舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第47話 ホントのことを言って

 

「あのヒトは、役割に徹するヒトなのです」

「ほう?」

 

 興味ありげにナガトがこちらを覗き込んでくる。

 運転に集中した方がいいのではないだろうかと思いながら、私は言葉を繋ぐ。

 

「政治に否応なく巻き込まれる家柄を持ち、国軍という巨大な組織の階級章を預かり……そして紳士たろうとする。それが私の夫です」

 

 私の言葉に、ナガトは何も返してこない。

 彼女は私の言わんとすることが分からないのだろうか。

 

 そう考えて、私自身も彼女を理解できていないのだと思い直す。

 

 結局ヒトは、言語という曖昧模糊な道具(ツール)を使わないと相互理解もままならない。

 

「家柄が彼の政治能力(たちまわり)を育てました。国軍が彼を愛国者に仕立て上げました。そして私が……いえ、(わたし)の存在が彼を主人にさせている」

「なるほど。立場がヒトを作るという話だな」

 

 ナガトの返事に遠からずもといった感触を覚えつつ私は続ける。

 彼女の価値観を理解できなかった私の説明は、さて彼女に理解されるだろうか。

 

「立場はいくらでも掛け持ちできます。ですが立場(それ)が相反するモノとなった時、どちらかを棄てることを選ばざるを得なくなる」

彼方(あちら)を立てれば此方(こちら)が立たない。その逆もまた然り、という訳か」

 

 それで、それが説得に応じないのとどう関係するんだとナガト。

 次に私が継ぐべき言葉は決まっていた。

 

 それでも喉にわずかにつかえたのは――――――気恥ずかしさ故、だろうか。

 

「私は、まだあのヒトに愛されていたい」

「ほう」

 

 分かったような分かっていないような相槌を打つナガト。構うことなく私は続ける。

 

「あのひとが、ダーリンが私のことを愛していてくれるのは、私が(わたし)だからなんです。国を裏切れとそそのかす相手を、あのひとはきっと伴侶(パートナー)とは見なさない」

「しかしそうなると、残念だが」

 

 あなたのご主人を排除しなくてはならないぞ。そう言葉の後ろに続けるナガト。

 

 それはその通り。

 あの人は退くことはないだろう。

 

 なにせ私の前ですら見栄を張るようなヒトだ、まさか国家の一大事に引き下がるなんて出来るハズがない。

 

「あの人は負けませんよ――――――勝つか、死ぬかです」

 

 

 本当に馬鹿なヒト。

 

 

戦争(ないせん)になるぞ」

「もうなっているではありませんか」

 

 

 それもそうか。

 

 

 

 

 

 

 ――――――なんて、ナガトは口が裂けても言わないだろう。

 

 彼らの認識ではまだ戦争にはなっていない。

 事実はともかく、戦争になってはいけないのだ。

 

 彼らもまた――――――私なんかを頼る程度に、追い詰められている。

 

「国が滅びることになる」

「私の祖国(クニ)ではありません。ましてそこは、夫のいない国です」

 

 そしてナガト(あなた)たちにとっての国は、吹き飛ばしても構わないほど軽いものなのか。

 

 指導者なきこの国が指導者を喪って得るものは大義名分だけ。もとより交渉の余地などない。それでも彼女たちは、どうも私の良心を信じているらしい。

 

「だが、娘さんにとっては祖国だろう」

「あの子なら生きていけます。私たちの娘ですから」

「それで娘さんは幸せになるのか?」

「……」

 

 であるからこそ、こうして相容れない双方が歩み寄るための交渉が続いている。

 

「子を引き合いに出すのなら……」

 

 そして許容線(ライン)を見極めるべく、私は一歩踏み出した。

 

「ナガト。貴女たちはどうして子供に未来(クニ)を残そうとは思わなかったのですか?」

 

 答えはなかった。

 そこにあるのは沈黙。

 

 言葉が消えた車内にはエンジンの独奏が満ち、等間隔に並んだ街灯が影を作っては消す。

 

「そう、だな」

 

 どれほど経っただろう。それとも、大した時間は経っていなかったのか。

 

