舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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"入港は許可されていない。"


第36話 UM"The harbor closed to traffic."

 日本は、難民の受け入れをほとんど拒否している。

 

 ()()()()というのは、日本が防衛を担当し失敗した南太平洋の国々に関しては難民を受け入れているから。

 

 道義的責任。委任統治時代(ひやくねんまえ)の反省――――そんな言葉まで引っ張り出して来てようやく数十万人ぽっちの難民を受け入れられるのが、日本という国。

 

 それが、私の国。

 

 

 

「~~~~~~! ~~~~!」

 

 

 ナニかを喋る女性を、私は見ている。

 

 必死なのは分かる。穏やかとは到底いえない顔つき、目尻に浮かぶ涙。

 だけれど、何を言っているのかは分からない。

 

 

「――――! ――、―――――!」

 

 

 銃を振り上げた兵士を、私は見ている。

 

 何を言っているかは分からないが、私に縋り付いて泣きわめく女性を敵視していることは分かる。

 そりゃそうだ、私たち艦娘は彼らアジア連合軍の観艦式を失敗に追いやろうとする「ブラックスワン」に対抗しうる唯一の存在、どんなに非力にみえる女性であっても、()()()がないとは限らない。

 

 

 

 その方はたぶん、害意はないですよ。どうか許してあげて下さい。

 

 

 

 そう言えたのなら、どれほど良いだろう。

 

 私は英語しか外国語を知らない。

 思えば現地語をしらない幹部を単体で派遣しようというあたりに、上層部のやる気のなさが窺えるものだが――――。

 

 そんなことを考えているうちに、兵士の銃が唸る。

 

 別に硝煙が舞ったとか血しぶきが飛んだというようなことはない。

 ただ銃底が女性に打ち付けられて、華奢な身体が泥道の中に崩れ落ちただけ。

 

 その向こうには、ほんの数十分前までは街だったはずの……瓦礫の山が広がっていた。

 

 

「正義を為したいとはいいません。でもせめて、私は間違ったことはしたくない」

「あなたは正しいことをしました。深海棲艦が内陸部へ侵入することを防いだ」

 

 でもその結果、街が一つ消えてしまった。

 私が彼女を睨むと、彼女はやれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせる。

 

「夕雲さーん。もう少し気楽にいきましょうよ……第一、あの数を私ら2隻だけでなんとかすることは出来なかった。どうしようもないじゃないですか」

「でも! まさか街ごと爆撃するなんて聞いてない!」

 

 信じたくなかった。

 作戦は単純、観艦式前の下準備として私たちが深海棲艦と交戦、適度に戦い続けて周辺の深海棲艦を呼び寄せた後に爆撃機による空爆でこれを撃破する……それがまさか、こんな結果に終わるなんて。

 

「そりゃそうでしょ。()()の私らにそんな業は背負わせられない」

 

 そして彼女は、まるでそれを知っていたかのように言う。

 教えなかったのは彼らの優しさなのだと。

 

「問題にはなりませんよ。彼らはアジア連合軍の盟主なんです。自身の『不手際』にはそれ相応の片付け方ってものがあります……今回なら、ひとまず周辺の街へ公共避難所(シェルター)建設工事発注と、この街の復興計画に寄付金を投下する」

 

 こんな所じゃないですかね。彼女の言葉はまるで見てきたかのよう。

 それはつまり、このような事が日常茶飯事であることを示していて。

 

「……っく!」

 

 悔しい。

 くやしい悔しいクヤシイ。

 

 私は何のために艦娘になったんだ。

 深海棲艦から人類を救う希望の巫女――――そんな政府広報(プロパガンダ)を信じる気はないけれど、でもただ生きているよりずっと、沢山のひとを守れると思ったのに。

 

「以前言ったさ、艦娘には向いてないってヤツ……撤回してもいいよ」

 

 そんな私をみて、彼女は嗤う。

 

「すごいよ。もう何度も何度も、こんな光景を見せつけられてきた。確かに今回のは『酷い』けれど、別に似たようなことはいくらでもあったでしょ?」

 

 それで怒れるのって、すごい。それは才能だと彼女は貶す(ほめる)

 

「あなたは艦娘。人類を救う希望になれる……」

 

