舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第67話 なかばにてどうしのふあん

「なんや、重役出勤かいな。ケイちゃんもすっかり偉くなったもんやなぁ」

 

 そんな軽口を放てるのは彼女くらいのものだろう。隣に控えた萩風が冷気を放つのを感じつつ、予定が繰り上げになりましてと短く返す。

 まさか目の前の彼女だって、私が午後から入る予定だったことくらいは把握している筈だ。本当なら私は基地の机で部下の作った資料を読んでいる頃だったろうし、部下が車を回さなければ電車で来るつもりだったのだから到着時間が早くなるのが当たり前。

 

「むしろ早く着いたといいますか、早すぎたといいますか」

「つまり五分前行動どころか三時間前行動ってわけやな。殊勝な心がけなやなぁ」

 

 ウチ感心したでぇなんて言葉と共に、ふわりと白い紙切れが私の後頭部にぶつかる。

 

「司令、頭に紙きれが付いてますよ」

 

 そう言いながら紙切れに手を伸ばす萩風。しかし紙は彼女の手からするりと抜けて飛び上がる。掴まえようとする彼女を弄ぶように、それはふらりふらりと宙を舞った。

 

「ハハ! 相変わらずケイちゃんの部下は犬ころみたいで可愛えなぁ!」

「犬こっ……」

 

 私は隣で今にも噴き上がりそうな、いや既に噴き上がってしまった萩風を抑える。彼女の肩を掴んで一八〇度回頭、数歩進んで小声で話しかける。

 

「落ち着きなさい。あの人にとって私たちは子供みたいなものなのよ」

「私たちが子供って、あの人私よりもちんちくりんじゃないですか」

「そうじゃないの。彼女の記念章ちゃんと見た?」

 

 軍人というのは階級社会だが、しかし階級と同等に戦功を重んじる社会でもある。

 彼女の胸に飾られた防衛記念章の数々は海外派兵や前線での華々しい活躍を、勤続二五年を示す記念章は彼女が四半世紀をこの国に捧げたことを証明していた。

 

「……」

「そうでなくても技能徽章の数を見てみなさい、レンジャー甲と水上空挺の両持ちなんて龍驤さんくらいのものよ? かつては最精鋭と呼ばれる陸上自衛隊第一空挺団に所属、米国での合同演習への参加経験を持ち女性自衛官としては格闘戦で右に出る者ナシ、もちろん武道は有段者。深海棲艦が現れてからは海上自衛隊に移籍して、設立直後の第6護衛隊群では群唯一の空母艦娘として……」

「あー、ちょっとケイちゃん! 聞こえとる、全部聞こえとるからぁ!」

 

 恥ずかしいから勘弁したってや、そんな事を言うのは龍驤さん。もちろん彼女が周囲に浮かぶ紙切れ……式神でこちらの会話を聞いているのは知っている。というか、聞かれていることが分かっているから言ったのだ。私は振り向くと冷静にトドメの一言。

 

「事実を申し上げているだけです」

「いやな? そうかもしれんけれどな? そんなポンポン言われると、顔が熱くなってしょうがないわぁ」

「これに免じて、どうかちんちくりんの件はお許しください」

 

 その言葉に、分かっとるよとウインクで返す龍驤さん。勤続二五年から年齢を計算した萩風は微妙な表情だろうが、私がこれだけ言葉を尽くして龍驤さんをおだてたのだ。さすがに自分が何をやってしまったかは分かることだろう。一方の龍驤さんはというと、やれやれとばかりに頭を掻く。

 

「まったく、ケイちゃんの部下想いには分からんものがあるわぁ……」

「部下を守るのは上司の責務であるのだから当然のことです」

「司令……」

 

 眼を輝かせる萩風。そんな眼をされてしまっては、こちらの心境は複雑というもの。

 なにせ、私が部下を守るのは、いざという時、彼女たちに死ねと命じるから。だからこれは、その時に死んでくれるように信頼を得るための手段でしかないのだ。

 もちろんそんな事は言えないし、向こうも半分以上は分かっていることだろう。

 

「それで龍驤さん。調子はどうですか?」

「ん?」

 

 まるでもう一言欲しいとばかりに耳を差し出してくる龍驤さん。幹部昇格していない彼女だが、私にとっては空母の大先輩であるし、先ほど褒めちぎったのだって本心で尊敬しているからこそ出来たこと。彼女の求める言葉を私は探す。

 

「……ええとつまり、もうかりまっか? ということです」

「ぼちぼちでんな……って、言いたいところなんやけどな」

 

 そう言いながらくるりと後ろを振り向く龍驤さん。

 

「……ま、見ての通りや。開場から今まで、ずっと閑古鳥が鳴いとるよ」

 

 そう返した彼女の言葉通り、海軍の出したブースは閑散としていた。

 

「まあ、無理もないわなぁ。なんせ空軍(あちら)さんはイーグルにライトニング、無人機もぎょうさん集めて展示してるわけやし……まあ主役やからな」

 

