舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第66話 たいあらずもけいこくみゆ

 とはいえ、私が為すべき事は単純だ。あの子を経済的に支える。そしてあの子の安全を確保する。その両方を確立するための手段として、私は艦娘として戦い続ける。

 とにかく、そうしていくしかないのである。そんなことを思いながら駅に向かおうとしたとき、私の目の前に見知った顔が立ちはだかった。

 

「おはようございます」

 

 それは軍隊式の洗練された敬礼。知るヒトが見ればすぐに分かる特務神祇官(かんむす)むけの装束。端正な顔立ちに私の髪型を真似たというサイドテールが華を添える。

 駆逐艦「萩風」の艤装を預かる艦娘が、そこには居た。

 

「……いつからここに?」

「五分ほど前です」

 

 彼女は私の補佐役。艦娘によって構成される護衛隊(ユニツト)の指揮官を支える部下。

 

「出迎えを命じた覚えはないわよ。第一、私と入れ違いになるとは思わなかったの?」

「今日、司令は十時頃に基地に立ち寄ると仰いました。今日は休日ダイヤなので列車の本数は限られますから、司令がご自宅を出る時間を予測することは可能です」

 

 敬礼を崩さぬままに続ける萩風。本気で言っているのか。はたまた私の追求を躱すために話を逸らしているのか。後者であればお互いにとって幸いなのだけれど。彼女の性格を考えると本気で言っているに違いなかった。

 

「萩風。私は伝えましたよね、不必要な時間外労働は避けるようにと」

「はい」

 

 国家公務員は優秀な人材を集めるための動機付け(インセンティブ)に労働待遇を掲げている。完全週休二日、もちろん残業代は全額支給。もちろん国防軍人ともなると週休二日に関してはその限りではないが、一般企業同様に非番(やすみ)というものは存在するわけで。

 

「今日、あなたは非番でしたね。つまり私の送迎を行うことは休日出勤になります」

「ご心配には及びません。手当を頂こうとは考えていませんから」

 

 それだから問題なのだとは彼女は考えないのだろうか。確かに、休日をすり減らして職務に励むことは美徳と思われがちだ。しかしそれは、結果として疲労による業務能率の低下を招くだけ。十何年と続く戦争を曲がりなりにも耐え抜いているのは、国防軍が軍人たちをしっかりと休養させているからこそなのだ。

 

「ともかく、今日分の手当は出しておくわ。ご苦労様」

 

 終わってしまったことは仕方がない。私は部下にキチンと礼を告げると、駅に向かって歩き出す。しかし向こうもただでは引き下がらない。

 

「お言葉ですが司令。入間基地へ公共交通機関を用いて向かうのはあまりに非効率です。それに車内であれば司令の仰っていた資料にも眼を通すことが出来ます」

「資料?」

「はい。昨晩司令が用意するようと仰った資料を持ってきました」

 

 その言葉に、ようやく私は彼女がなにをしたかったのか理解する。

 

「資料は、昨日のうちに纏めてデスクに入れておくよう言わなかった?」

「当直任務が忙しくて、昨日のうちに終わらなかったんです。それなら、このまま届けてしまった方が手っ取り早いかと思いまして」

「終わらなかった……そう、それは悪いことをしたわね」

 

 つまり、仕事が多すぎて処理しきることが出来なかったということ。やはり人数を増してお願いするべきだったかと後悔が湧き上がるが、違いますと萩風は否定する。

 

「帝国産業HDの事業譲渡の件を調べていたんです。事業譲渡の詳細や関連記事について調べていたら、少々時間が押してしまい……それでしたら、直接お届けするついでに司令を入間までお送りしようと思いまして」

「……」

 

 萩風自身としては、これは恐らく善意によるものなのだろう。

 

「それならそうで、先に迎えに行くと言って欲しかったですね」

「申し訳ありません。一応、お電話は差し上げたのですが……」

「あぁ、ごめんなさい。それは悪いことをしたわね」

「いえ。司令がご家族との時間を大切にされていることは存じておりますので!」

 

 それは何かの皮肉だろうか。いや、恐らくは単純に事実を述べているだけなのだろう。私は後ろを少し見やって、先ほど出てきたばかりの我が家を視界に収める。窓にはカーテンが掛かっているし、あの部屋は居間ではない。

