舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第89話 隠匿するは優しい嘘

 父は時折、凄く不機嫌な様子で帰って来ることがあった。

 

 その理由は分からない。

 ただ一つ言えるのは、その時の私に出来ることは何もないということ。

 普段より大きな鞄を抱えて帰ってきた父は、部屋に篭るとそれっきり出てこなくなってしまうのだ。書斎に篭るというのは、確かに厳しい父親というものの共通項と言うべきなのかもしれないけれど、とにかく父は何一つ言葉を発しないことが何度もあったのだ。

 

 その時の家は、酷く静かになってしまう。買い置きの夕食は形だけ。食事が用意されているだけマシなのかも知れないけれど、残された静かな食卓は私にとっては拷問だった。

 

『あんまり食べない方なのね?いらないなら私が食べちゃうけれど』

 

 それが変わったのは、あの女の人が現れてから。女の人は父が不機嫌な日に限って必ずついて来る。それで私に夕食を食べさせて、暫くすると父の部屋へと行ってしまうのだ。二人が何をしているのかは分からないが、それが仕事に関することなのは知っていた。女の人は仕事の付き合いだと言っていたし、私もそれを信じていたから。

 それなのに、あの日の夜は違った。私の耳に入ったのは言い争う声。

 

『じゃあなによ、849を見捨てるつもり?』

 

 部屋から飛び出してきたのは、女の人の張り詰めたような声。そこに続くのは否定の言葉。そこに苛立ちが混ざっていたのは間違いなくて、訳の分からない単語を操る二人はまるでアニメに出てくる宇宙人のようで。

 やがて飛び出していった女の人を追い掛けるように、父も家を飛び出していって。

 正直な所、あの時の私は何も分かっていなくて。父が何の仕事をしていたのか、女の人が言った849という数字が何を意味していたのか、それを理解していなくて。

 

『命に関わることなのは分かっている。分かっているとも』

『嘘つき、なんも分かってないじゃない。これじゃ私たちは人殺しよ!』

 

 それが、仕事の話と言うには。あまりに鬼気迫っていて、怖かったのだ。だから私は縮こまっていた。部屋の隅で小さくなって、父が部屋へと帰ってくるのを待っていたのだ。

 でも、その時の私は知らなかったのだ。本当に怖いことがなんなのか。

 

『おかえり。待っていたぞ』

『おかえりなさい。今日はあなたの為に奮発したのよ?』

 

 それは、あの二人。あんなに血相を変えて言い合っていた二人が、何の説明もなく楽しげに笑っていたこと。後から思い出せば、あの849という数字の意味を知った今から思い返せば、二人は決して笑えるような状態じゃなかったはずであること。

 それが私に吐かれた嘘だと言うことを、あの時の私はおぼろげながらにも理解していたのだろう。そしてあの()()()という言葉が、耳から離れなくて、私を苦しめた。

 それなのに、二人はそのことを隠している。その嘘が当たり前になってしまったあの世界(いえ)が、私は怖くなってしまった。多分、この女の人が原因なのだろう。それで私の父は変わってしまったのだ。そう考えた私は、あの家から逃げる方法を考えた。

 艦娘幼年学校の入学案内を手にしたのは、そんな時だったのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 鉄筋コンクリートの入渠センター。その上層階には幹部向けの個室が設けられている。

 そこからは艦娘港の景色がよく見えた。年中どこかで砲火が交わされるのなら戦いには昼も夜もないわけで、ちょうど夜戦を終えて帰投する即応(アラート)部隊を迎え入れるために、分遣隊司令部近くに設置された桟橋はてんやわんやの大騒ぎである。

 照明が煌々と輝き、医療班や整備班の面々が艦娘達を迎え入れる。そんな喧騒を知って知らず、風雲は机の上に二つの紙束を置いた。

 

「これがなんだか分かりますか?」

「馬鹿にしてる? 分からないわけないじゃない」

 

 それは、資材の管理表だった。軍隊は巨大な組織で、砲弾に燃料、食糧や医薬品など多彩な必需品を貯め込んでいる。風雲が出したのは各分遣隊が纏めている資材の一覧表だ。

 それが一冊、そしてその横に置かれたもう一冊にも、一見同じ内容が書かれている。

 

「で、こっちが()()簿()でしょ。知ってるわよそのくらい」

 

 裏帳簿。国防軍が正規の資材管理表の他に別の管理表を用意しているのは公然の秘密だ。全く同じ書式の書類には、瓜二つの項目が連なり、そして数字だけが違う。

 初めは恐らく、やむを得ない処置だったのだろう。深海棲艦との戦争が始まった当初、それこそ改憲も行われていなかった頃は、旧防衛(こくぼう)省も十分な兵站能力を持たないことから海外派兵には消極的だった。財政難が続く中で補給物資は枯渇。もし正しい量の資材だけを要求したのなら、各地の分遣隊は(たちま)ち弾薬切れを起こして機能不全になってしまう。

