舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第68話 やばしのぐあまつのけいく

「ケイちゃんもそうや。てっぺんが引き締めんと、こういう輩が出てくる」

「……なぜそれを私に言うんです」

「冗談言うたらアカンよケイちゃん。皆して自分(キミ)のことを見てるんや、模範にされるし前例にもなる。キミの強引なやり方が、今の艦娘派を作ったんやないかって言うとる」

 

 またその話か。萩風も私に艦娘派重鎮としての自覚を持てなどと言う。私は所詮三等海佐、組織の中では下っ端である。このような指摘には辟易するほかない。

 そんな私を見て、龍驤さんは続けた。

 

「艦娘派は若い派閥(くみ)や。ウチが前線でバリバリやってた頃にはそんな派閥はありゃせんかった。ウチみたいな曹士艦娘ばっかりやったからな。でも、幹部艦娘の数が増えるに従って徐々に艦娘派は大きくなっていったんや」

 

 彼女の言い分は間違っている。艦娘派はなにも艦娘によって構成されるものではない。艦娘が対深海棲艦戦において有用と信じる人間達の集まりが艦娘派なのだ。

 だから私は、別に艦娘派に所属しているつもりはない。私は艦娘母艦を作りたいだけで、そのために艦娘派と協力しているだけに過ぎない。

 

「龍驤さん、私は……」

「おっと、話はここまでや」

 

 ところが龍驤さんはさっと立ち上がると、視線をあさっての方向に向ける。その明後日の方向から、こちらへと歩いてくる人影があった。

 

「お客さんのお出ましやで」

 

 身なりをみれば一般人だということは分かる。コンクリートが照り返す環境では中々に暑いだろう。ハンカチで汗を拭きながら、その影はこちらまでやってきた。

 

「すみませーん。艤装の装着体験ってここであってますか?」

「あってますよ! ようこそ国防海軍ブースへ!」

 

 先ほどまでの喋り口調を吹き飛ばし、笑顔を交えて元気いっぱいの標準語に切り替える龍驤さん。年の功とでも言うべきか、対応の丁寧さは私には真似できそうにない。

 

「あの、ネットで艤装装着が体験できるって聞いて来ました!」

「もちろん出来ますよ。訓練所などで使われる実物なので体験の前に承諾書の記入をお願いしたいのですが、保護者の方はいらっしゃいますか?」

「はい。父がお手洗いに行っていて、もうすぐ来ると思うので……」

 

 承諾書を取り出した龍驤さんは事務的な会話を続けていく。訓練向けの模擬艤装といっても、やろうと思えば実際に水の上にも立てるれっきとした艤装(フネ)である。だから、このような手続きが必要になるのだ。

 承諾書は親が来てから書いて貰うとのことで、龍驤さんは艦娘が身につける装備品を説明していく。展開式のライフジャケットに救命筏、そこに収納されるサバイバルキット。お客さんは装備品の一つ一つに眼を輝かせながら聞いているようだった。

 

「……と、まあ。このような装備品を全部身につけたら、ようやく艤装を装着するという流れになります。何か気になることはありますか?」

「あの! 今の話と関係ないこと聞いてもいいですか!」

 

 その言葉に、龍驤さんの表情に少しヒビが入る。彼女は龍驤さんの制服、特に袖につけられたワッペンを見つめながら言った。

 

「艦娘さんって、もしかして琵琶湖教導隊の方なんですか?」

「……ええ、その通りですよ」

 

 なるほど。このお客は詳しいらしい。龍驤さんの所属部隊は練度向上のための演習で対抗部隊(アグレツサー)を演じる琵琶湖教導隊。日本最高練度を誇る艦娘部隊ともなれば有名なのはしかたがない。予想が当たった喜びか、それとも目の前に精鋭部隊の構成員がいることへの喜びか、ともかく顔を上気させるお客さん。

 

「すっごーい!」

 

 普段なら「面倒やなぁ」とぼやきそうな龍驤さんは、あくまで外向きの顔を保ち続ける。それを厚意と受け取ったらしい相手は、更に語気を強めながら続けた。

 

「というか、艦娘さんの艤装って航空母艦400型艤装ですよね? 製造はPHIオーシャンテックで正式採用は令和三年の骨董品! もう更新されて運用は終わったって聞いてたんですけれど、教導隊ではまだ使ってるんですか?」

 

 しかもこのお客、詳しい上になかなか無礼である。中々厄介な相手であるが、龍驤さんは無難に答えて話を進める。時折ちらりと視線を逸らしているのは承諾書を書いてくれる保護者を探しているのだろうが、それらしき人物は見当たらなかった。

 

「……萩風、悪いけれどお茶を買ってきてくれるかしら。全員分ね」

「了解しました。司令」

 

