「――――――国防意識に燃えて。なるほど、そのきっかけは?」
階級は、3等海佐。
高い階級だなと思った私は、3佐がありふれた存在なんてしらなくて。
私は緊張で胸が張り裂けそうになるのを抑えて、言葉を紡ぐ。
「私が昔住んでいた町は、海のそばにありました。その町を守ってくれた艦娘に憧れて、私もその人みたいになりたいと思ったんです。そこから国防に興味を持ちました」
試験官は、たったの二人だった。
私の話に片方の試験官は興味津々といった風に質問をする。出身地を知っていたのか、私の話はすんなりと通じてくれた。
「なるほど。つまりあなたは航空母艦の艦娘になりたくて志望したわけですね」
その問いに私は首肯。満足げに頷く面接官の代わりに、隣の面接官が口を開く。
「ですが艦種には適性があります。航空母艦は誰しも適性がある訳ではありません」
航空母艦になれないのであれば、あなたはどうしますか。そんな事を聞く面接官。空母がその特殊性から適性ありきの存在であることくらいは知っている。
「私は、なにも航空母艦として憧れたわけではありません。私の町を守ってくれた、一人の艦娘として尊敬しているんです。ですから他の艦種であっても、私は構いません」
嘘だ。この嘘つき。見え透いた嘘を知って知らず、面接官は続ける。
「なるほど。航空母艦では分霊遠隔操作の技術が求められますが、その経験は?」
航空母艦艦娘は、特殊な存在。沢山の妖精さんを操って、そして深海棲艦と戦う。
勿論一般市民がやったことある技術じゃない。
あんなにフリーダムな妖精さんに言うことを聞かせようなんて、普通の人なら絶対に考えないだろう。私だってそうだ。
「経験はありません」
私は、また嘘を吐く。面接官は想定内といった風で続ける。
「訓練は、他艦種と比べてかなり根気がいりますよ。それに自分自身を鍛えるのとは訳が違います。あなたにそれが、出来ますか?」
出来るか出来ないかなんて、やってみなければ分からないことをよくも聞くモノだと思う。一体私の何を見ているのかも分からない面接。面接官は無表情に私の答えを待つ。
「大丈夫です。できます」
だって、私は飛龍さんに空を教えて貰ったから。だから私は自信満々に答えたのだ。
あの日の夏空は、どこまでも澄み渡っていて、一つの雲もなかった。
ぐらり。視界が傾いだ。慌てて引き戻そうとするけれど上手くいかない。速度は正常、エンジン計器も異常はない。となると気流にでも掴まったのか。そんなことを考えるよりも早く、私の視界は落っこちていく。
「はいはい、
「は、はい」
小一時間前に教えて貰った「ユーハブコントロール」という合言葉も思い出せず、私はすっと意識を飛行機から引き離した。
私の制御下から逃れたそれは、息を吹き返すように入道雲へと登っていく。
がっくりと肩を落とした私を、飛龍さんはぽんぽんと叩く。
「まあこんなもんだって。実機ならもっと感覚的に操縦できるんだけれど、妖精さんも完璧に指示を聞いてくれるワケじゃないからね」
空母艦娘が操る艦載機。それは『妖精さん』という不思議な存在に頼る特殊な技術に支えられている。飛龍さんは不思議なモノでもないというけれど、少なくともあの頃の私にとっては不思議な存在でしかなかった。
それでも、その妖精さんの艦載機を操らせてくれると聞いたときは、心の底から喜んだものだ。飛龍さんの艦載機はとても格好良くて、本当ならただの一般人に過ぎなかった私が触れるハズがなくて。どうやって軍に説明したのかは、今でも分からない。もしかしたらアレは飛龍さんの独断で、許可なんて貰ってなかったのかもしれない。
それでもあの日の私は、自分の手で空を飛べたことを、確かに喜んでいた。私に貸していた飛行機と、残りの他の飛行機を集めて編隊を作りながら、飛龍さんが言う。
「それにしても、他人にアサインされた妖精さんで動かせるのはすごいことよ?」
細かな
多分ソレが、私に空母艦娘を目指させた決定的な言葉で。
――――――そして飛龍さんが私に初めて吐いた、
かつては観光地として賑わった、北マリアナ諸島のグアム島。
