舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第94話 想い人護る嘘の楼閣

 多分私は、それを認めたくなかったのだと思う。

 

 

 

 だけれど現実は、どんな言葉(ウソ)よりも雄弁に真実を物語っていて。

 私はついに、その不都合な現実を突きつけられてしまったのだ。

 

 きっと父は、本土の幼年学校を目指した私を見て私が『気付いた』と勘違いしてしまったのだろう。それは大きな間違いだ。私は女の人のせいで変わっていくあの家が嫌だった。要するにそれはタダの嫉妬で、だけれどそのお陰で見えたモノもあって。あんなことがなければ、昔はこうだったなんて笑える話で。

 

 女の人は、自分を艦娘だと教えてくれた。それは私たちを守ってくれる仕事で、そして父もその仕事をしているのだと教えてくれた。

 

 それは、別に隠すような仕事ではないだろう。父が隠しているのか。私の疑問に、女の人は負い目を感じているからだと言った。幼い子供を艦娘として戦地に送り出すのに、私のような子供を育てているのが恥ずかしいのだろうと言った。

 その日から、私が幼年学校を目指す理由は増えたのだ。父が私を大切にすることに負い目を感じるなら、私が立派な艦娘になってしまえばいい。そうすれば父は私を大切にした理由が出来る。そう考えた私は、まさかその『艦娘を目指すこと』が父を苦しめるなんて、思いもしなかったのだ。

 

 

『いたいた。ここに居るんじゃないかと思ったわよ』

 

 

 知ったかぶりしないでと、私はそう言ったのだろう。

 それなのに私の隣に座り込んでくるその人は、とてもずうずうしい。

 放っておいてと私は叫んだはずだ。まるでその日は、世界が全部、私の事を見放してしまったようで。この暗闇に、もう身体も心も投げてしまいたくて。それを知っているクセに、その人は私のことを抱きしめて離さない。

 

『とんでもない話だよね。提督さんったらデリカシーってもんがないんだから』

 

 私、ぶん殴ってやったから。当たり前のようにいうその人に、私は多分慌てたのだろう。加減したから大丈夫よと笑いながら、言葉を繋ぐ。それは謝罪の言葉。

 

『ごめんなさい。私も、多分そうなんだろうなって思ってた。提督さんって童貞臭かったし、コミュ障だし。歳から考えても貴女みたいな子供がいるのはおかしいもん』

 

 父に似ていないとはよく言われたモノだ。そこには父よりも可愛いという以上の意味はなかったのかもしれないけれど、だけれど父に似ていないのは事実だった。

 髪の毛の色が少し違ったり、肌の色も違うような気がしていた。そりゃ、あの南の島は沢山の民族が息づく場所。小学校にいけばそんな些細な違いは気にならないし、街の人達だって気にしてはいないだろう。でも不思議なことに、故郷であるはずの日本に行けば行くほど私たちの異常性は際だって見えた。

 

『でもさ。関係ないと思うよそんなことは』

 

 それなにに、その人はそんなことを言う。

 

『だって、貴女のお父さんが()()()()であることには変わりないでしょ? 産みの親か育ての親かなんて、重要なことじゃないのよ』

 

 そうだろうか。親は選べないとはよく言ったモノで、その意味で私は、最悪のをひいてしまったのだと思う。本物の両親は私を手放した。それを知って、父は私を育てた。

 それがまさか。『艦娘を育てるため』だなんて、信じられる話だろうか。

 嘘。誰も嘘からは逃れられない。全ての言葉に嘘が宿っていて、その嘘に誰もが動かされている。嘘吐きなんて言っても始まらない。石を投げる権利があるのは罪のないものだけなのだ。父も、私も嘘吐きで。嘘だらけの家で私は生きてきたのだ。

 それなら、最後まで嘘を突き通して欲しかった。

 もしも嘘が嘘のままだったらどうだっただろう。多分私はあの夜、きっとみんなで楽しい食事をしたことだろう。私を育ててくれた父と、恐らく近日中に母という名称に代わるであろう隣に座る人。そしてこの私で、幼年学校に入学する前の最後の食事をするはずだったのだ。それは息苦しいモノではあっただろうけれど、思い返せばああやって誰かと食卓を囲めることはこの上ない幸せだったのだ。

 

『多分だけどさ。あなたのお父さんは誠実であろうとしたんだと思うよ。バカなヒトだよね。本当の誠実は、ウソをずっと隠しておくことなのに……』

 