 

「資料はダッシュボードに入っています。今お取りしますので……」

「いいわよ、今日は助手席に座るから」

 

 駆け出そうとした萩風を制して、私は路肩に止められた自動車へと向かう。ハザードランプが一瞬点灯して、持ち主たちを出迎える準備を知らせてきた。

 私が助手席に身体を収めると、萩風は回り込む形で運転席へと乗り込んでいく。彼女が電源ボタンを押し込めば、起動音と共に軽快な自動車の鼓動が聞こえてくる。

 

「あの司令、何かご不満でしたか?」

「なに。私が鉄皮面だって言いたいの?」

「あ、いえ……そういう訳では」

 

 きっと彼女は、尊敬する司令官だという私が快適に効率よく公務をこなせるように気を遣ってくれているのだろう。とはいえ、無理をされてはお互いのためにならない。

 

「別に。いつも車を回してくれる必要はないのよ」

「必要経費です。司令には普段から公用車で出勤して欲しいくらいなんですから」

 

 護衛隊を率いる司令官。それは3等海佐に過ぎない私に公用車が割り当てられる理由。確かに司令職の待遇としては妥当なのかもしれない。

 

 しかし、艦娘によって編成される護衛隊の司令とはそんなに偉いものなのだろうか。

 確かに艤装は小型艇の扱いを受け、結果として大きな部隊に見えるのは分かる。しかし一人乗りの艦艇が十何隻いても部下の数は僅かに十数人。同様の規模を持つ部隊が無数に太平洋に散らばっていると考えれると、私の待遇は恐らく過剰だった。

 

「油の一滴は血の一滴。電気自動車といっても、発電所を動かす燃料は海外からの輸入でまかなわれているのよ?」

 

 日本は経済大国ではあるが、資源大国ではない。明治維新の頃などは豊富な鉄鉱石と石炭に支えられたこの国だが、いまや資源はレアメタルに石油天然ガス。肝心の石炭も安価な海外産に支えられている始末である。

 だからこそ資源は節約して当然。しかし、彼女は聞く耳を持たない。

 

「一滴()()の油で司令の命が守れるのなら、安い買い物です」

 

 公用車を買うのにどれほどの税金が、車を動かす原油を輸入するのにどれほどの弾薬と人的資源(いのち)が使われているのかを知って彼女はそんなことを言う。

 

「司令には、艦娘派の重鎮である自覚を持って頂かないと」

「重鎮? 私はそんなのじゃないわよ」

「司令がどう思われようと、そう考える方は多いという話をしているのです。まして司令は護衛隊司令。もしものことがあれば責を受けるのは補佐の私です」

 

 命に優先順位があるですと彼女は説く。もちろんそんなことは分かっている。けれど萩風のそれは指揮系統の保持ではなく、単なる特別扱いだと私は考えていた。

 

「まあともかく、送迎は舞風にもやらせなさい。働きづめでは身体が持たないわ」

「では司令もお休み下さい。そうすれば私も休みます」

「……資料、見させて貰うわね」

 

 これ以上話をするのも不毛なので、私はダッシュボードの中から資料を取り出す。プラスチック製の硬いバインダーには丸っこい文字で書かれた「資料」の二文字。

 本当なら全て自力で集めたいところなのだが、生憎一昨日は会議で昨日も会議。隙間時間に出撃や演習をこなすとなれば職務外の文書なんて確認する時間はない。

 だからこそこうして萩風に情報をまとめて貰っている。彼女は色々難のある艦娘だが、事務能力に関しては信頼が置ける。事実、資料は分かりやすくまとめられていた。

 

「相変わらず良く調べてるわね。でも、新聞記事まで調べなくてもいいのよ?」

「艦娘母艦の件には世論も深く関わると仰っていたので、関連記事も添付しておくべきと判断したまでです。必要でしたら週刊誌も調べましょうか?」

 

 さも当たり前のように言う萩風。そんな重箱の隅をつつくような記事まで調べていては時間内に情報収集が終わるはずもない。手を尽くして貰っている手前、悪いようには言えないけれど……時間内に終わらないなら終わらないと伝えて欲しいもの。

 ともかく、今後は増員で対処することにする。

 

