舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第49話 「飢餓報告書2023」

 

 舞い散る桜が落ち着いた頃のことだった。

 

 北関東の某所――――――山を切り開いて作られたカントリークラブにて。

 チノパンにポロシャツというゴルフプレイヤーらしい軽装に身を包んだ二人は、整備され尽くした芝生の上にいた。

 深海棲艦がいかに海を席巻しようと、国家財政が火を噴こうとも、このような場所の風景だけは以前と変わらぬ振りをしている。そんな場所で大柄な男は口を開いた。

 

「自衛艦隊直轄部隊と言えば聞こえは良いが、つまらん閑職だよ。あそこは」

「先輩、そのように仰られなくても」

 

 

 飯田コウスケが口にしたその言葉に、閣下と呼ばれた男……大迫ヨシミツ海将は本当のことだと口端を歪める。

 

「幹部艦娘が直々に指揮を執る部隊と言えばまあ聞こえはいいが、肝心の幹部艦娘が極々一部の古参を除けば大学を卒業したばかりのヒヨッコ共だ。彼女らに国防の中枢を明け渡すのは、正直にいうと怖い」

「驚きました。先輩にも怖いものがあるのですね」

「飯田お前、私をなんだとおもってるんだ?」

 

 からかうように笑って見せる大迫。階級を抜きにした先輩後輩の関係といえど、10以上も離れてしまえば上下関係を意識しないことはない。

 だからこそ、あの日の私――――飯田コウスケ――――はいつも通りの接待という感覚であのラウンドに臨もうとしていたのではないだろうか。

 

 

「いやぁ~、ごめんなさい遅くなっちゃって!」

「お待たせしました」

 

 

 練習用グリーンに四回目のアプローチを成功させた頃、女性の声が飛んでくる。

 顔を上げれば、そこには飯田と大迫のように軽装に身を包んだ二人の女性がいた。一方は柔らかな、もう片方は事務的な冷たさを感じさせる声音。

 

「よし、改めて紹介しよう。彼女が城島1等海尉。それでこちらは……」

「掃海隊群より参りましたっ! 片桐アオイ1等海尉でーすっ!」

 

 まるで合コンだな。飯田はそんなことを思ってから、コンはコンでもコンパニオンかと飯田は思い直す。

 なにせ中年越えのオッサン2人に20代の可愛い女の子2人組。全員が海上自衛隊の幹部であるという事実を除くと、コンパニオンを侍らせた専務と課長あたりに見えてしまう。

 

 まるで華のような彼女たちはしかし――――――その身なりに反して身体は鍛え抜かれ、才ある者が見れば練り上げられた霊力が溢れんばかりに満ちていることが分かるだろう。

 

 特務神祇官。艤装と呼ばれる特殊な小型艇を戦力化させるための特技兵。単独で戦場に出なければならないという特殊性から特殊カリキュラムで幹部教育を施された彼女たちは「幹部艦娘」と呼ばれていた。

 

 

 

「――――それで、どうですか。掃海隊群の方は」

「そーですねぇ……正直にいうと、もうちょっと艦艇(フネ)が欲しいかなって」

 

 バンカーに嵌まった白球を掻き出そうと大迫が様々な角度から観察する間に、飯田は自然な風を装って彼女に聞く。この組み合わせをセッティングした先輩の意図は分からないが、最前線を転戦する掃海隊群の艦娘と話せるのは良い機会であった。

 

「戦力は問題ありません。ただ、ミクロネシア全域をカバーするには機動力が……」

 

日本には、艦娘を十二分に運用できる輸送艦がいない。いるにはいるが、多目的輸送艦と呼ぶべき<おおすみ>型はあちらこちらへ引っ張りだこというのが実情だった。

 

「やはり掃海隊群所属としただけでは、駄目ですか」

 

 片桐が何も返さないのを見て。そうだろうなと飯田はひとりごちる。輸送艦を保有する輸送隊を隷下に収める掃海隊群。そこに精鋭艦娘部隊を配置することで部隊の流動的(フレキシブル)な配置転換を可能にし機動防御を行う……絵に描いた餅でしかないことは分かっていた。

 

