舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第43話 返事くらいして下さい

 商談はどうしたと聞けば、息子に任せたのだという。

 

「よかったのデスカ? 全部ダイスケに任せてしまって」

「阪友金属さんとの取引は長いですから、向こうも無下にすることはありません。あの子には成長して貰わないといけませんから。失敗するくらいでいいんです」

 

 獅子の親は子を谷に突き落とすともいいますからね。

 自分が猛獣である自覚はあるらしい義妹の微笑みは、電話を構えている表情とは全く違うもの。

 

 果たしてどちらの彼女がホンモノなのかと問えば、きっとどちらも違うと答えが返ってくるだろう。

 先ほどまでの彼女は会社役員、そして名家に連なる者としての顔で。今の彼女は私の義理の妹――――――ヒトは立場で変わる、その典型例ということか。

 

 

「さて。ここです」

 

 

 そして義妹が指し示すのは、住宅地の一角。

 

 内陸の地価が高騰する中でも土地転がしの被害にあっていないのだろう。古びたというと失礼かもしれないが、おそらくは深海棲艦が現れるずっと前から存在していたであろう住宅が並んでいる。

 

「誰が住んでいるノデスカ?」

「私の友達ですよ。今度はホントの友達(フレンド)です」

 

 備え付けのインターホンに取り付く義妹。

 少しの間を置いて誰かと問う声。それは子供の声だった。

 

「こんにちは。お母さんの古い友人(ともだち)です。『飯田』と伝えて頂ければ分かるはずです」

 

 義妹は旧姓の「飯田」を名乗った。この家の主と彼女は嫁入り前の付き合いということか。

 

 はーいと気の抜けた子供の声が聞こえて、しばらくして扉が開く。

 現れたのは私たちより頭一つ分は小さい女性。顎を上げてこちらをギロリと睨んだ。

 

「久しいな、飯田。相変わらず図体だけはデカい」

「あなたこそ、変わらずちっちゃくて可愛いですね!」

「うっさいわ! ……ま。折角きたんやから、とりあえず上がったらええ」

「はい。では参りましょうか、お義姉様」

 

 仲が良いのだろう……か?

 女性と義妹は互いに軽口を叩き合いながら奥へと進んでいく。

 

「そんで? その後ろにいるエライべっぴんさんは誰や」

「ヒカリさんです。コウスケお兄様の妻で、私の義理の姉ということになります」

 

 ()()()()()()とは私の事らしい。私は頭を下げた。

 

「飯田ヒカリと申しマス。ヨロシクオネガイシマス」

「あんた、もしかして外人さんか? こんな時代でも国際結婚ってあるんやなぁ」

「お義姉様が日本に来たのはもう20年以上前ですよ」

「せ、せやか」

 

 こりゃ失礼と頭を掻いた女性は、そのまま和室(タタミルーム)へと私たちを通す。

 

「まぁ座布団しかありませんが、座って下さいな」

「では遠慮なく……」

「飯田、アンタには言うとらへんで」

 

 そういいつつもザブトンを二つ寄越した女性。義妹と私は腰を落ち着けると、世話話をするでもなく義妹が切り出した。

 

「単刀直入に聞きます。どうして(ここ)にいるんですか?」

「……」

 

 その問いに、表情を消す女性。彼女は壁掛け時計へと視線を逸らして、向き直る。

 

「その前にや、今の()()()()()()を聞かせてや」

「学友ってことじゃ……駄目ですよね。ええ、分かっていますとも」

 

 そう言いながら義妹は、いつの間にか用意した菓子箱を取り出す。土産物用と思しきそれを差し出しながら、言葉を紡ぐ。

 

「連合与党第一党である立憲友民党の弁士――――――飯田ケイスケの娘でありその名代です」

 

 飯田ケイスケ。その名前は、あの人の父親。私の義父。

 そして彼の職業は――――――国会議員(Parliament)

 

「今回は、国防軍内部の()()()()()に関しての聞き取りを行いたく参りました」

「つまりウチ、特務神祇官たる3等海曹の槇島(まきしま)リョーコに対する政治家さんからのアンケートっちゅうことやな?」

「そうです」

 

 そう答えた義妹にマキシマと名乗った女性は沈黙。

 

 壁掛け時計の秒針がコチコチとなる。

 彼女は特務神祇官(かんむす)。この非常時にも関わらず自宅待機をしている。

 

「ノーコメントや」

 

 それが意味するのは、果たして何か。

 

「マスメディアはお断りやし、ウチは立憲友民党(ゆーみん)支持者やない」

 

 もっとも、これでハルハルは満足やろ?

