なんで」

『いい加減にしなさいッ!』

 

「そっちこそ」

 

 もういいだろう。十分だろう。

 これ以上構わないでよ。お願いだから。

 

「あなたと一緒にいると惨めになる。何もできない私が、決断しきれない、決めきれない私が……私の正義を私が決めちゃダメなんですか!? 私に決めさせろよ!」

 

 骨伝導イヤフォンと咽頭マイクを引きちぎる。位置情報を発信するトラポンやらも投げ捨てる。これで私はミサイルの誤爆予防コードに引っかかることはない、片桐1佐からも、見つけられることはない。

 大丈夫、あの人は私と違ってマトモだ。居場所の分かっている不知火の救出を優先してくれるに違いない。

 

 さあ、状況は単純になった。

 1秒でも時間を稼ぐ。そうすれば皆を無事に、帰すことができる。

 

 ならば私は、それを完遂するまでだ。

 不知火から借りた四門の魚雷発射管。視界に映る敵影を見てマニュアルで矛先を傾ける。

 波飛沫を立てて投下された青色の牙が想像通りの航路を描いた敵を貫く。撃破を喜ぶ暇もなく現れた後詰めには――――主砲弾がお似合いだ。

 

「こなくそ、道を開けろぉッ!」

 

 予備弾倉はない。残るは申し訳程度の機銃と、連装砲一丁だけ――――いよいよ攻撃に耐えられなくなった砲身が爆発。宙を舞う金属片に右半分の視界が奪われる。

 

「いっ……!」

 

 痛いものか――――沸騰しそうな思考の渦をアドレナリンで押さえ込む。

 痛む暇は致命傷になりうる隙、まだ戦えると伝えてくる諸手の温さを信じて身体に鞭を打つ。

 

 意地でもって空中で掴んだグリップを、後方に向けて振りかぶり三発。

 敵の眉間を撃ち抜けるあたり、まだ神様には見放されていない……しかし、それもここまで。

 

「しまっ」

 

 見逃したのは束の間を突くように躍り出た巡洋艦の砲撃。

 結わえているはずのツインテールが引きちぎられて飛んでいく――――その髪束が海面に落ちるよりも先に、接近してきた相手の胴体に蹴りを入れて爆雷を放り込む。

 

 それから、海に消えていく髪へと陽炎はほんの一瞬だけ意識を向ける。

 

 全然左右対称に結べなかった義父の手。

 きれいに結ってくれた義母の手。

 

 はるか昔の記憶、おもいで――――思い出されて、過去へと消えていく。

 

 

 ……――大丈夫、もうひとりで結べるから。

 

 

 そんな追想を断ち切るのは、迫りくる敵機が空を裂く音。

 今の相瀬で右側(みぎめ)が見えていないのに気付かれた。意地悪く回り込んでくる戦闘機。その機銃弾は威力は控えめなものの、艦娘の加護を貫くには十分で。

 

 肩に、大腿部に。ついには右腕が穿たれて、赤黒い液体が滴り落ちてくる。

 

「――――嗚呼、チクショウ。ここまでか」

 

 まさに刀折れ矢尽きるとはこのこと。ゆらりと現れた爆撃機が、スローモーションみたいな緩慢な動作で爆撃位置へやってくる。ここで終わりか。ここが終わりか。

 

 それでも。

 

「いかな、きゃ……いきなくちゃ……」

 

 臆病なら隠れていればよかった。

 全部を投げ出して逃げてしまえばよかった。

 

 けれど、そうはしなかった。

 いつからそうなったのだろう。妹分の不知火と死線を潜ったから? 不足した艦娘を補うために国防軍が犯した罪を知ったから?

 

 いや違う。それよりもずっと前。きっと魂にまで刻みつけられた()()()という命令文……呪いにも似た祝言だったをそれを――――どうしてか今、思い出した。

 

 

『よし、ヒナちゃんは強い子だね』

『うん……私つよいよ。お父さんの子供だもん』 

 

 

 私が最初に見た赤いもの。

 

 赤くて温かくて、私を守るために流された血の海。

 

 そうだ。これが私を此処まで導いてきた……だから、繋がなくちゃいけないのだ。

 義母(はは)が繋いでくれた命を、一秒でも長く。そのために足掻こうとして。

 

 

 しかし嘲笑うように、爆撃機は目前まで迫ってきていて。

 

 

 

 


 

 

 

 頭上に迫る爆撃機が――――爆発四散した。

 

「……援軍っ? 一体誰がッ?」

 

 続いて頭上を通過(フライパス)するのは歪なフォルムの艦上戦闘機。空を埋め尽くさんばかりの敵機には到底対抗しきれないそれらは、しかし熟練の動きで空を取り返していく。

 

「――――――大丈夫?」

 

 誰の手かなんて関係ない。差し伸べられた手を握ろうとして、右腕がもう動かない事に気付く。私が反対側を上げたのを見て、慌てて左肩の構造物を後方に回す気配。

 

「……正直、大丈夫じゃない。艤装がガラクタと変わんないし」

 

