舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第86話 栄えよ我らの箱庭よ

 ポートモレスビー基地は、首都ポートモレスビーの西、ナパナパ半島に存在する。半島の先端には分遣隊司令部や工廠区画、珊瑚海に面する区画には航空隊。そして半島の付け根のあたりに広がっているのが、バスの向かう居住区であった。

 

「ふーん。見れば見るほど横須賀の米軍基地みたいね」

 

 土地に余裕があるのだろう。広い車道に一階建ての建物が並んでいる様は、一昔前に言うところのアメリカン・ドリーム。庭付き、駐車場付きの家に、基地の外に出るための自家用車。寮舎への入居が義務ではない海曹以上の大半が家を借りているのも頷ける。

 

「次のバス停です」

 

 風雲がそう言った直後にアナウンスが流れる。寸分の間も開けずに降車ボタンに手をかける彼女は、まるで子供のよう。尤も(もつとも)、私も昔はバスの降車ボタンを競って押したのだからヒトのことは言えない。あの自然以外には娯楽らしい娯楽の見つからない島では、路線バスというのは数少ない楽しみの一つだったのである。

 バスを降りれば、そこはちょっとした郊外型商業施設(アウトレツトモール)のようだった。服屋や電気屋、その他にも様々な店が道路の両脇に構えている。同業さん(かんむす)と思われる若い女性、ガタイの良い男は休日の空軍だろうか。関係者の家族と思われるご婦人方や子供の姿も目に入る。

 

「ふーん。意外と賑わってるわね。相場はどのくらい?」

「ここでは日本円しか使えないですし、外地にしては結構高いですね。それでも、安全な敷地内で買い物できるのは大きいですし、品揃えもずっといい。文句はないです」

 

 秋雲がそう答える。一方の風雲は問題の画材屋へと突き進んでいく。どうやら、風雲はそこまでコミュニケーションが得意と言うわけではないようだ。そんなことを考えながら画材屋へと足を踏み入れれば、なるほど素人目にも品揃えがいいのが分かる。棚にずらりと並んだ小瓶。ぶら下げられた大小様々な道具。詳しいことは分からないが、それらを取っ替え引っ替え眺める風雲を見るに色々と違いがあるのだろう。

 

「あなたは見なくていいの? 漫画に使いそうなペンもあるみたいだけれど」

「あーいえ。私はデジタル派なんですよ。水彩とかはやったことがなくて」

 

 そうなのかと相槌を打ちながら私は品々を見て回る。絵画というのは一口に言い表すことが出来ないもの。べたりと重たい物があれば、さらりと軽いものもある。これでも美術館などにはよく連れて行ってもらった、多少の知識は備えているつもりだ。

 

 そういえば、私の父は日本画家が大好きだった。今はもうないあの家には、いくつかの水墨画と水彩画が飾られていたのをふと思い出す。あの絵は、ここにある素材たちをどう使えば産まれるのだろうか。それを考えてみようとしても、私の目に映る色や素材たちは、どうも野戦築城で身を隠すための偽装に用いる建材にしか見えなかった。

 

 それにしても、平和なものだ。これでもポートモレスビーは前線の基地である。少し先のソロモン諸島は人類にとっての出城で、それを支えるここは本丸。ポートモレスビーは通信と兵站においての最重要戦略拠点であり、ここを喪えば人類は豪州やニューギニアから全面的に兵を退かねばならなくなる。それだけ地域で戦線が下がれば、数千万人……場合によっては億単位の難民が発生することだろう。新自由連合盟約(ニユーコンパクト)で護ると誓った南洋諸島から手を引いて、僅か数十万人の難民が生まれただけで連立政権が吹き飛んだのが愛すべき我が日本国だ。オセアニアを失った日には、国会が音を立てて崩壊しかねない。

 

 そして恐らく、政治(それ)が私の任務を産み出したのだろう。『子供』による武装蜂起自体を上層部は気にかけていない。問題は、その混乱によって引き起こされる戦線の縮小と、それが生み出す政治的混乱。そしてそれに気づきながらも、あくまで正義漢ぶって武装蜂起阻止を目指す私。さて愚かなのはどちらだろうか。

 

