舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第27話 目指す虚構は貴女の物

 かつて『日出ずる国』を名乗った私の国は、深海棲艦が現れるまで斜陽の国と言われていた。

 避けようのなかった少子高齢化、周辺諸国の台頭が、この国を縮小へと導いたのだ。

 

 もちろん、あの頃の私はそんなことは知らなかった。ただ毎日を過ごしていただけだったのだけれど。

 

『次、止まります。バスが完全に停車するまで、席でお待ちください』

 

 聞き慣れた自動音声と共に、全部の停車ボタンが点灯する。

 私は図書室で借りたお気に入りの文庫本をランドセルに仕舞い、降りる準備をする。お父さんもお母さんも車の中で本を読むと眼が悪くなると散々言っていたけれど、私にとっては本の続きが大切だった。

 

 私が使っていた路線バスは山から海へと抜ける国道を走っている。

 ガードレールの向こうを覆い隠していた森がさっと消えて現れるのが、私の故郷。

 

 エンジンの音が小さくなって、ブレーキ音が聞こえる。身体が引っ張られるような感覚と一緒に、窓の外の景色が減速、そして停車。

 私はランドセルを背負って、バス前方へ、つまり乗降口へと進む。

 

「ありがとうございました」

 

 毎日顔を合わせる運転手さんにお辞儀。運転手さんは左手でくいと帽子を持ち上げた。

 

「うん。気をつけてね」

「さようなら」

 

 型で抜いたクッキーみたいな、毎日おんなじ会話。

 

 深海棲艦が現れてからというもの、地方という地方は文字通り消滅の危機に晒された。

 どこまでも続く海岸線を守り切ることは当時の国防軍――――あの頃はまだ、自衛隊と呼ぶヒトの方が多かったけれど―――――には出来なくて、結果として住民は防衛体制の万全な都市部へと転居してしまう始末。

 バスは一日一往復になり、だからこそ私と運転手さんはこうして毎日のように「さようなら」を繰り返していた。

 

 もっとも、その理由なんて当時は知りもしなかった。

 

 だって、あの町に私以外の子供がいないのは当たり前だったから。

 あの頃の私にとって、世界というのは学校の他には、海と山に囲まれたあの町だけだったから。

 

 バスは私が降りると大きな音をたてながらドアを閉めて、それから唸るように走り出す。

 梅雨が明けたばかりのあの日は、どこまでも続いていくような青い空。

 

 その向こうにむくりと持ち上がった入道雲をみつけて、私は踊り出したい気持ちになる。

 踊る代わりにコンクリートブロックで出来た階段を、とんとんとんと下ってゆく。

 

 耳に風を切り裂く音が届いたのは、その時だった。

 

「あっ!」

 

 私は空を見上げる。

 そこには見慣れた飛行機の姿。

 

 それは私よりも小さな飛行機。

 あの頃の私は人が乗る航空機と妖精さんの艦載機の違いなんて分かっていなかったけれど、その飛行機が誰の飛行機かなのかは知っていた。

 だから私はさっきまで下っていた階段を逆に登り始める。飛行機は私のことを導くようにゆらりゆらりと翼を振りながら飛んでいく。

 

 追いかけて行った先にあったのは、いつもの場所。

 

 海がよく見える、私の高台。

 そしてそこに、あの人の姿。

 

 

「お、来た来た。おかえり!」

「ただいま……って、どうしたんですか。こんなところで」

 

 あの人は、空母の艦娘だった。

 

 艦娘は海からやって来る深海棲艦を倒す人達で、私の町にいるのはあの人だけ。

 あの人は私を手招きすると、それから空を見上げる。

 

「よくみてなさいよ……それっ」

 

 かけ声ひとつ。

 まるでオーケストラの指揮者のように全身で両腕を振るあの人。

 

 それに応えるように飛行機がするりと空を滑る。

 

「あの……これって」

「うん? 垂直旋回飛行(ナイフエツジ)。まあ推力足りないから()()()だけどね」

 

 あの機体でやるの厳しいんだよ? そんな言葉と一緒に飛行機は奇妙な姿勢を保ちながら飛んでいく。

 私が聞きたいのはそういうことではない……ないのだけれど。

 

「まあ難しいからね。もうちょっと簡単なのいこっか」

 

 そう言いながら飛行機が首を下げる。くるりと翼を水平にすると、それから高度を上げていく。

 曲芸飛行の一種だと説明するあの人。私が聞きたいのはそういう事じゃなくて。

 

