舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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幕間「ゆき、とけるまえに」
第23話 うみ、きえるまえに


 北海道の玄関口、新千歳空港。

 

「わぁ! すごいすごい! みてみてヒナタちゃん!」

 

 市街地から遠く離れた大地に根を下ろしたこの空港は「遊びに行ける空港」を目指している。

 ターミナルビルに居を構えるテナントを見渡せば、飲食店にグッズ売り場、果ては映画館から日帰り温泉……とにかく郊外型アウトレットモールに肩を並べんばかりのラインナップが揃えられていた。

 

「札幌が発祥ってことは知ってたけれど、やっぱり『本場』は違うわね~!」

 

 だからまぁ、なんだ。興奮するのは分かる。

 動画サイトで人気を得ている歌姫ソフトウェアのキャラクターブースで写真を撮りまくる彼女を見て、私はため息。

 

「あの、片桐さん」

「ん? だからアオイでいいってば!」

 

 けれどなんというか……その。

 

「あの。ですね、片桐さんは一応……私の、引率なんですよね?」

「うん? そうだけど。あ! 一緒に写真撮ろうよ!」

 

 はいチーズと、スマホを向けられて強引に肩を寄せてくる女性。なんでも、あの人の知り合いだとか名乗ったヒト。それはつまるところ、他人の友人というやつで。

 なんというか。変なヤツに掴まったと、私は小さくため息を吐くのだった。

 

「いくよ~、せーのっ。ハイチーズっ!」

 

 

 

 

 

 

 


 

 ゆき、とけるまえに

 


 

 

 

 

 

 

 

 その名前を見たとき、運命の悪戯(いたずら)を感じずにはいられなかった。

 

『あのさぁ、私だってヒマじゃないんだよ』

「うん、知ってるよ。だって飛龍ヒマっしょ?」

『あのねぇ……』

 

 人の話を聴かないんだからとボヤく電話先。私は気にせずに続ける。

 

「それで聴きたいことなんだけどさ。横須賀幼年の名簿を確認して欲しいんだよね」

 

 個人情報の壁は、ここ数年で信じられないほど引き上げられた。

 

 もちろんそれは、愛国者による私刑祭り(パトリオットシンドローム)の吹き荒れるこの国では仕方のないことなのかもしれない。

 昔はなあなあで済まされていたものがキチンと管理されることが悪いだなんて言うつもりはない。けれどまあ、不便なものは不便な訳で。

 

 だから私は電話をかける。書類の王国に勤めている彼女なら調べることが出来ると思ったから。

 私はその、問題の名簿に綴られた名前を読み上げた。

 

「13期の瀬戸月ヒナタ、この子の親ってさ……」

『ああ、その子ね。あってるよ』

 

 私の質問を最後まで聴かずに断言してみせる親友の声。私の思ったとおりだった。偽名でも使ってない限り、こんな珍しい名字、滅多にないのだから。

 

 

 

 


 

 

 

「――――――よしっ。これでカンペキ! あとで送っておこうか?」

「……別に、そういうのいいですから」

 

 まあそう言わずと言っても晴れない表情で首を振るのは瀬戸月ヒナタ――――世間一般でいうところの中学2年生。

 義務教育の対象年齢、庇護されるべきその小さな肩には国の未来が懸かっている……というのはちょっと大袈裟かもしれないけれど。

 

「第一、片桐さんは来なくてもよかったじゃないですか」

「いや~だってねぇ。未来を担う艦娘候補生サマを守るのは、まあ先輩艦娘の義務といいますか? そういう感じじゃないですかね?」

 

 なにが「そういう感じ」なのだろうか。そう自問自答するも、当然答えはない。

 

 そして案の定微妙な顔をする少女――――――うーん。どうしたものかと唸る私。

 そうしているウチに、少女の表情が沈んでゆく。嗚呼、これはマズい。

 

「あの、ホントに」

「うわ――――! わたしお腹空いちゃったな~!」

「……」

 

 ああもう、どうにでもなれ。どうせ私は道化(バカ)ですよ。

 

「お腹が空いて力が出ないよ~。なんか美味しい食べ物ないかなぁ~」

「……」

 

 すると無言で、少女はフードコートの看板を指さす。

 こう、なんていうかさ? もうちょっと言葉とか喋ってくれてもいいんだよ?