 ナガトが私に刺すような視線を寄越す。いつの間にか自動車は減速、そのまま彼女は路肩へと車を滑り込ませる。

 車を止めた彼女は、ゆっくりと下腹部をさする。

 

子を残せたら(そうできたなら)、良かったのだがな」

「……」

 

 湧き上がりかけた感情を留める。

 

 ダメだ、同情してはいけない。

 今は生け花の教室で交わされる雑談のように、消費物(コンテンツ)としてこの話題を処理しなくては。

 

 そんな私の努力を嘲笑うかのように、ナガトは優しく微笑む。

 

「そんな悲しい顔をしないでくれ。夫人」

 

 そのまま彼女は、ゆっくりと語り始める。

 

「あなたは霊力再生という技術を知っているだろうか? 万物に宿る魂の履歴を呼び出すことで肉体を元の形へと『復元』する技術。かつては禁忌とされ、戦争の……いや、対処行動の初期には口伝(くでん)で僅かにその片鱗が残るのみだった」

 

 封印されていた術式を復活させたのは、絶対数の足りない特務神祇官(かんむす)を補うため。

 人類滅亡を前にしてなりふり構っていられなくなったのだとナガトは語る。

 

「いまや艦娘と霊力修復はセットで運用されるのが前提だ。再び体系化を果たした霊力再生は科学の枠内に捉えられ、修復液なんて名前で便利道具扱いもされている」

 

 ここまでなら、不気味ではあるが悪い話とはいえない。

 特務神祇官は化け物じみた存在になったが、お陰で人類滅亡という災厄からは少しだけ遠ざかることが出来た。

 

「第8護衛隊群は……私たちは実験体だった。ある者は味覚を、ある者は嗅覚を、視覚を……私たちは様々な代償を払いながら霊力回復を体系化していった」

 

 科学に犠牲はつきものだとナガトは言う。そこに横たわるのは、南洋(ミクロネシア)の傷跡。

 

()()()()()()()()()に頼らなければ、私たちは生き残ることすらままならなかったんだ。私は確かに(はら)を喪ったが、それでも命があるだけまだマシさ」

「では、コレは復讐ではないと」

 

 復讐? よほど意外だったのか、彼女は目を丸くしてみせる。

 

「違うさ、復讐をしたいなら深海棲艦を通してしまえばいい。そうすればこの国はすぐさま滅びる…………言っただろう、この国の非道を正す気などないのだと」

 

 彼女は、ミクロネシアの英雄は続ける。

 

「私は、私たちは欠片ほどの平和と希望が欲しかっただけなんだ。私が子を残せずに南洋(うみ)に散ったとしても、私の戦いを誰かが記憶していてくれれば構わない。私が生き恥を晒したとしても、それで平和が守られるなら構わない」

 

 だがどうだ。8護群(われわれ)の戦いに、彼らはどう報いた。ナガトはそう言う。

 

 私は知っている。ミクロネシア戦役の幕引きを。

 あの戦いが如何にして閉じられたか。

 ゆっくりと着実に崩壊していく奇妙な撤退戦が、どのように始まったのかを。

 

 

「第3分遣隊司令の、()()()()

「違う。()()()()()()

 

 

 

 


 

 

 

 

 なぜ「彼」は死ななければならなかったんだ。影が問う。

 

「そんなことを私に聞くな……というのは、今さらか」

「認めるんだな」

「『国家の中の国家』は避けねばならなかった。南洋のために日本が滅びるのは、是が非でも避けねばならなかった。最善を尽くしたという言い訳くらいはさせてくれ」

「哨戒艦隊が何をしたっていうんだ。国を護るための英雄たちが何をしたと」

 

 怒気を孕んだ影の声に、飯田は不思議なほど落ち着いた声で返す。

 

「大きくなりすぎた。そして現に今、諸君らは大迫先輩の懸念を体現している」

 

 だから私は、諸君らには従えないのだと、まるで被害者のように飯田は言う。

 

「交渉の余地はないんだ。私は、我々は諸君らを犯罪者としか定義できないんだよ」

「しかしお前は恭順するよ、飯田。そうだな――――奥さんは元気にしているか?」

 

