舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第69話 からすがつなぐよいのそら

 

 

 あの日も、澄み渡るような青空だった。

 天頂まで登り切った太陽はギンギンと照りつける。それであの日、私は冷蔵庫からいつもより氷を二つほど多く取り出したのだ。

 

 給湯室を出て、執務室へと向かう。日本から遙かに四〇〇〇キロ。中部太平洋に浮かぶミクロネシア連邦はチューク州。駐留する自衛隊を指揮するための司令部庁舎は、建設されたばかりということも相まって鼻につくような匂いが残っていた。

 

「お疲れ、新米三尉さん。お茶くみ係も大変ね」

 

 こちらは規則通りに気をつけをしただけなのに茶化してくる先輩。本国から遠く離れた最前線ということもあるのか、妙に砕けた調子なのがやりづらい。

 

「仕事ですから」

 

 別に不満がある訳ではない。バターバーとも呼ばれる三等海尉の階級章は、私がまだ新任の幹部艦娘に過ぎないことを示している。私が司令部付となったのは、能力を買われたのではなく職務のいろはを学ぶためであることも理解している。

 

「司令も人使いが荒いわよねぇ。こんな若い子捕まえて、おっさんの接待させようっていうんだから」

「司令にそのような意図はないとは思いますが……」

 

 とはいえ、そう言い切れないのが難しい所。私の上司、第8護衛隊群第3分遣隊の司令はなんともつかみ所のない人間だった。

 不思議な人間には噂がつきもの。政権のコネで司令のポジションに収まっただとか、単に不真面目だから最前線送りにされたとか、基本的にはあまりいい話は聞かない。

 

「とにかく失礼なことされたら直ぐ私に言うのよ? 副司令(おくさん)に言いつけてあげるから」

「はぁ……ありがとうございます」

 

 奥さんに言いつけるのであれば、それは私が直接伝えれば良いのではないだろうか。とはいえ目の前の上官は私と副司令(せんぱい)の関係を知らないのだから仕方はない。

 あの時、まだ大学校を出たばかりの私は、短縮された幹部学校のカリキュラムを経て最前線へと送り込まれた。それはもちろん、私が自ら志願したこと。私をこの路に誘った先輩……この戦争を終わらせると豪語した先輩を追って、私はここに来たのだ。

 

「失礼します」

「お、これはまた麗しいご令嬢が来たものだ。お嬢さん、お名前は?」

 

 執務室の扉の向こう。分遣隊司令部の執務室に据えられた応接セットから見知らぬ顔がこちらを振り返る。その向こうに座る見知った顔は、あからさまに眉をひそめる。

 

「二等空佐。部下を褒めて下さるのは嬉しいのですが、口説かれては困りますよ」

「ははは、ご冗談を司令殿。今や我らは同い年の子を持つ『パパ友』なんですから、そんなことは間違ってもあり得ませんよ」

「相変わらず気が早いですね。とにかく、士気にも関わりますから」

 

 艦娘部隊の構成員は若く、そして男所帯である自衛隊の中でも異様に女性が多い。他部隊からのセクハラでも起きれば大問題である。柔和な口調で釘を刺す上官に、分かってますよと相手は頷く。彼の肩章と高射部隊の徽章を見る限り、どうやらこの島の防空を担う航空自衛隊の指揮官らしい。なるほどそういうことかと私は独りごちる。

 

「紹介します。彼女が先日お話した航空母艦の艦娘〈加賀〉です。加賀、こちらは第83高射隊、部隊長の小沢二佐。環礁の防空を担ってくれている」

 

 お茶出しは私を呼び出す口実だ。対空ミサイルや対空機関砲を装備する高射部隊と私の艦載機は防空作戦で連携することもあるだろう。だからこそ現場の人間は顔を合わせて互いのことを把握しておくべきという司令の配慮。私は姿勢を正す。

 