 

「……あの、帰ってもいいですか?」

「あー! 待って待って待って!」

 

 帰られるのは流石に困る。ここまで連れてくるのにどれだけ苦労したことか!

 

「折角来たんだしさ! なんか北海道らしいものは食べてこ? 私ホラ、札幌ラーメンとか食べたいな~!」

「それは片桐さんの話ですよね」

「ヒナタちゃんは?」

「ないです」

 

 まさかの即答である。うーん可愛げがない。

 やっぱり中学生ともなると可愛いだけでは話が済まないということだろうか。

 まあ多分、このまま会話してもキャッチボールにならなさそうなので……。

 

 実 力 行 使 あるのみ!

 

「では出航! よーそろー!」

「ってうわっ。片桐さん? 引っ張らないで……! 歩ける、歩けますからっ!」

 

 という訳でやってまいりました。ラーメン屋。

 

 私の前には北海道限定の物凄いラーメン――――――焼きコーンの上にバターまで載せるなんて……負ける気がしませんわっ! と心の中で誰かが叫ぶレベルのラーメンが置かれている。

 

 ここはラーメン横丁。空港ターミナルビルに設けられたショッピングスペースの中でも、ラーメン専門店だけを集めたエリアである。

 

「くぅ~~~~! まさに北☆海☆道に来たって感じね!」

「……そうですか」

 

 う~ん! このテンションの差よ!

 

 あとついでにラーメンの盛り具合の差よ!

 

 私はもちろん特盛りを頼んだのだけれど、この少女ことヒナタちゃんは小盛りにしたのである。どうしたのかと聞けば食欲がないというのだけれど……まさか、メニュー表の「小盛りは100円引き」の文言を真に受けたりはしていないだろうか。

 

 あいや、割引されるのは事実だけれどね? 私としてはなんというか、そういうところで遠慮されるのはちょっと凹むというか。

 ……というか、ケチケチしすぎなのよ。アイツもそうだった。

 

「一応コレでも高給取りだからね。こんな時ぐらいパァッと使わないと!」

 

 直接ではなく、焼きコーンに向かって言う私。隣からは相槌は聞こえてこないけれど、多分集中して食べているんだろうなぁということは分かる。

 

 それならもう、何も言うまい。私も心を無心にして大地の恵みにかじり付く……あぁ、やっぱり丸焼きのモロコシが食べたいなぁ。流石に今は旬じゃないってのは分かってるけれどさ。

 

ふぇえ(ねぇ)ふぉほふぁふぉふぉふぉひぃふぃふぁい(このあとドコいきたい)?」

「…………?」

 

 うーん。返事がない。まるで宇宙空間に放り出されたネコのような顔をする少女。

 

 流石に聞き取れないかったらしいので、私はもう一度言い直す。

 それを聞くと彼女は、すっと俯いた。

 

「別に、連れて行けばいいじゃないですか」

 

 どこに。とは言わない。

 私も聞かない。

 

 だって彼女を連れて行く先なんて、決まっているから。

 

 

 

 


 

 

 

 

『――――――瀬戸月ヒナタは、深海棲艦以前の戦災孤児だよ。養子として瀬戸月家には引き取られているけれど、それは養父個人の判断らしくて……要するに、事情が複雑なの』

 

 本来資料に記しておくべき以上の情報を、電話の向こうは読み上げていく。さすがに「英雄部隊」の司令官ともなると、周辺情報までまとめられているようだった。

 それは周辺情報を保護するための措置。あらゆる情報にプロテクトをかけることにより、突発的な()()が起きないようにするための方策。

 

「そっか。じゃああの子と瀬戸月さんの本家は無関係ってことね?」

『それはそうだけど……ねぇ蒼龍、あんたまたしょーもないことに首突っ込もうと』

「あれー? 電波、が、がが、わ()いなぁ~?」

『……あんたホント、そういうところよ?』

 

 

 

 

 

 

 

「迷惑でしたか。春休みも寮にいるのは」

「まさか。他にもいっぱい居たでしょ」

 

