舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第28話 灼けた蒼穹澱んだ光路

 電柱の隣に、ひょこんと立っていた白い鉄の棒。その先に付いていたスピーカー。

 

 ――――――防災無線と呼ばれる、町のお知らせとかをみんなに知らせるための機械。

 それが、お腹の底をかき回すようなこの音の正体だった。

 

「飛龍さん!」

 

 私は叫んだ。大きな音が鳴り響く中だったから届くかどうか不安で、精一杯の大声で叫んだ。

 それでも鳴り響くサイレンの音には到底かなわなくて。

 それなのに、飛龍さんは振り返ってくれた。

 

 それから、私の知らない表情をする。

 

「なんで、こっちに来たの?」

「なんで……って」

 

 そんなこと聞かれて、なんでだろうとしか返せない私がいた。

 

 このサイレンの音は深海棲艦が攻めてきた合図なのだと、それは小学校の先生から聞かされている。

 深海棲艦は陸地には上がらないから、とにかく海から離れて、可能な限り高台に登るようにとも聞いている。

 

 それでも、私は居ても立っても居られなくて、漁協の隣にある飛龍さんの家――――これは後から知った話だけれど、あの建物は家ではなくて海軍の基地施設、言ってみれば派出所のような場所だったらしい――――まで走ってきたのだった。

 

「なんでって。それは」

 

 走ってきたのに理由なんて思いつかない。

 肩で息をする私に、飛龍さんは言う。

 

「お父さんとお母さんが心配するでしょ。早く戻りなさい」

「でも」

 

 でも。

 その次に私はなんと言いたかったのだろう。

 私が言葉を紡ぐ前に、飛龍さんは強い口調でいう。

 

「逃げなさい。私は飛龍、艦娘よ。あなたみたいな人達を守るためにいるの」

「なら、私も戦う!」

 

 なんでそんなことを言ったのか。私はもう覚えていない。

 

 多分必死だったのだ。

 

 飛龍さんがいなくなってしまうような気がして。それでおかしなことを口走ってしまったのだ。

 

 あの時の私が、戦えるわけなんてないのに。

 

 

 それほどに、あの時の飛龍さんは――――

 

「大丈夫。私が出ればこの町は助かる。アイツを止められるのは、私だけだから」

 

 ――――死んでしまいそう、だったのだ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 サイレンの設計は、どうも万国共通らしい。

 

 腹の底を震わせるような不気味な音。

 各所に設置されたスピーカーがそれぞれ奏でることで重なり合い、奇妙な重低音となって私を襲う。

 

「風雲ちゃん、加護は?」

 

 蒼龍さんがそう聞いてくる。私は慌てて簡易測定器(チェツカー)を取り出す。

 測定器に現れる数値は、私の制服に宿された加護……霊力防壁の力場が十分だと主張していた。

 

「いけます!」

「じゃあ行くよ、ついて来て!」

 

 それだけ言って蒼龍さんは走り出す。

 目指す先は言うまでもない、私たちの艤装が格納してある掩体壕(バンカー)だ。

 

「戦闘配置! 戦闘配置!」

 

 装甲車に乗った陸軍の兵隊さんが叫んでいる。

 基地の寮舎はおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになっているようで、制服を着ながらに飛び出してくる人もいる。

 

 私にとってはグアムに着任して初めての警報。驚いていないと言えば嘘になる。

 とにかく蒼龍さんの後を追った。そうすることで、自分を落ち着かせる。

 

 格納庫と整備部門を兼ねているコンクリート製の巨大な掩体壕、私たちが来ることは蒼龍さんが既に伝えていたらしく、直ぐに展開式の救命胴衣、そして艤装が手配される。

 

警戒待機(アラート)組はもう出てるのね? 了解、じゃあ私は風雲と出るけれど……そう?」

 

 分かった。お願いね。

 そんな調子で蒼龍さんは先程から無線機と話している。

 

 部隊長である蒼龍さんは、基本的には前線(うみ)には出ない。

 それでも蒼龍さんがたまたま霊力防壁の装束を装備して(みにつけて)いたこと、そして敵が間近に迫っていたことから出撃の許可が降りたらしい。

 

「風雲ちゃん。隣の掩体壕で巻雲ちゃんが準備してるって。他の子は待ってられないから三隻で出るわよ」

「はいっ!」

 

 その間にも整備士さんが私を取り囲む。

 出撃マニュアルに則った最終確認(チェツクリスト)。艤装の正常な作動と主機の調子を確認する。

 