「陽炎さん、どうかしました?」

「ううん、何でもないの。ちょっと外に出るわ、ごゆっくりね」

 

 秋雲に勘づかれた辺り、私の顔色は変わっていたのだろう。言葉を躱しつつ外に出る。私の胸中とは裏腹に空は呑気なものだ。端末を覗くと、不知火からメッセージが届いていた。部屋への移動が終わったという旨の連絡に返信しつつ、空を仰ぐ。

 

「それにしても……ここは広いわね」

 

 地図は頭に叩き込んである。様々な数字だって覚えてきた。しかし百聞は一見にしかずとはよく言ったもの。清掃の行き届いた市街地に商品の溢れる商業施設。

 まるで本土のような風景。そしてこれが人間のやり方なのだろう。自分たちの街と似た景色をどんな場所にも作ってしまう。私が昔住んでいた街、あの南の島も、そんな本土でないのに本土のような場所だった。清潔な街路に学校、優秀な社会資本(インフラ)。さらには町内会に神社まで。日本という国をまるごと運んできたかのように、全てが揃えられていた。

 

「せーんぱい? お久しぶりですね」

 

 脳裏に浮かんでいた風景が消える。いつの間にか、私の目の前には見知った顔。

 

「……夕雲。あんた、なんでここに」

「あれ? その様子じゃ風雲さんの人事資料、真面目に見ていないみたいですね?」

 

 そう言われてしまえば、察しはつく。私にとことん適性がないせいだろう。後輩であるはずの夕雲は私に階級も追いついて、部隊長をやっているのだ。

 それにしても、厄介な相手が出てきた。反骨精神の塊みたいな彼女は、とかく先輩に対するリスペクトがないのである。だから私も配慮はしてやらない。 

 

「じゃあ先に謝っとくわ。貴女の部下、しばらく借りるから」

 

 副司令からも通達があるはずよ。そう言えば、幼年学校時代から私に付きまとってきた彼女は、その粘着質な気質を示すように鮮やかな緑色に染め上げた三つ編みを撫でる。

 

「それは困りましたね……呑気に南洋周遊(クルージング)しているあなた方と違って、こちらには定期哨戒や泊地巡回の任務もあるのですが……」

 

 そんな言い方をされれば、誰だってカッとするだろう。狙っているのは百も承知。

 

「南洋周遊って、言わせておけば相変わらず失礼ね。言っておくけれど、私たちは教導役よ。お礼にしっかり教導して(しつけて)あげるから、楽しみにしてることね?」

「ええ。本土仕込みの戦闘技術(スキル)を見るのが楽しみです」

 

 ところで先輩、ちょっと付き合ってくれないですか? そんなことを言う彼女。どうやら性格の悪さが災いして、私以外の友達がいないらしい。ざまあみろ、である。

 もっとも、こんな彼女くらいしか付き合いのない私も、大概ではあるのだが……今は風雲たちに居住区を案内して貰っている途中なのでと伝え、私は夕雲と後で落ち合うことを約束することになるのだった。

 

 幹部艦娘は、良くも悪くも自由。権限が多い分だけ自らを律さなければならない。

 殊更、他兵科と比べて低年齢層の割合が多くなりがちな艦娘においては、である。政治に宗教、国防軍を揺るがしかねない火種はいくらでもある。私たちの一挙一動、その全てが世界に見られていると思え、それが鉄則なのだけれど――――。

 

「ねえ先輩。戦争に必要なのはなんだと思います?」

 

 ゲートをくぐって開口一番に政治の話題(これ)である。私は辟易するしかないし、そうなれば取りうる手段は無視。これが蒼龍1佐だったら話は別だが、夕雲が相手では付き合う理由もない。私は無言で手をあげる。日本人、ことさら国防軍人の金払いの良さを知ってのことだろう、タクシーの看板を乗せた古びた自動車が目の前に止まる。乗り込めば当然の如く隣に割り込んでくる夕雲が、身を乗り出して行き先を告げる。

 

「私、こう思うんです。戦争に必要なのは、若さだって。若人(わこうど)は肉体で物事を考える。頭では考えない。だからこそ戦争が出来る……先輩も、そう思いませんか?」

 

 哲学か何かの話だろうか。私が無視を決め込めば声が飛ぶ。

 