「小型艇〈加賀〉艇長、山下三等海尉です。よろしくお願いします」

「小沢二等空佐だ。防空作戦においては協同してことに当たることもあるかと思う」

 

 こちらこそ、よろしく頼むよと小沢二等空佐。ともかく、これで顔合わせは済んだことになる。私が一礼して退出しようとすると、ふいに空佐は私のことを呼び止めた。

 

「ああそうだ。空母であるキミに聞きたいことがあるのだが」

「なんでしょうか?」

 

 空佐は応接セットの椅子に座り直すと、彼は目の前に座る司令に問いかけた。

 

「司令殿、さっきまでの話を彼女にしても?」

「二等空佐。あまりそのようなことは」

 

 何のことだろうか。首を傾げる私に、空佐はタブレット端末を差し出した。

 

「水上機動団が編成された後の作戦計画書が回ってきた。まだ叩き台と言ったレベルだが、当事者になるなら見ておいて損はないだろう?」

 

 見ても良いのだろうか。念のために上官である司令に視線を流す。彼はいいよ見てみなさいとばかりに肩を竦めていたが、それで通らないのが軍隊というもの。

 

「司令、拝見してもよろしいでしょうか?」

「構わないよ、それに加賀の意見も聞いてみたい。読んでみてくれ」

 

 空佐が手渡してきたタブレットの情報は、艦娘を中心に行われる大規模攻勢計画の概要だった。日本が確保しているパラオ=ミクロネシア=マーシャルの中西部太平洋(ミクロネシア)地域から一挙に南下、南部太平洋(メラネシア)を安定化させた後にハワイなどの東部太平洋(ポリネシア)地域を奪還するのだという。空佐はさぞ楽しげににんまりと笑った。

 

「驚いたか? 水上機動団は防衛省肝いりの計画だからな。絵だけは大きく描いておかないと餅米(よさん)が手に入らないんだよ」

「はぁ……ですがこれは、実際に計画されているものなんですよね?」

「そのとおりだよ加賀。思ったところがあれば言ってくれ」

 

 言ってくれと言われても、果たしてなにを言えばいい? 私の頭が急速に回り始める。わざわざこんなものを見せたのだ、求められているのは賛同か批判のどちらか。

 

 ……それにしても、これは途方もなく遠大な計画だろう。

 なにせ日本単独どころか、第8護衛隊群単独で太平洋を奪還しようとしているのである。素人が立てた作戦なら無理と言い切ってもいいのだろうが、計画書にはかなり詳細な数字が記されている。

 軍事の専門家たる自衛官が、本気で計画しているものなのだ。辛うじて軍事学を修めた程度の私が下手に反論することは出来ない。

 

「いいんだよ。遠慮しなくて」

 

 けれどそれでは、司令の目線に説明が付かない。この人は私に何かを指摘させようとしている。私は試されているのだ。冒頭に戻って再び目を通す、やっていることは大学校の時と同じ。指導教官はいつも分かりやすい罠を張って学生を引っかける。それを回避できる場所を探せばいい。その結果見つかったのは、ある一つの小さな疑問だった。

 

「ここでは作戦期間が三年とされていますが、長期計画に過ぎるのではないですか?」

「ふむ。続けて?」

 

 どうやら着眼点はよかったらしい。私は資料に眼を落として数字を確認する。

 

「この計画書は、恐らく二次大戦の飛び石戦略を下敷きにしていると小官は感じました。奪還した島嶼を次の攻略起点にするための設営期間が必要なのは分かりますが、飛び石作戦の価値は僅かな労力で素早く敵陣に浸透することにあるはずです」

 

 少なくとも、私の予想が正しければそうだ。人類(わたしたち)は今、深海棲艦と太平洋の奪い合いをしている。それは海に浮かぶ島々を奪い合う陣取り合戦の様相を呈しているが、幸いと言うべきか日本にはその経験があった。

 

「その意味では、重要なのはむしろ大型の基地を展開できるハワイやソロモン諸島南部の奪還が先決でしょう。この計画案は悠長に過ぎます」

「なるほど。重要拠点を素早く抑えることが重要だということだね?」

 