「ええと、あの」

「夏休みの自由研究でしょ? そんなの、航空機動の研究でバッチリよ。分からないことがあったらバンバン聞いて頂戴? そこらのサイトよりも詳しいわよ」

 

 頭が追いつかずに首を傾げる私。聞かぬ様子で「じゃあ次の機動は」と続けるあの人。

 先生が渡してきた夏休みの宿題。その最高峰に君臨する自由研究。

 

 確かに悩んでいたのは事実だけれど……相談する相手を間違えてしまったのだろうか。このヒトは私の自由研究テーマを決めてしまったらしく、もう頭の中には指導案まで出来ていそうで。

 

 私は戸惑いと抗議の混ざった視線を向けるけれど、この人は知らないフリ。

 

「さ、よく見ておきなさいよぉ?」

 

 そうやって、空を見上げるその表情を観て、私は呟くよりも先に鉛筆を動かしていた。

 

 

 なにせ曲芸飛行よりも、私には――――――

 

 

 

「自由研究で『絵』がオッケーか、聞いておけば良かったなぁ……」

 

 

 

 ――――――あの人の方が、ずっと輝いて見えたのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 北マリアナ諸島に、蝉はいない。

 

 それでも真っ青な空を焼き尽くす太陽と、じとりと肌にまとわりついて離れない熱気。

 それを感じる度に、あのミンミンと鳴く声を思い出してしまうのはなぜなのだろう。

 

 

「教練対空戦闘!」

 

 

 その号令を合図にして、データリンクを覆い尽くしていた友軍機のマークが消える。

 

「状況、青軍空母打撃群による艦載機、ならび陸上機による同時空襲」

 

 制空権喪失というのは、艦娘にとっては悪夢以上に恐ろしい状況である。

 しかし有力な深海棲艦への殴り込みを本領とする水雷戦隊にとってはそんな状況は願ったり叶ったり。

 

 空が敵に覆い尽くされている。

 それは敵が目と鼻の先に居ると言うこと。

 

 一撃必殺の魚雷を叩きつけるには、絶好のチャンス――――――だからこそ、この猛攻を乗り切らねばならない。

 

「電探に感、方位190に機体群。反応大きい!」

 

 誰かの叫び声を皮切りに、似たような報告が次々と飛んでくる。

 視界が良好だとしても小さな艦載機を目視で見つけるのは難しく、言われた方角を見てようやくそれらしい影を見つけることができるくらいだ。それも煙みたいではっきりとは分からない。

 

「さあ、始めるよ……命落とすな、敵落とせ!」

 

 何処かで聞いたような台詞を吐き、戦隊指揮の幹部艦娘が叫ぶ。

 空にたゆたう煙は次第に大きくなり、一つ一つが見えるようになれば鳥の群れになる。

 

 そのシルエットは、見慣れた艦載機。

 今回の対抗部隊(アグレツサー)は隊長の率いる第9護衛隊群の主力空母部隊だ。

 

 そしてその群れの中に、私は普段の艦載機とは異なる機体を認める。

 

 ややずんぐりとした胴体。

 大きめの翼に据え付けられた発動機(エンジン)は二つ。

 いわゆる中攻、中型陸上攻撃機の一式陸攻だ。ずんずん高度を落としてくるその姿を見て、同じ駆逐隊に所属する巻雲が感嘆の声を漏らす。

 

「はー……アレが噂の基地航空隊ですか」

「第3航空艦隊ね。西へ東への精鋭に狙われちゃ、絶体絶命なんじゃない?」

 

 秋雲がそれに応じて、私語をしないでと注意が飛ぶ。私は無言。

 

 

 正直な所、私たちの第9護衛隊群――――――9護群はそんなに強い部隊ではない。

 

 

 そもそも、マリアナ諸島への駐留という立ち位置がいけない。

 

 連邦(アメリカ)政府直轄領であるグアムを除いた北マリアナ諸島は米国の中でも自治連邦区(コモンウェルス)と呼ばれる複雑な立ち位置にある。

 アメリカだけれど、アメリカではない。自治は出来るけれど連邦議会に議員を送り込めない保護領。そしてあまりにも、本土から遠く離れた領土。

 

 そこに日本が我が物顔で居座るのは問題だ。だからこそ私たちは()()()()()()()()()()()()()()