 だけれどそれは、本当に戦争が始まった初期の話。今では補給も滞りなく届くし、物資が足りないなんてコトは滅多にない。それでもまあ、一度覚えてしまった蜜の味は忘れられないモノ。ましてや、二十年以上も戦争が続いているのである。

 

「演習や出撃で消費した物資を多めに要求するなんて、どこの部隊だってやってることじゃない」

 

 真面目な風雲のことだ。これを知ったときはさぞかし憤慨したことだろう。請求される物資は、全て国民の税金によって賄われている。戦争景気であろうとなかろうと、血税を無駄に出来ないのは当たり前の話。とはいえ、これも国防軍の真実というヤツなのだ。理想論だけで国は守れないと嘯きながら、私腹を肥やす連中はいくらでもいる。

 

「でも問題があるんです。ここを」

 

 そう言いながら書類を捲る風雲。ぱらぱらと捲られた二冊の管理表は、またしても同じ項目を示す。

 

発射発煙筒(チヤフランチヤー)?」

 

 それは、電子欺瞞(チヤフ)の発射を行うための装備。誘導ミサイルのセンサー類を誤魔化すためのアルミ箔や熱源を放出する防御兵器。その保有数が、裏帳簿で大きくなっている。

 

「深海棲艦を倒すのには関係ない装備です。裏帳簿で多くなるのはおかしいんですよ」

 

 言うまでも無いことだけれど、資材管理表の数字を誤魔化すことは立派な公文書偽造である。誰もがやってるとはいえ、偽造の範囲は最小限にするモノ。ところが見てみれば発射発煙筒だけではない、基地警備を担当する防備隊に配備されるはずのガスマスクや迫撃砲弾、機関銃弾までも裏帳簿の方が数が多くなっている。

 

「この国は治安が悪いから、その対処のためとかじゃない?」

 

 そんな装備を余分に持ち込む理由として考えられるのは、基地が襲撃される可能性だ。表向きは民主国家としての体裁を保っているこの国は、深海棲艦と国内の複雑な地形に分断されて戦国時代状態だという噂もある。実際中央政府が完全に機能しているようには見えないし、仮に機能しているならブインの基地司令は紛争の勃発に頭を悩ませなくてもいいだろう。ところが風雲は、深刻な表情のままにいう。

 

「でも、艦娘用(けいたいがた)発射発煙筒が沢山あるのはおかしいんですよ。あれはミサイル相手じゃないと使えません。それってつまり、ミサイルを沢山持っている相手……例えば護衛艦とかを相手にするってコトですよね?」

「それが『武装蜂起はある』って断言する理由? だとしたら甘いわよ。今の武装勢力はミサイルなんて当たり前のように使うわ」

 

 ミサイルへの対抗策を持っているからと言って、国防軍と戦うことを想定しているとは言えないだろう。そもそも艦娘用の発射発煙筒が開発されたのは、海の上では隠れる場所がなく、味方の誤射に対応することが出来ないからだ。別に用意されていること自体はそこまで不思議な話ではない。そう言えば、風雲は俯く。

 

「……蒼龍副司令も、同じ事を言いました」

「でしょうね」

 

 あの御仁、やっぱり知ってて知らないフリか。もはや納得以外の言葉がない。裏帳簿の数字に気付いた風雲は、信頼できる上官である蒼龍一佐に報告したのだろう。

 

「その上で『私が処理するから任せろ』と」

「そこで、やって来たのが私という訳か」

 

 それなら蒼龍1佐の中途半端な協力体制にも説明が付く。目をかけている陽炎(わたし)に恩を売りつつ、裏帳簿を見つけてしまって()()している風雲を抑えて貰う……一石二鳥とはこのことだろう。

 

「まあ、事情は大体分かったわ。それで? 過去の裏帳簿は?」

 

 意地の悪い上司を嘆いても始まらない。とにかく情報を集めようと私が過去の裏帳簿を確認しようと思えば、風雲は首を振る。

 

「ありません。処分されてしまったんです」

「……は? いやちょっと待ってよ。過去のがないってどういうこと?」

 

 それでは、どのようなペースで、いつから物資が集められていたのか分からないではないか。そもそも帳簿を処分するとは何事だろうか。

 

「重要分類に区別されない書類は、半年を越えれば処分してもいいとかで……」

「いや、そりゃ存在しない書類(うらちようぼ)が重要分類に区別されないのは分かるけれど……でも普通は隠し持っておくモノでしょ。なんで……あ、あの事件か」

 

 その時思い浮かばれるのは、つい最近の出来事。そう言えば、つい最近その裏帳簿が原因の一つになって解体された部隊があった。

 

「はい。第9護衛隊群の件を受けて、分遣隊司令が全部の裏帳簿の廃棄を命じたんです。私、そんなとんでもないモノを廃棄していたなんて知らなくて」

 

