舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第 3 話 千鳥は空を下す

 戦いが自衛官の全てでないというのは、教壇のお歴々が授けてくれた有り難い教訓の一つ。

 

「すみません。何か仰って頂きたいのですが」

 

 ミクロネシア連邦チューク州。州を構成するチューク環礁の中でも最も大きいウエノ島。

 国際空港が置かれ行政の中心地となっているこの島に、第8護衛隊群第3分遣隊の司令部庁舎は置かれていた。

 

 上位組織は南太平洋統合任務部隊ミクロネシア前方展開群。隷下に第831護衛隊と第832護衛隊を持ち、同じくチューク州に展開する航空自衛隊第83独立警戒隊も指揮することで事実上の統合任務部隊となっている「チューク分遣隊」。

 支援要員含めて人員はおよそ450名――――――それら全ての指揮権を握る男の目の前で、直立不動でお叱りの言葉を待つ幹部自衛官。それが私だった。

 

 

 もちろん、申し訳ないとは思っている。

 

 

 当事者でもない幹部(わたし)が泊地の指揮系統に割って入ったばかりか、あまつさえ戦闘にまで介入した。

 だからこそ私は戦闘が終わると手当もそこそこにして急行して来た訳なのだけれど、その結果がコレである。

 

 正直にいうと、さっさと終わらせて欲しい。指揮官は作戦の統制を乱されたことを指摘し、それを現場指揮官――――といっても指揮下の艦艇は〈瑞鶴(わたし)一隻(ひとり)だが――――である私がそれに対して陳謝する。作戦報告書やら再発防止策の検討うんぬんは、あとで考える。

 これは儀式なのだ。自衛隊は巨大な官僚組織。とりあえずメンツは立ててあげるから、さっさと終わらせて欲しい。

 

 そんなことを考えながら、私は目の前の男性を観察していた。

 歳は三〇代前半だろうか?

 彼の肩書と階級を見れば、人手不足の自衛隊にしたって破格の対応である事が読み取れる。

 きっと才覚と人望に溢れる素晴らしいお方なのだろうと私が勝手に妄想を膨らませていると、彼は寝癖か地毛かの判断がつかない髪をかき上げながらため息を吐いた。

 

「180億だ」

「はい?」

 

 180億という数字が何を示すのか。

 

 私の撃墜数ではないだろうし、仮に全世界で確認された深海棲艦の数だとしたなら人類はとっくの昔に()()

 もし犠牲者の数なら人類は都合三回ほど絶滅した計算になる。皆目見当の付かない私に、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「哨戒機の調達にかかる費用が日本円で180億、搭載品を考えれば200億を優に越える」

 

 その数字はどうやら調達予算のことらしい。

 あまりに咄嗟の事で、頭に血が上る。

 

「なんですかっ。私のせいで二〇〇億近く失いかけたって言いたいんですか?」

 

 まさか文句を言われるとは思わなかった。哨戒機を危険に晒した?

 

「そんなことを言うなら、私が助けたあのコンテナ貨物船には一体いくらの財産が乗っていたんでしょうね!?」

 

 少なくとも私は一隻の船を守ったのだ。感謝されるならともかくとして、文句を言われる筋合いはない。

 

「あの貨物船はおよそ三六〇〇〇トン。重量あたり船価と限度額を考慮しておよそ二四億円。それも一般的な減価償却を考えれば使い潰したと言っても良いし、既に二〇年使用している時点で代替艦を用意すべき時期が来ていた」

 

 ところが制服をぴっちりと着込んだ彼は、淡々とした口調で言葉を並べてゆく。

 

「対して君を乗せてきたあの哨戒機は三ヶ月前に納入されたばかりの新品だ。あとは搭載されていた燃料について……単純なタンカーでない以上、満載には程遠い。こちらに提供された情報を鵜呑みにするのであれば、せいぜいが10000トン。今朝の原油先物は、戦時中とはいえ1バレルが40ドル。円安の状況が続いている今なら、単純に一千万円。他の資源についてもある程度代替手段があることを考えれば……」

 

 まるで財務官僚だ。

 仮定と共に並べられるのはどれも180億円には程遠い数字たち。逆立ちしても届かなそうな足し算を行いながら、これ以上話を続けるのかと彼は眼で問うてくる。

 

