舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第91話 曝いた虚構と動く真

 幹部国防軍人は、どんな時であろうと軍組織の運営に必要な存在だ。

 

 「あの戦争」でも戦線の拡大によって大量の幹部が必要とされたが、それでも大軍拡を見越した幹部育成を行なっていたことにより乗り切れたのだという。

 そういう意味では、今の国防軍は危機的状況だ。国防大学校の急拡張、幹部艦娘育成のための専科コースを設けた今でも、幹部の不足は致命的。

 それが原因で、私はあらゆる仕事をやらされることになる。

 

「珈琲をお持ちしました。飲みますか?」

 

 その言葉と共に、視界に入ってくるマグカップ。入渠センターの歓談室は広々としたデザインで仕事をするにはちょうど良い場所だ。風雲はもう寮舎の方に戻っているので、差し入れを持ってくれるのは不知火と相場が決まっていた。

 

「頂くわ。砂糖とミルクは……」

「もう入れてありますよ」

 

 流石不知火。風雲も真面目な所はいいが、気遣いは不知火の方が百倍である。

 

「いま、他の方のことを考えませんでしたか?」

「んん? まさか。不知火の珈琲は美味しいなーって思ってただけよ」

「ならいいのですが」

 

 目が利きすぎるのも困ったものだ。ともかくマグカップを口に付けて傾ければ、珈琲の苦味にそれを打ち消す砂糖の香り、それらの調和を見守るミルクのまろやかさが広がる。

 

「……そんな甘いもの、よく飲めますね」

「珈琲は砂糖三杯にミルク五杯と相場が決まってるのよ」

 

 珈琲のカフェインで眠気を吹き飛ばし、しかも砂糖で脳味噌への栄養補給も出来る。カルシウムはとかく戦場では不足しがちなことを考えれば、不知火特製事務夜戦(しよるいしごと)用珈琲はまさに戦う国防軍人の求める完全栄養食と呼ぶことも出来るだろう。

 

「こんな夜更けまでお疲れ様です。それで、どうですか調子は?」

 

 蒼龍1佐の予想通りと言うべきか、国防省はソロモン諸島周辺にて活動を活発化させつつある深海棲艦へ対抗策を講じることに決めたらしい。ポートモレスビー基地に対しては他部隊の受け入れ準備をするようにとの命令が下った。

 第7護衛隊群が尖兵となるなら、参加兵力は数十の哨戒(むじん)護衛艦、ヘリ搭載型護衛艦(DDH)を含む護衛隊(かんたい)となるとのこと。もちろんそれに伴って艦娘部隊も多数展開する訳だから、あと数日もすればこの入渠センターも人で溢れかえることになるのだろう。

 となれば、私がこの歓談室をオフィス代わりに使えるのもあと数日と言うこと。

 

「まあ、いい調子とは言えないわね」

 

 そう言いながら書類を放れば、不知火はそれを覗き込む。

 

「基地内新聞ですか、陽炎が読むなんて珍しいですね」

「悪い? 私は主戦派も反戦派も、主要紙には全部目を通す派なの」

 

 もちろん嘘だ。最近は電子新聞すらも億劫で読んでいない。情報の更新はしなければとは常に思っているのだけれど……いや、そんなことはいい。大事なのは目の前の基地内新聞。それは一部の庁舎や食堂に張り出される新聞で、疫病対策やちょっとした過失事件(インシデント)など、とにかく基地内で共有するのが望ましいとされる記事(トピツクス)が掲載されている。

 

「『迷い込んだ海鳥、工廠のマスコットに』……なんだか平和そうな記事ですね」

「そうね」

 

 実際記事のネタがないのだろう。A4サイズの掲示型新聞には、無難な感じのする日常記事、ちょっとした事件を誇大に扱った庶務課の宣伝文。そして「編集者からの挑戦!」なんて気取った調子で書かれたクロスワードパズルが載せられている。どこのクイズ冊子から取ってきたのだろうかと見てみれば、どうやら自作らしい。

 

「見てよこのクロスワード、この辺の地理に詳しくないと解けないわよ」

「まあ基地内に掲示するものですから。それで問題ないのかと」

 

