「私、艦娘になりたいんです」
私の言葉に対する赤城さんの反応は、予想通りのものだった。全身を強張らせ、口の端をそっと結ぶ。それはそうだろう。この話を赤城さんにしている理由を、まさか彼女が理解していないハズがない。
「一応聞かせてね。どうして艦娘になりたいの?」
「国を守りたいから……っていうのじゃダメ、ですかね」
ダメだろうな、と思う。少なくとも、お母さんはそれでは許してくれないだろう。
「国を守ろうというのはもちろん立派な心がけよ。十分な理由だと思うわ」
「そう、ですよね。赤城さんはそう言いますよね」
赤城さんは艦娘だから……そしてなにより、艦娘であることを誇りとするヒトだから。だからこそ、私が艦娘に憧れる気持ちを慮ってくれる。
なにせ私にとって、艦娘というのは一番に身近な職業だった。そうなれば、お姫様やお嫁さんと同じように艦娘に憧れたっておかしくはない……そうだよね?
「適性は……あぁ、それは心配いらないんだったか」
「はい。もうずいぶん昔に」
今でも覚えている。はじめて艤装を着けさせてもらった日のことを。
ふわりと浮かぶ重たいハズの艤装。憧れに近づけたと喜ぶ私――――――そして、そこに血相を変えて飛び込んできた加賀さん。
『……藤見3佐、なにをしようとしているのですか』
『あるべきものをある場所へ。私はなにかおかしなことをしているかな? 空母〈加賀〉』
『この子は関係ありません。この子は、関係ないじゃありませんか』
あの日、私の手を取った加賀さんは。
怒ってなんかいなかった。
悲しそうですらなかった。
ただ、苦しそうだった。
「でも、お母さんが納得してくれるとは思えません」
お母さんは私から艦娘を遠ざけようとしていた。それはもう、必死に。それが分かっているから、私も口には出さないようにしてきた。
そうこうしているうちに、憧れだけが膨らんでしまった。
「このこと、加賀さんに相談はしてないのよね。相談する予定はある?」
「それは……でも、お母さんにそんなこと聞いたら、絶対反対されると思うんです」
「ええ、そうでしょうね。きっと反対するわ」
もちろん、普通のお母さんとして考えれば至極普通の反応だろう。艦娘がなければ国は成り立たない。それでも、家族が危険に晒されるのは嫌。
別におかしな考えではないと思う。
けれど、それを艦娘であるお母さんに言われるのは、なんというか。癪だ。
「お母さんは、私に軍人になって欲しくないんだと思います」
「そうかしら?」
「そうですよ。そうに決まってます」
「それなら、あなたはどうして欲しい?」
流石は赤城さん。話が早い。
「お母さんを説得するのを、手伝って欲しいんです」
巻き込んでしまうことになるのは分かっている。赤城さんとお母さんの関係が簡単なものじゃないことも分かっている。
それでも、頼らずにはいられなかった。
私ひとりの力では、どうにもならないから。
「でもその前に……艦娘の正式名称って知ってる?」
「え、艦娘は艦娘じゃないんですか?」
それじゃあ加賀さんを説得できないわ、と微笑む赤城さん。
「加賀さん理屈っぽいでしょ? あなたが成りたい艦娘がどんなものなのか。あなたの夢が艦娘になることでそう叶うのか。それをちゃんと説明できれば、きっと加賀さんを説得できるはずよ」
そう言ってくれる赤城さん。それはつまり、そういうことで。
「……! はい! ありがとうございます!」
「今日は時間がないから少しだけね? 艦娘は特務艇と呼ばれる小型艇に乗り込む国防軍人と定義されています」
そうして、赤城さんによる艦娘の説明が始まった。メモ帳とペンを取り出して、そこにいくつかの単語を書き込んでいく。
「
赤城さんの説明はとても丁寧なものだった。
分かりにくいところは全然なくて、どんな質問にも優しく答えてくれる。
「……国防海軍に所属する艦娘だと、こんな感じの仕事をすることになります、と」
「あの、赤城さん」
「なあに?」
「……私が艦娘になろうとすること、反対しないんですか?」
だからこそ、少し不安になってしまった。正直、赤城さんもお母さんと同じように、反対するのではないかと思っていたから。
「あなたは艦娘になりたいと言ったわ。それなら、私は反対できないの」
それとも、反対して欲しかった? そう聞かれれば首を振るしかない。
艦娘になりたい、お母さんを説得して欲しい。私の願いに赤城さんは応えてくれている。ならばそれで、十分ではないか。
けれど、こうも思ってしまうのだ。艦娘になることを少しは心配してくれてもいいのに……と。
艦娘が危険な仕事であることは分かっている。だからお母さんが反対するのも分かっている。
けれど、なりたいですと言ってハイどうぞと言われると、それはそれで違うような気がしてしまうのだ。
「ずるいです」
「ええ、ズルいわよ。大人だもの」