 武装は夜間戦闘を重視した甲型三種装備――――――要するに「夜戦でガツンと殴ってこい」ということ。

 無線機を叩いて管制にコンタクト、気象情報がアップデートされる間に整備士さんたちが武装の安全ピンを引き抜く。

 これで私の準備は整った。

 

 管制から抜錨許可が降りる。緩やかなスロープを滑り降りるようにして、掩体壕まで引き込まれた海水に着水。

 スクリューの最終チェック。大丈夫、問題ない。

 

「出ます!」

 

 掩体壕を飛び出すと、爆音を奏でながら戦闘機が飛び出していくのが見えた。

 どうやら対岸のアメリカ海軍飛行場から飛び立ったらしい。どこか他人事のようにその様子を眺めていると、横から私の名前を呼ばれる。

 

 振り向くとそこには巻雲がいた。巻雲も用意を終えたようだ。

 

「いやぁ。北マリアナで敵襲があるなんて、巻雲びっくりですよぉ」

 

 おどけた調子で言ってはいるけれど、これが大変な事態であることは巻雲も理解しているはずだ。

 北マリアナ諸島は重要だからこそ守りが厚い。その守りが突破されて基地がてんやわんやしているのだから、到底笑っていられる状況ではなかった。

 

「とにかく、考えるのは後。まずは港を出るわよ」

 

 遅れて出てきた蒼龍さんを先頭に、私たちは単縦陣で港の出口へと進む。

 オロテ半島と防波堤に囲まれるアプラ港の出口は一つしかない。その水路を緊急出撃していく哨戒艦が占領し、民間船舶は進路を譲るために北の防波堤の方へ逸れていく。

 

「蒼龍から哨戒艦〈はるじおん〉へ、特務艇(かんむす)三隻が右舷を通過します」

 

 警戒を促しながら蒼龍さんが哨戒艦を追い抜き、私たちも続く。

 そのまま灯台の横をすり抜けると港の外。蒼龍さんは無線と二、三言を交わすと、素早く指示を出してくる。

 

「第三戦速、先行した子達はもう戦闘に突入してるみたい。私たちも急ぐわよ」

 

 その言葉に、私と巻雲は息を飲む。

 

 警戒待機(アラート)組の艦娘たちは警報が発せられるのと同時に出撃したはず。けれども、警報が出てからまだ15分ほどしか経っていない。

 

「そんなに近くにいるんですか?」

「分からない。もしかすると潜水艦と戦っているだけかもしれない……でも、時間が無いことだけは確かね。攻撃隊を上げます、二人とも援護して」

 

 私たちが了解と返すのを待てないと言わんばかりの勢いで矢を番える蒼龍さん。

 私たちは増速しながら蒼龍さんの脇を固める。

 

 空母艦娘の発艦作業中は針路を固定する必要があるので無防備になってしまう。私たち駆逐艦の任務は、その護衛だ。

 

 そういえば、飛龍さんも発艦作業についてよく言っていたっけ。たった一人で私の故郷を守っていた飛龍さんは、飛行機を(おか)の上で発艦させて、それから海に飛び込んでいた。

 

 なんでそんな面倒なことをするのか、あの頃は分からなかった。

 でも今は、海の上で姿勢を固定するのがどれだけ危険なのかを知っているから、飛龍さんの言葉が分かる。

 

 そして――――洋上で全速力を出すことで得られる合成風力がない陸から発艦させるのが、どれほど大変だったかということも、分かっているつもりだ。

 

 

 飛龍さんは、本当にすごい艦娘だったのだ。

 

 

「こら風雲、なにボサッとしてるんですか!」

「え? あ、ごめん!」

 

 巻雲の注意が飛んできて、私は慌てて蒼龍さんから視線を逸らす。

 今の私が見るべきなのは蒼龍さんではなくその周辺。

 

 ただ蒼龍さんの射は、まるで飛龍さんのようで、それでつい、飛龍さんのことを思い出してしまったのだ。

 二人は同期だったというから、同じ射形になるのだろうか。

 

 いや、そんなことは後で聞けばいい。私は目を皿にして水面へと目を凝らす。

 

 発着艦中の空母は、空襲以上に潜水艦が怖い。海から突き出た潜望鏡を見逃さぬように探すけれど、いよいよ日が落ちてきたこともあって見つけられるとは思えなかった。

 とにかく潜望鏡も雷跡も見つからない間に蒼龍さんは全ての航空隊を放ってしまう。

 

「さて……もうすぐ日が沈むわね」

 