 確かに、基地内新聞は外に持ち出されることのないもの。言うなればこれは一種の内部文書だ。内部文書は基本的に外向けのそれよりも管理体制が甘い。この新聞だって、恐らくは庶務のほうで軽いチェックをするだけで掲示されるモノなのだろう。

 だからこそ、隙がある。『子供』が仮に警戒心の強い存在だとしても、()()と連絡を取り合うにはなんらかの手段が必要だ。同志が数人、十数人というレベルなら口頭連絡だけでも済むだろうが、武装蜂起というレベルになると多彩な職種、多彩な人員に連絡をする手段が必要になる。となればまず利用されていると睨むべきは、このような誰でも見る、故に誰も気に掛けることのない掲示物なのだ。

 それは暗号のようなもの。伝えられる情報は少なくとも、会合の開催場所や時間を伝えるには十分と言うモノだろう。何かヒントはないかと、私の視線は問題文を捉えていた。

 

「ふぅむ……問一は簡単ね、基地司令の名前だもの……ん、文字が足りないわね?」

 

 おかしい。初めから難問が飛び出してきた。ここの基地司令は結婚か離婚で苗字が変わったりでもしたのだろうか。首を傾げていると、横から不知火が口を挟んでくる。

 

「これ、多分基地司令の渾名かなにかではないですかね?」

「あぁなるほど、渾名……よくそんなの許されるわね?」

「まあ、世の中には呼び捨てにされても怒らない上官もいるくらいですし」

「……それ、私に威厳がないって言いたいのかしら?」

 

 別にそれでも構わないのだけれど、馬鹿にされっぱなしもどうかという話。私がそう言えば、左の肩がどっしり重くなる。そして耳元に直に届く不知火の声。

 

「信頼している、ということです」

「んーなるほどね? じゃあ一旦飛ばして次は問二……」

 

 不知火の体温を感じながらやるパズルも中々乙なモノだ。クロスワードは単純で、それでいて奥が深い。どんな難問に見えても、周囲の言葉を埋めることでヒントを増やせば途端に難易度が下がるのだから面白いものだ。それは一種の暗号のようなもの。

 

「そういえば、クロスワードで暗号解読を行ったなんて話もあったわね」

「あれは暗号解読を行える能力を持った人材をパズルで集めたって話ですよ」

「そんな都合のいい話あるのかしら」

「クイズはIQに合わせて難易度調整が容易だ、とは聞いたことがあります」

 

 そんな、何処にでも転がっていそうな会話。それを転がす私は、隣の不知火すらも疑うことが求められる仕事をしている。手掛かりを掴めないうちに時間ばかりが過ぎていく。

 

「ねえ不知火。この前の命令の話なんだけれど」

 

 そう言えば、不知火は顔を急に赤らめる。

 

「あ、いえ……ツインテールの写真は、もう少し待って頂けませんか?」

「あんたが言わなきゃ忘れてたわよ。そっちじゃなくて、国防の命令に従えるかって話」

「そちらでしたか」

 

 そんな茶番はいいのだ。私は頭を抱えながら、個人的な相談を口にする。

 

「仮にその命令が、誰かの命を見捨てる命令だったら。どうする?」

 

 それは、私が意図的に考えないようにしていた問題だった。蓋をして封じ込んで、戦争なのだから仕方ないということにしていた。だから私は風雲の疑問に答えられなかった。

 

「それはつまり。戦いで負傷した誰かを見捨てる命令ってことですか?」

「まあ、そんなことをせずに済むなら、それに越したことはないんだけれどね」

 

 古今東西の武装蜂起(クーデター)において、無血で済んだという話は滅多に聞かないモノ。少なくとも今回は無血では済まない。ことが起これば国防軍は全力で鎮圧に当たるだろうし、武装蜂起派の準備が()()ならそちらも全力で応じる覚悟だろう。

 

「そうですね……陽炎の命令なら、いいですよ」

 

 そんなことを考えていたモノだから、不知火の返事に私は珈琲を吹き出してしまう。茶色のグラデーションが掛かった新聞を叩きながら、私は不知火をまじまじと見つめた。

 

