舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

73 / 129
第73話 めいせんまとうむめいのひ

 

「ううん。私は言いすぎたわ、あなたを追い詰めるようなことを言ってしまった」

 

 それなのに私の立場に立ってくれる赤城さんは、本当に立派な人だと思う。私はただ赤城さんに許されたいだけだというのに、彼女はそれを良しとしてくれる。

 

「実はね、加賀さんにああ言ってもらえて、私少し嬉しかったの」

「え……?」

「ほら、私がミクロネシアを見捨てたって、そう言ったじゃない。小を捨てて大を守る。それを是としたって。そう言われてね、少し嬉しかったの」

「……何故ですか?」

 

 妙なことを赤城さんが言う。私の心ない言葉が、どうして嬉しいというのか。

 

「ほら、あなたは言ったわよね。自分はミクロネシアを見捨てはしないって」

「え、えぇ……でも」

『私だって。好きで捨てた訳じゃないんですよ?』

 

 あの時、赤城さんはそう言っていた筈だ。それはつまり、好きでやった訳ではない、本意で見捨てたわけではないということではないのだろうか。困惑する私に、赤城さんはゆっくりと続ける。一言一句、まるで私が聞き違えないように。

 

「あの時ね、加賀さんが昔のままで良かったって、そう思ったの。あなたはミクロネシアを最後まで見捨てなかった。最後まで8護群を助けようとしたでしょ?」

 

 正直ね、不安だったの。あなたがどこまで本気なのか。赤城さんはそう言う。

 

「艦娘母艦自体は必要。それは私も、片桐先輩だって分かっていることよ。でもね、私は艦娘母艦を推進する造船部や、艦娘派の多くが艦娘の(こと)を考えているとは思えない」

「……」

 

 それは恐らく、事実だろう。大切なのは艦娘が勝利することであって、艦娘自体に興味が寄せられていないのは事実だ。幼年学校や訓練学校、そう言った育成機関に身を寄せる人々のことまでは考えていない。ただ艦娘が勝つことを求めるのが艦娘派だ。

 

「でも、加賀さんはそうじゃなかった。加賀さんは戦争を終わらせることをちゃんと考えているのね。だから私は、嬉しかったのよ。加賀さんが変わってなくて」

 

 それは……私が自分を見失っていないという話なのだろうか。私はずっと戦争を終わらせることだけを考えてきた。それが赤城さんには通じていなかったのだろうか。

 

『我々はキミの意思を図り損ねている』

 

 そうだ、小沢空将もそう言っていたではないか。

 

「いえ、変わってしまいましたよ」

 

 そう、3年はやはり長かった。一昔前なら、私と赤城さんの間にこんな空気が流れることはなかったはずだ。お互いに何を考えているか探ったり、本音を建前で隠したりするなんてことはなかった。原因を私はずっと考えていた。私たちが佐官に昇進してしまったから? 艦娘派と中立派で派閥が分かれてしまったからだろうか?

 いや、どちらも違う。違ったのだ。

 

「私はきっと、偉くなりすぎたんです」

「……」

 

 赤城さんは何も言わない。何も言わないことが、揺るぎない答え。

 「ミクロネシアの英雄」という言葉は、所詮は敗北を続ける政府が戦死者たちに送った言葉だと思っていた。だけれどそれはいつしか、あの圧倒的な物量差に押しつぶされた戦線から帰ってきた敗北者たちを称えることばに変わっていた。

 萩風は小沢空将を「偽の英雄」だというが、そんなことを言えば私だって上官や先輩たちを見捨てて逃げ帰った「偽物(えいゆう)」だ。

 

「でも。あなたには偉くなる理由があった。そうでしょう、加賀さん?」

「ええ、その通りです。私は平和を掴み取らなくちゃいけなかった。その過程であなたとぶつかることになることだって、分かっていたのに」

 

 勝ちはない。そんなことを言った上官の言葉は、今のところずっと証明され続けている。人類は負けてはいないが勝ってはいない。二十年もの間続いても未だに出口の見えない戦争は、今ではすっかり経済の、日常の中に取り込まれてしまった。

『あの子は艦娘に憧れるわよ』

 そうだ。だからこそ私はこの戦争を終わらせないといけない。

 

「私はもう『どんな犠牲を払ってでも』という言葉を使わないといけない立場です」

 

