舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第22話 堕獄した世界へ

【TIPS】ミクロネシア戦役(みくろねしあ-せんえき)

 

 2010年代後半に太平洋地域にて実施された一連の軍事行動。また、戦況推移に連動した諸政策の総称としても用いられる。単に「戦役」とも。

 2014年10月、米軍の中部太平洋における活動停止を受けて日豪を中心とした有志連合軍により太平洋島嶼部における緊急避難活動が実施されたことがはじまりとされ、2015年6月の新自由連合盟約締結より日本国は自衛隊の大規模派遣を実施、2019年7月に米国が核兵器投射作戦「Ops:BLUE」を実施するまでの期間南太平洋に戦線を構築した。現在でも盟約に基づく日本のミクロネシア地域防衛義務は存在しているが、当該地域は日本政府により計画的避難区域に指定されている。

 


 

 

 

『私たちはこの尊い犠牲を前にして、現実に向き合わねばなりません』

 

 スピーカーから響く文字列。それは人混みに紛れて薄まり、青空に消えていく。

 大手私鉄の経営する巨大複合商業施設。大通りに鎮座するその白い建造物を背景にした男は、マイクを片手に群衆を見回した。

 足を止める者、一顧だにしない者、もしくは騒々しいとばかりに眉をひそめる者。有権者の見せる顔は様々である。

 

『正直に申し上げますと、現在そこらで言われている「改憲か否か」という議論。これに私は疑問を抱いています。憲法に書いてあるから出来る、もしくは憲法に書いてないから出来ないとは申しますが、それで国民が犠牲になるようなことがあってはならない』

 

 国民とはあなた方皆様であり、そして今なお、海の向こうで身を投げ出し続けている自衛官の皆様でもあります。そう言いながら男は大通りの向こう、陸橋や街路樹の向こうに隠れた海を指し示す。

 

『政府にはできることがあります。やらなければならないことがあります。しかし我が国は民主主義国家です。最後に国の行く末を決めるのは皆様! 国民の未来を決めるのは有権者である皆様! 皆様の信念と決意です』

 

 私たちの憲法――――日本国憲法――――は民定憲法と呼ばれている。国民が定めた憲法だからこそ、日本国(このくに)は民主主義国家を名乗ってきた。

 そして今こそ、その()()を発露させる時なのだと、男は語気を強める。拳が振るわれ、肩から提げられた巨大なタスキが揺れる。

 

『私たちは危機に直面しています。立ち向かう手段があるかもどうか分からない。しかし、愛国心といった価値観は、常に国家の危機にこそ発露するものであり、であるかそこそれは真実、私たちが真に頼るべきものです……まぁ、このようなことを言うから「飯田ケイスケは軍国主義者」や「飯田ケイスケは扇動政治家」と言われるわけでございますが!』

 

 自嘲気味に言った台詞に、失笑したのは何人かの賑やかし(サクラ)。そんなことないぞぉと援護のつもりらしい野次が飛んでくる。

 

『愛国心という言い方! まあこれがよろしくない! 愛国心は同胞愛です。見知らぬ人を助ける親切心、友と食料を分かち合う無私の心。これら美しい精神を誰が否定して良いものでしょうか』

 

 言葉を一度句切る。観衆の視線は集まってきただろうか。徐々に広がりつつある人混みから距離を置いた秘書に視線を送ってから、彼は勢いを殺さぬように、ただし群衆を落ち着けるようにマイクに言葉を吹き込んでゆく。

 

『今から250年前のことです。アメリカ合衆国建国の父であるジョージ・ワシントンが兵士を鼓舞した言葉を引用させて頂きたい――――――極寒の中、希望と美徳しか生き残れなかったとしても、未来の世界に胸を張れる私達でいよう。共通の危機を前にして全ての者が立ち上がったと、そう語り継がれるようにしよう

 

 弱さとは恐ろしい。ヒトは弱さ故に現実を直視できなくなる。

 それでは、南洋(うみ)を喪ったこの国が為そうとしているのは弱さ故の現実逃避なのだろうか。

 その一票(こたえ)を握る者達に、男は問いかける。

 

 この国はまだ強いか。地域大国たる誇りと、恐ろしき怪物どもに立ち向かう気概を喪ってはいまいかと。

 