 いやでも、本当の家族って言うのはそういうのじゃないのか。そう言った女の人は、一体誰に向かって言ったのだろう。

 

『ねえ、私のウソ聞いてくれる?』

 

 その人は私の許可も待たずに勝手に喋り出す。

 

『実はね、子供が出来たみたいなの。順当に行けばあなたの弟か妹になるのかな』

 

 なんで、赤の他人であるはずのその人が産んだ子供が私の弟や妹になるというのだろう。その時の私には想像力が働かなくて、多分首を傾げるだけだったと思う。

 

『本当はね、中絶するつもりだったんだ。戦争にこんなのはいらない。私は戦い続けなきゃいけないし、それが私とあの人の関係だもの……でも、あんな他人のことなんて考えないで秘密を暴露しちゃうあの人を見たら、それを誠実だって(うそぶ)くあの人を見たら考えちゃうよ。私だってバカになりたい。だって親に子供の運命を決める権利なんてないでしょう? それを嘘で覆い隠して、ああしなさいこうしなさいなんて、お腹の子にだって言っちゃいけないんだと思う』

 

 あれは、結局誰に喋っていたのだろうか。私、お腹の子、それともその人自身だろうか。何も返さない私に、その人は言葉を続ける。

 

『ねえ。全部が落ち着いたら、貴女が自分のことを受け入れられたらでいいわ。そしたら私とお父さんのことを……そして、この子供の事を。いつか、祝福してくれないかしら』

 

 嘘吐き。この嘘吐き。()()()()、あなたは結局、私に祝福すらさせてくれなかったじゃないか。あの家とあの島は深海棲艦の炎に消えてしまったじゃないか。

 この世界には嘘吐きしかいない。言葉は嘘を孕んでいて、口から出した途端に嘘になる。そんな嘘を重ねておきながら、皮が剥がれると嘘吐きと宣う。その時頷いた私も嘘吐きだ。最後まで言葉を交わさず、無言で私を送り出した父も嘘吐きだ。

 

 それでも、私は父のこと、そして母のことを、尊敬していたのだ。好きだったのだ。

 

 これも、やはり嘘なのだろうか。

 

 

 

 




 

 

 

 

 一番疑わしいのが誰か、そう聞かれれば私は一番に彼女の名を挙げたことだろう。

 そして同時に、その名前を真っ先に頭の中から消したことだろう。

 人間というのはかくも、自分勝手な存在なのだ。

 

「いいの? こんな狭い場所での発砲は跳弾を招くわよ?」

「ご安心ください。陽炎が下手なことさえしなければ、撃ちませんから」

「信頼してくれてるのね? だったら、銃を下ろしてもいいんじゃない。不知火」

 

 「どうして」なんて陳腐な言葉を使う必要はないだろう。重要なのは、ここにいる人間が武装蜂起に関わっていないはずがないと言うことである。

 

「そういう訳にはいきません。不知火は陽炎、貴女が追う『子供』ですから」

 

 その言葉に、私は立ち上がる。不知火の銃口もそれに従って持ち上がる。

 

「……そう、本当にそうなのね。だったら私が言うことは一つよ」

 

 それは単純な説得。哨戒(むじん)護衛艦を掌握されてしまったのだ。それ以外に方法はない。

 

「不知火、こんな馬鹿なことは止めなさい。たしかに国防軍(こつち)には短期的にみれば武力で制圧するという選択肢はない。それでも、時間が経てば本国はすぐに事態が単なる通信障害じゃないことに気づくわ。あっという間に増援がやってくる」

「そんなことは百も承知です。ですから増援が来る前に」

「だから、それが無理だって言ってるの。あなたたちが引き起こした事の大きさがどの程度かは知らない。けれどね、こんな意味のない行為に付き合ってくれる人間はいないの」

 

 武装蜂起の規模はどうでもいい。『子供』に大義名分は存在しない。

 

「意味はありますよ。少なくとも、現状に不満を持っているのは私だけではありません」

 

 そう思い込みたい、というのが実情だろう。確かに不知火は不満を持っている。そして様々な人々が、色んな形で不満を持っているのだろう。しかしそれは、一つにまとめ上げられるほど同じ色を持っているわけではない。様々な色を混ぜた結果がどす黒い色になるように、異なる不満を集めた武装蜂起は暗黒の結末しかもたらさない。