「ちょっと先輩、聴いているんですか? ねぇったら!」

 

 答えなければいけないだろうか。付き合わされている側としては、うんざりである。

 

「……いきなり政治の話とか、貴女も好きよね。三大タブー(政治野球宗教)には付き合わないわよ」

 

 そう宣言してしまえば、何も言わずに窓の外を見る夕雲。外から見た基地はまるで宝石箱だ。家々に灯る輝きは空へと飛び出し、星空の輝きをかき消す。それは日本国の繁栄そのものなのだろう。一方このタクシーはといえば、真っ暗な道をひた走るだけ。

 

「ねえ。これどこに向かってるの?」

「官庁街の近くのお店ですね、取り揃えがいいって、幹部組(わたしたち)で話題になってるんです」

 

 それで、右も左も分からない先輩を連れて行ってあげようと思って。そう言う夕雲。どう考えても自分が行きたいだけなのは明らかで、蒼龍一佐から案内の誘いがあれば断れたのだろうと考えながら私は無難な答え、つまり夕雲が喜ぶ答えを探す。

 

「ふうん。ということは()()()の店は基地内にはないということね」

 

 人間、生きているだけで様々な抑圧(ストレス)がかかるものである。人間関係、食生活に住環境、着る服だって負荷になり得る。それが戦中となればなおさらのこと。そういった抑圧のはけ口は、酒に異性に薬と相場が決まっている。流石にタバコ以外の薬は規制されているが……ともかく歓楽街とでも呼べばいいのだろうか、そう言った商売は基地の外に立地することが確かに多い。そして犯罪にほど近いその手の話題は夕雲の好きな所だろう。

 

「まあ、ポートモレスビーの街を私たちが出歩くことは問題視はされてますから……でもこの国の施設を作るのには政治的問題が多すぎる。それに今じゃ需要も()()でしょう? それなら、資本主義経済の原則、神の見えざる手にお願いするのが一番ってわけです」

 

 神の見えざる手、要するに需要のあるところに供給は生まれるという話だ。どこかの誰かも各々の利益を追求すれば、必要なモノは必ず誰かが用意してくれる。

 

「……でも妙ね。それなら基地の近くに作ればいいんじゃないの?」

「それも政治的問題ですよ、先輩。とにかくこの国は面倒ごとを嫌いますからね」

 

 なるほど。何処へ行っても政治問題という訳だ。深海棲艦、海外派兵。国防軍が抱える問題は山積みで、私が追う『子供』というのもその一つ。

 

「ねえ……国防軍を嫌う人間、どのくらい居ると思う?」

 

 私がぽつりとそんなことを漏らしたのは、夕雲に付き合ったというより、話の流れとして妥当であったからだ。『子供』による反乱とはいうが、まさか本当に『子供』だけで武装蜂起が起こせるはずはない。なにせ艦娘は艦娘のみで戦うわけではないのだ。艤装を整備する技術幹部、戦闘支援を行う護衛艦。地球規模で広がる戦域ネットワークを使うのなら情報技術に関わる人間も必要だ。国防軍に関わる職種は片手で数えられない。

 とすれば、協力者が必要だ。『子供』の目的は見えないが、少なくとも同様に国防軍を嫌う人間がいるはずなのである。

 

「まあ、嫌われ者だとは思いますよ。新自由連合盟約(ニユーコンパクト)の話もあるし……アメリカ帝国主義の手先、中国とアジアを分割した簒奪者(さんだつしや)……他にどんな別名があるかしら。あぁ……」

 

 あれが適当ね。夕雲はさも今思いついたと言わんばかりに、私の方へ横目を流す。

 

「――――大東亜共栄圏」

「……」

 

 押し黙る私を無視して、夕雲は言葉を転がしていく。

 

「やり口は単純です。新自由連合盟約を根拠に各国へと軍隊を派遣。日系企業を多数進出させることで日本語が出来ないと商売が出来ないようにしていく。ODAによる教育支援でまずは第二外国語として、そして最後には初等教育にも日本語を登場させる。そうして日本語と日本文化がその土地に根付けば、みんな日本になるんですよ」

 

