舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第41話 沈黙破るよサイレンは

 

 

 

 ――――――チィン。

 

 

 暗がりに沈んだ会議室に、澄んだベルの音が響いた。

 

 

 

「統合幕僚長代理の承認が得られましたので、次の議題へ移らせて頂きます」

 

 市ヶ谷の国防省ビル――――数年前までは防衛省の看板を掛けていた中央省庁――――に統合幕僚監部は設置されている。

 かつては陸海空3自衛隊の幹部による会議(あつまり)に過ぎなかったこの組織は、今では40万の国防軍を統括、運用する上で欠かせない存在。

 

 故にいかなる非常時であろうと、その活動を停滞させることは許されない。

 

「統合幕僚長代行へ発議。昨晩の南関東地域における深海棲艦襲撃にまつわる暫定報告書が完成したとのことです。ここで要旨をお話しさせて頂いてもよろしいか」

「許可します」

 

 短い承認を受け、若い尉官が立ち上がる。

 彼が端末を操作すると、プロジェクターに形式ばったタイトルが表示された。

 それはスクリーンを埋めつくさんばかりの長たらしく、今回起きた出来事がいかに複合的で想定外のものであるかを示している。

 

「昨日〇五三〇時(マルゴーサンマル)、南鳥島から東に300キロ地点の洋上観測ブイの備え付けレーダーが不審な影を捉えました。ただしこの時点では妨害波も確認されず、深海棲艦である可能性は低いとして警報は発令されませんでした」

 

 プロジェクターに東日本と太平洋を写した地図が表示される。

 そこに確認時間と位置が表示された。その場所は日本列島からはほど遠い。

 

「その後、哨戒線への接触はナシ。二二四五(フタフタヨンゴー)に房総半島沖で哨戒任務に当たっていた護衛艦がデータリンクを切断、同時に同一海域にて強力な妨害波が発生しました」

「つまり、やはり硫黄島の哨戒ラインは機能して……」

 

 口を挟みかけた別の佐官を手で制する統合幕僚長代行。尉官へと続きを促す。

 

「これを東部航空方面隊および横須賀総監部は敵襲と判断、増援部隊および救難部隊を送りますが当該護衛艦および深海棲艦の姿を補足することは出来ませんでした」

 

 尉官の説明した内容がプロジェクターに追加される。大型護衛艦の喪失(ロスト)に迎撃失敗、これだけでも重大問題ではある。

 

 しかし、今回の本題はここから。

 

 先を促すような沈黙が場を支配する。これから始まるのは耳を塞ぎたくなるような現実と向き合う作業。聞きたくはないが、聞くしかない。

 尉官が口を開いて、一言。

 

「以上です」

 

 沈黙。先ほどまでと表向きは同じ、しかし性質は全く異なる沈黙。

 

「……以上だと?」

「はい。その後、当該深海棲艦を捕捉することは出来ませんでした。あらゆる観測装置を確認しましたが、一切の痕跡がないとのことです」

 

 沈黙の質が再び変わる。

 

 最初は尉官に続きを促し、次には尉官の発言に呆れ……そして今、絶望にほど近い沈黙が訪れていた。

 一国の首都、それもこれまで深海棲艦による攻勢を跳ね返し続けた数少ない国家の首都を襲撃した深海棲艦の情報が全く分かっていないともなれば、やむを得ない反応ではある。

 

「で、ですが……判明したこともあります」

 

 こちらをご覧下さいと尉官。地図が東京近郊の地図に切り替わる。地図に満遍なく広がったバツ印が示すのは「襲撃」が行われた場所を示していた。

 

「ここに確認された襲撃発生の時刻を表示しますと、このようになります」

 

 地図に時刻が重ねられる。それは東京湾に近い場所ほど早く、遠いと遅くなる。

 

「だからなんだ、奴さんが東京湾に侵入したのは既知の事実だろうに」

「そうではありません。正確すぎるんです」

 

 続いて現れるのはいくつかの円。

 それは同じ時刻に発生した襲撃地点を結ぶものであり、また同時に東京湾の一カ所を中心とする完璧な同心円でもある。

 

「つまり、同じ場所から飛び立った艦載機が同じ速度で移動し、襲撃を実行したと」

「そうです。深海棲艦の空母種においては艦載機と母艦の協調(リンク)が見られ、別個体の操る艦載機には速度や運動性能に若干の差異が生じることが確認されています」

 

 従って、今回の襲撃は一個体のみにより行われたということになります。

 そう尉官がまとめると、僅かだが安堵の混じったため息が聞こえた。

 

