舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第14話 鴛鴦は今を往く

 あれからどれくらいの月日が経っただろう。

 

 

 私が選んだのは、彼の右腕としてより一層同じ目線で見聞きする道だった。

 

 寝食を共にとまではいかないが、彼の留守を任されるくらいには事務処理も覚えた。そんな私を誰も笑わなかったし、出撃が減ってきた事にも気付くだろう。

 想定よりも艦娘の補充が多い。最小限の哨戒任務に就く事はあるが、大規模作戦を除いては私の戦場は執務室になった。そして、提督さんと二人きりになる事も増えた。

 

 そんな日は彼の家に寄って、朝まで付き合うというのが何時の間にか通例になっていた。

 

 とはいえ、思い出してみれば私も提督さんも口下手である。いざ面と向かい合ってみるとこれと言った話題もなく、肝心のヒナちゃんも互いに送られてきたメッセージを見せ合ってしまえば話すべきことがなくなってしまう。自然と食事を口に運び、コップを空にする。

 

「ヒナタが本土に行ってから、まだ時間が経ってないのにな。いざいなくなると寂しくなる」

 

 

 

 ――――――そして結局、ヒナちゃんは提督さんと和解する(かぞくになる)ことは出来なかった。

 

 

 

 彼女はあっという間に中学生になった。

 唐突に日本の幼年学校に行くと言いだし、手続きを終えたのはついこの前のように感じる。

 確かにチュークには日本語の学校はないに等しい。学問を見分するには、やはり色々と選択肢がある方がいいだろう……もちろんそれは、言い訳だと知っているけれど。

 

「うん。そうだね」

 

 これではいけないと議題を探してみるが、ヒナちゃんがいなければ私と提督さんに接点なんてないに等しい訳で、そうなると結局は仕事の話となってしまう。

 

「司令部から増員の話が回ってきた。来年度あたりを目処に、分遣隊を改編させるらしい」

「それ、ここでするような話?」

「なら適当な話題を提供してくれ。それに、お前に無関係の話でもなくてな」

 

 提督さんが持ち出してきたのは、空母の艦娘が増員されるという話。

 分遣隊の戦力、それも航空戦力が増強されるというのは喜ばしい話である。問題はその艦娘の名前、というか経歴。

 

「履歴書によると彼女、お前と同じ高校の出身らしい。知り合いか?」

 

 そう前置きされて告げられた名前は、確かに私に関わり深い人物で。

 

「抜群の特務神祇官適性にダース単位の艦載機を同時並行で操れる才覚、おまけに成績も上々で専科は次席卒業。お前がそんな秘蔵っ子をまとめていたとは、恐れ入ったよ」

 

 提督さんがお猪口(ちょこ)を傾けながら言う。

 空になったそれに私が手を動かすのをみて、注がれるともったいないから勘弁してくれと制した彼は、もう大分出来上がっているように見えた。

 

「別にそんなのじゃないです。ただ学生時代の部活動で後輩だっただけで」

「しかし、ウチへの配属を『熱望』していたと聞いたぞ」

 

 熱望という言葉に、危うくむせそうになる。

 熱望? あの子が熱望と言ったか?

 あの冷静沈着が服を着たような彼女が?

 

「おいおい、大丈夫か……?」

「大丈夫です。大丈夫。でも、まあ……それは私のせいかも」

 

 なぜあの子は私なんかに憧れるのか、理由なんて考えたこともない。

 いやそもそも、私は追いかけられているのだろうか。彼女がもともと艦娘を志していたとするなら、防衛大学校は当然進路の一つとして眼に入ってくるだけの話。

 

「お前がいたから後を追いかけたんじゃないのか? 少なくとも俺にはそう見えたが」

「そんなことですよ。だって私、そんなに成績良くなかったし」

 

 そう言えば、提督さんは首を傾げる。何を言っているんだというような眼でこちらを見た。

 

「それは嫌味か? お前は主席だろうに」

「主席って言ったって、艦娘専科の主席はたいしたことない。ましてや私は2期組だし……」

「それでも十分昇進ペースも早いだろう。優秀な証拠だ」

 

 私のことを手放しで褒めるなんて、普段の彼にしてはあり得ないことだった。

 それはもちろん、彼の脇に転がる徳利のせいではあるのだろうけれど。

 

「提督さんだって、十分に早いと思いますけれど」

「周りに担がれただけだ。俺自体はたいしたことはない」

 

 この昇進の早さは、結局の所は人手不足が原因だ。

 

