舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第60話 にらむさきおもうはせいぎ

「閣下。認識の違いがあったら申し訳ないのですが、私は派閥争いがしたい訳ではないんです。ただ戦場で犠牲になる艦娘を少しでも減らしたいだけなんです」

 

 話は終わりだと眼で語る先輩。しかし小沢空将はそれでは済ませない。

 

「キミは考えたことはあるかね? 犠牲とは戦場でのみ生じるものではない」

「なんの話です?」

「キミは、もう少し艦娘を信じてあげるべきだよ」

 

 三度戦いの幕があがりそうな気配に、片桐先輩は剣呑な表情で空将を見据える。一方、空軍の全実戦部隊を指揮する男は力なく笑った。

 

「キミはさも艦娘だけが戦場で犠牲になっているかのように言う。無人艦を推進する理由もいざとなれば艦娘の盾として使い捨てられるから。キミに言わせれば艦娘は弱い、弱いから哨戒護衛艦で護らないと、艦娘の犠牲を減らさないといけないと」

「ヒトが艤装を背負ってるだけですよ? 艦娘の脆弱性は疑いようがありません」

「無人艦がどれほど高くつくか知らないとは言わせないぞ。現状深海棲艦をもっとも効率よく駆除することが出来るのが艦娘であることに疑いようはない」

 

 それは誰もが口にしない、もしくは口にしたがらない事実――艦娘の費用対効果(コストパフォーマンス)

 

 恐らく空将は、艦娘が強いと主張したいのだろう。だが現実問題、艦娘は護衛艦には勝てない。だから彼が持ち出す根拠は艦娘の経済性、コストの安さという話になる。

 

「百億円かかる戦闘機より、一億円で調達できる艤装(かんむす)が安いという話ならしませんよ。確かに深海棲艦をミサイルで倒すよりは艦娘で倒した方が安くあがるでしょう。しかしそれは、艦娘を使()()()()()()()という事実から目を背けている」

「分かっているとも。キミが言いたいのは霊力についての話だろう?」

 

 そう告げる小沢空将。その双眼には先ほどとは比べようもない影が落ちている。

 

「……霊力はヒトを癒やし、ヒトを守り、そしてヒトに仇なすモノを打ち砕く。便利だから使わずにはいられない。確かに金を出しても霊力は手に入らないだろう。だが現実問題として、霊力が枯渇したという話も聞いたことがない」

「いつ枯渇するか分からない。それが国防上のリスクになるんです」

 

 どうして分からないのですかと言いたげな先輩。それに対して空将は、それは石油も同じ事だと告げる。いつか枯渇するかもしれなくても、いま霊力(かんむす)は手に入っている。

 

「その『いつか』が『今日』ではないなら使うしかない。そうだろう、新田3佐?」

 

 そこで私に話を振るのか。政府は艦娘の使用を容認している。私の父も、同僚たちも、先輩ですらも国防上必要だと分かっている。ここで頷く以外の選択肢はなかった。

 

「私は霊力戦の専門家ではない。霊力が資源なら、艦娘はいつまで戦えるんだ?」

 

 小沢空将が私をじっと見つめてくる。その目を見れば、彼が私……新田家の人間である私に何を問いかけようとしているのかはすぐに分かった。

 戦争は、もう二十年も続いている。日本は深海棲艦に勝てないが、負けてもいない。体系化すら覚束(おぼつか)ない霊力という奇妙な存在(ちから)に頼って、今日も日本列島を護っている。

 

「……『守り』で負けるとは思いません」

 

 霊力とは何なのか。既に何度も議論が交わされ、幾度となく匙が投げられた。しかしそれは科学で規定できないだけの話であって、本質は手の届くところにある。

 

「なにせ、特務神祇官(わたしたち)願い(ちから)は、極端に言うなら郷土愛(ナシヨナリズム)ですから」

 

 少なくとも、私にとっての霊力とはそういう存在だ。私の青春は戦争に奪われた。故郷の風景も、家族の形だって戦争の前には戻らない。だからこれ以上、私の故郷を傷つけさせるわけにはいかない。それが私の願い(ちから)になっている。

 私の言葉に小沢空将は、うんと頷いてみせた。

 

「そうだな。私の部下たちも北マリアナの空で戦うより、本土の空の方が戦果が良く上がる……まあ、これは本土の空を知り尽くしているというのもあるだろうが」

 

 確かに防空監視網(レーダーサイト)から情報提供が受けられて、なおかつ緊急着陸が可能な滑走路が沢山ある本土において「地の利」がないはずはない。それでも、背後に控える故郷を守るという気持ちは、確実に私たちの力になっているはずだ。

