舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

76 / 129
第76話 えんぎかつぎといけいのち

 雨が、しとしとと降り始めていた。テレビは各地が続々と梅雨入りし始めたことを報じ、ワイドショーは飽きもせず休会が続く国会に関するニュースを流し続ける。

 パソコン画面に映った男性が残念そうな顔をしたのは、そんな日のことだった。

 

『こちらでも再検討してみたのですが、やはり中継機での増幅は必要です。加えて複数機の操作をスイッチングする訳ですから、これ以上タイムラグを減らすことは……』

 

 再検討というあたり、向こうでも何度も考えられているのだろう。龍驤さんに頼んでつないで貰ったPHIの技術者、秋葉さんは画面の向こうですみませんと頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません。あとは運用でカバーしますので」

 

 そうして画面から彼は消える。それに合わせてマグカップを差し出したのは萩風だ。

 

「どうでしたか?」

「タイムラグの削減は難しいそうよ」

 

 となると執りうる手段は統制雷撃や絨毯爆撃……目標座標を予めセットした攻撃になる。空襲騒ぎを起こした敵の群体は並大抵の強さではないのだから、そんな単純な攻撃ではたちまち対空砲火や迎撃機によって撃ち落とされてしまうことだろう。

 

「物量に勝る深海棲艦に勝つ方法は一つ。群体をまとめる旗艦(あたま)を落とす」

「斬首作戦ですね」

 

 頷く萩風。陸攻を精密操作が出来れば、旗艦だけを狙うことは不可能ではない。

 

「でも。それ自体は艦娘でも出来ること、なんですよね」

 

 萩風がそう言う。それは確かに事実だろう。強大な敵に各個撃破されることを避け、必要な箇所に艦娘戦力をぶつけることで敵を討ち払う 艦娘母艦の運用と同じことだ。

 

「こればかりは仕方ないわ。艦娘戦力は陸地の重要施設の守備に回されているもの」

 

 今の政府の作戦が間違っているとは思わない。日本ほど狭い国であれば重要施設は隣り合っているものであるし、分散配置となっていても隣の部隊が応援に駆けつけることは可能だろう。それでも「こんな時に艦娘母艦があれば」と思ってしまうのは、やはり私がミクロネシアの戦いに囚われている証拠なのだろうか。

 

「ただいま。戻ったわよ」

 

 そんな時、片桐2佐が詰め所に戻ってくる。雨で濡れた外套をハンガーにかけると、仮置きのデスクに座って付箋紙を取る。あんまりにも無言で書き込み始めるので、私は彼女の渉外が失敗に終わったことを悟った。私が珈琲を啜ると、2佐の視線が飛ぶ。

 

「……なんで何も聞かないのよ」

「2佐がなにも言われませんでしたので」

 

 上官は部下に全て話すことはまずあり得ない。必要な伝達事項は向こうから伝えてくるだろうから別に問題はないだろう。案の定、彼女は口を開いた。

 

「散々だったわ……航空艦隊は警戒任務中なので動かせないの一点張り、念のため船越まで足を伸ばしてみたけれど、護衛艦隊は動く気配ゼロ」

 

 早期解決望んでないのかしら。そんなことを片桐2佐はいう。確かに、市民生活は完全に元通りとなったこともあり早期解決を求める世論は極めて低調。国会はこのまま閉会として、次の臨時国会に議題をスライドさせようという動きすらあると聞く。

 そして肝心の国防軍はというと、今の持ち場を守るようにと厳命が下っていた。

 

「敵の規模がはっきりしていない以上、慎重になるのは仕方ないかと」

「こっちは航空艦隊の陸上攻撃機(ドローン)だけで敵を撃滅してやるって言ってるのに……やっぱり問題は作戦の不確実性なのかしらねぇ。陸攻操縦のタイムラグの件どうなった?」

 

 私が先ほどの話を伝えれば、片桐2佐は消沈。

 

「現場海域で操縦するなら簡単なんだろうけれどなぁ」

「それは危険ですよ。規模も群体の艦種構成も分かっていないんですから」

 

 そして、私たちに与えられた官庁街の防空という任務を考えるとこの場を空けることは許されない。大きな目標(このくにのへいわ)を掲げる以上、命令の枠から外れないことは絶対条件だ。

 そんな時、片桐2佐の携帯が音を鳴らす。彼女は何故驚いた様子で手に取る。

 

「ごめん、ちょっと電話してくる」

 

 そう言いながら出て行く2佐。またしても詰め所には私と萩風だけが残される。

 詰め所に備え付けられた装置が電子音を鳴らしたのは、その時だった。

 

