舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第55話 桜の花びら散る頃に

「……なんですか、これ」

「新艤装の検討案だ。見て分からないか?」

「そんなことは分かります。私が言いたいのは、内容ですよ。な・い・よ・う!」

 

 むっとした表情で、分厚いコピー用紙の束で机に叩いて見せる彼女。ダンダンとあまり聞いていて気持ちの良い訳ではない音が耳朶を揺らし、ついでに机も揺らす。

 

「なんですこれ? 重機関銃に携帯型ミサイル、果ては高周波ブレードにレールガンですか。こんなのを検討するのはあなたの仕事じゃないですよね」

 

 ぶつぶつと文句を垂れる彼女。私は分からないのかと一蹴。

 

「当てつけだよ。文字通り壁にぶつかった防壁より戦争に役立つ研究をしろってな」

 

 前提として、艦娘は世間一般に思われている以上に「脆い」――――あらゆる物理干渉を拒絶できる霊力防壁を装備していても、決して無敵という訳ではないのだ。

 

「攻撃は最大の防御。しかし最低限敵の攻撃を受け流せる防御力がなくては……」

 

 私は山城から提案書をひったくると、パラパラと捲り回覧確認の署名をする。新進気鋭の技術者たちには申し訳ないが、せめて現場の声を聞いてほしいものだ。

 

「とはいえ、成果が出せない防御よりは役に立ちそうな攻撃、か」

 

 戦線がはるか遠い南に引かれていた頃は良かったのだ。

 多少負けが込んだところで、大陸沿岸を這うように流れる海上交通網(シーレーン)が侵されることはなかったし、枕元に敵艦載機が現れることもなかった。

 しかしミクロネシアを喪って以来の世界はどうだろう。哨戒網の穴、対処部隊の取りこぼし……そんな小さなミスひとつで市街地に爆弾が落ちる。あっさり貨物船が沈んで食糧販売店から品物が消える。国民は「ギリギリの戦争」に疲れている。

 

「ああクソ。上層部(うえ)くらいは理解してると思ったんだがな」

 

 それとも、予算を湯水のように使いながら成果を出せない自分が悪いのか。いや、論ずるまでもなく自分が悪いか。悪くて悪かったなと自暴自棄に心をかき乱す。

 

「……とにかく、私は私の仕事をやるだけだ。山城――――」

 

 そう声をかけようとして、気付く。

 

「――――お前、なんでここにいるんだ?」

「いまさらですか?」

 

 そう言って、くいと壁を示してみせる山城。その視線の先には壁掛け時計。

 

「シャトルバスどころか、終バスも……はぁ……」

 

 そうか、もうそんな時間だったか。机の上にうずたかく積まれた論文の山をみて、私はため息。時間が足りない。いや時間だけじゃなくて、何もかも足りない。

 

「それで。迎えに来てくれたのか」

「は? 違いますけど。どこかのゴーマン社員が電気を消し忘れて帰ったと思ったので、消しに来たんです……まさか本当に、やってるとは思いませんでしたが」

 

 そう言いながらも後ろの会議机に置かれたマグカップを見て、私は嘆息。

 

「あぁその、なんだ。気遣いには感謝するよ」

 

 とはいえ、それは歩みを止めていい理由にはならないだろう。手を伸ばす。

 

「…………なんですか?」

「え、いやその……あのカップ、私のために淹れてくれたんだろう?」

 

 返事がない。それとも、私は何か解釈を間違ったのだろうか。そう戸惑っていると、山城はもう一度ため息を吐きながらカップを手に取った。

 

「はぁ、給仕まがいのことを時間外(サビざん)でやらされるなんて……不幸だわ」

 

 もう帰ったらいいんじゃないか? 思わず出かけた言葉を飲み込む。

 分かってる、分かってはいる。彼女が何を考えているかくらい。

 

「タクシーを呼んでおいてくれ。それを飲んだら、一度帰ろう」

 

 

 

 

 私たちの勤める研究所は、一言で言えば辺鄙な所にある。会社が出す送迎シャトルバスに穴だらけの時刻表に従ってやって来る路線バス。それらを逃してしまえば……こうして高額を弾き出す料金表示(タクシーメーター)と睨めっこすることになる。

 

