舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

54 / 129
【TIPS】プレアデス重工業(ぷれあです-じゅうこうぎょう)

 日本の輸送機械製造メーカー。略称はPHI。第二次世界大戦後に占領軍より財閥会社として解体を命じられた企業を母体とする企業群により設立された。現在では艦娘艤装製造に関わる主要企業(いわゆる艦娘5社もしくは7社)の一角を占める。
 艤装製造部門においては開発から製造までの自社一貫方式を採用しており、特に使用者の所持霊力により大きく能力が左右される霊力戦特化型の艤装に強みを持つ。

【TIPS】霊力防壁の研究とその能力について

 霊力防壁は特務艇艤装および特務神祇官(いわゆる艦娘)による深海棲艦対処行動における主要技術(キーテクノロジー)である。深海棲艦の物理干渉阻害能力については研究の対象であり、人類で初めて転用に成功したのはプレアデス重工業であるとされる(要出典)。霊力防壁の実用化により神祇官を前面に押し出す戦術である「霊力戦」が現実的な対処法として確立され、現在の戦線維持に貢献している。
 霊力防壁はその強度によりカテゴリ分類がなされており、基本的には霊力防壁と装甲板を併用することにより「速度の減衰した弾頭を弾く」運用がなされる。



幕間「櫻の花びら、散る頃に」
第54話 菊の花びら咲く前に


 概ねご賛同頂けるとは思うが、世の中の九割九分は理不尽によって構成されている。

 

「……ちょっと待ってくださいよ。そりゃいくらなんでも無いじゃないですか?」

 

 目の前に突きつけられたのは一枚の通知書。随分と官僚的で迂遠な言い回しを取り除いて現代語訳すると、そのには「プロジェクト中止」と書かれている。

 

「それはむしろ私の台詞だがね。前からおかしいとは思ってたんだ、このプロジェクトにはやけに予算が下りやすいってな」

 

 計画(プロジェクト)に予算が下りるのは当然のことだろう。

 そもそも国が必要と信じて、わざわざ各企業に大学から技術者やら研究員を引っ張ってきたのである。ここまでやって予算が付かなければそれはもう何かの冗談だろうか。

 ……というのが正論。

 

 そして目の前の明日から上司でなくなる人物(プロジェクトリーダー)が机に叩きつけるのが、その正論をぶち壊す「理不尽」。

 

「この中島議員とかいう悪徳政治家、お前の親戚なんだってな? 予算の優遇は()()()()からの口利きか、えぇ!?」

 

 汚い金で食うメシは旨かったかと、机を音が出るように叩いて罵る彼。

 それならお前こそ汚い金で仕事をするどころか()()()()にありついていたじゃないか。そもそもお前が怒っているのは収賄なんかよりプロジェクトが中止に(仕事がなく)なることで……そう言いたくなる気持ちをなんとか堪える。

 

 仮にそれが正論だったとしても彼は受け入れないだろう。

 元は天下の神崎重工で課長だったという彼、戦争が始まってからは子会社のK&Iシップヤードの窓際に出向(とば)され、いまや専門外の霊力防壁強化プロジェクトの責任者。

 

「だいたいそもそも、なにが特務神祇官、なにが霊力戦だ! 役にも立たない鉄屑積み上げて、それでどうなった? 大敗北じゃないか!」

 

 その後にも理解したくもない罵倒が続くが、叫べば叫ぶほどに彼がプロジェクトに必要な専門知識を持っていなかったことをひけらかすのみ。

 つまり彼は責任を取るための首切られ役(トカゲのしっぽ)。不満はあったが給料の魅力から引き受け、そして給料分の責任を取らされる訳である。

 

「お飾りで良いから三年間デスクに座っていろと言われた、国がバックアップする重要事業だから失敗にはならないと俺は聞いてたんだ、その結果がどうだ! ダンピング? 税金泥棒? ふざけんじゃねぇ!」

 

 知るか、ふざけるなと言いたいのはむしろこっちである。

 確かに中島議員の収賄については事実だと思う。コンプライアンス重視の現代社会では、料亭で接待を受けるだけでも収賄扱いされかねないし、なにより中島議員(かれ)は旧いヒトだった。