 お客に聞こえない声量で指示した私に、背を向けて立ち去る萩風。もちろんお茶が欲しかった訳ではない。幼年学校上がりの彼女はまだまだ幼く、ああいう相手への嫌悪感は隠しきれないだろうから離させたのだ。龍驤さんはおだてれば済むが、民間人相手への失言は時に致命傷になりかねない。そんな私の配慮も知らずに、お客は話を続ける。

 

「……で、確かPHIの空母は空戦特化で、神崎の空母は砲撃戦仕様! 八菱がバランス型って聞きました! 実際のところはどうなんですか?」

「もちろん、それぞれの艤装が様々な目的のために作られていますから使い勝手は違いますね。ちなみに、艤装を別の型に乗り換えるときは転換訓練を必要とします」

「それって大変なんですか?」

 

 基地公開とは難しいものだ。もちろん意義は理解している。艦娘が救国の英雄であることは知られているが、本土が攻撃を受けない現状では艦娘はどうしても国民から遠い存在になってしまう。そこで取られる対策が基地公開。実際に国防軍の職場を見学して貰い、そこでどのような仕事が行われているかを知ってもらう。

 とはいえ、広報を行ってもその広報が届くべき場所に届くかはまた別の話。

 もちろん、ここでの会話がきっかけで彼女が艦娘を本気で志してくれる可能性もあるのだから手は抜けない。ともかく私は龍驤さんが楽できるよう、艤装装着の準備をしておくことにする。PHIの秋葉さんにアイコンタクトを取ると、察してくれたのか艤装をこちらへと運んできてくれる。一つの影が会場に現れたのは、そんな時だった。

 

「こらこら、ダメじゃないか艦娘さんを困らせちゃ」

「あっ、パパ!」

 

 ようやく保護者が来たらしい。これで承諾書を書いて貰えれば装着体験が始められる。そう安堵しているだろう龍驤さんに、承諾書が挟まれたクリップボードを渡そうとして、私は不意に手を止めてしまった。なにせ、そこに居たのは――――。

 

「もぉ、パパったら遅すぎ!」

「すまんすまん。自動販売機が思いのほか遠くてね……おや」

 

 向こうもこちらに気付いたらしく、こちらをじっと見つめる。春というには暖かすぎる陽気に茹でられていた筈の空気は一瞬にして凍り付き、ただ沈黙だけが舞い降りる。

 その沈黙を破ったのは、やはりと言うべきか私の部下だった。

 

「司令ッ、大変です大変です。さっきそこで航空総隊の小沢空将と――――」

「忠告ありがとう萩風、でも遅かったわね」

「えっ? あっ……」

 

 彼女が眼を見張るのも無理はないだろう。なにせ私の目の前に立つ男こそが、日本国国防空軍を指揮する男。航空総隊司令官の小沢空将だったのだから。

 

「止めてくれたまえ、今の私は承諾書を書くためだけにやってきたこの娘の保護者に過ぎない。気付いても気付かないフリをするのが礼儀というものだよ?」

 

 とはいえまあ、まさか総隊司令が来るなんて夢にも思わないだろう。ここではどう対応するのが正解か。いくつかの候補が浮かんでは消える。

 そんな時、一人の少女が空将の前に躍り出た。

 

「ちょっとパパ! みんな困ってるでしょ!」

「なんだね。私はただ階級のことは気にするなと、いただだ!」

 

 航空幕僚長に次ぐ空軍のナンバーツー、実戦部隊を指揮する意味ではトップとも言える航空総隊司令といえど、娘に飛びつかれて重力任せに頬を引っ張られては堪ったものではない。唖然とした一同を前に、憮然とした表情で頭を下げるお客改め司令の娘。

 

「すみません! 私の父がご無礼を働きました!」

「あー……いやいや! こちらこそ、なんかスンマセンねぇ」

 

 とりあえずといった調子で合わせる龍驤さん。私や萩風も流れで頭を下げる。色々言いたいことはあるのだが、それは言ったところで無駄なのだろう。

 

「いや、すまない。私こそ立場を弁えずはしゃいでしまったな」

「いえ。失礼致しました」

 

 本当ならここで立派な娘さんですねと世辞をいうことも出来たのだろうが、龍驤さんはそうせずに私からクリップボードを引ったくった。

 

「それでは、こちらの承諾書に保護者のサインを頂けますか?」

 

 極めて事務的に、そして空将の階級は出さずにクリップボードを差し出す龍驤さん。彼は胸から万年筆を取り出すと、慣れた手つきでサインをする。

 

「うん。それじゃあ、娘のことを頼みますよ。せっかくの機会だ、楽しんできなさい」

「はい!」

 

 大興奮の娘さん。訓練向けの艤装だとしても機密の塊には違いなく、空将の娘であってもこのように実際に触れて装着する機会など滅多にないのだから当然だろう。

 

「なんだか。昔を思い出します」

 

 そんなことを萩風が言う。ちらりと視線を向ければ、彼女はじっと艤装を装着するために動く龍驤さん達を見つめたまま。幼年学校の頃の話ですと彼女は続けた。

 