「はぁ。またメーターが直前であがりましたね」

「マーフィーの法則だな」

「なんですかそれ」

 

 私の雑学に呆れた様子を見せながら、彼女が扉の鍵穴に鍵を差し込む。

 世の中は理不尽なものだ。本当に。

 点灯するライト。家主を出迎える調度品。仮眠にすら使われなくなったソファに山城が飛び込むように座る。それを見た私は、ため息。

 

「なあ……もうそろそろ、探したらどうだ。家」

 

 彼女がここに上がりこんでから、もうどれだけの時間が過ぎただろう。私がプレイス・ハラスメントなる造語を作り出した理由も理解できるかと思う。

 

「別にいいでしょ。あなた、どうせ私がいないと滅茶苦茶に汚すでしょうし」

「帰らない家が汚れると思うのか?」

「ほら、そういうところ。男ってダメですよね、埃を汚れと認識できない」

 

 悪かったな。言い返す気力もないので私は無言で電気ケトルのスイッチを入れる。

 すると即座に警告音。どうやら中身が空っぽだったらしい。

 

「なにしようとしてるんです?」

栄養補給(カツプラーメン)。来週の会議では、なんとかしない……とぉッ!」

 

 こちらの回答もろくすっぽ聴かず、山城の顔が視界にいきなり現れる。お前さっきまでソファにいただろどうしたんだ、私の言葉を一切無視して、彼女は言う。

 

「少しは、休んでください」

「休んださ、タクシーでは……」

 

 私の言い訳(せつめい)を、彼女は許してくれない。そのまま無理矢理に腕を引かれると――ひとりの男として大変情けない話であるが――そのままソファに引きずり込まれる。

 クッションのつぶれる感触、スプリングの押し返す感覚。意図せず天を仰ぐ形になった私に、山城の影が覆いかぶさる。光源に照らされて影になった彼女の表情は、下界(こちら)からではうかがい知ることが出来ない。

 

「知ってますか? 今日は金曜日です。正確には、もう土曜日ですが」

「……そりゃ、知ってたさ」

 

 そう返せば、またしてもお決まりの台詞が返ってくる。

 

「不幸だわ。どうして私は、曜日感覚小学生のオジサンにこんな基本的な説明しなきゃいけないのかしら。しかも少し匂うし」

「…………悪かったな。シャワー浴びてくる」

 

 起き上がろうとした私を、ところが彼女は腕で押し返す。

 

「いいから。もう寝て」

「寝ていられる状況じゃ」

「いいから」

 

 もはや有無を言わさず、半ば抑え込まれるようにして寝かされる。抗おうとするも身体は正直なもので、まるで重力が何倍にも増幅されたように重くなる。

 

「もう、いい。よく頑張ってるわよ」

 

 そんな声が聞こえる。それはもう、先ほど垣間見えた敬語ではない。

 

 なあ、やましろ。

 お前はどうして、こんな俺に付き合ってくれるんだ?

 

 

 

 

 

 

「待ってください。今月末までは待ってくれるって話だったじゃないですか」

 

 状況が変わったんだと、デスクに座った彼はあっさりと言ってのける。

 

「国がな、新型霊力防壁の開発を中止する場合は補助金を引き上げると言ってきたんだ。つまり、既に支払われた分まで返納しろということだ」

 

 この国も酷く貧乏になったものだよな。そうぼやく上司はしかし、他人事。

 

「補助金を引き上げるから、いますぐ撤退しろと?」

「あーいや。別にそうは言っていない。しかしな」

 

 言葉を濁した上司は立ち上がると、そっと私の肩に手を置いた。

 

「次のプロジェクトの編成、どうも上は早めたいらしいんだ」

「詰まっているから、次にいけ、と……」

「そうだ。キミには期待している。防壁はまぁ、どこがやっても上手くいかなかったんだから仕方ないさ」

 

 仕方ない? そんな一言で、片付けてしまうのか。

 

「部長は」

 

 ご存知ですか。そう続けようとして、何を言おうとしているのだろうと自問する。

 特務神祇官が安全な仕事だというのは、大嘘だ。霊力防壁により敵の攻撃を防げるなんてのは幻想に過ぎない。そもそも海の上は陸地とは何もかも違う。海の上には隠れる場所などなく、彼女たちは薄っぺらい防壁にその命を全て託すことになるのだ。