 そして同時に、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 全部が全部、米国の都合。

 この北マリアナ諸島を守らなければ、日米同盟が崩壊する――――――そんな理由で、在米日軍である9護群(わたしたち)は誕生した。

 深海棲艦の出現による対等な同盟への大転換……といえば聞こえはいいけれど、その実態はギリギリ防衛戦を維持できる駆除部隊なのだ。

 

 

 とはいえ、北マリアナ諸島はこの国の安全保障にとって重要な存在であることに変わりはない。

 

 なにせ北マリアナ諸島を喪うことは、日本列島までの海が『がら空き』になるということ。

 かつての大戦における絶対国防圏ではないけれど、抜かれる訳にはいかない。

 

 だからこそ、北マリアナ諸島には本土配備の第1から第4までの護衛隊群が持ち回りで巡回、空軍の支援(こうげき)機部隊もアメリカ空軍基地を間借りして駐留。それに加えて今はあの第3航空艦隊まで。

 まあ要するに、それだけ分厚い戦力が待ち構えているということ。哨戒能力もずば抜けて高く、深海棲艦なんて寄せ付けない鉄壁の防御が敷かれているのだった。

 

 こんな状況じゃ、私たち艦娘部隊に仕事は回ってこないわけで……グアム泊地とも呼ばれる9護群艦娘部隊には、よく言えば平和な、悪くいうなら気の抜けた空気が漂っているのである。

 

 

 

 ……とにかく、今は教練に集中だ。

 

 いよいよ迫った攻撃機たちに、私は主砲を向ける。

 

「対空戦闘、はじめ!」

 

 その掛け声で私たちは一斉に引き金を引く。

 砲弾は飛び出さない。仮に演習弾であっても、精密機械が詰まっている航空機に当たってしまえば壊れてしまう。

 そこで用いるのは交戦訓練装置(バトラー)と呼ばれる演習装備。レーザーによって射撃と被弾の全てを再現できる優れもの。

 元々は陸軍の装備だけれど、艦娘の訓練に丁度良いとのことで使うことになったらしい。

 

 目に見えない私たちの殺意(レーザー)が空を飛ぶ。

 飛んでそのまま、陸攻の群れへと飛び込んでいく。陸攻に取り付けられた装置に命中すれば撃墜判定が貰える。

 

 硝煙も爆炎もない、それはそれは奇妙な風景。真面目に撃ち続ける私たちは、端から見ればひどく滑稽だろう。

 

 陣形を保ち、射撃姿勢をキチンと取れた状態での射撃。

 攻撃機のいくつかに被弾判定が出たようで、そのまま高度を取ると反転していく。

 

 被弾判定を受けなかった残りの陸攻が更に高度を下げて海面スレスレを這うように飛ぶ。

 この低高度は、魚雷攻撃の構え。

 

「回頭よーい!」

 

 指示が飛ぶ。魚雷が投下された瞬間を見計らって、一斉回頭で躱すつもりなのだ。

 そしていよいよ陸攻の爆弾倉が開く、そこから飛び出したのは――――――爆弾。

 

 

()()()()!」

 

 

 魚雷では無かった。爆弾倉から飛び出した大量の爆弾が、水切り石の要領で飛び跳ねながらやって来る。

 海面の僅かな揺らぎに影響を受けながら、爆弾はそれぞれ思い思いの、予測不能な軌道を描きながらこちらへと迫ってくる。これが反跳爆撃。

 

「いっせ……いや、各個回避! 回避任せる!」

 

 指示は一斉回頭の放棄。

 私は前後の僚艦との距離に気を配りながら舵を切ると、増速して艦列からの離脱を図る。

 

 陸攻は今回の空襲の尖兵に過ぎない。

 この後に隊長の率いる艦載機部隊が襲いかかることを考えると、バラバラになってしまっては勝ち目はないけれど、とにかく今は爆弾を躱すのが先だ。高速でこちらに迫ってくる爆弾に目をこらす。

 

 大丈夫、こっちに向かってくる爆弾だけを考えればいい、そうすれば躱せないことはない。

 

 ふと脳裏に過るのは、あの人の声。

 

 

『爆撃も砲撃もね、結局の所は確率論なんだよ』

 

 

 そういえばあの夏、あの人も似たようなことを言っていなかっただろうか。

 

『ランダムに飛んでくる攻撃に対してランダムに回避したんじゃ、いつかは必ず当たってしまう。躱すべき攻撃を見極めてから避ければ、それで十分間に合うのよ』

 