 戦場に出れば死ぬかもしれない――――――世界中が深海棲艦に荒らされたことで、世界の誰もがその当たり前に気付いてしまった。

 それでも殺されるよりはと戦場に赴いたのが最初の数年間。状況が落ち着き、戦場が太平洋の真ん中へと移動していくに従って無理をしてまで戦場に出ようとする者の数は少なくなる。

 

 それが私たち艦娘に提督さんといった、最前線で戦う人達の階級を押し上げることに繋がったのだ。命の代償に国が差し出せるのは、階級と勲章だけだったということである。

 

「なあ、お前はなんの為に戦っているんだ?」

 

 提督さんがそんなことを言ったのは、彼が酔いを通り越して冷め始めた頃。私がそろそろ家に連れて帰るべきかと見計らっていた時のことだった。

 

「研究職まで前線に駆り出すようじゃ、この国はお終いだということだ」

 

 危険手当のためという言葉以外を受け付けなさそうな問い。しかし、私が答えるよりも先に彼の口からもたらされた。

 

「俺は海の生き物を研究してただけだ。それがどうして、世界の破滅なんて話にならなきゃいけない?」

 

 お偉いさんが言うには、分遣隊が水上機動団に昇格した暁には俺のことを海将補にしてくれるという。だが将官の肩章は俺が注ぎ込んだ誰かの命に見合うものなのか?

 提督さんはそう零す。

 

 ――――――そんなこと、私が聞きたい。

 

 どうして私は戦っているのだろう。

 昔はもっと、今よりもっとずっと違った。でも提督さんと違って、私の安穏とした過去は深海棲艦に奪われたわけじゃない。私と姉は世界にバケモノが居ることにした。悪いことは全部、バケモノの仕業だとした。

 

 では姉が逝ってしまったのは、その八つ当たりのような責任転嫁のせいだというのか。

 

「俺は、お前のことを助けたかったんだよ」

 

 話が読めない。この酔っ払いは、なにを言おうとしているのだろう。

 

「あの日……翔鶴の部隊が壊滅する少し前だ。お前の怪我を個人的に伝える事にした。酷く焦って取り乱していたよ。彼女にしては珍しいと思ってな。見舞いに行きたいが()()叶わないだろう。達者でとだけ送ってきた」

「……提督さんは翔鶴姉ぇが『今にも沈みそうだ』って考えてたって思う訳?」

「アイツの事だ、遺書の一つでも残しているかと考えた。しかし、規則上保管されていたのは白紙の便箋だったよ。文字一つ残ってない」

 

 姉らしいと言えば姉らしい。いつも大事なことは頭の中にしまってばかり。姉妹間の連絡も、カレンダーに予定の概略を書き込むことすらしてくれなかった。

 そういえば、なぜ提督さんは姉について詳しいのだろうか。

 

「提督さんは、私の姉と知り合いだったんですか?」

「同僚だったよ。アイツはまだ博士課程だったが……お前のことも昔から知っていた。もっとも、アイツの話すお前はもっと天真爛漫でお淑やかなお嬢様だったがな」

 

「こっちにも色々事情があるんです。防衛大学に進学してからは、ほとんど会っていません」

「知ってるさ。防衛大に進んだお前を止められなかったと、アイツは随分悔やんでいた。まあ、俺たちにとってあの頃にはもう、()()()()は想定されていたことだったからな」

 

 想定されていた。

 その言葉の重みがずしりと私にのしかかる。姉と提督さんは知っていたのだ。

 深海で見つかった新生物が今の深海棲艦であること。それらが、人類に牙をむくことを。

 

「……私、何にも分かってあげられなかったなぁ」

 

 それは分かっていたこと、改めて突きつけられたところで、もうどうしようもないことで。

 きっと姉妹は、誰であれ確執には事欠かない。そう自嘲すれば、提督さんは眉を顰めた。

 

「似たもの同士なんですよ。私たちは」

 

 その言葉に提督さんは手を止める。

 私とヒナちゃんのことですよと前置きして話を続けた。

 

「私も、同じ理由で防衛大学校に進学しました。姉にこれ以上迷惑をかけたくないだとか、奨学金を少しでも早く返したいだとか。言い訳はいくらでも作れますけれど、結局は家族(あね)と一緒にいることを諦めたんです」

 

 提督さんがヒナちゃんのことを勘違いしたのも無理はない。

 

 分遣隊司令の娘、部下の艦娘たちとの交流……彼女が国防意識を養うための環境は揃っていたし、提督さんに言わせればそれは全て「揃えられたモノ」だというのだ。でも、環境がヒナちゃんを本土の幼年学校への道に駆り立てた訳じゃない。むしろ逆で、ヒナちゃんはその環境を利用したのだ。