 その重要性を――――などという話は、少なくとも勤めヒトにしても仕方のないことである。くるりと背を向けた私、まさか何も言わない上司ではない。

 

「おい。どこへ行くつもりだ」

「部長、私に有休を消化しろってうるさかったですよね。なのでお休みを頂きます」

「どこへ行くのかと聞いている」

「プライベートの詮索はやめてくださいよ」

「…………なあ」

 

 そう、私の上司はゆっくりと空気を吐く。

 

「この前の話、少しは考えてくれないか。」

 

 その言葉に、私は立ち止まる。この人はまた、あの話をぶり返すのか。

 

「……私の希望は、以前にお伝えしたはずですが」

「そうだな。神祇官絡みの仕事につかせてくれ、だったか」

 

 そして会社はお前が有用であるかぎりはその意志を尊重するだろう。そんなことを言ったのもこの上司だったはずだ。

 

「だがな。これは会社人間ではなく個人的な話だぞ……少し神祇官から離れろ」

 

 それはつまり、今の仕事を放り出せということか。私は振り返る。

 

「お言葉ですが」

「見ていられないんだよ」

 

 はっきりと、キッパリと。彼はそんなことを言う。こちらの反論を一切遮って、彼はそのまま続けた。

 

「俺だって技術者の端くれだ。お前のスキルは理解しているし、それが今の会社に……こういう言い方は嫌いだが国が必要としているのは知っている」

「だったら……!」

 

 詰め寄る私に、たじろぎもせず上司はこちらを見据える。

 その両眼に浮かんでいたのは、憐憫。

 

「もう、引きずるのはやめたらどうだ」

 

 口から流れ落ちるのは、慰め。

 

「辛いのは分かる。こんなこと、大の大人に言うことじゃないことも」

 

 しかし見ていられなかったのだと。私の上司は……私の先輩社員は、言う。

 

「霊力防壁があったら。それは単なる仮定に過ぎないんだよ」

「そんなことはありません。我々がまだ到達できていないカテゴリⅤ、ここに到達することが出来れば、彼女たちに鋼の鎧を着せてあげられるはずなんです」

「じゃあそれで、()()は還ってくるのか」

「――――――ッ!」

 

 

 その言葉は、他人の口からだけは聞きたくない。そういう現実だった。

 

 

「……酷い顔」

 

 誰かの声が聞こえる。手に持っているのは紙コップだろうか。顔を上げてみればそこには黒髪を持つ女性の姿。その髪は腰までは伸びていない。

 

「なんだ、山城か」

「なんですその言いぐさ……ほら」

 

 差し出された紙コップには黒くて温かい液体が納められている。私がいつも飲んでいるブラックコーヒー。どこか焦げ付いたような匂いが、鼻をくすぐる。

 

「なあ」

 

 もう止めないか、と。そう言えたら。どれだけ救われるだろうか。

 言葉を飲み込むようにコップに口をつける。苦い、けれどその苦さに救われる。

 

「…………」

 

 流れる沈黙。なんだよ、いつもみたいに口悪く色々言ってくれよ。

 

「少し」

 

 

 歩きましょうか。

 

 

「……とはいったものの、なーんにもないわね」

 

 そこには、いつも通りの景色が広がっていた。枯れた銀杏並木、人気のないテラス席は就業時間中ともなれば尚更人気はない。並んだ研究棟には多くの職員が詰めかけているのだろうけれど、恐らく私たちには目もくれないだろう。

 

「ねぇ」

「なんだ」

 

 山城は、何も言わない。なんでもない、と話を畳んでしまう。

 

「なあ」

 

 そして私も、何も言えなかった。多分二人の言おうとしている話は同じなのだろう。ただそれを認めることが出来ないから、こうして歩いて行く。

 しかしいくら研究所が広いといっても、その取得敷地は無限ではない。

 

「……なんだか、はじめて銀杏並木を全部歩いた気がするわ」

「奇遇だな。私もだよ」

「意外と狭いのね、研究所(ここ)

「ああ。狭いな」

 

 話が続かない。いや、何を話せばいいというだ。私に。

 

 なにせ、付きまとって来たのは彼女の方じゃないか。

 社員食堂に毎日ついてくるのも。

 残業を止めたり、逆にコーヒーを用意したりしてくれるのも。

 全部が全部、お前が勝手にやってることじゃないか。

 

