舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第59話 しのぶあのくにみなみのひ

 

「お、おお小沢空将閣下……?!」

 

 先輩の声が珍しく上擦るのも無理はない。なにせ私の後ろに居たのは日本国防空軍が保有するあらゆる作戦機にレーダーサイト、高射部隊。それらが連携して行う防空任務を掌握する航空総隊司令官。小沢空将その人だったのだから。

 

「シッ! あまり閣下と言わないでくれ。変装がばれる」

 

 指を立てて「騒ぐな」のジェスチャーをする空将。変装というが制服を背広姿に着替えただけなので、意味があるとは到底思えないが……呆気にとられた先輩を無視して、現役将官は後ろに向かって叫ぶ。

 

「おおい、餃子三人前と醤油ラーメン。あと白米大盛り」

 

 端から見れば女性グループに飛び込んできた謎の男性。しかも当然のように注文をしはじめた。どうみても普通ではない。逆に普通ではないからこそ通じる意味もある。

 

「ミコト……これもあなたの()()()なの?」

「空将と話せるなんて滅多にない機会ですよ。しかも話は向こうから来ました」

 

 断る理由はない、チャンスですよと私は言っておく。後で背後関係(うらじじよう)を洗いざらい話しなさいよと全身で語る先輩から逃れるように、私は空将に話を振った。

 

 

 

 

 

 

(第4話)

 

 

 

 

 

 

 

「横田に行かれると仰っていましたよね。閣下」

「横田に行ったのは部下の小河原だけだ。航空総隊司令なんて大仰な肩書きを引っ提げて行って見ろ、向こうも在日司令が出てきて簡単な連絡会議もこじれる」

 

 その理屈で会議をぶち壊した張本人がそれを言うのか。小沢空将はニコリと笑う。

 

「それにしても、暫く会わないうちにオトナの魅力が増したな。新田3等海佐が魅力的な女性に成長したということは、もう『ミコトちゃん』は卒業かい?」

 

 先輩が驚きの表情を浮かべる。海軍の会議に喧嘩を売った空軍の大幹部サマが三等海佐に過ぎない私を「ミコトちゃん」なんて呼んだのだから。それはそうだろう。

 

「空将閣下。ご自身の立場をお弁え下さい」

 

 先輩を落ち着かせるためにも、私はあえて何処吹く風の体で言葉を返す。

 

 別に隠していた訳でもないのだけれど、私と小沢空将は旧知の仲である。政界に転身する前の父は航空自衛官。今でも小沢空将を初めとする大勢の幹部と繋がりを保っていて、小沢空将はその中でも大親友。私もよく相手をして貰ったものである。

 

「なに。私は月給のために働く労働者(サラリーマン)に過ぎないよ。おいしい中華を探していたら、親友の娘とばったり出くわした。何を弁えろというんだい?」

「まあ、間違ってはないですけれど……」

 

 空将とはいえ国防軍人は給料を貰う立場の労働者。私の父と彼が親友と呼ぶべき関係なのも事実だ。強いて嘘を挙げるとすれば「ばったり出くわした」の部分か。

 

「お待たせしました。醤油ラーメンと炒飯です」

「お、早いな」

 

 関心関心なんて言いながら手を伸ばす小沢空将。私は慌ててトレーを受け取る。

 

「おじさん。これは私が注文したものですから」

「おっとすまない、二杯目だったか。ミコトちゃんは相変わらずよく食べるなぁ」

 

 手を引っ込めた小沢空将。今では空将なんかになってしまったけれど、私にとっての彼は父と仲の良い「おじさん」で、彼にとっての私は親友の娘「ミコトちゃん」。

 現役の将官と佐官にあるまじき雰囲気を出されてしまっては、蚊帳の外に置かれた片桐先輩が口をひんまげるのも仕方のないことだろう。

 

「……ちょっとちょっと。ミコト、これどういうこと?」

「見ての通りですよ」

 

 もちろん。見ての通りで納得するわけがない。先輩は私を振り回してばかりなので、たまには振り回される気分を味わえばいいと思うのだ。

 すると先輩は私にぐっと顔を近づけて、真面目そのものといった表情で言う。

 

「だって私。パパ活が『政治』の範疇なんて聞いてないんだけど?」

 

 それは究極の問題発言。空腹を紛らわすためかコップの水をちびちびと吸っていたのが裏目に出てしまったらしく、激しく咳き込む小沢空将。口に含んだ水を吹き出さずに済んだのは不幸中の幸いといったところか。

 

「……か、片桐2佐。流石にそれは冗談としてキツいんじゃないか?」

 

 彼は呼吸を整えながら、誤解だ誤解と言う。

 