「じゃあお金の価値なんてもう言いません! 人命は! 乗組員の命を軽んじるんですか!」

「君の独断で哨戒機を喪ってみたらどうなる。それこそ、ないよりはマシの海鷲の眼が一つ消えるんだ。この泊地が先月受けたスクランブルの報告件数は二〇件ほど。そのうちの七割は哨戒機による活躍があってこそ。今年度予算における哨戒機調達数は一二機、単純に一ヶ月に一機が完成すると仮定しても喪失機の穴を埋めるのに一ヶ月。もちろん実際にはそれ以上の時間がかかる。その間のミクロネシア連邦向け航路は誰が守るんだい?」

 

 なら見捨てれば良かったんですか。私が眼で問えば、彼は視線を不自然に泳がし始めた。

 

「……私は根っからの功利主義者という訳ではないが、最大多数の最大幸福は尊重されるべきだと思っている。貨物船の避難区画に船員を逃がし、戦闘終了後に回収する。これは契約時に船長にも納得頂いているプランだった。それを君の独断先行で覆さざるをえなかった」

 

 不釣り合いな天秤を揺らしてでもね。難しく回りくどい言葉を使ってきているが、彼はこう言っているのだろう――――メンツを潰されたと。

 

「そ、それを言うなら! あの船には石油だけじゃなくて食糧とか弾薬も積んであったんじゃないんですか? それって補給品ってことですよね」

 

 深海棲艦を見つけられないと戦いにならないのは分かりますけれど、そもそも補給がなかったら戦えないじゃないですか――――――私の反論は、その場しのぎで生み出した割には的を射ていたと思う。

 しかし彼の返事はにべもないものであった。

 

「ミクロネシア連邦は、元々自給的漁業の鮮魚消費で経済が成り立っている。ここチューク州においては日本人の移住が進むにつれて食糧自給率は低下しているが、それでも八割を維持し続けている。ヤップ州、ポンペイ州、コスラエ州は十分な沢や樹林と陸地もある。そうそう干上がる土地ではないよ。貨物の水密処理が規定通りであれば、弾薬も事後に海域から回収できる。水雷戦隊が行う遠征任務には、本件のようなケースは多分に含まれる」

 

 事前情報を置き忘れてきたのかと彼は釘を刺してくる。痛い所を突かれて、私は口ごもる。

 

「それとも君は、この島は自衛隊(われわれ)の駐留なくして成り立たないとでも言うつもりかい?」

 

 あまりこの国(かれら)を侮辱しない方がいいと彼は言う。

 ミクロネシア連邦は軍隊を持たない、しかしだからと言って全ての戦いを日本が肩代わりしているわけではない。

 牙を持たぬ哨戒機にとって最大の武器がその()であるように、戦い方はいくらでもある。

 

「我々は客将だ。利害の一致なくしては団結できない。ミクロネシアは抱える人民を護る為、日本は中部太平洋を突破された時に焼かれる国土を護る為。仮にこの泊地を喪えば……」

 

 それこそ国家が総動員をかけねばなるまいよ。

 彼はどこか寂しげに語ったのだった。

 

「…………そして、いい加減にその破廉恥な格好をどうにかしたらどうか。目に毒だよ。報告くらい幾らでも後で良い。そんな些細な事で、私は気分を害しない」

 

 そう言うと、彼は執務椅子をぐるりと回して窓の外を見上げる。もはや此方に声を掛けるつもりもないのだろう。横に控える衣笠と名乗った艦娘が言葉を継ぐ。

 

「まーま、瑞鶴さん。とりあえず替えの服だけでも着ないとね?」

 

 なんというか、結構びっくりな格好になっちゃってるから。そう言う衣笠さんが眼を逸らし気味だったことに気付いて、私はようやく自分の装束に眼が行く。

 問題があるのだろうか。

 確かに港に着いた時は裸族と言われても仕方ない恰好だったが、ジャケットを借りてきてマシになったとは思う。そんな私に衣笠さんはおずおずと続けた。

 

「その、貴女は気にしてないかもしれないけれど……上着の丈がギリギリだから……ね」

 

 ようやく理解した。

 腰巻程度にしか残っていないスカートを垣間見れば、殿方に履いていないと思われると。思えば背を向けている彼は視線を泳がせていた。

 

「~~~~~!」

 

 つまりそういう事か。

 

「提督さんのエッチ! バカ! 変態! 信じらんない!」

 