「私、来月から軍に復帰しようと思うんです」

「そうかい」

 

 だからそうやって、また勝手にいなくなる。私に止める権利がないことも、そうしてくれた方が絶対にいいことも分かっている。それでも。

 

「すこし、寂しくなるな」

「本当に?」

「いや。どうだろうな……ああ、寂しくなるよ。本当だ」

 

 そう私が言うと、山城は笑った。微笑んだといった方が近いだろうか。

 その表情が、酷く似ていて。

 

「ほんと、どうして好きになっちゃったんでしょうね」

「そうだな。どうして、好いてくれたんだろうな」

 

 それは、私たち二人の話ではない。私たち二人の間にずっとちらついていた影。

 

「まだ、前を向けそうにないですか」

「前は向いているつもりなんだよ。これでも精一杯」

 

 そうでしょうねと、彼女は言う。私は邪魔ですかとも、彼女は言う。

 

「邪魔なんかじゃない。むしろ――――」

 

 そこから先の言葉は続かない。なぜなら私の口が、柔らかい何かで塞がれたから。

 

「っ!」

「――――――やっぱり、ダメです。私はあなたに姉様を見てるだけみたい」

「……それは、私も同じだ」

 

 今に始まったことじゃない。一挙一動に垣間見える仕草にその影を求めてしまう。コーヒーを入れてくれる度に長い黒髪を幻視してしまう。

 

 山城は彼女ではないのに。どんなに目元が似ていても、毒舌に混じる単語ひとつひとつのイントネーションが同じでも。それは別人だというのに。

 だから理不尽で仕方ないのだ――――――山城にも、彼女と同じ感情を抱いてしまっていることが。それが申し訳なくて、仕方がない。

 

 そしてそれを懺悔するには、恐らく今をおいて他にないのだろう。

 私は彼女から一歩引く。引くことで、頭を下げるだけのスペースを作った。

 

「すまない。ずっと前に言うべきだったんだ……キミは私に囚われないで欲しいと」

「それは……私も同じです。あなたには姉様に、囚われて欲しくない」

「無理な相談だ。これでも立派に、将来を誓い合っていたんだ」

 

 出会いは単純なものだった。

 

 深海棲艦により破壊された世界秩序。

 そんな中でも私と彼女は幸いな方だった。

 

 私は研究職、彼女は戦闘職と別の道ではあったけれど、出会いの機会はいくらでもあった。

 理由? そんなものは後からついてくる。あれほど過程が重要だと論じられる実験においても結果が重視されるというのに――――いずれにせよ。

 それは平凡なものだった。だけれども、平々凡々なりの幸せがあった。

 

「分かってはいるんだ。そんな将来はなくなったと」

 

 それでも、幻視()ずにはいられない。あの日々の記憶を、幸せだったころを。

 

「分かってはいたけれど、あなたって馬鹿ね」

「そうだ。私は馬鹿だよ」

「……否定しなさいよ。バカ」

 

 否定などできるものか。

 

 もっと良い防壁があればあんなことにはならなかったんじゃないかってずっと考え続けてきた。

 攻撃が最大の防御だとか、そういうことを言う連中を屁理屈で論破してしまった。それは全部、私が認めたくなかったから。

 

「私はバカだ。なぜなら私は、防壁がカテゴリⅤを越えられるって今でも信じてる」

 

 もしもカテゴリⅤを越えられたら、どうなるのだろう。

 誰にも傷つけられない、最強の艦娘が就役(ロールアウト)するのだろうか。

 

 それで私は、どうなるのだろうか。

 

「ほんと、見てられない」

 

 そうだろうな。と冷静な声が頭の中で響く。

 カテゴリⅤの防壁は結局完成しなかった。僅かに残されていたと思っていた猶予も、たった今消し飛んだ。

 

 そんな妄想に近いような存在に、私は多くの時間を費やした。

 そしてなにより――――――山城(かのじよ)に、費やさせてしまった。

 

「感謝してるよ、山城。キミが支えてくれなかったらきっと私はここまで来られなかった。私はバカだからな、もっと早く根を詰めて、どこかで倒れていただろう」

 

