舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第20話 火の鳥燃ゆる空

 後ろから近づいてきたであろう磯風さんが、私を()()()()()()()()()

 関節を外される事はないが、無警戒もあってあっという間に無力化されてしまう。

 

 磯風さんは地べたに押し付けた私の耳元でわざとらしく語った。

 

「これが最善という事だ」

 

 神通さんもまたふらふらと歩きながら、アトランタを拘束する。

 どうやら呻き声を頼りに辿り着いてしまったらしい。器用に抱えると、すみませんがと間の伸びた声を上げる。

 

「誰か手を貸してください。あいにく()()でどこにお連れすれば良いのか分かりません」

 

 その声に飛龍が舌打ち。手を上げると、崩壊した建物伝いに三人程が向かってくる。

 

 もう情勢は決してしまった。

 終わった終わったと影達が神通さんの前に並び立つ。

 

「ありがとうございます」

 

 万事休すか。身体に力を込めるが――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――いや、動くではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強張った筋肉を慣らしながら面を上げる。

 そのタイミングで覆い被さっていた磯風さんは耳打ちをしてくる。

 

 

 

 

 

「ご命令通りに。司令代理」

 

 

 

 

 

 次の瞬間。敵味方がお互いの顔を認識できるギリギリの闇。

 暗順応という人体の神秘に助けられる。瞬いたのは神通さんの探照灯だった。

 

 この場に日光が直撃したような白さで照らし出す。

 

 その隙を磯風さんは見逃さない。

 吊り布に忍ばせていた拳銃で発砲。一人の顔面と胸部に二発ずつ。

 

 相手は完全武装。防弾チョッキに阻まれることも考慮にいれて確実に仕留める。

 

 私もまた磯風さんの策に気付き、急ぎ航空隊を展開。咄嗟に逃げおうしようと身を翻した残りを焼き払い。あるいは戦闘機の機銃でハチの巣にする。

 

 あわよくば敵将と思ったが、飛龍は防護壁を展開し護衛機も展開済み。

 

「二人とも正気ッ!? 私に従えば、副司令を拘束するだけでこの馬鹿げた睨み合いは終わるの。あなたたちはこの最前線を脱出して本国へ帰れるのよ?」

 

 流石の飛龍も動揺が隠せないらしい。その言葉尻に浮かぶ焦りを知って、二人は嗤う。

 

磯風(わたし)の為に血を流すその覚悟。並大抵のモノではないぞ小童。貴様にこの海が救えると?」

「今まで内地でふんぞり返っていたお偉いさんがどの面さげてくるのか。実は楽しみにしていましたが、これっぽっちも面白くなかったですね」

 

 不意討ちに呼吸を乱していた飛龍も交渉の余地ナシと判断したのだろう。

 欺瞞迷彩を放り捨て、朱色の弓道着が夜風に攫われていく。

 

「それでは、仕方がありません――――――第831護衛隊並びに第832護衛隊を反乱分子と認定し、現有戦力を以って処分いたします。状況開始!」

 

 外から新たに急速に接近するのは人型の生物。トラポンの反応はない。

 しかし、こんな状況で残っている者など深海棲艦か他には一つだ。先ほどの騒ぎで増援が来てしまった。

 

「本土で入念に練成した第1から第4護衛隊群付の精鋭たちです。貴女方など足元にも及びませんが、こちらにも時間が残されていません。目標、敵艦隊! 撃てッ!」

 

 次の瞬間、私達は廊下に向かって駆けだした。

 

 砲撃はもちろん海から撃ってくるはず。陸上部隊が居たとしても制海権を奪われた状態では勝ち目がない。逃げるだけだ。

 直後に執務室で黒煙が上がる。磯風さんの欺瞞用スモーク。どうやら私のサインを磯風さんは最大限に取り組んでくれたらしい……とにかく逃げろ、その一言を。

 

 神通さんは耳が良いから、パッシブソナーの反響と勘であれば森の方が強い。遮蔽物があるし、行軍訓練は日常茶飯事な艦娘である。私は息も絶え絶えなアトランタを運ぶ。

 

 すぐに砲弾が飛び交い始める。めくら撃ちにしては精度がいい。

 並走する磯風さんが片腕で撃ち返すが、曲射射撃の前では相手が見えずに舌打ちするだけ。

 