 見極めて、躱す。

 

 あの時はなにを言っているのか分からなかった。

 でもこうして大量の爆弾と向き合ってみると、なるほど全部を追う事なんて出来ない訳で。

 

 それならと私は自分に向かってくる爆弾を探す。

 無闇矢鱈に逃げ惑うよりは、あの人の言葉を信じるほうがずっといいと思ったのだ。

 

 波に弾き返される反跳爆撃といっても、いきなり180度回頭したりすることはない。

 

 私の方へと飛んできそうな爆弾を見極めて、そして――――

 

 

「うわっ! 邪魔だぁッ!」

「えっ!?」

 

 

 ――――そして、真横から引っ叩かれるような衝撃に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北マリアナ諸島の中心。アメリカ直轄領のグアム島。

 

 太平洋におけるアメリカ軍の重要拠点であるこの島に、間借りするように設けられたグアム基地。そこが9護群の本拠地。

 静かな港湾。その向こうに白い建物と緑の木々。それらを皆赤く染めて、太陽が沈んでいく。

 

 グアム島の中西部に位置する、オロテ半島。その付け根に位置するアプラ港が、私たちの母港。

 私が声をかけられたのは、対岸に見えるアメリカ海軍の基地を見ながら、丁度私がため息を吐いたときだった。

 

「派手にやられちゃったね」

 

 振り返ると、そこには隊長の姿。直接引き揚げてきたのか、普段のような作業服や略綬の並ぶ軍服ではなく、甲型空母艦娘に特有の和装という姿だった。

 

 私は敬礼して、隊長が差し出してくる缶コーヒーを受け取る。

 

「すみません。なにも出来ませんでした」

「アレは仕方ないよ。いくら各個回避とはいえ、誰も周りのことを見ていないんだもの」

 

 鍛え直しだなーと笑う隊長。

 

 今回の教練は、もはや教練と呼べるかも怪しいものだった。

 私に激突してきた僚艦を皮切りに全員が混乱、足を止めれば被弾して、止めなければ止めないで別の誰かとぶつかる始末。

 そんな状況で有効な対空戦闘が出来るはずもなく、10分も経たずに私たちは全滅してしまった。もちろん講評は散々。

 

「でも、私も爆弾しか見ていませんでした」

 

 私が反省点を述べると、隊長は頷く。

 

「まあ、確かにね。爆弾は避けるだけじゃ意味が無い。あの反跳爆撃を躱すために陣形を崩すのは仕方ないとして、問題はいかに早く再集結出来るかなんだけど……その前に全滅しているようじゃねぇ……」

 

 分断されるにしても、上手い分断のされ方をしなきゃいけない。隊長はそう言う。

 

「上手い、分断のされ方……」

 

 確かに私は、あの時『どう爆弾を躱すか』しか考えていなかった。

 陣形を崩すのは不利だけれど、その後に素早く合流して陣形を立て直せれば不利は最小限で済む……隊長の言うことは、どうやらそういうことらしい。

 

「まあ、考えることが多くて大変だよね。コレばかりは僚艦の動きも関わってくるから、無理せずに味方との間合いを保つことから始めればいいよ。問題は……」

 

 そこで一度言葉を切る隊長。

 私は発言を促されているような気がして、言葉を継ぐ。

 

「空母艦娘は、それを一人でやらなくちゃいけない」

 

「そゆこと。それも今回みたいな一個艦隊(ろくせき)じゃなくて、それこそ何十機という大群でね」

 

 航空機は、基本的には真っ直ぐ飛ぶように設計されている。

 

 けれど被弾して翼がもがれたら?

 爆弾や燃料に引火したら?

 

 その時の航空機がどんな動きをするかは予想しきれない。

 そしてそれは、爆撃のための密集陣形の中で起きるのだ。

 

 被弾機の動きによる二次被害……他の無事な機体に激突したり、飛び散った破片で周りに損傷を与えたりしないか?

 その被害を最小限にすることは出来るのか?

