舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第57話 もゆるにはえるおどりびと

 

 艦娘、それは人間サイズの護衛艦。

 

 あらゆる海域、河川への投入が可能で飛行機による輸送も可能。深海棲艦と戦う上でこれほど頼もしい味方もいない……が、一人乗りの小型艇として扱われる艦娘の艤装は、極めて使()()()()()()()というのが軍関係者の共通認識である。

 各種装備の積載量(ペイロード)は少なく、燃料すら満足に詰め込めない。最新型の推進システムは確かに長大な航続距離を実現したが、乗員が一名のみでは長時間の運用は不可能だ。

 

「この短所を埋めるため、我々は小型艇(かんむす)乗降用のスロープを設けた哨戒護衛艦を保有しております。そして本級はこれを更に改良します。4ページ目、図3をご覧ください」

 

 その言葉に、細長い会議机の上に置かれた数十本の腕が動く。

 私の手元の配付資料に貼り付けられている画像は新型護衛艦の概略図だ。それと同じ画像が壁に映し出されて、造船部員が棒で艦体の後部を指し示した。

 

「新機軸となるのは海上展開用の後部乗降坂(ランプ)です。これが民間港での艤装の積み込みを可能にし、より柔軟かつ高度な運用を可能とするのです。それに加えて……」

 

 画像のあちこちを棒で突き刺しながら、若手の部員はあれやこれやを告げていく。

 彼が言うことが事実なら、この新型護衛艦は単なる艦娘の休憩や艤装の補給を行う艦ではない。艤装修繕のための各種工作機械、作戦支援を行う航空機(ヘリコプター)の収容設備、作戦幕僚を収容する巨大な作戦指揮設備。例を挙げればキリがないが、艦娘が一つの海域に留まって長期間の作戦を行うために必要な全ての機能を備えていることになる。

 

「言うなれば、本級は移動型の泊地。いえ()()()()()といっても過言ではありません。広大な警備海域を抱える我が国に必要な存在と信じております。以上です」

 

 設備の紹介に熱が入ってしまったのだろう。若干頬を紅潮させながら若手の士官が概要説明を締めくくる。それに反して、会議室の空気は冷え切ったものであった。

 国防海軍の制服に身を包んだ初老の男性が立ち上がると、咳払いの後に言葉を継ぐ。

 

「えー、まあ()()個人的な意向も入っているが……これが現在検討されている新型護衛艦の案である。予算要求は早くとも再来年、造船部では本級におけるいくつかのプランを考えている。詳細検討のためにも、各現場の立場として忌憚なき意見を頂きたい」

 

 これはよく誤解される話ではあるのだが、戦争は会議室から始まるものだ。

 軍隊組織というのは巨大な官僚組織に過ぎない。つまりは財務省や法務省といった中央官庁組織と全く同じであり、そもそも国防大臣の下に編成され、内閣総理大臣を最高指揮官に仰ぐ時点でスーツを着込んだ官僚と何ら変わりはないのだ。大胆な言い方をすれば書類仕事に少しの銃撃戦を足したのが国防軍人の職務であり、戦闘と呼ぶべき行為に手を染めているのは国防軍50万人の半分にも満たなかった。

 そして今日の私は、そんな官僚組織の構成員である新田三等海佐。国防海軍の艦娘(フネ)〈赤城〉を操る立場を抱えながらも、制服を着込んで会議に参加している。

 

「哨戒艦隊司令部より参りました。片桐です」

 

 そして私の隣に座る先輩も、ここでは空母艦娘ではなく一人の幹部軍人に過ぎなかった。すっと手を上げたことで発言を促された彼女は、おもむろに口を開く。

 

「一つ確認したいことがあるのですが、新型艦建造の目的はなんでしょうか?」

 

 先輩の言葉は、額面通りに受け取るなら単なる質問。しかしこの場にいる大半の人間はこの発言が台本の一部であることを理解していることだろう。彼女の発言が造船部の建前を引き出し、それを囲んで叩こうという魂胆なのだ。

 その点では、この会議は茶番。もしかすると、戦争は会議室どころか食堂や居酒屋、誰かのベッドの上で始まるのかもしれなかった。

 

「本級建造の目的は、建造から20年以上が経過する〈いずも型〉の代替艦である」

 

 その言葉に反応するかのように一人が立ち上がる。この場所では比較的若手に入る中年の男性は、海軍制服を震わせるような調子で言った。

 

「であるならば意味が分かりませんな。〈いずも〉は2万トン級護衛艦。それならば〈いずも〉の代替艦は同じく2万トンクラスの大型護衛艦であるべきでは?」

 