 そう龍驤さんは笑う。彼女の言うとおり、ここは海軍の基地ではない。

 入間基地。関東の内陸部に位置するその基地は、巨大な滑走路を備える国防空軍の一大拠点。中部航空方面隊を支える後方拠点であり、司令部も設置されている。もちろんそんな場所で基地公開を行うとなれば、主役が空軍となるのは当然のことだ。

 

「まあ。誰も来ないと見込んだから上層部(おかみ)も艤装装着体験なんてまだるっこしいこと、やろうと思ったんやろうけどな。ここまで誰も来ないとは思わなかったわ」

 

 そうぼやきながら椅子に腰掛ける龍驤さん。それから後ろを見ると、一言。

 

(あん)ちゃんもごめんやで。せっかくこんな所まで来たのに暇でしょうがないやろ」

「いえ、そんなことは」

 

 その言葉に応じたのはテントの日陰に控えていた作業着姿。軍人ではなさそうだ。

 

「おーそうや。ケイちゃん達には兄ちゃんのことを紹介してなかったな。兄ちゃんはプレアデス重工さん所の秋葉さんや」

「プレアデス……」

 

 言葉尻に怒りを隠さない萩風。彼女に言わせればプレアデス重工(PHI)は帝産から艦娘事業を譲渡される(うばつた)張本人、要するに艦娘派の(かたき)である。

 もちろん、そのような事情で恨まれたとして現場の人間は関係ないだろう。作業着姿は気にしない風でこちらに進み出ると、ぺこりと頭を下げた。

 

「PHIオーシャンテックの秋葉です。本日はよろしくお願いします」

「今回の艤装体験に使う艤装を貸してくれはった上に、調整やら回収まで全部やってくれるんやと。ホンマ楽で助かるわぁ」

 

 オーシャンテックはグループの中でも艦娘艤装の製造整備を専門にする子会社。となるとこの秋葉という人物は艤装に携わる技術者(エンジニア)といったところだろう。

 よろしくお願いしますと挨拶を交わして、私は龍驤さんに向き直る。

 

「ところで、午前の現場責任者は片桐2佐でしたよね。どちらに?」

「ん? あぁ、アオイちゃんな。アレなら『一服いってきます』とか言って消えたで」

 

 間違いなくサボりやな。と龍驤さんは笑う。仮にも2等海佐相手を名前呼び……いや、そんなことを言い始めると私も一応階級上は3等海佐でこの人より上なのだが。ともかく階級などに囚われないのが龍驤さんの良いところであり悪いところであった。

 

「そうですか。引き継ぎはどうしましょう?」

 

 気にしないフリで続ける私に、意地の悪そうな笑みを浮かべる龍驤さん。

 

「せやなぁ……特記事項ナシで終わりでええよ。どうせ、ケイちゃんはアオイちゃんに会いたくないやろうし」

「そんなことは」

「ないとは言わせないで?」

 

 軽い調子で、しかしぴしりと言い放つ龍驤さん。

 

「ま。火事と喧嘩が江戸っ子の取り柄やとは聞いとるし、ええんとちゃうか?」

「私も片桐2佐も江戸っ子ではないのですが……」

 

 とはいえ、龍驤さんの言わんとすることは分かっているつもりだ。

 なにせ、片桐2佐と私は艦娘母艦にまつわる対立の最前線にいる。私は艦娘母艦を推進する立場で、向こうはそれに反対する立場。ここ最近海軍内部で多いに盛り上がっている艦娘母艦に関する議論の熱は、今まさに絶頂を迎えていた。

 

「ウチも大変なんやでぇ? あっちから艦娘母艦は止めてくれ、こっちから艦娘母艦を是非に押してくれとかぎょーさん言われる。いやー、岡部の阿呆が『船越を火の海にするしかない』って言ったときは流石にハリセンで叩いたけどな?」

 

 はははと笑う龍驤さん。もちろん笑って済まされる話ではない。船越といえば自衛艦隊司令部や護衛艦隊司令部が置かれる町の名前で、そこは「艦隊派」の牙城、つまり「艦娘派」が最も敵視する派閥の居場所だった。

 そして笑いながらも、鋭く研ぎ澄まされたその目線が龍驤さんの感情を語っている。

 

「ま。これはオバチャンのお節介やと思て聞いてほしいんやけどな? あんな強引なやり方やと、要らん敵ばっかりつくることになるで? まずは……」

「待って下さい! ですが、艦娘母艦は絶対に必要です!」

 

 龍驤さんの言葉を遮ったのは萩風。制止する私の目線を振り切って彼女は続ける。

 

「艦娘母艦があれば、危機に陥った前線泊地の救援が素早く出来ます。今の体制では救援要請が出てから作戦が実施されるまでの時間が無駄すぎるんですよ」

 

 彼女は感情的だったが言葉は正しい。広い海域を守備する国防海軍はどうしても各地の戦力が手薄になりがちで、隣の泊地であっても簡単に救援は送れないのだ。

 

