舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第42話 非力なんてゆるせない

「地下鉄に退避します。早く!」

 

 

 辺りを見て右往左往するヒト。

 腕時計を確認しながら歩みを止めないヒト。

 もしくは駆け出すヒト。

 

 たちまち秩序を失った街を、私は義妹に先導されて早足で進む。

 

「どうして、こんな真昼に……?」

「攻撃が夜限定だなんて誰かが言ったんですか? 彼らの艦載機は全天候型と言われています、昼夜なんて知ったことではないですよ」

「それは、そうかもしれないケレド!」

 

 歩道に敷き詰められたタイルを踏む。硬くて確かな感触が靴底から伝わってくる。

 私はまだ生きている。けれど一時間後、一分後に生きている保証はないのだ。

 

「お義姉様、その足で走れますか」

「走るならっ、出来れば、靴は脱ぎたいっ、ネー」

 

 正直に言うと、今の早足だって結構ツラい。

 

 無理をして大阪まで来たのが良くなかったのか。

 そんな後悔がにじみ出てきて――――――私はそれを額の汗と一緒に拭う。

 

 違う。私は、この事態を止めるために動き出したんだ。

 戦争なら、私にだって出来ることがある。

 

 あの人の重荷を、少しでも軽く出来る筈だから。

 

 その時、義妹が足を止める。

 それから僅かに屈んで、背中を私に見せた。

 

「おぶります。乗って下さい」

 

 その背中を見て、拭ったハズの後悔が吹き出す。

 ――――――私は今、目の前の義妹(かのじよ)にとっての「足手まとい」なのだ。

 

 でも。

 

「……イヤ、デス」

「お言葉ですが。私はこれでも鍛えています、華奢な女性(おねえさま)のひとりくらい――――――」

「イヤデスッ!」

 

 私が、自分が華奢な、非力な女性だということは知っている。

 

 身の程を弁えろと言われたからこれまでずっと弁えてきた。

 でも、違うのだ。私は戦争を防ぐため、戦争を最小限の被害にとどめるためにこの国にやってきた。

 

 既に深海棲艦によって世界は血の()()()と化したけれど。

 それでもヒト同士の争いはまだ防げるはずだから。

 

「コレは、私の使命なんです。私はこれを、成し遂げなくちゃいけないんデス」

 

 義妹を睨む。それから靴を脱いで、足を地面につける。

 いくらレンガ敷きの歩道や舗装されたアスファルトであっても、靴ナシで走ればたちまちにストッキングは破け、足の裏は傷だらけになってしまうだろう。

 

 戦争――――自他共に認める温室育ちの私には、全く不釣り合いな存在。

 

 不釣り合いであるからこそ、私はこれを排除しなくてはならない。

 

「……はぁ。吐いたツバは飲み込めませんよ、お義姉様」

「トーゼン、デス」

 

 鳴り響くサイレンを背景音楽にして義妹はもう一度おおきなため息。

 それから背を向けると、仕方なしといった風に笑った。

 

「わかりましたよ。では、背中(こつち)に来て下さい」

「WHAT?」

 

 ぽんぽんと、まるで子供に説明するかのように背中を叩く義妹。

 

「ハルナ! イマの話聞いてマシタカッ?」

「えぇ聞いてましたよ、聞いた上で言ってるんです」

 

 世の中にはね、適材適所ってモノがあるんです。

 言いたいことは分かるけれど、それなら今の私の()()()はどうなってしまうというのか……とはいえ反論の余地はなさそうで、私は義妹の背中に収まることになった。

 

「けっこう、カッコヨク決まったと思ったのデスケドネー……」

「世の中ままならないものです……よっと!」

 

 私を背負って走る義妹。

 ブレる様子のない歩調、幾分か早く流れる景色。

 

 強い子なのだ、と思う。

 

 それが自分の不甲斐なさの裏返しだということは分かっているけれど、彼女が強いことに変わりはない。

 相変わらずのエスパーが、私の心を先読みして口を開いた。

 

「お義姉様は、立派だと思いますよ」

「……なんで」

 

 喉の振動が背中越しに伝わって、私たちは似たもの同士ですからね、そんな義妹の言葉が私の耳朶を揺らす。

 

「政略結婚が古い文化だとは思いません。それでも()()()()()()()()己の役目を果たせるというのは、凄いことです」

「それを言うナラ、ハルナはもっと立派ヨ?」

「ご冗談を、私は好き勝手やってるだけです。『カゴ』を壊すのが好きでしてね」

「……そんなことナイ、ネ」

 

