舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第78話 りそうのせかいみをたてて

 沿岸部という最高の……そしてこの時代においては最悪の立地を誇る羽田国際空港は、それでも国内空港で最大の国内路線就役数を誇る。その原因が首都東京へのアクセス経路の少なさ故なのは説明するまでもないことだが、脆弱性には変わりが無い。

 未だに根強い空路への不満を払拭するため、そしてただでさえ防衛拠点の少ない東京を守護するために求められた防空基地。そのような事情から設置された国防空軍羽田基地は、安心の広告塔として機能する最低限度の機能を備えた基地だった。

 

「こちらです。3佐殿」

 だからこそ、扉の向こうに控えていた飛行服に私が驚いたのも無理はないだろう。

「小河原1尉……どうしてこんなところに」

「こんなところとは失礼な、羽田は太平洋を睨む立派な最前線基地ですよ?」

 

 まあそんなことはいいんです。とにかく急いで、急かされるままに車を降りると、艤装を寄ってきた整備兵が運んでいく。

 

「時間もありませんから、簡潔に説明致します。貴官にはあちらの輸送機で作戦海域まで向かって頂きます。深海棲艦からの被発見を避けるために超低空飛行で、陸からある程度離れてしまえば警戒隊(こちら)のレーダーにも引っかかることはありません」

 

 その言葉はもちろん「防空網」を意識しての発言だろう。深海棲艦が迫ってきている状況で航空機が飛べば「防空網」は霊力防壁を展開する。それならば、防空網に航空機が飛んでいることを悟らせなければいいという理論である。

 

「……ですが1尉。ここから飛べば確実にレーダーに見つかるはずですよ」

 

 ここは関東平野。言うまでも無く、各地の山頂に建設されたレーダーを遮る障害物など存在しやしない。私の問いに小河原1尉はニヤリと笑って人差し指を立ててみせた。

 

「ご存じないのですか? 国防空軍の警戒隊は国民生活への影響を考慮して内陸部へのレーダー照射を行っておりません。その応用ですよ」

 

 それはつまり、意図的に防空網に穴をあけるということか。レーダーの仕組みでは可能だとしても……私の内心を読み取ったように、小河原1等空尉は言う。

 

「これが、貴女の大嫌いな『派閥』の力ですよ。小沢閣下が腹を決めてるんです」

 

 我々が追随しない理由はありません。では、空将は自身のクビをかけてまでこんな危険なことをしているというのか。それに少なからずの人間が追随するというのか。低空飛行で警戒隊の監視網を躱すために必要な時間がどれほどかは分からない。それでも、その時間を空けるのにどれほどの()()()が存在するというのだろう。

 

「念のため言っておきますと、もう引き返せませんよ? 国防軍は腰こそ重いですが、動き出したらもう止まれません」

 

 そんなことを話すうちに、口を開いて待つ輸送機が前面に迫ってくる。小河原1尉は足を僅かに速めると、踵を返して手の甲を額に当てた。

 

「閣下は、貴官に命令以上の働きを求められています。私からは以上です」

 

 ご武運を祈ります。私に答礼すらもさせず、1尉は私を輸送機へと押し込んだ。

 

 

 

 回転翼機特有の振動が、私たちの膝を揺らす。それは永遠に終わらぬ協奏曲のよう。イヤーマフは発動機(エンジン)の駆動音こそ遮ってくれるが、心臓の音は遮ってくれない。

 

「萩風、聞こえてるわね?」

『聞こえています、加賀さん』

 

 送話ボタンを押せば、機内で完結する通信回線が部下の声を聞かせてくれる。この輸送機に乗り込んだ艦娘は私と彼女だけ。

 

「悪いわね。こんなことに巻き込んで」

『いえ』

「本当のところは、どうなの?」

『……いい気分はしませんが、命令は命令です』

 

 命令……か。果たして命令とはなんなのか、この言い訳程度に組まれた作戦指令書を前では疑問に思ってしまうのは仕方ない。これまでの動きがそうだ。政府は政治的空白を空けてまで深海棲艦の迎撃を優先した。敵の目標が「防空網」だと分かった後も、彼らの方針は変わらなかった。その理由がなんなのか――――それは現場指揮官に過ぎない私には共有されない。分からないことばかりだ。

 

『これが、貴女の大嫌いな『派閥』の力ですよ』

 

 羽田で私を送り出した1尉の言葉が思い出される。彼女の言葉を額面通りに受け取るなら、政府の決定をなんらかの方法で覆したことになる。

 分かっている。一人では何も出来ない。私は結局の所3等海佐に過ぎなくて、何かを成し遂げるには派閥の力も必要なのだろう。

 

