「いやぁ。バチバチって感じですな」
作戦開始から四日。からかうような調子でその艦娘が言ったのは、補給のために港を訪れた時のことであった。
彼の国が掲げる大規模インフラ投資計画に基づいて築かれた港湾には、英語を公用語とする国とは思えないほどの簡体字が並んでいる。
「やはり
相変わらずの直球な質問に、私は辟易。
「まさか。当事者意識のなさに呆れているだけよ」
最初から半ば分かっていたことではあるが、彼の国にやる気なんてものはなかった。
激しい爆撃で歓迎してくれたのは最初の一回だけ。
あの後は支援を呼ぼうにも燃料補給だの他地域へ転戦しているだの、色々と理由を付けて爆撃機は飛んでこない。
もちろんこちらもバカではないので、こうした状況になってしまえば積極的な駆除には参加しなくなる訳で。
「一週間も経たずに合同作戦は形骸化。深海棲艦の群体を撃破しまくることでヒト型をつり出す作戦構想は消滅……上は何がしたいのかしら?」
「いやぁそれは、幹部であらせられる夕雲さんの方がご存じでは?」
きっと睨めば笑って流される。私が幹部艦娘ならお前はなんなのだと言ってやりたい気持ちを抑えて、私は戦闘糧食にかじり付いた。
くしゃり、と。犬歯で砕いて、奥歯ですりつぶす。
気持ちは晴れない。晴れるわけがない。
「統幕部の発表、見たでしょ。昨日はフィリピン方面の爆撃に参加したアジア連合軍の爆撃機が与那国沖を通過したのよ? 燃料の節約を言い訳にした領空侵犯未遂は、今月に入ってもう10回目、台湾方面に至っては――――」
「はいはい。そりゃもちろん。知っていますけれども」
遮るように手を振る艦娘。私と同じ――そのほうが整備補給の手間が省けるのだろう――駆逐艦艤装を背負い、へらへらと笑ってみせる。
はっきり言って異常だった。
階級は? 原隊は? 彼女に関する情報開示は一切無く、上官からの返事はただ「補佐役をつける」の一言。
優秀には違いない。戦闘はもちろん、私のどうしようもない――ともすれば
しかし彼女が優秀さを見せつける度、私の胸中には得体の知れない気持ち悪さが溜まっていく。
それは鉛のようで、もどかしい現実が重力を与えて私を苦しめる。
「夕雲さんは納得できない感じで?」
「当たり前でしょ。
――――なにそれ、意識高い系じゃん。やっぱ調子乗ってるよね。
違う。
違う違う。
私が言いたいのは、そんなことじゃない。
「……ここには、沢山の人達が暮らしているのよ。それを、守ってあげたいの」
「本心からの言葉とは思えませんが」
ばっさりと。私の言葉を打ち砕くように彼女は言葉を選ぶ。私はそれに目線でこそ抗ってみせるが、そこから先に反論の言葉は続いてくれない。
「理想論なのは分かっています。
「アタシは
こちとら給料もらって働いてるんです、給料以上の仕事をする必要がおありで?
その言葉は、いつかの私を救ってくれた恩人達への侮辱。少なくとも私はそう感じた。
私がそう感じてしまったのだから、言葉に棘が混ざるのは仕方の無いこと。
「そこに給料という
「夕雲さんさぁ」
バターに刻み込まれたナイフのように、その言葉は柔くて鋭い。
「それ、いつの価値観? 奈良、鎌倉、それとも昭和?」
時代遅れと言いたいのだろう。私は平成生まれで、今は令和だというのに。
「私の信念です……ケチをつけないで貰えますか」
「あそ、よかった。幼年学校での教育だとしたらどうしようかと思ったよ」
そう他人事のように――実際、他人事なのだろうけれど――その艦娘は言う。
「あなた、艦娘向いてないよ」
「…………よく言われます」
幼年学校に
では何か。私が周囲の言いなりになればそれで誰が満足するというのか。まさか国家という有名無実の存在が満足するとでも?