僅か一時間の時差と飛行機で数時間という近さはハワイの魅力に勝るとも劣らない。
だからこそグアムには沢山の日本人が遊びに来ていたという。
観光客向けのショッピングセンターに、アメリカ直轄領ならではの実弾射撃体験。もちろん本業の南洋リゾートだってある。
そう言った場所だからこそ、私たちは通信網を思う存分に使うことが出来た。
「……うん。そう、だから『空の艦娘』を送って欲しくて、郵便じゃなくてメールね?」
その恩恵で、私はこうして電話を掛けることが出来る。
一時間の時差を考えれば向こうはそろそろお昼時だろうか。そんなことを考えながら、私はお腹をさする。
電話の向こうは、見つかったらねと条件付きながらも私の頼みを聞いてくれる。
私はあの絵が収められた場所をおぼろげながらに言うけれど、もう何年も触っていなくて自信がない。
迷惑をかけてる自覚はあるつもりだ。
私は、ずっと迷惑をかけてきた。
既に用事は終わったけれど、電話の向こうは名残惜しそうに話を続ける。アメリカ海軍病院ともなれば、長々と日本語を話し続ける日本人は不気味でしかないだろう。
私は出口への道のりを急ぐ。ギラギラとした太陽光に照らされた出入り口が見えてきた。
「うん、大丈夫。頑張ってるよ」
それとも、頑張っていないとでも思われているのだろうか。
本当は反論したくて、でも一方で反論できない自分がいる。
私のことをずっと見ていた家族には、私はその程度の人間にしか見えていないのかもしれない。その程度なら、どうして手紙が少ないことを嘆くのだろうか。
私は分からずに、忙しくて出せないのだと弁明する。嘘ではない。
「うん、ごめんね。あ、もう切らないと。じゃあね」
その言葉で区切ってしまって。私は携帯を仕舞う。
病院の入り口、そのロータリーには一台のタクシーが止まっている。そこには、私の見知った顔。
「ごめん、待った?」
乗り込みながら聞く私に応えることなく、出して下さいと英語で言う岸波。やっぱり待たせてしまったのだろうか。居心地の悪さを覚える私に、岸波は呟くように言う。
「珍しいですね、街に行こうだなんて」
「見ればわかるでしょ。街には行ってないわよ」
「腕の怪我ですか? 基地の医務室で治せばいいのに」
「お見舞いに行ったのよ、私より重症のヒトのね」
私の言葉に興味がないのか。岸波が反応する様子はない。
今日は週末。市街地に遊びに行くと言った彼女を私は捕まえて、タクシー相乗りを提案したのである。
「……そんなことより、なんちゃらダイビングはどうなったのよ」
「そちらこそ、秘密の特訓はどうなったんですか」
お互い、その問いに答える義務はないのだろう。
蒼龍さんと週末に予定していた艦載機操作の練習は、私の怪我で延期。その蒼龍さんも奇襲攻撃の後片付けで忙しいと言っていた。その証拠に、蒼龍さんは初日以来、飛龍さんの病室に来ていない。
岸波がなんちゃらダイビングに行かない理由も、同じようなものだろう。
彼女が慕う『ぼの先輩』は9護群の中でもかなりの実力を持つ駆逐隊の長。蒼龍さんほどではないにしろ、きっとかなり忙しいのだろう。
戦争は、戦うことよりも終わらせることが面倒だからね。
先ほど聞いたばかりの飛龍さんの言葉が蘇って、私は隣に座る岸波を見ないようにして、窓の外を見る。
「まさか、あなたに相乗りを提案されるとは思いませんでした」
「お金は節約する、これ鉄則でしょ」
そこで沈黙。タクシーは片側二車線の一号線にそって進んでいく。
たちまちに市街を抜けると、両脇には生い茂った緑ばかり。そんな景色は平穏そのもの。幼い日の私が、寂れた路線バスから眺めていた景色と似ていて……でもそれは、戦争の中の平穏で。
今この瞬間も、誰かが戦っている。
それは深海棲艦と直接海の上で、もしくは輸送船を護衛する形で。
蒼龍さんのように書類と戦っているヒトもいるし、
軍隊の予算を支えている税金を支払うことで、もしくは艦娘の守るべき
飛龍さんにとってのあの頃の私は、守るべき存在だったのだろうか。
『私のせいだね』
飛龍さんは、そんなことを言う。
