舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第71話 とわにねはんにいちのこえ

「いずれ限界が来ることは、みんな分かっている筈よ」

 

 だからこそ、戦争は早急に終わらせねばならない。そうでなければ――――その時、端末が振動する。呼び出してきた相手は、私の所属する基地の司令だった。

 

「……お疲れ様です。山下です」

『すまん。移動中だったか?』

 

 電話をしてくるなんて珍しい。休日出勤はお互い様として、要件は何だろうか。

 

「いえ。既に入間に到着し、午後からの一般向け公開の準備を……」

『それで、艤装はそっちにあるか?』

 

 その言葉に、無駄と分かっていても視線を端末にやってしまう。妙なことを聞くモノだ。空軍のしかも内陸部の基地に、海軍の装備品である艤装が置いてあるはずがない。

 ないと簡潔に答えた私に、端末の向こうの声は続ける。

 

『ならいい。状況を伝える。先程、銚子から第二波が出撃した』

「銚子から第二波が上がった……敵襲ですか」

 

 それだけ口にすれば萩風も気付くだろう。海軍は沿岸防衛のために各地に艦娘部隊の待機所を設けているが、それらの任務は沿岸に漂着するはぐれ深海棲艦を撃破することである。第一波が出撃すれば、基本的に増援の第二派が出撃することはない。

 

『既に横須賀は警戒レベルを引き上げた。鹿島臨海と大洗の分遣隊も動くそうだから、ウチも即応待機の第三小隊を出す。準待機の第四小隊もだ』

 

 その言葉に、脳内に関東の地図が描かれていく。関東から東に向けて突き出した銚子の町、その少し北にある鹿島臨海工業地域、その更に北にある大洗。それらが迎撃行動に出ているということは、敵は東北の方から南下してきたということだろうか?

 

「了解です。これから向かいますから、ひとまず隊の指揮は司令にお願いします」

『もうやってる。第三小隊は鹿島地域に空中展開(ヘリボーン)、第四小隊は霞ヶ浦に展開させる」

「霞ヶ浦にですか? しかしそれは……」

 

 霞ヶ浦は湖。つまり内陸部に艦娘を展開させるということ。

 それは即ち、敵の本土侵入を想定しているということに他ならない。もちろん、鹿島方面から東京へと侵入する深海棲艦の艦載機を待ち構えるなら悪い迎撃位置ではないし、それが私の基地の存在意義でもあった。

 

『なに、敵集団に空母級が確認されたための措置、いつもの予防だ。空軍も百里基地から支援戦闘(こうげき)機を上げている。すぐに収束するだろうというのが横須賀の見立てだ』

「となると警報は」

『……発令はない。国民の平穏を守るのも仕事のうちだ』

 

 当たり前だろうと言わんばかりの基地司令。またか。端末を握る手に力が入る。

 

「首都圏に航空攻撃が迫っているのでしょう? 警戒警報だけでも発令すべきかと」

『そうだな……貴官の仕事は()()()()()。進言は確かに受け取った』

 

 その言葉が全ての回答。私は現場指揮官として警報発令を進言。それを基地司令、ひいては上位司令部の横須賀が棄却。今回も警報は発令されることはない。

 慣れたくはないが、これが現実である。一体このような襲撃が何度あっただろう。海中を移動する深海棲艦の捕捉・撃破は至難の業。本来なら適度な島に哨戒拠点を設置できればいいのだが、本州の東側に島は存在しない。

 

「萩風、いくわよ」

「あ、はい……でもいいんですか。基地公開は?」

 

 基地公開は空軍の管轄だ。海軍が関わることではないし、そこら辺は龍驤さんが上手いことやってくれるだろう。そもそも私はまだここにいなくてもいい人間なのだ。そんな理由(いいわけ)を並べつつ、私は早足になりつつも、表向きは冷静を保って駐車場へと向かう。

 

「出して頂戴」

 

 駐車場をするりと抜けていく自動車。流石に守衛には状況が伝えられているのだろう。こちらを軍用車と知ってか緊張を隠すこともせずに出口へと誘導される。

 とはいえ、基地を出てしまえば平穏な空気が漂っている。公道を行き交う車はまさか首都圏が危険に晒されていることなど知らないのだろう。

 