ありえない、実体を伴わぬ存在に「満足」なんてものは存在しない。
満足するのは「助言者」になれたという薄っぺらい実績を得た周囲の、言うなれば肥大化した自我のみである。
「夕雲さん、あなたは幹部艦娘だから感じないのかもしれないですけどさ。私たちって結局のところ軍人な訳じゃないですか」
特務神祇官たる国防軍人。
それは私たち艦娘に与えられた役職であり、私たちを定義する文字列。
その呪文は私たちを国防軍という巨大組織の歯車へと変え、私たちを馬車馬のように働かせる。
「目的を伏せられ、意義を隠されて……そういうのが仕事だと思いません? それとも――――艦娘らしく深海棲艦と戦いたいとか、人助けがしたいとか。そういうことを考えているんで?」
すっと視線を差し込んだ私を、図星だとでも思ったのだろうか。
彼女は手をひらひらと振って、嗤う。
「空母艤装に、適性があったらしいじゃないですか」
「……」
「それを蹴って、艦種をある程度選べる高等幼年からの国防大艦娘専科。選んだ艤装は駆逐艦。最低限の適性で背負える低性能艤装」
「…………」
「それは憧れですか。それとも、冷やかしですか」
見定めるように、その艦娘の視線が私へと向けられている。
部下とは思えない――きっと最初から部下などという枠組みの存在ではなかったのだろう――彼女が、私をじっと見据えている。
おそらく彼女は、私が駆逐艦になった理由を知っている。知っていてそれを、私の口から喋らせようとしている。
「家族を、助けてもらったの。水害の時に、家族を」
だから――――私もそんな存在になるべきだと思った。
同じように人の命を救う職業に就いて、繋いでもらった命をさらに未来へと繋ごうと。
それは果たして、否定されて良いような理想論なのだろうか。
「どうして、消防じゃなかったのでしょうね。あなたを助けたのは」
「……?」
なにを言って。そう言い返そうとした私にその艦娘は言葉を紡ぐ。
「
少しだけ赤みを帯びた髪を、大きなリボンで小さくまとめられたポニーテールを揺らしながら。
「
まるで、何かの報告書を読み上げるように。
「
私の知らない単語を、つらつらと口にして見せる。
理解の追いつかない私を傍目にして、彼女は言葉を並べ立てる。
「……これが、あなたの家族の元に艦娘が駆けつけた理由ですよ、夕雲さん。私たちは目標を見つけることが出来なかったから
「なにを言っているのか。分からないわね」
少なくとも、なぜこのタイミングでそんなことを言うのかは、分からなかった。
しかし彼女は分かっているはずですよと嗤う。
「どうしてあんな内陸部に艦娘部隊がやってきたのか。どうして救出されたのがあなた方だけだったのか。そしてどうして――――この国がこんな南の地で、無意味な作戦をあろうことか仮想敵国と合同で実施するのか」
その言葉に、私の中で情報のピースが繋がっていく。
今回の作戦、正体不明のヒト型深海棲艦の討伐にやっきになる日本とアジア連合軍、両者の妙な温度差。
私の人生を大きく変えて見せたダムの決壊事故にまつわる奇妙な話。
「……その、いま言った『D事案』とは?」
「ヒト型深海棲艦の討伐作戦、とだけ申し上げておきましょう。我が国がヒト型の討伐に血道を挙げているのは、もちろんご存じの筈ですし」
「えぇ、ええ。分かっているわ。知能を持つ可能性のあるヒト型は危険、国防軍としては2023年の不祥事を繰り返すわけにはいかない」
そこまで言ってから、私はひとつ確認しておかなければならないことに気付いた。
「あのダムは……そのヒト型によって破壊されたのかしら?」
「いえ。調査の結果、単なる経年劣化によるものだったようです」
どの国でも似たようなものらしいですよと彼女は力なく笑う。深海棲艦との戦争にあらゆる資源が回された結果として起こる社会インフラの劣化。それが増大する異常気象と見事に組み合わさった結果、その「最悪」は起きたと。
だから
「彼らは
「
オウム返しの私に、ええそうですと彼女は頷く。視線は港湾施設の向こう、マラッカ海峡へと注がれていた。
「黒い白鳥など存在しません。しかし
彼らは世界の秩序を乱しかねない存在なのですよと、彼女はそんなことを言う。
「ブラックスワンは
その事実は、少なくとも私には厳しいものがあった。
「話が違いますよ」
「何を今更、あなたの仕事は阪友金属さんの護衛でしょう」
それは名目の話だから、この際どうでもいい。
しかし実際に行う任務内容が異なるのは問題だ。私は新人とはいえ幹部艦娘であり、一応この部隊――私と彼女、