 私の言うことは正しいだろう。数えきれぬほどの島が浮かぶ太平洋とはいえ、巨大な航空基地を展開するには手狭な場所が殆ど。ならば取るべきは重要な島だ。

「しかし、航空基地を建設するならチューク諸島(ここ)でも問題はないんじゃないかな?」

 

 ところが、司令は私の言葉を一蹴する。

 

「チューク国際空港は二〇〇〇m級の滑走路を備えてあるし、哨戒機の退避向けとはいえ掩体壕の整備も行われている。水上機動団の拠点に第3分遣隊が選ばれたのだって、航空機の整備拠点としてのポテンシャルが高いことの証左だよ。地理的な条件だってそうだ。例えばハワイ島までの距離はおおよそ五〇〇〇キロ。ギリギリだがハワイ諸島を射程に収めることだって出来る。それはつまり、ここと北米大陸、そしてグアムを起点にすれば太平洋全てを射程に収めることが可能だということだ」

 

 整然と事実が並べられていく。確かに四発の大型哨戒機を収容できる掩体壕に整備拠点を備えた国際空港は、旧市街を覆い尽くさんばかりの拡張が行われていた。

 その意味では、やろうと思えばいまから太平洋を()()()()()ことも可能なのだ。

 

「問題は兵站だよ。爆撃機やそれが用いる航空爆弾、整備部品。それを用意することが出来ないんだ……日本国(われわれ)はもちろん、彼の国でさえもね」

 

 彼の国が米国を指しているのは明らか。実際、米国に深海棲艦を全て倒せる航空戦力が用意出来るのであれば、新自由連合盟約(ニユーコンパクト)なんて政治的策謀を巡らせてまで日本を中部太平洋に引っ張り出すことはなかっただろう。

 

「……ま、そういうことだ。第83高射隊(ウチ)も員数外の武器と米国(アメリカ)さんからの有償軍事援助でどうにか戦ってるというのが現実だ。こればかりはどうしょうがない」

 

 ひらひらと笑って見せる空佐。航空自衛隊に所属する彼にしてみれば、折角の空港施設が放置される虚しさはひとしおだろう。言葉を返せなくなった私に、司令は続ける。

 

「だからこそ、時間をかけてゆっくり足場を固める……まあ、間違ってはいない」

「ですが、三年も攻勢作戦を継続するなんて」

 

 それが難しいことは、新人だった私にも分かることだった。艦娘……特に幹部艦娘の不足は顕著なもの。二桁の艦娘を抱えていた私の配属先でさえ、幹部の階級章を頂く艦娘は私を含めて僅かに五人。艦娘の運用方法はもちろん、艦娘の何が強みなのかも分からず、とにかく勝っているからという理由だけで日本は戦線を拡大していたのだ。

 

「まあ私は十分に実現可能な案だとは思いますが。ところで三尉、知っているか?」

 

 私からタブレットを受け取った空佐は、意地悪げな笑みを浮かべる。

 

「この分遣隊司令殿はこの戦争に勝ちがないだなんて言うんだ」

 

 こんな上官に率いられる君らも大変だな、そう笑う空佐に私は生返事しか出来ない。

 どうも調子が追いつかない私に、司令はともかくだ、と咳払い。

 

「加賀の言った『飛び石作戦』は米国の圧倒的な物量があったからこそ成功した。今の人類にそのような余裕はない……だからこそ、時間をかけて太平洋の島を一個ずつ取り返していくしかないんだよ。厳しい戦いになるだろうが、やるしかない」

 

 教え子に諭すような調子で説明していく司令。まるで作戦が実施されることは決まったかのような言い草に、私は首を傾げるしかない。

 

「ということは、司令は勝てないとお考えの作戦を実施するおつもりなんですか?」

「なんだい。私が自衛隊の作戦構想に口が挟めるほど偉いとでも思ってたのかい?」

「あ、いえ……そんなことは」

 

