舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第四部で使用しなかった原稿(赤城さんと「娘」のシーン)を再構成した幕間となります。原稿デスマーチから帰ってきて慌てて執筆したのであとで修正&加筆するかも。

全三話です。よろしく。


幕間「鶴舞うまではあと少し」
第80話 けんもほろろとみをふせし


 

 加賀さんが笑うところを何度もみた。

 加賀さんが怒るところを何度もみた。

 

 けれど。

 

「……藤見3佐、なにをしようとしているのですか」

「あるべきものをある場所へ。私はなにかおかしなことをしているかな? 空母〈加賀〉」

「この子は関係ありません。この子は、関係ないじゃありませんか」

 

 あの日、私の手を取った加賀さんは。

 

 怒ってなんかいなかった。

 悲しそうですらなかった。

 

 

 

 

 ――――――ただ、苦しそうだった。

 

 

 

 

 


 

鶴舞うまではあと少し

 


 

 

 

 私にとっての東京は、キラキラした街だ。

 

『埋立地は、我が国の僅か数%に過ぎません。それを手放すだけで海の怒りが収まるのなら、これほど安い投資もないではありませんか!』

 

 拡声器越しによく分からない声が聞こえる。まさか本気で海を埋め立てたから深海棲艦が現れたわけでもあるまいし……。

 

『防衛費1%枠を取り戻すんです! 国防軍は直ちに撤兵して自衛隊に改称! 全ての艦娘戦力を都道府県警察に編入することで防衛政策の正常化を図ります!』

 

 また別の交差点に差し掛かれば、今度は政治家さんが話している。何度かニュースでみたことのある政党名……国会で多数派になれないいわゆる「野党」というやつで、とりあえず何でもかんでも反対する人たち。

 

「あーあ……なんかヤな感じだな……」

 

 この国にはいろんなヒトがいる。もちろんそれは知っている。加賀さんがいうにはそういう「多様性」が大切らしい。

 それでもまあ、聞いていて愉快な話ではない。とはいえもう1ブロックほど進めば、ますます現実味のない演説を聴くハメになるのだからやっていられないというもの。

 

『子供達を戦場に駆り出す国のどこが先進国だというのでしょうか。私たちは社会の、みなさんの希望である少年少女を守ります。財政健全化に社会保障費の増額、危険極まりない兵器である特務艇(かんむす)は直ちに廃止とし……』

 

 

 艦娘反対――――――もう、何度も聞いた話だ。

 

 

 非人道的だとか、子供の命を危険に晒しているとか。まだ何も自分で決められない子供を国は騙しているだとか。

 それは加賀さんたちをバカにすることだ。自分で戦うと決めて、その決意で今日まで戦ってきた人たちの気持ちを踏みにじる行為だ。

 

『いい?あなたは艦娘になんてなる必要はないの』

「……なのに、なんでよ」

 

 それなのに、加賀さんは私が艦娘になることに反対している……別に、艦娘になるって伝えたわけではないのだけれど。

 反対されるだろうなってことは、なんとなく分かっている。

 

 

 

 

 

 待ち合わせの場所についたのは、集合時間の10分ほど前だったと思う。

 

 いくつもの河川、運河に埋立地……多種多様な水運インフラが整えられた東京は水の町なのだという。水の都と呼ばれるヴェネチアには敵わないだろうけれど、意識してみれば確かに水上バスの姿も。

 

 ――――――そしてその横に、艦娘の姿。

 

「おーいっ!」

 

 思いっきり手を振ってみる。政治家やテレビの人がどんなに悪口を言っても、艦娘は私たちの生活に欠かせなくって……私の憧れなのだから。

 それが少しでも伝わるように、手を振る。

 コンクリートと鉄筋を組み合わせた橋脚、橋桁の隙間から手を振る私。

 

「わ、やった!」

 

 それに気付いてくれたらしい艦娘が、私に手を振り返してくれる。背中に背負った大きな機械――――艤装、というらしい――――の上に設置されたパトランプがぴかりと光る。

 

「あら、水上警察の艦娘ね。珍しい」

「え? 警察……警察も艦娘をもってるんですか……って」

 

