マイペースだと、私はよく言われる。
「だからさぁ。アオイはマイペース過ぎるのよ。連帯責任って知ってる?」
「わかったわかった。悪かったって!」
腕立て伏せの文句を言われつつ、私はのんびりと歩く。
別に課業外なのだから、どうしてのんびり歩いてはいけないというのか。
「とにかく、ホント次は気を付けてよね?」
――――――正直に言うと。
この組織は私にとってちょっと息苦しかった。事実上の徴用だったとはいえ、入ったのはやっぱり間違いだったかなって思ってた。
それでもまあ、そんなことを言って周囲の士気を削ぐのはそれこそ勘弁で。
まあ次はバレないよう上手くやろうかなと考えていたとき、耳に入ってきたのは怒声。
校舎裏から反響するのは、何かが物理的に崩壊したのか落下したのか。
「あ、ちょっと行ってくるね」
「え何、またアイツに声かけるの……? 下手に首を突っ込まない方が良いじゃん」
呆れたと言わんばかりの同期をおいて、私は
1対20くらいだろうか。教練用の制服に袖を通す国民の矛たる盾の卵達は、その視線をある少女に向け……あるいは己が拳を振り下ろしている。
いつも通り、友人が先ほど言っていた
「やっちまえ!」
「おら……うっ!」
そこに広がるのは一方的な光景――――――それもいつも通り。
暴力を向けられた彼女はそれらを上手にいなし、あるいはカウンター的に相手の鳩尾や首筋に干渉。意識だけをきれいに刈り取っていく。
流石に物理的に締め落とす余裕はないのか、二撃以内で沈めていく。それは惚れ惚れするような格闘術だった。
「すましたツラしやがって……。お得意のご機嫌取りはどうなんだ優等生ッ!」
言うが早いか、その攻撃は少女の肩口を掠める。庇わずにその勢いに対して、見事な右フックを決めて昏倒させる。
そう、それは一方的な――――――一方的な蹂躙であった。既に半分は倒れたであろう候補生たちの群れを前に、参考書が入っているのであろうショルダーバックを肩に引っ掛けた彼女は告げる。
「勉強の邪魔になるから、早く教室戻りたいんだけど」
その態度が更に火に油を注いでいるのは言うまでもない。
とはいえ切れるべき堪忍袋も余っていない彼女達は、ついには道端に転がる廃棄品――――――つまりは鉄パイプやら薬品か何かで満たされていた長い瓶などを武器とする。
「……そんな事しなくてもさ、艦娘の力を使ったら良いんじゃない?」
口内の流血をペッと吐き出した彼女に対して、一斉に飛びかかろうとしたその時だ。
「何をしとるか貴様らァッ!」
騒ぎを聞きつけた教官の声。離れの4階からこちらを睨み、尤もであろうお叱りを飛ばしてきたのだ。
「……ちッ!」
舌打ちをしながら去る者。
あくまでも取り巻きだからと尻尾を巻いて逃げる者。
同期を何とか抱え上げて退散する者。
それぞれがそれぞれの表情で、立ち去っていく。
さて一方、それをひとしきり見届けた私はというと……。
「やっほ。
「……」
視線をくれたのは最初の一度だけ。今はもう、目を合わせることもしてくれない彼女。そんな彼女にめげずにコンタクトを取る私は、きっとバカで。
――――――そして、
「お誘いご苦労様です。
「ひっどいなぁ~。私これでも、真面目に誘ってるんだけど?」
笑って肩を竦めてみせても、彼女は何も言わない。目線すら寄越さない。
私も憐れまない。彼女を嗤わない。それがあの頃、私たちの間に横たわる関係だった。
「もう誘わなくていいと、そう伝えたはずですが?」
「まあまあ。待てば海路の日和あり、ってね」
というわけで、今日はどうですか? そう聞いてみれば、帰ってくるのは当然ながらにべもない返事。
「私に関わると
きっと、彼女は優しいのだろう。それ故に、自分に及ぼうとする火の粉を絶対に他人へは振りつけない。
そして私は、そんな彼女に理解を示す優しいヒトを演じていた。
「今日の喧嘩はどうしたの?」
「別に……いつものやっかみですよ」
とはいえ、この素も大概だろう。学年首席で優秀であるが為に、ただでさえ敵を作りやすいというのに。