「それでも、悪い話ばかりではありませんよ? マーシャルの時みたいに部隊間での調整は必要ありませんし、同一指揮系統で完結した能力をもっていることの便利さを心底理解することが出来ました」

 

 

 ()()()()

 つまり、まだまだ便利にはほど遠いということ。

 

 

 改善に努めますよと極めて官僚的な答えに留めた飯田は、ようやく芝生の上へと躍り出た大迫の白球を目で追うことにする。

 

 するとその白球の向こう。バンカーの縁に立っていた筈の女性がこちらへと歩み寄ってくる。あちらは確か、城島1尉だったか。

 

 彼女はこのだだっ広い――――それこそ飛行機が着地できそうなくらいに広い――――ゴルフ・コースで横並びとなっている2人の男女を見ると、ニヤニヤと表情を動かして見せた。

 

「ちょっと蒼龍~? まさか口説いてるんじゃないでしょうねぇ?」

「まさか! というかこんな場所でまで艦名呼びやめてよぉ~」

「いーじゃんいーじゃん。蒼龍はどこいっても蒼龍なんだからさ」

 

 言葉の意味は分からないが、意味が分からないことにも価値があることを飯田は知っていた。

 正確には、娘が訳の分からないものばかり好むので(そういうじょうきょうに)慣れてしまったと言うべきだが、ともかく2人の会話には入らなかった。

 

「というか交代! 私は普段から大迫さん(ていとく)の相手してるんだから、蒼龍もこういうときくらい面倒みてやってよね」

「はいはい、分かりましたよ……それじゃ飯田さん、グリーンで」

 

 勝手に話をまとめて、勝手に入れ替わる2人。

 そして城島と言う名前の女性自衛官は、何の前置きもなく飯田に問いかけてくる。

 

「それで、どうなんですか。ミクロネシア戦役に勝てますか、我が国は」

 

 そんな飯田に投げかけられた女性の問いは、あまりに重い。彼は視線を逸らしたまま、ゆっくりと慎重に言葉を選ぶ。

 

「水上機動団構想の成否が鍵となります。輸送艦、護衛艦の絶対的不足を航空自衛隊の輸送機で補う。悪い話とは思いませんが、僅かに点在する太平洋島嶼を確保するだけで太平洋全域の制海権を確保できるのものか……」

 

 おそらくこれが、先輩が自分と艦娘(かのじょ)たちを引き合わせた理由なのだろう。

そう飯田は思っていた。

 もう少し思慮深かったのなら、城島1尉の顔に浮かんでいた焦りの意味も分かったのだろうか。

 

「……というより、それは大迫先輩に聞いた方が早いのでは?」

大迫閣下(ていとく)と私たちの部署は本当に閑職なんですよ。しかもアッチからもコッチからも嫌われているでしょう?」

 

 ()()()()()()、大迫ヨシミツを中心とする艦娘艦艇派と呼ぶべき派閥は勢力を著しく減衰させていた。それは質霊協動――――艦娘による霊力戦に頼りすぎたミクロネシア戦線を整理し通常兵器による質量戦によるテコ入れを図る――――構想が頓挫したからである。

 

「私はその大迫先輩を切って捨てた幹部ですよ。研究会にも顔を出さなくなりましたし……」

 

 質霊協働は、中途半端であった。質量戦(かんたいは)霊力戦(かんむすは)のどっちつかずであった。故に、艦娘派にも艦隊派にもそっぽを向かれてしまった。

 

「それが()()()なのは、貴方がここにいることを見れば分かりますよ」

 

 幹部自衛官はゴルフを好む――――――とある自衛隊の世俗化批判である。常在戦場ならぬ常在ゴルフ場。ではなぜ幹部がゴルフ場にいるかというと、()()()()()()()()()からである。

 端から見れば専務と課長、それに侍らされた腕利きのコンパニオン――――――そう見られるくらいが、都合がいい。内心としてはより隠蔽性の高い場所を選ぶべきと飯田は考えていたが、何事にも出来ることと出来ないことはある。

 

「結論から言えば、勝てます」

 

 彼は簡潔に答えた。ちらりと女性幹部自衛官……城島と名乗った特務艇乗り(かんむす)へと視線を注ぐが、彼女の表情に変化はない。

 