『加賀さんは、迷っているのですか?』

「迷ってなんて無いわ。私の為すべき事は決まっているの」

 

 何が正しいのだろう。誰も見捨てないことと、正しくあること。この戦争という時代を乗り切るのに何が必要なのか、それすらも私には見えていない。

 ただそれでも、絶対的に正しいことはあるのだ。

 

「もう誰も見棄てない。私はそう決めたの」

 

 この覚悟は誰もが嘲笑う物だろう。平和を手に入れることの難しさ、この戦争に勝ちはないと言った海将補。赤城さんすらも、この戦争に勝つことを諦めている。

 だからこそ、私は諦めるわけにはいかないのだ。

 

『3佐。間もなく本機は洋上に出ます』

 

 輸送機のパイロットが事務的に情報を伝達してくる。果たしてどこまで高度を下げたのだろう。貨客機でない以上格納庫に窓なんて小洒落たモノは付いていないが、今日ばかりはそれで良かったと感じる。

 ともかく、私はすべきことを為すだけ。それが、未来に繋がると信じて。

 壁に手を当てる。機外にマウントされた艦載機(ドローン)との接続を確認。視界外戦闘を考慮した高規格の霊力通信は、私に艦載機の鼓動を確かに伝えてくる。

 

「航空隊、発艦しなさい」

 

 指揮官は自分なのだから、本来なら声に出す必要もない声。

 ただそれは言霊となり伝わり、翼達の眼を覚まさせる。

 

『直掩機の発艦を確認……お見事です、3佐』

「当然のことよ」

 

 そうだ。このぐらいは出来なくてはどうしようもない。

 この作戦に犠牲は許されないのだ。どうせ派閥のすること、何も赤城さんを助けるためだけなんて綺麗事では済まないことは知っている。

 それでも、危険な橋を渡ってまでこの作戦が組み上げられたのは紛れもない事実なのだ。私の放った直掩機は大空を駆け、そのまま輸送機を守るように空の見張りを始める。幸いにも、未だ海にも空にも敵の姿は見えない

 それでも。洋上に浮かぶ物言わぬ影達は、ここが戦場であったことを物語っていた。

 その時、雲のカンバスに影が映る。

 

「……敵機!」

 

 叫ぶより早く翼を翻す戦闘機。どこからやって来たかは定かではないが、これで敵に補足されたことは間違いない。

 

「見つかったわよ、突っ込んで!」

 

 駆動音だけが響く時間がどれほど過ぎただろう。一秒が一分いやそれ以上にも感じられる刻を経て、ついにイヤーマフは間もなく作戦海域と発動を告げる。

 

『加賀さん』

 

 仄暗く照らされた格納庫の世界が音を立てながら、その一角を開いていく。視界の端に収めた部下は、艤装と展開用装備を身につけ、私の号令を待っていた。

 

「ええ……いきましょう」

 

 私は、護るために艦娘となったのだから。

 

「航空母艦〈加賀〉――――――抜錨」

 

 格納庫のスロープが開き切る。もう、誰にも止められない。

 胸元の引き金を引く、それが窒素ガスを解放することで、強襲海上空挺のためだけに開発された専用パラシュートが一瞬にして展開される。それは機外の気流に揉まれて一瞬で伸張すると、戦場の空に華開く。

 それを待たずして僅かに跳躍、支えを失った肉体は空気の奔流に為す術もなく引きずり出され、格納庫に囲まれていたはずの四方はたちまち自然の空へと塗り替えられる。

 いくら展開直前に多少は高度を上げているとは言え、眼下に迫る海まで距離はない。機動済みの艤装が次々と情報を吐き出すのを横目に、私の身体は重力に惹かれていく。

 格納庫からもう一つの華が飛び出す。それがヒト型を伴って流れ出た次の瞬間には輸送機は大きく旋回(バンク)、その刹那に機体の未来位置が爆散。まさしく間一髪の機動ですり抜けると、そのまま盛大に欺瞞幕(チヤフ)を展開しながら飛び去っていく。

 当然向こうとてタダで返すつもりはないだろう。追いすがる敵機の群れが視界に映る。遅れて艤装が警戒情報を立ち上げる。

 

「やらせないッ!」

 

 空の上とはいえこちらは空母、打つ手は幾らでもある。未だ減速しきらぬ身体をそのまま追い風に変え、矢筒から取り出した弓を急速展開。風に揉まれながらも無理矢理に放たれた海鷲達が、敵の空に風穴を空けていく。そこを抜けて輸送機が低空を駆ける。