 必死に目指すのは工廠跡……ではなく酒保の残骸。

 おそらく艤装の補給を目論んでいると先回りされるのは確実。であれば、事前に仕込んでおいたセーフハウスを使うしかない。

 

「明石の酒保」。そう書かれた暖簾は既に脇に転がっている。

 

 気のいい久世1尉から渡されていた鍵束を引き出して、頑丈な扉を捻る。

 

 もともとは最悪に備えて弾薬や燃料を蓄えておく場所。

 いつも資源を管理していた衣笠さんに、表帳簿と裏帳簿で在庫があわないのは理由があるのよと釘を刺されたのがよみがえる。

 

 そもそもそれなりの立場にならなければそんな資料は見る事が出来ないし、だからと言って実地で数えるわけにもいかないと軽く聞き流していたが、この時の布石かと思うと舌を巻く。

 

 戦争とは開戦前(はじまるまえ)に結果が決まっているとは提督さんも言っていた。憂いなきよう、最大限の備えを皆が残してくれたのだ。それに頼らせてもらう。

 宿直用のシャワー室。湯船にありったけの修復材を流し込む。アトランタの気道を確保しながら沈めて回復するのを待つだけだ。

 

「おかげでこちらも回復できる。衣笠達に感謝だな」

「神通さんも大丈夫?」

「えぇ。朧げですが何とか裸眼でも視えます」

 

 飛行用ゴーグルを模した医療器具。修復材を目元に蓄えておく装備を鉢巻のように締め直した神通さんは、ようやく人心地が着いたようで、悪戯っぽく小首を傾げる。

 

「迫真の演技だったでしょう?」

「それどころか、終わりを私は覚悟したわよ」

 

 そんな冗談をするそぶりはこの泊地の生活で一度も見せなかった神通さんが笑う。

 

「敵を騙すのにはまず味方からですよ。目が見えなかったのは事実ですが」

「この際、文句を言わずにありがとうと言っておくわ。でも今までよく走ってこれたわね」

 

 私も緊張の糸が切れて壁際にへたり込んでしまう。神通さんが隣に腰を落として続ける。

 

「実は妖精さんを侍らせてるんですよ? こっそり教えてくれてました」

 

 そういうと念じて具象化させてくれる。現れたのは朱色の生き物。姉妹だという二匹の妖精は神通さんの肩に止まって眉をきりりと見張っていたのだ。

 

「姉さんと那珂ちゃんとで交換しているんです。何かの時にはお互いの最期が分かります」

 

 この場所は、全てが死を前提として動いている。もちろん分かっているし身体に刻みつけた教訓の筈だったけれど、改めて聞くと空恐ろしいものがある。

 

「……神通さんは、死ぬのが怖くないの?」

「もちろん怖いですよ。しかし、川内型二番艦足るには誰かを護って死ぬ事が誉なのですよ」

 

 だから、私の中で愛される瑞鶴さんでいてくださいね。

 随分と無茶な注文をしてくる。

 

「今更だけど、貴女の事が余計に分かんなくなってきたわよ」

「命を賭けるに足るかですよ。チューク(ここ)は最高の戦場ですから」

 

 衣笠さんの二十糎砲を肩に担ぎなおした神通さんはにこりと笑う。

 磯風さんもまた睦月型の主砲を棚から拝借してきた。脱出戦には荷物になるだけと、整備しかけの予備装備はここに投げ捨てたままなのだ。だから、少し調整を加えればまだ役に立つ。

 

 そして――――――ジャブリと緑の浴槽から桃色髪が飛び出した。

 

「ごめん。作戦前に死にかけると思ってなかった」

 

 艤装は逃走のさなかに強制排除したから丸腰のアトランタが申し訳なさそうにこちらを見る。いいのよと私は精一杯笑ってみせる。

 

「アトランタにはいてもらわないと、私ら目標達成できないからね?」

「いや……私が死んでも代わりはいるから大丈夫。それに発信機を切らずに気絶してたから、もうカウントダウンは始まってる」

 

 嫌な汗が背中を伝う。今、彼女は何と言った?