「たった一匹で入り込んだから、まんまと逃げおおせた訳か……」

「群体じゃなかったのは不幸中の幸いと言うわけですか」

「そんな訳ないだろう。コレが群体の長にならない保証はないんだぞ。それに……」

「諸君、静粛に」

 

 統合幕僚長代行の声が響くと、会議室は再び沈黙を取り返した。

 

「昨日の件が一匹の深海棲艦によるものなのは分かった。対策は立てられるか?」

 

 それはこの敵――――哨戒網をすり抜け護衛艦を単独で沈めうる深海棲艦――――と、どう戦うかという問い。

 机に並んだ各軍の代弁者達は顔を見合わせる。

 

 どう戦うかと言われても、相手を補足できない以上は戦いにもならない。敵の情報も分からないのにどう対策を立てろというのか。

 そんな空気が広がってゆく。

 

「代行、発言しても?」

 

 小さく手を上げたのは一人の佐官だった。代行が促すことで彼は立ち上がる。

 

「この報告書を踏まえて、確認しておきたいことがあります。報告書の46(ページ)を」

 

 尉官が端末を操作する。スクリーンに映し出されたのは犠牲者のリストだった。

 

「これまで、深海棲艦は人間を優先に襲うということはあれど、人種性別年齢などの明確な基準をもって人間を『区別』することはありませんでした。ですが今回、この敵は明確に我々を『区別』している――――この事実をまず、受け止めましょう」

 

 彼の言葉を、恐らくこの場にいる人間ほど身にしみて感じている人間はいないだろう。

 なにせこの場所、統合幕僚監部に詰めかけた殆ど全ての顔ぶれには「臨時代理」の文字がついているのである。

 本来そこに収まるべき顔ぶれは、目の前に表示されるリストの中だ。

 

「次の攻撃を防ぐためには、敵がどのように攻撃を繰り出してきたかを知る必要があります。例えばどのようにして統幕メンバーの住所を知り得たのか、そして……」

 

 彼は迂回に迂回を重ねるような表現を用いて、文章を紡いでいく。

 その文章の行き着く先はあまりにも簡潔で、誰もが薄々とは勘づいていること。

 

 発言は簡潔に、とは代行も言わなかった。

 

 表現に苦慮していることはこの場にいる誰にでも想像できただろう。

 そしてなにより、認めたくなかったのだ。

 

「従って、運用部としては軍内部に極めて重大な()()()()があると――――」

 

 しかしそれは、彼らが向き合わなければならない現実であった。

 

「つきましては対象、敢えて『襲撃犯』との表現を用いますが……その『容疑者』にあたる人物または装備を、一時的にでも運用から外させて頂きたく思います」

「その対象と手段は?」

 

 そして、代行はその質問を放つ。

 会議室の視線が全て運用部長代理へと注がれる。

 

「霊力通信をのみ用いる小型無人機の運用者ならびに運用媒体……即ち、全ての空母特務艇艤装の運用停止と空母特務艇艤装の運用に資する者の拘束です」

 

 言うまでもないが、空母特務艇艤装――――――空母艦娘は深海棲艦対処の()である。

 

 それを凍結することの意味。

 代理とはいえ運用部長が理解していないはずがない。

 

 故に統合幕僚監部運用部長代理は、その長たる統合幕僚長代理へ向き直る。

 

「統合幕僚長代理、ことは急を要します。ご裁可を頂きたく」

 

 返事はない。()()()()()()()()統合幕僚長()()は動かない。

 ()()()()()()統合幕僚長()()が慌てて視線を衛生幹部へとやるが、統合幕僚長()()の容態をモニタリングしている衛生幹部は頷くことで彼に意識があると伝えてくる。

 

 意識があるならば、最終判断を下すのは()()ではなく()()の仕事であった。

 

「すぐにご裁可は頂けませんか。何か問題があるということですね?」

 

 チィン、と。澄んだベルの音が鳴る。

 

「では、この件は保留と致しますか?」

 

 チィン、チィン、と。

 今度はベルの音が二度鳴る。

 

 ベルが1回なら「YES」で2回は「NO」。

 つまり運用部長代理の提案には問題があるが、先送りできない問題だから議論しろということ。

 そんな統合幕僚長代理の決断に、統合幕僚長代行は深く息を吸い、吐いた。

 

「よし、ここから議事録は取るな。ここからは建前はナシだ」

 

 その言葉に記録役がパソコンを閉じる。全員の視線が統合幕僚長代行に集まった。

 

「彼の()()()()()()()()()()は我が国防軍の上層部を壊滅させ、総理大臣を暗殺した。その()()()()()()()()()()()()()。その認識は我々の間で共有されているな?」

 

 

 何度目かの沈黙。今回の意味は――――『肯定』だ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 

 夢だと気付いたのは、その景色を私が忘れるはずがなかったから。

 

