舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第85話 藁を掴めば雲までも

「言いませんよ……正直、私の駆逐隊(ユニツト)まで疑っていうのはどうかと思いますが」

「念には念を入れて、よ。それで誰なの? 頼もしい味方ってのは」

「いやここまで来たら、貴女しかいないでしょう1佐殿」

 

 ところが、蒼龍1佐は首を傾げるばかり。いやですから、広大な基地に潜む『子供』を探すのを手伝ってくれるんですよね? と私が念を押すようにいえば、一言。

 

「え。なんで私が手伝わなきゃいけないの?」

 

 そんなことを言われてしまえば、こちらとしては言葉がない。

 

「いえですから、1佐の手を借りないと……」

「『私だけでは出来ない』ってこと? 陽炎ちゃんらしくもない」

「出来る出来ないはともかく、時間の問題もあります。時間は相手の味方ですよ?」

「とは言ってもねぇ……悪いけれど、武装蜂起(クーデター)なんて起こす理由が分からないわ」

「……その議論を、ここでするのですか?」

 

 事もなげに言ってみせる蒼龍1佐。個人的な付き合いがあるとはいえ上官の手前、頭を抱えるのはどうにか堪える。私は武装蜂起の阻止を命じられてこんな南方の果てまでやってきた。それを「ないでしょ」の一言で片付けられてはどうしようもないのだ。

 

「だって、不満があるって言うけれどその『子供』ってのは日本人なんでしょ? じゃあ総理大臣にでもなって変えればいいじゃない。武力で従う人間なんていないわよ?」

「ちょっと待って下さい。協力してくれるって話だったじゃないですか」

「したわよ? 私はあなたの上司の頼みを聞いて陽炎ちゃんの教導部隊を受け入れた」

「ですが命令では、蒼龍1佐を頼れとあったんです」

「知らないわよそんなの。私の同期じゃ第1護衛隊群勤務で統幕長レースのトップを走っているのか知らないけれど。増長してるんじゃないの、あなたの上司」

 

 そんな話、こっちの方が知ったことではない。確かに蒼龍1佐を頼れという指示はあの命令を出した私の上司のもの。それでも私は『国防軍の真実』を守るために蒼龍1佐が協力してくれると思っていたのだ。文句の一つも言いたくなる私に、彼女言った。

 

「まあま、陽炎ちゃん。よーく考えてもみてよ。私は分遣隊の副司令、それも南方一の巨大基地に駐屯する艦娘部隊の副司令よ? そんな私が、幹部艦娘とはいえどこから来たとも知れないのと仲良く基地を散歩してたら、周りはどう思うかしら?」

 

 どう考えても怪しいでしょ? そう微笑む一佐に、私は頷くしかない。

 

「それは、その通りですが……!」

 

 もちろん私を説得させるための方便にしか聞こえない。不服な私に蒼龍一佐は笑う。

 

「冗談よ。流石に私も3000万平米の基地内を一人で探せとは言わないわよ」

 

 入りなさい。蒼龍一佐の言葉に応じるように、執務室の扉が開かれる。

 

「この子は風雲ちゃん。私の部下で、ただ今ツインテールを布教中」

 

 私と同じ駆逐艦だろう。夕雲型向けの装束(せいふく)に身を包んだ彼女は、蒼龍一佐や私とは異なるポニーテールの髪型。真面目そうな表情で蒼龍1佐を見ると、一言。

 

 

「何度もお伝えしたとおり、ツインテールにはしませんからね」

 

 

 布教もやめて頂きたいと続きそうな駆逐艦は、しかしそれ以上は何も喋らない。

 

「そう? まあいいわ。それで風雲ちゃん。この子が陽炎ちゃん。私が可愛がってる幹部艦娘で、例の任務の上官になる子」

 

 例の任務、と言うあたり、この風雲と言う駆逐艦は話を聞かされているらしい。

 

「その子は、大丈夫なんですか?」

 

 何が大丈夫なのか、などは言葉にせずとも伝わるだろう。武装蜂起(クーデター)の話、そしてそれを中央が摘発しようとしていることは、何があっても漏れてはならない事。

 

「大丈夫よ。この子は正真正銘の本土出身。例え『子供』であっても、信用できるわ」

 

 その言葉に、駆逐艦娘は進み出ると、身分証を取り出した。手帳を開けば、そこには彼女の顔写真と名前の羅列。それは風雲ではない方の()()

 