 

「それって、どういう意味……」

「巡洋艦アトランタは失敗した。生体信号とリンクしてるから、その連絡が無人爆撃機に通信されれば須らく空爆が開始されるってこと。ほら、さっそく焼夷弾の投下だよ」

 

 爆撃特有の重低音。

 木々が焼き払われ、海は干上がる熱量がいよいよ降り注いできた。

 

 もう私にも止められないとアトランタは頭を抱える。このままでは丸焼きだ。

 

「中止の連絡とか出来ないわけ……!?」

「無理。私はここで使い捨てられる予定だった。待機中の同期が異常に気付けば……」

「まだ仲間がいたの?!」

 

 私の問いに彼女は苦虫を噛みつぶした顔で頷く。どうやら相当に嫌っているらしい。

 

「……アイツは多分、呑気にB2のブリッジでスナックかピザ食べてると思う」

 

 なんなのだそれは。

 比喩表現ならともかく、この言い方だと本当にそうしていそう。

 

 衛星チャンネルでスポーツ観戦する訳でもあるまいし……いや、対岸の火事を眺める合衆国にとって私たちの戦いはそんなものか。

 信頼できるのかと聞けば、彼女はさらに眉間に皺を寄せた。

 

「腕は確か。日本の空母にも劣らないくらいは実力がある」

 

 ならいい……というか、それで良しとするしかない。観戦が趣味だろうと、私たちに手段は残されていないのだから。

 アトランタは続ける。

 

「時計の針は元には戻らない。でも、自らの手で進めることはできる」

「どの道、行くしかないことは分かってるわよ」

 

 爆撃が始まってしまった以上、この場所からは離れなければなるまい。

 飛龍と心中するのも悪い話ではないが、それでは私を信じてくれた部下たちに示しが付かないというもの。

 私は引き出しの一つに手を掛ける。

 

「アトランタはこの艤装で後方援護」

 

 重たい引き出しから出てきたのは長門隊長の艤装。

 副砲関係は対空にも耐え得る品物だ。周波数を合わせればアトランタでもいけるのではないだろうか。

 

「援護って……戦艦の主砲なんて、私撃ったことないんだけど」

「諦める気はないんでしょ?」

「規格もジャップのは違うんだってば……」

 

 文句を垂れながらもアトランタはそれに手を伸ばす。

 

「散々私を煽っといておいて、自分はSay good bye(ハイサヨナラ).なんて許さないわよ。責任とって、最期まで付き合いなさい」

 

 彼女は深い溜息。吐ききって力を入れると、巨大な戦艦艤装を背負い込む。

 

「通信機も何とか繋がってる。ジャップの技術を流用したのが、こんな所で役立つなんて」

「幸運って事にしときなさい。戦術リンクはいけそう?」

「何とか。後はアイツが援護してくれれば……オープンチャンネルで合言葉を言えばいいか」

 

 

 

 ――――――Piece of cake(せかいをきりくずせ).

 

 

 

 彼女の呟きのなんと空虚なことだろう。

 

「それで? 私たちはどうすればいいのだ、司令代理?」

 

 そんな茶番をやっている間に磯風達の準備は終わったらしい。対空機銃や魚雷発射管をこれでもかと詰め込んで私達を待ちうけている。

 それにしても、どうすればいい……か。

 決まり切ったことを聞くものだ。とっくの昔にルビコン川は渡っている(さいはなげられた)というのに。

 

「もちろん、私と一緒に血路を切り拓くのよ」

 

 もはや言葉は必要あるまい、私たちは一斉に海へと飛び出す。周囲を見張っていたのであろう影が声をあげて、呼応するようにいくつもの影達がこちらへと集まってくる。

 それだけじゃない。私たちの諍いを知って知らず、深海棲艦も環礁へ続々と侵入していた。

 

「来たよっ、アトランタ!」

「こっちで深海棲艦は引き付ける。ズイカクはあの艦娘たちをお願い!」

 

 表情を覆い隠した艦娘たちは十数人がかりで容赦なく砲火を浴びせてくる。駆逐艦か? 巡洋艦か? 少なくとも弾速と口径でしか判断できないが、明らかに夜戦慣れしている部隊。

 

 あんな動き、少なくとも演習で立ち会ったことはない。

 本国の護衛艦隊が形式的に艦娘を配備していたことは知っていたが、こんなに練度が高いとは思わなかった。

 