 艦娘の据わった目を見て、義妹が嗤う。

 

「やはり、空母艦娘は凍結されているのですね」

「ウチ以外の部隊は分からん。けどまぁ、こんな状況で切り札の空母艦娘使わんっちゅーのはありえへんやろ」

 

 空母、切り札――――――そして凍結。

 

「……どういうことデスカ?」

「止めときな外人さん。ハルハル、こっから話すなら二人きりや」

「そうはいかないんですよ、リョーコちゃん」

 

 立ち上がろうとした小柄な艦娘を手で制する義妹。

 互いの視線が交わって、それから私へと向けられる。

 

「お義姉様の旦那様が今、どのような職責に就かれているかはご存じでしょう」

「だからこそや。嫁はんが不安になるようなこと聞かせてどないするねん」

 

 言いたいことは分かる。ナガトに見せた義妹の表情、空母艦娘の凍結。およそ歓迎できない事態が起こっていることは分かる。

 

「ダカラこそ、知りたいンデス」

 

 小柄な艦娘が私を見据える。やがて諦めたような表情になって、小さく息をつく。

 

「……で。何が知りたいんや」

「今回の件で、艦娘派将校は何人殺されましたか」

「カンムス派?」

 

 カンムス派とはなんだろう。思わず声を上げた私に、小柄な艦娘は大きなため息。

 

「なんや艦娘派も知らんのか。よぉこんな箱入り娘巻き込もう思ったなハルハル」

「リョーコちゃん。恋と戦争においては手段を選ばないものですよ」

「かっ! センソー、戦争か。よもやハルハルからそんな台詞聞くとはな」

「ええ、私としても不本意です」

 

 哀しそうな顔を作ってみせる義妹。それをみた小柄な艦娘は姿勢を崩した。

 

「まず確実なことから話すで? まず、現時点で第6科、つまり艦娘に直接関わる人間は誰もやられてない。今回の件、実戦部隊には驚くほど被害が出てへんからな」

「それはそうでしょうね。今回のは『斬首作戦』ですし」

 

 問題は派閥ですよと義妹は続きを促す。小柄な艦娘はあんまり首ツッコみたくないんやけれどな、と前置きしつつも口を開いた。

 

()()()()には番記者も、記者クラブも存在せーへんのや。せやから、立憲友民党(おたくら)みたいにやれ竹本派やれ麻布派みたいなパッチワークにはならへんのよ」

「ですが派閥はあるでしょう。護衛艦による制海権確保を訴える『艦隊派』や艦娘至上主義の『艦娘派』といった派閥が」

「……ハルハル、自分なにが言いたいんや」

 

 正真正銘の沈黙が落ちる。

 

 義妹の顔は真剣そのもの。

 そして浮かぶのは、焦り。

 

親父(おやじ)さんの気持ちはわかる。自派閥の議員が殺されとる、次は自分かもしれん……せやけどハルハル、自分は一般人やろ。狙われるような大層なことしとるんか」

「これは戦争だと、私はそう言っています。誰かが深海棲艦を操って……」

「それは、ただの妄想と違うんかい」

 

 ぴしゃりと言ってのける小柄な艦娘。

 そして彼女は淡々と、そう淡々と続ける。

 

国防軍(ウチら)はな、アイツらのことよー知っとる。なんせ()()で毎日のように顔合わすからな」

 

 

 言うとくけど、アイツらには操られるような知能すらないで。

 

「なら……」

 

 義妹の焦りが苛立ちに変わる。

 それが手の震えになり、そのまま声の震えになる。

 

「なら、今の状況はどう説明をつけるんですか」

「分からへんのか。分からんとは言わせへんで」

 

 そして彼女は言い放つ。

 

 

 

 それは恐らく。

 誰もが認めたくない、現実。

 

 

 

 

 

 

「クーデターに決まっとるがな」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 極限まで光源を絞られた会議室に響くベルの音。

 今度は2回、意味は拒否。

 

「代理も否定した。運用部長代理、やはり全空母艤装の運用凍結は解除するべきだ」

 

 淡々と告げるのは統幕長代行。

 ()()()()()()()()()統幕長代理に替わって議事進行を司る彼は、会議机を囲む幹部達で唯一立ち上がっている海軍佐官に視線をやった。

 

「昨晩に続いて今日は白昼堂々と防御線を突破された。やはり空母なしでの全沿岸防空は非現実と言わざるを得ない」

「それを現実にするために運用部は存在します。修正案へのご裁可を」

「無理だ、飯田。諦めろ」

 