 出来る援護はした。誰も見捨てないといいながら私が出来るのはここまで。一人の力では足りないことなど分かっているが、それでも歯がゆい。

 しかし、今は立ち止まることなど許されないのだ。いよいよ海へと落ちていく私の身体。落着体勢を取って、そのまま――――――――――

 

「ッ!」

 

 その先には深海棲艦の死骸が浮かんでいた。強襲海上空挺は急には止まれない。慌ててホルスターから中口径副砲を抜くが、果たして間に合うか。

 それが水柱に包まれたのは次の瞬間だった。照準の中で爆ぜたそれに驚けば、僅かに上空を飛ぶのは僚艦の姿。落下傘に全身を引かれながら、萩風が主砲を構えていた。

 

『加賀さんっ! 行って下さい!』

 

 返事は行動で示すべきだろう。萩風が拓いた着陸路を通じて海へ滑り込む。推進系が海を捕まえたのを確信して空挺装備を投棄、一挙に軽くなった身体を駆って突き進む。

 死骸が転がる先に赤城さんがいることは分かっている。輸送機の轟音に隠されて聞こえなかった砲声も今は迷い無く聞こえる。私の目指すその先に、彼女の姿は在った。

 大丈夫、まだ赤城さんは戦っている。赤城さんは未来は諦めていても、今この瞬間はまだ確かに立っている。それが、その砲声の示す事実であった。

 副砲を叩き込み、展開させた爆撃機で砲撃を行う敵を蹴散らす。

 空挺の勢いを駆ったままの強引な攻勢は突破だけを考えたモノ。とにかく、今は赤城さんの場所まで辿り着くことだけを考える。

 

「こっちを見なさいッ!」

 

 幸か不幸か、敵は全て明後日の方向を向いている。その明後日の方向に誰がいるのかは考えるまでもあるまい。そしてその先、全ての先に――――彼女の姿はあった。

 死骸と、未だ復讐の炎を燃やす深海棲艦たちに囲まれた世界の中で。

 どれほどの激戦だったのかは想像のしようがない。ひしゃげた航空系艤装に煤まみれの装束。そして単装砲を握る手に刻まれた傷を見れば否が応でも理解は出来る。

 

「赤城さんッ!」

 

 その言葉に、彼女の双眼が驚きに見開かれるのが見える。それが拍子になったのだろう。ぐらりとよろける彼女は、その矜恃でなんとか膝をついてみせる。

 

「加賀さん……どうして……」

 

 息も絶え絶えな彼女の前に回り込む。ピアノ線のように張り詰めた空気は戦場の均衡。ヒトならざる化物たちは新参の私を見極めるように殺意を飛ばしてくる。

 それを全て吹き飛ばす気概をもって、私はその決意を叫ぶのだ。

 

「私はっ、私は……この国だけじゃない、私の大切な全てを守るって決めたんです――――――――――一番の僚艦(ともがら)も守れない軍艦(フネ)に、それが務まるモノですかッ!」

「加賀さん……」

「すみません赤城さん。私は、貴女ほど立派にはなれません」

 

 私がどれほど危険な橋を渡ったか、私の行いがどれほど国を危機に晒したか。それはこの作戦を立てた赤城さんが誰よりも理解していることであろう。

 

「だけれど、私は……あなたと一緒に征きたいのです」

 

 身勝手だ。身勝手なのは分かってる。

 

「あなたが言いたいことは分かっています。私はもう、どうしようもないくらい勝手な艦娘です。貴重な戦力を投じてまで、日々の沿岸防衛を危険に晒してまで太平洋を奪還しようと考えてきました。娘が艦娘にならないようにと、あなたの手を振り払ってまで逃げ出しました……なのに、私は。私は、まだ一度もあなたに恩を返せていない」

 

 赤城さん。あなたはズルいヒトです。あなたは、艦娘専科第六期の主席だったあなたは、ずっと私の憧れだったというのに。それに気付かないあなたではないでしょうに。

 

「私は諦めません。それなのに、勝手に諦められちゃ困るんですよ!」

 

 それとも、遙かに昔から諦めているあなたには。こんな言葉も届かないのだろうか。

 背中からの返事はない。目の前には果てしない敵の群れ。

 

「加賀さん……私はあなたに、その戦い方をやめて欲しかったのよ」

 

 その声は後ろから、赤城さんの声が私に届く。

 

「あなたは、まるでむき身の刀のよう。どこまでも真っ直ぐで」

 

 そしてどこまでも突き進む。まさに今がそうだ、私はこんな所まで。赤城さんが全て引き受ける筈だった敵を蹴散らして、空軍や萩風を危険の最中に巻き込んで。

 