 でも、私はこれだけは言っておかないといけない。

 

「霊力が願いの力だという説には一定の説得力があります。けれど、願いは無限ではありません。先輩の言うとおり、枯渇する日がくるかもしれません」

「そうだな。そうかもしれん。しかし、キミたちは艦娘(じぶん)の力を過小評価しすぎだぞ」

 

 その言葉に、先輩が身体を震わせたこと。果たして小沢空将は気付いただろうか。

 

「私は艦娘に救われた人間だ。いや、私だけじゃない。深海棲艦が現れて直ぐの頃は、全ての自衛官……いや全ての国民が艦娘に救われた」

 

 日本国という国家は、もはや艦娘なしでは成立しない。

 沿岸長は三万キロメートルを優に越え、有人島だけでも400を数える日本列島。燃料の自給率は一割を下回り、国民の過半は山岳と海に挟まれた沿岸部に住んでいる。

 海を奪う敵である深海棲艦が出現した時、日本は滅んだも同然と言われていた。

 

「艦娘が如何に画期的だったかは、議論の余地もない。艦娘の強さと己の無力を、緒戦で私たちは嫌というほど思い知らされたんだ。だから艦娘派が生まれた」

「……艦娘の神格化は嫌いです。艦娘はただの女です。殺すし死ぬし子も産みます」

「無論、私もそう思う。君たちはヒトに他ならない」

 

 艦娘は艤装を背負う人間に過ぎない。艦娘派も利権集団に過ぎない。

 

「しかしね、南洋諸島に取り残された私を救い出してくれたのは確かに艦娘だった」

 

 その言葉に、先輩が息を飲んだ。空将が南洋の戦いに参加していたことに驚いたのではない。万単位の部下を指揮する男の瞳に宿った、畏敬の念を垣間見てしまったのだ。

 口を押さえてもう一度喉を鳴らした先輩に向けて、空将は続ける。

 

「私は本当なら死んでいる人間だ。キミは艦娘が弱いと考えるのかもしれないが、艦娘が私を救ってくれたという事実は覆らない」

 

 私は艦娘の味方でいたいのだ。小沢空将の言葉が何を意味しているのかは私にも分からない。それは彼が片桐先輩に「肩入れ」しようとしている理由なのかもしれないし、もしかすると艦娘派を擁護しているだけなのかもしれない。

 

「キミも理解はしているはずだ。艦娘母艦は現場の求めに応じて産まれようとしている。航続距離に弾薬燃料の補給。なにより指揮拠点としての機能。艦娘に足りないものを全て補ってくれる。キミだってアレが派閥争いの産物でなければ、諸手を挙げて賛成したんじゃないのかい?」

「ちょっと待ってください。先ほど閣下は、艦娘母艦には反対だと」

「性急に過ぎたから止めただけだよ。艦娘派にはバランス感覚が足りない。進められるときに進めるのは大事だが、ああも粗雑に進められては困るという話だ」

 

 空将の指摘は正しい。艦娘母艦への道のりは艦娘派によって固められている。

 それが正常でないから止める……その理屈は分かる。

 

「ですが、それ以前の問題でしょう。艦娘母艦には問題しかないです」

「技術的な問題はいずれ解決されるだろう。問題が洗い出されれば多機能護衛艦に艦娘運用能力を付与することも容易くなる。ひとまず作るというのは大事だと思うがね」

 

 空将が何を考えているのか分からない。少なくとも今の空将は「小沢おじさん」ではなく「小沢空将」。私は先輩との取り持ち役を引き受けただけで、空将が何を話しに来たのかまでは知らない。予算の話、次に艦娘の話を経て、最後に艦娘母艦の話。

 先輩が深く息を吐いたのは、そんな時だった。

 

「……空将閣下は、艦娘が戦争の最適解と思われますか」

「最良ではないが、最善ではあると思っているよ」

「ヒト型の深海棲艦であってもミサイルによる飽和攻撃は有効です。何も艦娘にこだわらなくともいいではありませんか」

「予算が潤沢ならそうしてもいい。誘導に用いる精密機械が無限に手に入るならそうしてもいい。しかし現実はそうではない。ミサイルをひとつ撃つために何人分の食事が消えると思う? 国民は食費を削ってまで戦時国債を買ってくれているんだぞ」

 

 予算と艦娘。その両者が存在するからこそ小沢空将の結論が存在する。大型護衛艦の有用性を訴える艦隊派も艦娘不要論までは唱えないだろう。要するに彼の意見は、ごく一般的な結論であった。

 