 腰に手を当てて他人事のように言う蒼龍さん。けれどそれは空母にとっては致命的な問題だろう。

 

 日が沈んでしまえば視界が遮られて航空攻撃の難易度は格段にあがる。仮に最新鋭の電探を積んでいたとしても突き出た岩礁などを深海棲艦と誤認して攻撃してしまうこともあるぐらいだ。

 それに艦載機を回収するときの問題もある。空母の夜間戦闘は現実的ではない。

 

「着艦はどうするんですか?」

「流石に夜間着艦をぶっつけ本番でする気はないかなー。大丈夫、こんな時のためにアメリカさんの滑走路に着陸できるよう話はつけてあるから」

 

 そう笑う蒼龍さん。いざとなっても艦載機の帰投先があるというのは、基地駐留艦娘の一つの利点。それを存分に生かすつもりなのだろう。

 

「だったら、もう蒼龍さん帰ってもいいんじゃないですかぁ?」

 

 横から口を挟む巻雲。なるほど確かに、どうせ艦載機は遠隔操作出来るわけだからこうして出撃してくる必要はなかったような気もする。

 ところが蒼龍さんは、胸に手を当てて私たちを見やる。

 

「なに言ってるのよ。可愛い子達(あなたたち)を置いて逃げ帰れると思う? それに、私には高角砲があるし、仮になくともこれで戦ってみせるわよ」

 

 そう言いながら腰に備えた軍用ナイフを叩いてみせる蒼龍さん。

 流石は歴戦の部隊長と言えばいいのか、それとも近接戦(それは)は空母の仕事ではないでしょうと突っ込むべきなのか。

 私と巻雲が顔を見合わせた時、蒼龍さんの声がピンと張り詰める。

 

「巻雲ちゃん電信お願い。蒼龍航空隊会敵、敵は姫級の空母よ」

「了解です」

 

 軽く返したはずの巻雲ですら声が震えているのが分かる。私も主砲のグリップをつい強く握ってしまう。

 

 姫級がなんで、北マリアナ諸島(こんなところ)に?

 

「これは侮れない相手ね……無理に押さずに連携して弾き返すわよ」

 

 その言葉通りに、蒼龍さんはデータリンクを駆使した戦いを始めた。

 目下戦闘中の友軍を守るための制空攻撃。邀撃に上がってきているアメリカ海空軍機の誘導。完全な日没を迎えれば蒼龍さんの戦闘能力は激減する。それまでに敵の攻撃を弾き返したいのだ。

 

 どうして哨戒網を抜けられたのか信じられないくらい大量の深海棲艦によって構成されている姫級を中心にした輪形陣。

 しかし幸いにもグアム周辺の戦力は此方が有利だと判断された。それならば、蒼龍さんの仕事は奇襲で混乱した友軍部隊の統合運用だ。

 

 電子機器が影響を受けにくい外縁部をグアムからの巡航ミサイルや航空機で潰し、取りこぼして突出した敵の群れに艦娘部隊を宛がうことで戦線崩壊を防いでいく。

 蒼龍さんを護衛する私たちは、それを傍観するだけ。もちろんそれは悪いことではない。今や北マリアナ諸島の防衛は蒼龍さんを前進司令部として成り立っている。グアムの司令部と何度も言葉を交わしながら適切な情報だけを切り抜いて、繋ぎ合わせていく作業。それに集中してもらわないといけない。

 だから私たち護衛艦に出来ることは、せめての集中の糸が切れないようにすることだけ。

 

 しかし恐れていた潜水艦の出没はなく、ついに太陽は太平洋の向こうに消えてしまう。

 

 蒼龍さんは、風船から空気が抜けるみたいに肩を落とすと、私たちに言う。

 

 

「……流石に無理か。風雲ちゃん、巻雲ちゃん。いけるわね?」

 

 

 それは部隊長による、戦闘続行(やせんとつにゆう)の命令だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航行灯はなし、もちろんライトの(たぐい)は使用禁止。

 海図も見ることは出来ないけれど、それでも向かう先はハッキリしている。

 

 日没から早くも一時間。奇襲を受けた結果とはいえ戦力の逐次投入を行っていた9護群は、なんとか体勢を立て直しながら反撃に移っていた。

 

 目標は当然、姫級と称される敵空母の撃破。夜戦装備を引っ提げた私たちは、敵正面を迂回する要領で突撃することになったのだ。

 まさかの第一線への抜擢は正直驚いているけれど、前線に出ている艦娘が足りないと言われてしまえばそれまでだった。

 

「それにしても……静かすぎない?」

 