 しかしその親戚、遠縁の人間が関わっているというだけでプロジェクトを中止に追い込むのはどうなのか。まさか連座制なんて古代の()()()()を持ち出したとでもいうつもりなのか。

 

「お前のせいでとんだ外れクジだ!」

 

 本当に、とんだ外れクジ(りふじん)だ。中島家の者なら誰でも悪人だと思っていそうな彼の言葉を聞き流し、私は背を向けてデスクに戻る。

 プロジェクトが中止になるということは、今すぐにでも自分に割り当てられた机を片付けなければならないということ。

 小さな机に所狭しと並べられた資料の山を片付けなければならないと、そう考えるだけで憂鬱になる。

 

 まだ何一つ、()は誓いを守れていないというのに。また足踏みをさせられるのかと――――――そう考えるだけで、頭が割れそうになる。

 

 

「……ようやくもどって来たのね」

 

 そして、こんな時に限っていつも。彼女は謀ったかのように待ち伏せしているのである。

 

「待っている必要はなかったぞ」

「どうなるのか、少しでも早く知りたいじゃない」

 

 プロジェクトの中止、それは分かりきっていることではないか。それなのに問うてくる彼女。その短くまとめられた黒髪の艶に既視感を覚えて、私――――――特務艇艤装抗たん性強化プロジェクト霊力部門主席研究員である中島サトルは視線をそっと外す。

 

「オワリだよ。全部終わりだ」

 

 お前も荷物をまとめて自衛隊(ふるす)に帰るんだなと吐き捨てて、机に広がった本やらファイルやらを段ボールに突っ込んで行く。

 

「……帰れませんよ。国防軍(あんなところ)になんて」

「そうかい」

 

 じゃあお前は、私にノコノコとついてくるのか――――――その言葉は飲み下して、内心でそっとため息を吐く。

 その実、私は山城という艦娘を苦手としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 株式会社プレアデス重工業の研究拠点は北関東に位置している。海から近すぎも、遠すぎもしないこの場所は、周囲に民家がないことも相まって絶好の場所なのである。

 

「……不幸だわ」

「不幸なものか。カテゴリⅣの霊力防壁は想定通り35mm弾を防ぐことは出来なかった。仮にその試験弾が『跳弾したとしても』その事象自体は想定の範囲内だよ」

 

 世の中は昼食時。つい先ほどまでは建屋を埋め付くさんばかりに居た人垣もどこかに消え失せてしまった。なぜなら、今はお昼の休憩時間だから。

 そして、私の経験則ではあと五分で会話を畳まないとA定食が売り切れる。

 

「……馬鹿にしてます? そんなこと、私だって知ってるわよ」

「そうだろう。だから無傷で済んだ。社用携帯は確かに、運がなかったが」

 

 それを不幸とは言わないだろう……と、慎重に選んだ言葉だが、しかし彼女は返事も寄越さない。彼女の目の前には原型を留めるどころの騒ぎではない携帯端末。

 そう、つい十数分前。この建屋にてもはや連絡用端末としてしか存在を許されない小型携帯端末(PHS)がまた一つこの世から姿を消したのである。

 

「まあ、なんだ。これは実験を預かる主席研究員、つまり私の不手際だ。端末は明日にでも新しいのを支給されるし、私の立場としては、とにかく君が無事で……」

 

「なに? 私が傷つかなくて良かった? えぇそうでしょうね。私という被検体(モルモツト)が無事なら明日も実験が続けられますからね」

「……試験実行者(テストパイロツト)だ。頼むから自暴自棄にならないでくれよ」

 

 どこで言葉を間違えたのか、それを議論するべく脳内には倫理委員会が臨時開設されて――――しばらくの不毛な議論の後に解散させられる。

 

 感情の制御においては理屈が肝要……という原則論に囚われるほど愚かではないつもりだが、彼女の苛立ちの源がなんなのか分からなければどうしようもない。

 いや、心当たりがないわけではないのだ。実験は上手くいってはいる。カテゴリⅣの霊力防壁は理論通りの耐久力を発揮した。そして、それこそが問題。

 