『海という巨大な脅威の前に、私たちは同じ戦場にいます。愛国心、同胞愛の尊さは人類の尊厳であります。この苦難の冬の時代にこそ、偉大な先人の言葉を忘れないようにしましょう、希望を持ち、戦い抜きましょう。美徳を持って、新しい時代を切り開きましょう。

 

 新しい時代には新しい秩序が必要です。新しい秩序には私たちの揺るがぬ決意、信念が必要です。そして決意の発露こそが民意であり、政府議会であります。それは司法関係者の皆さまによるたゆまぬ法執行への努力、業火に立ち向かう消防士の勇気、子供を喜んで育てようとする親の意志と比べてなんら劣るところはありません。

 

 いまこそ最初の議論の時です。今私たちに求められているのは、新たな責任の時代です。困難な仕事に取り組むときほど心を込めて臨まねばなりません。これが市民であることの代償であり、私の皆さまとの約束です』

 

 

 それともこの改憲選挙(ぎろん)こそが――――――哀れな現実逃避なのかと。

 

 

 


 

 

 

 決して夢見が良い方ではない。

 なるほどそう考えれば、この固いベッドは軟禁生活における一番の()といえるだろう。

 

 いや、そもそも寝具であるとも言い難い――――――クッション性のない、足が付いただけの土台。枕はいちいち髪に貼りつくし、天井のシミを数えようにも、それすら無機質で何もない。

 

 無気力、無関心、無感動。

 何も与えないというのは、これはこれで拷問の一種であると独りごちる。

 

 尋問以外は特にやる事がない。起き上がってしまえば動くのにも狭い部屋をぐるりぐるりと回る。

 

 

 ――――――脱走でもしてみようか?

 

 

 不可能と分かっているとはいえ、思考せねば足が止まる。足を止めれば身体が鈍る。それが自身の衰退だけに留まるとは思えない。生きた抜け殻だけは御免だと、そう考えながら思考と身体を回す。

 

 例えば食事の時――――――いつも来る看守は、面倒臭がっているのか最小限の開口に留めず全開にしている。手を伸ばせば護身用の拳銃くらい引っぺがせるのではないか?

 ……いや、それからどうする。鉄格子をたったワンマガジンで破壊できるか。その答えはノー。材質は詳しくないが、この厚さを撃ち抜く前に跳弾が牙を向くかもしれない。

 そもそもサイレンサーなしで発砲したものなら、それこそこの静まり返った()()()では大騒ぎである。

 

 では尋問室に呼び出される機会を伺って、脅しができれば可能であろうか。

 これも難しい。前後三人以上を無力化するのは至難の技だ。それに私は武闘家ではない。

 

 であれば、面会室から見張りを脅すなどどうだ。

 場所に左右されるが、可能性はゼロではない。

 

 なぜこうも焦っているのか。

 それは何より、私が今おかれている状況を仲間に伝えねばならないからだ。

 

 これは敗戦処理どころではない。

 箝口令が敷かれ、ミクロネシア戦域における事実は無に帰した。

 

 あそこにいた我々は、悉く尻尾を巻いて逃げた。それすらも表に出てきていない。

 

 おそらく第三者(アメリカ)による空爆と、押し寄せる深海棲艦によって仕方がなく手放した。表向きにはそう片付けられているのは想像に難くない。

 

 満足な食事と睡眠が摂れない為、少しの物音にストレスで過敏になる。コツコツと靴の音。いつものモノと違う。複数聞こえるということは給餌ではなく尋問だろうか。

 訝しげに私は身を起こして、それを待つ。

 

 ガタン、と。給仕用の柵が持ち上がる音。

 無機質な隔壁(さく)を取り払われた向こうには、まるで取って下さいと言わんばかりの拳銃ケース。待ち望んだチャンス……と言いたい所だが、これは。

 

「……まだ冷静さは保っているらしいな」

 

 聞き覚えのある声。ついに狂った脳味噌が聞かせる幻聴でなければ、この声は。

 

「新田か……いや、新田議員閣下とお呼びするべきかな?」

「残念ながら今日は議員閣下だ」

 

 よくもまあ、とんでもないことに絡んでくれたなと、そんな言葉と共に忌々しい独房のドアが開く。絡むもなにもと返す気にもなれず、差し出された手をそのまま掴んだ。

 