私の故郷がなくなってしまったのも、私が国防軍に入ったのも、そして右腕を怪我したのも。飛龍さんのせいだと言う。
そんなことは決してない。
飛龍さんと初めて会ったあの日、私は絵を描いていた。
飛龍さんに色んな絵を描いて見せたのは私だ。
飛龍さんが居なくなった後も絵を描き続けたのが私だ。
高校の漫研で諦めたのも私。
国防軍に入ったのも私。
空母になれなかったのも私。
蒼龍さんと話したあの夕方。直ぐに鳴ったサイレン。
戦闘。
そして飛龍さん。
「……ねぇ。岸波、私。なにしてるんだろ」
「
岸波の台詞はその通り。けれど、私はそういう話をしている訳じゃない。
そう言いたくなって、けれどその言葉は飲み込んだ。
それは口に出したところで何の意味もないことだろう。
岸波に私の人生をどうにかする権利も義務もない。蒼龍さんは私が決めろと言う。秋雲は空母課程を目指す私を止めようとしない。
そして私がどうなろうと、みんな勝手に生きていく。
「岸波はさ、なんで艦娘になろうと……ううん、なんで艦娘を続けてるの?」
「兄弟が六人いるんです。父は腰を痛めました。国防軍なら待遇がいい」
岸波は事もなげにそんなことを言う。
それは私に突きつけられた刃。私の家族は全員無事で、別に経済的に困窮しているわけでもない。ごめんと言うのが精一杯。
「気にしませんよ。今のはウソですから」
口を開けることも出来ずに、岸波を見返す私。
彼女はいつもと変わらぬ調子で続ける。
「兄弟は三人しか居ません。三人とも兄です。私が大卒入隊なのはご存じでしょうに」
向こうはネタばらしのつもりなのだろうが、それにしたって冗談にはなっていない。
大学を卒業したと言って家庭が裕福な証拠にはならない。もしもここで心ない言葉を放ってしまうのならば、私は風評で故郷の
押し黙った私の代わりに、岸波は喋り続ける。
「まあ。真面目に答えるなら、それは私を受け入れてくれるからです」
私、多分みんなに変なヤツって思われているでしょうけれど。岸波はそう言う。
そりゃ笑えない冗談を言う時点でそうだろうなと私は他人事のように思う。
……やっぱり他人事か。
そんな私に「陳腐な言い方になるので笑わないでくださいね?」と前置きした岸波。
「ここの同期は、文字通りの姉妹ですよ。通す袖が同じ、借り受けた艦名に
だからどうぞ気にしないで下さい。岸波はそう言う。
「じゃあ。私をなんちゃらダイビングに誘ったのも?」
「スキューバダイビングです。そうです。あなたはそれでいいのかもしれないけれど、数少ない同期の仲が引き裂かれるのは、見ていて気持ちの良い物じゃありませんから」
「驚いた。岸波は中立じゃなかったの?」
言ってしまって後悔するのはいつものこと。
別に私は岸波の揚げ足を取りたい訳ではない。
なのにこんな事を言ってしまう私に、岸波は小さく笑う。
「中立ですよ。でも強いて言うなら、私は同期の味方です」
だから、どっちの側に立つとか。そういうのはないんです。
そう言う岸波は、やっぱり面倒見が良い。それはありがたいけれど、多分納得出来ない私も居て。
多分、私と岸波の話していることは同じで、そして噛み合っていないのだと思う。
常に危険と隣り合わせである国防軍という組織が、本当に仲間を大切にする家族のような存在であるのなら、きっと同期は姉妹で先輩は母親で、そして後輩は娘になるのだろう。
「でも、家族なら。ほっぽりだしたりはしないでしょ」
なのに、飛龍さんは今、査問に送られようとしている。
病院には入れ替わり立ち替わり違う人がやって来て、それで私は病室の外に出されて待たされる。
飛龍さんは、連日のように聞き取りを受けていた。
毎日同じ時間にその人たちが帰っていくと、飛龍さんはなんでもなかったような顔で私を迎える。
私に聞いてもなにも分からないのにね。
そう笑う飛龍さんが少し疲れた表情をしていたのは、気のせいじゃない。
私の言葉に、岸波はなにも返さない。
岸波の言う家族というのは、そんなに小さな枠組みなのだろうか。
飛龍さんをはじき出しても構わないというのだろうか。
それが分からない私に、岸波は言う。