 

 それらの管制を、全て一人でやらねばならない。それが空母艦娘の()()()()

 

「妖精さんに頼ることも出来なくはないけれど、結局統制を欠いた航空隊は烏合の衆よ。全部一人で出来るようになる。それが最低条件」

 

 隊長は、空母課程の話をしていた。

 

「はい、分かってます」

 

 そうは返すけれど、その域に全く及んでいないのは自分が一番分かっていることで。

 

「焦らなくても大丈夫。駆逐艦から空母になった前例がないわけじゃない」

 

 そう笑って肩を叩いてくれる隊長も、ホントの所は分かっているのではないだろうか。

 

「……隊長は、どう思われますか。私は、空母艦娘になれるでしょうか」

「無理だね。風雲ちゃんの妖精さんは遠距離での意思疎通が出来てない。なにより分霊(かず)が足りない。大量の艦載機を操る空母にはなれないよ」

 

 そうだ。分かっている。分かっているのだ。

 私は空母になりたかった。あの人みたいに、沢山の飛行機を飛ばせる空母になりたかった。

 

 でも私に適性はなかった。

 それでもと、隊長は言う。

 

「それは『蒼龍』の艦名を預かる2等海佐としての意見よ。私の意見は別にある」

「別に?」

 

 オウム返しに聞いた私に、隊長は微笑む。

 

「うん。『飛龍』の姉貴分である、蒼龍としての意見。飛龍の人を見る目は本物よ」

 

 その台詞に、眼を逸らす私。

 隊長と飛龍さん(あのひと)は同期で、あの時一番に駆けつけてくれたのも隊長だった。私と隊長の関係はそこから始まった。

 

「でも、間違いだったかもしれません。あの場所には、艦娘になれそうな子供は私しか」

「だとしても、貴女は飛龍に空を教わったんでしょ? 飛龍(アイツ)は無駄なことだけはしない」

 

 そうでしょうか、なんて。

 そんな疑問は口に出来なかった。それは隊長だけじゃなくて、飛龍さんにも失礼になるから。

 

 私も飛龍さんが勘違いするなんて思えない。

 でも現実問題として、私は空母になれなかった。

 

 それはつまり、私の責任で。

 

「だからね風雲ちゃん。私は信じてるよ。貴女はきっといい艦娘になれる。もしかすると飛龍の見込み違いで空母にはなれないかもだけれど、いい艦娘にはなれるはずだよ。それを飛龍が間違えるはずがない。それに……空母になって欲しいのは私のワガママだから」

「ワガママ?」

 

 そう笑顔なく笑う隊長の気持ちを、私は理解できない。

 理解できない私を知って、隊長は続ける。

 

「うん。私は空母でしかないから、貴女に教えられるのは空のことだけ」

 

 どうして、隊長はこんなにも私に肩入れしてくれるのだろう。それが分からない。

 

「秘密の特訓……って、言われました」

 

 口を突いて出たのは、岸波に言われた言葉。

 空母になれる保証もないのに、空母になるための練習をする私。

 それを手伝う部隊長の隊長。

 

「もしかすると私、いいように思われていないのかもしれません。隊長にも迷惑が」

「それで? 辞めたいの風雲ちゃんは」

 

 そんなことを言われてしまっては、返す言葉がなくなってしまう。

 辞めたいのなら、適性がないと分かった時点で辞めている。

 

 私だって、信じたいのだ。

 

 自分のことを。

 そしてなにより、私をそんな風に見てくれた飛龍さんのことを。

 

 でもそれで、その小さな可能性に拘泥したことで、隊長に迷惑がかかるのはイヤなのだ。

 

 言葉が選べず黙りこくる私に、隊長はふっと笑う。

 

「いいんじゃない? 辞めちゃえば。こちとら開戦から20年も持たせてるのよ? やる気のない駆逐艦娘が一人辞めたところで困らないわよ」

「……す、すみません」

 

 謝れば「スグ謝らない」と注意される始末。それなのに隊長は私に言う。

 

「飛龍が言ってたよ。赴任先に面白い子がいるって。世界の色彩を受け止められる、世界に愛された子がいるって。あの漁村には確かに子供は貴女しかいなかった。だから私はすぐに、風雲ちゃんが飛龍の言っていた子だって気付いた。飛龍があれだけ眼をかけた子に、期待してしまうのはしょうが無いことじゃない?」

 

 そんなことを言っていたのか。飛龍さんは。

 

「……でも。それは多分、絵の話です」

「絵?」

 

 知らなかったのだろう隊長が首を傾げる。

 

「はい、絵です」

 

 私は、絵を描くのが好きだった。

 あの人と……飛龍さんと初めて出会ったあの時も、絵を描いていた。

 