『せめて、この国のことだけでも好きになって欲しい』

 

 君がこれから、ずっと生きていくことになる国だろうから。

 そんなことを私の母国語で説明するあの人。

 

 自由恋愛であったと言い訳するための、逢瀬と呼べるのかも怪しい面会(デート)を重ねた先に待っていた結婚指輪の()()()

 

 それは温かな雪だった。

 ゆっくりと、けれども途切れることなく降りかかる白色の花びら。

 陽のヒカリを吸い込んで仄かに色づいた花弁の重なりがピンク色になって青空に映える。

 

 それがこの国を象徴する花であることは知っていた。観光パンフレットや検索端末に出てくるのは決まってこの花と青空、そしてフジの山なのだから。

 

「ワタシ。シアワセ、デス」

 

 その台詞に分かってるさと返して、そっと私を抱き寄せるあの人。

 ズルいヒト、こうやって胸の高まりと花吹雪を結びつけられてしまっては、嫌いになれるハズがないというのに。

 

「それで、どうデシタカ。ハルナ」

 

 私の声に、義妹は口元をハンカチで隠した。

 

「一般論として、誰かのパーティに行くのに招待状は必要ありません。酒屋や出前屋の注文、ケーキ屋が買い付けを増やせば材料が品薄に……まぁ挙げればキリがありませんが、そういった周辺情報からパーティの場所と日時は明らかになるものです」

 

 つまり大規模な軍事行動を覆い隠すことは出来ないということ。

 大量消費大量破壊の代名詞である戦争を展開するには、それだけの準備が必要なのだ。

 

「その点、今回の動向は()()です。関連資源(レアメタル)の先物取引は襲撃の発生から急騰、買い付けに走っているのは我が国を含めた周辺諸国……えぇ、通常営業ですね」

「通常営業?」

 

 今の話ならば、先物取引の高騰は戦争の準備ということになる。それが通常営業とはどういうことなのか。首を傾げた私にハルナは小さなため息。

 

「深海棲艦のおかげで、この世界は戦国時代もかくやの乱世となりました。クーデターや政変は日常茶飯事、その度に周辺国は臨戦態勢を整えるんです」

「ツマリ……今回は、この国で政変が起こったと?」

「国家元首に刃が向けられたんですよ? 政変以外の何物でもありません」

 

 けろりと流すハルナ。図太い義妹とでも言えばよいのか、平然と言葉を並べる。

 

「国家を動かすのは政治家ではありません。国家を動かすのは国民です。そしてこの国において、国民を動かすのは輸入資源です」

 

 食糧、燃料――――――それこそ枚挙に暇がない数々の輸入品。

 そして目の前の義妹は、その地下資源の輸入を仕切る会社の役員を務めている。

 

「ホコリとゴーマン、ネ」

「ええ、誇りがあればこそ泥を(すす)ることができます。傲慢であればこそ利権にしがみ付くことができます。両者は離れつかずの存在です」

 

 そんなことより、領事とはどうでしたか。攻守交代と言わんばかりに義妹が聞く。

 

「有意義な時間デシタヨ? 美味しい紅茶も頂きマシタ」

「それは良かったですね」

 

 意味ありげに微笑んで見せる義妹。

 実のところ本当に紅茶を飲んだだけだったのだが、そう言っても彼女は信じないことだろう。彼女は無色透明のガラスコップに注がれていた冷水を飲み下すと、さっと立ち上がって店主を呼ぶ。

 

「ここの支払いは持たせていただきます。お義姉様は早急に金沢にお戻りください」

「そうはいきマセン」

 

 義妹は眉をひそめたが、引き下がる気がないことは知っているだろう。背を向けて店の外へと出る。

 

 真昼の繁華街には昼食目当てと思しきサラリーマンに、子供連れの婦人。

 チラシ入りのポケットティッシュを配るやる気のない声がけすらも聞こえる。

 

 何度見ても、戦争に突入しつつある国の風景には見えない。

 

「昨夜は東海地方でした。順当にいけば、次の目標は近畿(ここ)ですよ」

 

 私が新聞とにらめっこしていた頃、その凶弾は東海地域へと降り注いでいた。

 

 地元に戻っていた国会議員が一人、中部航空方面隊から四人、自衛艦隊から一人。

 巻き込まれた静岡県警の警察官とタクシー運転手を含めれば犠牲者の数は二桁に及ぶ。

 

「初日ほどインパクトはありませんが、相手の戦略が斬首作戦なのは明らかです」

「ザンシュ……?」

 

 聞き慣れない言葉に、義妹は首筋をに手刀を当ててみせる。

 なるほど()()()か。

 