 だから、もういいんだ。もう、いい。そう伝えなくてはいけないのに。

 ああクソ、なんでここで言葉が詰まるんだ。もう伝えるべき事も、これからどうすれば良いかも分かっているのに。

 

 ぽすり、と。私の胸に黒いモノがぶつかる。

 それはあんまりにも唐突で、あまりにも近くて。

 

 それが誰の髪なのか一瞬――――ほんの一瞬だけ――――迷ってしまった。

 

「バカ。ホントは気付いてる癖に」

「……」

「私が、申し訳なさから世話を焼いてると思ってたんです?」

 

 まさか。申し訳ないのは私であって、お前が持つべきものではない。

 

「毎日食事も忘れて研究に没頭していそうなあなたを家まで送り届ける役目を、そんな理由でやっていたとでも思うんですか? 家の掃除だって、してあげたのに」

 

 いやそれは、家賃みたいなものだっただろ。少し冷静になりかけた脳味噌がそうささやくが、それでも私の頭の中には、やはり彼女がいるのだ。

 

「でも、無理だよ。それでアイツのことを忘れろって言うのか?」

 

 それはいくら何でも酷いじゃないか。そう思う私の感性は、おかしいのだろうか。

 

「忘れろ、なんて言いません。でも」

 

 そう言って、山城の双眼が私を覗き込む。その眼には見覚えがあって、ああ。この期に及んで過るのがキミの笑顔だなんて。

 

「私のことを、みてくれませんか」

「無理だよ」

「どうしてもですか……どうしても、なんですか」

 

 私は代わりですか。

 替わりにしかなれないんですか。

 

 そんな言葉が聞こえてくる。声に混じって、別の音すら聞こえてくるような気がする。違うと否定してやりたい。誰だって、ヒトの泣いているところなんて見たくはないじゃないか。

 

 だけれどそうしてしまっては、彼女はどうなる。

 私に笑ってくれた、私のことを大切にしてくれた。

 その大切な記憶を、全部過去にして、忘れろって言うのか。

 

「ごめんなさい。無理なモノは無理ですよね。あなたは意固地だもの」

 

 よく聞かされましたよと、山城が言う。誰に聞かされたかなんて、分かってる。

 

「最初は、本当に申し訳ないと思ってたんです。というか怒ってました」

 

 なんであんな簡単に沈んだんだって、いなくなったんだって。山城が言う。

 

 そうだ、本当に突然だった。

 メール一本電話一本。それだけであっさりとそれは伝えられた。そういうものだからと、突きつけられた気分だった。

 

 その後にやってきた山城に、私も結局の所、もたれかかってしまった。

 

「でも過ごすウチに、少しずつ惹かれている自分がいることに気付いたんです」

 

 ウソだろって思うかも知れませんけれど。山城はそういう。いや、時期こそ合っているか分からないが気付いてはいたよ。

 

「最低ですよね、私」

「そんなことはない。受け止めきれなくて、申し訳ないと思う」

「謝らないで。余計に惨めになる」

 

 すまん、そう言いかけた口を噤む。

 

「じゃあ、私はもう行きますから」

 

 その声が――――――いつか聞いたあの声と、重なる。

 

「ダメだ」

「え?」

 

 口走って、目を丸くした彼女を見て、自分が声を出していたことに今さら気付く。

 ただそれは、ずっと昔の――――――後悔のはねっ返り(フラツシユバツク)

 

「いかないでくれ。いかないで、()は、お前に」

 

 沈んで欲しくないんだ。それを伝えたら、彼女は苦しんだのだろうか。それとも笑って、すぐ戻りますからと優しく嘘を吐いてくれたのだろか。

 

「バカ。なんで、そう言ってあげなかったんですか」

「言えるわけなかっただろ……アイツは、アイツは自分の仕事に誇りを持っていたんだ。艦娘として、俺たちの生活を守れることを誇りとしていたんだ」

 

 彼女の誇りを私は奪えなかった。だからせめてその誇りを支えるために、私は霊力防壁の研究開発に勤しんだ。それこそ、この会社が業界最大手と呼ばれるくらいに。

 

「応援してやりたかった。行かないでくれなんて言いたくなかった」

 

 でも、それでも。居なくなってから喪ったモノの大きさに気付くのだ。

 いまさら後悔しても遅いのに、あの時引き留めておけばなんて考えてしまうのだ。

 

