舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第24話 ゆき、とけるまえに

 ターミナルを抜けると、そこには一面の――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――駐車場が広がっていた。

 

 

「……こう、雪景色的な感じをイメージしてたんだけどなぁ」

 

 ちょっと落胆する私に、後ろから引っ付いてくる少女はため息。

 

「なんというか、片桐さん子供っぽいですね」

「なにぉう?」

 

 いやまあ子供か。こういう反応含めて。

 自分で突っ込んどいてなんだけど、ちょっとはしゃぐフリをしすぎただろうか?

 

「私は立派なオトナよ? 普通免許持ってるし、ラーメン2杯食べられるし……」

 

 色々と列挙しながら、私たちはレンタカー屋さんの係員に誘導されていく。

 

 日本は車社会というやつで、列車やバスも都市部を除けばほとんど走っていない。

 だから()となる自動車は絶対に必要。そして私たち自衛隊――――今でいうところの国防軍――――は、そんな自動車がつかえる「あたりまえ」を守るために戦っている。

 

「よーし、じゃあヒナタちゃんは助手席に座ってね?」

 

 貸し出し前のチェックを済ませ、私は運転席へ。助手席にちょこんと座った少女に、私は適当な売店で売っていた地図を投げる。

 

「よし! じゃあ出発進行!」

「……」

 

 そこは「おー!」というところだよ。ヒナタちゃん……というのは流石に(こく)か。

 まあ向こうにしてみれば訳分からん女性にいきなり連れ出されて最果て北海道まで連行されてきたわけだもんね。ノリノリってワケにはいかないだろう。

 

 今は状況に呑まれてる……というより「従わなくちゃいけない」と言い聞かせている感じだろうか。高速道路への誘導看板を無視して、私は道を走らせる。

 

 少なくとも今は、この時間(ちんもく)が必要だ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「こんにちは。瀬戸月ヒナタさん……で、あってるかな?」

 

 

 私の声かけに顔を上げた少女。

 その返事を聞くまでもなく、私は彼女が「その娘」であることを確信していた。

 

 顔の形も、髪の色も、何もかもがアイツとは違う。けれど唯一、その瞳に宿る炎だけが同じ。どこまでも冷めきったような――――――それでいて、諦めがつかないと言わんばかりに燻った火種。

 

 なるほど親子というのは、なにも血の繋がりだけではないらしい……そんなことを柄にもなく考えてしまう位には、似ている。

 そんな私に、その少女は気だるげに返事をする。

 

「そうですけど。なにか用ですか?」

 

 というか、誰ですか。そんな不審者扱いするような視線を感じたので、私はポケットから手帳を取り出す。

 そこには桜と碇のマーク。そして日本国国防海軍の金文字。

 

「1等海尉、片桐アオイよ。いちおう、来期から学校(ここ)で教鞭をとることになったの」

 

 よろしくねと、差し出した手は受け取ってもらえない。

 なんだか似たようなことがあったなと思いつつ、仮にも社会人に片足突っ込んでる防衛大生と幼年学校生徒を同じくくりにしてはダメかと思い直す。

 

 半ば強引に手を取って、ぶんぶんと優しく――――あくまで優しく――――振り回す。

 

 されるがままの少女は、そのまま全身で面倒くさいと表現しながら聞いてきた。

 

「……それで、その1等海尉さんが。私に何か用ですか」

「うーん。用ってほどのことじゃないんだよね。ただ……」

 

 実のところ、そうだろうなという予感はあった。

 ミクロネシア問題でメチャクチャに荒れているこの国に、一個人を構っている余裕なんてものはない。

 

 それはお国のために命を投げ出した愛国者の家族(いぞく)であっても、同じ。

 

「ヒマかな? ヒマだったら、一緒に来て欲しいところがあるんだ!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「片桐さんは」

 

 

 少女がそう呟いたのは、かれこれ30分は自動車を飛ばした後。

 私は黙って続きを促す。

 

 アイツの娘――――――ヒナタちゃんはゆっくりと、本当にゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「片桐さんは、本家(いえ)に言われて来たんですか」

「ううん」

「私を連れてこいって、そう言われたんじゃないんですか」

「なんでそんなことしなきゃいけないのさ」

「でも、ついてこいって」

「言わなかったっけ? 私はヒマだった。あなたもヒマだった。だから出掛けた」

 

 それだけよ。

 

 そう言っても彼女は信じないだろう。

 いくら私でもそんな言い分で騙されるとは思っていない。

 

 それでも私がそんな口ぶりで彼女を連れ出したのは、彼女を知りたかったから。

 

 どんな姿をしているのだろう。

 どんな表情をするのだろう。

 

 そして今、傷ついていないだろうか。

 

 この世界に――――――絶望してはいないだろうか。

 

 

 絶望はもったいない。

 それはアイツが命を張って守った世界に対する侮辱だった。

 

 

「もう、いいです。気を遣ってくれなくて」

「遣ってないよ」

「そんなわけない。もういいんです。ほっといてください」

 

 明らかな拒絶。でもそのくらいで諦めるんなら私、ここまで来てないんだよね。

 

「無理だよー、だって私、ここどこか分かんないもん」

「え?」

「ハイ問題。デデン!」

 

 

 

Q.アオイさんは新千歳空港(ヒト)(フタ)(ヨン)(マル)着の飛行機を定刻通りに降りてから2時間くらい後にレンタカーで太陽と反対方向へ向けて一般道(したみち)にも関わらず時速90キロくらいで走り出しました。途中、交差点などで10回ほど減速および停止をしました。さて、現在地はどこでしょう?