「私の本名です。気になるなら調べて頂いても結構です」

「……私は情報幹部って訳でもないし、いきなり実名公開されても困るんだけど」

 

 艦名で呼び合うことが一般的なこの組織で実名は重たい意味を持つ。とはいえ上司なら部下の本名は閲覧できる訳で、この情報開示に覚悟を示す以上の意味はないだろう。

 それに私は、実名を振りかざす人間は嫌いだ。そこまで言ってしまえばただの八つ当たり。だからこそ口を噤んだ私に、蒼龍1佐は「だめよー風雲ちゃん」と笑って言う。

 

「陽炎ちゃんってば名前にコンプレックス持ちまくりだからね。なにせこの子の父親は」

「――――蒼龍1佐! 部下の個人情報ホイホイ漏らすのはどうかと思いますよ?」

 

 バラしてないでしょとは蒼龍1佐の言。私が止めなければこのまま話し続けたと思うのだけれど、この御仁がそんな指摘に動ずるはずはない。そのまま私に一言。

 

「という訳で、ちゃんと応援は用意してあげたわ。私ってばエライ!」

「いや、ちょっと待ってください1佐? 一人、たったの一人なんですか?」

 

 それはいくら何でもないだろう。駆逐艦娘を一隻付けられて終わりとは。

 

「なによ。一人でも立派な応援でしょ。二人で分担すれば3000万平米も1500万平米になるのよ? 砂漠で宝石を探すのが、鳥取砂丘で探すくらい簡単になるわ」

「1佐。ここまでは黙ってきましたが、私の仕事をバカにするのはいい加減にして頂きたい!」

 

 流石に不満を示しても文句は言われないだろう。そんな私に蒼龍一佐はぴしりと一言。

 

「安心しなさい。別に私が無協力とは言ってないでしょ。基地内文書の閲覧権限を私と同等に、あと電話一本で武器使用以外なら大抵の便宜は図ってあげるわ」

 

 じゃ、ちゃちゃっと摘発して頂戴ね。

 そんなお使いを頼むような調子で、副司令は話を畳んでしまった。

 

 分遣隊司令部の庁舎を出れば、そこにはバスロータリーが広がっている。

 

「へえ。巡回バスなら横須賀でもあったけれど、ここは三系統もあるのね」

「この基地は本当に広いですから」

 

 私もまだ全部は把握し切れていません、とは風雲という駆逐艦娘の言。聞けばここに着任して日が浅いのだという。私の手伝い(アシスタント)に選ばれた理由は、グアム基地から配置換えの際に蒼龍1佐と一緒に転任してきた関係で信頼が厚いからだろうと……それを自分で言ってしまわなければ、蒼龍1佐も真面目に取り組んでくれていると思えたのだが。

 

「ポートモレスビー基地は、主に工廠区画と航空隊区画、あと居住区画に別れています」

 

 その中間点がここの司令部ですね。バスの路線図を指し示しながら説明してくれる風雲はそれでもいないよりはマシは案内役に違いない。バス停の名前は例の如く部隊名や施設名で埋め尽くされており、基地の大まかな配置が把握できるようになっていた。

 

「副司令から、滞在先は入渠センターだと伺ってます。お荷物はありますか?」

 

 入渠センターというのは艦娘待機所の俗称である。怪我をした艦娘の治療設備というより回復に努めるための療養所と呼ぶべきそこは、どんな小さな基地にも設置されている福利厚生施設みたいなもの。ポートモレスビー基地の待機所は鉄筋コンクリート六階建てで、国防軍には珍しいエレベーター完備。新築ということであらゆる設備が最新式。

 

「あら。そんないい場所に泊まっていいの?」

「1尉の部隊はウチの分遣隊の教導役ということになっていますから」

 

 いますから、という言葉尻からもこの子に情報が開示されていることが窺える。どうやら蒼龍1佐がこの風雲という艦娘にある程度の信頼を置いているのは事実らしかった。

 となれば、私は私の仕事をするだけ。なるほどねと頷いてみせる。

 

「新築の待機所を使えるって知ったら不知火たちも喜ぶわ。さっそく伝えなきゃ」

 

 携帯を取り出して部下(しらぬい)を呼び出せば、きっかり一回分の呼び出し音で電話が繋がる。

 

