舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第 5 話 文鳥は篭の中に

 チューク環礁は、全長200kmにも及ぶ巨大な環礁だ。珊瑚の成長とその死骸によって形作られた生命の揺り籠は、数十の島と数え切れないほどの命を守っている。

 そして長門隊長に連れられるようにして外に出た私を出迎えたのは、鉄筋コンクリートに阻まれてきた直射日光。

 

「うっ、まぶし……」

「いい景色だな。旧軍施設を流用した格納庫と違って、ここはやはりいいものだ」

 

 この程度の光、なんでもないと言いたげな長門隊長がそう言う。

 仮設の海空統合司令部が置かれている小高い丘――――これでも、太平洋の中では立派な山の部類に入るのかもしれないが――――からは、環礁に囲まれた海が一望できるのだ。

 

 ここでは太陽は日本よりもずっと高い場所に輝いていて、穏やかに揺れる海が乱反射して無数の輝きを放つ。

 まさに生命の揺り籠。そんな表現は、生と死が隣り合わせの太平洋(せんじょう)だからこそ似合う気がする――――――そんな景色を見ながら、長門隊長は切り出した。

 

貴官(ずいかく)は、ここで飛行機を見たことはあるか?」

「え? そりゃ、見たことはありますけれど」

「そうだろうな。瑞鶴は艦載機を操るのが仕事であるし、私も水上機を使う」

 

 では、他の航空機はどうだ。長門隊長は、友軍が保有する航空戦力の話をしているらしい。

 

「それは……哨戒機は飛んできますよね。艤装の精密部品を届けてくれる輸送機とかも」

 

 私の返事を聞いているのかいないのか、長門隊長は歩き始める。それから見てみろと言わんばかりに島の一角を顎でしゃくった。

 急ピッチで造成が進む新市街やぽつりぽつりと建物の並ぶ旧市街の向こうには、自然に作られたとは思えない直角の海岸線が鎮座している。

 

「チューク国際空港、ですよね?」

 

 首肯する長門隊長。沿岸に張り出すように建設されたコンクリートの土台の上には滑走路を示す白線が引かれ、ミニチュアサイズのジェット機がするすると飛び立ってゆく。

 

「ミクロネシア連邦のチューク州で、大型機を満足に運用できる三〇〇〇mの滑走路を備えるのはあそこだけだ。だから、ああして哨戒機の燃料補給に使われている」

 

 広い中部太平洋を見渡すのに哨戒機は欠かせない。足の速さはもちろん、一人で海を見張らないといけない艦娘と違って哨戒機なら何人もの乗組員(クルー)が交代で見張ることが出来るからだ。

 長門隊長は大空へと駆ける真っ白な翼を見ながら、呟くように言葉を継ぐ。

 

「……だが、ここに戦闘機はこない。私たちにとって制空権は存在しないのだよ」

「空自戦闘機の主任務は支援攻撃(ばくげき)です。防空は高射部隊。問題があるとは思いませんが?」

 

 ミクロネシア連邦チューク州に駐留する第8護衛隊群第3分遣隊……チューク分遣隊は、このチューク環礁の要塞化を進めている。

 私の言った高射部隊とは、第83独立警戒隊――――――要塞化計画の一環で航空自衛隊から派遣された対空ミサイル部隊のこと。これで空の安全は確保されている筈だった。

 

「知らないのか? 高射部隊の小沢2佐(しきかん)は本土空襲を防げなかったヤツだそうだぞ?」

 

 体のいい懲罰(させん)だよと長門隊長は嗤う。彼女に言わせれば、要塞化計画は表向きの口実で、チューク分遣隊の実態は島流しの見捨てられた部隊だという。

 

「私は、そうは思いません」

 

 その根拠を探すように、私の視線は空港から市街地へと向けられる。

 新市街には建設用の足組がいくつも組まれ、そこには見慣れた建設会社のロゴが並んでいる。別に要塞を市街地に作っているという訳ではない。あれは立派な民需向けの建設現場だ。

 

「日本政府はこの島に多くの資金を注入しています。市街地だって新しく作ってるし、住むヒトだってどんどん増えてるじゃないですか。それを見捨てるなんて」

「市街に行ってみれば分かるだろうが、あそこの住民は大半が住む場所を喪った難民だ。新市街の造成は新自由連合盟約(ニユーコンパクト)に基づく政府開発援助(ODA)となっているが……」

