舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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"案内人は予定どおりに来る"


幕間「Good-bye"BEIJING EXPRESS"」
第34話 UA"Pilot will arrive at time indicated"


 艦娘を目指すと言ったとき、誰もが歓迎してくれた。

 

 適性があると分かったとき、誰もが祝福してくれた。

 

 

 それなのに。

 私の夢だけは、誰も応援してくれなかった。

 

 

 

 ――――ねぇねぇ、適性あるのに空母蹴ったってマジ?

 

 ――――しかも志望は最前線の駆逐艦だってさ。

 

 ――――うわ、やば。なに? 死にたがりってこと?

 

 ――――なんでも、災害の時に助けてくれたのが駆逐艦だったとか……。

 

 ――――なにそれ、意識高い系じゃん。やっぱ調子乗ってるよね。

 

 

 

 

 

「ぅうん! ロブスターにビール、コレさえあれば勝ちですわ!」

 

 本当に、どうしてこんな所に来てしまったのだろうか。

 

 訓練学校で空母艦娘への道を蹴ったことは間違っていなかった……と、思う。

 というか、思いたい。

 

 高等幼年学校から国防大学、そこで戦術理論を学んで幹部艦娘として着任。

 色々言われることもあるけれど、その経歴に後悔はない。

 

 

 ではどうして、そんな私の目の前には大量のロブスターが並んでいるのだろう?

 

 

「ほら、艦娘はんも喰いませんと。付くもんも付きませんで?」

 

 なんだそれは。馬鹿にしているのか。

 そもそも「つくもの」ってなんだ。私はこれでも大きい部類に……いや、こんなことをハゲのおっさんに言われる時点でもはや屈辱モノである。護衛対象でなければハッ倒している所だ。

 

「かぁーッ! 旨いッ! こんなんもうパクパクですわ」

「――――あの」

 

 ハゲの天辺まで真っ赤にしてロブスターをビールで流し込んでいたハゲも、流石に私の絶対零度の声音には気付いたらしい。

 文字通り冷や水を掛けられたようになって、こちらに視線を注いでくる。

 

「一応確認しておきたいのですが。本当にここであってるんですよね?」

「せやで」

 

 このハゲ、見た目に反して鉄鋼業の雄である阪友金属は資源事業本部の海外資源調査グループに所属するというエリート会社員。

 そしてふくれ面の私に課せられた任務(しごと)は、不本意ながら彼を守ること。

 酒飲みを護ることになるなんて、軍に入る前の私に言ったらどんな顔をするだろうか?

 

「インドシナ、ことさらマレー半島といえば人類の最前線や」

 

 ハゲがそう言う。恐らくマジメに言っているのだろうが、指についたロブスターの煮汁と口元に残るビールの泡が最前線を居酒屋に変える。

 せやけどと、彼は続けた。

 

「ここらはヒトがぎょーさん居る、なんでか分かるか」

 

 ロブスターが美味しいから……なんて。

 そう言えばハゲは笑うだろうか。

 

 それとも――――怒るだろうか。

 

 どこまでも続いていそうな露店の群れ。

 道行く人を楽しませる大道芸人。

 誰もが殊更に明るく振る舞う繁華街の空は快晴。

 

「逃げられない。ここから逃げたくても、行く先がない」

 

 しかし乾季のマレー半島を訪れるのは、残虐非道な化け物たちだけ。

 

「みーんな生活がかかってる。ほな、彼らの仕事にもカネ払ってやらんと」

 

 こんな最前線でロブスターが食べられるのは、ロブスターを売らないと外貨が稼げないから。こうして価値を外国に示さなければ、護ってもらえないから。

 

 惨めだ。あんまりにも。

 

「ま。ワテらはワテらの仕事をするだけですわ」

「……アジア連合軍と協力して河川遡上した深海棲艦を拿捕、調査するんですよね」

 

 私の言葉に頷くハゲ。

 彼はこれでも経済産業省により委託された深海棲艦再利用事業の第2期調査――深海棲艦の死骸が資源として使えるか調べる事業――を担当しており、だからこそわざわざ幹部艦娘である私が護衛としてつけられた。

 

「ですが分かりません。既に死骸再利用は暗礁に乗り上げた筈ですが」

「せやからこうしてロブスターを喰ってるんやろ」

 

 なにを言っているんだ、と言わんばかりの顔。その台詞はこちらのものでは?