 漏れた言葉は、果たして義妹への賞賛か。

 それとも――――――自分への否定か。

 

「ダーリンのこと、私はよく知らないのカモしれマセン」

「お義姉様にそう言わせるとは、お兄様はやはり馬鹿ですね」

「ソレハ、違いマス」

 

 今度の反論は、きちんと言葉にすることが出来た。

 

 あの人は悪くない。

 あの人はただ、一線を徹底的に守り続けているだけなのだ。

 

 初めて出会った時、あの人は自衛官だった。

 結婚式場には真っ白な制服で現れて、病院に駆けつけたときも階級章を身につけていた。

 そして肩書きを国防軍人と変えた今日も、役職と責任を縫い込んだ制服に身を包んでいる。

 

 四半世紀に渡り「防人(さきもり)」であり続けた男、それが私のヒト。

 

「よい軍人とは良い家庭人であると、ダーリンはいつも言っていマシタ」

 

 だからこそ、彼は常に一家の主人であり続けた。

 そして良い亭主は妻に良い女房であることを求めるものだ。

 

 だから私は、良い女房で、そして良い母親であろうと努力してきた。

 

 しかしどうだろう。

 少女(ティーン)を卒業したばかりの私は日本人になって、母になって、そして今、古びた母国の使命を引っ張り出して着飾っている。

 

 きっと彼は時と場合に応じて立場をコロコロと変える私を知っている。でも私は、防人の彼と家庭人の彼しか知らない。

 

 

 だから――――――そんな彼の新しい側面を見たい。

 

 

 もしもそれが私を突き動かす原動力と知ったら、義妹は笑うだろうか。

 

「うーん……まぁ、お兄様は立場と節度を守る方ですからね」

 

 私は守りませんが。義妹は鼻で笑ってずんずんと進む。

 地下鉄(メトロ)の入り口には多くのヒトが押しかけており、避難を誘導する駅員の姿も見える。

 

「なんとか間に合いましたね、後は……」

 

 そう言いながら屈んで私を降ろそうとした義妹が息を呑む。一瞬固まった彼女に何かと目をやれば、次に聞こえるのは絹を裂くような声。

 

 

 

「ぁ」

 

 

 

 そう口にするのがやっと。

 空に注意を向ければ、奇妙な物体がそこにはある。

 

 報道資料とは似ても似つかわない雰囲気をまとったそれが、音も立てずに近づいてくる。

 

 ストップモーションの映像でないことは分かっている。

 深海棲艦の艦載機が殆ど無音で飛行する――――爆撃のために降下してくる際は特に――――ということは誰でも知っている一般常識だ。

 

 しかしそれらの知識は結局の所、知識でしかない。

 

 空にぽつんと見える物体が、その実態以上の威圧感をもって迫ってくるとき、私の身体は動かなかった。

 

 違う、理解できなかったのだ。

 こんな小さな物体が命を奪うのかということではない。

 

 

 どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんな問いとも呼べぬ感覚に身体を支配されて、私は動けなくなってしまった。

 

「――――――伏せろッ!」

 

 イバラのように身体を縛る思考を断ち切ったのは鋭い声。言われるがままに義妹の背から崩れるようにして降り、地面に身を横たえる。

 

 次の瞬間、死の象徴との間に割って入ったのは巨大な()()()()()

 ずらりと並べられた砲門が一閃すれば、音が歪んで空間が爆縮する。

 

 そして残されたのは、何の変哲もない貴重な街並みと戦艦艤装を背負った艦娘。

 

「怪我はないかな、ご婦人がた」

「アナタは……」

 

 そこには、何度か宣伝ポスターで見た顔があった。

 ミクロネシア戦役の英雄、僅か数隻の特務艇(かんむす)のみで雲霞の如き深海棲艦を討ち払ったとも謳われる強兵(つわもの)の姿。

 

「……戦艦、ナガト」

「ふむ。いつの間にやら私も有名人になってしまったようだな」

 

 如何にも、私が戦艦〈長門〉だ。

 

 そう微笑んだナガトが私に手を貸す。視界の端には服を手で叩く義妹。どうやらナガトの活躍のおかげで、全員無事だったらしい。

 

 それはまさに「英雄」に相応しい立ち振る舞いであった。

 弱気を助け強きを挫く、その言葉がこの場面に当てはまるのかは分からないが、民衆と街を救った彼女はこの瞬間においては正しく英雄に他ならない。

 

「――――――珍しいですね」

 

 

 しかし義妹にとっては、そうではないらしかった。

 

 