「第一、そういうのは娘と仲がよくない親がやるもんだ。知らないだろうが私と娘は意外と仲がいいんだぞ? この前なんて……」

「おじさん、話が逸れてます。そんなことを話に来たわけじゃないでしょう」

 

 方向修正を加えた私に、そんなこととはなんだと言う空将。とはいえ、多忙な航空総隊司令官が余計な議論に費やす時間を持ち合わせていないのは事実。彼は小さく咳払いをすると、椅子に座り直した。

 

「手短にいこう。私はキミと話をしに来た。理由は分かるかな?」

「閣下のお手を煩わせた覚えはありませんが」

 

 小沢おじさんも先輩も、なんだかんだと軍人であることに変わりはない。二人とも最初からそうであったかのように真面目な調子で言葉を投げ合う。

 

「まあそう警戒するな。北マリアナでの戦果は聞いている、空軍内部でのキミに対する評価は専ら『理解のある艦娘』と言ったところでね。是非、未来の幕僚長を目指しているだろうキミと話がしたかったんだよ」

 

 ともかくこれで私の役目、つまり二人の人物を引き合わせるという仕事は終わった。

 私は箸置きに手を伸ばす。目の前には醤油ラーメンとチャーハンの組み合わせ。

 

「いただきます」

 

 日本人の主食とされる米粒が纏うのは油と香辛料の香り。

 些か強すぎる味を打ち消すために薄味めに調節されたラーメンスープ。気を許すとたちまちに食道までスルリと入ってゆきそうな細麺。

 

「論文は読ませて貰った。北マリアナの戦いはあれを実践したと見ればいいのかな?」

「恐縮です。しかし論文が机上の空論であることも痛感しました。その点では……」

 

 そんな私を傍目において、二人の会話は続いていく。出身も年齢も異なる二人の共通項は幹部国防軍人であること。となれば世間話は戦術の話ということになる。そんな共通の話から、情報交換を進めていくのだ。

 

「やはり遠隔操作では、タイムラグもありますし偏差の調整が難しいです。感覚的にはそうですね……台風の中でホールインワンを目指すようなものです」

「ホールインワンか。私は名護で一度やったことあるがな」

「名護というと、宇久志カントリーですか?」

「なんだ、キミもいける口だったか。スコアはどのくらいだ?」

 

 相手のことをどう思っているのか、自分が何者であるか、どのような立ち位置にいるのかを含ませつつ会話を転がす。二人ともざっくばらんな言葉のキャッチボールを好むので、本来なら仲介役になるべき私に出番はない。

 となれば、私はただ目の前の食事に集中するのみ。口を閉じて思い切り肺を膨らませれば、鼻腔から飛び込んだ和の香りが脳天まで突き抜ける。炒飯の脂こさを打ち消す透き通った醤油が、私の食欲を刺激して止まない。

 それにしても三大欲求であるはずの食。生物としての義務を娯楽に替えてしまった人類は相当に罪な生き物であると思う。深海棲艦の出自は一説によれば海を埋め立てた人類への神の怒りだというが、人類が一体海の何割何分何厘を埋めたというのだろう。

 そんなことを考える私を余所に、二人は言葉を卓の上に並べていく。

 

「それにしても小沢閣下は、いずもDDHの代替艦が欲しいのではないのですか?」

「あれは介入の口実に過ぎんよ。空母(DDH)の話なら空軍(ソラ)も口が挟みやすい」

 

 話し合いというのは、本音と建前をぶつけ合うこと。

 もしも本音だけで話したのなら、ヒトは決して相容れることはないだろう。建前だけで話しても、両者の納得する結論は出ないだろう。ヒトは歩み寄るために言葉を使う。

 そして言葉を交わす場所を確保するために、昔から食事という場所が用いられる。

 

「あの尉官さんは本気のようでしたが」

「本気は必要だ。だが()が穏便に済むにこしたことはない。そうだろう?」

 

 それでも、時々思ってしまうのだ。もしも対立し合うヒト同士が皆、同じ食卓を囲むことが出来たのなら、と。勿論無理なのは分かっている。私たちの家族団らんですら、家長たる父が取り仕切るから成立する。対等な食卓なんて存在するはずもない。

 

「まあ安心してくれ。部下の()()()はちゃんと責任を持つよ。あの図面どおりの艦娘母艦にはさせない。まあ、予定通り多機能護衛艦になるんじゃないかな?」

 

 その言葉に、先輩が表情を硬くする。

 

「なんだね。多機能護衛艦だと困ることでもあるのかい?」

「……先程『介入の口実』と仰っていましたので」

 

 だからこそ、多機能護衛艦を建造する気はない。そう先輩は考えているらしい。

 

「まあ、船越組との妥協点を探るならそんなところだろうからね」

 