 もっとも、そんなことを懇切丁寧に解いたところで彼女には届かないのだろう。だから私は、彼女が一番頼りにしているはずの柱を折る。

 

「不満ね……例えば、この陽炎(わたし)の出自とか?」

 

 言葉は少ない。しかし不知火には確かに届いただろう。声の調子が上がる。

 

「気付いて、いたんですか」

「気付いてくれって言わんばかりだったわよ。武装蜂起に参加するのは私にコインを渡した部隊。なんで『子供』の調査を行う私にわざわざ武装蜂起しますなんて教えてくれたの? どうせことが起きてから担ぐつもりだったんでしょ、私のこと」

 

 後付けの理由なんて、いくらでも付けられる。きっと私にコインを渡してくれた艦娘たちは『子供』だったのだ。そうして同じ『子供』であるにも関わらず国に利用されている私を哀れんで、それでこんな武装蜂起(たいそうなこと)に協力すると誓ってくれたのだろう。考えるだけで腹立たしい、なぜ利用されていると気付かない? なぜ利用する人間が現れる?

 

「きっと不知火は、私に怒って欲しかったのよね。『子供』のこと、そして不正まみれの7護群、そして国防軍のこと……私の父親のこと」

 

 私の父は、国防軍の高官だった。父は新自由連合盟約(ニユーコンパクト)という楔に囚われた第8護衛隊群。その高官として、名誉と責任、そして深海棲艦の業火に消えた。そんな過去を持つ私に、全てを告発させようとしたんだろう。不知火はそこまで考えなくとも、彼女を利用する誰かはそう考えた。それは国防軍に、日本にとって強烈な一撃になるに違いない。

 

「でも。それは誰のためにもならない。私に不知火……血を流した人達は報われない」

「それは、陽炎が私たちの大きさを知らないから言えることです」

「協力者が沢山いる事ぐらいは分かるわよ。そうじゃなきゃ通信網の掌握(ハツキング)なんて出来やしないでしょうからね……じゃあ不知火。教えてちょうだい、何が目的なの」

「ご存知のはずです。私たちを使い捨てにしようとしている。この世界への復讐です」

 

 まさか彼女の口から聞くとは夢にも思わなかったその言葉は、きっと軽やかだろう。多くの人は乗せられてしまうのだろう。言葉は嘘を孕んでいる、騙されるのは当然だ。

 

「復讐だか知らないけれどね、この反乱の先に待っているモノは分かっているでしょう。情報を遮断し、日本の影響力をニューギニア島から無くす。国際社会に訴えて日本が強硬策に走れないようにする。そこまでは出来るでしょうね。でも、そこまでよ。貴女がどんな大義名分を引っ提げて『独立』したところで、最後に待っているのは緩慢な死よ」

 

 情けは人のためならず、つまり自分の為にやることであっても、誰かの為と嘯けることが肝要なのだ。果たしてこの復讐に、この独立に意味があるのだろうか。ここは日本と豪州、そして深海棲艦に囲まれた人類の最前線。せめて人間とは協同しないと生きていけない世界。仮に豪州が手を伸ばしてくれても、日本は手を伸ばさないだろう。

 

「私に理性を求めるなんて。見誤りましたね、陽炎」

「まさか、不知火は私の部下でも一番の論理屋(ロジカリスト)よ。分かってるんでしょう」

 

 そう。消去法で答えは出ているのだ。東南アジア全域での武装蜂起(クーデター)。武器調達だけでも一苦労だろうし、護衛隊群にハッキングを仕掛けるなんてそうそう出来ない。となれば手を貸すのは国家以上の存在だ。この最前線に関われる国は二つだけだ。

 それは日本と豪州、強いて言うなら豪州の参加する英国連邦。果たして豪州が日本を排除する理由はあるだろうか。ユーラシア大陸からの貿易路は全て日本が抑えている。もしも武装蜂起が東南アジア中で起これば、そこの物流は全て麻痺する。それでは豪州はもちろん、このニューギニアやそれ以西の島々も死んでしまうだろう。辛うじて保たれてきた各国政府が崩壊してしまう。そしてそれらの政府が倒れて喜ぶ相手はひとつ、かつて鎖であった新自由連合盟約(ニユーコンパクト)を翼に変え、推し進める立場となった極東の島国。

 