「――――っ! 萩風ッ」

「はい!」

 

 萩風が通信端末に飛びつく。警報が鳴ったということは敵に何らかの動きがあったということ。端末を覗き込んだ萩風は振り返ると状況を告げる。

 

「関東全域の部隊に出動準備の命令。作戦任務は()()()群体の迎撃とのことです」

「はぐれ群体……? ということは、空襲騒ぎの群体ではないということ?」

「そういうことになりますね……あっ、新しい情報です。第一・第二航空艦隊が最有力群体に対して攻撃を仕掛ける模様、銚子の分遣隊にバックアップ命令が降りました」

 

 同じ作戦に従事する以上、味方の行動はある程度は共有される。それにしても……たかだか()()()群体二個航空艦隊が出撃することなんてあるだろうか。

 そういえば、先ほど片桐2佐は航空艦隊は警戒任務中だと言っていた。作戦中ならそう伝えるはずだし、極秘任務ならデータリンクに情報を送ることはないだろう。

 何かがおかしい。いや、初めからおかしくはあったのだ。空軍が動かないのは「防空網」という事情を抱えているからだが、ここまで海軍に動きがないのはおかしい。

 それがようやく動いた、つまりそれは何かが始まったという証拠だ。

 

「……萩風、艤装の準備をしなさい」

「既に準備は完了しておりますが」

「そうじゃないわ。艤装を持って、車を回してきなさい」

 

 その言葉に、萩風は私が何を言わんとしているか理解しただろう。了解と短く告げて萩風は武器系統の艤装を担ぐと詰め所を出て行く。入れ違いに片桐2佐が戻ってきた。

 

「2佐。作戦部隊に出動準備の命令が……」

 

 伝えようとした私の声は、最後まで紡がれることはない。なにせ2佐は茫然自失といった体で、そのまま机に座り込むと頭を抱えてしまったのだから。

 

「あの、片桐2佐?」

 

 一体何があったのか。私が困惑していると、彼女はゆっくりと言葉を(こぼ)した。

 

「〈赤城(ミコト)〉が、出撃したそうよ」

「え……?」

「私の作戦、統合幕僚監部にも提出してたんだけれど、それを流用されたみたい」

 

 まあそれ自体はいいんだけれどさ。そんなことを言われても理解が追いつかない。

 流用された? 掛け合って却下された作戦を流用して、なぜ採用されるというのか。

 

「待って下さい。それ以前の問題として赤城さんは霊力を使いすぎで病院に……」

「知らないわよ。ただ、事の大きさを聞く限りあの子の独断じゃないわね」

 

 さっきの電話、新田さんからのものだったのよ。そう説明する片桐2佐。新田さんというのは新田ミコト(あかぎさん)の父親、つまり新田の本家からの連絡だったということか。

 

「なんか引っかかってはいたのよ。どこも妙に非協力的だし、攻撃作戦を提唱している筈なのに消極的だとか言われるし……でも、これで私の作戦がどう消極的なのかハッキリしたわ――――ミコトは、最前線で陸攻の指揮を執るつもりよ」

「まさか……!」

 

 そのまさかなのだろう。実際、敵中に艦娘が飛び込み陸攻を指揮すれば問題はタイムラグの問題は解決する。しかし、相手は首都圏の防備を慌てさせるほどの強力な戦力なのだ。そんなのに単身で飛び込んで、無事で済む筈がない。

 気付いた時には身体が動いていた。艦載機の収められた矢筒を手に取り、航空系や武装系の艤装が収められた鞄を引っ掴む。どこへ行くつもり? と声が聞こえたが相手をしている場合ではない。私は詰め所を飛び出す。

 何が出来るかは分かっていない。それでも、何もしないよりはよほど良い。

 そんな私を引き留めたのは芯通った命令口調だった。

 

「待ちなさい、加賀」

「……何故止めるんですか、片桐2佐」

「簡単よ。私があなたの上官で、私はあなたの艤装を掌握していないといけないから」

 

 それが答えになっていないことを、向こうは当然理解していることだろう。

 

「私たちの任務は議員会館の直掩よ。戻りなさい、これは命令よ」

「承服しかねます」

 

 議論するだけ無駄である。私は2佐に背を向けて通信端末を手に取る。

 なんとかして赤城さんの向かった海域に向かわなくてはならない。時間を考えれば空路しか選択肢はない。近い飛行場となると調布か羽田。軍用機なら羽田しかない。

 そんな時、私の視界の端に飛び込んできたのは艦載機。思わず身を引けば、先ほどまで私が居た場所を突き飛ばすように超低空を駆け抜けていく。

 