 横から聞こえた声にパッと振り返れば、そこには綺麗な黒髪の懐かしい顔。

 

「あかぎさん!」

「……」

 

 そう言えば、なんだか微妙な顔をする――――私の小さい頃からの知り合いである――――赤城さん。首元にお洒落なスカーフを巻いたその姿は、とりあえずのパーカーにいつものツインテールな私とは大違いだ。

 

「お久しぶりです。赤城さん!」

「ええ、久しぶり。それと、赤城っていうのは……」

 

 そう口ごもりながら辺りに目配せをする赤城さん。そこで私はようやく彼女の言わんとすることを理解する。赤城さんの「赤城」は名前ではないのだ。

 

「そうでした、えっと」

「ミコトね、新田(にった)ミコト。あんまり大きな声でなければ赤城でもいいけれどね」

 

 そう。この東京という大きな街での戦争は他人事。強いて言うなら、政府が増税したり、あと計画停電が行われたりする原因。

 だから艦娘という立派な仕事をしていても、それを堂々と見せびらかせば白い目で見られてしまうのだ。

 

「すみません、赤城さん……久しぶりに会えるのが嬉しくて、つい」

「ええ、いいのよ。私も会えて嬉しいわ」

 

 そう言いながら笑う赤城さんは、記憶の中のそれより少し小さくなったような……あ、そうか私が成長したのか。そんな私の考えを読み取るように、赤城さんが続ける。

 

「それにしても、大きくなったわね。いくつになったの?」

「ええと、今年の春で高校生になります」

「進学おめでとう」

「ありがとうございます」

「何かお祝いしなくちゃね。何か欲しいものはある?」

「そんな、頂けませんよ! お言葉だけで十分です!」

 

 この間テレビドラマで見た受け答えをしてみれば、ふふと口元を抑える赤城さん。いいのよ、遠慮しないでと言いながら歩き出す。

 

「いきなり呼び出しちゃった迷惑料でもあるんだから」

「呼び出すだなんて」

 

  ……今回、赤城さんを呼び出したのは私。

  もう少し正確には、加賀さんに「赤城さんを迎えに行って欲しい」と頼まれたから。

 

 なんで迎えに行かないといけないかというと、赤城さんは初めての道に迷いやすいから。

 そう、私と加賀さんが官舎を出ていって以来、初めて赤城さんが遊びにくるのである。

 

「こちらこそ、来週じゃなくて今日にしてしまってすみません」

「別に私はいいのだけれど……」

「実はおか……加賀さんは来週用事があるらしくて、今日の方が都合が良かったんです」

 

 ()()()()と言いかけて、私は口をつぐむ。

 赤城さんと加賀さんは、なんというか……微妙な感じなのだ。多分それは私と加賀さん……お母さんの関係が原因、つまり私のせいなのだと思う。

 

「まあ。都合が良いならいいの。それじゃあ行きましょうか」

 

 いそいそと歩きだそうとする赤城さん。やっぱりお母さんと会うのは気まずいのだろうか。

 

 ……まあ、そりゃそうだよね。

 なにせ私のお母さんは、本当のお母さんではない。つまり、実の母親、産みの母親ではないのだから。

 

「あの! ちょっと待ってください」

 

 そう呼び掛ければ、どうしたのと振り返ってくれる赤城さん。

 自分で言うのもなんだけれど、赤城さんは私個人に対して思うことはないのだと思う。官舎を出ていこうって言い出したのはお母さんだし、ハッキリとその理由は分かるし……。

 だからこそ、今日は赤城さんにどうしても相談したいことがあったのだ。

 

「実は、加賀さんからは赤城さんを夕方に連れてくるように言われてるんです」

「そうなの?」

「はい」

 

 お母さんは、なんというか生真面目で意地っ張り。だから赤城さんとの仲が悪いとは認めないし、にも関わらず連絡は私にさせようとする……メールですら顔を合わせたくないなんて余程ではないだろうか。

 ともかく、そんな事情もあって私は集合場所と時間を指定することが出来た。そうして私は赤城さんを本来の時間よりずっと早く呼び出すことに成功したのである。

 もちろん赤城さんも私の企みは伝わったようで――――

 