「しかし、よくここが分かったもんだ」

文民統制(シビリアンコントロール)勝利(せいか)……と言えれば良かったんだがな」

 

 力なく笑う新田。どうしたとかつての同期(とも)に聞けば、無言で廊下の向こうを示される。

 廊下からの逆光。映し出された一人の男性の姿。

 そこに現れた相手を見て、思わず失笑。なるほど代議士閣下も意気消沈するわけだ。庶民(こちら)の気も知らず、数日ぶりに聞く男の声が響いた。

 

「お互いに難儀なものですなぁ。小沢2佐」

「貴官も大分お疲れのようだな。藤見3佐……いや、藤見宮殿下と言った方がよろしいか」

 

 それには答えず、見知った顔――――チューク分遣隊の技術課長である藤見3佐その人――――――が歩み寄ってくる。ご苦労、もう下がってよいと仮にも現職の衆議院議員である新田に告げれば、彼はそのまま恭しく礼。そのまま気取れないほどに弱く肩を叩いて去っていく。

 入れ替わるようにやって来るのは大層な護衛たち、菊の紋章は議員バッジのそれではない。

 

「小沢2佐のご友人には迷惑をかけてしまった。とはいえ、家柄を使わないとダメな事態にまでなっちゃいましたんでね」

 

 使えるモノはなんでも使いますよ。やんごとなき方々の末裔は己が職務ではなく、権利を乱用するために此処に在ると宣ってみせた。

 

「藤見3佐が動けるようになったという事は、8護群への口封じは終わったとみるべきか?」

「逆です小沢2佐。我々は()()()()()()()()。不当な拘束だと叩き続けてようやくですよ。何せ……」

 

 含んだ言い方に、私は瞑目する。

 

「そうか……名実ともに8護群は消滅したか」

 

 我々は帰るべき島(ミクロネシア)指揮権(そしき)をついに喪ったのだ。

 

瀬戸月(しれい)の件、残念でなりません」

「護ろうとした者たちがあの態度で謗れば、気奴らもあの世で浮かばれまい」

 

 ここに入れられる前に、ラジオから流れてきたニュースを嫌でも思い出す。

 

 弱さとは恐ろしい。ヒトは弱さ故に現実を直視できなくなる。

 日本(じんるい)優位に動いていた戦線の崩壊。それを受け入れるには物語(ドラマ)が必要だった。

 そう、世間は全責任をある夫婦に押し付けたのだ。

 

 深海棲艦の強襲により落命した司令官。

その妻は孤立無援の中で最後まで―――― それこそ、撤退命令を無視してまで――――足掻き、その戦域で殉職した。

 

 ある世間(ヒト)は悲劇だという。

 命令を無視してでも夫と同じ海に沈んだ、それほどに深い悲しみを彼女は抱えていたのだと。

 

 ある報道番組(コメンテーター)は冗談じゃないと言う。

 個人の勝手で命令を無視した挙げ句に部下を無為に死なせた。この夫妻こそ無能の代名詞だと憤慨する。

 

 そして冷静を気取った軍事評論家は断言する。

 かの司令官の死は堤防を穿つ、蟻の巣に過ぎなかったと。それを繕うことの出来なかった自衛隊にこそ責任があるのだと。

 それこそ冗談じゃない、彼こそが南洋の要石(キーストーン)だったというのに。

 

 しかし、いずれも終わった話。全ては後の祭り。

 

「この世界はもう、その犠牲の上で成り立っている……か」

 

 この茶番劇(シナリオ)を描いた人物は嗤うのだろう。

 夫の悪行に手を染めた所為で、皆は特進すらできなかったと。それに踊らされる世間は、程なくして忘れるのだろう――――――彼らの戦いを、彼らが命を懸けた南洋を。

 

「愛を殺したんだか、愛に殺されたんだか……」

 

 意味ありげなことを言う2佐から渡されたトランクケースの中には、押収された私の制服と身の周り品。

 ここで着替えるのかねと目で聞けば、その恰好の方が目立つでしょうと返される。

 仕方なく袖を通す。着なれたはずの生地は、どうにも肌に馴染まなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆったりとした速度で窓の外の景色が流れていく。

 