 あなたは、本来の戦線に復帰するべきだ。

 

 それは、帰れということだろうか。

 それは職務を放棄することに他ならないだろうと私が返せば、お堅いなぁと彼女は、私を教導してくれた先輩艦娘は微笑む。

 

「元はさ、夕雲さんの想像通り『お払い箱』だったんだよ」

 

「空母を蹴った駆逐艦娘、しかも鼻持ちならない幹部サマ」

 

「いきなり実戦部隊に放り込んでみなよ、大変なことになる」

 

 駆逐艦ほど刹那を生きる神祇官(かんむす)もいないのだと、彼女は言う。

 大口径の主砲を操れるほどの才能がなく、艦載機を操れるほどの適性もない。場合によってはカネも学も親もない――――そんなナイナイ尽くしの、半ば行く当てもなく国に囲われた神祇官たちが駆逐艦の大半であり、だからこそ彼女らはその「最後の誇り」――己が駆逐艦であること――に縋らざるを得ないのだと。

 

「誰も助けてくれなかった、自分で生きていくしかなかった。だから彼女たちは気が短い、無礼(なめ)られては生きていけない。そんな駆逐艦たちの長に、なーんにも知らない温室育ちの幹部サマは置いておけない」

 

 でも理想があるなら別だと、彼女は続ける。

 

「あなたはここに居ちゃいけないよ、夕雲さん。その理想が枯れる前に、己の誇りが組織や階級の誉れに置き換わる前に、あなたはここから出て行かなくちゃ」

 

 いつの間にか彼女の手には拳銃が握られていた。深海棲艦相手には豆鉄砲にもならないそれは、人間を傷付けるには十二分な威力を備えている。

 

「ここで怪我しておきましょう。夕雲さん」

「……なにを言っているのか、分からないわ」

 

 本当に、何を言っているのか分からない。

 

「安心して下さい。ちょっと撃ったらスグに修復液をつけますから」

「その程度で送還されないことは、あなただって」

「ここなら別、ですよ」

 

 なんて悪い(キレイな)笑みなのだろう。

 そんなことを現実逃避に考えてしまうほど、彼女の表情には曇りがなかった。思い悩んでいるのではない。むしろイキイキと、私と話していることが楽しくて仕方ないと言わんばかりに。

 

 そんな調子で、彼女は私の(はら)に拳銃を突きつける。

 

「霊力回復による不受胎問題が発覚して以来、子宮周辺への施術は経過観察が必要とされるようになりました。2週間と短いですが、観艦式に出席しないだけなら十分です」

 

 観艦式は、来週。確かに経過観察を受けていては間に合わない。

 

「正しくないわよ。こんなこと」

「正しい? この任務に正しい事なんてありましたか?」

 

 その言葉に、私は口を――本当ならいけないのだけれど――噤む。

 言い返せる事なんてない、この場所には深海棲艦から逃げられないヒトたちが暮らしていて、そんな彼らを餌にして大国達は化け物の屠殺場(キリングフィールド)を運営している。

 

 街を壊したら立て直したらいい、不満があるならおカネをバラまけばいい、ヒトが死んだら――――お悔やみを述べればいい。

 

 正しくない。正しくないけれど、でも。

 

「じゃあ、どうしたらいいって言うんです。それで流されろと? 冗談じゃない」

「ええ、ええ。冗談じゃないですよね」

 

 流石ですよと歴戦の艦娘は拳銃を仕舞う。

 駆逐艦は敵前逃亡を嫌うのですと嗤う彼女は、今までのやり取りがある種の「試験」であることを示唆していた。

 

 公務員が試験の連続なのは知っている。

 

 血税を注ぐに足る人物であるか、一億の民を導く仕事を任せられるか。それを見極めるには試験を繰り返すしかない。

 

 だからって、だからといって。

 

残念ですが合格ですよ(おめでとうございます)、夕雲さん。あなたには白鳥部隊への参加資格がある」

 

 その一言が、積もりに積もった私の「ナニカ」に火を点けた。

 

「ふざけないで」

「大真面目ですよ」

 

 睨み合う。

 

 もちろん私だって彼女が()()であることは理解している。

 艦名だってホンモノか分からない艦娘が、どのような立場でどのような仕事をしているのかも、なんとなくだけれど予想は付く。

 