 いや、違う。その動きには既視感がある。洋上に仁王立ちするのではなく、残骸や岩礁を隠れ蓑にするようなその動き――――――まるで、防衛大学校でやった()()訓練のそれ。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 本国の眼が深海棲艦ではなく()()に向けられていることを考えれば、彼女たちは()()()()()部隊なのだろう。

 

 だからこそ、人間(わたしたち)に銃を向けることを躊躇わない。

 

「退きなさい! 退かないとこっちも容赦しないわよッ!」

 

 それでも私は叫ぶ。

 もちろん退くとは露とも思っていない。だからこれは最低限の警告だ。

 応じないと見て火蓋を切る。戦いを始める前に圧倒的に不利と分かっていても、生きるために戦うほかない。

 

 向こうは勝ち誇った気でいるだろう。なにせ主導権は完全に向こうのもの。

 彼女らはこちらが深海棲艦への対処で疲弊しきったタイミングで仕掛けてきた。それに加えて、相手の装備は私たちを潰すためだけに用意されたもの。

 

 例えば夜間航空機。私は自分の力量を頼りに爆装零戦を使うことで無理を通しているが、相手は違う。夜間攻撃用の装備を施した九十七式艦上攻撃機。外見でしか判断できないが、そんな装備は聞いたこともない。

 

 特化した分だけ、相手の方がアドバンテージがある。

 只でさえジリ貧で泊地防衛に出ずっぱりの私とは違う。

 

 深海棲艦へと向けていた航空隊を呼び戻す。この三つ巴の戦場だ、やるべきは自軍の被害を最小限に抑える事。

 潤沢なバックアップを持つ覆面の艦娘部隊はここぞとばかりに艦載機を打ち上げる。雷撃支援の合間を縫って接近してきたのはおそらく駆逐艦だろう。警棒の丈よりも長い竿を両手に構えて振り下ろすので、私は腰元から白鞘の小太刀を引き抜いてその切っ先を受け止める。

 

 柄に刻まれたのは武功抜群の文字。

 

 命令だからと脱出船の護衛を頼んだ皐月が、せめてこれだけでも共にと預かったものだ。自決用のつもりが何という皮肉か。私をこれでもかと支えてくれる。

 

 空いた左手で掴み取るのは文月の単装砲。追いすがる増援に必死で弾幕を張る。

 

 

 

 絶対だよ……負けたら許さないよ! 瑞鶴さん!

 へへっ、瑞鶴さんの好きなようにやっちゃえばいいよ!

 

 

 

 二人の姿が、目の前で揺れた気がした。

 

「うぉぉぉぉぉおおおおおッ!」

 

 雄叫びと気合で押し退けると、鍔迫り合いの恰好から相手の武器を跳ね上げる。

 口元が驚愕で開かれた駆逐艦娘。無防備な状態は最後の隙。

 

 私は躊躇わずに斬り付ける。

 

 悲鳴は私達人間と同じもの。それでも前に進まねばならない。

 でなければ、こちらが殺される。

 

 味方の落伍に激昂したのか。あるいは業を煮やしたのか。

 後方で砲撃していた他の艦娘も陣形を崩して迫り来る。猛攻に退路を塞がれて捌けなくなった私の間に入ったのは神通さん。

 彼女は視力が完全に戻らないというのに、文字通りの壁となるべく弾幕を張った。

 

「今ッ!」

 

 魚雷の一斉射。この戦闘の最中に四隻を被雷させる大戦果だ。

 しかし、その対価は敵の航空攻撃。

 

 急降下してきた艦攻隊からとっさに私を押し出すと、その身に熱量を受ける。腕部に整然と揃っていた主砲は跡形もなく、だらしがなくぶら下がるだけ。

 

「どうやら……ここまでのようですね」

 

 バイザー越しで表情が隠れている彼女が此方を向いて確かに微笑んだのだ。

 

「神通さんッ!」

 

 伸ばす手は間に合わない。三隻の艦娘が迫り、その首に心臓に、臓物に凶刃を突き立てる。

 

「ですが……ただではおわれません」

 