「なによそれ、気持ち悪いわね」

「そ、そうでしょうか?」

「だってそんなの『月が綺麗ですね』に『私、死んでも良いわ』と返すようなモノよ?」

 

 おどける私に、どの口が言うんですかと返す不知火。ところがその眼に少なからずの不安が宿っているので、私はそれを打ち消すように明るく言う。

 

「なによ、別に大規模作戦だから怯えてるわけじゃないわよ。私たちがどれだけ死線をくぐってきたと思ってるの? 今回だって大丈夫よ」

「別にそういうわけでは……ですが、今回は不安定なところも多いですから」

 

 護衛隊群は再編中で、ブイン基地では治安の悪化が問題になっている。実質無人地帯のショートランドならそんな心配もしなくていいのだろうけれど、後方支援の基地となるポートモレスビー基地には『子供』が潜んでいる始末。確かに不安要素だらけだ。

 

「ま。私たちには出来ることをやるだけよ。駒は駒なりに頑張らないと」

「駒、ですか」

 

 不知火がそう言う。そこに「幹部のアナタは違うのでしょうね」と言いたげな匂いを感じて、私は言葉を付け足した。

 

「誰だって駒よ。代表取締役は株主の駒で、総理大臣は民衆の駒。誰もが誰かの駒で、そして誰かを駒として扱っている。そういうものじゃない」

「それで、陽炎は満足なんですか」

 

 そんなことを言うので、私は嗤ってみせる。

 

「まさか。なんのために私が幼年学校に国防大学校に入ったと思ってるの? 私が幕僚長になった暁には、あんたを先任下士官にしてやるから覚悟してなさい?」

「はい、覚悟しておきます。ところで陽炎……」

 

 不知火が言いかけた言葉は、最後まで私の耳に届くことはなかった。何故なら彼女が、途中で言葉を区切ったから。次に続くのは、警戒心に満ちた台詞。

 

「誰ですか。もうすぐ消灯時間のはずですよ」

 

 その台詞の矛先、不知火の死線の先に現れた影を見て、私は手で制する。

 

「あーいいのいいの、私が呼んだのよ。ごめんね秋雲、ウチの番犬がおっかなくて」

 

 それは秋雲。今日の昼に私を風雲の所に案内してくれた、風雲の同僚。

 

「いえいえ。こちらこそこんなに遅くなってすみません」

「いいのよ。それで、例のヤツは見つかった?」

 

 その言葉に、躊躇いがちに視線を逸らす秋雲。それは彼女にとっては認めがたい現実なのだろう。しかしその両腕で抱えられた茶封筒は本物だ。

 

「不知火。悪いんだけれど外して貰える?」

 

 番犬がイヤですと言うはずはない。退出する不知火を見つつ、封筒を差し出す秋雲。

 

「陽炎さんがお探しのモノは、これですよね?」

 

 それを受け取った私は、唇を噛みしめた。それから私は新聞を差し出して、口を開く。

 

「ええ。最後に確認、この新聞には、定期的に漫画が掲載されるのよね?」

「はい。間違いありません、でも……」

 

 その先の言葉を私は目線だけで封じる。これは単純な確認に過ぎない。私は不知火に外すように伝えると、秋雲が否定したいであろう事実を告げる。

 

「残念だけれど、風雲の正体は『子供』……武装蜂起の主犯格よ」

 

 

 

 




 

 

 

 

『そうか、今日も朝練があるのか』

 

 普段から良い子のフリをしていたお陰だろう。クラブ活動の朝練習があると言った私に、父は簡単に騙されてくれた。嘘は、誰かにバレてはいけない。父が学校に問い合わせる可能性も考えて朝練は週一、クラブ活動のある日だけに限定する。暫くは学校に行って先生に朝から勉強している様子を見せる。きっと無警戒だったのだろう。私が過剰に気を払って施した様々な工作は、自分が思う以上に効果てきめんだったようだ。