「意外と策士なのね?」

「あいえ、そんなことは……」

 

 にんまりと微笑む赤城さんに、ちょっと恥ずかしくて顔が熱くなる。うまくいった、よかったよかった。

 

「いいのよ。それじゃあ東京(このまち)を案内して頂戴? 私は全然詳しくないから」

「はい!」

 

 

 

 

 

 東京にはあらゆるモノが集まっている。

北海道から九州まで、それどころか国境を越えて文化と品物が東京へと訪れる。

 ちょっと信じられないけれど、深海棲艦との戦いが始まる前は世界中が東京みたいに便利だったらしい。世界中の何処からでもインターネットにアクセス出来て、世界中から商品を取り寄せられる。そんな時代。

 

「それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」

 

 そして、この国は艦娘のお陰でそんな素敵な生活を維持することが出来ている。私の目の前に置かれたパフェは、いってみればそんな豊かさの象徴。

 凝ったデザインのガラス容器に収められるのは、世界中から集められた様々な甘味(スイーツ)協奏曲(ハーモニー)。それらは折り重なって積み上げられて天高く伸びている。

 まさにスイーツ界の王様、世界を見渡すバベルの塔――――そこに、今スプーンの先端が突き立てられた。

 

「いただきますっ」

 

 さぁ最初に攻略するべきは彩りを添える苺か、はたまた上層階を支えるアイスクリームか。でも私はそんな定石(セオリー)は気にしない。スプーンは上層を無視して中層へと突入すると、香ばしいフレークが擦れあう乾いた音と共に、そのまま下層のヨーグルトまで掘削する。

 

 上層から順繰りに食べてしまっては味が単調になる。それゆえに編み出された攻略法……もっともお母さんの前でやると物言いたげな顔をするのでやらないのだけれど……。

ちらり。

 

「……」

 

 うん。どうやら大丈夫そう。赤城さんは涼しい顔でコーヒーカップに口をつけている。ちょっと熱かったのか一瞬だけ顔をしかめるけれど、すぐになんでもなかったかのようにコーヒーを飲んだ。

 

 

「……さっきの絵、すごかったですね」

 

 パフェを形作るスイーツをひとしきり口にすれば、ひとまず満足した手の動きが遅くなる。となればまぁ、ここから先は久々のお喋りタイムとなるわけで……ひとまずお礼も言いたいので、ここに来る前に見に行った美術館の話を振ることにした。

 

「ええ。やっぱり実物は違うわね」

 

 今回観に行ったのはどこか海外から避難しているという美術品の展示会。普段は金庫の中に保管してあるらしいそれがなんでも里帰りするとかで、出国する前に展示会として全国を回るらしい。

 ちなみに展示会が開かれた美術館も艦娘たちによって警護されていた。アレなら、いきなり深海棲艦が攻めてきても美術品を守れるに違いない。そういう信用の積み重ねで、日本には沢山の美術品が集まっているのだそうだ。

 

 閑話休題。ともかくお礼を言わなくては。

 

「勉強になりました、ありがとうございました……でも赤城さん、本当に良かったんですか? 美術館の入館料くらいだったら、きっとお母さん出してくれると思うんですけれど……」

 

 そう言えば、赤城さんはいいのよと手を振る。

 

「美術館は何度行っても発見があるし、博物館はどんどん情報が更新されていくから何度行っても勉強になるわ。次行くときに、お金を出して貰いなさい」

 

 つまり特別展だけではなく常設展も観るように、ということだろう。今日は大混雑で常設展まで見る余裕がなかったので、次はそうしたい。

 そんなこんなで話をしていくと、次第に話題は少なくなっていく。学校の話は入場待機列でしてしまったし、赤城さんの近況はそもそも軍事機密だからたいして聞けないし……既に時刻は午後三時。赤城さんを家に連れていかないといけない時刻は刻々と迫っている。

 

「そういえば、加賀さんの調子はどう?」

 

 そんなことを考えていたら、まさかの赤城さんから話題が振られてしまった。いつ言い出すかと迷っていたこともあり、言葉が思いどおりに出てきてくれない。

 

「ええ、おか……加賀さん……えぇとケイコさんは……」

 