 出席表から所属と名前を確認するまでもない、彼は「艦隊派」の先鋒である。

 護衛艦による制海権確保を訴える彼らにとって、貴重な国防予算は全て大型護衛艦の建造に充てられるべきもの。言うまでもないが、艤装の研究開発と艦娘の拡充を訴える「艦娘派」とは正面から対立していた。造船部長は宥めるように手を振る。

 

「当然だ。だからこそ造船部では複数の案を検討している。はじめに小型艇(かんむす)母艦タイプを紹介させてもらったのは、ひとえにこの艦艇が新機軸を盛り込んでいるからである」

 

 造船部長の言葉は真っ当に聞こえるが、公平かと言われれば微妙なもの。

 だからこそ、艦隊派の先鋒は引き下がらない。

 

「分かりませんな。部長閣下は新機軸を紹介するためと仰る。しかしここは学術発表会(レセプシヨン)でもなければ技術競技会(コンペシヨン)でもありません。複数の案が存在するというのなら、私が汎用護衛艦の発展史を何十分もかけて懇切丁寧にお教えいたしましょうか?」

「それは困る」

「何故困るのです。護衛艦の発展は護衛艦の進化論です。艦娘母艦が新機軸なら、我々の護衛艦は伝統と歴史。それを語らせて頂けないのであれば、部長殿は艦娘母艦に入れ込んでいるということになりましょう?」

 

 暴論である。暴論ではあるが、要するに造船部長はそれ位のマナー違反を犯したのだぞと言いたいのである。造船部長の口から語られたとおり、今回の会議は新型護衛艦の設計指針を固めるためのものである。それなのに艦娘母艦の詳細設計にまで触れるプレゼンを用意していた。これでは何のための会議だか分からない。

 

「まあまあ、その辺にしないか」

 

 と、そこで場を諫める男が一人。肩に踊る二つの桜が示す階級は海将補。

 

「すみません、海将補。つい熱くなってしまい……」

「はは。護衛艦の発展史を語り出したら一日あっても足りないぞ?」

 

 余裕綽々といった調子で笑う彼は艦隊派。ちなみにこの会議室にいる将官といえば彼の他には造船部長だけ。その意味では、この会議は彼と造船部長の一騎討ちといえた。

 

「本来なら我々の意向を無視すべきところを、部長閣下はわざわざこうして我らをお呼びだてしてくださったのだ。敬意を払わないとな」

 

 まるで慇懃無礼の見本市。海将補を睨んだ造船部長は、再び咳払い。

 

「では、造船部(こちら)より通常護衛艦のプランもご説明しましょうか?」

「いや結構。結論は既に出ていることだ……片桐くん!」

 

 そして、会話のボールが私の隣へと飛んでくる。

 

「艦娘である君の立場として、この小型艇(かんむす)母艦をどう見る。これは使えるかね?」

 

 片桐先輩は流し目で艦隊派の海将補を見やった。艦隊派がわざわざ艦娘に発言を促すなんて珍しい。その視線を見て私は、このやり合いが仕組まれていたことに気付く。

 今回の片桐先輩は本気だ。艦隊派と手を組んでも艦娘母艦を潰そうとしている。

 片桐先輩は立ち上がると、会議室の面々をゆっくり見回してから口を開いた。

 

「そうですね……結論から申し上げれば、実用には耐えないでしょう」

 

 それは先輩と艦隊派の仕組んだ茶番(わな)。艦娘のための母艦プランを、艦娘自らの手で否定させる。この意見は造船部も無視できない。片桐先輩は台本を蕩々(とうとう)と読み上げた。

 

「そもそも大前提として、艤装と特務神祇官(かんむす)は馬と武者の関係です。立派な馬が居てもまたがる武者がひ弱では役に立ちませんし、逆もまた然り。巨大な病院船とセットで運用するならともかく、艤装の修理施設だけでは長期間の作戦は不可能です」

 

 艦娘の加護をもってしても、乗員の安全は保証されない。艦娘とは戦えば傷つく存在であった。それに、と先輩は続ける。

 

「私たちにとって、母艦は補給拠点以上に『盾』としての意味があります」

 

 海の上に身を隠せる場所は存在しませんから。そう流れるように主張を述べていく先輩。おそらく先輩は、母艦案を推し進める造船部長はもちろん、通常護衛艦案を押す艦隊派にも嫌気が差していることだろう。

 

「私たちが求めているのは、一隻の移動型泊地ではなく百隻の哨戒護衛艦です。従って、小官としましては資料にある第三案――補給艦の案を強く押すものであります」

 