「……よろしいのですか2佐、こんなことをして」

「非常事態だからね。最初から国交省の飛行許可は取り付けてるわよ?」

 

 そこには弓を構えた片桐2佐の姿。二の矢を構え、艦載機に霊力を流し込んでいる。

 

脱柵する(にげだす)なら止めないわ。でも装備品(ぎそう)は全部置いてきなさい。それは官品よ」

「そうはいきません。赤城さんを助けるためには、艤装(これ)が必要なんです」

 

 まさか、そんなことも分かっていない片桐2佐ではあるまい。

 

「萩風? 聞こえてるわね、今すぐ車を回しなさい」

「ちょっと、流石に上司を無視してそれはないんじゃない?」

 

 今にも弓を構えそうな表情で、片桐2佐はこちらを睨む。

 

「2佐、あなただってこの状況を見逃すことがどんな結末になるかは分かっている筈ですよ。赤城さん……いえ、新田3佐が何を考えているか、分からないあなたじゃない」

「……別に、難しい任務じゃないわ。敵中を突破し、親玉に肉薄する……それ自体は、これまでの大規模作戦でなんどもやられてきたことよ」

 

 2佐の言うことは半分は正しい。確かに、数で劣る私たちは常に敵の指揮系統を破壊することを優先してきた。上位個体が王として、その王の首を落とすことで群体の動きを止める。それはいつも通りの斬首作戦。艦娘部隊が金科玉条とする戦略。

 

「ですが、それは航空隊や護衛艦の支援を受けて行われてきたものです」

 

 今、艦娘を支援する部隊はいない。護衛艦隊は動かないだろうし、空軍が飛び立てば「防空網」に霊力が供給されてしまう。

 

「赤城さんがしようとしていることは単独敵中突破でしょう? そんなの……!」

 

 自殺行為じゃないですか、言いかけた言葉はなんとか飲み込む。赤城さんがそんなことを考えていないのは分かっている。それとも、そうでないと信じたいだけだろうか。

 

「だから、そのために陸攻部隊を使うんじゃない。艦娘が霊力で操る艦載機なら『防空網』は霊力防壁を張らずに済む。でもあなたが今飛び出せばどうなるか考えた? 大丈夫よ。二個航空艦隊が赤城(ミコト)にはついてる。必ず、敵を討ち果たしてくれるわ」

「ですが、陸攻部隊の制御にはタイムラグがあるんですよ」

「そのタイムラグを赤城(ミコト)自身が埋めてくれるんじゃない。作戦の障害は消えたわよ」

「私は。そういう話をしているのではありません」

 

 そして今、こうして言い争う時間がどれほど無駄だろう。もう既に作戦は動き出してしまっていて、片桐2佐が説得に応じてくれるとは思えない。車が到着次第すぐに離脱しようと決めて、私は重心を心持ち落とす。

 

「……勘違いしないで欲しいのだけれど。この作戦はあの子の独断ではないわよ」

 

 分かりきったことを片桐2佐は言う。当然だ、赤城さんが。あれほどまでに国を守ることに執着する赤城さんが政府の命令に背くはずはない。

「いいから、行かせて下さい」

「駄目よ。私たちの任務は議員会館を……この国を守ること」

「そのために、赤城さんを犠牲にしてもいいんですか!」

 

 それでは、この国の空を守るためと人柱を立てた「防空網」と同じではないか。片桐2佐は私と同じように赤城(ミコト)さんを守りたいから、手を組んだのではないのか。

 それなのに片桐2佐は、私をじっと見据えて言うのだ。

 

「それでも、この作戦が成功すれば――――戦争の無人化は加速するわ」

「本気で言っているんですか。片桐2佐」

 

 もし本気で言っているのだとすれば、私は片桐2佐のことを勘違いしていたことになる。片桐2佐は赤城さんのことを「ミコト」だなんて気安く呼んでいたではないか。

 

「あのね、勘違いして貰っても困るんだけど私とあの子は互助関係なの。今回あの子は私に声をかけなかった。それはつまり、私もあの子のために動く必要はないってこと」

 

 それにね、そう片桐2佐は続ける。

 

新田3佐(ミコト)は必ず帰るわ。〈赤城〉の艦名()を背負う者として、必ず任務を成し遂げる」

「……それで、片桐2佐はいいんですか?」

 

 はっきり言って、私は赤城さんが無事に帰ってくるとは思っていない。あの人は嘘が上手いから、片桐2佐ですらも騙してみせるに違いない。それとも2佐は、あくまで気付かないフリをして赤城さんを送り出すというのだろうか。