「失敗はお前のせいじゃない」

「自分のせいだって言いたいんですか? そういうのを自惚れ(うぬぼれ)っていうんですよ」

「そうじゃなくて、つまり。失敗は成功の母とも言うだろう?」

 

 失敗、挫折。誰しも一度はぶつかる壁。私が学校教諭(せんせい)であったのなら、予め定められた答えを示すこともできたのだろうが……同じ壁にぶつかっている身としては、言葉の代わりに中途半端な反復横跳びを繰り出すことしか出来ない。

 

 そんな私を見て、バツが悪そうに眼を逸らす彼女。

 その視界に時計が入ったのか、くるりとしかめ面が私に向けられる。

 

「あー……もうこんな時間。社員食堂(しゃしよく)満席ですよね。最悪」

 

 その事態を招いたのは君のせいだろう、とは言わない。

 そんなことを言った日には彼女の上空には低気圧が出来て列島は線状降水帯に見舞われることになるからだ。

 

 というわけで、私は手早く彼女に代替案を提示する。

 

「いやしかし、社員食堂自体が満員でもなんだ。最近は外のテラス席が空いてるだろう。あそこならお洒落だし、まあ、いいんじゃないか?」

「テラス席がお洒落?」

 

 それ、本気で言ってます?

 言われてもいないのにそんな声が聞こえてきそうな表情。今回も間違ったことは言っていない。

 そう、間違ったことは言っていない。

 

「まあ……名前的には? お洒落なんじゃないか?」 

「枯れ木とフェンスと、実験棟だけが見えるテラスがお洒落にみえるんですか。美意識どうなってるんです? もしかしてお母さんのお腹に置いてきました?」

「そこまで言わなくてもいいじゃないか……!」

 

 ともかく、これ以上付き合っていては定食が売り切れてしまう。

 私はまだ色々言う彼女を連れて社員食堂を供える事務棟へと足を運ぶ。

 

「はぁ~、良い天気だな」

「……曇ってますケド」

「紫外線に焼かれずに済む」

「UVは天気関係ないですよ。科学者なのにそんなことも知らないんですか」

「……専門外だ」

 

 そんな調子で喋りつつ、彼女はぴったりと私についてくる。今に始まったことではないので、私は気にせず歩みを進める。

 食堂は盛況そのもので――こんな辺鄙な場所では他に昼食を提供している場所もないのだから当然だ――残念ながらA定食は売り切れていた。

 今回は想定よりも減りが早かったらしい。

 

「B定食を」

 

 注文すれば、すぐに出てくるトレーに乗せられた定食。

 

 主菜副菜に味噌汁と米。一般的な和定食。

 それを見た彼女は口を尖らせる。

 

「なんでB定食なんですか」

「鯖が好きだからだ」

 

 断じて、A定食が売り切れていたからではない。

「……私のせいで買いそびれたなら、そうだってハッキリいいなさいよ」

「私の認識が正しければ、神祇官は精神感応(テレパス)持ちではないハズだが?」

「口に出さなくても、顔で分かるわよ」

 

 口に出してもいないことで文句を言われるのは理不尽以外の何物でもない。

 何も言わずにテラスに出た私に、同じく焼き鯖を載せたトレーを持った山城が続く。

 

「うぅ寒い。どうして社食には人数分の席がないんでしょうね」

 

 そう言いながら彼女は丸机にトレーを置いた。お洒落なテラス席の目の前には銀杏(いちよう)の並木。葉が生い茂れば眺めになるテラスも、こう寒くては誰の姿も見えない。

 私がプラスチック製の椅子を引いて座ると、彼女はしれっと隣に座った。

 

「……いただきます」

 

 無言。食事の最中に喋るのは行儀が悪いという話でもあるが、勤務日の昼食とは午後に向けての栄養補給であるという側面が強い。

 消化を阻害しないようにしっかりと咀嚼しながら栄養素を注ぎ込んでいると、隣からの視線が段々と強くなる。

 

 おそらく、あの話だろうな。

 あたりをつけた私は、鯖を呑み込んで口を開いた。

 