「萩風、次からは舞風にも手伝わせるように。あの子に資料作りを教えてあげて」

「え……はい、わかりました」

 

 萩風の立ち位置である「補佐」という仕事は極めて裾野の広い役職だ。上司の裁量で仕事量は大きく変わり、仕事の内容も書類作りから下手をすれば参謀のまねごとをすることにもなりかねない。特に艦娘というどうしても部隊の人数が少なくなりがちな兵科では、部隊長の補佐役が実質的な幕僚となっているケースは珍しくない。

 

「一緒くたにしてしまったので分かりにくいですが、八年前に幼年学校の入学基準が変わっています。なので幼年学校の項目は倍率ではなく入学者数で見てください」

「この、一番下にある千人あたり入学者数はどこから?」

「国勢調査の数字を引用しています」

 

 どこかの会合や、なんなら正式な会議でも資料として用いることを想定しているのだろう。資料のページを捲る度に作り込まれていることを感じさせられる。

 

「これ、今度の会合に持っていってもいいかしら。資料として使いたいわ」

「もちろんです! これで司令のお役に立てましたかね?」

 

 キラキラした目でこちらを見てくる萩風。彼女の心意気は買ってやりたいが、資料作成にどれほどの時間をかけたのかと考えると不安にもなる。

 

「……確認のために聞いておくけれど。この作業、どのくらいかかったの?」

「お金が欲しくてやったわけではありませんので、ゼロ時間とお答えしておきます」

 

 突っぱねるように言う彼女。それでは彼女の努力を奪う格好になってしまう。

 

「私は『この資料を買いたい』と言ってるの。少なくない時間をかけたのは分かるわ。この資料を私が会合で見せて、正規の会議に使われることになれば作成者に対価を払うのが当然でしょう? ましてやこれは私の個人的な研究でもあるんだから」

 

 個人的な研究、か。自分で言っていてなかなかに詭弁だと思う。それなら私が萩風に命令を出す理由はない。もちろん、深海棲艦を倒すために国勢調査を調べるという話に合理性があるのであればその限りではないが……それは前線部隊の仕事ではなかった。

 それなのに、萩風は明るい声で言う。

 

「いいんですよ。私に出来ることはこれぐらいしかありませんし。それに……」

 

 そこで言葉を一旦区切る萩風。何かと萩風を見た私に視線を合わせると、一言。

 

「私は『加賀派』ですから。司令のお手伝いをするのは当然です」

「……加賀派、ね。勝手に祭り上げられる艦名(ぐんかん)も大変ね」

 

 あくまで他人事のように言う私に、では本名(なまえ)でお呼びしますかと萩風。そういう話ではないのだけれど。私は黙って目の前の赤信号へと視線を注ぐ。

 派閥だなんて、面倒極まりない存在である。

 派閥というのは、人間関係の繋がりによって構成される人の集まりのことを言う。基本的には職場の同僚や年の近い同期など、緩やかな横の関係で形作られることが多い。

 

「私、司令の下で働けて嬉しいです。なにせ司令はミクロネシアの英雄ですから」

 

 とはいえ、派閥にも上下関係は存在する。今のように嬉々として語る萩風が私を慕う。そうすれば萩風は私の下に付く形となる。華々しい戦果を挙げただとか、人格的に優れているだとか、そのようなよく分からない理由で勝手に上下関係が形作られ、派閥はその規模を広がるほどに組織化されていく。そして艦娘派と呼ばれる巨大な派閥の中で、私が勝手に持ち上げられて重鎮扱いされているのもまた事実だった。

 信号が青に変わる。萩風は車体を前に出しつつ、私に聞いてきた。

 

「ところで司令は、帝産グループの艦娘事業撤退をどうお考えですか?」

「なんとも思わないわよ。どうして?」

「司令の意向を確認して欲しいとメールが来ていまして」

 

 なるほど。本人に確認するのは避けて、()()のポジションに収まっている萩風から情報だけは得ておこうという算段らしい。しかしそれを私に伝えてもいいのだろうか。

 

「そういう質問は私に直接言わずに、それとなく確認するものよ」

「さっき言いましたよね。私は『加賀派』なんです。『艦娘派』じゃありません」

 

