舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第51話 それを愛とは呼ばない

「……そうだな、怖いよ」

「なにが、怖いのですか」

 

 誤魔化すことが許されないことをあなたは知っている。

 私の鼓動が勝手に激しくなるのも、表情筋が締め上げられるのも、感情が熱をもって喉の奥からせり上がってくることも知っている。

 そんな私を誤魔化せるほど、あなたは強いヒトじゃない。

 

「なにもかもだよ。電話が鳴る度、世界が終わるんじゃないかと思った。電話の向こうにヒトが居て安心した。例えそれが、私の耳に凶報を届ける人間だとしても」

 

 淡々と彼は話す。私に外套を掴ませて、分厚い繊維に包まれた腕で私を包んで。

 

「報告書は民間人犠牲者の欄から読んだ。沿岸地域の警戒情報と家族のスケジュールを照らし合わせもした。事前に提出される報告書(レポート)なんてものは存在しないのに」

 

 耳元で、あなたの声が聞こえる。

 単調な声音に込められている、きっと私だけに聞こえる感情。外套越しでも少しだけ香る、あなたの存在。

 

「その点、今の状況はそんなに怖くないかな」

 

 それはどういう意味なのだろう。埋めた顔を持ち上げた私に、あなたは微笑む。

 

「最期に観るなら、好きな人の顔がいい。そうだろう?」

 

 なんで。そんなことを言うの。

 

「どうして、どうして……言ってくれないんですか!」

 

 死ぬのは怖いって、私と永遠に分かれることが怖いって、どうしてそう言ってくれないんだ。そこまでして見栄を張りたいのか、そんな犬も食えない代物のために、私の大切な部分を傷付けるのか。

 

 それとも、こんなことを考えているのは私だけなのだろうか。

 鍛えられた胸板を叩く私は、そんなに身勝手な存在なのだろうか。

 

「好きだよ、愛してるよ」

 

 違う、そうじゃない。そういうのじゃない。

 私はただ、あなたと。

 

「だからこそ、ずっと生きていて欲しいんだ。愛しいあなたよ(マイハニー)、あなたのためなら。世界と刺し違えても構わない」

 

 あなたと、一緒に生きていたいだけなのに。

 

「98万の命を棄てても、構わないんだよ」

 

 あなたと、笑っていたいだけなのに。

 

「海は、憎しみで満ちてしまった。あそこには、無限の可能性が広がっていたのに」

 

 彼はもう、私を見てはいなかった。代わりに海へと視線を注ぐ。

 

「ほんの数年前の昔話だ。南の海には英雄と呼ばれた男がいた。その男が掲げていた看板(なまえ)は瀬戸月。北海道出身で、戦争前は海洋生物の研究者だったらしい」

 

 彼の口から語られるのは「英雄」の話。この国を救い、そしてこの国を……もしかすれば破滅へと導いたかもしれない男の話。

 

「彼は深海棲艦の第一発見者だ。そして艦娘という霊力と物理法則を結びつけた存在の産みの親でもある……正確には、()()()()が生み出したと言うべきか」

 

 それは政府広報とは似ても似つかわない、世界の裏側の話。

 

「瀬戸月の家は明治時代に『北鎮』を担うべく北海道へと入植した。彼らは海の一族であるが故に土地との結びつきをもたない」

 

 だからこそ、彼らは海の脅威に対抗することが出来た。現役の海軍軍人の口から語られるのは現実離れしたお伽噺。私はそれを静かにかみ砕きながら聞く。

 古来よりこの国を守護していたという一族の末裔。それが艦娘を生み出したというのなら、なるほど英国や日本、北欧諸国といった海と交わる歴史を持つ国が艦娘先進国となるのも頷ける。

 

「とはいえ、実体を持った怨念を祓うことは現実には不可能だ。肉体が消滅してもなお(うつつ)に留まる怨念が()()してしまった。その恐ろしさは語るべくもない」

 

 つまり、艦娘がどんなに深海棲艦を倒したとしても霧散した怨念は再び「器」に戻り人類の生存を脅かす。

 まさに終わらない英雄譚。永遠の――――――いや、人類の敗北によってのみ幕引きを許される戦争。

 

「であるからこそ『彼』は、瀬戸月1等海佐は考えた。倒せないのならば取り込もうと――――――そして、失敗した」

 