「なに、問題ありませんよ。あなたは別任務をこなしているんですから、表向きの評価に今回のは含まれません」
そんなことを悪びれもなく言う彼女。
そういうわけじゃと言い返そうとした私に、また「あの声」が襲いかかる。
――――なにそれ、意識高い系じゃん。やっぱ調子乗ってるよね。
「……ひとまず、状況は理解しました。出来れば、可能な限り情報は共有しておきたいのだけれど」
「ええ。それでしたら問題ありませんよ」
そうして彼女は私に突きつけるのだ。この作戦において、私は「お飾り」だと。
「ブラックスワンの目標は恐らく、一ヶ月後に開催されるアジア連合軍大観艦式です。久々に南海艦隊がバンコクを訪れ、インドシナ諸国の海軍と一週間ほどの外洋訓練を実施、その後マラッカ海峡の掃討作戦を実施します」
「観艦式……」
アジア連合軍は事実上ひとつの国の軍隊で成り立っているが、名目上は深海棲艦の脅威に協同して立ち向かう多国籍軍。
加盟国の結束を示すためにも、観艦式は盛大に行われることだろう。
「連合加盟国にとっては悪い話ではありません。世界有数の海軍国であるにも関わらず半年間も引き籠もっていた彼の国が南海艦隊を出すと宣言した訳ですから期待もします。まさにアジア結束のセレモニー、それが失敗したとなれば……」
信じられない。その観艦式が砕かれる意味すら、そのブラックスワンとやらは理解しているというのか。
「まあそういう訳ですから。我らは怪我をしない程度にゆるりと作戦を遂行していきましょう。それでいいんですよ」
「……」
少しだけ、悔しかった。
この状況に呑まれつつある自分が悔しかった。
分かってはいるのだ。東南アジアは複数の火山列島が複雑に絡み合う地域。深海棲艦も神出鬼没で、いくら倒してもキリがないことだって分かっている。
そして……そんな場所で理想論を振りかざせるほど、私が強くないことも。
あんなにもて囃された空母の適性も、駆逐艦になってしまえば関係ない。頼りになるのは己の足と魚雷に主砲だけ。
その点、彼女はそれらを磨き上げていた。
彼女が放った魚雷が外れることはない。
主砲をハズしたと思えば、それを囮に距離を詰めたり逃げたりする。
私だって、彼女がいなければ今頃はマラッカの底に眠る鉄くずに仲間入りしていたことだろう――――だから私に、文句を言う資格はない。
「納得いっていなさそうですね」
「理解はしています。でも」
私の言葉はそこで途切れる。なぜなら、サイレンの音が聞こえてきたから。
「これはマズいですね。
「……出撃という選択肢は?」
これはあくまで極秘作戦。ゆえに多くの事柄が現地裁量に委ねられている。作戦計画の立案や、いつどこで何のために出撃するかも私が決められるのだ。
……少なくとも、書類上は。
「なんで出撃する必要があるんです?」
そして、事実上の指揮官であり艤装使いの指南役でもある彼女は首を傾げる。だってと続いた私の言葉は、酷く幼稚な理由付け。
「補給に使う港湾がダメになったら、困ります。それに
「…………」
彼女は黙ったまま、そのまま何も言わずに顎で港湾を指し示してみせる。
そこは何の変哲もないコンテナ・ヤード。
一体何がと目をこらす私の視界に入るのは、驚くべき光景。
「!」
「コンテナ式の
10、20、いや50ほどはいるだろうか。次々と射出されていく無人機群。
航続距離は短いですが拠点防衛においては優秀ですよと彼女は言う。
「これは
まあいいじゃないですか、楽できるんですから。そんなことを言う彼女が、私よりずっと優秀な艦娘であることは認識している。けれど。
「歪んでます」
おかしい。おかしいじゃないか。
自国にとって重要なインフラ拠点だから守りを固める、拠点防御であれば大量の無人機を投入できる。
それ自体は間違っていない。
けれどそれは――――大きな視点で見れば、おかしいことなんじゃないのか。
「歪んでるのは、我が国じゃないんですか?」
そんな私の思考に一石を投じるのは、もちろん彼女。
「あれでもあの国は立派ですよ。権益保護のためとはいえ大軍をキチンと派兵し、各地を基地特需に沸かせ、その後も駐留を続けることでお金を落としている」
「
「少なすぎるんですよ。一個分遣隊で何人になると思います?」
「それは……」
「艦娘は
思い出されるのはロブスターを喰らうハゲ。
私が軽蔑した中年男すらも、私よりずっと沢山のお金をこの場所に落としているのだ。
押し黙った私に彼女は続ける。
「それにあの国は労働者不足という国内事情はありますが、難民を受け入れている」
我が国はどうでしたっけね?
彼女の眼は、嗤っていた。