 気になる言葉を小沢空将が放つ。船越というのは横須賀市船越町。つまり自衛艦隊司令部や護衛艦隊司令部が置かれる街の名前。要するに船越組とは艦隊派のこと。

 艦娘派の会議を潰して艦隊派と手を組む。それは間違っているようには思えない。しかし小沢空将の今の言い回しでは、まるで艦隊派との了解は取れていないかのよう。

「おじさん……もしかして」

「ミコトちゃんの考える通りだよ。まだ何一つとして決まっていない。航空機の輸送任務だけなら〈いずも型〉でも十分事足りるし、もうすぐ10DDH(あたらしいくうぼ)も進水するしね」

「そんな。本当に何も決まってないんですか?」

 

 唖然とする先輩。今の言い方では空軍は別に〈いずも型〉の後継を求めていないということになってしまう。それなら、一体全体新型護衛艦の計画はどこへ行くのか。

 

「おいおい、二人とも。今のはむしろ喜ぶべきところだろう。新型護衛艦の計画は白紙に戻った、つまり全員同じスタートラインに立ったと言うことだ」

「いえ、まあ……それはそうかも知れませんが」

「これはキミ達みたいな若者にとってチャンスだぞ? 今こそ国防の新体制、国家百年の大計を大いに論じようではないか。それで私がここに来たわけだ」

 

 首を傾げる先輩。私も話の方向性が読めない。

 

「単刀直入に聞く。なぜキミは哨戒護衛艦に拘る?」

 

 哨戒護衛艦。それは私たちが推進する無人艦。先輩は瞑目。小さく息を吐いて、それから眼を開いて空将を見据える。

 

「一言で言うなら『チープ・キル』に対応するためです」

 

 チープ・キル。テロリストが一隻のモーターボートでイージス駆逐艦を仕留めたように、たった一匹の駆逐イ級が噛みついただけで護衛艦に大穴が開くように……どんなに高価で高性能な護衛艦も単純な攻撃で破壊されてしまうという考え方だ。

 

「艦娘母艦や多機能護衛艦。あらゆる任務をこなせる『何でも屋』が強いのは分かります。ですが深海棲艦の攻撃は神出鬼没。だからこそ、量産可能で安価な哨戒護衛艦が正解なんです。傷ついても交代要員(バツクアツプ)がいて穴を埋められることが大切なのです」

 

 先輩も、これが本題なのは理解していることだろう。小沢空将はふむと頷く。

 

()()とは言うがね。損傷した哨戒護衛艦の修理事業で造船業界が悲鳴を上げていることは知っているのかい? キミが主張する哨戒護衛艦百隻体制は百隻の護衛艦が一斉に入渠する可能性を秘めている。そうなれば国内の造船所は簡単にパンクするぞ」

 

 小沢空将の指摘は概ね正しい。造船業界が総力を挙げて生産しても、その供給は世界中から寄せられる無限の需要に太刀打ちできていない。そこに護衛艦の修理事業が加われば、満水のコップに更に水を注ぎ込むようなもの。

 

「まあ、数を増やして安心したいという気持ちは分かる。空軍(ウチ)にも海外派遣向け常設航空団の新設を訴える声があるし、軍隊の病気みたいなモノかもしれないね」

 

 そう言うと小沢空将は息をつくようにコップに手を伸ばす。タイミング良く運ばれてきた食事に手を合わせると、ばりばりと頬張っていく。

 先輩は若干引いてしまったようで、私の方へと視線を流してきた。

 

「……すごい食べっぷりね。流石はミコトちゃんの親戚って感じ?」

「親戚ではないです。というか、私はそんなに食べないと思うんですけれど」

 

 一般的なカロリー摂取量を考えれば私は食べている方かもしれない。ただ、それは私が戦闘職種(かんむす)だから、身体を動かすのに必要なエネルギーを補給しているだけの話。

 

「よく言うわよ。同じ空母艤装を扱ってるはずなのに私の一・五倍は食べてるわよ? 食べ過ぎは女の子の敵なんだから、ちゃんと気をつけないと」

「……食べ過ぎ、か」

 

 先輩の言葉に収集車の如く餃子を頬張っていた空将が箸を止める。その視線は醤油ラーメンのつゆに浮かぶチャーシューに注がれていた。

 

「確かに今の国防軍は肥満児なのかもしれないな」

「空将閣下。ラーメン伸びちゃいますし、真面目な話は食べ終わってからでも……」

 

 先輩が小声で進言するが、小沢空将は聞く耳を持たない。ああ、これは長くなるなと私は他人事のように思って麺をすする。

 

「昔、自衛隊には対GDP一%の防衛費という慣習(ルール)があった。おかげで自衛隊は痩せこけてはいたが、スリムで燃費もよかった。しかし今はどうだ? 防衛予算は際限なく増え続け、その予算を当てにして各々が自分勝手に軍備拡張を図ろうとしている」