「私よ。どう、そっちの調子は?」

「……『私』と言われましても。どなたか分かりません」

「もぉ面倒くさいわね。国産携帯端末(スマートフォン)が信用できないわけ? 私よ私、貴女の陽炎ちゃんよ。で? 艤装は預かってもらえた?」

恙無(つつがな)く。ですが部隊長(かげろう)の艤装だけ推進系に損傷があるとのことです。また変に吹かし」

「なるほど、大変結構であーる! それじゃ不知火は残り二人も連れて入渠センターに行くように、私たちの部屋が用意してあるわ。以後今日の業務はナシ。部屋で待機のこと」

「わかりました。ですが陽炎、私は」

「以上通信終わり、じゃねっ!」

 

 畳み掛けるようにこちらから伝えるべきことを並べれば、不知火には頷く以外の選択肢はないだろう。これが霞だと私の業務指示も無視して色々口出ししてくるので、事務連絡は不知火が都合が良いのだ。そうして通信を切れば、私の様子をじっと見ている風雲。

 

「ん? どうかした?」

「……いえ、別に」

 

 その反応から、あまり好ましく思われていないことが察せられる。私の部下への接し方は、言ってみれば諸刃の剣。適度な親近感に繋がればいいが、聞かん坊と思われれば貴重な陳言も入ってこなくなるというもの。我の強い霞やら生真面目な不知火に霰には丁度いいけれど、どうやらこの子は不真面目な国防軍人が嫌いなタイプらしかった。

 

「部下たちに先に部屋に行っておくよう言っただけよ。さ、ひとしきり案内して頂戴? 私ってばこの基地のことさっぱり知らないから」

「了解です。それでは……」

 

 風雲がそこまで言った時、私の背中に飛んでくるのは誰かを呼ぶ声。

 

「おーい!」

 

 そちらの方を見れば、風雲と同じ制服の少女が走ってくるところだった。走るのに合わせて背中に垂れた髪を揺らす彼女は、そのまま私の前までやってくる。

 

「探したんだぞー。いきなりどこいくのさ!」

 

 口調から察するに、どうやら彼女は風雲の同僚らしい。

 

「いやその、蒼龍さんに呼び出されてて……」

「あー蒼龍さんかー。あのヒト人使い荒いものねぇ」

 

 そこまで言ったところで、ポニーテールの彼女はようやく私の存在に気付いたらしい。

 

「ありゃ風雲、この人と知り合いなの?」

「……知り合いというか、1護群のヒト」

 

 今朝の朝礼(ミーティング)で聞いてたでしょと風雲。その言葉に首を傾げるのは駆逐艦娘の秋雲。

 

「そうだっけ?」

「そうだよ。もぅ、秋雲ったら肝心なことは聞き逃すんだから。あと、失礼な物言いしちゃ駄目でしょ。この人は国防海軍の1尉、幹部艦娘なんだから」

「えっ、そうなの……これは失礼しました。1尉殿」

 

 全く、白々しいモノだ。秋雲と私には少なからずの因縁があるのだけれど、恐らく風雲は気付いていないことだろう。なので私も、平気で返事(ウソ)する(つく)

 

「もう。幹部だからって、そんなに畏まらなくても結構よ。気軽に陽炎さんでいいわ」

 

 蒼龍1佐が渡してきた人事資料(ファイル)で彼女が風雲と同じ部隊(ユニツト)の所属であることは聞いていたけれど、まさかこんな所で会うとは思わなかった。これは1佐の『配慮』だろうかと訝しむ私を知らず、秋雲は勝手に話を続けていく。

 

「それで、1護群の幹部サマと風雲がなんで一緒にいるんです?」

「蒼龍副司令が、私にそう命令したのよ」

 

 流石にそれだけでは通じないだろう。私は補足も兼ねて口を開く。

 

「まあ要するに、風雲はこの陽炎1尉の水兵(ボーイ)という訳ね」

「私は男子(ボーイ)ではありませんが……」

 

 知ってるわよそんなこと、とは言わない。私の冗談が面白くなかったのだろう。水兵(へいし)従者(ボーイ)として使えるのは尉官より上、役職付きの佐官か将官と相場が決まっているものだ。かつて英国海軍(ロイヤルネイビー)では本物の従者(ボーイ)を連れ込んだという話も聞くけれど、それは昔の話。

 

「まあま、とにかくそういうことだから、しばらく宜しくね」

「そうですか。じゃあ風雲、例の件はまた今度ってことで」

「あら。もしかしてお邪魔しちゃったのかしら?」

 

 そう言えば、いえいえと手を振る秋雲。

 

「居住区の方に画材店がオープンしたんで、風雲に連れて行ってもらう約束だったんです。ですが任務となれば仕方ありません。では、これにて失礼します」

「……()()()? 酒保って訳では無いわよね」

 