 影の言葉に、飯田コウスケは、本人としては最大限の努力で表情を取り繕った。

 取り繕えたかは別の問題として、彼は取り繕わなければいけなかった。

 

「……止めておけ。私にその一線(ルビコン川)を越えさせるな」

「美人だよな。まだ全然()()する。歳の差はいくつだったか? このロリコン野郎と思ったよ、あの頃の俺たちは若かった……涙が出るくらいに若かった」

「アイツは関係ないだろう」

「声は正直だな、震えてるぞ。お前に選択肢はないんだ」

 

 押し黙った飯田に対し、影が嗤った。それは恐らく、飯田の見た幻影。

 

 

 体制を取るか妻を取るか。

 

 

 彼の価値判断基準のギリギリを突いたこの「脅し」は、確かに目の前の影が発案したのだろう。

 その影は飯田コウスケという男のことをよく知っているのは間違いないし、そうでなくとも男は国よりも女を取るものである。

 

「私を脅すなら、せめてキチンと国家を人質にしてくれ。もはや国防は艦娘抜きに成り立たない。それなのにキミは、わざわざ私の妻を人質にするのか?」

「抜かせ、艦娘ナシの国防計画はお前の至上命題だ。艦娘を排除したら、お前らにとっての春が来ることは分かりきっているんだよ」

「……私を排除したとして、お前らの行いが正義となるわけじゃないぞ」

 

 声は震え、銃口を突きつけられていても、なお飯田は体面を保とうとしていた。

 

「正義だと? では大迫は正義を為したのか?」

 

 影が口にした名前は、大迫海上幕僚長を意味する。

 この日本列島に覆い被さる邪悪に違いない存在により、いの一番に消された男の名前。

 

「ヤツは、哨戒艦隊(かんむす)にミクロネシア戦役の責任を全てなすりつた。笑顔で国のためと死んでいったアイツらに俺はなんて言えばいい? 俺を生かすために逝ってしまった、俺より生きているべきヤツらが死んだんだぞ」

 

 感情を乗せて続ける影に、驚いたように眼を開く飯田コウスケ。

 

「ミクロネシア戦役絡みの事情は、お前だって知っているだろうに」

「あの馬鹿に背負わされたんだよ。物言わぬ屍の代弁者が必要なんだ。そうでなければ……彼らはあまりにも、報われない」

 

 お国のためと頑張った、青春も夢も、家族も、大切なモン全部放り出して戦った。

 

 それが――――大切なモノを守ることになると信じたから。

 だが結果はどうだ。

 

 言葉尻に怒りが浮かぶのは、彼もまた被害者の一員だから。

 

「国は裏切った。メディアも、国民も。アイツらは敗戦の責任を死者にまで押しつける人間のために戦ったのか? なぜ生きている我々を糾弾しない」

 

 だからな、俺は罪を償うことにしたんだと影は言う。

 その贖罪(つぐない)の邪魔をするなと。

 

「お前はよくやったよ。だが及ばなかった」

 

 情けをかけるように影が言う。

 信じられないほど杜撰な計画、誰が実行犯かなんて少し考えれば分かる。それでも成功しているのは、ひとえに深海棲艦(じっこうはん)が強いから。

 

「俺は止まれない。止まれば、アイツらを裏切ることになるからな」

 

 影の言葉に飯田は観念したようになって――――――ついに両手を揚げた。

 

「よし、分かった……分かり合えないことは理解した。条件を聞こう」

「なにもするな。なにもしないで居てくれれば、それでいい」

 

 拳銃を上下に振り、従うように促す影。抵抗の手段を持たない男はそのまま膝を折り、彼の拘束を――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――受け入れなかった。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 膝を付くと見せかけての前傾姿勢、そこから全身をバネにするようにして丸腰の男が飛び出す。影は反射で発砲、放たれた同士討ちの弾丸は飯田の右足を貫く。

 それは脚を止めるに足る打撃であったが、身体は勢いそのままに影に飛びついた。

 

「貴様ぁッ!」

 