 思わず漏らした疑問に、前を進む巻雲が振り返る。

 

「戦力は軒並み正面(あつち)に回してるんじゃないですかね?」

 

 先輩たちが善戦してくれてるお陰ですよ。巻雲はそれだけ言って前に視線を戻す。

 そんなに上手くいくとは思えないし、仮にそうだとしても最後に私たちは姫級にぶつかるのである。巻雲は場を和ませるように言った。

 

「もしかして、私たちいきなり金鵄勲章とか貰っちゃったりして?」

「いやいや。それは流石に……」

 

 私がそう言いかけたとき、巻雲がすっと押し黙る。

 燃えさかる水平線を灯りにして縁取られた巻雲は『待て』の手信号(ハンドサイン)。目の前には――――――黒い影。

 

 まさか。本当に?

 

 本当に姫まで辿り着いてしまったというのか。

 相手が振り返る気配はない。こんな簡単に迫れるほど、深海棲艦は下しやすい相手だというのか?

 

 魚雷発射管に手が伸びる。安全装置(セーフティー)、解除。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 次の瞬間、私の視界は真っ白に塗りつぶされた。

 

 下しやすい?

 そんな筈、あるわけがない。

 

「風雲!」

「巻雲!」

 

 互いに艦名を呼び合って彼我の位置を確認する。そしてお互いに背を向ける格好に。

 

 探照灯が照射された場合の対処は単純。光源(ひかり)に向かって、撃つ。それだけ。

 ところが光は四方八方から私たちを照らしている。

 もはや疑うまでもない、引き込まれたのだ。

 

「え、と……四面楚歌ならぬ四面照灯?」

「いや面白くないってそれ!」

 

 どうすればいい?

 敵に狙われているなら高速機動で攪乱する手もあるだろう。

 飛んでくる爆弾や海面を疾走する魚雷が見えれば避ければいいだけの話だろう。

 

 しかしこうも取り囲まれてしまっては、もはや打つ手も何もない。

 

 どうすればいい。考えても答えは出ない。

 こんなに追い詰めているのに撃ってこないのは何故なのか。それが理解できない。

 まさか、いたぶっているつもりなのだろうか。

 

「こうなったら、やるしか」

 

 その時だった。一筋の探照灯が消える。

 その直後にさっきまでの黄色い光(サーチライト)ではない赤い光が私たちを照らす。

 

 発砲音は聞こえなかった筈なのに、包囲網の一角が燃えていた。

 

「巻雲!」

 

 叫ぶだけで伝わるだろう。何が起きたかはさっぱり分からないけれど、私は主機を全開にする。

 目標もなにも定めずに魚雷発射管を全て開放。これで少しでも当たってくれたら儲けものだと考えることにして、燃えさかる深海棲艦の群れへと突撃する。

 

 ひゅるると、風を切る音が聞こえた。これは、爆撃機の音。

 

「艦載機?」

 

 私の呟きに、そんな訳ないでしょと巻雲が応じる。夜間の爆撃が高難易度であることは知っての通りだし、なにより9護群で最高練度の蒼龍さんは撤退してしまったはず。

 

 でもその爆撃は高精度で、私たちに追っ手が掛かることは無かった。

 

「じゃあ一体……誰が」

 

 少なくとも、深海棲艦が燃えているということは深海棲艦ではないはず。なにせここ20年、深海棲艦が同士討ちをしたという話は聞いたことがないのだから。

 

 その時、別の方向から焔があがった。それは友軍のいる方向とは、逆の方向。

 

「ちょっと、風雲? どこに行くのよ」

 

 巻雲が私に声をかける。私はその焔の方向に向かおうとしていたことに、今更気付く。

 

「どこって……あっちに」

「ここは一旦味方と合流するべきでしょ?」

 

 それは間違いなく正論なのだろう。

 そんなことは分かっている、だけど。

 

「味方って……それなら、深海棲艦を攻撃してるあっちも味方ってことでしょ?」

「はぁ? 何言ってるんですか」

「ごめん、行くから」

 

 それだけ告げて、私は主機を吹かす。

 どこかで聞いたことがある。どこかで……。

 

『逆包囲って、聞いたことあるでしょ? 深海棲艦(あいつら)にも士気ってものがあるからね。勝ったと思った所をドカンとやられれば、そりゃもうタジタジよ』

 

 

 いや。まさか。

 

 

 焔の中へと飛び込む。

 それは駆逐艦イ級、軽巡ハ級。深海棲艦の死骸がゴロゴロと燃えている。

 砲声が聞こえる方に目を向ければ、重巡洋艦……ヒト型の姿が見えた。

 