 まさかとは思うがこのハゲ、会社の経費――しかも支払いの大本は国であり国民の血税――でロブスター食い倒れ旅行でも決行しているつもりなのだろうか……再び怒りで沸騰しそうな私に、今度はハゲが冷ややかな視線を注ぐ。

 

「もうトボけんでもええやろ艦娘はん。ワテらは()()でっせ」

「なにを……」

 

 私の言葉を遮るように、彼は一枚の航空券を見せる。

 

「これはワイの鞄に()()()()()()航空券や。亜日空の関空行き、日付は今日。そしてココみてみ、名前が別人になっとるやろ」

 

 見れば、確かにそこにあるのは彼の名前ではない。

 全く聞き覚えのない名前が刻まれている。

 

「分かるな。ワテはこれからもここに滞在していることになるんや。そして艦娘はんは、ここに滞在している()()()()()()()()ワテを護ることになる」

 

 この意味が分からん艦娘はんやないやろ、ハゲの声は冷え切っていた。

 

「……そういう、ことですか」

 

 おかしいと思ったのだ。

 出頭命令は統幕監部から直々に下り、依頼主は経済産業省、現地の大使館との連携もナシ。そして護衛対象はうだつの上がらない中年ハゲ。

 

「ま。ガンバりぃや艦娘はん。応援してまっせ」

 

 そう言いながら立ち上がるハゲ。どこへと聞けば便所と答えた彼は、そのまま自分の荷物を全部持って行ってしまった。

 追おうとした私を邪魔するように、するりとハゲの座っていた場所に影が滑り込んでくる。

 

「ハローインターネット!」

「……」

 

 歳は私と同じか、もしくは少し若いくらいだろうか。

 

 頭の後ろで髪をひとまとめにした少女と呼んでも差し支えのなさそうな風貌。服はなんとも場違いなアロハシャツ。

 

「はいどうも、おはこんばんにちわー……ってアレ?」

 

 ノリ悪い感じ? もしかして私スベっちゃった?

 

「…………」

 

 しかし分かることも、ある。

 彼女もまた「道化」なのだ。

 

 おそらくは私たちの同類。人混みの中にも関わらず展開された霊力防壁の圧が、彼女の優秀な神祇官としての適性を示している。

 

「うわ。これ完全にスベったね? は~じめが肝心、詰んだ詰んだ~っ」

 

 本当に、どうしてこうなったのだろう。

 心の底からため息を吐いて、私は立ち上がった。

 

「……お初にお目にかかります。私は」

 

 そこで迷う。私は、この任務でなにを背負えばいいのだろうかと。

 国ではない、と思う。表に出せない任務なのは把握している。ではどうしろと?

 統幕長の懐刀(物理)とでも名乗ってやろうか。それとも経済産業省の特殊部隊?

 

 ひとしきりの現実逃避にいそしんだ私は、結局この結論に行き着くことになる。

 

 

「私は駆逐艦『夕雲』です。どうぞ、よろしくおねがいしますね?」

 

 

 


 

Good-bye BEIJING EXPRESS

 


 

 

 

 太平洋は平和の海であった。

 

 有史以来、この場所を舞台に激しい戦いが繰り広げられることはなかった――――そう。二度の大戦と、今回の戦争が起こるまでは。

 

「海が広すぎる。艦娘には手に負えない」

 

 だからこうするんですよ。

 

 そう言わんばかりに彼女が顎を動かすと、それと同時に海が爆ぜた。

 化学反応により急激に放出されたエネルギーが、火炎や黒煙といった副産物を伴いながら衝撃波へと変わる。それが海とヤツらをズタズタに引き裂いて、その破片が更なるうねりとなって残虐の限りを尽くす。

 

 意思がないからこそ慈悲もない、物理法則に基づく暴力がそこにはあった。

 

「うーん、完璧な照準ですね。米国(アメさん)は彼らを敵に回さなくて幸福だった」

 

 私たち目掛けて突撃してきた深海棲艦の群れは、もはや見る影もない。

 

 突撃隊形を乱されてしまえば群意識(むれいしき)も働かないし、再集合を図ろうとすれば次の爆撃で全てが無に帰すことであろう。

 

 とはいえ、ここで全てを処分しておくことにこしたことはない。主砲を構えた私に、彼女はすっと腕を広げた。

 

「あー、駄目です駄目です夕雲さん。あれはこのまま逃がしましょう」

「……どうしてです? 今なら倒せますが」

「そりゃもちろん倒せますよ? ですけれどホラ、アレの護衛はどうするんですか」

 

 そう言いながら彼女が指し示したのは小さな(ふね)

 吹けば飛んでいきそうなそれは民間向けのクルーザーで、外洋航行自体は可能でもそこまで性能の良い船舶とは――少なくとも、深海棲艦が跳梁跋扈する海域に出られるとは――言えない。

 

 本当なら、あんな足手まといの護衛なんてやりたくはないのだけれど。

 

「口は災いの元。言葉にしないのは正解です」

 

 そう言いながら彼女――――ロブスターと共に現れた、私と同じ駆逐艦艤装を背負う特務神祇官(かんむす)は救命筏を展開すると、そこに身を投げた。

 

「ちょ、あなた……!」

「休憩ですって。今回は長丁場ですから」

 

 ほら、夕雲さんも座って。戦場で、総崩れになったとはいえ敵の目の前で休憩なんて信じられない話である。

 ところが信じられない話であっても、身体は素直というモノで。

 

「……救命筏(フロート)展開」

 

 講習でしか扱ったことのない筏が、窒素ガスの力を借りて展開される。

 海の上に拓かれたヒト一人分の休憩スペース。艤装を補助浮力球(サブフロート)で海に浮かせて、筏に(もや)う。

 

「今のうちに身体の整備をしてください。休憩程度で(おか)には戻れませんよ」

 