 往生際の悪い、そんな悪態を吐く間もなく間合いに飛び込まれた影は拳銃の底を脳天目掛けて振り落とす。

 僅かに首を逸らして頭側部への打撲に抑えた飯田はそのまま影に組み付き、逆に首を振り上げて影の顎へと強烈な打撃を打ち込む。

 

 もんどり打って、それでも受け身は取りながら影は転がる。手の感覚は自身がまだ拳銃を握っていることを伝えてくる。問題の丸腰男はバランスを取ることも出来ずに倒れ込んだ。主導権はまだこちらにあると確信した、その時。

 

「動くな!」

 

 叫んだのは、影でなければ飯田でもない。

 裁定者なき二人の間に割って入るのは、この国において裁定者の役割を果たす「法治国家」というシステムの一端。

 

 その無遠慮な懐中電灯が、影を暴く。

 

 

「兵庫県警だ!」

 

 

 いつテロの標的となるか分からない空港には駐在の警官が配置されている――が、乱闘を聞きつけて駆けつけたにしては早すぎる到来。

 

「膝を付け! 武器を降ろして手を頭の後ろにおきなさい!」

 

 しかし主導権はもはや影には存在しない。

 拳銃を置き、膝を折り曲げる。体重を支え慣れていない膝が僅かな痛みを訴えるのを無視して手をうなじのあたりに添える。警官の足音がいくつも近づいてくる。

 

 目の前に倒れていた男が腕だけで上体を起こしたのは、その時。

 

「錯乱した同僚を止めるためのやむを得ない発砲。そう説明するといい」

「なんだと……飯田、お前まさか……!」

 

 影は思った。嵌められたと。影を取り囲んだ警官達が、その疑いを確信に変える。

 

「武器対……? なんで神戸空港(ここ)に武器対がいる。ッ!」

「銃刀法違反および傷害罪の現行犯で逮捕する」

 

 拘束にかかった警官は、ただの駐在のそれではなかった。

 

 分厚い防弾チョッキに身体中にくまなく張り巡らされた防護装備、数も明らかに多い。機動隊の銃器対策部隊――――()()()()()()()()()()()()()()()()()専門部隊。

 

「おい、飯田。お前まさか、最初から!」

「喋るな、いくぞ」

 

 無理矢理に大地から引き剥がし、連れ去ろうとする警官隊。

 

 抵抗する影を横目で見る2等海佐は、少しだけ――右脚の痛みにより少しばかり歪んでいたが――口角をつり上げてみせる。彼は確かに、笑っていた。

 

「……どうして、私を()()()()()思ったんだ?」

 

 彼は右足を庇うようにして起き上がる。

 警官の肩を掴むようにして立ち上がる。

 

「殺したんだろ。もう何人も、何十人も見殺しにしたんだろ」

 

 宵闇に溶けた藍色の統幕監部制服に赤黒い染みが広がり、地面へと流れていく。

 

「私も殺せば早かったじゃないか。それとも本当に、大迫先輩たちが死んで当然と思っているのか?」

 

 その問いに影は答えない。そのまま彼は俯いて、一切の抵抗をやめる。

 

「どうして、大迫先輩の時は止めてくれなかったんだ」

 

 影は答えない。答えられない。

 

「おい、答えろよ。なんでこんなことしたんだ」

 

 問いかけは虚空に消える。

 

「こんなことをしてどうなるか、分からないお前じゃなかっただろ。なぁ、どうしてだ。どうしてなんだ」

 

 影が口も開かないのを見て、警官たちは影を連れていく。

 残された飯田に、警官隊の指揮官が駆け寄ってきた。

 

「ご無事でなによりです」

「無事なものか。撃たれたんだぞ、すごく痛い」

 

 そう言いながらがくりと尻餅をつく飯田。思い出したように痛い痛いと繰り返す彼の脚に止血帯が巻かれる中、指揮官はそっと飯田の耳元でささやいた。

 

「水上警察署より、昼間に市街地で発砲した阪神防備隊の出航が確認されました。行き先は分かりませんが……」

「交渉の決裂は向こうにとっては想定の範囲内だ、当然次の手を打ってくる」

 

 それよりありがとう、おとり捜査同然の逮捕劇に付き合ってくれて。

 そう飯田が返すと、警務隊も信用できないのですかと警官は渋い顔。

 

