「なのにこの国は、自分達の勝手な都合で産み出したミクロネシア難民を排斥しようとした……この国がそうあり続けるならば、私の――――――彼が護ろうとした世界の敵なのよ」
「話にならない、私は……我々はお前が殺した人間の話をしているんだッ!
「あら? 彼らを殺したのは
おかげで本土侵攻を許しているのに犠牲者はほんの僅かよと、戦士はさも誇らしいかのように嗤う。
「それに、
だからこそ
「これは受け売りだけどね、人間ってのは心優しくて、争いごとをなるべく避ける穏やかな生物なんだってさ。正直信じてなかったけれど、やっぱり
「……あり得ない。この国は、我が国は民主主義国家だ。民主主義国家というのは…………」
何かを言おうとして、言葉に詰まる
あなたは知っているのに、それでもまだ
「……正気じゃない。
「狂気はどっちだか、私たちの敵は深海棲艦じゃないの? それがどうして、
そう吐き捨てて、戦士は目の前の国防軍人……2等海佐の飯田コウスケへと再び詰め寄る。
「貴方なら……貴方ならどうするの、飯田コウスケ。見捨てられてお前は死んで来いって言われた事がある? 自分の喉を真綿で締められながら、大人しく玉砕しろって言われて納得できる!? そうやって雁字搦めに
「……我々は、そのために生きているんだよ。
死ぬために。仕える祖国のために死ぬためにと、彼はうめくように漏らす。
「そのためならあなた、奥さんの命すらも
「……刀は、斬り手によって名刀にもなまくらにもなる」
「流石は政治家の息子ってところかしら、言葉遊びがお好きなこと」
でも、それって
彼女の視線は、確かに私を捉えていた。
「私はこの力の使い方を決めたの。これは
「御高説は結構、たかだか数十万の命を守ることが『平和』というなら。こちらも1億の『平和』を守るのみだ」
「それで用いるのが
テロリズムを否定したところで結局は同じ穴の貉じゃないかと戦士が嗤う。
「それは、そうだろう。
「薩長土肥が
「ならば、日本を捨てろ。我が国を乗っ取るつもりはないと言ったな、それを言葉ではなく行動で証明してみせろ。よく言うだろう。国政に不満があれば海外に移住すれば良いと」
「そうね。とっくにそうしたい所なんだけど、私が日本人である事に拘る人がいるからまだ早いわ」
そう要領の得ないことを戦士は言う。その表情こそ兜に隠れて窺い知ることは出来なかったが――――――。
「平和艦隊――――――いえ、お洒落に
――――――その姿はまさに、聖戦に身を投じる……殉じる者に見えた。
「米国がハワイ奪還作戦に失敗したって知ってるわよね? 実はあそこ、私達が手に入れたのよ」
「何だそのフェイクは。訳がわからない」
「さて。情報の真偽はさておき、
「
「ええ、
私は未来の
「夫が国のために使い潰された。自分もその道具として片棒を担がされた。それであなたはこの国を
「やめろ、彼女は関係ないだろう」
「いいえ関係あるわ。
ピシャリと退けて、戦士は私に問いかける。そして魅力的な提案をしようと彼女は続ける。
「平和艦隊はこれから各地の深海棲艦に対して斬首作戦を繰り返す。そしてリーダー個体を喪った海域に、私達の息がかかったバケモノモドキを据える」
そうやって奴らとの共生を図っていくのよと、架空の青写真を描いてみせる。
「サンプルケースもあるわよ? 米豪の交易網は、ハワイを介して疑似的に復旧している。これをスタートに、まずは太平洋を時計に周りに固めていくわ」
インドネシアにマレーシア、インドにタイにフィリピンベトナム中国と、アジアに存在する国名を次々と挙げていく彼女。
「太平の世を創り上げるための包囲網……大東亜共栄圏マイナス日本って言えば分かりやすいかしら?」
そのタイミングに至るまで、私達には協力者が必要なの――――――逆説的に、そこまでいってしまえば日本も協力せざるを得ないだろうと、彼女は続ける。
「私達が必要なくなるまで――――――つまり凱旋するまで、あと20年はかかるわ。それまで密接に連携し、志は違えど日本という国家を維持してくれる指導者がいて欲しいの」
もう言わんとすることは分かるわよねと、彼女は手を差し出した。
「取引をしましょう、飯田コウスケ。私はこれからも必要とあらば手を汚す。武力を掲げて障害を討ち果たしましょう」
「そんなことのために
「あら?