「それで、今わたしに言うんですか? やっぱり私は、あなたにとって――――」

「そうだよ。代替品だと思われても仕方ない! 私はそういうことをキミにしてしまった。しょうがないだろ、全部似てるんだ、比べずになんていられない!」

「ええ知ってます。知ってるから余計に嫌だったんです。だから私はたくさんアナタに酷いことを言いました! そしたら変われるかなって、そう思ったから!」

「お前はアレわざとだったのか。どうりで、口の悪さだけが取り柄だもんな……!」

「なっ、ちょっと待って下さい今のはおかしいでしょう! 私は他にも色々良いところありますけど? 言っときますけど、ここ一ヶ月の料理全部私のでしたよね?」

「B定食とかも食べてるが? お前がいっつも横にいて、いつも……」

 

 そう、いつも。

 

 いつもいつも。

 

 お前と一緒にいて。

 

 そうしているうちに分からなくなったんだ。

 何が正しいか。どうすればいいのか。

 

 世の中は理不尽だ。言葉をどんなにぶつけ合っても、結局最後は砲弾の重みに掻き消される。どんなに信じ合っていても、死は容易に二人を別つ。

 

「はぁ、不幸だわ……あなたとは、笑ってサヨナラしようと思ってたのに」

「そうすれば良かっただろう」

「見てられなかったのよ。本当に」

 

 そして私たちがようやく現実に目を向けたところで。現実は変わらない。

 いつの間にか私たちはもつれ合うようにお互いを絡め合っていて。

 そして霊力防壁の研究プロジェクトは、風前の灯火なのだ。

 

「なぁ……俺は、アイツのためになにかを、してやれたんだろうか」

「私が姉様の立場だったら。きっと喜び半分、って感じだと思います」

 

 だって、見ていられませんから。

 残りの半分をそう簡潔に説明して、山城は立ち上がる。

 

「本当に軍に戻るのか?」

「……ええまあ、そのつもりです」

 

 だって試験者(テスター)としての仕事も、無くなるわけですし。そう言う彼女は、なにかを待っているような気配をまとっていて。

 

「その、なんだ」

 

 私の言いたいことも、恐らく彼女には伝わってしまっていて。

 

「さっきの言葉は、本当なんだ」

 

 お前には、沈んで欲しくない。あれはなにも、過去の幻影にむけて放った言葉ではないのだ。全ての現役艦娘……なんておこがましいことは言わないけれど。

 それでも目の前にいる山城(おまえ)には、沈んで欲しくないのだ。

 

「私は合理的なことが好きなんだ。私の生活力を考えると、なんというか色々現実的でないことが多いというか……」

「回りくどすぎ。なんなんですか、それ。プロポーズのつもりなわけ?」

「そうじゃない! これはあくまで現状維持だ。そこから徐々に変えていきたい」

 

 これで十分かと聞けば、多分十分ではないのだろうけれど。

 それでも、ここからはじめていきたい。許されるとは思っていないけれど、認めて貰えるくらいのことは、したいから。

 

「ま、いーですよ。私も愚痴を聞いて貰える相手がいないと辛いですから」

 

 それに、まだ少しだけですけれど時間がありますからね。そんなことを言う彼女の頭上を、昼食休憩の始まりを伝える放送が流れていく。

 

 

「……」

「…………」

 

 

 それはつまるところ、午前の課業をまるまる無視したことを意味していて。

 

 

「……仕事、サボっちゃいましたね」

「ああ……かなり堂々と、サボったな」

 

 これはもしかすると怒られるかもしれない。

 まあその時は有休消化ということにしてしまおう。そう考えて思考を放棄した私は、山城に魅力的な提案をするのだった。

 

「なあ、いまから行けばA定食に間に合うんじゃないか?」

 

 

 なんだか今日は、すこしだけ。

 

 枯れ銀杏の並木が、輝いて見えるような気がした。

 




 本稿は2021年12月30日に初頒布した同人誌「冬芽未だ咲かず:櫻の花びら、散る頃に」を加筆再編集したものです。

 シリーズ最新作にて完結作は2022年12月30日「コミックマーケット101」にて先行頒布を予定しております。よろしくお願いします。
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