 視界も揺らいで、焦点を合わせるのすら一苦労。耐えきれずに崩れ落ちそうになる陽炎を、彼女は慌てて抱え込む。頭一つ高い上背、片桐(そうりゆう)でも不知火でもない、誰か。

 

「っとと……さっきから見てたけど、本当に諦めが悪いのね、貴女」

 

 さっきから? その言葉に疑問を挟む余裕は精神的にも、肉体的にもない。

 

「……立派になったわね、本当に」

 

 立派、だなんて――――臆病なだけだと言おうとして、代わりに出たのは血の混じった痰。臆病で、見捨てるのが、見捨てられるのが怖くて、それで戦い続けた結果がこのザマである。

 

 笑えない。笑いたくても、もう笑えない。

 

「大丈夫よ、もう喋らないで」

 

 優しく背中が撫でられる。同時に周囲に広がるのは肌が粟立つような殺気。

 滾る闘志が海を駆け抜ける。それは怒りにも似たオーラで、呼び寄せられるように飛行甲板と三連装砲を纏う大魚が飛び出してくる。それは人類を傷付けるのではなく、命令を今か今かと待ちわびるよう。 

 

「あなた、は……?」

「通りすがりの深海棲艦よ……覚えなくて構わないわ。露払いは私がやってあげる。貴女は貴女の仕事をなさい、ヒナちゃん」

 

 目の前の女性が笑う気配。作り笑いに紛れ込む優しさで、何かの残骸に腰かけさせられる。

 白き長髪を潮風に流す女性は、振り返らずとも己の存在を脳裏に焼き付ける。私の背面艤装には遠征用の増槽(エネルギーパック)が何時の間にか取り付けられており、これで動けるでしょうと言わんばかり。

 

「さて、ちょっとアイツらに灸を据えないといけないわね」

 

 ――――私の艦娘(むすめ)に手を出したのを後悔しなさい。

 そして、そう、彼女は宣言した。逆光でその姿ははっきりしない。

 

 滾る闘志が海を駆け抜ける。それは怒りにも似たオーラで、呼び寄せられるように飛行甲板と三連装砲を纏う大魚が飛び出してくる。それは人類を傷付けるのではなく、命令を今か今かと待ちわびるよう。

 

『キサマ……ウラミモツモノ、ナゼジャマスルゥッ!!』

「ちったぁ人の話を聞きなさいよこのオタンコナスッ!」

 

 2つの叫び声が北洋に木霊する。それは大気を震わせ場を搔き乱し、ヒトでない者達の戦場(ラグナロック)が産まれ落ちた。

 同時に展開されるのは大量の艦載機。その数は100機を優に超えている。

 

「いか、なきゃ……私は、わたしのっ……」

 

 なぜ彼女が瀬戸月ヒナタ(わたし)の名前を知っているのか。そもそも彼女は何者なのか。そんなことはどうでもいい、ただ今がチャンスだ。この機を逃せば、あの怨念に囚われたヒト型を沈めることは出来なくなってしまう。

 震える脚を叱咤し、再び立ち上がる。防壁すら張れない程に消耗しているが、走れない程ではない。

 今なら、やれる。だから――――

 

 

 

「やぁ、絶好の雷撃日和だね」

 

 

 

 その一言と共に、海面が爆ぜた。

 

 そして大量の黒煙……いや、煙幕。このエリア一帯を埋めつくさんとばかりに視界が封じられる。

 

 仮にここが地上であれば足音がしただろう。その代わりに浮揚ユニット付きの水上滑走用のブーツ――――つまりは私達と同じものを装備した小柄な影が現れる。

 

「貴方……あの時のっ!」

 

 その姿は紛れもなく、ロシアのやんごとなき事情をつらつらと話していた少年……否、彼女は艦娘だったのだ。こちらが勝手に少年と思い込んでいただけで。

 

「邪魔して悪いね……でも先に進まれると困るんだ。なにせここで彼女に沈まれても、投降されても困るからね」

 

 それが乙308目標、怨念を抱いたロシアの艦娘もどきであることは疑いようがない。目的は分からないが、私のやろうとしていることを邪魔しているのは分かる。

 

「……いやだと言ったら?」

 

 そう言って前を睨む。これでも陽炎は第1護衛隊群にも所属した精鋭。大口径主砲や艦載機を持たない同格相手には負けるつもりもない。

 

「言わないさ……君の優先順位は知っているからね」

 

 その言葉と共に飛んできた物体。なんとかキャッチした陽炎を見て、艦娘は微笑む。

 

「ほら、それを早く大切な部下に使ってあげた方がいいんじゃないかな?」

 

 それは霊力アンプル……ではない。パッケージに書かれた文字は緊急用高速修復材(ダメコン)。ポートモレスビーの事件以来、前線には配備されなくなった高性能修復液、その原典。旧式だが、効果は変わらない。喉から手が出るほどに陽炎が欲していたモノ。

 

「……分からない、あなた達は何者?」

 

 陽炎の問いかけに、その艦娘は満面の笑みで手を広げて見せる。

 

「私たちはね――――……」

 

 役者がかったそれは、まるで世紀の大発明を開陳するかのようであった。

 

*1
国防軍による深海棲艦対処は有害鳥獣駆除の扱いなので、間違いではない。

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