 その微妙なグラデーション。白と黒で別けられない曖昧さも派閥の特徴。

 私の立場――艦娘の増員と装備の拡充を訴えていること――を考えれば、私は間違いなく「艦娘派」に分類されるのだろう。萩風に言わせれば私はその中で「加賀派」と呼ばれる小派閥を構成する核になるらしい。他にどんな小派閥があるかは興味もないが、他の小派閥が私の意向を知りたがっているというのが萩風の話であった。

 

「まあ、帝産はよく持ちこたえた方だと思うわ。経営再建にむけた()()()のために、国防に深く関わる艦娘部門を切り離しておくのは正解だと思うけれど」

「その艦娘部門が、PHIに吸収されることについてはどう思います?」

 

 やはり来たか。その問いを、彼女が私から聞き出したがっていることは添付資料をみた時から察しはついていた。資料の最後に付け加えられた帝産の事業譲渡を伝えるネット記事。帝国産業がここ数年で納入した艦娘関連の装備品リスト。そして、帝国産業の艦娘事業にトドメをさした、ある艤装の概要と開発経緯をまとめたメモ。

 

「あなたが聞きたいのは〈秋津洲〉の話よね」

「はい。帝産が開発した〈秋津洲〉の艤装は艦娘母艦計画へのキー技術だった筈です。艦娘母艦絡みで発注がかかれば、帝産グループは事業から手を引かずに済むはずです」

「ええ。その可能性はあるわね」

 

 帝産グループが開発し、いざ現場に投入されると酷評に晒された〈秋津洲〉。それは長大な航続力と防御力を備える大型無人飛行艇(ドローン)の運用に特化した特殊な艤装だった。

 

「あの水上機運用能力を使って艦娘母艦と本土の通信網を構築する……このタイミングでPHIが利益のない事業譲渡を受け入れたのって、帝産グループの艦載機部門と艤装部門を引き剥がすためなんじゃないですか?」

 

 萩風の言わんとすることは分かる。〈秋津洲〉の真価は深海棲艦の支配海域における高い通信能力だ。どんなに攻撃力のある兵器でも通信を阻害されては戦えない。

 だからこそ〈秋津洲〉は艤装と飛行艇、そして艦娘母艦がセットになって真価を発揮するというのが艦娘派の意見。にも関わらず事業委譲されるのは飛行艇(かんさいき)だけ。

 

「PHIには既に艤装事業があるから買収しなかった、という見方も出来るわよ」

「でも、これは絶対おかしいですよ。PHIは艦娘母艦を潰そうとしてるんです」

 

 萩風の台詞は予想通り。恐らく艦娘派の多くは同じ事を考えるに違いない。

 

「PHIは帝産グループの再建計画に口を出せる立場にないわよ」

 

 ただ、それは大きな勘違いと言わざるを得ない。確かに航空機・艦娘艤装を手がけるPHIグループは防衛産業や国防に関わる者にとっては巨大かもしれない。

 しかしその実態は防衛産業に特化した軍需企業に過ぎない。三大重工に数えられる訳でもないし、政治的な力も大きいかと言われると微妙なところだった。

 

「それなら、経産省とかが裏で手を回してるんじゃないですか? 政権だって……」

「萩風。『誰のせいか』も大切だけれど……艦娘母艦を完成させるために私たちが議論するべきなのは『これからどうするか』ではないのかしら?」

 

 それに、私個人としては〈秋津洲〉の件はさしたる問題ではない。深海棲艦による通信妨害に対抗するために〈秋津洲〉艤装が必要とはいうが、通信自体は艦載機(ドローン)があれば確立出来るので絶対に必要な技術ではない。それ以前に、艦娘母艦は敵を殲滅するために突入する艦艇である。強力な戦力で戦局を一気に変える艦艇であれば、通信の確保は他部隊に任せることも出来るはずなのだ。

 

「私としては、そんな些末なことに拘るつもりはないわ。このまま艦娘母艦は建造すればいい。帝産の再建は防衛産業にとって最小限のダメージで済む。それだけよ」

 

 私はそう言い切る。萩風が何を考えているか、その横顔からでは読み取れなかった。

 

「……それではこれから入間基地に向かいます。今日の道路状況ですと予定より二時間以上早く着くことになりますが、よろしいですね?」

 

 極めて事務的に告げる部下の言葉を聞きながら、私は資料に眼を落とすのだった。

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