 流石に見抜かれていることだろう。否定しきれない私に、一等海佐も所詮は兵卒と似たようなものなのだよと彼は笑い、だけれどねと続ける。

 

「私にも月並みな願いがあるんだ。大切な家族、みんなの平和さ」

 

 これだけは譲れない。そう言った彼の眼は、あの絵に描いた餅に過ぎない水上機動団構想を受け入れた全ての理由を物語っていた。あの人は、奥さんに、娘さん……そう言った一番近くに置くべき家族のことを、家族の平和を守ろうとした。

 

 それこそが、彼にとっての最優先だったのだ。

 

 


 

 

「水上機動団構想……太平洋奪還の青写真を見たのは久しぶりだったよ」

 

 国防空軍――ミクロネシアの戦いを経て、航空自衛隊から名を変えた組織――の入間基地公開イベントは、いよいよ本番を迎えようとしている。絶好の航空ショー日和となった入間の空を、真っ白な雲を描きながら三角形を組み合わせたような灰色の機体が飛び去っていく。それはステルス性能に特化した戦闘爆撃機の姿。

 

「お。みたまえ、ライトニングⅡだ。やはりカッコいいな」

「……」

 

 私が喉で留めている言葉を知って知らず、空将となった小沢司令は空を指差す。

 

「太平洋を3年で奪還か……なぜ3年に拘るんだ?」

 

 その言葉に私は驚かされる。私が艦娘母艦を使って太平洋の奪還を考えていることは海軍の人間なら誰でも知っているが、具体的な作戦計画までは一部の知り合いにしか話していない。それこそ3年なんて期限にまで触れたのは本当に一握りの人にだけ。

 まさか、赤城さんが――――? その疑いを私は咄嗟に打ち消す。いくら赤城さんであっても、いや、赤城さんであるからこそ。そのような不義理を働くはずはない。

 

「断片的な情報を組み合わせれば、君が水上機動団構想を蘇らせたのは分かるよ」

 

 まして、当時構想に関わっていた者なら尚更な。空将は笑う。

 

「艦娘の輸送手段を輸送機から艦娘母艦に変えても、拠点が丸ごと移動できる分だけ作戦の遂行自体は早くなる……それでおおよそ3年だろうとあたりをつけたわけだ」

 

 それでも、それを予測できるだけの情報が揃ったことは問題だろう。空将は艦娘母艦を潰しに来ているのである。彼がそれを知るということは、反艦娘母艦派にその情報が共有されているということであった。

 

「……どこで、その話を?」

「君は派閥をまとめ切れていないからな。情報の漏洩には気をつけた方がいいぞ」

「お言葉ですが空将、私は派閥なんて――――」

「知っているかね?」

 

 私の言葉を遮って、小沢空将は言葉を紡ぐ。

 

「あの子……ああ、つまり私の娘だがね。アレは高校一年生なんだよ。つまり、丁度キミの子と同い年ということになる」

「……ええ。存じております」

 

 一体なんの話だろう。てっきり派閥の話をされるものと思っていたのだが。

 いや、これは昔話なのだ。私は空将の子供を知っている。あの日、空将は『パパ友』と言った。気が早いと笑った司令も、彼の言わんとすることは分かっていたはず。

 

「それでどうだ。娘さんは元気かい? そっちも同じく高一になった筈だけれども」

「ええ、元気です」

 

 それはよかったと彼は笑う。それでも、彼の眼は笑っていない。

 

「アレは……私の娘はね、訓練学校に入りたいと言ったんだよ」

「え?」

 

 思わず聞き返す。話がまた飛んだからではない。彼の言う訓練学校は艦娘養成のための機関。キミだって、訓練学校が中卒者でも受け入れていることは知っているだろう? 空将はそんなことを言いながら歩き続ける。その視線は、艤装装着体験ブースで楽しげに艤装を動かす空将の娘へと注がれていた。 