 着替えた後に案内されたのは黒塗りのリムジン。

 見る事もほとんどなく、まして自分が乗る事になるとは夢にも思わなかったそれ。ついさきほどまで硬いベッドに押し付けられていただけに、柔らかなクッションにどうにも尻が合わない。

 そんな私の事情を知らずに、彼は口を開いた。

 

「運転手も護衛も、2佐のご心配に及びません。盗聴の類も厳重にチェックしています」

 

 それから窓の外へ視線を投げる彼。つまりは移送までの僅かな時間を少しでも伸ばしたいとの意味だ。

 

「存命だったあの便の機長達は無事に解放されたようです。事情を知らされていない()()なってますからね」

 

 もちろん瀬戸月司令を悪役に仕立て終わったから、とも言えますが。長い付き合いだ。彼が言わんとしていることはすぐに分かった。

 

「……瀬戸月司令は無事に亡命できたのか?」

 

 そう問えば、彼は首を横に振る。

 

「米国のチャンネルは何も言ってきてません。本来の遭難に対して奪還作戦は実行されていたようですが」

「では、失敗したと?」

 

 肩を竦める彼。向こうは完全なノーコメントというわけか。

 

 瀬戸月司令の裏切りが露見するのは想定内だった――――――当然だ、誰もが分かって手を貸していたのだから。

 彼は蜥蜴(トカゲ)の尻尾だった。それこそ都合が悪くなればすぐにでも切られる下っ端。

 尤も、彼は実利を執るので防衛さえできれば己の首なぞどうでも良かった風には語っていたが。

 

「……呆気ない最期だったな。雲隠れして貯めた資金で老後まで暮らすと嗤っていたクセに」

「彼一人であれば可能でしたよ」

 

 しかし彼には運命を共にした妻がおり、愛する娘もいた。

 

「なるほど、だから愛に殺されたと」

 

 それならさっさと止めてしまえば良かったものを、内心で私は毒づく。

 

 結局、彼は優しすぎたのだ。

 

 あの環礁が実験場なのは分かりきっていたことだったではないか。霊力は科学的裏付けの取れていないオカルトそのもの、非合法的な実験場として用意されたチューク州で、どこの馬の骨とも知れない学者を部隊の指揮官に祭り上げられて。

 結局は保身だ。自衛隊(そしき)が、日本国(こっか)が、彼を生け贄とした。

 

「司令は世界を救おうとしていたんです。自己愛すらも殺し、自らを業火にくべた」

 

 私も同類ですがねと嗤う2佐は、私の知らないことを知っている。だからこそこの裏切りに手を貸したとでもいうのだろうか。

 

「しかし、それで頼りの米国にも殺されたんじゃ、彼もとことん報われないな」

「さすがにそれは翔鶴ちゃんが赦さないでしょ。なにせ初恋の相手だったって話ですからね」

 

 初耳だと目を剥けば。彼は言ってませんからねと目で笑う。

 

「こんなのはどうですか? 彼は記憶喪失になって、行方不明の筈の翔鶴ちゃんが丁寧に看病していると。それで貴方の面倒を一生お仕えするんです、と耳元で囁くとか」

 

 司令代理(ずいかく)からすれば、とんだ寝取られ悲話だ。姉妹で一人の男を取り合うだとか、そこまでくれば喜劇か悲劇のどちらか(エンターテイメント)ではないか。

 

「ま、そんな笑い事で済めばよかったんですがねぇ」

「当初の米国との共同戦線が張れなくなった方が問題か」

「えぇ。元は違法行為の実行犯に()()()()()()橋渡し役(せとづき)が、まわり回ってクーデターの首謀になっちゃいましたからね。跡を継ごうにも、彼ほど気骨があるのが何人いる事やら」

 

 そう藤見3佐は豪勢な座席の背もたれに身を預けた。

 忌々しい。そう彼は吐き捨てる。

 

「血筋ってモノは信じたくないんです。ですが……」

 

 血筋を今もまさに利用している彼がぼやく。

 

「俺には……俺には、あの瀬戸月の血を引く者が我々を正しい方向に導いてくれる直観があります」

「……瀬戸月ヒナタ君のことか?」

 

 脳裏に浮かぶのは、幼年学校に進んだという彼の養子。なんでも聡明な娘らしいとは、親馬鹿8割真実2割といったところだろうが。

 しかし藤見3佐は養子(それ)を否定する。

 