しれっとトンデモないことを言ってのける彼女。大陸を潰す? そんなことが出来るとでも?
「言い方を変えましょうか、あなた方は
どう、魅力的でしょ?
それはきっと、許されざる提案なのだろう。この国の邪魔者を全て排除してやる、その対価に国を売れという、恐ろしい取引。
そしてこの国にとっては、恐らくは魅力的な取引。
血は全部流してやる、だから言うことを聞け――――――それはまるで、
米国のアジア撤退からおよそ10年。一度は
「戦後は続くよ、どこまでも……か」
ぽつり、と。
「……後で答える、ではダメか?」
それは随分と、妙なはぐらかし方だった。結論は知っていると認めつつも、ここで答える権限がないと、今は間が悪いので勘弁してほしいと、そう言わんばかりの調子で。
それは恐らく、事実上の
「別に急いでないわよ。そうしたら……決めた。彼の一周忌に会いましょう」
「待ち合わせは墓前でとでも言うつもりか」
仮に待ち伏せしたらどうなるんだとダーリンは笑う。
「別に? 一個師団くらいじゃ傷一つ付けられないと思うけれど」
そうして白銀を靡かせて、彼女は闇夜に溶けていった。
残されたのは、波の音だけ。
身を起こした彼がご丁寧に置いてあったサバイバルキットで火起こしをする。
その様が、疲労と重責で押しつぶされそうで。
あんまりにも惨めで。
まるでこれから……消えてなくなってしまいそうで。
そんな焦りからつい背後に抱きついてしまう。それで止められたら苦労なんてしなかったのに。
「お願い、もう戦わないで」
それは懇願だったと思う。
目の前のヒトのことを想って発せられた懇願を、我儘とは呼ばないと想う。
「……こんな国、棄てちゃえばいいじゃないですか」
「棄ててどうする」
「どこか、どこか平和な場所にいきましょう。暮らしは厳しいかもしれないけれど、最低限生きていられればそれでいいんです。それではダメなのですか」
返事はない。
沈黙は肯定を意味している。
「仕事を成し遂げなければ、キミと一緒にいることも叶わない」
「私は」
「これは資格の問題だ」
冷たく。熱く。あなたの言葉が私の耳朶を叩いて、意味に変換されて。
それは身体の中へと落ちていく。
「事ここまで及んだ以上、家族全員で亡命する選択肢もあるだろうな。だが英国に渡ってどうする。英国海軍の客として仕事をするのか? ロンドン郊外に一軒家を買って、電気自動車でホワイトホールに出勤して……」
その光景を、私は鮮明に思い描くことが出来る。
慎ましくも幸せな生活。
叶うことがないと知っているからこそ光り輝いて見える――――――どこにでも転がっているような日常。
ただそれはね、無理なんだよ。そう彼は、分かり切ったことを言う。
「この国を棄てたとき、私はキミの隣に並び立つ資格を喪うのだからね」
「そんなことは」
「もういいんだ」
そこにはどこまでも、柔らかい拒絶があった。
この国の故事にある「のれんに腕押し」とはこのことを言うのだろうか。頭の中の義妹が「部分的にはそう」と返すのを聞きながら、私は言葉を探す。
探さないといけないほど、私たちの間には埋められない溝があった。
「私は。私の名前は『飯田ヒカリ』です。これは貴方の隣に、貴方に並び立つための名前です」
「名前は看板でしかない。機能を持たせるための、
「でも、あなたは――――――!」
喉がつかえる。気道が上手く開いてくれない。
あと少し息を吐き出して、舌の上で加工するだけで、言葉になるのに。
結局のところ、私は。認めたくないのだ。
「あなたは、
「愛しているからこそ、私は
もう全部が終わったからと。この国に2人の居場所はないのだと彼は言う。
「この国は終わりだ。キミだって分かっているだろう?」
なんで、なんでなんでなんで。
どうして私を見てくれないんだ。私という存在を知っておきながら、どうして私から離れていくの。
なんでこの期に及んで、一人で背負おうというのか。
戦士が呼んだらしい迎えのボート。そこには先ほど見た顔、彼に付き添っていた軍人や小柄な艦娘の姿が見える。