「今の救援には時間がかかりすぎます。作戦を司令部に承認して貰い護衛艦や航空機を集めるところから始めないといけませんし、寄せ集め戦力ともなれば作戦実行のために演習や会議を重ねることになります。こんなことでは救援が実施されるころには……」

「あー嬢ちゃん。いいたいことは分かるで」

 

 龍驤さんがそう萩風を宥める。国防海軍の抱える戦力の分散は問題で、だからこそその問題を解決する方法として艦娘母艦が提案された。

 艦娘母艦のコンセプトは動く総監部。幕僚部と実戦部隊を抱え。整備部門も搭載する。これで救援作戦、もしくは大規模攻勢作戦のスピーディな実施を可能とするのだ。

 

「でもな、それに反対する人達の気持ちも分かって欲しいんよ」

「何故ですか? 艦娘母艦に反対するのは、艦娘に護衛艦(フネ)を与えても持て余すだけだと勝手に思い込んでる人達じゃないですか。あの人達は後ろでふんぞり返るだけで……」

「だとしても。これは違うやろ」

 

 萩風の艦隊派批判が始まろうとしたとき、龍驤さんは短く言うと端末を持ち上げる。式神に託してふわりと飛んだソレは、私たちの前でぴたりと空中停止(ホバリング)。普段なら偉大な先輩の呪符使いに感嘆したいところだが、私は画面に釘付けになることになる。

 

「『横須賀総監! 神崎系列(グループ)との関係を明らかにし、仔細を明らかにせよ!』?」

 

 なんですか、これ。私の問いに、見ての通り怪文書やでと応じる龍驤さん。

 

「ウチはどうも艦娘派らしくてなぁ、よく回ってくるんよ」

 

 そう言う龍驤さんの言葉も耳に届かない。その内容に目を通すと、どうも横須賀総監が神崎グループと密会を重ねており、それは「艦娘母艦潰し」に関することだそう。

 

「もっと分かりやすいのもあるで」

 

 そう言いながら式神が器用に動いて画面をスクロール。今度はぐしゃぐしゃにされたA4プリント用紙を撮った写真。歪んでいて見づらいが『おっパブに入り浸る色欲魔!デカいんだから自分のを揉め!』と書かれていることは分かる。

 

「……これは?」

「今朝、哨戒艦隊司令部で拾ったもんや。誰にも見られんように丁寧にゴミ箱の底に埋めてな。アオイちゃんは詰めが甘いから、ウチがちゃんと燃やして処分したわ」

 

 要するに、これはアオイちゃん……片桐2佐を揶揄した張り紙ということ。

 

「萩風」

「はい」

「これはどういうこと?」

「……こんな誹謗中傷、私は誓ってしません」

「ええ、信じてるわ。それでこっちの記事は?」

「知っていました。でも、こっちは事実ですよね」

 

 萩風は真面目そのもの。私の顔が険しくなったのを見て、彼女は表情を硬くする。

 

「横須賀総監と神崎には間違いなく関係があります。この前の会議が横須賀総監に潰されたこと、その時持ち込まれた資料が神崎造船の資料だったこと。つまり横須賀総監は神崎と組んで艦娘派(わたしたち)を潰そうとしているって話ですよ?」

 

 あくまで強弁する萩風。この前の会議というのは、新型護衛艦の検討会議。あくまで艦娘母艦を採用しようとした造船部の意向に待ったをかけたのは、横須賀総監をはじめとする中立派の人間だった。それが神崎重工と関係に仕組まれたものだというのだ。

 

「違うやろ。ケイちゃんは分かるわな?」

 

 龍驤さんの視線が突き刺さる。言われなくとも記事が()()()であることは明らかだ。

 

「……横須賀総監の奥さんは、神崎重工子会社の役員でしたよね」

「その通りや。せやけどその会社の名前はK&Iセキュリティー。退役艦娘を受け入れている警備会社やで? 重工とはほとんどなーんの関係もありゃせんよ」

 

 要するに、この記事は神崎重工の外縁企業で役員を務めている総監の妻を「神崎系列重役」として扱い、彼と妻がレストランに行ったことを「密談」と呼ぶことで「横須賀総監が神崎系列重役と密談」という情報を作り出したのである。

 

「ですが。横須賀総監が神崎と共謀したのは間違いないですよ?」

「まだ分からんか嬢ちゃん。ありもしない陰謀をでっち上げて、挙げ句の果てに心ない言葉で同僚を傷つける……こんなセッコイ手を使っとると、お里が知れるで?」

 

 そう言ってるんや。龍驤さんが萩風を睨む。

 

「ウチだって艦娘母艦の建造には賛成や。せやけどこんな強引に事を推し進めて、まして要らん敵まで作ってどうするねん。ここで一番大切なのは調和やで?」

 

 ウチらは全員で国防軍なんやからな。そう言う彼女の視線が私の方へと伸びる。

 

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