 そんな考えが浮かぶのは心が汚れているから。

 そう言い訳して先程迄の鬱憤を叩きつける。彼はというと、意にも介さず窓際によりかかり葉巻を吹かし始めるのだった。

 

「……本件は不問に処す」

「はぁ! 私を視姦したことを不問に処すですって?!」

「独断の件だ! 君の独断は本来であれば、作戦中の部隊を妨害したことになる。しかし、人命重視には一理ある。これは事後処理だが、貨物船の撃沈後の回収作戦を破棄して戦闘開始一三分後に群司令部に迎撃を承認させた。従って、命令違反の咎を受ける必要はない」

「人が死ななかったから見逃してくれるってことですか?」

 

 鼻で嗤ってそう聞けば、彼はわざとらしく肩を竦めた。

 

「私が指揮官ではなく、君と同じ一兵卒であれば同じ判断をしただろう。貨物船(アレ)に沈まれると困る。次の煙草の配給が何時になるか分からないからね。部下からどやされる」

「……?」

 

 そんな自分勝手な理由で、貨物船を護る判断へと舵を切ったのか?

 私の表情が様変わりした事に、彼は気付いたことだろう。

 そして彼は、悪びれる様子もなく続けるのだ。

 

「怪訝な顔をしているね。嗜好品を奪われた軍人がクーデターを起こしたらどう責任をとればいいんだい?」

 

 部下達の戦意が嗜好品で買えるならそれに越したことはないと、彼は何でも無いことのように自分の命令を正当化する。

 

「戦争はあらゆる要素が絡み合うからね。少しでも不安材料は取り除く。私が指揮官であるうちは徹底するさ」

 

 私は少し驚いた。先程まで調達予算と守った財産の額面を天秤にかけていた人間の台詞とは思えない。

 彼の顔面に貼られていた「財務官僚」のお札(レッテル)が、ひらりと剥がれて落ちる音がした。

 

「てっきり、不要なものと切り捨てると思ってました」

「初対面の相手に、なかなか毒を吐くね。言った筈だよ。根っからの功利主義者ではないと」

 

 私情を優先する、公務に不適格な軍人さ。胡乱な目を向けると、彼は苦笑い。釈然としないけれど、ここの現場指揮官の人となりを知ることは出来たと考えればいいのだろうか。

 

「つまり提督は、お前を心配していたという事になるな」

 

 理由付けしないと梃子でも動かん男だからな、提督は。先ほどから壁に背を預けてこちらを眺めていた長身の女性が声を上げる。細身ながらも鍛え抜かれた身体を備えたその艦娘は、武人にも似た落ち着いた振舞いでこちらに向かい合うと、それから口角を上げた。

 

第3(チユーク)分遣隊の長門だ。一応、第831護衛隊の旗艦(たいちよう)をやっている。よろしく頼むぞ」

 

 第831護衛隊といえば、私が配属される部隊である。

 

「本日付で着任しました。航空母艦瑞鶴です。よろしくお願いします」

 

 そう言いながら長門と手を交わす。すると長門隊長は間を置かずクツクツと嗤い出した。

 

「いやぁ。しかし面白い物を見せて貰ったぞ、瑞鶴よ。あれだけ慌てた提督は久しぶりだ」

「?」

 

 何のことかと目で問えば、私が会敵した直後の事だと長門隊長は語り出す。

 

「聞いているこちらが目を剥いたぞ。『制空とれてないのに戦場に空挺降下するのは、一体どこの馬鹿だ!? 長門、水戦を全機頼む。意地でも無事に降ろせッ!』とは恐れ入ったよ」

 

 その発言に目を丸くして窓際を見れば、彼はそんなものは知らないとでも言いたげ。

 

「君を喪えば、ウチの戦歴にも傷がつく。指揮官として当然の判断だと思うけれどね?」

 

 彼の耳には朱が混じっていた。反応に満足したのか、長門隊長はこちらに耳打ちをする。

 

「性格に難アリな指揮官だが、誠実な方だ。悪態吐きながらお前の事を褒めていたぞ?」

「何か言いたいことがあるようだね? 長門隊長」

「いえッ! 小官はこれより、泊地設備の案内にとりかかります!」

 

 急に畏まった調子で長門隊長が敬礼して、それから強く私の手を引いた。

 

「ようこそ日ノ本の最果てへ。我々は君を歓迎しよう」

 

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