「まあ、これは私の勝手な意見ですから」
それだけです。実際は違う事なんて百も承知、そんな風な物言いに、私は多分反感を覚えたのだと思う。そんな私を知って知らず、岸波は言う。
「それとも、あなたみたいに『国防意識に燃えて』とでも言って欲しかったですか?」
「国防意識……ね」
それは、私が面接の時に吐いた嘘。
私は飛龍さんのようになりたかった。
飛龍さんみたいに、大空に飛行機を飛ばして、そして何かを守ってみたかった。
それは言い換えれば国防意識という言葉になる。
ただそれが、本当に国防意識と呼べるモノなのかどうか、私には分からない。
分かるはずがない。だったらそれは、嘘だ。
「なんであなたは、国防大学に行かなかったんですか」
それは、一般大学を卒業した岸波だからこそ言える台詞。訓練学校に入った同期の大半は大学や専門学校を出てから国防軍にやってくる。私みたいな高卒艦娘は、珍しい。
「……願書を、出さなかったからだよ」
なんで、とは。岸波も聞かない。
それに甘えて、私もそれ以上は口を開かなかった。
軍隊において最も重要とされるのは、その運用に欠かせない兵站であるという。
それは燃料弾薬はもちろん食糧の話。つまり食事である。
それは軍隊が戦っていようと休んでいようと必要なもので、休日であっても食堂には人が集まるということ。
「あれ、夕雲さんは?」
私が首を傾げたのは、食堂の手前で巻雲と落ち合った時だった。
別に強制されているという訳ではないけれど、食事というのは僚艦と一緒に食べるのが普通だろう。いつものように秋雲と連れ立って食堂へ行くと、そこに夕雲さんの姿は見当たらない。
「休日出勤ですよ。やり残したことがあるとかで」
まあ出勤って言っても同じ敷地内ですし、どうも仕事と休みが曖昧になりますよねぇと巻雲。
どうやら朝からずっと書庫に篭もっているようで、そう説明する巻雲も詳しくは知らなさそうである。秋雲もあの夕雲さんが珍しいと多少の関心を示しただけ。
まあ付き合いとはいえ何となく一緒に食べているだけなので、わざわざ待つこともないだろう。私たちは食堂へと入る。
グアム基地は、狭い割には職員が多い。
その理由は言うまでもなく
「お。今日の護衛艦カレーは〈やまづき〉のカレーだって」
「やった。当たりですね風雲!」
看板を見た秋雲が呟くように言って、巻雲がこっちを見る。
私は何拍か置いて、ようやく自分が巻雲に賛同を求められていることに気付いた。
「えっ、あうん。そうだね」
陸海空の各職員が入り乱れるグアム基地では、メニューのレパートリーは
だから海軍なら必ず金曜日に出ると決まっているはずのカレーがこうして休日に出てくるのは普通の話。そんなカレーの中でも人気な護衛艦直伝カレー。それが今日のメニューらしかった。そうかカレーかと頷く私を、巻雲が訝しむように見る。
「……どうしたんですか風雲? 〈やまづき〉のカレー、風雲のお気に入りでしたよね」
護衛艦〈やまづき〉のカレーは甘くてとろみがあることで有名で、9護群所属の護衛艦カレーの中でも一番のお気に入りだ。そうなのだけれど。
「まあまあ、そんなこともあるよ。夏バテでしょ?」
気を利かせてくれたのか、秋雲がそんなことを言う。そういえば、秋雲の原稿はどうなったのだろう。私は今更ながらそんなことを考える。頭の中のカレンダーは秋雲の締切までは書いていない。私はなにか手伝わなければいけないのかと頭の隅で考える。
……秋雲が原稿の話をしないのは、きっと私が右腕を怪我しているからだろう。
まだ三角巾の取れない私の腕。これが取れて、傷を癒やした私の腕は、果たして昔と同じように描けるだろうか。そんな不安がどうしても脳裏に過ってしまう。
だけれどそれ以前に、私は昔みたいに全力で描いていないのだから。秋雲に負けない手伝いが出来るとは思えなくて。
「とにかく、私らは身体が資本ですから、しっかり食べないとですね!」
そう言いながら当たり前のように二人分のトレーを持つ巻雲。勝手にカレーを大盛りにするのは勘弁して欲しいけれど、私を心配してくれているのは確かなことで。