「萩風、今月に入って警戒レベルの引き上げは何度目だったかしら」

「三回目ですね。空母種を含む襲撃は二度目になります」

 

 そのまま料金所を通過した車は、加速帯で一気に加速。萩風の運転に焦りが滲むのは当然だ、なにせ圏央道を走っても到着には一時間以上。超法規的措置(スピードいはん)でも四〇分。

 それまで持ちこたえるか、それとも初動部隊が無事に敵を倒して徒労に終わるか。

 

「警報ぐらい出したらいいんですよ。別に誰かが損する訳じゃないですし」

 

 萩風がそんなことを言う。彼女の言うことは正論だ。この国の平和は薄氷の上、本来なら警戒警報を発令するべき場所まで敵は迫ってきている。いかに警戒用のメガフロートや無人の哨戒護衛艦を配置しても、深海棲艦はヒトの営みに惹かれてやって来る。

 人口密集地帯である関東に敵が集まってくるのは避けようがないのだ。

 とはいえ、警報を出さないのは何も軍の面子や警報の混乱を避けたいだけではない。

 

「萩風、あなた狼少年って知ってる?」

「え……あれですよね。普段から『狼が来た!』って騒いで町の人達をからかってた少年が、本当に狼が来た時に誰にも信じて貰えなくなるっていう……」

 

 そこまで言った萩風は、私の言わんとすることを理解したらしい。

 

「え、まさか警報の()()()を避けるために警報を出さないんですか?」

「警戒情報は発信しているけれど。防衛線が突破されない限りは警報は鳴らないわ」

 

 それは別にこの国が深海棲艦を軽視しているという訳ではない。この国には昔から和平すら結んでいない仮想敵国が居て、そこから毎日のように爆撃機が飛んできたのである。実際に領空に侵入されたことは数えきれず、酷いときには領土の上空まで入られたこともある。それでも、この国に空襲警報が鳴ることはなかった。

 それがこの国。身近まで刃が迫っても、それが実際に皮膚を切り裂くまでは叫び声の一つもあげない。そうして平和を保ち続けた来たのがこの国だった。

 

「それってどうなんですかね……」

 

 そう言いながらも、それきり彼女が言葉を発することはない。幸いにも自動車道に渋滞の気配はなく、道行く自家用車もバスもトラックも何食わぬ顔で舗装を踏みつけ走っていく。そんな均衡が崩れたのは、視界の縁に小さな鳥の群れが現れた時だった。

 

「あれ? ……司令、いまの見ました?」

「ええ、見えたわ。空軍の戦闘機ね。無人兵装運搬機(ロイヤルウイング)もいるわね」

 

 二機編隊の戦闘機に追従する複数の無人機。どうやら私たちと同じ方角に向かっていくようである。入間に戦闘機部隊は配備されていない――仮に配備されていても基地公開の真っ最中に離陸させるのは難しいだろう――ので、入間の更に向こう、日本海側の空軍基地から飛んできたことになる。そこまで状況は切迫しているのか。

 私は何も言わない。それに合わせてくれているのか、萩風もなにも言わない。

 今私が感じているのは違和感ではなく焦燥感であろう。先程の通話で基地司令はさも百里の、太平洋側の空軍だけで対応出来るようなことを言っていた。

 それなのに日本海側の空軍が出張ってくるのだ。恐らく戦況は、相当に――――

 

「加賀さん、ハイウェイラジオつけますよ」

 

 萩風がそう言う。なるほど、ハイウェイラジオなら警報が発出されたときの即応性も高い。萩風はパネルを操作すると、渋滞がどうのこうのと伝える声が聞こえてきた。

 

「……」

 

 端末を見る。時刻は正午を少し過ぎたところ。本当なら今頃、龍驤さんに変わって艤装装着体験の担当をしていたのだろうか等とぼんやりと考える。

 その端末が光ったのは、その時だった。

 

「――――ッ! 警報ですか?」

 