 

「幼年学校進学なら、誰にも怪しまれず本土にいける……私から、距離がおける」

 

 私が防衛大学に進学したのと同じ理由です。私の独白に、提督さんは手を止めたまま。

 何もかも全部吐き出すように、私は続ける。

 

「私は、姉と分かり合うことが出来ませんでした。私にとっての姉は不気味な存在でしかなかった。あんなに私のことを想っていてくれたのに、私はそれを理解できなかったんです」

 

 あのショッピングモールでヒナちゃんと約束した時、やり直せるんじゃないかと思ったのだ。姉の気持ちが理解できたのなら、姉にもう一度向き合うことが出来るんじゃないかと。

 

「強くなれたよって、それを証明したかったんです」

 

 それは感謝でも謝罪でもない。私はただ、姉との約束を果たしたかったのだ。

 

「きっと俺のせいだな」

「まさか。提督さんのせいじゃないです」

「いや、俺のせいだよ。俺にはつまるところ、親としての責任感がなかったんだ」

 

 ヒナちゃんと提督さんは家族だった。それは間違いない。血筋とか愛情とか。そんなチープなものではなく、きっと心は通い合っていたのだ。

 

「家族だって思ったら、その瞬間からもう家族なんです。血が繋がっているかどうかなんて、お互いが納得するための詭弁に過ぎないですよ」

 

 そして、その詭弁を使おうとしているのが私なのかもしれない。

 

 提督さんが()()()の結果を知ったらどうするだろう。

 堕ろすつもりでいた生命(いのち)は私の胎内でまだ燻っている。ヒナちゃんの家族にすらなれない私に、この子を産む資格はあるだろうか。

 

 未だに打ち明けようか悩み続ける私を励ますように、彼は微笑んだ。

 

「お前が俺の家族について心配するならそれも良い。お前の好きなようにしろ」

 

 責任は俺が取る。父親だからな。

 

 ありがとうとでも言っておけば、良かったのだろうか。

 いや、()()と言ってくれた彼だからこそ。私はお礼を挟まずに叩きつけることが出来たのだ。彼は私がアルコールを避けていたことを知っていた。あの夜の彼にはお酒なんて入っていなかったはずでしょう? むしろふらふらだったのは私の方だというのに。

 

 

「提督さん……私ね。子供ができたみたいなの」

 

 

 そう言い切った次の瞬間――――優しげに細められていた彼の瞼が持ち上がり、見開かれるよりも早く――――()()()()()()()()()()()()

 

 いや、これは壁じゃない。障子だったはず。

 

 と、いうことは――――――!

 

「「「「「「おめでとうございます!」」」」」」

「人を酒の肴に何を呑んどるんじゃぁあ!」

 

 私は吠えた……いや、鶴だから鳴いた? のか。

 聞き耳を立てていたのは、やはりというかお世話になっている士官方である。

 

「瀬戸月司令? もう童貞弄りができなくなったって俺は寂しくてしょうがないんですが」

「藤見3佐。その発言は減俸覚悟ですべきと思うが?」

 

 貴様抱きかかえるな持ち上げるな暑苦しいと精一杯の抵抗をする提督さん。

 

「1佐。小官はパパ友として、これからもお仕えさせて頂きます」

「ん……? んぅ!?」

「おや失礼、言ってませんでしたかな」

「小沢2佐……さらっと奥方のご様子を流していただいた事に、こっちが驚いているのですが。報告の義務があるというわけではないが、育休が出せないからちゃんと報告してくれ……」

 

 艦隊運用・防空任務・補給整備の最高指揮官がそんな有様では、不敬だと叩かれるべきであろうが三馬鹿とも言われても仕方がない。

 

 その有様があまりにも可笑しくて、しんみりした空気を吹き飛ばしてくれた。

 しかし夫を目の前で掻っ攫われた妻としては、この状況はあまり面白くない。

 

「提督さん……愛してる……よ?」

 

 酒に酔っているわけではないのだから、これは素面――――つまり、私の覚悟そのもの。

 

 その口づけに対して、上気した彼の頬は茹蛸のようになってしまった。

 

 その後の彼の反応は後世に一生語り継ぎたいくらいのもの。それこそ、墓場に行く前にはヒナちゃんにも伝えたいくらいの慌てぶりだった。

 

 何も知らなかった。見て見ぬふりだけをしていた子供(わたし)は、彼のおかげでようやくヒトに……家族を得られたのである。

 

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