 私のお母さんには、沢山の名前がある。それは何もお母さんに限った話ではない。

 まず、私のお母さん。

 戸籍に登録してある氏名である山下ケイコ。

 そしてその山下ケイコ3等海佐――――もしかしたら階級は違うかも――――が乗り込む特務艇艤装の〈加賀〉。

 

「いいわよ。お母さんで」

「……お母さんは元気です。あぁでも、最近は帰りがちょっと遅くなってますかね」

 

 私のお母さんは、赤城さんと同じ軍人だ。そして艤装を操る「艦娘」でもある。

聞いた話によると、お母さんや赤城さんの歳になっても艤装で海に出る例は少ないらしい。まあ考えてみれば艤装なんてバランスの悪いものを背負って海の上に「立つ」わけだから、それはもう身体に掛かる負担は並大抵のものではないだろう。

 

「だから、最近は健康志向の料理を作ってあげてるんです。なのにお母さんったら、この前なんかカロリーが少ないとか言うんですよ! カロリー少なくしてるんだから当たり前じゃないですか」

「あらあら。でも料理を始めるなんてスゴいわね、驚いちゃった」

 

目を丸くする赤城さん。そう、私はもう官舎にいた頃とは違う、甘えん坊のミライちゃんは卒業したのですと胸を張る。

 

「お母さんは国防の最前線に立ってるわけですから、私がしっかり支えてあげないとって思うんです。まあ最初は反対されたんですけれど、今ではおいしいって」

 

相変わらずカロリーは増やせって言われるんですけれどね。そういえば赤城さんは口許を抑えて笑ってくれた。

 

「良い心がけだと思うわ。加賀さんも喜んでいるなら良かったじゃない」

「はい!」

 

 よし、そろそろ言い具合に会話があったまって来たんじゃないだろうか。

 それではいよいよ――――――本題に入ろう。

 

「今、お母さんと赤城さんって、一緒に仕事をしてるんですよね?」

「一つの計画で関わることになっただけだけれど、そうね」

「あ……そうなんですか」

 

 それなのに、その目論みはアッサリと崩れてしまう……なにせ赤城さんの表情が、急に暗くなったから。

 どうしよう。会話を切り出すタイミングを間違えたのだろうか。それとも仕事の話題を振ったのが良くなった? とてもじゃないけれど、私のしたい話題を出せる雰囲気ではなくなってしまった。

 

「……」

 

 何処かのFM電波を鳴らすラジオを背景音楽に、パフェを収めたガラス容器。どうしたらよいか分からない私は、誤魔化すようにスプーンを動かす。

 

 そんな時、赤城さんが何かを呟いた。

 

「なんですか? 赤城さん……」

 

 逡巡しているのがこちらからでも分かる。赤城さんは数拍ほどたっぷり悩んでから、ようやく口を開いた。

 

「……ねえ。そのパフェ、おいしい?」

「え、美味しいですけれど……あ、もしかして赤城さんも食べたいですか?」

 

 ――――――もしかして、私の考えすぎだろうか?

 

 まさかパフェを食べたくて悩んでいるだけなんて、それなら赤城さんも注文すればよかったのに。

 

「はい、一口どうぞ」

 

 パフェからスプーンでひと掬い。赤城さんへと差し出せば、表情はより複雑なものへ。

 

「……」

「いいですよ。お代は赤城さんが出してくれたんですし」

「ええと……じゃあ、いただきます」

 

 赤城さんが身を僅かに乗り出して、そのパフェを口に含む。

 大人のはずの赤城さんがそんな動きをするのが可笑しくて……そして懐かしくて。私は少し笑った。

 

「赤城さんは本当に美味しそうに食べますね」

「そ、そうかしら?」

「ええ」

 

 そういえば、どことなく不服そうな、それでも満更でもなさそうな顔をする赤城さん。

 ようやく三年前のあの頃に戻れたような気がした。

 

 だからこそ、あの話をしなくては。

 

「あの、赤城さん」

「どうしたの? 急に畏まって」

「その、このことは……お母さんには言わないんで欲しいんですけれど」

 

 そして私は――――――意を決してその言葉を口にした。

 

「私、艦娘になりたいんです」

 

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