 

 実際は難民をミクロネシア連邦に受け入れさせるための()()()だよ。どうやら長門隊長の目には、この島で起こっていることの全てが悪いこととして映るらしかった。

 

「日本人だって何千人も移住してきています。現に日系企業だって」

「日本企業の進出は、要塞建築のための建設業と関連業者が始まりだった。ここへやってくる人間は、戦争を仕事にするかさもなければ家を失って絶望しているヒトだけだ」

 

 この戦争には勝ちはない。先ほどの提督さんの言葉が蘇る。提督さんは一つ一つの戦いどころか、私たちの戦い自体に勝利はないのだと言った。

 

「勝てない戦争なんてありませんよ」

「そうか、では言葉を換えよう。政府談話では、自衛隊(われわれ)の活動は有害鳥獣駆除の扱いになるらしい。それなら駆除に終わりはない。自然(うみ)が存在する限り害獣(ヤツら)は生き続けるからな」

 

 それを提督は理解しているのだ、長門隊長はそう言う。

 

 政府からは本土防衛の肉壁(いけにえ)として見られ、制空権を失った空の元で戦い続けなければならない分遣隊。それを率いる提督さんが頼れるのは長門隊長たち艦娘だけ。

 

「だから空母艦娘を捨て駒にしてでも艦娘を多く生き残らせなければいけない」

 

 

 ――――――私は空母艦娘を扱った事がない。

 

 ――――――私は手の届く所が平和であればいい。それがまやかしの安心だとしてもね。

 

 

 そういう事だったのか。提督さんは大局を見ない。提督さんが見ているのは自分の部下だけ――――――だから、私のような空母艦娘(カタログスペックだけの兵士)を捨て駒に出来た。

 

「長門隊長」

「なんだ?」

「私は『お客さん』ですか?」

 

 その言葉に、肩を竦める長門隊長。私にとっては、それで十分。

 

 提督さんは本当に、仮初めの平和を留めておきたいだけなのだ。

 彼はこの島が生き残り続けることを計算に入れていない。いつの日か、この島から自衛隊が消えても良いように。波風立てずに部隊が去れるように矢面にいるのだ。

 最初からそう。コンテナ貨物船は沈んでも問題ないとまで言い放った提督さんは、積み荷の損失まで計算に入れていた。ここでは誰かが沈むことが、何かを喪うことが当たり前なのだ。

 

 戦争が続けば誰かが死ぬ。それは当たり前のことだ。

 しかし本土(にほん)では違う。

 

 毎日のように深海棲艦が襲ってきた時代はもう五年以上前の話、国民は今はすっかり平和を取り戻したような表情で生活している。

 たった一両のバスが空襲に遭うだけで不信任決議案が提出され、海外で何千人が犠牲になったというニュースよりも芸能人のスキャンダルが話題にされる。

 

 そんな本土を守る私も、知らず知らずのうちにそんな偽物の平和に浸かってしまっていた。

 

「……確かに、私は最前線をまだ知りません。ですが、その考えには反対です」

 

 私の言葉に、すっと眼を細める長門隊長。

 言いたいことがあるのは分かる。しかし、誰かが死ぬのが当たり前だからといって、それを受け入れるのは訳が違うのだ。

 

「本土での作戦は、大勢で危険(リスク)を分かち合い、互いに連携(フォロー)しあうことで犠牲者を減らします。全てのリスクを空母が背負うのではなく、空は空母、海は戦艦としなければなりません」

 

 理想論と馬鹿にされるだろうか。しかし幕僚課程が説くのはその理想論だ。いかに部隊を連携させて、少ない損害で大きな戦果を挙げるか。

 

 それが出来ないようでは、私が2等海佐の階級を戴く理由がなくなってしまう。

 私がこの最前線に来た意味がなくなってしまう。

 

「私が変えますよ。まあ、さっきの図上演習では補給路を断たれましたけれど……次は同じ轍は踏みません。航空母艦の実力ってヤツを、提督さんと隊長に思い知らせてあげます」

 