もっとも、こればかりは彼女の責任ではないのだが……出た杭を打つ日本人の悪い癖だ。人類の敵は総じて深海棲艦だというのに、どうしてこうも身内争いが絶えないのか。
そして彼女は、それらを諦めて憐れんでいる。
だからこそマトモに相手をしないのだ……私を含めて。
「それに
前言撤回。彼女にはそもそも身内意識すらもなかった。敵か味方か、敵なら修練の糧に作り変えるまでと言い切る。
「仲間に手の内は明かさないんじゃなかった?」
「全員一撃で沈めれば問題ないです。目撃者がいなくなればいいんですから」
もちろん、貴女もですよと表情が語ってくる。ここまでくると横暴だ、彼女の視界に入ったが最後、
「まったく、そんなんじゃやってけないわよ」
そして、それを平気で受け流す私も私だった。それは俗にいうお人好し。
「瑞鶴の名に恥じないよう、私はそう在りたいだけです」
その台詞は言い換えれば、
意識しているならともかく、無意識にそんな皮肉を言ってしまうのだから厄介だ。
まるで触れるもの全てを両断する日本刀のよう。峯に止まろうとした鳥達さえ翻して寄せ付けない。そんな少女は誰の助けも求めない。
……だからこそ、誰も彼女に親しくしない。寄り添うことが出来ない。
まるでワンマンアーミーだ。
残酷だが、最強であっても自衛隊には不要の存在。
仲間意識を顧みず、使命のみに殉ずる死にたがり。
こんなモノ、同じ空気の中にもいて欲しくない。
そう考えるから、先程のようなリンチは日常茶飯事であって。
それを憐れと思う――――――思う
彼女が寄せ付けないなら、それも仕方がない。
だから
「……?」
「怪我してるでしょ。使いなさいよ」
虚を突かれた彼女は目を白黒させて、手元の
瀬戸月――――旧姓は瑞島――――2等海佐と
アイツはいつも私たちのことなんか関心も示さず、ただ教練に励むばかり。
だからこそ、いろんなことを言われていたっけ。
防衛大から合流した2期組だから追いつくために必死なのだと。
国防の中枢が艦娘に置き換わることが気に食わない保守反動なんて言うヒトもいた。
アイツが噂の通り「防衛大組の切り札」だったのかは終ぞ知ることはなかったけれど、そんな噂が信じられるくらいには周囲と壁を作っていた。
私の感想は――――――まあ、人づきあいが下手くそなんだろうなって感じかな? 砕けて言うならボッチだったし……うーんどうだろ。アイツは二階級特進できなかったけど、死人は特進するものだからね。
もっと話し合っておけば良かったなんて言うのは、生者の特権なんだけどさ。
私、本当にあなたとカラオケに行きたかったんだよ?
それを聞いたなら――――――きっとあなたは、嗤うんだろうね。
「あの人の、話を聞かせてください」
長い長い。本当に長い沈黙を破ってヒナタちゃんがそう言ったのは、いい加減真っ白過ぎる大地に飽きてきたころだった。
山に川、国立公園に市街地。
いろんなところを回ったような気がするけれど。
ヒナタちゃんの顔色は一向に晴れなくて。
だからずっと、それを聞いていいのか迷っていたのだろう。
「いいよ。何から話そうか」
話題はいくらでもある。
だって彼女はエリートだった。
防衛大学の成績、急ごしらえの幹部艦娘コースでの成績、実戦投入されてからの戦績も。
話題は尽きない。尽きない……はずだった。
「……ごめん。私、アイツのことなんにも知らないや」
話題はあるのだ。だけれどそれは、彼女の望んでいるものではない。
あなたは知りたいのだろう。彼女がどんな本を読んでいたのか。
あなたは知りたいのだろう。彼女がどんな歌を好んで聴くのか、歌うのか。
あなたは知りたいのだろう。彼女がどんな顔で、喜ぶのか、怒るのか。
そんなことは、私はなにも知らない。だって私たち、友達ですらなかった。
「そんな気は、してました」
「そっか」
「だってあの人、ウソつきですから」
「そっか」
「どうして、私の所に来たんですか」
「……復讐のため、かな」
その言葉は、流石にヒナタちゃんも予想外だったらしい。
「復讐って、なんの」
「ん? そうだねぇ――――――」
なんだと思う?