「現時点で我々が把握している深海棲艦の性能(スペック)や、これまでの大規模襲撃のペースなどから予測される敵個体の増大ペースを勘案した上で、勝てると考えます」

 

 実際の答えを知るものは「まだ」いない。

 ただ、シミュレーションによる数字としての結果は出ている。そして恐らくは、その通りの結果となるだろう。

 

「ですが問題はその後ですね」

「その後というのは、ミクロネシアの後?」

 

 聞いた彼女に、飯田は続ける。

 なるべく小さな声で、その懸念が現実のものとなってしまわぬように。

 

()()()()()()()()()()()()。だから()()()()()んです」

 

 戦争を終わらせるための戦争はまだいい。

 敵の首都を制圧し、民族を屈服させれば、確かに向こう数十年は平和が訪れる。

 

 しかし海の底からやってくる敵対的生物を屈服させるにはどうしたらいいだろう。

 首都はどこにあって、彼らに民族という概念は存在するだろうか。

 

「太平洋全域の奪還は可能です。ですがそれを維持することの難しさは、私よりもあなた方の方がよくご存じの筈です」

 

 自衛隊が派遣されている地域や海域における緊急出撃(スクランブル)件数など数えたくもない。定期的な掃討(まびき)や誘導などを行っても輸送航路(シーレーン)にヤツらは現れる。

 

 太平洋のたった2、3割を守るだけでもこれである。

 いったいどうして太平洋の全域なんて守れというのか。

 

「では、自衛艦隊としては撤退を?」

 

 城島が口にしたのは「妙な質問」だった。

 

 自衛艦隊は海外派遣における海上自衛隊の上位組織だ。

 自衛艦隊の(もと)に各護衛隊群が編成され、その指揮下で各地に派遣された分遣隊が深海棲艦と戦う。

 とはいえ自衛艦隊は自衛隊の()()戦闘部門に過ぎず、国防の意思決定に関わることはない。あくまで命令の実行部隊という立ち位置のはず。

 

 となれば、危険な会話には立ち入らない。瞬時にそう判断して線引きを行う。

 

「自衛艦隊の任務は新自由連合盟約(ニューコンパクト)の遵守です。つまり、撤退は任務内遂行における選択肢(オプション)にはならないかと」

 

 彼女の言わんとすることは分かる。限界だと言いたいのだろう。

 

 艦娘を主軸とする霊力戦はもうじき限界を迎える。

 深海棲艦キラーとして史上最高の――――深海棲艦の登場からまだ10年も経っていないが――――活躍をみせている艦娘ですら徐々に損耗し、ただでさえ少ない候補者リストの束が薄っぺらくなっていく。

 

 では、ミサイルに艦砲を組み合わせた質量戦はどうだろうか。

 論ずる前に国家予算が破綻するに違いない。予算問題をクリアできたとしても、次には資材不足に直面することになるだろう。畑からロケット燃料や鋼、精密機械(コンピューター)が生えてくるなら話は別だが。

 

 

 ミクロネシア戦線の破綻は秒読み段階だった。

 

 よしんばミクロネシアが持ちこたえたとして、ヤツらは世界の海に散らばっていて常に牙を研いで待ち受けている。

 ミクロネシアという()()()()()()()で壮大なモグラ叩きを展開するほどの余裕はない。

 

 

 

 思えば、理由が欲しかったのではないだろうか。

 

 

 

 

「終わりませんか、戦争は」

 

 少し沈んだ声の調子で言う彼女。

 

 その言葉の裏には「我が国は負けるのですか」という抗議の声が潜んでいる。

 自分たちが身体(れいりょく)を捧げてミクロネシアを封じているのに、結局最後は負けるのかという――――――血の香りを(まと)った抗議。

 

 それは己ではなく、自衛隊(やといぬし)事の元凶(しんかいせいかん)に言って貰いたいものである。飯田はそう思いながら素っ気なく返した。

 

「大迫先輩も同じ事を言いますよ」

「それはそうでしょう。提督は派閥の長です」

「……」

 

 あなたには何か別の考えがあるはずでは?