 楽しげに話を続けていく夕雲。彼女にとっては、日本を反共の防波堤として軍隊を駐留させた彼の国や、自国領の少数民族の圧政に経済力や教育システムを武器として利用している彼の国。それと日本がやっている事は同じに見えるのだろう。

 

「ふうん。相変わらず好きね、そういうの」

 

 私は相槌を打つに留める。ゴシップとしては面白い話。しかし実際問題としてこの国にそんな事をする余裕がないのは明らかである。そもそも新自由連合盟約はアメリカから殆ど一方的に押し付けられたモノで、それで犠牲となった人達のことを考えれば笑えない。

 

「まあ、流石に今の話は私も信じてはないですよ。いくらなんでも眉唾物ですし、流石にそこまで都合のいい話があるとは思えない」

 

 不機嫌になった私の顔を見たのか、それとも私の親族がその「犠牲」だということを思い出したのか。誤魔化すように夕雲が言う。別に気に触ったわけではない。夕雲は昔からこういう性分だし、私も他人にあれこれ言われたくらいでは気分を悪くしたりはしない。

 

「気にしないわよ。国防軍を嫌う人間がいるかって聞いたのは私だし」

「ああそう言えば、そういう話でしたね」

 

 思い出したように言う夕雲。それは私の気遣いに乗ることにしたのか、それとも本当に忘れていたのか。ともかく夕雲は手を合わせると、私に向かってにっこり微笑む。

 

「それなら、順当に考えれば国防軍を恨んでいるのは深海棲艦じゃないかしら?」

「そりゃそうだろうけれど……というかアイツらって人間なの?」

 

 国防軍は深海棲艦を排除する組織な訳だから、排除される対象である深海棲艦が国防軍を恨むのは当然だ。私は恨む人間がいるかと聞いたのだけれどと言えば、夕雲は言う。

 

彼等(あれら)にもヒト型が居るじゃないですか。声を聞いたことがあるって噂話も聞きますよ」

「いやいや。ないでしょそんなこと」

 

 別に頭ごなしに否定しているわけではない。ただ事実として、深海棲艦は私たちの言葉を解することはないとされている。平文で通信して作戦がバレたという話を聞いたことはないし、暗号を使えばますますだ。そもそも私たちが使う言語(ことば)そのものが、彼らにとっては日本語辞書(コードブツク)がなければ解読できない一種の暗号文。さらに使う言語を英語フランス語と変えていけば、かのエニグマもびっくりな難読暗号が出来るに違いない。

 そんな話をするうちに、窓の外は真っ暗な景色から街灯の照らす世界へ。どうやら市街地に入ったらしい。最盛期でも人口数十万規模とはいえ、一国の首都ともなれば活気がないという話はなく、電飾に彩られた看板がぽつりぽつりと並ぶ。その中に下手くそな日本語で「ホテル」と書かれたものを見て、なるほどここがそうなのかと勝手に納得。

 

「ああでも、深海棲艦の次点は国防軍人(わたしたち)だと思いますよ?」

 

 その言葉に、私は思わず夕雲の方を見る。彼女は何でも無いといった様子でこちらを見ていて、それが私に見えない汗を掻かせた。

 

国防軍人(わたしたち)……って、国防軍人が国防軍(やといぬし)を恨んでいるってこと?」

「ええそうです。だって先輩、考えてもみて下さいよ、国を守るために入隊したのに私たちが砲火を交えるのは遠い異国の地での話。これがマリアナ諸島を守る旧第9護衛隊群だったら日本を守るための出城だーとか言えるし、グアムの街に出掛ければ幾らでも遊べるからいいけれど、こんな何にもない場所に閉じ込められちゃ辛いだけですよ?」

「……なるほど、確かに一理はあるわね」

 

 頷く私に、でしょと言う夕雲。もっとも、それは本土から派遣されてきた人間達にとっての話だ。私が探している『子供』は東南アジア(ここ)出身の子だと言うから、自分たちの故郷を守ることにさして嫌悪があるとは思えない。

 

「さ。着いたわよ」

 

 夕雲がタクシーの運転手へと明らかに枚数の多いお札を渡しながら言う。なるほどこれが南方の最前線か、そんなことを思いながら、私は彼女に続いた。

 

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