「海の守護者たる特務神祇官(かんむす)(おか)にいるなんて」

 

 私とナガトの間に割って入る彼女、その言葉尻には隠しようのない敵意がにじむ。ナガトは知らぬ風で言葉を返す。

 

「そうでもないさ。私もヒトの子、眠っている間くらいは陸に身を委ねる」

「所属をお聞きしても? ここは市街地であり、大阪府知事もしくは日本国政府の命令および要請なしに特務艇を展開させることは違法行為である可能性があります」

「ハルナ! ナニを言ってるノデスカ!」

 

 仮にも命の恩人に対して、いくらなんでも常識を弁えない物言いである。

 慌てて止めに入る私に、穏やかじゃないなと笑って流すナガト。

 

「あなたの言うとおり、この出動は阪神防備隊の独断による超法規的なモノである」

 

 そして、あっさりと義妹の主張を認めてしまった。

 それどころか批判は国防省に回して構わないとまで言い放つ始末。ナガトは私にちらりと視線を寄越すと続ける。

 

「ただ、私たち国防軍は常に国民を守るために行動している。その事実一点だけは、心に留めておいてもらえると嬉しいのだが……どうだろうか?」

 

 どうだろうか、その問いは義妹に向けられているものではない。

 

 私たちの周囲、敵は去ったのだろうかと恐る恐るに顔を覗かせる市民達へと向けられている。

 

 義妹の言っていることは、正しい。

 それは法律的な正しさで、民主国家が最も重んじるモノ。法の下に平等であるからこそ、民主主義は民主主義たり得る。

 

 ではこの瞬間はどうだろうか?

 ナガトの行った超法規的行為がなければ、義妹だって無事では済まなかった。

 命の尊さよりも法が重いということはあり得るだろうか。

 

 よしんばあり得たとして――――――その当事者たち(ころされるヒト)はそれを許せるだろうか?

 

「もちろん、感謝しております。ありがとう」

 

 だからこそ、義妹はこれ以上強く出ることが出来ない。胸に手を添えて小さく礼。

 ナガトは、手のひらを額に当てる軍隊式の敬礼をもって応じたのだった。

 

「今後も空襲があるかもしれない。気をつけて欲しい」

 

 それだけ言って、ナガトは迎えに来たと思しき――――もしくはここに来るのに使ったのかもしれないが――――モスグリーンのトラックに艤装ごと飛び乗る。

 

「ありがとうございマシタ……!」

 

 どうお礼を言えば良いのか分からない私は、腰を折り曲げ頭を下げる。そうしているうちにトラックは走り去っていってしまう。英雄は去り際も完璧であった。

 

「準備が良すぎます」

 

 そして英雄(それ)を否定しようと躍起になるのが、私の義妹。

 

「なぜ市街地(ここ)なんです? ここには議員も有力者もいなかった」

「ハルナ、あなたはどうして……!」

 

 言いたいことは分かる。

 けれども今、間違いなく私たちは()()()()()()

 

 それをナガトが救ってくれたと――――――どうして考えられないのだろう。

 

 

「艦娘は英雄であらねばならない」

 

 

 呟くように。言い聞かせるように。

 

「艦娘は英雄であらねばならないのですよ、お義姉様」

 

 そう告げる彼女の表情には、ありありした無念の観が浮かんでいて。

 艦娘がいなければ生存すら許されない私たちの諦観が浮かんでいて。

 

 それは戦争を特別視する、日本人らしい姿。

 

 

「違いマスヨ、ハルナ」

 

 だから私のするべきことは、その幻想を打ち砕くこと。

 

「戦争が起これば英雄が生まれます……彼女は()()本当の英雄ではない」

 

 深海棲艦との戦いは戦争などではない。海を荒らす害獣と、海を征こうとするヒトの戦いに過ぎない。

 もちろん、私たちをあの艦載機から救ったナガトは英雄となるだろう。けれどそれは、私たちがこの戦争に勝ってからの話。

 敗者は決して英雄にはなれないのだ。

 

「彼女には、偽りの英雄でいてもらいマショウ」

 

 私は言葉を選ぶ。ナガトを英雄視したくない理由は分からない。けれど英雄視したくないというハルナの思考回路さえ分かれば、どうとでも言いくるめられる。

 

「戦争は起こさせマセン、絶対に」

「……」

 

 義妹が顔をあげる。

 そこにはもう、先程までの糸の切れた女性はいなかった。

 

「お義姉様」

「なんデスカ、ハルナ」

「着いてきて欲しい場所があります」

 

 闘志を身に纏う女性の、姿があった。

 

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