 元より無茶な話だった。

 人類を滅ぼそうとする怨念を、どうやって人類が喰うというのか――――――おそらくそう結ぶのだろうと思った私に、彼は思いもよらぬ言葉を繋ぐ。

 

「失敗したと、そう思っていた、が……どうも、そうではなかったらしい」

「ということは、まさか」

 

 深海棲艦に知能はないと、あの小柄な艦娘は断じた。

 しかし現実に、今の深海棲艦は知能を持っているとしか思えない行動を取っている。

 

 そしてナガトは、深海棲艦が「制御下にあること」を仄めかした。

 

「どうやら『器』は見つかったらしい。瀬戸月1等海佐、死して海将補となった彼が我が国にもたらした、最期の成果物」

「でも、それが」

「そうだ。成果物は暴走している。しかし同時に、本当に暴走しているのかとも考えてしまう。アレが深海の怨念を取り込んで人間の知識を持ち合わせているのなら、送電線や発電所、橋や駅舎などの主要インフラを破壊して人類を本当に滅ぼすんじゃないのか?」

 

 それは、確かにそうだ。義妹は私を北陸に連れて行くときになんと言った?

 

 鉄道はいつ止まるか分からない。

 私はてっきり混乱で交通が麻痺することを言っていると思っていたけれど、実際は破壊されるリスクの方が遙かに高かったはず。

 

 そうでなくとも主要な変電所や発電所を攻撃されれば社会はその体を為さなくなる。歴史を紐解いても、近年の戦争で真っ先に狙われたのは軍の司令部ではなく発電所だった。

そしてあの深海棲艦は、そのようなことはしていない。

 

「大迫閣下がそうであったように、瀬戸月海将補も愛国者であることに疑いはない」

「答えに、なっていまセン」

「信じるほかないのだよ。アレを説得できなければ、この国を沈むに任せることになる」

 

 返ってくる答えを知って、私は陳腐な問いを続ける。

 

「モシ、その『楽観』がハズレたら?」

 

 そして彼は、沈黙をもって答えた。

 岸壁を目指そうとした彼の腕を、私は掴む。

 

 今度は、掴むことが出来た。

 

「ダーリン。質問に答えて」

「キミは、答えを知っているだろう。答える必要があるのか?」

「ちゃんと、アナタの口から。アナタの言葉で聞きたいデス」

 

 動きを止めた彼は、小さくため息。

 表情のない顔で、私を真っ直ぐ見つめる。

 

「その時は、私は死ぬ。そして私の死は、艦娘粛正の引き金(トリガー)になる」

「イヤ、です」

「仕方ないさ。向こうが交渉相手に私を指名してきたのだからな」

 

 なに、向こうとてこちらを殺すリスクは承知の筈。死ぬ気は無いよと彼は笑う。けれども私に視線を注ぐ眼は、一片たりとも笑っていなくて。

 身体の底から湧き上がるような冷たい予感、それが私の腕に力を込めさせる。

 

「ダーリン、ダメ」

「ここで2人も死ぬ必要はない。娘を頼むぞ」

 

 あなたは私が止めると分かっていた。それでも私をここまで連れてきた。

 

 それは、私を説得できると思っているから。

 残される娘を引き合いに出されれば、私が引き下がると信じているから。

 

「ダーリン。私は」

 

 あなたはもしかすると、私が引き留めようとする理由を寂しいだとか、愛おしいだとか、そういう感情によるものだと考えているのかもしれません。

 

 違うんですよ。

 私は、ずっと、あなたに――――怒っているのですよ?

 

「コウスケッ」

 

 その言葉に、目の前の貴方が動きを止める。

 私は少し遅れて、今の声が自分の声であることに気付く。コウスケ、こうすけ……私の、大切なヒトの名前。

 

「コウスケ、どうして。私を頼ってくれないのデスカ?」

英国(キミ)は切り札だ。それは他ならぬキミがよく知っているだろうに」

 

 そうじゃない。

 やっぱり、やっぱりあなたは何も分かっていない。

 

「私は、日本人で。イイダ・ヒカリという日本名を持っていて。あなたの妻で、ノゾミの母親で、そして貴方のことが好きな、ひとりの」

 

 ひとりの、女の子なのです。

 

 その言葉を口に出さずに、どれほど永く生きてきただろう。

 その言葉を口に出すことを禁じてからどれほどの月日が流れただろう。

 