 そう言外に問う城島。飯田は答えない。

 

「戦艦『大和』という軍艦(フネ)をご存じですか」

 

 城島が言った。飯田は答えない。

 

「軍首脳部は『大和』をみて戦争の勝利を確信したと言われていますが、本当にそうでしょうか? 『大和』の完成は1941年。満州事変から始まった泥沼の十五年戦争が始まってもう10年が経過していたのに?」

 

 彼女の言わんとする意図を知って、飯田は押し黙る。

 

「我々は『彼ら』の徹を踏んではいけません。水上機動団(せんかんやまと)は亡国への道だ」

 

 是が非でも止めなければならない、そんな強い意志が伝わってくる。

 白球が飛び込んだ上にプレイヤーが踏み入ったことで荒らされたバンカーを、大迫がトンボで均している。彼が戻ってきた時が、恐らくこの「奇妙な会談」が終わる時。

 

「提督は悩んでおいでです」

 

 大迫の姿に強い視線を注ぎながら、彼女は言葉を積み重ねる。

 

「霊質転換は失敗しました。艦隊派の連中は水上機動団の危険性を理解していない……もしくは、理解した上で『放置』しているか」

 

 放置はない。ありえない。

 

 護衛艦隊を初めとする各実戦部隊が水上機動団構想を進むに任せているのは、機動団構想の性質ゆえ。そこには複雑に絡み合った事象たちが横たわっている。

 しかしそれを伝えたところで、彼女が止まるようには見えなかった。

 

 

 いや、止められたのではないだろうか。本当は。

 

 

「止めなくてはなりません」

 

 飯田は一言たりとも返さない。

 その沈黙が意味することを、それを彼女がどのように受け取るかを知りながら。

 そしてその問いが、今やこの国にそっくりそのまま降りかかってきている。

 

「止めなければ」

 

 

 たとえ、いかなる手段を用いたとしても。

 

 それが義務というように、その艦娘は双眼で蒼穹(ソラ)を睨んでいた。バンカーを脱したらしい大迫が、こちらへとやってくる。

 

「どうだ。調子は――――――上手くいきそうか?」

 

 そう、あの時から大迫先輩は。

 きっと自分が犠牲(いけにえ)であることを知っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 まるで崖に張り付いたかのような場所だった。

 

 海岸線沿いに伸びる片側一車線の舗装道路、そこから僅かに開けた土地を利用して公民館などの建物が建ち、山肌を這い上るように民家が並ぶ。海側はそれなりに埋め立て拡張がされており、漁港関連と思しき港湾施設をいくつか確認することが出来る。

 

 

「98万人と国家、私はどちらをとるべきなんだろうか」

 

 

 その言葉は、寒空に吸い込まれて虚無となる――――――ことはなかった。

 なぜなら、脇に控えた彼の部下が怪訝な表情をしたからである。

 

「……その数字は、飢餓報告書のものでは?」

「そうだが、それがどうした」

 

 首を傾げた飯田に、部下は困惑の表情を隠せなかった。

 飢餓報告書――――内閣府文書「国内の食糧供給に関する覚書」――――とは、深海棲艦の存在を政府が公式に認めた直後に出回った「2012年冬には食糧事情の逼迫により国内で98万人の餓死者が発生する」と農林水産省が試算したとする報告書のこと。

 

 

 いや、()()()()()()報告書のこと。

 

 

 飢餓報告書なる文書、それどころか試算を行ったという農林水産省のメモ帳すら、飢餓という言葉なんて中央官庁のいずれの部署にも――――――それどころか、あらゆる政府機関、シンクタンクにも存在しなかったのである。

 

 もちろん、飢餓報告書が世論に与えたインパクトを考えれば「実は存在しませんでした」のひと言で済まされるものではない。

 それこそ、飢餓報告書は世論操作のための悪質な流言(デマ)であり、ゆえに第46回(2012年)衆議院選挙が違法選挙である――――――そんな主張がある程度受け入れられる程度には、国民はその報告書に惑わされたのである。

 

「あれは根拠に欠けた文章でしょう。確かに、食料輸入が途絶えればあり得ない話ではないかもしれませんが……」

 

 不快感を彼は隠さない。当然だろう、目の前には国家分裂の危機が横たわっているというのに、殆ど陰謀論に近い文書を引き合いに出されたのである。

 職務に忠実であればこそ、彼の怒りは正当なものであった。

 

 しかしそれを、飯田はあっさりと切り捨てる。

 