 

 

 

 

「『なお、減速した場合は……』」

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってもらえますか!」

 

 え、これってどういうことですかと、見なくても分かるほどに声を狼狽えさせる少女。その慌てっぷりがどこか可笑しくて……。

 

 ようやく、年相応の反応を見せてくれたなと。少し安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、街灯の明かりに照らされた雪があった。

 

 それは排気ガスの煤にやられて少し黒ずんでいて、太陽の光で溶けたりまた固まったりして雪とは呼びがたいものだったけれど。それでも確かに、雪だった。

 

 それを見て私は……いや、寒いわけだと。そんなことを考えていた。

 

 さて気を取り直して後ろを振り返る。身体を擦った私の動きを見たのか、やっぱり夜は冷えますねとヒナタちゃんが言う。

 気を遣わなくていいのにと思いながら、私は努めて明るく返した。

 

「いやぁ~、美味しいカレーだったね、ヒナタちゃん!」

「別に、カレーなんてどこで食べてもおいしいですよ」

 

 そうは言いながらも満足そうな表情を隠せていない少女を尻目に、私はグッジョブ自分と褒め称える。よくよく考えてみると――考えなくても分かることなのだけれど――私は瀬戸月ヒナタという人物のことをよく知らない。

 

 なので好きな食べ物も、苦手な食べ物も分からない……と言うわけで初日は安パイでカレー屋さん。カレーが嫌いなヒトはそうそういない、まさに采配勝ちってワケである。

 

「まあ。帯広に来たならここ! ってネットにも書いてあったからね」

 

 あの後、読み慣れない地図に四苦八苦するヒナタちゃんのナビゲートでなんとか高速道路に乗った私たちは、そのまま北海道は十勝平野の帯広にやってきていた。

 

「さて、お腹も満たしたし。そろそろホテル探さないとね」

「え。取ってないんですか」

「うん? うん」

「…………」

 

 なぜか絶句してしまったヒナタちゃん。

 そりゃだって、今の今まで予約するタイミングなんてなかったでしょという私の主張は間違っているだろうか。

 

「……………………」

「………………………………」

 

 それにしても、寒い。寒すぎる。

 これで本当に春なのだろうかと疑うぐらいに寒い。

 

 おかしいなぁ。なーんだ大したことないじゃんなんて言ってたのに――――――それはどうやら、昼間だけだったらしい。

 

 そんな時、私の目についたのはホテルの看板。

 それは都市部ならどこにでもありそうなビジネスホテルだったけれど……ある文言が私を惹きつける。

 

「あ! みてみてヒナタちゃん、あれ天然温泉だってよ!」

 

 まさに僥倖。渡りに船とはこのこと。

 私が天然温泉を備えるというホテルの看板を指させば、温泉……とヒナタちゃんも興味津々なご様子。

 

「寒さ対策には温泉が一番! よ~~~し、じゃあ今日は温泉で豪遊だ~!」

 

 おー! と腕を振り上げてからチラッと見やれば。

 

「……なんですか。やりませんからね」

 

 

 う~ん、ダメかぁ~!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあうん。そこまでは良かったんだよ。うん。

 

「…………」

「……」

「………………」

「あの、片桐さ」

「皆まで言わないで!」

 

 いやだって! 温泉って聞いたら思い浮かべるじゃん!

 

 なんかキラキラした金メッキ仕様のタイの置物とかさ、中華風のよく分かんない茶室的な小部屋とかさ! そういうのを期待しちゃうじゃない!

 

「それはないと思いますけれど……?」

「ヒナタちゃん。明日は温泉に行こう」

「え、えぇ……それはいいんですけれど。ほら、ここにも一応『温泉』って……」

 

 

 彼女が指さす先には「効能一覧」と書かれた表。

 

 

 効能なんてどうでもいいの! 私は! 温泉という概念に浸かりに来たのよ……! というのは流石にヒナタちゃんには言わないけれどさ。

 

 まあいいや、もうどうしようもないので私は黙って身体を洗うことにする。本来の目的はこっちだから、まあ良しとしよう。

 

 うん……? なんか私のための旅行になってる気がするな。まあいいや。

 

 

「そういえばさ。ヒナタちゃんのところって大浴場だっけ?」

「ええと、寮はそうですよ。ここの10倍はあると思います」

 

 やはりか。というか案外フランクに話せているのではないだろうか私たち。

 たった一日でこんなに心を開いてくれるなんて……と思ったけれどこれ多分、私の言動があんまりにも行き当たりばったりだから慣れたヤツだね。うん。

 やばい、ちょっと凹んできた……。

 

「……一緒に、入ったことないんです」

 