「再装填装置……よし、生きてるわね」

 

 なにか理屈があったわけじゃない。根拠があったわけでもない。

 

 とにかく引き寄せられるように、耳に何かが残っている。それはきっと飛行機の風切り音。私はそれだけを頼りに、魚雷発射管に指示を飛ばす。

 

 あの重巡洋艦はどこかに砲を撃っている。それに夢中なせいか、私に気付く様子はない。やるなら一瞬、確実に仕留めなければいけない。

 

「魚雷管、左舷に指向……()ッ」

 

 圧搾空気に押し出されて、再装填された魚雷が走る。

 魚雷の群れは音も無く漆黒の海面を走り、そして重巡洋艦へと吸い込まれていく。水柱が立った。

 

 重巡洋艦クラスの撃破は初めて、だけれど歓喜に沸く余裕もない。私は海に消えた重巡洋艦の更にその先に、その先に、味方が――――――。

 

「ちょっと、風雲! いったいどうした、の……」

 

 後ろから追いかけてきた巻雲が息を呑む声が聞こえる。

 

 燃えさかる艤装。

 

 重巡洋艦が攻撃していたもう一人のヒト型……違う。あれは。

 

「ちょちょ、ちょっと!」

 

 巻雲の声が聞こえる、巻雲は、私の肩をがっしりと掴んでいた。

 

「こんな所で探照灯を点けるなんて……秋雲じゃあるまいし!」

 

 だけれど、私にそんな声は届かない。たった今沈もうとしている影。あれは。

 

「ひりゅう、さん……」

 

 私の記憶とは、全く異なる汚れた艤装。

 

 身に纏う装束は私が知っているどんな艦娘の装束とも一致せず、幼い日の記憶にもないもの。

 

 でも私の探照灯に照らされたこの人は。

 

「飛龍さん? 飛龍さんですよね?」

 

 ただそれでも、この人が飛龍さんでない筈がない。

 

「ひりゅう、って……風雲。どういうことです?」

 

 巻雲が説明しろと言わんばかりに私の事を見ている。でも説明するよりも先に私は飛龍さんに取り付いた。

 気を喪っているのか、飛龍さんが眼を開ける気配はない。顔色は真っ青。

 

「艤装の脱出機構は……ここか!」

 

 飛龍さんを海中に引きずり込もうとしている鉄の塊に手を伸ばす。座学では少しの力で開くはずの開放弁は、接着剤でも用いたかのように硬い。

 

「風雲、説明してくださいよ!」

 

 巻雲が私に詰問してくる。答えない訳にはいかず、私は飛龍さんを掴みながら言う。

 

「昔、話したでしょ! 私が志願した理由」

 

 その言葉で、巻雲は全てを察したことだろう。

 私の入隊した理由。飛龍さんの存在は、夕雲型の姉妹艦たちに言わせれば私が空母に『逃げる』理由。言ってみれば不和の原因。

 

 だけれど私が譲れないぐらいに、大事な理由なのだ。

 

「え? じゃあ……でも風雲、その飛龍は作戦中行方不明(MIA)になったって」

 

 そんなの知ったことか。

 飛龍さんはあの日、私の故郷が襲われた日に姿を消した。

 

 でも姿を消しただけだ。死んで(しずんで)しまったと決まった訳じゃない。

 

「だから! ここに帰ってきたって事でしょ!」

 

 叫びながら力任せに弁を引き抜く。

 脱出用の窒素ガスが開放、濁った黒い海から気泡が一斉に立ち上がって、飛龍さんを縛り付けていた艤装が崩れ落ちる。

 

 それに巻き込まれるようにして、周囲の残骸も崩壊して海へと沈んでいく。

 

 その時、飛龍さんが眼を見開いた。その眼球が動いて、私を見る。

 

「飛龍さん! 私のことが分かりますか!」

 

 次の瞬間、確かに動いたのだ。

 飛龍さんの眼が。飛龍さんは腕を動かして、それで。

 

 

「風雲!」

 

 

 巻雲の叫び声が聞こえた。

 巻雲が驚愕と、そしてなにより憎しみの表情で飛龍さんを睨んでいたこともすぐに分かった。

 

 私は自分の身に何が起こったか、正直なにも理解できなかった。

 

 それでも言わなきゃいけない言葉は。

 

 それだけは、直ぐに出てきた。

 

 

「ダメ、巻雲……飛龍さんを、助けて!」

 

 

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