「あー。そういう考え方もあるのか。まぁ、彼女には荷が重いでしょう」

「つまり、あの子のことを言っているのか?」

 

 まだ小学校にすら上がっていない彼らの実子。それに期待するなど、まさしく血筋を信じる行為ではないか。

 

「勿論、20年後の彼女が一騎当千する訳ではありません。瀬戸月が遺した絆を束ねて、世界を変えるんです。我々を含めて、全てが贄になります」

 

 それまでを繋ぐ、次の人柱が必要ですと彼は言う。

 南洋を失い、戦線はマリアナまで後退した。もう後がないこの国を、これから20年間持たせる犠牲(えいゆう)が必要だと。

 

「二人程、候補がいる。航空母艦〈加賀〉の山下君――――――彼女であれば、瀬戸月の……いや艦娘派の人脈は生きるだろう」

「長門ではダメなのですか?」

「彼女は既にマークされているだろう。そもそも最後までチュークに残れなかったこと自体、彼女が本国に警戒されたからだぞ?」

 

 着任が浅い、かつ瀬戸月派を神格化しているものは限られると言えば、へぇ、と彼は頷いた。

 

「もう一人はどなたです? まさか、海軍以外から招き入れるなんて言わないでしょうね」

 

 分かっている癖にとまでは言わない。妻と娘には迷惑をかけることになる。

 だが、ここで立たねば漢ではないのだよ。そうだろう、瀬戸月君。

 

「無論、小沢2等空佐(わたし)だよ」

 

 この命は、あの夫婦に繋いで貰ったものだ。今更惜しくもない。

 酒の飲めない呑み仲間に向けて、私はドリンクホルダーにあるペットボトルで献杯。それを見るが早いか、向かいの藤見3佐は嫌な顔をした。

 

「キミ。内心の自由は保障されても良いのではないか?」

 

 そう言えば肩を竦める彼。

 

「いえ。小沢閣下を嗤ったんじゃありませんよ。そこの荒唐無稽な演説に対してです」

 

 窓の操作をしようとする藤見3佐を護衛が慌てた様子で静止する。彼はそれにを気にもかけずスイッチを押し込んだ。流れてくるのは街宣カーから放たれたビルの谷間を反響する音声だ。

 

『12年の実績、立憲友民党の飯田ケイスケが皆様と共に未来をひらきます。どうぞよろしくお願いします。選挙区は飯田けいすけ、比例は友民(ゆーみん)でお願いします。憲法改正の国民投票は賛成票を、新時代への決意を投票してください。ありがとう!』

 

 拘束された時間から逆算すれば…………そうか。もう参議院選挙が公示されたのか。

 耳を少しばかり貸してやれば、現職の実績だなんて過去を元手に、これからの苦難の時代をひらくなどと言っているらしい。

 心底バカにした表情でやんごとなきお方が続ける。

 

「綺麗事を並べるのは結構。だが、軍人が政治家でないと同時に政治家は軍人ではない」

「だから相容れないと?」

「えぇ。官僚だろうと同じ事ですが」

 

 藤見3佐は苦虫を噛み潰す。つまるところそれは、彼が官僚(げんじつ)政治家(りそう)も信じていないということではないだろうか。

 自衛官(わたし)代議士(新田)を世話しておきながら――――――世話しているからこその傲慢が、そこにはあった。

 

「泥が撥ねない所で語るのが、国家の舵取りをする人間です。同時に血を啜ってでも這うのが我々。そもそも住む世界が違う」

 

 それを()が言うのかね。言葉には出さなかったが伝わったらしい。彼は重々しく口を開く。

 

「だから、血は争えないんですよ。忌々しい」

 

 この物語(シナリオ)は日本国と瀬戸月を含めた、ある部族の呪いなのだと。

 司令(せとづき)と長い付き合いである彼は、その舞台裏をこの密室で私に語る。

 

 

 

 令和元(2019)年、初夏のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 本稿は2020年8月16日に初頒布した同人誌「折り鶴はもう飛ばない」を加筆再編集したものです。

 シリーズ最新作にて完結作は2022年12月30日「コミックマーケット101」にて先行頒布を予定しております。よろしくお願いします。




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