 喉から鮮血を吹き出しながらも、神通さんは指を振った。得物が巧く引き抜けずにいた敵艦娘が慌てたように飛び退く。しかし、一歩遅かった。神通さんは爆雷のスイッチにもう手を伸ばしている。

 

 再装填の済んでいない魚雷を全て誘爆させて、彼女は火球となるつもりなのだ。

 

「待……ッ!」

 

 刹那、衝撃波が私を襲う。

 巻き込まれた相手は両手を。あるいは艤装の一部を蝕まれて海面をのたうち回る。

 その隙を見逃す筈がない、磯風さんは持ち場を棄ててでもとどめに入る。

 

 無慈悲に。

 正確に。

 眉間に弾丸を撃ち込んで沈黙させる――――――が、彼女も只では済まなかった。

 

 敵の反撃や追ってきた艦載機の機銃弾が確実に磯風さんを撃ち抜く。

 功を焦ったのは冷静沈着な磯風さんらしくない。窮地を脱するためと、まず頭数を減らすべきだと動いたのだろう。

 

 それで自分が死んでしまったら、元も子もないというのに。

 

 側頭部に銃弾を掠めながら、振りかぶった磯風さんは早撃ち勝負のように敵艦娘を仕留めると態勢を崩した。

 ガクンと膝を折って倒れ込む彼女を引き上げて全力で距離をとる。

 

「磯風さん、しっかり!」

「何を……している。少しでも時間を稼げ。この磯風、命はとうに棄てている」

 

 呻く彼女は私の努力を認めると、さっさと降ろせとつぶやいた。

 

「そういう事じゃないのよ! 皆で帰らなきゃ、こんな作戦は意味ないのよ!」

「その皆には、お前は含まれていないのだろう? それは狡いぞ。美味しいところだけ持ってかせる訳にはいかんのでな」

 

 全身から汗のように血液が吹き出す磯風さん。徐々にその身体が重くなっていく。もう艤装が支えきれない所まで来ているのだ。

 

「介錯など不要だ。自分が為すべき事を為せ」

「もうやってるわよ! それでも、私は皆と!」

 

 

 皆とあの平和の中にいたかった。

 

 叫びは破壊と硝煙に満たされた南国の環礁に消えていく。

 

「まったく。この期に及んで甘いな。だが……悪くない」

「ッ!」

 

 不意に身を起こした磯風さん。私が咄嗟に逃してしまうと、彼女は失った主砲の代わりに懐から何かを取り出した。

 燃料タンクから漏れ出していた油分は既に海を奔って(はしって)いる。握りしめているのはおそらくライター。敵艦娘の合間に入るとその結界に火を着ける。

 

 私と敵艦娘との壁を築いた磯風さんが――――――炎の向こうで嗤う。

 

 残っていた左腕が風船が割れたように吹き飛んだ。対して最期に折れた筈の右腕で魚雷発射管を叩く。

 

「磯風さんッ!」

 

 新たに三隻を血祭りにあげた代わりに、磯風さんの身体は海へと崩れ落ちた。

 そこまでされて、応えないわけにはいかない。

 

「こんのっ、くたばれぇッ!」

 

 言うが早いか。爆炎の踊る闇を背景に艦爆を投下。燃え盛る海を更に広げていく。

 敵の攻撃を掻い潜り目視を頼るに辿り着いたが、磯風さんは見つからない。

 

 またも戦友を喪ってしまった。私は己の無力を呪い慟哭する。

 

 頭上には敵の艦載機。護衛を喪ったからには格好の的である。ありったけの爆薬を投下されて、私の周りは一瞬で火の海を重ねていく。

 

 呼吸ができない。

 息を吸い込むだけで内臓に針が刺さるような痛みが奔る。

 全身は炙られて、衣服すら更なる凶器になる。

 

 嗚呼、海の神様。仏でも悪魔でも良い。

 せめて私達の戦いが無駄になりませんように。なるべく多くの仲間を救ってください。そのためなら、こんな私はいくらでもくべてやりますから。

 

 だから。(そら)と。(あお)と共に戦う同胞(なかま)に少しでもお力添えを頂けませんか。

 

 

 この命は地獄の劫火に焼かれようと構いません。せめて、この一瞬だけでも。

 提督さんのいた世界を護る礎にしてください。

 

 

 

 次の瞬間。世界が白んだ。

 

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