 風雲の声は、確かに震えていた。裏帳簿の廃棄は、言ってみれば物資の不正運用、場合によっては横領にも繋がる行為の証拠を消すというモノ。知らずに違法行為の片棒を担がされていたと知れば、誰だって恐怖することだろう。彼女は続ける。

 

「私と蒼龍さんは、その9護群にいました。だからきっと、蒼龍さんも拒否できなかったんだと思うんです」

 

 確かに、所属していた部隊が二度連続で『書類の管理不徹底』で処分を受けたとなれば、蒼龍1佐のキャリアは絶望的なモノとなるだろう。とはいえそれは、風雲を巻き込む理由にはならない。所詮駆逐艦(わたしたち)は駒。そんな自虐が、脳裏に浮かんだ。幹部の私はまだしも、風雲を守るほどの気概はあの人にはないのだろう。

 

「よし、分かったわ。この陽炎さんに任せなさい」

 

 同じ才能のない者(くちくかん)として、駒にされることの悔しさは知っている。私が風雲の両肩に手を置けば、彼女は顔を上げる。

 

「1尉……」

「階級呼びなんてしなくていいわよ。副司令(そうりゆう)のことも普段は『蒼龍さん』呼びなんでしょ?」

「えっとそれは……もしかして言ってましたか、私」

 

 艦娘科においては、信頼関係を築いた上司と部下が階級を超えた仲になることは珍しい話ではない。たいしたことではないのに何か不味いことをしてしまったかのように慌てる風雲。その様が可愛いと思ってしまった私は、どうやら彼女のことが気に入ってしまったらしい。

 

「ええ、結構たくさんね。とにかく大事なのは、問題を全部片付けるコトよ」

 

 この問題は、そう簡単な話ではない。そんなことは百も承知。だけれどそれを片付けるのが、そもそも私がここに来た理由なのである。今夜は長丁場になりそうだ。風雲を椅子に座らせて、私はその向かいに座る。

 

「さて。直近の問題は武装蜂起を企てる『子供』の存在、そしてその『子供』に利用されるかもしれない余剰物資の存在ね。一応確認しておくけれど、その帳簿は風雲が勝手に持ち出したものであってるわよね?」

「はい、複写(コピー)ですが……然るべき処分は受ける覚悟です」

「いいわよそんなの。どうせ悪意に善意だけで勝つことは出来ないわ。それで裏帳簿はその複写以外は存在しない、ということであってるわよね?」

 

 私の問いに頷く風雲。

 

「となれば『子供』がその物資を武装蜂起に使うためには条件があるわ。正規の帳簿に存在する物資に手を付ければすぐに気付かれる。武器庫を真っ向から急襲する可能性を除外するなら、どこかに物資を隠しているはず」

 

 その上で裏帳簿を参照することは出来ない。この事実は意外と重要だ。一部ならともかく、その所在と管理番号までを網羅した管理表に触れられる人間はそこまで多くない。風雲だって、廃棄を命じられたから触ることが出来たクチだろう。そうなれば『子供』は基地内に複数存在する倉庫から()()()()()()()()()を選ばなければならない。

 その難しさは、この広大なポートモレスビー基地では説明するまでもないだろう。

 となれば、何処かに物資を隠すような場所があるはずだ。

 

「てっとり早いのは、基地にいる人間の動向を全て追うことだけれど……」

 

 もちろん、それは現実的な話ではない。果たしてこの基地に何人の人間がいるというのだろう。仮に艦娘だけの監視に限ったとしてもこの基地には百人近くの艦娘がいる。情報漏洩のリスクを考えれば監視カメラなどを管理する別部署の力を借りることは出来ない。

 早くも手詰まりになりつつある私に、風雲は口を開く。

 

「一つ方法があります……私、空母艦娘になる訓練をしているんです」

「なるほど。霊力通信か」

 

 深海棲艦に人類が苦戦する理由の一つに、奴らの行う特殊な電波妨害というものがある。酷いときには衛星経由の通信すらも出来なくなるほどの電波妨害(ジヤミング)が、各種誘導弾や遠隔操作の無人機(ドローン)を無効化してしまうのだ。

 そこで登場したのが霊力通信。それを用いるのが私たち特務神祇官たる国防軍人(かんむす)。特に空母艦娘においては、その霊力通信は重宝される。

 

「まだたくさんの艦載機を同時に操るほどではありませんが、基地の中くらいでしたら監視カメラの映像を送受信することくらいは出来ます。こんな風に……」

 

 そう言いながら、デジタルカメラを取り出す風雲。そのレンズが私の方を向くのと同時に、もう片方の手に握られた携帯端末の画面に私の顔が映る。

 

「……なんというか、犯罪者さんなら喉から手が出るほど欲しがりそうな能力ね」

「逆探知だって可能ですよ。だから、蒼龍さんに許可を取らないと」

 

 とにかく、捜査の第一段階はこれで進みそうである。私はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 ――――だと言うのに、これである。

 

 

 

「え、監視カメラを乗っ取らせて欲しい? それは許可できないわ」

 

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