「それでも。私を頼ってくれないのデスカ?」

「頼っているさ。キミはよくやってくれている」

「そうじゃ、なくて……!」

 

 あなたを支えることも。

 娘の模範となる母親でいることも。

 どうしたって「妻」の一部分として数えられてしまう。

 

 私たちには恋愛という、単なる男の子と女の子という対等な関係でいられる時間的猶予(モラトリアム)がなかったから、妻と夫という役割でしかお互いの位置関係を測れない。

 

 今だってそう。

 止める私に、征くあなた。

 きっと私は最後には止められない。

 

「この国の故事には、妻は二歩後ろを歩けとある。何故かは知っているかい?」

 

 答えられない私に、あなたは続ける。

 

「その言葉が出来たのは武士(サムライ)の時代だった。故に旦那は刀を差している。一歩後ろに妻が居ては刀を抜けない。そして、三歩後ろでは妻を守れない」

「あなたは、サムライじゃないでしょう。コウスケ」

 

 私の我が侭に、あなたは笑って頷いてみせる。

 どうしてあなたは、いつもそうやって余裕ぶって見せるのだろう。本当は今にも泣き出したいくらいに怖いんじゃないのか。

 

「その通りだ。だから私は、キミと隣に並び立ちたかった……それが例え、許されないことであったとしても」

 

 掴んでいた腕を、反対に掴まれる。そうして私は逆に引き寄せられた。

 

「コウスケ…………泣いて、いるのデスカ?」

 

 そうでなければ、今の行いに説明がつかない。

 抱き留めてしまえば、泣き顔を見られることはないから――――――だから、抱き寄せた。

 

「男というのは、見栄っ張りなものなんだよ。愛しい貴女(MY HONEY)

 

 勉強になったなと言わんばかりに、身体を引き剥がすあなた。

 行かせまいとその大きな背中を掻き抱く私。

 

「止めてくれて、ありがとう。愛してるよ」

「あっ」

 

 その反動で私の拘束をするりと躱して、先へと躍り出る。

 

「コウスケ、待って下さい。コウスケ!」

「飯田家の長男、飯田コウスケは立派に務めを果たしたと伝えてくれ」

 

 そう縁起でもない表現の後に、彼は続けた。

 

「さっきも言ったが、最期にキミに会えて良かった……キミの前で、泣けて良かった」

 

 

 ――――――その時、風が吹いた。決して比喩的なものではない。

 

 

 そして正確に言えば、気象学上で「風」と定義されるものではない。blastや gustに相応しい暴風が吹き荒れたのだ。

 咄嗟に隣にいた彼が前に進み出たが、その様子がおかしい。

 

 彼は見ていた。砂埃が舞い、目を開けるのすら困難だとしても。

 己に立ち塞がる障害だと決めつけて、それを睨みつけた。

 

 岸には複数の黒い影。イルカか、あるいは巨大な魚類と思える風貌

 

「深海棲艦……どうしてこんな所に」

 

 それは同伴していた彼の付き人だろうか。

 あるいは、私……もしかしたら彼のものかもしれない。

 

 奴らは無差別に人間の営みを襲ってきた。

 しかしナガトが言うように、今回の事態はコントロールされているとも言っている。()()()の政治的目的を持つ者達が、鉄砲玉としてその能力を利用しようとしているのも大体の事情は知っている。

 

 であれば、なぜこのタイミングで現れるのだ。

 

 まさか……私の脳裏に素人ながら一つの可能性を紐づける。

 

 暗殺に値する――――――つまり、クーデター鎮圧への成果を挙げつつある飯田コウスケという男を始末しに来たのではないか。

 

「ダーリン!」

「来ちゃいけないッ!」

 

 冗談じゃない。()()()()()が迫っているというのに。

 それが戦闘機のように銃を乱射する兵器である事をまさかあなたが知らないことはないだろう。けれどそれは()()()()()()()

 

 私は思い知ったのだ。

 人類がいかに脆くて、弱くて、情けない生き物なのか。

 

 大阪で空襲を受けたときにそれを思い知らされたのだ。

 

 そして私は知っている。後悔はいつも、後からやってくるって。

 だからこそ、走る。

 

 奴らが抱えた()()を放り投げる。ラグビーボールよりも遥かに大きい物体がスローモーションで落ちてくる。

 