 カラ元気でも構いやしない、本土で出来たことがチューク(ここ)で出来ない筈はない。

 そう言い聞かせて、今はせめてそう言い切ることにする。

 

「ふふっ……はははっ!」

「えっ、ちょっと待ってください! 何がおかしいんですかッ?」

 

 おかしいも何も、思い返すまでもなく今の発言のせいだろう。

 私よりずっと最前線を知っている長門隊長に変えてやるなんて言い切ってしまったのである。恥知らずというか、漫画の主人公でもあるまいし。

 幹部の中でも上の扱いになる2等海佐の発言ではなかった。

 

「ああっ、隊長。笑わないでください! 不適切! 不適切な発言でしたからぁ!」

 

 ツボに嵌まったのか、長門隊長は笑い続ける。それが収まると、目尻を拭いながらに語った。

 

「いや、すまない。私も提督も、根っからの自衛官ではなくてな。こう言うとアレだが……貴官のように闘志を燃やす幹部も居たのだと、心底驚いてしまったのだ」

 

 いや、拍子抜けだったとでも言うべきか。どうも長門隊長は私を本土からの監査役か何かと思っていたらしい。防衛大学卒というだけで警戒されるのは心外である。

 

「しかし、これで貴官に命を預ける覚悟が出来た。頼むぞ、瑞鶴」

「預けるだなんて。こちらこそ、よろしくお願いします。隊長」

 

 私が頭を下げると、困ったというように頭を掻く長門隊長。

 

「しかしなんというか、閣下に敬語を使われるのはくすぐったいものがあるな」

 

 その妙な言葉回しに、私は眉をひそめる。

 

()()? 私は将官ではありませんし、長門隊長の方が先任でしょう?」

「艦娘専科第二期を首席卒業、二〇代で指揮課程を修了して2等海佐に任官。十二分な出世街道、将来の閣下は私のような駒の下で働くのは相応しくない」

 

 打って変わって随分と余所余所しい態度を取る長門隊長。向こうにしてみれば私は本土から送り込まれたお目付役と言うわけだ。身構えた私を笑い飛ばして、長門隊長は続ける。

 

「冗談だ。さっき言っただろう? 貴官に命を預ける覚悟が出来たと」

「つまり……どういう事です?」

「指揮系統に混乱があった場合、隊の指揮を引き継ぐのはお前に相応しいという意味だよ」

「!」

 

 その仮定が、いついかなる時にも起こりうると戦慄する。

 深海棲艦の新型が強襲して泊地が陥落したら、提督さんは死ぬ。その時、部隊を立て直すのはお前の仕事だと言われたのだ。

 

「こうみえて瑞鶴の方が隊歴が長い。いざという時の切り札になるのは貴官の方だ」

 

 入隊年度を聞くと確かに私の方が早い。せいぜい一年やら半年の差だと、長門隊長は語る。

 

「という訳でだ。副司令官への昇格おめでとう、瑞鶴」

「はひぃ!?」

 

 想像していたワードとあまりに違い、思わずすっとんきょうな声が出てしまった。

 

「なんで、藪から棒にそんな話がッ!?」

「いや、そもそも何でこんな時間に図上演習なんてやってたと思う?」

「何でって。提督さんが『君の力量を見極めたい』っていうから」

「それも業務時間内にだ。理由がない方が難しいだろうに」

 

 ただでさえ執務に忙殺されている提督さん。隊長職で忙しい長門隊長と、艦娘部隊の参謀を兼ねる神通さんを連れてきたのだ。よく考えればおかしい組み合わせだった。

 

「その見極めがさっきの演習だぞ」

 

 年末の人事査定。つまり私は試されていた。そういう事だったのかと頭を抱える。

 

「資格も経験も十分。他に逸材がいない状況だ。文句はでまい」

「……ここの部隊は本音を知らせずに物事を進めるから、毎日心臓止まりそうですよ」

 

 バシリと私の背中を叩く長門隊長。その衝撃にわざとらしくつんのめって抗議の声を上げても笑って流された。促されるままにエントランスまで戻ると、彼女は片手を見せる。

 

「ちょうど車が来たようだ。時間通りだな」

「待って下さい。どこに連行するつもりですかっ!?」

「どこに行くかって……決まっているじゃないか。昇進祝いだ。提督のおごりで」

 

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