 萩風の声が飛ぶ。その画面を見た私は、逆に安堵の息。端末に表示されたのは着信を示す画面。そこに並記される文字列はあの子の名前。

 

「私の娘よ」

「なんだ……いいですよ、出て下さい」

 

 びっくりさせないでくださいよ。と言外に言う萩風の声。

 私はそれを聞き流しながら通話ボタンを押して耳に手を当てる。

 戦争が途切れた事なんて一度もない。毎日のように爆撃機がやって来ても、深海棲艦の艦載機が何度防衛線を飛び越えたとしても、爆弾が落ちなければ平和は保たれる。

 ただ、それでも思うのだ。それはあの子が内地にいるからの話に過ぎないと。

 

『まあ、キミの考えは分かっているつもりだ』

 

 空将の言葉が蘇る。その言葉はそのままの意味なのだろう。彼の娘は訓練学校に行きたがっていたという。あの子も同じように、艦娘になりたがっている。あの子が訓練学校を志望しなかったのは、空将の言うとおり私があの子から選択肢を奪ったから。

 そして彼は私の考えに気付いて……いや、知っているのだろう。

 この戦争は一刻も早く終わらせなければいけない。このままではあの子が戦争に出てしまう。それは絶対に許されない。あの子が艦娘になってしまえば、この国が如何にギリギリの所で踏みとどまっているか知ることになるだろう。

 私はあの子を戦争に巻き込まないと誓ったのだ。そのためには、どうしても深海棲艦を全て排除しなければならない。そのためには、艦娘母艦はどうしても必要なのだ。

 

『あの子が艦娘になったら。ううん、あの子だけじゃない。これから艦娘を目指す全ての子供達が、艦娘母艦によって無意味な死地へと送られる』

『じゃあ加賀さんは、自分の命令であの子を殺すことが出来るのね?』

 

 あの夜、親友と決別した夜の声が蘇る。赤城さん、あなたは私に軍人(かんむす)を辞めろと言いましたよね。そうすればあの子も艦娘になるのを諦める、と。

 でも、それは大きな間違いだ。この国の平和は寸での所で保たれているだけ。今はまだその平和に私たちは責任を持てる。だけれど今後十年二十年、その先のあの子が生きていくずっと先まで、どうして私たちが平和を担保できるというのだろう。

 だから私が、ここで終わらせるしかない。あの子に平和を与える方法は、深海棲艦を世界から、最低限太平洋から消し去ることしかないのだから。

 もちろん、そんなことはあの子に悟られてはいけないこと。あの子が私をどう思っていようと、私は為すべき事を為すだけなのだから。

 邪念を振り払って、心を穏やかにする。子供は親の心情の機微に気付いてしまうという。心を落ち着けて、冷静に言葉を紡がなければいけない――――だと言うのに。

 

「どうしたの?」

『お母さんッ! あのねッ! あのねっ……!』

 

 端末の向こうから聞こえてくるその声は、あまりに取り乱していて。

 

「どうしたの。しっかりしなさい?」

『赤城さんがッ……!』

「赤城さんが? 萩風、次のインターで降りなさい」

 

 思わずそう指示してしまって、自分の言葉を意味を遅れて理解する。自動車道を降りろと指示したのか。私は一刻も早く基地に向かわねばならない立場だというのに。

 それでも時間と、あの子は待ってくれない。

 

『赤城さんがッ、赤城さんがねっ……』

 

 なぜあの子が赤城さんと行動を共にしているのか、そもそも二人は何処に居るのか。疑問は尽きない。だけれど、今はなによりあの子を落ち着けるのが先だった。

 

「いいから落ち着きなさい。深呼吸するのよ」

 

 吸って吐いてと語りかければ、電話向こうの息切れするような声が引き潮のようにトーンダウンしていく。徐々にすすり泣くような息づかいが洗い出されていく。声だけで落ち着かせることが出来るだろうか。聴覚が人間の五感に占める割合は少ない。視覚で触覚で、早くあの子を安心させなければという焦燥感だけが積もっていく。

 

「それで、赤城さんがどうしたの?」

 