「あなたは利用されているのよ。それも、あなたが復讐を誓った相手にね」

 

 大東亜共栄圏。そう嗤った夕雲の顔が思い返される。これは本当に、柳条湖もびっくりな自作自演。そしてこの混乱の時代に、調査団がやって来ることはないだろう。恐らく常任理事国も機能不全を装って黙認する。それだけの力が、今の日本にはあるのだ。

 

「もちろん存じています。ですが当地の『子供』たちへ最初にぞんざいな扱いをしたのは日本ではなく私たちの故郷です。それなら。当座の目的は一致しています」

「最初だけでしょう?」

「ええ。ですから私は豪州と組みます。彼らはソロモンの防衛線を欲しがっている。私たちはクニを維持するための各種工業製品が欲しい。利害は一致しています」

 

 嘘だ。豪州が独力でどうにか出来る問題ではない。

 

「それも一時のことでしょうが……独立してどうするの。あなたは日本語を話して日本政府に雇用される立派な日本人よ。今さらこの島に馴染めると? あの戦争で連合国に住んでいた日系人がどんな扱いを受けたか忘れたの?」

「それは私たちが決めることです」

「ええ、そうでしょうね。だけれどこれだけははっきり言わせて貰うわ。私はあなたの提案には乗れない。残念だけれど、これは決定事項なの」

 

 そう。これは決定事項、私に不知火を説得する以外の選択肢はない。武装蜂起(クーデター)が何も産まない、それどころか犠牲を増やすだけなのは明白だ。事実既に風雲が撃たれてしまった。基地に放たれた砲弾やミサイルが誰かを殺してしまったかも分からない。

 だから私は、不知火がその事実に気付いて、銃を下ろしてくれることを願うしかない。

 

「……あなたが余計な手出しをしなければ、〈きんもくせい〉が()()を行うことはなかったはずです」

「違うでしょ。そっちが通信網を乗っ取らなければ〈きんもくせい〉は自己防衛に入らなかった……ううん、原因なんてどうでもいい。いずれにせよ、私の選択肢は拒否一択よ。拒否が許されないならしょうがない。ここで一人の幹部国防軍人を撃ってしまう事ね」

「……」

「よく聞いて、不知火。あなたは誤射で『引き返せない』と思っているのかも知れないけれど、それは間違いよ。今回の()()()を一番隠したいと思っているのは誰だと思う?」

 

 どう考えたって主犯格(にほん)だ。彼らは事が完全にコントロールされることを望むはず。それなら逆に、失敗したときの対応策も用意している筈なのだ。

 

「まだ十二分に引き返せるわ。通信システムの異常と偶発的な通信不良。風雲の件だってそういった問題が積み重なった結果の誤射事件として片付けることが出来る」

 

 私のその言葉に、不知火は首を振る。あなたは何も分かっていませんと彼女が言う。

 

「なぜ私たちがこんな手段を採ったか、その理由を知っているんですか? クニを作るという夢に憧れたとでも? だとしたらあなたは何も理解していない。あなたの言うとおり、武装蜂起は最悪の手段です。将来の禍根に現在の負債、それら全ては明日と今日の私たちを苦しめるでしょう。ですがね、もうそれ以外に手段がないんですよ」

「それ以外に手段がないっていうのは嘘でしょ。それならその拳銃からは煙が出ていて、私の胸には華が咲いているはずよ。そうなっていないこと自体が、あなたの別の選択肢よ。脅されているの? だったら私に相談してみなさいよ」

 

 私これでも、不知火(あんた)一番艦(あね)でいたつもりなんだけれどな。そう笑えば、不知火はまた首を振る。そこには憐憫と嘲笑が入り交じっていて、それで双眼は私を見据えていた。

 

「よくもまあ、そんなことを言えるものです」

「こうでも言わなきゃ撃たれそうなんだもの。人間、殺されそうになったらなんでもするものよ……でも貴女はなんでもするほど追い詰められているの? そうじゃないでしょ」

 

 なにか理由が存在しなければならない。私が武装蜂起(クーデター)の神輿にされるのはいい。私の父に担ぐ理由がある。それで十分だ。さらに誰の陰謀かはこの際、もはや重要ではない。

 大事なのは、今。私を撃ち殺すほどに不知火が追い詰められているのか、という話だ。

 

「あなたを撃つ予定はありません」

 

 私には、誰一人撃つ予定なんてなかったんです。

 

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