「……小沢空将は、日本がはじめて実用化した誘導ミサイルをご存じですか?」

 

 何の話だと肩を竦めてみせる小沢空将に、先輩はすかさず言葉を斬り込ませた。

 

「MXY―7、連合国コードネーム『BAKE』もしくは『チェリーブロッサム』」

「特攻兵器、人間爆弾桜花か。それがどうかしたのかい?」

「まだ分からないのですかッ!」

 

 先輩が机を叩き、取り残された空の皿たちが踊る。周囲の視線がつい、とこちらへ向けられて、テレビの中に収まったコメンテーターだけがしゃべり続ける。

 

「分かるよ。しかし艦娘一人の命とは、ただの軍人一人の命では賄いきれぬのだよ」

「だから空将閣下は、艦娘に死んでこいと仰るのですか?」

 

 青筋を立てた先輩に対して、小沢空将は腕を組んで瞑目する。

 

「艦娘が為せぬならそれ以上のヒトが死ぬ。命そのものが。食い繋ぐ経済が。それが崩れる前に、私達軍人は何とか踏み留まらせなければならない。私は艦娘に期待してしまっている。私はね片桐2佐、君たち(かんむす)の可能性に賭けているんだ」

 

 その言葉に、先輩は何も言い返さない。そのまま空将を睨み付けて、裏返しに置かれた伝票を引ったくった。

 

「……ごめんミコト。私帰るね」

「え?」

「空将閣下、ご無礼どうかお許しください。失礼します」

 

 先輩は早口にそれだけ告げて振り返りもせず、すたすたと外へ向かう。店主に伝票と壱万円札を押しつけて、飛び出すように走り出した。

 

「……嫌われちゃったな」

 

 さして気にしていない、それどころかやれやれと言いたげな様子の空将。

 

「おじさん、これはどういうことですか」

 

 私の問いに、事もなげに彼は答える。

 

「彼女を試した。人間、譲れないモノを前にしたときに本性が出るからね。片桐二等海佐、なかなか信念(スジ)のある人物じゃないか。ミコトちゃんは、良い先輩を持ったな」

「今それを言われても、皮肉にしか聞こえません」

 

 正直なところ、先輩はよく耐えたと思う。

 多忙な空将がわざわざ訪ねてきたのだ。まさか先輩のことを調べずに来たはずがない。散々先輩の逆鱗に触れるようなことを言って、先輩の「譲れない」を無理矢理引き出した。先輩は二度と空将のことを信用しないだろう。

 そしてそれは空将の思い通りなのかもしれなかった。なにせ彼は微笑んで言うのだ。

 

「精々恨みたまえ。さっきも言っただろう? 私はもう死んだ人間だ。片桐2佐が空軍の私を恨んでも大勢に影響はない。ミコトちゃんに恨まれるのは辛いが、艦娘たちのお陰で私は日本に還ってこられたのだからな」

「何を言っているんですか」

「恩返しみたいなものさ。私はこの命を艦娘たちに繋いでもらった。それなら次の命へと繋いでやるのが筋というもの。これが私なりの、存在(いのち)の使い方なんだよ」

 

 上げた拳が降ろせないとはこのこと。彼は初めから()()()だったのだ。

 

「この件で私は四面楚歌だ。海軍との連携が出来ない空将は必要ない」

 

 護衛艦の建造計画は海軍の「聖域」と呼ぶべき場所。手出しをした者が責任をとらされるのは間違いない。それこそ元気の良い一等空尉のような「鉄砲玉」にやらせれば済む話だったはず。それなのに、小沢空将は自ら出た。しかも、艦隊派とも艦娘派とも何の事前協議もすることなく。

 

「人間にも賞味期限がある。私は退官すればただの穀潰し。自伝や告発本で儲けるほどの文才もないし、教鞭を振るうほどのやる気もない」

「言ってることが支離滅裂ですよ」

 

 そう言えば、勇猛果敢と言ってくれと冗談めかして言う小沢空将。それから続ける。

 

「艦娘を擁護する私がどうして艦娘派の会議を潰したのか、分からないだろう?」

「おじさんが、こんなことに拘る理由も分かりません」

 

 小沢空将が艦娘に救われたというのは分かる。でもそれはもうずっと前の話のはず。

 

「言っただろう。これが私の存在(いのち)の使い道だと。ここが分岐点だ。私の首と引き換えにしても艦娘派は守らねばならない」

「……艦娘派を、守る?」

 

 その言葉が私の胸に引っかかる。艦娘派は、守られるような派閥ではないはずだ。

 

「じきに分かる。それより、先輩を追いかけた方がいいんじゃないのかい?」

 

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