「飢餓報告書の試算が杜撰なのは、帳尻あわせの計算だからだ。どうして『飢餓』に主題を切り替えたかは見当はつくがね」

 

 腹が減ることは皆()()()()()()、そう飯田は続ける。

 

「例えば、ロシア革命が起きた理由に民が飢えていたからというのはそこだけ聞くと説得力があるように思える。皇帝が民を軽んじたからこそ革命が起きた、大変分かりやすい構図だ。しかし現実には革命以後にこそ農業生産は半分以下に落ち込み、ロシア経済は本当の意味で破綻した」

 

 飢餓より先に政治的混乱があるのだと。飢餓寸前だったと言われる十五年戦争末期の日本ですら、降伏するまで致命的な飢餓は発生していなかったのだと彼は付け足す。

 

「恐れるべきは秩序の崩壊だ。秩序が崩壊すれば供給網は停止し、店頭には最低限度の食料も届かず、都市部では略奪が横行することになる」

 

 ――――――98万という数字はむしろ()()()()と。

 そう、彼は言い切った。

 

 神戸空港でこそ妻でなく国家を人質にとれと啖呵を切った飯田であるが、実のところ既に国家は人質に取られているのである。

 各事業者は流通網・販売網の堅持に努めているが、努めたところで買い占め行為は禁止できない。秩序が崩壊していると知れば、買い占めは略奪へと変貌するだろう。

 

 総務省のガイドラインに各家庭が従っているのであれば、家庭内の備蓄食料が尽きるのは三日目以降。つまり明日以降は、政府の方針に従う健全な市民であっても食事にありつくことが出来なくなる。

 

「あの報告書はまさに、()()()()()()を想定して書かれていた」

 

 艦娘が主体となる反乱を起こす事態、ではない。艦娘が公表される以前に流出した文書なのだから、艦娘が存在しない安全保障体制で訪れる未来という話である。

 

 そしてそれは――――――反乱を起こした艦娘を安全保障から切り離した時点で、現実のものとなる。

 

「食糧不足を根本的に解決することができない以上、自衛隊や警察を投入して解決できる問題ではない。さらに加えると、その犠牲に深海棲艦による()()()()()()()()()()()

 

 

 だからこそ報告書は()()()()()()()()()()()()()

 

 

 世論に現実から眼を背けさせるのをやめさせるために。

 政府に断固たる航路啓開――――それが例え、海外への半永久的な派遣(はへい)を招くことになるとしても――――を実施させるために。

 

 そしてなにより、その悪夢(シナリオ)が、現実に顕れることのないように。

 

 

 

「皮肉ですね、大迫先輩」

 

 飯田は空を仰ぐ。もうこの世にいないらしい先輩へと語りかける。

 あまりに現実味がなかった。(むくろ)を見れば信じられるだろうか。急速な反応により生じた膨大な化学エネルギーによって変質した蛋白(タンパク)質の塊をみて――――――それを質霊協動構想を編み出した憂国の士だと、僅か数十時間前まで海上幕僚長であった人間の成れの果てだと、認められるだろうか。

 

 違う。認めねばならないのだ。

 偉大な自衛官が死んだことも。

 10年前に彼が作成を指示し、()()()()()()()()()()が――――――現実になるということも。

 

「さて……」

 

 警察は掌握した。()()()()()()()()

 国防軍は――――――出来ることはやった。はずだ。

 

 ただそれでも、大勢が犠牲になるだろう。

 飯田は自らの拳を見る。見慣れた、自らの随意に動くべき拳。それが震えている。

 

「妥協は出来ない。妥協はしない」

 

 言い聞かせるように。言い含めるように。

 秩序は守られねばならない。秩序への挑戦は、許されてはならない。

 

「なに、国家が崩れれば1億が犠牲になるんだ……彼女(あいつ)だって、それはいやだろうさ」

 

 ピリオドが迫っている。

 ()()()()という、致命的な歴史の区切れ目(ピリオド)が。

 

「2佐。そろそろお時間です」

「わかった……だが、その前に」

 

 彼の視線が、ついと向けられる。その先には、ひとりの女性。

 

 

()()が来る前でよかったよ。乱入されたんじゃあ、お互い大変だからね」

 

 

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