 私は護衛隊の司令だ。部下を抱え、部下を守り、部下に死ねと命じる。

 

「それでも、加賀さんは諦めないのでしょう?」

 

『なら、私は止めるしかないわね』

 赤城さん、矛盾していますよ。あの夜あなたは何としてでも止めると、そう言ったではありませんか。あなたが私を止めるのは、諦めないと言った私が犠牲を厭わない姿勢を見せたからではないのですか。その問いは言葉になってくれない。

 

「状況が変わったんですよ。加賀さんが犠牲を最小限にしてくれるのなら、加賀さんを止める理由はありません。私は、小を捨てて大を守りますから」

「なんで、そんなことを言うんですか?」

「状況が変わったのよ。この前の空襲は、あなたも知っているでしょう?」

 

 もちろん、今それで国防軍は上へ下への大騒ぎだ。いまこうして入院している赤城さんですら、それは十分肌で感じていることだろう。

 

「私たちの無人艦構想は、あくまで本土の安全が絶対である時に成立する。一億人の安全が確保されているからこそ、艦娘一人の命を大切に出来るの」

 

 でも、それは脆くも崩れ去ってしまったの。赤城さんはそう自嘲気味に笑う。

 

「それはつまり……国民という大を守るために、艦娘という小を捨てる」

 

 そういうことですか。私の答えが明らかな問いは、二人の間に消えていく。

 それなのに、赤城さんはにっこりと笑った。

 

「何言ってるのよ。だからこそ、私は加賀さんに任せるのよ」

 

 だって、加賀さんは艦娘を見捨てないでしょう? 赤城さんはそんなことを言う。

 

「加賀さんのいう太平洋奪還構想は確かに大きな賭よ。失敗すれば艦娘を大勢喪うことになる。でも、あなたは見捨てないと言ったわ。だから託せるの」

「なんですかそれ、矛盾してますよ」

 

 それでも、赤城さんの中では矛盾などしてはいないのだろう。赤城さんは国を守ることが理想だと言っていた。それはつまり、一億の国民を守ると言うこと。一億の国民を守るためなら、たかだが数万の艦娘が死ぬのは問題ではないのだ。

 

「でも、無理ですよ。私はたかだか3等海佐ですよ。権限も何もかも限られています」

「大丈夫よ。あなたには艦娘派があるじゃない」

 

 赤城さん、あなたもそんなことを言うんですか。私が艦娘派をまとめ切れていないのは、艦娘母艦に関するあれこれで知っている筈。それでも彼女は大丈夫よと続ける。

 

「艦娘母艦を作ることに、本心から反対するヒトは誰もいないわ。あなたの意見に賛成してくれるヒトも……でも、あなたの足の速さについて来られないヒトが沢山居るの」

「それは……」

 

 まさにそれは艦娘派の話だ。艦娘派に芯となるべき方針というものは存在しない。

 だからこそ萩風のように私に従ってくれる者もいるが、大半とは意見の調節も曖昧なまま話だけが進んでいく。造船部は呉へ移転したことを理由に会合の中止を申し出たが、あれは向こうとの詳細設計に関する話し合いが難航していることに他ならない。

 

「派閥にも色々あるわ。私や片桐先輩みたいにコミュニケーションを徹底的にとって繋がる派閥もあれば、仕事の受注や所属部隊といった連帯感から生まれる派閥もある……中立派や艦隊派がそうね。でも、強力なカリスマで皆を率いることだってあるはずよ」

「私には、そんなカリスマはありませんよ」

 

 それは英雄の虚名がもたらしたもの。それを一番知っている赤城さんは、首を振る。

 

「技官系のエリートが集まる造船部が()()()3等海佐を協力相手に選ぶと思う? 艦隊派が横須賀総監を、中立派が航空総隊の司令官を担ぎ出してまで艦娘母艦の阻止に動くと思う? PHIだけじゃなく、神崎グループまで動いてるかもしれないのよ?」

 

 あなたはもう、それだけの力を持ってるの。そんなことを言う赤城さんの眼は本気だった。確かに、太平洋を奪還するだなんてスケールの大きなことを言ったのは私だ。

 だけれどそれは、本当に小さな、あの子の平和を叶えるためだというのに。

 