「南北に分割されたとある国家の話です。分断国家ですから全面戦争は避けたい。しかし衝突が不可避となった時、せめて国民は殺さないように指導部だけを殺す」

「……デモ、この国ではスグに代わりが出てくる。違いマスカ?」

「お義姉様も洗っているとは思いますが、政変にしては妙なんですよ」

 

 私の呟きに、どうも分からないんですよねぇとぼやく義妹。

 

「所属政党も派閥も違う、同じ議員連盟に属している訳でもない。捜査の目を逸らすことが目的にしては大物を狙いすぎている……軍の方も同じです、階級は確かに高い。ですが所属や役職に統一感がない。事実、統幕監部を除けば各組織はまだ機能していますし……」

「……ハルナ、軍隊の方にも詳しいのデスネ?」

「補給処に仲の良いトモダチがいまして。まして、お兄様が統幕勤めとなれば尚更」

 

 トウバク……統合幕僚監部(Joint Staff Office)

 この国が保有する国防軍の戦略策定を行う部署。そこに義妹の兄――――即ち私の夫――――は勤めている。

 

「お父様が教えてくれましたが……お兄様は今、運用部長代理の職にあるそうです」

 

 厳密には、臨時代理というべき役職ですが、知った顔で言葉を並べる義妹。

 話についていけない私は、オウム返しに聞くことしか出来ない。

 

「運用部長代理……その役職は、どういったものなのデショウカ?」

「そうですね……簡潔に言えば、軍師のようなものです。国防軍のあらゆる部隊の運用を検討し政府や各軍に助言を提供しますが、直接指揮を取る訳ではありません」

 

  重要な仕事ですよと彼女は続ける。

 

「国防軍の運用に助言を与える。それは全てに口出しできることを意味します。本来なら将官、国防軍における最高階級の人間でなければ任じられることはありません」

「そんな。あの人は2等海佐デスヨ?」

「今は『そのような異常事態』なのです。統幕監部は機能不全を起こしています」

 

 一昨日の空襲で襲撃を受けた場所は百数十カ所、そして被害にあったのは表で盛んに報道されている政府閣僚や議員だけではない。

 

「国防軍、いえ、明治からの帝国軍の時代を入れても、三軍の長が一斉に死亡もしくは重体という惨事には陥ったことがありません。だからこそ、軍はここまで過敏に反応している……大将が簡単にやられる軍勢が強いはずがありませんからね」

 

 そう言いながら空を見上げた義妹の先に、轟音を響かせながら空を駆ける銀翼。

 

責務を果たせ(シヨウザフラツグ)……国防軍は総動員デスカ?」

「戦後史上、今ほど戦争を身近に感じる日はありませんね」

 

 彼女の発言は、今日までの戦いが戦争ではなかったことを知っていることを示している。私たちはそんな共通見解を抱えながら街を歩いていた。

 

「……それで、金沢に帰らずにどうするのですか?」

「何人かの知り合いに会うつもりデス。会ってくれるかは分かりマセンガ……」

「そうではなくて」

 

 私の言葉を遮って、彼女は一言。

 

「お兄様のことですよ。連絡は」

「一応、朝にはメールを送りマシタ。デスガ……」

 

 返事がないことは分かっている。

 

 あの人は仕事が終わるまで私用携帯は見ないのだ。

 もしかすると見ているのかも知れないけれど、返事があったことは一度もない。

 

「どうして、統幕監部だけなんでしょうね」

 

 それは、国防軍の組織を知らない私には分からない問いだった。

 

「実戦部隊への影響を避けたのは分かります。()()()にしても、その国が壊れたんじゃどうしようもありませんからね。ですが統幕監部というのが、どうも……」

 

 統幕監部という参謀組織が狙われたことに義妹は何かが引っかかっているよう。見当もつかない私は、何も言わずに彼女の次の言葉を待つ。

 

「……いえ。分かりませんね、裏を取ってからまたお話しします。それよりも……」

 

 義妹の言葉は、飛び込んできた悲鳴にかき消された。

 

「なんデスカ?」

「お義姉様、こちらへッ」

 

 顔色を変えた義妹が私の腕を引っ張るようにして来た道を引き返しはじめる。

 

「待ってクダサイ、何が起こっているのデスカ?」

 

 私の問いに応えるように携帯端末が奇妙なアラームを鳴らす。やや遅れて街頭スピーカーからサイレンの音。それは私の頭を飛び越え、近畿地方の空へと広がる。

 

「空襲……!」

 

 

 それはこれまで、何度も聞き慣れたサイレン。

 

 けれどどうしてだろう。

 今日だけは、どこか違った質感を伴っているような気がした。

 

 まるで――――――戦争の始まりを、報せるような。

 

 

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