 落ち着いた? なんて気の利いた言葉をかける余裕はない。一体どういう状況にあるのかが全く読めない。私を焦らせるのはあの子が赤城さんと一緒にいるという事実。

 一体何処で、何が起きているというのか。

 

『赤城さんが、倒れちゃったの』

「そう……救急車はもう呼んだ?」

 

 言葉を途切れさせるな、理性だけは保ちつつ、私はゆっくりと次の言葉を探す。取り乱した電話口から何か事件が起こっていることは分かっていた。今一番に心をかき乱されているのは間違いなく知り合いが倒れる様を目の前で見てしまった彼女自身だ。だからこそ、こちらは冷静を保たなければいけない。

 

『それは大丈夫。ここが病院だから……でも、わたしどうしたらいいか分かんなくて』

 

 その言葉に、というより彼女の冷静さに安堵する。ということは、今は事が一段落したということ。119番通報より先に私に電話をするとは思っていなかったが、常に最悪を想定するのが軍人の性である。

 それでも、病院に運ばれて安堵できるのは軍人くらいなものだろう。病院は言うまでもなく命を落とす危険のある人間が運ばれる場所。病院と聞いて軍人が安堵するのは単に救えた命が失われる可能性がなくなったが故であり、人間死ぬときは死ぬのである。

 

「そこに居なさい。すぐに行くからね。お医者さんのいうことをよく聞くのよ」

 

 それだけ言って通話を切る。本当なら何かもう二、三言か声をかければ良かったのかも知れないが、それ以上に私の不安が彼女に伝染することが怖かった。赤城さんは既に病院に運ばれたという。それなら、今の私に出来ることはないのだから。

 

「萩風、次のインターはどこ?」

「……()()、お言葉ですが」

 

 遮るようにラジオが妙なチャイムを鳴らしたのは、萩風が横目で私を見やりながらそう口を開こうとしたときだった。

 

『走行中の皆様にお知らせします。こちらは、日本国国防空軍中部航空方面隊です』

 

 その言葉に冷や汗が走る。ハイウェイラジオに空軍、しかも方面隊が直接割り込んでくるなんてあり得ない話だ。思わずラジオを凝視した私に、その声は淡々と続ける。

 

『ただいま。関東地方は深海棲艦による大規模な航空攻撃を受けつつあります。現在中部航空隊は対処行動を行っております……』

 

 警戒を喚起する呼びかけなのは分かる。しかし何故空軍がこんなことをいうのだろう? 深海棲艦の危険性を呼びかけるなら、全国瞬時警報システム(J-ALERT)があるではないか。

 

「司令……司令(あなた)は、使命を果たされるべきなのではないのですか?」

 

 萩風の声が私に突き刺さる。しかしこの状況で、不安の淵に怯えて居るであろうあの子を放置しろというのだろうか。私があの子に掛ける思いを知っているはずなのに。

 

「まだ、招集が掛かったわけじゃないわ」

 

 何のためにシフトが存在すると思っている。軍人を確実に機能させるために存在するのではないのか。ここで私が休むことは権利として認められている。本来、私は非番の筈だ。先程の電話だって別に正式な招集が掛かったわけではなく、基地司令の個人的な電話だと解釈することだって出来る。もちろん、それは正しい判断ではないだろう。

 そんな私の迷いに拍車をかけるかのように、携帯が震える。はっと目を落とした端末に踊るのは、紛うこと無き全国瞬時警報システム(J-ALERT)、大規模航空攻撃情報の文字。

 私は軍人。軍人というのは、国家の危機に立ち向かわねばならない。それが職責(しごと)だ。

 

「警報が発令されました。司令は、使命を果たしてください」

「……えぇ、分かってる。分かってるわ」

 

 遠巻きに、警報が聞こえる。お腹の底に響くサイレン。それは高速道路を囲う防音壁の隙間から覗く青空に、どこまでも広がっていく。

 緑色の看板が、出口が間近に迫ったことを伝える。萩風はハンドルを動かさない。

 

「降りませんよ。このまま、基地に急行します」

「ええ……そうして頂戴」

 

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