 だから、怒鳴ってもしかたない。この焔を彼女に向けても意味がない。

 

 では、それなら。この気持ちはどうすればいい。

 

「……外の空気に当たってきます」

 

 どうぞごゆっくり――――全部を見透かしたような彼女の声を背に受けて、私は割り当てられたテントを飛び出した。

 

 廃墟と化した街、何かのグラウンドだったらしい瓦礫の少ない場所に設置された仮設の駐屯地は、仮設とは言え軍の施設で立派なモノ。()()の侵入を防ぐために張り巡らされたフェンスの内側に設けられたジョギングコースを、私は走っている。

 

 ここを走れば嫌でも駐屯地の全容が眼に入る。

 自家発電に支えられた照明は煌々と焼け(ただ)れた大地を照らし、ずらりと並んだモスグリーンのテントの中ではずらりと並んだ兵士達が眠りに就いている。

 今は()()()()()だろうが、時間になれば巨大な炊飯器や鍋たちが稼働し食事を作り、酒保(PX)や郵便係は任務の疲れを癒やすための娯楽を提供してくれる。

 

 まるで一つの街。

 そこには生活に必要なあらゆるものが取りそろえられている。

 つい先ほど己の手で踏み潰した街に、彼らは堂々と新しい街を作ろうとしているのだ。

 

 それが悔しくて、悔しくて。

 この安全な金網(フェンス)の内側にいる自分が、情けなくて。

 

 昼間、殴られた女性はどうなったのだろう。

 

 きっと彼女も誰かの娘であり母親で、大切な家族がいるはずで……そんな楽観的な慰めを口にした私の良心は、そんなわけないと喚く理性に掻き消される。

 

 きっとみんな死んでしまったのだ、だから彼女はあんな顔で。兵士に殴られることも厭わずに私に訴えかけてきたのだ。

 

 なんで守ってくれなかったんだ。どうして見捨てたのだ――――と。

 

「知らないっ、知らない!」

 

 私は、わたしは本当に知らなかったんだ。

 

 爆撃機の照準が何処に向けられているかだって、アジア連合軍観艦式にどんな政治的駆け引きがあるかなんて。艦娘が、軍隊が――――誰かの命を守るために、誰かを殺さなきゃいけないことだって。

 

 堪えきれなくなって、走り出す。

 

 金網の内側に、この巨大で血の欠片もないシステムの中にいるのが悔しくて、守衛を半ば振り切るようにして外に飛び出す。

 幸い私は客人で、しかも階級は兵卒と比べればそれなりに高い。誰も私を止めてくれず、私は真っ暗な世界に飛び出した。

 

「わたしは知らなかった! 知らなかったのよッ!」

 

 瓦礫の街。ヒトの気配が消えた街。

 駐屯地が遠ざかり、暗がりに眼が慣れてくると()()()()()()()

 

 雲ひとつない空に輝くのは、無数の星たちだった。

 

「しらな、かったの……」

 

 私の言い訳を星は聞いてくれない。

 

 当たり前だ。

 こんな自分勝手な私の言い分を、聞いてくれる訳がない。

 

 

 艦娘を目指すと言ったとき、誰もが歓迎してくれた。

 それは――――艦娘が足りなかったから。

 

 

 適性があると分かったとき、誰もが祝福してくれた。

 それは――――空母が足りなかったから。

 

 

 私の夢だけは、誰も応援してくれなかった。

 だって――――応援する理由を誰も持っていないから。

 

 

「こんばんは。いい夜ね、散歩にはちょうど良い」

 

 そんな私に声がかかる。それはまるでお星様のように透き通った声。

 

「……えっと、あなたは……?」

 

 闇に溶け込むような黒い装束に、浮かび上がるのは白い肌。僅かな星の光を受けて輝く髪は、重力に逆らうかのように空を睨む。

 

 そして私に向けられた双眼には、まるで明星のような焔が宿っている。

 それはあまりにも不気味で、なのに――――

 

「そうね、通りすがりの深海棲艦ってことでどうかしら?」

 

 ――――まるで昔話に出てくる、月に棲まう女王様のような美しさを備えていた。

 

 

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