その言葉を聞いたときに、私はなんとなく分かってしまった。
ああ、きっと赤城さんも心の底では反対なのだと。
そしてきっと、次会うときは私を説得するための「材料」を用意してくるのだろうなと。
だって赤城さん、私のことを見ていなかったから。
私のお母さんは、英雄だ。
風が吹いていた。窓を開ければ待ってましたとばかりに飛び込んで来るそれは忙しなくカーテンを揺らし、つられて私の髪もなびかせる。
春一番が吹けば、もうすぐ桜の季節がやって来る。春夏秋冬を湛えたこの国は、冬を乗り越えた
「姉さん。今日も良い天気ですよ」
赤城さんの言葉に返事はない。
この国では内陸部に位置する埼玉県、関東地方の中心部に陣を構える国防空軍入間基地、その横に併設された入間国防病院――――――真っ白な部屋は清潔感の証明だ。
クリーム色のカーテンに銀色のカーテンレール、優しい木目のプリントが張られた机に薄いクッションの張り付いたスツール……そんな装飾品たちがどうにか彩る部屋の中心に、その人はいる。
「今日はね、姉さん。紹介したい人がいるの……さ、入っておいで」
そして振り返った赤城さんが、私に手招き。
その人は、静かに鼓動を刻む電子パネルに見守られて、真っ白な世界の中心に横たわっていた。病室の名札には「新田ホマレ」と書いてあったから……やはり、そういうことなのだろう。
「赤城さん、このヒトって」
「ええ。私のお姉さんよ」
その言葉に、分かってはいたけれど息を飲んでしまう。胸中にわき上がる感情が抑えきれない。
ああ、でも。その安らかに眠る表情は――――――きれい、だった。
赤城さんが微笑む。もしかして、聞かれてしまったのだろうか。
「あ、違うんです。これは……」
「ううん。きっと姉さんも喜ぶわ。聞いた姉さん? 綺麗ですって」
「聞こえてるんですか?」
「眼は閉じれば見えないわ。だけれど耳を塞ぐことは本当の意味では出来ないの」
「なるほど……じゃあ。聞こえてるんですね」
「ええ、きっとね」
だけれど、赤城さんの横顔はそうは言っていないような気がする。
じっと視線を注ぐ私をどう思ったのだろう。赤城さんが、こちらを向いた。
「どうしてこんな場所に連れてきたか。不思議に思っているでしょう?」
「それは」
なんと答えたらいいのだろう。分からない。
「これが、戦うっていうことなの」
「戦う。じゃあ、赤城さんのお姉さんは……」
戦って、大怪我をしてしまったのか。でも赤城さんにお姉さんがいるなんて話、これまで聞いたこともなかった。親族が同じ艦娘なら話題にあがることくらいあるはずなのに……ということは、考えられる可能性は2つ。
2人の仲が余程悪いか――――――もうずっと昔から、
「戦死した艦娘の大半は回収されないわ。艤装が壊れれば漂流するしかないし、浮力を喪った艦娘の生存例は数えるほどしかない」
赤城さんの伝えたいことは、痛いほど分かる。
お前もこうなってしまうぞと、艦娘になるということはこういうことだぞと。
「でも。この人は戦ったんですよね」
赤城さんだって、その事実を否定することは出来ないハズ。思った通り赤城さんは頷く。
「姉さんは。私を守ってくれたの」
ぽつり、と赤城さんは漏らす。
「戦争が始まったとき、私はまだ子供だった」
それはもう、十何年も昔の話。
「姉さんは言ったわ。平和を守るためには、代償が必要だって。今の平和も、私や加賀さんが払った代償で成り立っている」
艦娘の犠牲があったからこそ今の平和がある。
ならなおさら私も――――――そう言おうとした私を知って知らず、赤城さんはついと視線をやってくる。思わず口をつぐんだ私にそっと手を伸ばす。
撫でるように、慈しむように。
「私はね、この国を守るって姉さんと約束したの。あなた達に私みたいな子供時代を送らせない。子供達が未来に希望を持てる平和な国を守るって」
「……」
「だから、どうか私の後に続かないで欲しい。それが私の願いの全て」
ほら、やっぱり。最初から反対だったんだ。
「……そういえば。お母さんに
「したわよ」
赤城さんはまっすぐ答えた。それなら、まあ。嘘ではないのだろう。
「お母さん、なんて言ってました?」
赤城さんは何も言わない。
何も言わないのが、なによりの答えなのだろう。
「……やっぱり、反対でしたよね」
沈黙が落ちる。それを破ったのはやっぱりというか、赤城さんだった。
「ねえ。国を守るだけなら、何も
それは、この前の赤城さんに教えて貰った。思えばあれば、艦娘という戦闘職を選ばせないための布石だったのかもしれない。
でも、私は。
「私は、親孝行がしたいんです」
「あなたが艦娘になっても。加賀さんは喜ばないわよ。むしろ親不孝かも」
違うんです。赤城さん。
ああでも、たぶん私の考えは通じないのだろう。
「……加賀さんは、あなたに自由に生きて欲しいと思っているはずよ」