 

「もちろん止めた。止めたからこそ、彼女はあそこでああして楽しげに艤装装着体験に興じることが出来る。もっとも、私が娘を止められたのは養育費(おかね)があったからだがね」

 

 訓練学校に入れば衣食住と教育、給料まで支払われる。経済的な事情で訓練学校に志願する人間は少なくないと聞く。空将は、訓練学校によい感情は抱いていないらしい。

 それは親の立場からしてみれば当然だ。高校生という世の大半の子供がモラトリアムを享受している筈の時期に、戦争の訓練に明け暮れるというのだから。

 

「しかし残念ながら、それがこの国の現状だ。食うにも欠く人々を給料で釣ってでも兵員を確保しなければならない。経済的徴兵というヤツだな」

 

 人材不足は、この組織がもう何十年も直面し続けてきた課題である。公務員であるから給与の引き上げには限界があるし、少ない給料では戦場に立ちたいと考える人間は少ない。命の危険と俸給。その歪な天秤が釣り合うのは経済的弱者となってしまう。

 

「残酷な話だよ。我が国ではもう、中学卒業程度ではロクな職業にも就けない。この余裕のない社会で中卒艦娘の潰しが効くと思うか?」

 

 答えは否だろう。それが分かり切った答えと知って、空将は続ける。

 

「艤装整備や警備会社……十何年も勤め上げて経験を積めば、まだ働き口はあるかもしれない。しかし数年で止めたらどうだ? 確かに再生医療と霊力再生の二本柱は負傷兵の現場復帰率を飛躍的に向上させた。しかし、身体が使えても心が使い物にならなくなることはある。いかに軍でも、働けない艦娘までは守れない」

「なにが仰りたいんです?」

 

 空将の話は事実だ。しかしそれは単に社会の現状を述べているに過ぎない。

 

「これを渡しておこうと思ってな」

 

 そう言って手渡されるのは、数枚のコピー用紙。軍で使われる再生紙とは違うソレは、空将が独自に作成した資料であることを窺わせる。

 

「『小型艇(かんむす)母艦と我が国の人的資源推移について』……閣下()結局、この話ですか」

「艦娘母艦を批判するなら、人命軽視の路線(アプローチ)から攻めるのが妥当だからな」

 

 妥当、という言葉が妙に引っかかるが、ともかく読み進める。資料は一般に公開されている資料から、艦娘の担い手が減少しているという事実を紡ぎ出し、最後に独自研究として艦娘母艦運用時の艦娘の消耗について纏めていた。

 

「もっとも、キミも似たようなことはもう調べているんだろうがね」

 

 彼の言葉はその通り。前半の数字に関しては私が萩風に纏めさせたものと殆ど同じ内容であるし、後半の艦娘母艦による人的資源の消耗についても既に議論はされている。

 だからこそ、資料の数字がおかしいことも少し見れば分かるものだ。

 

「お言葉ですが空将閣下、この研究は些か悲観的な数字ではないでしょうか」

「そうかな?」

「この研究では損耗の計算に艦娘戦力の集中投入による低減が考慮されていませんね。ランチェスター二次法則でも明らかな通り、戦力を集中すればその分損害は減ります」

 

 銃や飛行機といった飛び道具が発達した現代において、兵力の集中はそれだけ味方の損害を少なくする。国防軍はその担当海域の広さからやむを得ず戦力を分散させる分遣隊体制で同盟諸国を守っているが、最善策が大規模戦力による敵の各個撃破であることに変わりはない。艦娘母艦なら戦力の集中が可能なはずだ。

 

「少し落ち着きたまえ。私はこれから艦娘母艦を潰すんだぞ。なんで艦娘母艦に有利な計算式を持ってこなきゃいけないんだね?」

 