 名前で呼ばれた運用部長代理は、統幕長代行を睨む。

 

「疑わしいのは百も承知」

 

 代行は憮然とした態度で淡々と告げる。

 

「しかし昨晩に続き、今日の襲撃でも全空母艤装、そして艤装の運用に資する特務神祇官に動きはなかった。彼女らは関わっていないのだよ」

「襲撃に用いられたのが戦艦の艤装だったら私もそう判断しました。ですが空母となれば神祇官の居場所は関係ありません。艤装だって、海に腐るほど沈んでいる」

 

 要は、それらのウチひとつでも運用復帰(サルベージ)できれば犯行には及べるんですよ――――――運用部長代理はあくまで抗弁の構え。統幕長代行は天井を仰いだ。

 

「運用部長代理。相手は空母だぞ、空母相手に空母ナシでどう立ち向かう」

「高射部隊がいます。航空機だけが対抗手段ではありません」

 

 結論から言えば、空軍は敗北した。

 

 白昼の大阪湾に突入してきた敵の艦載機群に対して空軍は健闘。しかし数が違いすぎる。

 全てを防ぎきることは出来ず、市街地に多数の艦載機の侵入を許す結果になった。

 

「ここが限界だ。空母艤装の凍結を解除しよう」

「それを許したら最後、あらゆる政府施設に爆弾が降り注ぐこととなりますよ」

「そんなハズが……」

 

 言いかけた代行が口を噤む。

 それから彼は視線を宙に泳がせると、会議机に並んだ面々を見た。

 

「なにか、運用部長代理の今の発言に意見のあるものは」

「あります」

 

 間髪入れずに声を上げたのは空軍幕僚長代理。

 

「運用部長代理の意見は荒唐無稽(こうとうむけい)であり、なんら根拠を持つものではありません。空母艤装なくして国防なし、即刻凍結を解除するべきです」

 

 本来ならば航空作戦(エアカバー)を担当する彼が真っ先にそう発言する――――――それは職務放棄に等しい行為である。

 しかし、それをせざるを得ない。全力稼働を越えた全力稼働を強いられる空軍(かれら)は既に限界を超えている。

 

「空母艤装を凍結しているからこそ、辛うじて国防が維持されているのです」

 

 それを知ってなお、空軍独力での対処を求めているのが運用部長代理なのだ。

 

「どうしても分からないのだが」

 

 そう控えめに手を上げたのは、一人の将官。

 統合幕僚監部で唯一怪我すらしなかった将官である彼は、迷いがちに口を開いた。

 

「敵の目的はなんだろうか。目標を絞る割には、ヤツの最終目的が分からない」

「……それは警察、いや警務隊の仕事でしょう」

「ちょっと待て、身内の犯行と決まったわけじゃない。純粋な外敵の可能性だって」

 

 その言葉を合図に、思い思いの言葉を口にする将校たち。この場を収めるべき統幕長代行も、無言で彼らの言い合いを睨むだけ。

 

「身内に決まっています」

 

 誰かがそう言い切った。

 

「こんなこと言いたくはないが、どう考えても艦娘派の仕業ですよ。被害は海軍将校に集中、それも護衛艦隊と繋がりの強い幹部ばかり。それに対してどうです、艦娘派の人間は殆ど殺されていない」

「馬鹿なことを言うな。真っ先にやられた大迫海幕長は艦娘派だぞ」

「ブラフの可能性は? どうせ後は勇退するだけの方でした。殺しておけば疑いの目を逸らせると思ったんじゃないですか? 先人の遺志を継ぐとか言えば、主導権も握りやすいでしょうしね」

 

 肩を竦めて運用部長代理を睨む佐官。国防を損ねようとしているのは空母凍結に拘るお前だろうと、口にせずとも視線が十二分に疑念を伝える。

 

「待て待て早まるな!」

 

 発火点に達しかけた会議室に、寸での所で声が割り込む。

 

「内部犯が隊内の人間を狙うなら議員を手に掛ける必要性がまるでないというのは既に出た結論のハズだぞ。議員(かれら)の犠牲にどう説明を付けるんだ」

「あらゆる党派に広く被害が出た。目についた議員を片端から狙っているんだろう」

 

 巨大な堤が蟻一匹の穴から崩れるように、小さな疑念から始まった議論は大きな疑念を生む。

 深海棲艦という姿の見える敵ですら満足に対処できていない現状で、姿も見せず目的も分からない敵に対処できるはずがない。

 