「自由に生きて欲しいんなら。別に私が艦娘になったって良いじゃないですか」
私の言っていることはそんなに筋が通っていないだろうか。間違っているだろうか。
「私は、ずっとお母さんに守ってもらいました」
「ええ。でも大丈夫。これからも
赤城さんの言葉に、私は首を振る。
「違うんです、赤城さん。私言ったじゃないですか。親孝行がしたいって」
本当は、隠したままの方が良かったのだけれど。
これじゃあ話が進まないから、仕方ない。
「私、知ってるんです。お母さんが
私の
ミクロネシア戦役の英雄。
チューク環礁で深海棲艦を食い止めて、それで……。
「赤城さんも知ってましたよね? 加賀さんが私の本当のお母さんじゃないってこと」
赤城さんが目を白黒させる。窓から吹き込んだ風がカーテンを揺らして、私と赤城さんの髪を揺らす。私は笑う。口を開く。
「……やっぱり、否定してくれないんですね」
否定は出来ないだろうなって、思っていた。
「ずっと、おかしいって思ってたんです。お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもいるのに、お母さんだけ私と苗字が違うこと。お父さんの話をお母さんが全然してくれないこと」
お父さんはいないのだ。そしてお母さんはお父さんのことを知らない。
そりゃそうだ。だってお母さん――――――山下ケイコがチュークに着任してスグに、本当のお父さんは死んでしまったのだから。
「このこと、加賀さんには……」
「言いませんよ。言えるわけない」
だって
「違うわ。加賀さんはあなたのことを」
「でも、苗字は残してくれたじゃないですか。だから調べられたんです」
そう言いながら、彼女は端末を私に差し出す。
「インターネットのまとめサイトじゃない。あんまりこういう情報を信じるのは……」
なにかを言おうとした赤城さんが画面に釘付けになる。
それはそうだろう。なにせそこには、確かに彼女の苗字が綴られていたのだから。
その部隊の名前は第8護衛隊群第3分遣隊。
ミクロネシア前方展開群の最高戦力、南洋の戦線を維持した英雄部隊。
「赤城さんなら私の両親が何て呼ばれていたか、知ってますよね?」
「……月妃のグンカンドリ、よね」
グンカンドリ。それは、ミクロネシア戦役で最後まで徹底抗戦した部隊。
どの部隊よりも敵を多く屠り、そして多くの味方を救った。
「よく調べたわね。でも、ネットの情報は全部じゃないわよ」
「はい。だから、赤城さんに教えて欲しいんです。
そして、私の本当の両親がどうして死んでしまったのか。
「……ねえ、その部隊のことを知ってどうするの?」
「お母さんのことを知りたいんです」
「それは、どちらの?」
「どちらもです」
ちょっと、ズルい答え方だっただろうか。
でも、間違ってはいない。英雄となった本当の両親。そして私を育てることになった
それを知るためには、多分どちらも知らねばならない。
「一つだけ質問させて。あなたは自分が
英雄の子だから、か。
確かに、周りから見たらそうなのだろうなと、私は他人事のように思う。
英雄「瀬戸月」の苗字を持つから、英雄の血を引くから……なんて、そんな理由で艦娘を目指す人なんているのだろうか。私は首を振る。
「英雄の娘であることなんて関係ないんです。加賀さんは血も繋がっていない私を、ここまで育ててくれた。だから、私は加賀さんの力になりたいんです」
それが、私にできる恩返しなんです。
『ごめんなさい』
お母さんは、ずっと何かに謝っていた。
『…………ねぇ、おかあさんったら。おかあさん』
夢の出来事のように……もしかすると本当に夢だったのかもしれない記憶。
『起こしてしまったかしら』
『ううん。へーき……それよりおかあさん。わるいことしたの?』
『おかあさん『ごめんなさい』って。わるいことしたらごめんなさいするんだよね?』
あの頃のお母さんは、一体何を考えていたのだろうか。
『そうね――――――昔、昔の話よ。あなたが赤ちゃんだった頃。お母さんは悪いことをしたわ』
『ふーん……でも、おかあさんはあやまったんだよね。えらいえらい」
記憶の中の私の、なんと脳天気なことだろうか。
お母さんは、ずっと苦しんでいたというのに。
『ゆるして、もらえたよね?』
『……どうかしら。あのヒトは厳しいから、許してくれないかも知れないわ』
『そんなことないよ。わたしがわるいことしても、おかあさんゆるしてくれるもん』
どうしたらお母さんが許して貰えるのか、私はそれを知らなくちゃいけない。
「教えてください赤城さん。いったい、何があったんですか」
ミクロネシア戦役で、チューク環礁の撤退戦で。
赤城さんは迷っていたようだった。けれど最後には、なにかを決したように、口を開く。
「少し、長い話になるわよ」