 そんなことをいう小沢空将。萩風に下がるように言っておいて良かった。彼女を外させたのは別の理由だが、この発言を聞いただけで大噴火を起こすに違いない。

 彼の発言は、要するに艦娘母艦による恩恵は都合が悪いから考慮しないということである。過去のデータから信憑性のある数字を導き出したようにみえても、地上基地と艦娘母艦では戦いの次元が変わる。単純に古い資料を引用するだけでは意味がないのだ。

 

「閣下、これは流石に……」

「山下君」

 

 苦言を呈そうとした私の台詞を遮って、空将はにっこりと柔和な――いや、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。それはまるでネタばらしをする子供のよう。

 

「数字は嘘をつかんよ。だがね、数字を作る人間は平気で嘘をつく」

「……では閣下は、敢えて艦娘母艦に不利な研究結果を作っていると?」

「より正確に言えば、実績と常識の範疇で数字の辻褄合わせを行っている」

 

 だから改ざんには当たらないとでも言うつもりだろうか。

 何故そんなことをと問いたくなる。小沢空将は、艦娘母艦の必要性を切実に感じている一人であるはず。それなのに、どうしてこんなことをするのか。私に見据えられた空将はくるりと背を向けるとまた歩き出す。

 

「ままならんものだよ、派閥というものは。キミもそう思うだろう?」

 

 それは問いかけであると同時に()()でもあった。空将は自らの意思ではなく、他人に強要されて艦娘母艦潰しに関わっていると言っているに等しい。

 

「……まあ、八割方そうだろうとは思っていましたが」

「なんだ。残り二割は私が本気で潰しにきたと思っていたのかい?」

「思ってません。空将閣下なら……いえ、ミクロネシアの戦いを経験した者なら皆、艦娘母艦を不必要とは考えない筈です」

 

 先ほど萩風が龍驤さんに言った通り、艦娘母艦の存在意義は味方泊地の救援任務にある。

 

 まだ国防海軍が海上自衛隊と名乗っていた頃。日米同盟の大転換と新自由連合盟約(ニユーコンパクト)の成立によって編成されたばかりの哨戒艦隊はパラオ・ミクロネシア・マーシャルの三国へと派遣されることになった。

 それがミクロネシアの戦い――――――ミクロネシア戦役の始まり。

 

「長大な防衛線、点在する島々に設置された分遣隊。それが敵に各個撃破される要因となりました。戦力をやりとりできる媒体さえあれば、結果は変わった筈なんです」

 

 艦娘は決して万能兵器ではない。一人乗りの小型艇である艦娘はそもそも長時間の作戦行動が不可能で、友軍基地を長躯救援に向かうほどの能力は持ち合わせていない。

 だからこそ、艦娘を輸送する手段が必要だったのだ。

 

「そうだな。しかし戦力を運搬するだけなら、既存の哨戒護衛艦でも賄えるぞ?」

「哨戒護衛艦には十分な医療設備がありません」

「医療設備は受け入れ先の基地にあるじゃないか」

「基地の医療設備が無事とは限りません」

「最も堅牢に守られる医療設備が破壊されるなら、基地は既に陥落しているだろうな」

 

 なんでもない調子で私の主張を跳ね返す空将。やはりこのヒトは艦娘母艦に反対しているのではないだろうか。そんな思いがむくりと膨れ上がる。

 

「それでも、艦娘運用に制約のある哨戒護衛艦では救援の決定打にはなりません。戦力は逐次投入するのではなく、一斉に大規模に送り込むべきなんです。事実、ミクロネシアの戦いでは中途半端な増援は焼け石に水でした」

 

 だからこそ、友軍泊地から救援要請を受けて颯爽と飛び出せる戦力、その戦力を素早く運べる運搬手段が求められた。そんな私の主張に、空将は何でもない調子で言う。

 

「だから『艦娘母艦がいればミクロネシアは陥落しなかった』とでもいうつもりか?」

『――――ねぇ、加賀さん。あなたはまだ、ミクロネシアに居るのね』

 

 素直にそうだと認めてくれればいいのに。そう言わんばかりだった親友の表情が蘇った。

 

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