「昨日の評価試験、レポートに目は通したぞ」

「私、まだ何も言ってないんですけど」

「どうせ話題もないんだ、今のうちに片付けておくのが効率的だよ」

 

 納得したのかしてないのか。そう、とだけ彼女は呟く。

 

「……酷いものだったでしょ」

 

 実際、試験の結果は良好とは言い難い。

 しかしそれを、あたかも自分のせいだと言うような口調は頂けなかった。

 

「いや、どうせ神崎も八菱も上手くいってないんだ。焦ることはない」

「慰めてるなら止めて」

「事実を言ったまでのことだ」

 

 艦娘に関わる根幹技術……霊力というのは摩訶不思議な存在である。それはいうなれば理不尽の塊。

 霊力工学という新分野の登場から僅かに十年程度、如何に国の研究機関を総動員したところで解明にはほど遠く、助成金を交付された民間企業もこぞって手を焼いている――――――だから、成果が出ないのは仕方ない。挑戦しては失敗(トライ・アンド・エラー)を繰り返して答えを導くしかないのだ。

 

「よく言うわよ。焦っているのは自分のクセに」

「実践の正解はない、理論の正解は一つだけ。失敗が前提の評価試験とは訳が違う」

「評価試験も失敗していいものじゃないわ」

 

 それは確かにそうだろう。

 性能を評価する際に運用方法が違っていては比較が出来ない。それにも関わらず結果が安定しないとなれば、原因は実験者にあるということにもなりかねない。実のところ、人間ほど不安定な挙動をする()()はないのだから。

 

 とはいえ、それは彼女を責める理由にはならないだろう。失敗は成功の母と言われるとおり、実験は失敗も含めて実験なのだ。失敗の原因を追求した先に答えがある。

 ――――そして、その「答え」を見つけることが出来ていないのが、この閉塞した現状の根本的な原因だった。

 

「ともかく、失敗はお前のせいじゃない」

「じゃあ何ですか。自分のせいだって言いたいんですか?」

 

 目を釣り上げてそんなことを言う彼女は、どうも私の言葉がよほど気にくわないらしい。トレーに箸を叩きつけるように置くと、ものすごい勢いで身を寄せる。

 びしり、そんな音が聞こえてきそうな人差し指が私に向けられた。

 

「……ヒトを指で差すのは、その。よくないぞ」

 

 私の常識的な指摘を無視して、彼女は続ける。

 

「自惚れないで下さい。チームの主席だかなんだか知りませんが、あなたひとりで研究している訳ではないんですからね? それに……」

 

 そこに続く言葉はない。急にしぼんだ言葉尻と同様に身を引く彼女。

 今度はこちらが身を乗り出す番だった。

 

「それに、なんだよ?」

「なんでもありません」

「言いたいことがあるなら言え、忌憚なき意見交換のなされない現場に未来はない」

「イヤです」

「お前の小さな助言が、大きな発見に繋がることだってあるんだぞ」

「強要しないで頂けますか? 無理に言わせるとかパワハラです。パ・ワ・ハ・ラ」

「ぱわはら……だと?」

 

 パワハラ、パワー・ハラスメント。

 上下関係のある組織において、上の者がその立場や権力を盾に部下に対して職責を超えた要求をすること。

 

「それを言うなら、お前なんて四六時中プレハラじゃないのか」

「ぷれはら?」

 

 私が最後に放った用語を知らなかったのだろう。首を傾げるとオウム返しに言う。

 

「プレイス・ハラスメント。他人のパーソナルスペースを侵害すること」

「なんですかそれ。聞いたことないです」

 

 当たり前だ。なにせ私が今作った言葉なのだから。

 

「周りを見てみろ、寒くて誰もテラス席になんかこないからガラガラだ。つまりキミは私の話を聞きたくなければ別の席に移ったらいい。私はひとりで休憩時間が終わるまでここで過ごす。それで万事解決だ」

 

 しかし彼女は――――分かっていたことではあるが――――イヤですと首を振る。

 

「なんでわざわざ席を移らなきゃいけないんですか? 新手の嫌がらせですか?」

「ああそうかい。じゃあ勝手にすればいい」

 