そう聞けたら、良い具合に相手の反応を見つつ会話を進められるのだろう。
私はそういうのが得意で、誰にも嫌われないことが得意で。
そしてアイツは、正反対だった。
「たぶんアナタと同じだよ。ヒナタちゃん」
「……」
少女は押し黙ったまま、何も言わない。私は続ける。
「あなたが幼年学校にいるって知ったとき、あなたの考えは手に取るように分かったわ。軍人になるんでしょう? それであなたも戦おうとしている」
少女は答えない。だけれど彼女は、本家からの誘いも何もかも断って
「
そう、アイツだって立派に母親だったのだ。結果として子供には酷いウソを吐くことになってしまったけれど。南洋から還って来さえすればウソにはならなかった。
そしてその道を奪ったのは、
私は、彼女を助けることが出来なかったから。
救援が許可されなかったとか。
救援は現実的じゃなかったとか。
そういうのは関係ないのだ。
「私はね、ヒナタちゃん。戦争に復讐するの」
美味しいモノいっぱい食べて。
輸入した燃料で車を吹かして。
色んな所に行って。
食べて笑って。
歌って笑って。
寝て起きて。
また笑って。
そうやってアイツが負けた戦争に、復讐してやるんだ。
私たちは元気ですって。
「……あの人のことを、片桐さんはどう思いますか」
ぽつりと漏れた問いは、誰に向けられたものなのだろう。
「英雄だとは思ってる。でもアイツはまず……自分の子を見るべきだったわね」
「わるく、いわないであげてください。あの人はきっと、きっと」
私の思い出の場所を、守ってくれようとしていたんです。
「そうね。そうかもしれない」
嗚呼、アイツはどう思ったのだろう。
自分が、私たちが屍を積み上げて守ってきた場所に――――――――核兵器が落とされると聞いたとき、どう思ったのだろう。
怒ったのだろうか。
それとも悲しかったのだろうか。
それとも、絶望したのか。
「でも。アイツは還らなかった」
その現実を前に、ヒナタちゃんは答えない。
「だからね。これは私の勝手なお願い……どうか幸せになって、ヒナタちゃん」
無理なこと言わないで下さいと、ヒナタちゃんは言うのだろうか。
返事はない。返事がないことを知っている私は、そのまま車を走らせる。
目的地はすぐそこ。幸いにも天気は晴れ。
どこまでも続いてゆく青の向こう、上り坂がまもなく途切れる。
「さ。ついたわよ」
併設された小さな駐車場に車を滑り込ませて、私は扉を開けた。
そこには、まっすぐな路がひかれていた。
真っ白な大地。
雪化粧をした枯れ並木。
それを切り裂くように、舗装された人工の路がどこまでも続いていく。
本当なら地球の丸みに隠れるはずの道路が、絶妙な傾斜を持つ坂道により何処までも続いているかのように錯覚させられるのだ。
「通称『天まで続く道』ってね。まあ、湿原ほどの壮大さはないし、湖みたいにここがスゴい! って感じのポイントがあるわけじゃないんだけれど」
私が彼女を連れ回すことを選んだのは、私にはそれしか出来ないから。
私では彼女の傷を癒やすことなんて出来ない。
だけれど戦争に復讐するには、まず目の前に倒れている彼女を起こしてあげないといけない。
その手助けを、するつもりだった。
それだけだったのだ。
「天まで続く……」
瀬戸月ヒナタが、その道に手をかざす。その道の向こうを、見る。
「ねえ、片桐さん」
あの向こうに、おとうさんとおかあさんはいるのかな。
しまった、そう思った時には彼女は走り出していた。
その足で、まだ成長途中の身体で。
「ヒナタちゃん!」
私は追い掛けた。追い掛けるのは私の役目ではなかったハズなのに。