「軍はミクロネシアに肩入れしすぎたんだ」

 

 笑ってくれと飯田は言う。

 

「誰も信じられないのではなく、誰も引き返せないというのが正しい。だが疑心暗鬼は我々の最大の長所を潰す」

 

 だから頼んだぞ。

 

 警官は小さく頷くと、現行犯逮捕された人物の護送を指揮するべく展望デッキを出て行く。

 それに入れ替わるように入ってきたのは、小さな影ともう一つ。

 

 見慣れた影が入口で歩調を落とすのに対して、小さな影は歩幅を広げると駆け足のような調子で迫る。

 そしてそのまま、飯田の前に立ちはだかった。

 座り込んだ彼を見下ろす格好であれば、多少の身長差は関係ない。

 

「話は聞かせてもらったで。アンタ、なんなんや」

「……飯田コウスケ、日本国国防か「そんなこと聞いとるわけやない!」

 

 小さい彼女が飯田の胸ぐらを掴んだ。厚手の制服が握りしめられて、その余波で締められたシャツの襟が彼の首元を圧迫する。

 早くも息を荒げた彼女に、後ろから諫めるような声が届く。

 

「リョーコちゃん」

「ハルハルは黙っとき。これはウチとこの馬鹿の問題や」

 

 それだけ後ろに返して、小柄な特務神祇官は飯田を睨んだ。

 

「なぁ運用部長代理サン。アンタさっき奴さんにこう言うたよな? 錯乱した同僚に向けて銃を撃っただけやって、本気でそう思うとるんか?」

「私が自殺未遂をしたのは事実だ」

「そうやって庇うんか。奴さんがぎょーさんヒト殺したんやろ?」

「それは私の()()であって、事実ではない」

英国の使者(あのかんむす)は国外退去作戦を行うって言っとったで。要するに、英国はこの国が騒乱状態に陥ったものと見なしてる。違うか?」

「英国がこの事態をどのように解釈しているかは把握していないが、国防軍は事態をコントロールしていると認識している」

 

「それは統合幕僚監部の人間としての意見やな?」

 

「そうだ」

 

 その言葉を聞いた小柄な艦娘は、運用部長代理に半歩寄る。

 

「せやったら、アンタ。奥さんを英国に逃がすべきやなかったな」

 

 答えはない。

 

「家族最後――――家族の命よりも重たいものがある。それが公務員(ぐんじん)やろ」

 

 違うか。問い詰めた艦娘に、部長代理はどこ吹く風を装って。

 締められつつある詰問への返答としてはやけに流暢な日本語で告げる。

 

 それはまるで、どこかの議事堂で流れる答弁のよう。

 

「なにか勘違いしているようだが。私は妻の件に関しては関知していない。そもそも彼女は日本に帰化している。よって英国の国外退去作戦の対象とは……」

「じゃあなんでアレを逮捕させるために警官隊なんて用意したんや」

「リョーコちゃん。そのくらいに」

 

 再び口を挟んだ女性。飯田の実妹(かぞく)でもある人間の横槍に、小柄な艦娘は睨みをもって応じる。しかし彼女は怯むことすらなく続けた。

 

「私が警官隊を呼びました。相手が神戸空港に網を張ることは分かってましたから」

 

 まあまさか、こっちを逮捕することになるとは思いませんでしたが。そう涼しい顔で告げる彼女に、小柄な艦娘の何かが、切れた。

 

「――――――あぁぁッ、あんたらホントになんなんや!」

 

 艦娘が叫んだ、金切り声をあげた。

 

「ほっっっんとに、ふざけんなよ。理屈こねれば何でも大丈夫やと思っとるのか?」

 

「落ち着きたまえ、槇島3曹」

「あぁ? なんで初対面のアンタがウチの名前を知っとるんや。アレか? ウチもアンタの練り上げた理屈の中に組み込まれとんのか? ヒトを駒みたいにして盤上駆けずり回らせて、アンタは高見の見物ってか? ふざけんな!」