 と、そんなことをヒナタちゃんが言う。誰なのかは、なんとなく想像がつく。

 

「そうだろうね。アイツ、ボロボロだったから」

 

 珍しくない話だと、思う。

 特務神祇官は、艦娘は立派な戦闘職。もちろん傷の手当には最新の設備とあらゆる傷を完治してしまうという霊力治療が使えるけれど……軽度の傷で海のものとも山のものとも知れぬ治療法を使う人間は少ない。誰も信じないアイツなら言わずもがな。

 

 そしてアイツは被弾(キズ)を致命傷に至らせない程度には才能があった。

 

 だからアイツは、傷だらけだった。傷だらけになって尚、戦い続けた。

 そんな生々しいボロ雑巾みたいな身体を、まさか娘に見せようとは思うまい。

 

お養父さん(おとうさん)は?」

「リンリ的な問題って言ってましたけれど……父は恥ずかしがり屋さんだったので」

「恥ずかしがり屋……」

 

 なるほど、英雄部隊の司令官も義娘の前では単なるヒトらしい。

 そうして洗髪にいそしんでいると、ヒナタちゃんが私をまじまじと見つめていることに気付いた。あれ、どうかしたのかな? 目線で問うと彼女は答える。

 

「片桐さんは、キレイですね」

「ホント? これでもスキンケアには気を遣ってるんだ~!」

「そうじゃなくて、背中」

 

 少女の視線が注がれているのは、私の背中。キズひとつない、私の身体。

 

 

 

「まあね。私ってば、サイキョーだから」

 

 

 

 ウソだ。

 

 

 

「戦役では、掃海隊群に所属してた。最強の艦娘が集められた精鋭部隊にね」

 

 これはホント。だから温存させられた。

 

「でもね。アイツは……アナタのお養母さんは凄かったわよ。模擬戦には付き合ってくれなかったけれど、やったら負けてたんじゃないかな」

「やったことないんですか?」

「まあ、人間同士でやりあっても化け物と戦う参考にならないからね」

 

 他人(なかま)に手の内を見せるわけないでしょとか、あの防衛大生(アイツ)は平気で言うんだよ。

 その言い草にはキレそうになったし、実際キレてる同期も居た。一般大卒には目もくれないのかって。そんな風に怒らせるぐらいに、アイツは唯我独尊を貫いていた。

 だからさ。アイツが結婚したって聞いた時にはちょっと安心したんだよね。

 

 まあその結果が、これなんだけどさ。

 

「約束したんです」

 

 ヒナタちゃんは、何も言わない私にポツリと呟く。

 

「もう少しの辛抱だって。全部おわったら、必ず帰るって」

 

 そんなことを言っていたのか、アイツは。

 

「あの人は、ウソをついたんですか」

 

 彼女は、否定して欲しいのだろうか。肯定して欲しいのだろうか。

 それは多分、どちらでもない。私はアイツの代わりにはなれないのだから。

 

「アイツに聞くしかないよ」

 

 

「でもッ! もう聞けないじゃないですか!」

 

 

 バシャリと、水を叩く音が聞こえる。私が振り返ると、小さな浴槽の中で少女が震えていた。顔まで水を被って、歯を食いしばって。

 

「そうだね」

「知ったふりしないでください! なんにも知らないくせに」

「知ってるよ」

 

 知っているけれど。それは彼女の求める「知っている」ではない。

 彼女は虚空に手を伸ばしている――――――絶対に届かない、黄泉の国へ。

 私は何も言わずにお湯で身体を流す。耳障りな水音が、聴覚を遮断してくれる。

 

「片桐さんも、居なくなっちゃうんですよね」

 

 そんな声が聞こえたのは、水が排水溝へと流れ込んでいった後。少女は何かに怯えるように、そんなことを私に聞く。

 

「……難しい質問だね。それは」

 

 いなくならない。そう応える(うそをつく)ことは簡単だ。けれどそれは、きっと彼女のためにならない。私は他人だけれど、首を突っ込むことの責任くらいは理解している。

 

「ごめんなさい。聞いちゃいけないことを、聞きました」

「いいのよ。謝れることは立派よ。だから許してあげる」

 

 考えてみると、私が彼女にかけて上げられる言葉は本当に少ないのだ。

 

 親代わりは、きっと出来ないだろう。喪失を埋められるのは代わりではなく時間なのであって、安易な代替品はむしろ彼女の孤独を加速させる。

 

 ではここで、一人でも生きてゆけるようになれと言うのが正解なのだろうか。

 

 それは確かに彼女を「手のかからない子」にはするのだろうけれど。

 

 動きを止めた私に、彼女はくるりと浴槽で回って――――――背を向ける。

 

 

 

「今ここにいるのは哀れむためですか」

 

 

 

「ひとりぼっちの私を笑うためですか」

 

 

 

「変なこと言いました。忘れて下さい」

 

 

 

 もしここで、私が抱きしめてあげられたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――そんな不正解を選ぶ勇気は、ないのだけれど。

 

 

 

「ごめんなさい。先にあがってます」

 

 

 

 ああこれは、失敗したなと。

 流石の私も気付いてはいた。

 

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