「みんな自分で艤装を装着することが出来なくて、ああして教官達が二人がかりで着させてくれました。もちろん、今では自分で着れるんですけれどね」

 

 着る。艤装とは浮力系や推進系など海の上で活動するのに必要な機能を全てひっくるめた呼称。これを装着せずに海に立つことはあり得ないのだから、下着や服のように「着る」という表現を使う気持ちも分からなくはない。

 

「そう、萩風は幼年学校の出身だったわね」

「はい。その後訓練学校に入って、任官しました」

 

 萩風のいう幼年学校と訓練学校は、艦娘の育成機関。全寮制の幼年学校に入れば、衣食住が保証される代わりに中学の教科課程と艤装を扱う教練を同時にこなすことが求められる。そして訓練学校は中卒以上なら誰でも入れる育成機関。つまり萩風は小学校卒業以後、徹底的な規律によって育成された艦娘としての基礎技術を叩き込まれてきたことになる。それは懐かしそうに語る萩風の身体に染みついていることだろう。

 

「……見ていて、気分のいいものじゃないわね」

「?」

「なんでもないわ」

 

 艤装は兵器である。

 国民の生命と財産を守ることを存在意義とする国防軍が装備し、今のところは人類に害を与える以外の何物でもない深海棲艦を殺傷するのに用いる武器である。

 

「あれっ、以外と重くない?」

「浮力装置が働いています。空気中の水蒸気にも反応するので、軽く感じるのですね」

 

 得意げに説明するPHIの秋葉さん。軍需産業で経営を成り立たせるPHIにとってしてみれば、楽しげに艤装を装着する彼女は将来有望なユーザーなのだろう。

 

「すごーい。これって艦載機飛ばせるんですか?」

「艦載機を飛ばすには分霊が必要ですね。ですので……」

 

 深海棲艦との戦いが始まって20年、いわゆる「開戦世代」と呼ばれる精鋭達の代替わり、後継者探しは喫緊の課題。そして、そうした将来の艦娘不足を案じて、義務教育の傍らに軍事教練を施すという法律のグレーゾーンに踏み込んで作られた教育機関が幼年学校なのである。今日の艤装装着体験だって、結局は新規入隊者を募るためのもの。

 とはいえ、そんなことは考えても言わないことだ。この国はそうして国土の安全を守ってきた。国防海軍に所属する私も、当然ながら同罪。

 そのような私の内心を知ってか、小沢空将はついと視線を私へと据えた。

 

「なにか思うところがありそうだな、山下(やました)君」

「いえ。特には」

 

 ()()とは、私の苗字である。艦娘部隊にいると〈加賀〉とばかり呼ばれるので忘れがちだが、結局のところその艦名(なまえ)というのは国からの預かり物に過ぎない。

 山下ケイコ3等海佐。それが国防軍という巨大組織の中で私を示す符号だった。

 そんな私に、最上級の階級を持つ小沢空将は笑って見せる。

 

「ははは、隠さなくて良いよ。大方、私の娘が羨ましくなったのだろう?」

「いえ。違います」

「なんだね。民間人の父親と言葉を交わすのは面倒かな?」

 

 その建前はまだ生きているのか。若干呆れた私に空将は続ける。

 

「まあ空将のつまらない世話話に付き合いたくない気持ちは分からなくもない、それにくわえて……艦娘母艦潰しに関わる私の顔を見たくもないという感じかな?」

「ご想像にお任せします」

 

 正直、小沢空将に対しては思うことがないわけではない。

 彼は少なくとも艦娘母艦の理解者であるはずだった。彼なら艦娘母艦の意義を見いだせない筈はなかったし、私がどうして艦娘母艦に力を注ぐのか知っているはず。

 それなのに、彼は何故か艦娘母艦を作ろうとする会議を妨害した。

 

「萩風、悪いけれど外して貰える?」

「え、ですが……」

「いいから。龍驤さんを手伝ってきなさい」

「……失礼します」

 

 何か言いたげな表情をしつつも、萩風は一礼して一歩引く。

 何の事情も知らない彼女にしてみれば、空将が艦娘派の重鎮である私にコンタクトを取ってきたように見えるだろう。萩風が立ち去るのを合図にして小沢空将は歩き出す。

 

「そう肩肘を張らないでくれ。さっきも言ったが、私はここでは民間人の父親に過ぎない。それに私たちは、同じ『ミクロネシアの英雄』だろう?」

 

 その言葉に、私は答えない。平坦に舗装された入間基地のコンクリート舗装を、風が()がれいく。例年通りに発達し始めた小笠原気圧団のもたらした初夏の風。

 僅かに潮を吹くんだ風と、どこまでも青い関東の空。

 

 

 

「水上機動団構想……太平洋奪還の青写真を見たのは久しぶりだったよ」

 

 

 

 それは、私に忌まわしい記憶の一幕を思い出させるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

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