「リョーコちゃん落ち着いて。一応そのヒト、撃たれてますから」

「アホかハルハル、普通は銃を向けられた状態から丸腰で突っ込むのは考えナシか自殺志願者っていうんや。けどコイツはそうやない……()()()()()ってわかっとったんやろ。撃たれても精々が脚か腕、死ぬには至らないって。わかっとったんやろ?」

「あの男は、防衛大学の同期だった。彼のことはよく知っている。それだけだ」

「なら、下手クソな芝居打って言い逃れの余地を作ったんは()()だからか、あん?」

 

 沈黙は肯定。やがて耐えかねるように小柄な艦娘は叫ぶ。

 

「誰を庇いたくてそんな屁理屈並べるんや! これはクーデター、内戦なんやろ!」

 

 その言葉を否定をする人間はここにはいない。政治家や軍上層部の人間が狙われて殺されている。今しがたひとつの旗を守る筈の国防軍人が同胞に銃を向けた。

 

 だからもう、認めざるを得ないのだ。

 

 この国は、内戦状態に片足を――――ともすれば腰まで――――突っ込んでしまっていると。

 

 そして小柄な艦娘から見れば、それをこの場にいる誰もが否定しようとしている。

 否定する言葉など、持ち合わせてなどいないというのに。

 

「ウチは陸自の出身で、しかも兵卒あがりや。だから幹部サマ方の駆け引きや身内意識は知らん! けどな、アンタら上層部(エリート)のゴタゴタを引き受けるのはウチら下っ端なんやで。訳も分からず前線に出されて目の前の敵撃てと言われて! 戦闘が終わってから相手が同じ人間、おんなじクニの同胞(ニンゲン)やったと知らされる!」

 

 その狂気(きもち)が分かるかと、小柄な艦娘は再び、力任せに幹部国防軍人の襟元を掴む。

 

「アンタは脚を撃たれた。痛かったやろ。こうやって首締められたら苦しいやろ?」

 

 ウチにもな、同じ赤い血ィ流れてるし首締められたら死んでしまうんよ。

 チビどもにも、アンタを撃ったアイツにも、アンタの嫁さんにだって!

 

「分かっている。だからこそ今は被害を最小限に」

「それが出来とらんからこうしてウチは怒鳴ってるんや」

 

 すとん、と小柄な艦娘の声が落ちる。

 

「あんたの嫁さん、死ぬで」

「大丈夫だ。彼女には英国の……」

 

 返事を遮るように歴戦の艦娘は告げる。それはあまりに冷たい宣告。

 

「英国の艦娘さん、アンタが思ってるほど強くないで?」

「……」

「英国政府が直々にお出迎えするくらいや。アンタの嫁さんがただの外人さんやないことは分かる。けどな、艦娘ってのは艦隊を組んで初めて戦えるようになるんや」

 

 そんなことは知っているとばかりに小柄な艦娘を睨み返す飯田2佐。溶かした鉛のように重く粘つく沈黙の後――――――あまりにも長く逡巡した後に、彼は口を開く。

 

「あぁ…………そうだな」

 

 許して欲しいとは、思っていないよ。

 

 


 

 

 いったい、どれほどの沈黙が流れただろう。

 

 路肩に止められた自動車の中で空気を共有するだけとなった二人の関係は、ナガトの一言によって終わりを告げる。

 

「時間だ」

 

 何の時間かは分からない。

 

 しかしそれが、愛する人が制限時間を使い果たしたのだということは分かった。

 

 

 ならば私は、せめて誇らしげに言うことにしよう。

 

 

 あなたは常に誇り高くあろうとした。

 隙をみせず、弱みをみせず。

 安息の地など何処にもない草食動物のように、誇り高くあろうとした。

 

 

 馬鹿なヒト、本当に馬鹿なヒト。

 

 

 そんな馬鹿なあなたを選んだ私は、きっと大馬鹿者。

 

 ならせめて、私も手伝ってあげようではないか。

 大見栄っ張りのハリボテを、少しでもそれらしく装飾してみせようではないか。

 

 笑え。不細工に歯を唇のスキマから覗かせて、勝ち鬨を挙げてみせろ。

 あのヒトは――――私のために、泣いてくれるハズだから。

 

 

 

「ダーリンの勝ち、デース」

 

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