半ば惰性でカレーの置かれた席に座る。二人も一緒に席につくと、いただきますの合図でそれぞれの昼食へと手を伸ばす。時間がズレてしまったお陰か、混雑した食堂からは波が引くようにヒトが減っていく。
「風雲、本当にどうしたんですか? 左手も痛みます?」
巻雲が私のことを覗き込んでくる。
それでようやく、私は自分のスプーンが動いていないことに気付いた。
「あぁうん。えっと」
なんて誤魔化そうか、初めはそう考えた。
だけれど私はその考えをかき消す。嘘は苦手だし、それに隠す理由はないだろう。蒼龍さんも「秘密」だとは言っていない。
「……飛龍さんが、査問にかけられそうで」
その言葉に、巻雲だけじゃなくて秋雲も動きを止める。巻雲は少し表情を作って言う。
「とは言いますけれどね。あの艦娘が風雲を確認して撃ったのは間違いないんですよ?」
「それはそうかもしれないけれど、いきなり軍事裁判っておかしいでしょ」
正直、私もどういう基準で軍事裁判が開かれるかはよく分かっていない。それに飛龍さんの言う敵前逃亡が本当に成立するのなら、軍事裁判は現実味のある話で。
「まあ私たちがなにを言ってもですよ。下っ端ぺーぺーじゃなんにもなりません」
それは、恐らくその通りなのだろう。蒼龍さんは何とかするつもりなのかもしれないけれど、その方法については私は何も見当が付かない。
『深海棲艦が奇襲を仕掛けたという事実は、風雲ちゃんが思うよりずっと大きいの』
飛龍さんに掛けられた疑惑は、私への誤射なんかよりずっと大きなモノ……蒼龍さんはそう言う。
私は、北マリアナ諸島の防衛体制がどうなっているかなんて知らない。
なにせ、公式発表と違う事なんていくらでもあるのだ。
例えば徹底して管理されているという基地外、つまり
入る時はともかく出るときはチェックもされない。強いて言えば
あれほど謳われた有給消化率は怪我のリハビリに重ねられていつの間にか消えているし、その割に官品をなくせば寮舎をひっくり返しての大捜索。
それが当たり前なのだと言い聞かせるウチに、どうも公式発表というのが信じられなくなってしまった。
そしてそれを、私たちは当たり前のように受け入れている。
「まあ何にせよさ、悪いようにはならないって。そう考えようよ」
慰めるつもりなのか、秋雲がそういう風に言う。
なんにも知らないクセにと言いたくなるのを必死に抑えて、私は秋雲を見る。もしも秋雲が無配慮なら原稿手伝ってよと言うだろう。だからこれは、秋雲なりに気を遣っているのだ。その秋雲が言う。
「……飛龍さんは、なにか言ってたの?」
「なにも、言ってなかった」
不満を漏らすこともなく、ただ「そっか」とだけ言った飛龍さんが瞼の裏に蘇る。
『ロクなものじゃないよ、艦娘なんて』
あの飛龍さんの言葉、その意味を知るのに時間はかからなかった。
なるほど、国防軍は国防省と同じお役所で、厳しい規則と理由も知らない不文律が横行している場所で。
それなら、なんで飛龍さんは艦娘になったのだろうか。
今回の査問はきっとロクなものじゃない。
そんな場所に行って裁かれる飛龍さんは、なにを思うのだろうか。
少しの沈黙を置いて、呟くように秋雲は言う。
「じゃあ。しょうがないよ」
しょうがないよ。
その言葉、どれだけ聞いただろう。
今回のことについてじゃない。訓練学校の時からそう。
なにもかも理不尽で、結局は「そういう組織なのだ」と諦めるしかない。戦時だから仕方がないと、皆で言い聞かせ続けている。
その時、食堂の一角でざわめきが起こる。
ざわめきというか、違和感というか。見ればそこには蒼龍さんの姿。蒼龍さんは護衛隊群付艦娘隊の
蒼龍さんは私を見つけると、食堂の全員の視線に晒されながらずんずんとまっすぐ此方へ向かってくる。
「ど、どうしたんですか……蒼龍さん」
蒼龍さんは、肩で息をしながら私の事を見ていた。
明るい部隊長であるはずの蒼龍さんがこんな顔をするなんて。
私じゃなくても何かあったと察するだろう。
それも基地内放送で呼び出すわけにもいかないような、何かが。
「飛龍が――――――逃げたよ」