「よく聞きなさい。小さな目標(へいわ)なんて掲げちゃダメ。政権公約(マニフェスト)はでっかく甘美なのを選びなさい。それが派閥の秘訣(タネ)よ」

「なんでそんなことを言うんですか。赤城さんは、私になにをさせたいんです?」

 

 こんな風に私を焚き付けるようなことを言って、私に派閥を……艦娘母艦を作らせようとして。これまでの彼女と真逆の動きに、私は困惑するしかない。

 そして彼女は、赤城さんはにっこりと笑いかける。

 

「だってもう、私とあなたは同じ(みち)を歩けないから」

 

 その笑みがあまりに影を孕んでいるので、私はある可能性に辿り着く。

 

「……赤城さん、もしかして。あなたが倒れたのは」

「倒れた? あぁ……あれはただの貧血よ」

 

 その言葉が本当でないことは私でも分かる。ただの貧血で検査入院するはずなどないし、そもそもこの入院が単なる検査のためとは思えない。

 

「でも、私がどうなったとしても。あなたは戦いをやめないでしょう?」

「……当たり前です。私は、戦争を終わらせるんですから」

 

 その言葉に、目を細める赤城さん。赤城さんが何を言いたいのか、赤城さんが今、どういう状況になっているのか。私には正直分からない。ただ、赤城さんの身体に変調があったとしても、いや。そうだとすれば尚更に私は止まるわけにはいかない。

 

「戦争を終わらせるんです。あの子が艦娘に、戦争に行かずに済むように」

 

 それは、私が絶対に為すべき事なのだ。あの子を戦争の世界に征かせてはならない。

 その事は、私があの子を託されたときから決まっている確定事項。

 

『私にも月並みな願いがあるんだ。大切な娘……いや娘達、みんなの平和さ』

 

 それが、あの人が私にあの子を託した、託された理由なのだと思う。そう信じて、私は今日まで平和を守ってきた。そしてこれからは、平和を掴みにいく。

 

「独りよがりかも知れません。それでも私は戦争を終わらせることが国益だって言いますよ。だってそれが、赤城さんのいう大きな目標なんでしょう?」

 

 だから、私はせめて笑って見せる。赤城さんの言うとおり、私たちは路を違えてしまったのだろう。もうあの頃には、机で教科書を、食卓で料理を、戦場(いくさば)においては艤装(くつわ)を並べたあの頃は、どうしたって帰ってこない。

 

「加賀さんは本当に、強いわね」

 

 赤城さんがそんなことを言う。ねえ加賀さん、と。漏らすように言った。

 

「あなたの一番大切なモノ、必ず守ってあげてね」

「……あたりまえのこと、言わないで下さい」

 

 

 

 




 

 

 ぽつぽつと、雨がガラスを叩く。

 思い出したように時折動くワイパーが水滴を弾き飛ばして、前方の視界を確保する。

 それでもこの国に垂れ込めた重苦しい空気が消えることはない。

 

「まったく、なんでこの私が貴官(あなた)と一緒に仕事をして、それどろか車に乗せられないといけないんだか。管理職は残業代出ないのよねぇー」

「なんてことを仰るんですか! 司令は立派なお方です!」

「萩風、少し落ち着きなさい」

 

 私が肩を叩いて宥めると、ですがと返す萩風。そんな萩風を面倒臭そうに眺めながら、あのねぇ萩風と片桐2佐は口を開く。

 

「今の司令はこの私なの。〈加賀〉と〈萩風〉は臨時編成9001護衛隊所属。そして司令はこの私、片桐2佐。第一、なんでこんなところまで付いてきたのよ」

 

 狭いったらありゃしない。その言葉は実際その通り。片桐2佐に萩風に私、後部座席に三人も座るとどうしても手狭になるというもの。真ん中に座った萩風が口を開く。

 

「そうです、いい加減にこんな所に連れ出した理由を答えて頂きましょう!」

 

 多分2佐は萩風(あなた)に言ったのよというのは、面倒になるので口を出さない方が良いのだろう。少なくとも、()()はこの奇妙な状況を生み出した犯人には違いないのだから。

 

「なに、そこら辺をぐるっとドライブするだけです」

「ドライブって……あのねぇ小河原1尉。私たちは議員会館に残った国会議員たちを守るっていう超が付くほどの重要任務についてるのよ? 非番はしっかり休みたいの」

 