 少なくとも軍事施設の中で聞くような単語ではない。首を傾げる私に、秋雲は得意顔。

 

「酒保なんか目じゃ無いですよ。ポートモレスビー(ここ)には何でも揃ってるんです」

 

 秋雲の話すところによれば、初めは新鮮な野菜を提供する程度だったらしい。それがいつの間にかあらゆる商品を取り揃える雑貨屋に代わり、その雑貨屋が電気屋を呼び……といった具合でダルマ式に商業施設は大きくなっていったのだという。

 

「ここが国際交流のための先進特区にされて以来、居住区には商社の貿易マンやその家族も住むようになりました。その関係で、ここは一つの街みたいになっているんです」

 

 風雲がそう補足する。事実、もはやポートモレスビー基地は単なる国防軍の重要拠点ではない。在日米軍基地ですら許されなかった治外法権も認められ、基地の中には日本国法が適用される。とすれば不慣れな外国の土地に住むよりかは「日本領」に身を寄せたほうが安全である、という話だ。そうしてこの()は、現在進行形で拡大しつつある。

 

「これじゃまるで戦前の日本租界ね」

 

 戦前という言葉が昭和初期の、つまり日本が忘れたがっている「あの戦争」の時代を示すのはこの時代でも変わらない。私の言葉に、風雲は口を噤み、秋雲は言葉を濁した。

 

「しょうがないです。本国と違って、この国は……なんというか、治安が悪いですから」

 

 国際交流、南洋地域への投資。そんなお題目で作られた交流特区の真意が邦人保護にあることは、少しでも情報収集(アンテナ)を張っていれば分かることだ。外務省がこの国に渡航危険情報を出すのは深海棲艦がいるからではない。だからこそ、首都ポートモレスビーの近郊に存在するこの()()()()に「日本人の安全地帯」を作る必要があったのだ。

 

「それにしても居住区、か……」

 

 私は独りごちる。基地の東部に広がる区域についての情報は、地図程度しか知らない。

 

「ねえ。もしよければ私も連れてってくれない?」

 

 そう切り出せば、何の話かとばかりに首を傾げる二人。画材屋の話よと言えば、風雲は大振りに手を振る。

 

「いえいえ。1尉のお手を煩わせるようなことはありません。私の趣味ですから……」

「あら。画材屋に行くことが趣味……って訳じゃないわよね?」

 

 ということは、画材屋に行く用事があるということ。そんな用事となれば、一つしかない。思い当たった私が口にするより早く、秋雲が口を開く。

 

「意外でしょう? 風雲ってば絵や漫画を描くんですよ、これがとても……むぐぅッ!」

「もう! 勝手なこと言わないでよ! 漫画はアンタの話でしょうがこの同人作家!」

「それは秋雲サンにとってはお褒めの言葉だよ。風雲」

 

 その会話を交わす二人は、どうやら単なる同僚よりは親しい仲らしかった。やめてよーと揉み合いになる様は見ていて微笑ましいもので、私にそんな同僚はいないと少し悲しくもなる。国防大学校、その前の幼年学校ですらも、私に同期と呼んでいい人間はいなかった。どこかの歌で、あるいは小説で、映画で、ドラマで。同期と呼ばれる摩訶不思議な存在は神にも等しい存在として扱われる。しかし同期ほど薄っぺらい関係もないものだ。出身地も経歴も、何もかも違う。ただ同じ組織に同じ年に入っただけ。

 そういう訳で、同期という言葉は私にとっては嘘まみれの言葉でしかなかった。国防大学校の同期は、仲間というより競争相手。高級将校である佐官や将官にまで出世できるのは全体の僅か一握り、蒼龍一佐のような分遣隊副司令となると同期の中から二、三人でも出ればいい方。要するに護衛隊群司令や総監部、さらにその上に上り詰めるためには全ての同期を追い越す必要があるのだ。そうやって嘘まみれの同期ごっこを続けた先に、私のような情けない、孤立してしまった幹部艦娘がいるのである。

 そうすると、目の前の彼女たちが羨ましくなってしまう。ウマがあったのか、趣味があったのか。それともその両方か。とにかくそこには嘘じゃない絆が見えていて。

 そんなことを考えていると、立ち並ぶ庁舎の向こうから巡回バスがやってくる。

 

 

「まーま。とりあえずバスも来たみたいだし、行きましょ?」

 

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