私は辺りを見回した。幸いにも、周辺に車は来ていない――――――いや、今回に限っては不幸だったと言うべきだろうか。
ヒナタちゃんは賢い子だ。危険だと分かれば、走る事なんてしなかっただろうに。
「ヒナタちゃん!」
叫ぶ、足を回す。流石に私も大人で、しかも軍人だ。追いつくのは難しいことじゃない――――――だけれど、あなたは止まってくれない。
「ヒナタちゃん! ダメ!」
なんて言ったら、あなたは止まってくれるのだろう。
どうしたら私はあなたを止められるのだろう。
――――――よく言うよ、本当は全部、分かっているクセに。
お前は怖がっているだけなんだ。
責任を受け入れるのが、自分に実力がないと思い知らされるのが。
だって私は、今でも――――――出撃さえ出来れば皆を救えたと、本気で思っている。
「ヒナタちゃん!」
だからもう、そんな妄想に逃げるのはやめるんだ。
私はヒナタちゃんを――――――。
ヒナタちゃんを、抱き止めた。
「やめてくださいッ! あの向こうに、あの向こうに……!」
「いないんだよ! もうみんな、みんな死んじゃったんだよ!」
「いやだっ! いやだよッ!」
私の腕の中で暴れる少女。確かな熱が、生きてる温もりがそこにはある。
「聞いてヒナタちゃん! これは、私のせいなの!」
その温もりを喪わないために、私は叫ぶ。
「あなたのご両親はミクロネシアの英雄だった! あなたのご両親に私とこの国は助けられた! そして私が見捨てたから、あなたは独りぼっちになってしまった!」
だから私は復讐しなくちゃいけないの。
この戦争に。
この絶望に。
腕の中の抵抗が弱まっていく。温もりが、ゆっくり流れ落ちる。
「あぁ、あああ、うわああん! ウソつきッ、ウソつき!」
少女が泣いていた。私だって泣きたかった。資格なんてないから、泣けないけど。
「帰るって言ったじゃん! 一緒に遊びに行こうって、勉強教えてくれるって!」
返事は求めていないのだろう。誰にも返して貰えないことを知って、彼女は叫び続ける。あんなことがしたかった、こんなことをしたかった。
そしてなにより――――――ずっと、見守っていて欲しかった。
ああチクショウ。分かったよ。
私はこの子を護るしかないんだ。
ひとりぼっちで、それでも必死に生きようとしている、この子を。
親代わりになれないことなんて百も承知。
それでも私たちは、生きていく。生きていくしか路がない。
それは真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐで、残酷な道。
「ヒナタちゃん! 私はアイツじゃない。でも……でもねッ!」
言葉が見つからない。おかしいな、私だってアイツに負けないくらい、しっかり勉強していたのに――――――賢いつもりでいたのに。
それとも、これは今日までの罰なのだろうか。ヘラヘラと生きてきた、私への。
目の錯覚が引き起こすだけの天への道を駆け抜けた先には、別の道が続いている。
当たり前だろう。ここは国道、街と街を繋ぐありふれた道。
そこに別の意味を見出す私たちは、きっと賢くないのだ。
「……ごめんなさい」
「ううん。いいの、辛い思いさせちゃってゴメンね」
いつの間にか、太陽は傾き始めていた。残雪は燃えるような真っ赤な夕陽に染められ、世界に影と陽炎をもたらす。そんな世界を眺める少女。私はそっと切り出す。
「ね、ヒナタちゃん。連絡先、交換しない?」
「そういえば、交換。していませんでしたね」
私には務まらないよ。
でもね、これは私の復讐だから。
だから、私が替わりにやってあげる。
まったくもう、本当にあんたのせいでとんだ迷惑よ。