 じゃあいってきますと告げて家を飛び出す。今日は決行日だから学校へは行かない。家の近くに居てもバレてしまうので、通学路に沿うように見せかけて町をぐるりと回っていく。最終目標は桟橋だ。父が家を出る時間と、乗り込むであろう連絡船の出航時刻はもう頭に入れてある。そこまで時間を潰せば良いのだ。

 

『あれ? こんなところで何してるの?』

 

 しかし世の中そう上手くはいかないもの。目の前に現れたのは見知った女の人で、逃げようにも姿は見られてしまったし、学校に行く途中だと言い訳するには場所が悪すぎた。

 

『もしかしてサボり? 意外と悪い子なのねぇ?』

 

 そう言った女の人は、言葉の割には楽しそうな顔をしていたのだと思う。そうでなければその後にはちゃんと学校に行きなさいとか、お父さんに迷惑掛けちゃダメよなんていう言葉が続くはずで。ところが女の人は私を船着き場まで私を連行してしまったのだ。

 

『本当はね、この連絡船には軍関連のヒト以外乗っちゃダメなんだよ?』

 

 私の企みを全部分かった風でいう女の人を、私はとても警戒していた。だって女の人は、父と一緒に何かを隠しているのだ。それがとんでもないことなのは間違いない。

 その時の私の頭の中には、小さな妄想が広がっていた。二人は人殺しで、それを隠している。まさか私も『しょうこいんめつ』のために殺されてしまうのだろうか、と。

 実のところ、それはとんでもない勘違いであった。まだ小学校という狭い空間(せかい)しか知らない子供だった私にとって、考えとは時に飛躍するものである。全てを察したのであろう女の人は私のことを散々笑った後、そうではないのだと説明してくれた。 

 

『ごめんね。じゃあ怖い思いをさせちゃったよね。私たちがどんなウソを吐いているのか怖くて、それで勇気を出して調べようと思ったんだよね。あなたは偉い子だね』

 

 そう頭を撫でてくれた女の人の手は、とても温かった。

 そして女の人は、自分たちが隠し事をしているのは本当だと、認めてくれた。父は大切な仕事をしていて、それがこの連絡船の着いた先にあるのだと言う。その人は私に「見学」と書かれた首掛けの名札をくれた。これで怪しまれることはないと、そうイタズラっぽく笑った女の人は、一般人立ち入り禁止だというこの島の関係者。

 その島がどんな場所なのか、正直私は分かっていなかった。ただ、ここに父がいることは知っていて、それでもしも、父が目の前に現れたら怒られることは間違いないわけで。私はその人の後ろに隠れるように歩いていた。そうして着いた先で、女の人は言った。

 

『ここはね、私のとっておきの場所なの』

 

 その場所は、なるほど絶景だったのだと思う。思うというのは、もうその場所が何処だったのかも思い出すことが叶わないから。風が気持ちよかったこと、太陽が暖かかったこと。そして海の向こうに、鳥と戯れる人達が居たことはよく覚えている。

 女の人が不思議なことを言ったのは、そんな時だった。

 

『ねえ。私たちってさ、親子にみえるのかな?』

 

 その時の私は、確か分からないと答えた筈だ。だって、私は母親のことを知らない。知らないのだから、分かるはずがない。ただ覚えているのは、女の人に話しかけていた人達はしきりに、私が女の人の娘であるかのように扱っていたことだけ。

 

『ごめん、やっぱ今の忘れて』

 

 でも、私はあの時のことを忘れないだろう。なにせあの時を境に私と女の人の関係は変わった。あの太陽の差し込む陸で、女の人は小さな隠し事を教えてくれたのだ。

 

『私ね、艦娘なの』

 

 果たして私は理解できていたのだろうか。その言葉が意味することを、母が言葉の外にまで込めてくれた意味を。理解できてなど居なかっただろう。理解できるはずもなかっただろう。それでも、あの夜の言い争い。それは確かに結びついてしまったのだ。

 

『そっか……じゃあ人殺しって、そういう意味だったんだ』

 

 その時、私は父と女の人が自分の仕事を隠していた理由を知った。

 そしてその理由を知ったことで、私は艦娘にならなくちゃと決意を固めたのだ。

 

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