「時間だな」
無慈悲に喚く目覚まし時計のように、内蔵されたプログラムに従うかのように私の身体を引き剥がすあなた。行かせまいとその大きな背中を抱く私。
「彼らに送らせるよ」
「ダーリン!」
もう一線は飛び越えた――――――ならば今更、なにを躊躇うというのか。
「私を、使っては頂けないのデスカ?」
「なにを……」
「私はこの国に託された
「私の話を聞いていなかったのか。それは」
「時に諌めることも、家臣の務めではないのですか」
あなたは答えない。出来ないのか、する気がないのか……もしくはその両方か。
ずっと、行かないで欲しいと思っていた。私の事だけを見て、私の場所にずっと留まっていて欲しいと……そんな叶わぬことを考えていた。
けれどそれを叶える方法が、ひとつだけある。
「私が――――――あなたの
ポーンと、掛け時計が音を立てる。何回か鳴って、今の時間を教えてくれる。
気付けばすっかり、
「……それで」
どうなったのかと、そこまで続かない言葉を継ぐように彼女――――飯田コウスケ横須賀総監の妻であり、K&Iセキュリティーズの役員にして
「ユウグモ、それは貴女も知っているとおりですよ」
土壇場でのクーデター鎮圧
「……それが、ミクロネシア疑獄の真相ってことですか」
「
目の前の女性が妙なことを言う。信じるもなにも、それが真相という話ではないのか。
「心が折れたとき、ヒトは二つのモノを求めるのです」
それは正義と悪だと、彼女は言う。
なるほどミクロネシア疑獄とは、正義と悪の戦いだった。
ミクロネシア派遣に至るまでに交わされた密約の数々とミクロネシア戦役のさなかに行われた
ヒトは無責任だ。
正義を体現する英雄に計りきれないほど膨大で無責任な希望を押しつけ、悪を体現する犯罪者たちに己の抱える全ての鬱憤をぶつける。
ミクロネシア疑獄で、世間は
「もう
「しかし……今の話が本当なら、この国はその……
気付けば立ち上がっていた。あの日感じた無力の答えが、私たちの知らない場所で全てを操り欲しいままに命を奪う
「
「え……?」
訳が分からなかった。問題しかないではないか。
「平和艦隊のやろうとしていることは冷戦時代のアメリカと同じです。自国の軍隊を各地に派遣し、各国の兵隊にも戦わせて……そうして
「でも、その過程で……」
「
「しょせん、は……?」
喉に熱が篭もる。対流したそれが頭へと登って、血液がふつと沸く音が聞こえる。
ぷつり、と。私の中の何かが切れようとしていた。
「無駄ですよ、
殴りかかってきても無駄だぞと。ヒラヌマへと切り替わったその
「私は英国の出身デース。だからこの国がどうなろうと構わないのデス」
けれど
「あのヒトは……脆いヒト。放っておいたら切れてしまうような、弱いヒト」
それがヒラヌマとして闘いに身を投じる理由かと、私は内心で思う。
そういえば、あの月夜にマレー半島で出会った
――――――愛する
「……馬鹿なヒト。国すら棄てられない愚かなヒト――――――それが、
彼女には
けれどもそれは許されなかった。他ならぬ時代が、平和艦隊が……そして彼女の旦那が。
「私はダーリンの隣に立ちたいのデス。でも今の日本を彼は受け容れられない」
けれど今回は?
だから
そのためになら――――――
「……私には、正直わかりません。今の話が本当なのかどうかも」
「ナラ、平和艦隊にも同じ事を聞いてみるとイイネ。きっと
きっと彼女は、
それでも、ひとつだけ聞きたいことがあった。だから口を開く。
「ヒラヌマ、あなたはそれでいいのかしら?」
毅然としていろ。
彼女は深淵を覗いている。その深淵のもたらすものを知ってなお、進もうとしている。
「白鳥部隊の行き着く果てに待つものは……」
「オット。みなまで言わなくても大丈夫デース。そういうのは野暮ってモン、デショー?」
「理解の上だ、と。そうおっしゃるのですか?」
「アラ、ご存知ないのデスカ?」
恋と戦争は手段を選ばないモノなのデスヨと、彼女は嗤った。