 それは作戦か、それとも政治か。

 少なくとも機密の塊である艤装を他国の舟に揚げることはそう簡単には許されないだろうなと、私は頭の片隅で考える。

 

 なにせそのクルーザーには、誇示するように五星旗が翻っているのだから。

 

 

「『なんで連中と協力しなきゃいけないのか分からない』」

 

 

 そんなところですか? 同型の救命筏(フロート)に身を委ねた彼女がそんなことを言いながら2つの筏を結びつける。

 

 私が何も答えないでいるのを良いことに、彼女の口は言葉を放ち続ける。

 

「気持ちは分かりますよ。領土問題、歴史問題……そして奉ずる政治形態(イデオロギー)の違い。ですが元を正せば、私たちは同じ流れを汲む同胞(モンゴロイド)じゃありませんか」

 

 人類が手を取り合っているのに、親戚同士じゃ駄目なんですか?

 そんなことを彼女は言う。私は冷たい視線を注ぐだけ。

 

「まぁ、ぶっちゃけ親戚も遺産をめぐって殺し合いかねない世の中ですから、気持ちは分かりますけれどね」

 

 ですが時には実利を取ることもあるんですよ。そんなことを彼女はのたまう。

 

(やつこ)さんには艦娘がいない、そして私たちには爆撃機がいない。だから互いに手を取り合って協力する。日中友好(リジヨンヨゥハォ)謝謝茄子(シェシェチェーズゥ)……ってね?」

 

 最後の北京語らしき言葉は聞き取れなかったが、恐らくは日本とあの国が仲良し的なことを言ったのだろう。

 

 とはいえ彼の国と私たちの日本国が十全な協力関係を築けているとはお世辞にも言えないのが現状で、それは深海棲艦が出現した以後も変わっていない。

 

「もちろん、だからこそ我々はここまで慎重にならなきゃいけないワケですが」

「私たちの軍事協力がバレたら『コト』だから」

 

 私の確認に、飲み込みが早くて助かりますとその艦娘は笑った。

 

「ただまあ、向こうも『保証』は欲しいんでしょうね。貴女のような()()()()()をつけてくれと頼んできたワケで……おっと」

 

 おいでなすったと、彼女が顔を上げるまでもなく私もそれに気付く。

 私たちを遠巻きに監視して(みまもつて)いたクルーザーが近づいてきたのである。それはたちまちに私たちの筏に近づくと、減速。

 

 そこからひょこりと顔を出したのは、むすりとした表情の空軍将校。

 

「……今の程度の相手に、航空支援が必要だったのか?」

 

 もっと日本の艦娘は強いと聞いていたのだが。

 不満を隠す様子もない相手。大柄な軍人ではなく小柄な、それも女性を寄越してくれたのは「配慮」かと思っていたが、触れあう度にそうではないのだと思い知らされる。

 

 もっとも、このくらい遠慮がない方がむしろやりやすい。

 

「難しい判断でした。さして強い相手というわけでもありませんし、私たちの練度であれば問題なく倒せたと思います。しかし――――」

 

 私はさらりと言葉に棘を混ぜた。

 

「私はこの任務において、あなたの安全がもっとも重要と判断していますゆえ」

 

 その尊重に見せかけた私の態度を見抜いて、クルーザーの甲板から見下ろす空軍将校がさらに顔を歪め……ることはなかった。手元のタブレットに指を走らせる。

 同時に視界の片隅に飛び出す通知アイコン。最新式の拡張現実端末(ARデバイス)が情報共有を通知を飛ばしてきたのだ。

 眼の中にパソコンが入り込んできたみたいで気持ち悪いという先輩もいるけれど、私はこの新型の情報端末(おもちや)を結構気に入っていた。

 

 ――――閑話休題(それはそれとして)

 

「重要なのはソレを駆除する事。私の安全なんてものは重要じゃない」

 

 共有された情報は文字(テキスト)と画像により構成された情報群。東南アジアで活動が確認されているというヒト型深海棲艦。

 

「アジア連合軍はコイツ一匹のせいでボロボロ。戦線の構築もままならない……」

 

 戦線を構築するつもりなど露ほどもないクセに、とは思っても言わない。

 

「情勢は把握しております。米国が己の裏庭であるカリブ海に注力するように、貴国もインドシナ半島情勢に目を光らせている」

「そうだ。我々はアジアの同胞を見捨てることはしない。どこかの合衆国とは違う」

 

 我が意を得たりとばかりに笑みを深めてみせる空軍の将校に、私は愛想笑い。

 

 大陸から見たインドシナ半島は裏庭で、しかし裏口程度の存在でしかない。

 重要なのは第一列島線(たいへいよう)であると言わんばかりに東シナ海に海軍戦力を集結させる彼の国に、南方のジャングルで浪費する戦力が存在するハズがないのだ。

 

 まったく。どうして日本(この)国は、こんな相手と共同作戦をするつもりになったのやら。

 問い詰めたくなる気持ちを抑え、私は情報ウインドウを閉じる。

 

「貴軍の情熱は理解しました。東南アジア安定化のために協力は惜しみませんとも」

 

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