 自身の主張をねじ込んだのは彼女の意地か、それとも()()への見返りか。

 

「補給艦なんて増やしてどうするんだ」

 

 海将補がそんなことを言えば、先輩は澄まし顔で切り返す。

 

「戦争は兵站です。十数隻の哨戒護衛艦への補給能力を持つ補給艦が戦争を変えます」

「戦争を変える?」

 

 せせら笑う海将補だが、先輩の発言を止める者は誰一人としていない。

 

「哨戒護衛艦の機能は艦娘への補給だけではありません。モジュール化された多彩な装備による強力な火力支援、無人運用故に行える身を挺した近接戦闘……」

 

 熱弁する先輩の背後には深く頷く数名の幹部の姿。私も今回は頷き役。

 なにも国防海軍は艦隊派・艦娘派のツートンカラーではない。哨戒護衛艦百隻体勢を目指す無人艦派とでも呼ぶべき派閥が、ここには確かに存在していた。

 

「哨戒護衛艦の運用効率が高まることで、艦娘を守る盾が増えることを期待します」

「なるほど。無人戦闘艦こそが重要だ、ということだな。他にはなにか」

 

 言いたいことは各々心の内に秘め、造船部長は片桐先輩の意見を軽くまとめる。

 ともかく、ここに全ての新型護衛艦案が出揃った。艦娘母艦か、通常護衛艦か、それとも無人艦を支える補給艦か。会議室は早くも熱を帯び始めていた。

 この会議は、国防海軍の未来を決めるモノになる。そんなことを先輩は会議の前に言った。なるほど自衛艦隊の中核を支えてきたヘリ搭載型護衛艦(DDH)〈いずも型〉に変わる新しい海軍の顔が決まるのだから、各派閥の熱の入れようは尋常でないに違いない。

 そんなとき、すっと揚げられるのは一本の手。

 

「片桐2佐の発言に、同じ艦娘として補足させていただきたいのですが」

 

 そう言いながら立ち上がったのは、私の同期。

 

「先ほど片桐2佐は艦娘母艦の医療設備を不十分とする旨の発言がありました。しかしそれは哨戒護衛艦も同じ事。むしろ無人とあっては怪我の手当も満足には出来ません」

 

 その言葉に、先輩が身構える。私の同期、私と同じ航空母艦の艤装を操る彼女……〈空母加賀〉の名を預かる特務神祇官が、私たち無人艦派をじっと見つめていた。

 

「更に付け加えると、無人戦闘艦では艦娘の救援任務が行えませんよね?」

「ちょっと待ってよ。哨戒護衛艦には収容のための乗降設備(スロープ)も備わってる。大破艦娘の収容実績だってある。艦娘の運用に適さないみたいな言い掛かりは辞めて貰える?」

 

 即座に反論する片桐先輩。今の「補足」では哨戒護衛艦が役立たずと言われたようなものである。深海棲艦との戦闘に特化した哨戒護衛艦は、通常の護衛艦と比べ低コストでありながらも高い機動力を持ち、自動・遠隔操縦を初めとする省力化(オートメーシヨン)により無人運用においても高いポテンシャルを発揮する。それを役立たずと言われては堪らない。

 

「あー、片桐2佐。発言は順番を守るように」

 

 造船部長が口を挟む。もちろん先程までの発言に順番が割り振られていたわけではないが、会議を取り仕切る進行役がそう言っては逆らえない。加賀さんは続ける。

 

「今の私たちに必要なのは、機動力のある強力な戦力です。深海棲艦の侵攻は基本的に上位の個体によって行われます。上位個体を倒すには艦娘の集中運用が欠かせません」

 

 その言葉に、そうだそうだと言わんばかりに頷く幹部たち。対深海棲艦戦で多大な戦果を挙げてきた艦娘派は、何も艦娘だけの派閥ではない。艦娘無敵神話を作り上げてきた艦娘()科幹部、通常兵器による対処に限界を感じている現場部隊、更には艤装需要の利権を握る技官も混ざり、厚みのある派閥となっている。

 

「艦娘母艦は艦娘に機動力を与え、侵攻を受け危機に瀕した泊地の救援を行うのです」

 

 そしてその最先鋒と呼ぶべき幹部が、私の同期である加賀さんなのであった。

 

「機動力のある、強力な戦力……ね」

 

 片桐先輩は大きく息を吸い込んで、それから大きく吐く。眼に宿るのは闘志だ。

 

「強力なのは艦娘自体よね? だったら機動力は空軍の輸送機で補えばいいじゃない」

「そうはいきません。大破した艦艇を収容する艦艇が不可欠です」

「『哨戒護衛艦には大破艦娘の収容実績だってある』……私、さっき言ったわよね?」

 