「……この作戦で、みんな幸せになるはずだったんだけれどな」

 

 その幸せの中に、どうしてあなたは含まれていないのだろうか。それともそれは、あなたが諦めているからなのだろうか。

 

「最良の策だったわ。私がここで敵を食い止めれば、姉様を救うことが出来る。作戦が成功すれば、片桐先輩は大手を振って無人機戦術の導入を推し進めることが出来る」

 

 それに、あなたを止めることも出来ると思ったの。

 

「止まりませんよ。だって私たちは、もう路を違えてしまったんですから」

 

 私たちの目標はばらばらだ。二人の路は交わることなく、二人の目指す目標も違う。

 

「それにしても、もっと他にやり方があったんじゃないですか?」

 

 いや、これ以外には無かったのだろう。きっと赤城さんは、私にずっと止めて欲しかったのだ。それでも私が止まらなかったから、こんな手段に出た。自分の死をもって私に艦娘母艦の、太平洋奪還作戦に伴う犠牲を知らせたかったのだろう。

 それでも私は赤城さんの想いを踏みにじる。だってそれは、私の願いではないから。

 赤城さんは観念したのか、ふふと小さく息を吐いた。

 

「どうやら私の目論見(はかりごと)は、完膚なきまでに失敗しちゃったみたいね……」

 

 そこに絶望の色が見えなかったのは、私にとっては僥倖だったと思いたい。眼前で頬のが揺れ、目の前の圧はじりじりと迫ってくる。この場所は、独りでは乗り切れない。

 

「でも、これからどうするの? 艦載機は残ってないし、私の艤装もボロボロよ? 私は初めから沈むつもりで、先の作戦は考えてないかもしれないわよ?」

 

 そんな筈はないだろうに、赤城さんはそんなことを言う。

 

「心配ありません。それならそれで――――私たちの大作戦(はかりごと)を決行するだけです」

 

 その言葉に合わせるように、敵陣の一角が爆ぜる。いや一角ではない、それは連続的に次々と、無慈悲な爆裂とともに海の怪物を塵屑へと変えていく。後に続いたジェットの鼓動を聞いて、赤城さんは血相を変える。

 

「空軍機を投入したの? そんなことしたら『防空網』が――――――!」

『――――どうやら新田3佐殿は、ステルスの概念をお忘れになったようですな!』

 

 待ち構えていたように通信回線(オープン)に割り込んでくる声。先程聞いたばかりのそれは、考えなくてもあの面倒な一等空尉のものだ。彼女はそのまま叫び続ける。

 

『第94航空団見参! 全機、全天候型戦闘爆撃機(ライトニングⅡ)の威力を見せつけてやれッ!』

 

 応ずるように海域がさらに爆ぜていく。「防空網」に見つかることのないステルス能力を備えたその機体は、まさに空軍がここまで隠し持っていた切り札だ。

 

「F35を投入するなんて……」

 

 もちろん、赤城さんにとっては信じられないことだろう。だけれど、それこそがあなたの見当違い、私は振り返って、彼女の顔を見る。

 

「全部、あなたを助けるための作戦なんですよ。あなたの()()()がそうさせたんです」

 

 空軍に海軍、組織の垣根や対立。それを越えてここには全てが集まりつつある。きっと直ぐに沿岸から出撃した部隊もやってくる。

 

「あなたの言ってた大きな目標……国を守るとか、平和を守るなんていうのは簡単です。でも、私が大事なのはやっぱりあの子と、赤城さんなんですよ」

 

 もちろん、その価値観は私だけのもの。赤城さんはまた別の価値観を持っている。

 

「加賀さんは……ほんと、とんでもないヒトね」

 

 赤城さんがそんなことを言う。爆撃の炎に揺れる彼女の横顔は、笑っていた。

 

「司令ッ! 遅くなりました!」

「来たわね萩風、敵旗艦はどっち?」

「四時の方向、おおよそ一海里ッ!」

「上出来よ……さ、赤城さん。敵の旗艦を叩きましょう」

 

 その言葉に返事はない。代わりに手渡されるのは、小さな記憶媒体(アクセスキー)

 

「第2航空艦隊の陸上攻撃機、全部あなたの指揮下に渡すわ。出来るわね?」

「当然」

 

 ここから、変えていくのだ。私たちは路を違えた、それでも違えた道は、また一つに交わることも出来る筈だから。だから私は、この海に立ち続けるのだ。

 

「加賀さんっ、行きますよ!」

「ええ――――赤城さんとなら、鎧袖一触です!」

 

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