 

「良いも悪いもないのよ。私は無人兵器の信奉者って言ったでしょ? この犠牲が誰も死なない戦いを産み出すなら私は躊躇(ためら)わない。あの子(ミコト)だってそれを望んでいるはずよ」

「それはあなたの願望でしょう!」

 

 心が叫んでいるはずなのに、どうしてだろう。このどこか冷めたような気持ちは。私はこの事態を、まだ何処か冷静に見ているのだろうか。片桐2佐はため息。

 

「ホント、あなたはミクロネシアの頃から変わってないわね」

『加賀さんが昔のままで良かったって、そう思ったの』

 

 つい先日、聞いたばかりの言葉が頭の中に反響する。15年前、ミクロネシアは斬り捨てられた。それは私が部隊の仲間を見捨てた、忌まわしい記憶。

 

「あなたは立派な軍人よ。少なくとも私よりはずっとそうだと思う。先輩に上司を敬い、規律を重んじ、部下を世話することを忘れない。素晴らしいと思うわ。あなたのような軍人ばかりになれば、国防軍は本当の意味で家族になるのかもね」

 

 でもね、軍隊は家族じゃないの。2佐はそんな分かりきったことを言う。

 

「家族としての軍隊が成立するのは部隊内までよ。私たちは幹部……国のために小を斬り捨て大を守る。それが私たちに……いえ、私たちの階級章に与えられた役割よ」

 

 その言葉にはっとさせられる。そうだ、赤城さんは言っていたではないか。状況が変わったと。艦娘の犠牲より、一億の国民が平和に過ごせることが重要だと。

 

「それともあなたはまだ、身近なヒトを喪いたくないだけ?」

「……ッ!」

 

 反論は、口の中で辛うじて留まる。この言葉は言ってはいけない。私はまだ艦娘(ぐんじん)を辞められない。あの子を平和な世界に送り届けるまで、私の役目は終わらない。

 そんな私を、2佐は言葉も出ないと思ったのだろう。次々と言葉が重ねられる。

 

「私だってね、そりゃ新田3佐(ミコト)を守りたいわよ。肩入れしたいわよ。でもね、それはあの子に対してとても失礼なことなの。この国を守る、未来の世代(こどもたち)が流す血を少しでも少なくする。それが私たちの希望(ゆめ)なの。それを叶えるためになら、どんな犠牲だって厭わない。あなたも希望があるから、艦娘母艦を作ろうとしているのでしょう?」

 

 2佐の言葉は正しい。私はあの子のために、ほんの数十年の平和な世界をもたらしたかった。恒久平和なんて叶わなくたって構いやしない。自分たちの子供が平和に暮らせる世界を作ることが自分たちの役目なのだと、そう()()()も言っていたのだ。

 

「…………違いますよ」

 

 なのに、片桐2佐の言葉には「違う」とハッキリ言える。我ながらこの矛盾には辟易とする。私たちは、国防軍は最後に目指す目標は同じではなかったのか。

 

新田3佐(ミコト)は帰ってくるわよ。あの子は今ある技術と資材で最良の作戦を組み立てた。単独っていっても、あの子はひとりぼっちじゃない。銚子にバックアップの命令が下ったのも、大方赤城(ミコト)の救出準備のためでしょうからね」

 

 関東全域の部隊が動くの。これは立派な作戦なのよと2等海佐は言う。

 

「それに、私は信じる。それがこの国の未来のためになると、新田3佐(ミコト)が信じるから」

 

 違う、違う、違う。それは絶対に違う。

 

『身の丈の平和で、いいじゃないですか』

『最小限の犠牲で国が守れることは証明されているわ』

 

 赤城さん、あなたは本当は。

 

「だから、私はあの子を送り出せるわ。だから加賀、()()も使命に殉じる艦艇(もの)として持ち場を守りなさい。ここは国家の中枢よ。ここを守らないで、誰がこの国を守るの?」

 

 あの日、あの夜。あの滅茶苦茶にされた太平洋の最前線で。

 

『赤城さん、部隊を動かしてください』

『もういいの。加賀さん、もういいのよ』

 

 赤城さん、あなたは。あの時にはもう――――――

 

「違います。違うんですよッ!」

 

 その言葉に、片桐2佐は肩を跳ねさせたようにも見えた。叫び慣れていない私の喉はそれだけで掠れてしまう。それでも、言葉を途切れさせるわけにはいかない。

 

「赤城さんは、もうとっくの昔に諦めてるんですよ……!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。