 先輩は一歩も退かない。もちろん、それは加賀さんも同じ。

 

「艤装の修理機能があれば、素早く戦線復帰させることが可能です」

特務神祇官(かんむす)自身が傷ついてるのに、どうやって戦線復帰させるの?」

「霊力回復があります」

 

 そう言い切った加賀さん。霊力回復は再生医療と並ぶ艦娘の治療法。どんな怪我も治せるという触れ込みだが、オカルトじみた治療法ということで一部の評判は悪い。

 

「なら、理論上はあなた一人で敵を殲滅出来るわね。()()()()はどーぞ、お一人で」

「先輩」

 

 見ていられず、私は先輩の袖を引く。敵を全滅させることが出来たら、海域を制圧することが出来たら。そんな希望(かてい)が成立するなら、戦争は20年前に終わっている。ここはそんな仮定の話をする場所ではないし、まして加賀さんを論破する場所でもない。

 

「分かってるわよ、新田3佐(ミコト)。さて話は少し変わりますが、古来より本隊を安全な内地に隠しておいて、敵の主力が攻めてきたら迎え撃って撃破するという戦術があります」

 

 片桐先輩は落ち着きを取り戻しただろうか。私には分からないが、少なくとも彼女は自分のペースを取り戻すことには成功したらしかった。

 

「ドイツの内戦戦略、我が国の漸減邀撃作戦。例を挙げるとキリがありませんが、要するに敵を自陣に引き込み、地の利を利用して殲滅する……その点、艦娘母艦なら敵の主力を叩くために艦娘を集中運用が出来る訳ですから、まあコンセプトが理解できないとは言いません。ですが小官(わたし)に言わせれば、この構想には致命的な見落としがある」

 

 面倒臭そうに手を挙げた造船部長を無視して、先輩は話を続ける。火が付いたら止められないのがこのヒトの厄介なところだった。

 

「決戦思想は、敵の総量が確定している時だけに通用する考えです。『これだけの敵を倒せば良い』と分かっているから死力を尽くしてその殲滅が出来る。しかし現実にはどうでした? ドイツの早期決着戦略(シェリーフェンプラン)はロシアの動員が早まったことで失敗し、日本の真珠湾攻撃は米国の艦艇生産能力を前に水泡と帰しました。ましてや今回の『戦争』は……失礼、今回の『災害派遣』は相手の全貌すら掴めていません」

「片桐2佐。要点は簡潔に」

「そうだそうだ。三行でまとめろ!」

 

 どうしようもない野次が飛ぶ。それをギッと睨む……のは我慢して、先輩は叫ぶ。

 

「問題は艦娘母艦の数です! 予算を考えれば各護衛隊群に一隻ずつ配備できればいいところ。それで機動力が確保できますか? 新自由連合盟約(ニユーコンパクト)加盟国及び相互防衛条約締結国の水域を全て守ろうとすれば、1隻あたりの担当水域はなんと半径1000キロ! これで即応性? 機動力? 聞いて呆れますよ。そう言いたいんです」

「先輩、言い過ぎです。というか長いです」

「最後まで言わせてミコト……機動力のある部隊がいたとして、それは何人を助けられるのですか? 1000キロ先からやってくる頼もしい援軍を頼って一人で海を漂えと艦娘に命じるのですか? 小官はそれを見逃すことは出来ません。前線の艦娘に必要なのは、いつも隣にいて頼れる忠実な無人艦(ロイヤルウイング)です」

 

 息を切らさんばかりの調子でまくし立てる先輩に、加賀さんは冷たく言い放つ。

 

「片桐2佐は勘違いをしています。艦娘母艦が防御兵器だと言った覚えはありません」

 

 敵を撃滅することが出来れば、誰も犠牲になることはないのですから。加賀さんの言葉に、先輩は天井を仰ぐ。

 

「敵を撃滅する? 私たちの仕事は国を守ることよ? そのために今、最前線で同胞たちが死線をかいくぐってるの。艦娘母艦の予算で何人救えるか考えたことある?」

「大元を絶つのです。幹が枯れれば枝葉は勝手に腐り落ちます」

「呆れた。幹がどこにあるのかも分からないのにそんなことが言えるなんて」

「鬼や姫などの上位種に対応するためにも、強力な戦力が必要です」

 

 先輩と加賀さんがじっと睨み合う。既に議論は平行線。押し黙ったままの造船部長と海将補、それぞれに連なる幹部も視線を交わし、部屋中で火花が散った。

 

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