 答えはない。幼年学校……艦娘候補生を教育するために設置された学校は、特殊な立ち位置に置かれている。

 もちろん未来を担う艦娘を養成する学校であることは違いない。神祇官の素質を見いだし、それを伸ばすための教育を施す……少なくとも名目上は、そう。

 

 しかし、神祇官の素質(そんなもの)は伸ばそうと思って伸ばせるものではないのだ。頑張って勉強したから背が伸びる? あり得ない。背はよく食べて運動して寝ることで育つ。教育は関係ない。というかそもそも、義務教育でかつ文科省管轄下にある幼年学校で出来る事なんてたかが知れているのである。

 

 艦娘になりたい「だけ」なら、高等幼年学校からで構わない。中学相当の幼年学校が担っているのは……戦災孤児の保護にかこつけた才能の青田買い。

 

 もちろん、それが全てとは言わない。子供に寮生活という安定した生活を、しかも公費で送らせてあげられるのはとてつもない「福利厚生」だ。だから転勤(てんせん)続きの自衛官一家が幼年学校を利用することは少ないわけじゃない。事実として、この子……瀬戸月ヒナタが入学した時、まだ彼女には両親がいた。その後に父親が殉職して、母親は――――――降り注ぐ焔の中に消えてしまったけれど。

 

「寮母さんから聞いたわよ? あんまり、馴染めてないんだって?」

 

 なんで喋っちゃうかなぁ、ぼやく少女を余所に私は考える。

 

 さて、ここからどう会話を保たせよう。彼女は単なる天涯孤独ではない。一度は手に入れた親を()()()()という強烈な経験をしているのだ。

 もちろん、経歴を考えれば彼女がどこまで覚えているのかは定かではないけれど……とにかく、なるべく刺激しない方向で話を進めていこうと私は結論づける。

 

「いいのよ。逃げたって。もちろん進むことも立派だけどね」

「……」

 

 あらら。黙っちゃったか。

 

 まあ、本人にしてみれば立派なことをしている自覚もないのだろう。

 彼女は両親の赴任先であるミクロネシア連邦の日本人学校に通っていた。あそこは確か初等部しか設置されていなくて、北海道にある瀬戸月家の本家に引き取られなかった以上は北海道の学校も進学先としては選択肢に入らなかったはず。

 

 つまり、彼女にとって進学先は幼年学校一択だった。端から見れば立派な選択をしているという自覚も、そもそも褒められるようなことをしている自覚もないのだ。

 

 ……どーしよ。なんかこっちまで悲しくなって来ちゃった。

 いやまあ、もうとっくの昔に肩入れしているんだけどね?

 

 そうじゃなきゃ北海道(こんなところ)まで来ないし。

 ……いや、ラーメン食べにまた来るかも。

 

 いや、そんなことはどーでもいいのだ。

 

 ともかく、今必要なのは「褒め」だよね。間違いない。

 そう考えた私はさっく少女の頭に手を――――――

 

「よし、よし。ヒナタちゃんはいい子d……どわっ!」

 

 ――――――伸ばしたところ、この子全力で叩いてきた!

 

「やめて、ください」

「あたた……悪かったよ、ごめんね?」

 

 こちらが謝るのを聞かないで、身体を掻き抱くようにして縮こまる少女。しまったな、せっかくご飯を食べて元気になったと思ったのに。

 

 う~~~~ん。よし! 意を決した私は、勢いよく立ち上がって会計を呼ぶ。

 

「ね、ヒナタちゃん。今の小盛りだったし、もう一杯いけるよね?」

「え……はい?」

「よし! じゃあ2軒目いってみよー!」

「えいや、ちょっと。あの!」

「なによお金の心配なんかしないで良いんだから……」

「そうじゃなくて! 片桐さん今、大盛りどころか特盛り食べましたよね?」

「軍人は身体が資本よ!」

 

 どうやら「お腹いっぱい」ではないらしい少女を連れて、私は次のお店に向かう。

 

 そりゃもちろん。乱暴なのは分かってるよ?

 

 やり方なんて分からないからさ。私は私に出来ることをやるしかないんだよ。

 

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