 片桐2佐が苛立ちを隠さない調子で言う。警戒任務のシフト明け、待ち構えていたように現れたのがこの小河原と名乗る1等空尉であった。所属は94航空団。そういえば、あの艦娘母艦の会議に乱入した行動部隊(てつぽうだま)も同じ所属と名前を名乗っていたか。

 ともかく、そんな彼女は後部座席の苛立ちを気にせずに飄々と話し続ける。

 

「日本は自動車大国でありますが、やはりパワーにスピードとなるとPHIがダントツ。実はこの車、先月納車したばかりでしてね? 旦那の猛反対を押し切って買ったわけですから、やっぱり自慢したいじゃないですか」

「……なに? 親愛なる小沢空将は部下に新車(おもちや)を披露させたかったってこと?」

「2佐殿は冗談も通じないんですか? まあ披露したかったのは事実ですけど」

 

 彼女の目的は一体何なのだろう。私は黙って流れを眺める。片桐2佐はため息。

 

「……まあいいわ。茶番は終わりよ。わざわざ小沢空将の名前を出してまで車に連れ出したからには、なにか話があるのは分かってるわよ。車なら盗聴の心配も少ない」

「理解が早くて結構。では、簡潔に申し上げます」

 

 要するに彼女は聞かれると不味い話をこれからするということ。居住まいを正した片桐2佐に、小河原1尉はさらりと告げる。

 

「今回の襲撃……つまりこれから敵が繰り出すであろう航空攻撃が、議員会館をはじめとする千代田区一帯を襲撃することは()()()()()()

「つまり、空軍は敵の狙いが分かっている訳ね」

 

 そうですと頷く小河原1尉。

「まずは単純な事実からお話しましょう。我が空軍の機体損傷が北マリアナやインドネシアと比べ、本土の方が軽微であることはご存じですか?」

 

 その質問は誰に向けられたものだろう。彼女はそのまま言葉を続ける。

 

「まあ本土の空を我々が知り尽くしているやレーダー網の配備が濃密であることも背景にはあるのでしょうが、それで戦果の説明はついても損害の説明はつかないんですよ」

「まあ、確かにそうね。大戦果は敵を的確な位置で叩けばいいけれど、損害を減らすには奇襲攻撃を仕掛けるか対空砲火を分散させるしかない」

 

 それはその通り、突入タイミングのミスや待ち伏せにあうことで損害が大きくなることはあっても、対空砲火を受ければ機体が損傷しないなんてことは滅多にない。無人の艦載機(ドローン)と比較してどうしても大型になってしまう有人機では尚更だろう。

 

「深海棲艦は下等生物という訳ではありませんからね。陣形は効率化されているのを感じますし、対空砲火もなかなか濃密です」

 

 もちろん艦載機(ドローン)を操るお二人は肌で理解されていると思いますが。そう言いながら小河原1尉はハンドルを回し、車は広々と転回する。彼女は何を伝えようとしているのだろうか? 片桐2佐に目を走らせると、彼女は何も言わずに外の景色を観ていた。

 

「実は、ちょっとしたカラクリがございましてね。今回敵が狙っているのは、ほぼ間違いなくその施設なのです」

 

 どうやら、それが東京の中枢が狙われない理由らしい。敵の戦略は斬首作戦ではなかったのか。黙って待つ私たちに、小河原1尉は次の言葉を放つ。

 

「入間ですよ。ヤツらの狙いは、入間空軍基地です」

「……となると、敵の目標は中部航空方面隊司令部ですか?」

 

 萩風が分かったと言わんばかりに声をあげる。関東から近畿地方までを守護する中部航空方面隊は、紛れもない日本防衛の中枢。斬首作戦の対象になるのは納得だ。

 

「いえ、違います。入間国防病院です」

「え……?」

 

 なぜ病院を狙うのだろう。入間国防病院は空軍の管轄する病院。入間空軍基地に併設され、航空搬送されてくる負傷兵の受け入れだけでなく地域むけの総合病院としても機能している。確かに攻撃を受ければ国防軍の救急体制や周辺地域の医療サービスに打撃を与えることは可能だろうが、それが官庁街を爆撃することに勝るとは思えない。

 

「入間には『防空網』があるんですよ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。