 

 彼はどうも、自衛隊なら多機能護衛艦ですぐに決まっただろうと言いたいらしい。

 

「それはまあ、自衛隊の頃は深海棲艦なんて敵はいなかった訳ですし」

「現れても暫くはそうだったよ。限りある予算をどう全体の利益に活かすか誰もが考えていた。おかしくなり始めたのは哨戒艦隊、対深海棲艦の専従部隊が発足してからだ」

 

 確かに、それは一理あるかもしれない。隣接する大陸国家たちへと睨みを効かせる護衛艦隊、深海棲艦と死闘を繰り広げる哨戒艦隊。それぞれの仮想敵が異なる故に派閥が割れる。結果として艦隊派と艦娘派の二大派閥が生まれてしまった。

 

「哨戒艦隊が部隊を拡充すると護衛艦隊が新型艦を就役させる。護衛艦隊の予算が増額されると哨戒艦隊も予算要求を増やす……なぜ国内で軍拡競争が起こるんだ?」

「……」

 

 そんなこと言われても、と先輩は言わんばかりに口を曲げる。私たちだって好きで派閥争いをしているしている訳ではない。挑まれたから抗っているだけの話。

 

「これはここだけの話だが……私は、国防軍内部に軍縮条約が必要だと考えている」

「軍縮条約?」

 

 先輩はオウム返しに言いながら私を見る。私は首を振り、空将は笑う。

 

「はは、新田家にはまだ相談してないからね。知らないのも無理はない。まあ軍縮条約とは言ったが、要するに私は護衛艦の拡張を暫く止めるべきだと考えているんだ」

 

 そう言いながら空将は()()()()の内容を開陳していく。

 

「ここ二十年、日本の戦闘艦艇保有数は増加の一途を辿っている。一方で少子高齢化の影響を受けて志願者数は伸び悩んでいる。その結果、深海棲艦への対処は無人艦で行えばそれでいいではないか、という話になった」

「その通りです。無人艦なら少ない人材で運用できます」

 

 無人艦を推進する立場にある先輩が眼を輝かせる。小沢空将は表情を変えない。

 

「だが、哨戒護衛艦は戦果の割には整備の手間が掛かる。そもそも構造が特殊だから受け入れられる造船所も少ないし、受け入れ船渠(ドツク)を増やすための改修にも金がかかる」

「ちょっと待ってください。つまり空将閣下は、無人艦派(わたしたち)に身を切れと?」

 

 空将は軍縮条約と言った。哨戒護衛艦の建造が造船業界に負担をかけているとも。

 彼の要求は無人艦の建造を止めさせること。無人艦派潰しともとれる要求だ。

 

「そこまでは言っていない。キミは論文で空海統合作戦論を提唱していたじゃないか。空軍(そら)海軍(うみ)が力を合わせて、この国を守ろうという話をしているんだ」

 

 なるほど。話が徐々に見えてきた。小沢空将は先輩の懐柔工作(とりこみ)を行っているのだ。

 

「しかし……それは空軍(そちら)にとってしかメリットがないですよね」

「少なくともミコトちゃんにはあるぞ? 航空機需要が増えるのはいい話だろう」

 

 その言葉に、先輩の視線が私を貫く。確かに新田家の地盤を支えるPHIグループは、元々が航空機産業の重鎮企業。とはいえ、今の私はただの三等海佐だ。

 

「おじさん。それは実家に直接言って下さいよ」

 

 そして、直接相談していないことが答えなのだろう。そもそもおかしな話である。小沢空将は艦隊派や艦娘派が予算を無駄遣いしているかのように言って、だから護衛艦の新規建造を止めるべきだなどという。しかしその代わりに航空機の生産を増やしてしまっては、無駄遣いをする組織が海軍から空軍に代わるだけのこと。

 

「閣下のお話は分かりました。ですが乗れません」

「うん、そうか……それにしてもここの麺は歯ごたえがあっていいな」

 

 彼がラーメンに意識を向けたのは、まさか偶然ではないだろう。再び何でもない言葉が卓の上を飛び交いはじめる。先輩の内心は怒りで煮えたぎっているに違いない。

 

「閣下。認識の違いがあったら申し訳ないのですが、私は派閥争いがしたい訳ではないんです。ただ戦場で犠牲になる艦娘を少しでも減らしたいだけなんです」

 

 派閥のため、自分自身の目的のために動くこと。それ自体が間違っているなんて先輩は言わないだろう。けれど自分の都合をさも「誰かのため」と取り繕うことを先輩は許さない。

 

 

 

それは片桐先輩に言わせるところの――――「ロクでもない人たち」なのだから。

 

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