「飯田運用部長代理。こういうことは申し上げにくいのですが、あなたが犯人と繋がっていない保証もないわけです、その状況でこうも強弁に空母艦娘の凍結継続を訴えられるのは……ご自分のお立場を考えては?」

「おい、その話は……」

「ご指摘の点は仰る通り。では私が職を辞して、後任が繋がっていない保証は?」

 

 そのような状況では、目に見える頼もしい同僚も反逆者予備軍へと早変わり。

 誰かが疑いの目を向ければ、可燃性ガスが充満しきった会議室に火花が舞う。

 

 そこでようやく統幕長代行は机を叩いた。檜の会議机がドンと不気味な低音を響かせ、全ての視線が代行へと突き刺さる。

 

「やめよう。不毛だ」

 

 ひとこと。ただの2文字。

 その2文字が状況をいかなる形容詞より端的に示す。

 

「幸いにも、我が政府はまだ機能している。警務隊は全ての国防軍人に目を光らせ、我々統幕監部もその責を果たすに足る人員を備えている。そして――――――我々の仕事はなんだ」

 

 代行はその問い。分かりきっている筈の問いの答えを、彼は続ける。

 

「我々の仕事は、国民の命と国土、そして国民の財産を守るという国の使命――――――その実行部隊に過ぎない。私が空母艤装の凍結解除をこの会議で(はか)ったのはその使命を遂行する上において適するかであり、裏切り者を探すためではない」

 

 そこで言葉を句切る代行。ある一人の幹部が挙手。

 

「ですがね代行、政府は我々に責任を求めますよ。事実として、国防軍の誰かが深海棲艦になりすまして政府要人に軍幹部、つまり国民を(あや)めて回っているのですから」

「ならば責任を引き受けよう。反省しようじゃないか」

 

 その「反省」が辞任を意味するのは明らかで、会議室はざわつく。

 なぜ我々が辞さねばならないのかと口にする者までいる。

 

 無意味なのは百も承知だと代行は続けた。

 

「しかし、無能(われわれ)が国防の要職に就き続けることを、文民統制(シビリアンコントロール)が許すと思うか?」

 

 再び沈黙の中へと落ちた会議室。その間隙を縫って運用部長代理は声を上げる。

 

「ですが統幕長代行、まだ辞めるときではありませんよ」

「運用部長代理、君はまた……!」

 

 我慢ならぬと言った調子で声を荒げた空幕長代理を手で遮る統幕長代行。運用部長代理は目で代行へと礼を伝え、そのまま次の言葉を継ぐ。

 

「我々の続投は最善手ではありません。ですが少なくとも、最悪手ではない。なぜならば、我々の統幕長代理は『殺されかけた』からです」

 

 その言葉に、会議室の片隅でじっと会話を聞き続ける……正確には、声を出すことが叶わない統幕長代理へと視線が注がれる。

 

「助かったのは間一髪、意識があるのは奇跡。代理だけは犯人ではない」

 

 

 逆に言えばそれは、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その言葉に息を呑む面々。幻聴のように耳に届いた唾を飲み下す音は、果たして幻だろうか。

 

「それは、暴論というものだろう。論理的ではない」

「私は被害者(ぎせいしや)以外は全員容疑者と言っているだけ。暴論ですが『論』ではある」

 

 容疑者に統幕監部(ここ)の椅子を明け渡すんですか?

 問いが会議机の上に載せられた。

 

「だとしてもだねぇ……君がいうには、生き残ってる幹部が全部怪しいってことだろう? じゃあ誰に任せればいい。誰かがやらなくてはいけない仕事なんだぞ」

 

 そうだそうだと何人かが頷く。運用部長代理は呟くように言った。

 

「誇りと傲慢、ですよ」

「なんだと?」

「家内によく言っていたんです。仕事は誇りと傲慢により成り立つのだと。我々は誇りを持って仕事をしています。しかしその仕事にしがみつくことは傲慢というものです。我々が守るべきは国家そして国民であって、組織ではない」

「なにが言いたい」

 

 あまりにも突然に妻の話を語り出した運用部長代理に当然ぶつけられる質問。それに対して彼は、明快に答えてみせる。

 

「統合幕僚監部を()()()()()()()。同時に、陸海空3つの幕僚部もです」

 

 その提案に会議室は答えなかった。現実的でないからではない、それを幕僚部という組織が開いた会議の場で発言することに驚いたのである。驚愕と言っても良い。

 

 そしてその提案は――――実行には移されなかった。

 

 

 

 理由は単純、()()()()()()()()()()()()()からである。

 

 

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