 これは楔だ。私と彼との関係を隔てようとする邪魔者だ。

 お前らさえいなければ、あの人との日常は崩れなかったのに。

 

「私の大好きなヒト(Darling)に――――――手を出すなぁッ!」

 

 彼を庇うように半身で覆い、咄嗟に出た右手が自分の視界から()()を覆う。

 

 愛さえあれば何でも乗り切れるとは思わない。自分に武器があるのならばと嘆かずにはいられない。

 コレを撃ち落とせるなんて――――――夢物語を描けるワケがないなんて分かっている。

 

 それでも願わずにはいられなかった。ピストル型に組んだ手で、子供の遊びのように引き金を引く――――――ありったけの殺意(ねがい)を込めて。

 

 

Burning!(バーン)

 

 

 膨張する鉄塊が閃光を発する。

 それがスローモーションのように目に焼き付いて、爆ぜる――――――――何故か私達から不自然に()()()

 

 正確に言えば、軌跡自体が何かの干渉を受けて逸らされた。

 まるで架空の銃弾を受けて、目的外の所に放り出されたかのように。少し後方で炸裂する。

 

 巻き起こされた暴風が迫るその寸前、強引に地面へとねじ伏せられる。覆い被さったのはあの人の温もり。

 

 一瞬の静寂の後、ほとんど力ずくで引き起こされる。

 

「なんてことをしてくれたんだ……!」

 

 なにをしたか(なんてことを)だって?

 この分らず屋は目の前で見せつけられても分からないというのだろうか?

 

「あなたを助けた!」

「それで両方死んじゃ意味がないだろうがッ!」

「デモ、守りたかったんデスッ!!」

 

 ずっと。

 ずっと、ずっと昔から。

 

 あなたを。私を守るばかりだったあなたを。

 刹那、交わされる視線。それは本当に瞬きするほどの時間で、言葉もなにもなかったけれど。

 彼の息遣いが、カチリと変わったのを感じた。

 

「小河原1尉と槇島3曹は()()()()()を保護。直ちにここから退避せよ」

 

 傍付きの軍人さん(オガワラ1尉)小柄な艦娘(マキシマ3曹)へ階級で指示を出すあなた。

 命令の内容は民間人1名(ハルナだけ)の保護。慌てた様子で3人が車へと飛び乗るのが見える。

 

 そうだ、爆撃は一回で終わるワケじゃない。

 次もその次も、そのまた次もある。現に空は禍々しい怪鳥に被われ、海は異形に埋め尽くされている。

 それを一瞥して、彼は腰から拳銃を抜いた。なにやら操作してスライド、シャキンと軽い音を鳴らしたそれを……()()()()()()()()

 

「使い方は分かるな? 両手で持って、引き金を引く。簡単だ」

「いいの、デスカ?」

「銃刀法の心配なら無用だ、もうこの国は……滅びてしまうのだから」

 

 そんな諦めた風で――――――けれど()()()()()()()()()()()()彼は告げる。

 それから彼はしゃがみこむと、足下にいつの間にか――――おそらく最初から――――置かれていたジュラルミンケースを開き、そこからおもむろにライフルを取り出した。

 

「……そんなものまで用意していたのデスカ」

「初撃を生き延びてしまったら、戦わないといけないだろう?」

 

 準備が良いのか、悪いのか。それを構えて彼は世界を嘲笑う。

 

「それでは我が女王陛下(MY COUNTESS)。戦争を始めるといたしましょう」

 

 はじめて聞く冗談だった。

 私を笑わせるためではなくて、私と歩調を合わせるための冗談。

 ここは舞踏会(戦場)、空を埋めつく照明(バケモノ)が私たちに照準(スポットライト)を当て、海を埋め尽くす楽団(バケモノ)が荘厳で優雅な音楽(砲声)を奏でる。

 

 私は彼の妻として覚悟をしていた。最期くらい笑えているだろうか。

 ねぇダーリン。こんな所ならずっと一緒だよと囁いてもイイよね?

 

 悪魔が空から駆け降りる、天使が海からラッパをならす。つんのめるような衝撃と熱量。大地にしがみ付くようにして、私たちは何処かへと駆け抜ける。

 

 本当に、楽しい時間だった。

 

 愛しいヒトとの共同作業。この作業からはきっとなにも産まれることはないけれど。行くアテなど、きっともうどこにも残されてはいないけれど。

 

 

 それでも、私は幸せです。

 

 

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