 飛龍さんは私の絵を褒めてくれた。

 どうしてか、私にはそれがお父さんやお母さんの言う「上手だね」という言葉よりずっと嬉しかった。

 

 多分それが、私に絵を描き続ける力をくれたのだ。

 どんな時でも、絵を描けば飛龍さんが見ていてくれる気がして。

 

 飛龍さんと繋がれる気がして。

 

 私の話を、隊長は黙って聞いている。私はひとしきり話すと話を畳む。

 

「でも、私は中途半端でした。全国コンクールに出たこともありませんし、高校の時に思いつきで初めた漫画はたいして評価されませんでした……それに結局、私は挫折しました。艦娘になっても駆逐艦娘です。中途半端なんです」

 

 いつもそうだ。

 空母の適性がないと知った私は、果たして訓練学校で真面目に訓練を続けただろうか。続けはしなかった。

 そして今は同じ趣味を持つ秋雲と、趣味半分仕事半分な艦娘生活を送っている。

 

 きっと飛龍さんは、私のことを見損なうに違いない。

 

 そんな私が、隊長と再会しただけで空母になる練習をし始めて、なんになるのだろう?

 

 だから岸波にも言われてしまうのだ。空母になるのは『逃げ』だって。

 その指摘が正しいと思うから、私は言い訳を並べることしか出来ない。

 

 それなのに。

 

「絵とは何の関係もないけれど……」

 

 そう前置きしながら、隊長は言う。

 

「史実の蒼龍型航空母艦は、中型空母だよ。小型の改造空母よりはマシだけれど、航続距離や搭載数は大型空母に劣る。甲板が高くないから発着艦には支障が出るし、艦橋が小さいから指揮にも適していない」

 

 多分その後に続くのは、中途半端という言葉なのだろう。それを知って隊長は言う。

 

「だから、風雲ちゃんには中途半端だってことを言い訳にしないで欲しいな」

 

 少なくとも今は本気なんでしょ?

 隊長が見透かしたように言う。

 

「秘密の特訓だとか言われるのが嫌なのは分かる。だからやるかどうかは風雲ちゃんが決めていい。私への変な遠慮はナシ。やるなら付き合う。やらないならもうこれ以上は構わない……ね、簡単でしょ? どうする?」

 

 簡単、ではないだろう。

 それを分かって隊長は今決めろと言っている。

 

 仮に答えを明日や明後日に引き延ばしたとして、結局直前まで決められないのは分かっている。

 あの人なら……飛龍さんならどう答えただろう。

 

 そう問うた時、答えはすぐに出た。

 そういう意味では、私は迷っていなかったのかもしれない。

 

「やります。きっと私は、飛龍さんに導かれてここまで来たんです」

 

 だから。飛龍さんの縁を信じて飛び込むしか無いのだと思う。

 私の答えに隊長は微笑んだ。

 

「やるとなれば徹底的にやるわよ? 覚悟は良いわね?」

「はい!」

 

 直立姿勢で、お腹から声を出す。

 これで私の意気は伝わっただろう。隊長は深く頷く。

 

「よし、じゃあまず……私のことは蒼龍さんって呼びなさい」

「はい……はい?」

 

 それとこれとは関係ないのでは?

 思わず首を傾げる私に、隊長は肩を竦める。

 

「だって、飛龍が『飛龍さん』で私が『隊長』ってなんかズルいじゃない」

「いえ……そういうものではないと思うんですけれど」

「そもそも、私のことを『隊長』って呼ぶなんて艦娘の中じゃ希有な方よ?」

 

 希有だから、珍しいからと言って艦名で呼ぶのは違うだろう。

 確かに私たちは艦名を持つけれど、それ以前に国防軍人なのだ。軍隊では指揮系統が全て。だから私は隊長のことを隊長と呼ぶ。だから艦名で呼ぶというのは、どうも違うような気がするのだ。

 

「それとも、艦名で呼ぶのは子供っぽい?」

 

 その考えは、他の艦娘たちにも失礼なんじゃない?

 それはある意味で図星。私は視線を泳がせるしかない。そんな私を隊長……蒼龍さんは笑う。

 

「ま、真面目ちゃんは嫌いじゃないけれどね。ネクタイだって可愛く結べばいいのに」

「そ……それとこれとは関係ないでしょう!」

 

 抗議する私に、笑う蒼龍さん。

 

 

 

 敵襲を告げるサイレンが鳴ったのは――――――その直後のことだった。

 

 

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