 私はそれだけ告げると目の前に置かれた定食に視線を落とす。ただ問題として、私は既に定食の大半を平らげてしまっていた。

 原価を極限まで削減しつつ栄養バランスと味を追求した定食は、どんなに噛みしめても同じ味がするだけ――――――苦痛だった。こうして休憩時間を過ごすことが。

 

「もう戻ってもいいか。読みたい論文があるんだが」

「は? なんです、女性を寒空の下に置いていくんですか?」

 

 来たのはそっちだろう……流石に火に油を注ぎかねないので言わないが。

 

「あなたね、感謝した方がいいですよ。私みたいな美女と一緒にご飯を食べられることなんて、一生涯のうちに何度あるか分かりませんからね」

「……それはひょっとして冗談で言っているのか?」

 

 少なくとも、ここ一週間は毎日一緒に食べているじゃないか。そう続けようとして――――――私は致命的なコミュニケーションミスに気付いた。

 

「あなた「念のため言っておくが! キミが美女であることは事実だぞ、ああ間違いない! なんせ私は、いつもキミのことを見ているんだからな!」

 

 事実、神祇官というのは美女が多い……といわれている。

 広報の都合だと鼻で笑う者も居れば、気高い魂の持ち主は須く美しい肉体を持つのだと本気で言ってのける者も居る。

 

 そして私に言わせれば、それは嘘でもあり(まこと)でもあった。

 

 例えば目の前の彼女が町中を歩いたとして、振り返らない男は少ないだろう。引き締まった細い顔に出るところの出た身体つき。入念な手入れが施された黒髪も人々を引きつけてやまないに違いない……彼女の口の悪ささえ知らなければ。

 

「……いつも見てるって、気持ちワル」

 

 ほら、そういうところだぞ。

 

「酷くないか? 私のフォローをなんだと思って」

「フォロー? なんですか、じゃあ嘘っぱちってことですか」

「そうは言ってないだろ……知ってるだろ、見るのは職務上の必要だからだ」

 

 こんな会話を繰り返すのは何度目か。ため息を吐きたくなる気持ちを私は抑える。

 

神祇官(かんむす)は私の研究対象だ。職務上見ているだけのこと。何か問題が?」

「うっわ。そういうこと女性に向かって言うんですか。ホントに訴えますよ」

「わかったわかった悪かった。キミは美人だし私は職権乱用研究員だ。認めるから訴えるのは勘弁してくれ。何度も言うが、今は時間が惜しいんだ」

 

 私の言葉に、あからさまに顔をしかめる彼女。私は胸の底に湧き上がるタール状の感情を抑えつけて、そのままの流れで言い放つ。

 

「あーそうだ。そんな美人なキミに、良いニュースと悪いニュースがある」

 

 どっちから聞きたい? 私の問いに向こうは心底興味なさそうな表情。

「アメリカドラマの見過ぎじゃないですか? まあ、せっかくなんで良い方から」

「私は転勤になる。来月から滋賀にいけとのお達しだ」

「え?」

 

 つまり、我々がこうして昼食で互いにハラスメントをしあうことは無くなるわけだな。淡々と告げる私に、彼女の双眼が丸く開かれる。

 そしてそれは途端にかき消えて、無表情な言葉が続いた。

 

「ふーん。それは良かったですね……で? 悪い方は?」

「上層部がお冠でな。このままだと今月で霊力防壁の研究は打ち切りになる」

「…………え?」

 

 今度こそ、彼女の顔は固まったことだろう。そう、研究の成果が挙げられないのは仕方ない。そして私たちの所属する企業……株式会社プレアデス重工業も民間企業である。成果の挙げられない物事に予算を注ぎ込み続けられる訳ではないのだ。

 

「分かったか。私は焦ってるんだ。今月中に成果を挙げなきゃいけない」

 

 その言葉だけを放って。私はもう戻るからなと席を立つ。

 時間がない、研究を少しでも進めなくてはならない……そう言い訳して、私は彼女に背を向ける。どうせまた「不幸だわ」とでも呻く彼女の相手をするのは時間の無駄だと、さも合理的な理由をつけて。

 

 私は――――――本当の不幸をぶつけられた山城の顔から目を逸らした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。